とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-653

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ryuichi

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十月十六日、午前一時頃。

深夜に相応しい静けさと漆黒の支配する時間帯、炎の神父と最大主教の元に一人の人物が現れた。
「遅れて申し訳在りません。……それで彼女達の戦況は?」
聖ジョージ大聖堂、聖机前。神裂火織は巨大な刀を携え、神妙な面持ちで目の前の神父と主教を見つめる。
「さぁね。僕は実際にクリスタルとか言う奴を見た訳でも、戦った訳でも無い。彼女等がどんな戦場を創り出しているかなんて解るはずがない」
「あら? でもこちらにありけるはローマ正教の誇る二〇〇人強のシスター部隊よ? それでも心配する必要性が無きにしもあらずだと言いける?」
居らしてたんですか、と言うステイル=マグヌスの社交辞令の棒読み文句に少しムッとしながらも、最大主教は話を繋げていく。
「対十字教だか何だか知らぬけれど、『たかが十字教を否定したぐらいで悪役面するような奴等』にあの修道女部隊がやられるようなことは無きに等しい事柄だと思いけるわね」
その言葉に神裂とステイルは沈黙する。確かにアニェーゼ部隊隊長、アニェーゼ=サンクティスは“相当の地獄を生き抜いた天才統括者”という話で有名だ。その並外れた信仰心に十字教を背定するような人物を近づければ、一瞬で消し炭にだってするだろう。
だが、神裂とステイルにとってはそれ以上に気がかりな事柄が存在した。
「ですが、最大主教……」
「『禁竜召式』……オルソラ=アクィナスからしっかりと連絡は承っているわよ。まさか聖ジョージの名を冠するドラゴンなんて詰まらなき物を用意してくるなんて、とことん性根が腐りける連中よね」
その言葉が終わると同時に神裂は一歩前に出て、日本人らしく深く頭を下げた。
「はい。ですから私達も、いえ私だけでも結構ですので彼女達の応援として戦線参加することを許可して頂けないでしょうか?」
ローラ=スチュアートは目線を一度だけ動かしてから、ふぅと息を吐いて首を縦に振った。
「神裂は止めたとしても、どうせ一人で突っ走ってしまう事は目に見えたること。好きにして結構よ」
感謝します、と神裂は短く礼を言い聖机に背を向け、やがて聖堂を後にした。ステイルは、それを煙草を吸いながらゆっくりと目で追う。怪我しないように頑張ってくれ、と心無い言葉を吐きながら。
そんな飄々とした態度のステイルにローラは、
「あら? 何をしているのステイル。貴方も神裂と共に戦線参加したるのよ?」
軽く言った。思わず煙草を吹き出し、ゴホゴホとむせ返るステイルにローラは淡々と、目を全く見ずに言う。

「安心したりて結構よ。ステイルには前線戦闘役として活躍して貰うのでは無くて、『内の監視役』として活躍して貰うのだから」
ステイルは眉を顰める。そして神聖な大聖堂に煙草を吐き捨て、苦々しく口を開いた。
「……どうゆう意味です? 最大主教」
ふむ、とローラは一息吐いて“心底嬉しそうに”質問に答えた。
「思いけるに、本当に厄介な『敵』は修道女部隊の“中”に居たると思うのよ。アニェーゼ部隊という組織の中に“もう一つの組織が出来つつある”という話もよく聞けることだしね。ステイルにはそのような危険因子の監視をお願いしたる訳なのよ。混乱の最中に背中を刺されるような事が、あってはならないでしょう?」
「……分かりました。ですが、二〇〇強の大部隊です。誰をどうように監視すればいいのか全く見当がつかないのですが……」
それなら心配ご無用なのよ、とローラは傍らの聖机の引出しから一枚の画像を取り出し、ステイルへと手渡す。ステイルは目を細めて写真を見た。
「実際、監視しなければならない相手は“何人か”居るけれど……」
そこ写真には一人の少女の写真が載っていた。



「イラーリア=L=ラウレンティス。貴方が『誰よりも最優先』で監視しなければならぬ相手よ」


ザッザッと割と大きな音を立てながら、ソフィア等四人の少女達が林を抜ける為に暗闇の中を何の灯りも灯さずに歩いていた。
「どうソフィア、手ごたえは?」
「カテリナにゃ分かんねぇと思うが……弱すぎるな。本当に魔術に対してだけ反応する操り人形みたいだった」
『対十字教黒魔術』の男は、霊装の施した強化術式を解いたことであっさりと倒すことが出来た。こんなことなら応援は要りませんでしたね、とアガターの緊張感の無い声が響く。
「で、でもシスター・ソフィア。霊装無しの体術だけで敵を倒すなんて、シスター・ソフィア以外に出来る人が居るんでしょうか? 皆、霊装に頼りきりという訳でも無いですけど、さすがに魔術無しで男の人を倒すのはちょっと……」
アンジェレネの弱気な発言に口を尖らせたソフィアだったが、確かにそれは事実だ。皆が皆、ソフィアのように運動神経に恵まれている訳ではない。アニェーゼ部隊お得意の『数』で攻め倒せばどうにかなるかも知れないが、相手が強力な迎撃術式を持っていればそこでお終いだろう。
「確かに……あいつ等(シスター部隊)、弱えしな。前みたいに、たかが部隊長がやられたぐらいで武器を置くような連中だし。ったく、『あんなツンツン頭の高校生なんて』サシでやれば瞬殺だろうに」

それを聞いたカテリナとアガターはグルリッと、一斉にソフィアに視線を向けた。「な、なんだよいきなり」というソフィアの声と、状況を理解できないアンジェレネの?マークが浮ぶ。
「「………(カテリナ&アガター)」」
「だから何だよ!! その意味深な視線は!!」
とりあえず反応を無視したカテリナは、ムッとした顔で、出居る限り低い声でソフィアへと言葉を放つ。
「……ソフィアは文句言えないでしょうが。法の書事件の時に『戦わないで隠れてた』クセに」
「カテリナの言う通りです。確かに『私とカテリナも隠れていた』ことには変わりは有りませんが、それで貴方だけ一生懸命戦っていた他のシスター達に文句を言える立場にあるとは思えませんね」
「な、なんだよアガターまで!! 俺は別にあいつ等を裏切った訳じゃねえだろうが!! ただ単に『戦いたく無かった』だけだっつの!!」
「十分裏切ってんじゃん。そんな個人的な事のために付き合わされた私たちの身にも……」
「ちょ、ちょちょちょちょ、皆さん、落ち着いて!!」

シスター三人の不毛な言い争いに、アンジェレネは付いていけず話を強制的に静止させる。
その瞬間、三人の馬鹿なシスターは思わず「あ……」という表情で固まって、自然に歩くペースが落ちていった。

「シスター・ソフィア、アガター、カテリナ。あの、一体どうゆうことですか? 法の書事件で戦ってないって……」
三人のシスター一斉に目線をそっぽに向かせて曖昧な表現で茶を濁した。
「あー、えっと……(ソフィア)」
「それは……(カテリナ)」
「……(アガター)」
気まずい空間が作り出され、三人の馬鹿なシスター(大事なことなので二回言いました)は今すぐこの場を逃げ出したい衝動に狩られる。

「……通信霊装でシスター・ルチアを呼び出しましょうか?」
「「「ちょ、それは勘弁!!!!!!」」」
「なら、ちゃんと話してください!!」
何時に無くブラックなアンジェレネの気迫に圧され、三人の馬鹿なシスター(大事なry)はその場に正座させられ、尋問が始まった。


ハイドパーク内、林の隅のほうにて、戦闘時の百倍ぐらい(ソフィアから見て)異様な雰囲気を纏ったアンジェレネが修道女達の尋問を行っていた。

「……つまり、わたし達がアマクサ式や『例の少年』達と必死で戦っている間、あなた達は隠れて見物していた、と?」
「「「……返す言葉も御座いません」」」
やべぇよなんだよコレ誰だよこんな怖え女知らねえよこんなアンジェレネ見たことねえよ、と恐怖に怯える三人のシスターに対し、アンジェレネはあくまで冷静に冷た~い言葉を投げる。

「……わたし達がどんな思いで戦いに望んでいたと思うんですか? 確かに結果的には、あの戦いで負けたことで、新しい住みかや仲間を作ることができました。平和ですし昔よりは楽しいです。……でもそれが逃げ隠れた人の言い訳にはなりませんよ?(ニッコリ)」
なるほど仲間思いな良い子だなぁと現実逃避する三人はアンジェレネにギロリと睨みつけられて再び肩を竦めた。やべぇマジ怖え。


その後、俊敏な行動が求められるはずの任務の中、ソフィア、アガター、カテリナはクドクドと冷たい文句を言いつづけられた。その間、約一〇分間。

「「「反省しました……」」」
「よろしい」
やっと終わった……と三人のシスターは肩の力を抜く。長かった。もうそろそろアニェーゼ等の応援が来てもおかしくない時間である。
結局アンジェレネは三人が逃げ隠れた事情は聞こうとはしなかった。
別段、興味が無いというよりは気を使ってくれたように思えるが。


「さ、気を取り直して先に進みましょう。そろそろ合流して集団行動に戻らないと危険ですから」
とりあえず明るくなったアンジェレネの促しで四人は歩を進めることにした。
「そうだな。そろそろ通信霊装だけじゃ戦況報告が難しくなってきた頃だ。『把握報網(MasterNet)』も精密な情報を送れる訳じゃないらしいしな」
「ま、とにかく先に進もーよ。ね? アンジェレネもそんなにカリカリしないで」
「誰のせいですか、全く……。神を信じる者として恥ずべきことですよ」
アンジェレネがカテリナに対し、説教を交えて何気無しにそう言った。






その瞬間、その場の雰囲気が凍りついた。


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(……え?)
ソフィアは押し黙り、カテリナは反対に口元に笑みを含み、アガターはそっぽを向いて何も喋ろうとしない。

突然過ぎる空気の変わりようにアンジェレネが戸惑う。そんなアンジェレネの反応を楽しむかのようにカテリナはわざとらしくソフィアへと話掛ける。
「……そういえばどのくらい居たっけ? “わたし達と同じような人”」
「……俺たちを合わせて四人じゃなかったか?」
「そうですね。確か私達の他は『彼女だけ』だったと記憶しています」
順に、淡々と言葉を発する三人にアンジェレネは震える声で質問する。
「何の……ことですか……?」
先程の気迫が嘘のように気の小さくなった少女に対し、カテリナが気持ちの悪いほど歪んだ笑顔を向け、ただ直答した。

「もしかしてさぁ、わたし達が戦わなかった理由、まさか本当に『戦いたく無かった』だけとか思ってないよね?」
ドッ、とアンジェレネは得体に知れない嫌悪感に圧され、体中から気持ちの悪い油汗が噴出す。
「ってか、あんなリンチ任務に参加するほうがおかしいんだよ……『神の為』とかフザけたこと言いやがって。だろ? アガター」
「……同感です。少なくとも私達のような“例外”はあのような任務は好みませんね。カテリナもそのような意図で答えたのでしょう?」


そして、アンジェレネは違和感の正体に気がついた。
彼女等、つまりカテリナ、ソフィア、アガターはアンジェレネと少しばかり考え方が違うなどという軽い物では無く、
「……まぁ、それでね、アンジェレネ。わたくしシスター・カテリナが結論を申し上げますと、」


ただ単にアニェーゼ部隊の中で『外れている』だけだった。


「わたし達ね。神なんてこれっぽっちも信じてないんだ。だから戦う理由なんて元から存在してないの」


十月十六日午前一時二〇分頃。
市外地某所にて。

ターン、ターンと相変わらず派手な移動を続けるアニェーゼは、通信の違和感に気が付いた。慌ててルチアへと駆け寄り、なるべく周りに感づかれないように小声で囁いた。
「(ルチア、おかしいです。ソフィア班からの定期連絡が、二十分程前の『対十字教黒魔術を倒した』という短い連絡以降全く来ていません)」
ルチアは一度舌打ちをして苦い顔で呟いた。
「やられましたか……」
「……とにかく嫌な予感がします。急いでソフィアの元へ向かいましょう」
アニェーゼの跳躍速度が微妙に加速していることはルチア以外気づかなかった。


そして、それより約一〇m程下に位置する歩道にて。
「あの、キヌハタ?」
絹旗が若干寂しく走っていると、金髪が特徴のシスターが声を掛けてきた。無論、奇妙な跳躍を続けながら。
「なんですか? ……えーと、いらーりあ?」
「そうですそうです!! 覚えててくれたんですか?」
「まぁ一応。この『迎撃』とかいうグループ自体人数が少なかったので」
「ま、そうですよね。いやぁ、ほんと日本人は良い人多いですねー。神裂さんにしてもキヌハタにしても」
「はぁ……そうゆうもんですかね」
なんというか、このシスターのニコニコ笑顔を見ていると地味な罪悪感に襲われる。

正直、絹旗は自分が良い人などとは全く思っていない。少なくとも二桁に及ぶほどの人数を葬り去っているのだ。と、言うか一昨日あたりに一人殺した気がするし。ともあれ自分を過剰評価しないのが日本人の性である。
「ところでキヌハタ。ちょっとだけ聞きたいことがあるんだけど」
「? なんですか。忙しいみたいなんで、さっさと済ましてくださいね」
大丈夫です、すぐ終わりますから、と笑顔で返答したイラーリアは今度は神妙な面持ちで絹旗へ質問した。
「キヌハタは……『対十字教黒魔術』をどう思いますか?」
思わぬ質問が飛んできた。
いや、どうって言われても……と絹旗は黙りこんでしまう。アニェーゼ等の仕事を手伝っているのはあくまで宿を提供してくれた恩義であり、敵役である『対十字教黒魔術』については全く考えてなかったのだ。

これは学園都市で仕事をする上の癖というか、『被害者のことは考えるな』という殺し屋稼業の単純な思考かもしれない。まぁ、当たり前のことだろう。標的に感情移入してしまえば、仕事自体こなせなくなってしまうのだから。
だからこそ、絹旗はこう答えた。
「別に。どうも思っていません。確かに私自身が襲われたことは事実ですが、あのヌイグルミさえ取り返せば、あんな奴等死のうが生きようが関係ありませんしね」
正直に返す事にしたのだ。これを聞けば目の前の修道女は多少なりとも食いついてくるだろうと理解した上の言動だった。

しかし、
「実は私もそう言うふうに、キヌハタと同じように考えてるんだよね」
意外な答えが返ってきた。
「私、実はさ、あんまり“神様のこと信じてないの”。信じても助けてくれる訳じゃないしさ。だから、なんていうのかな。他のシスター達とはあんまり考えが合わないんだよね」
他のシスターとは合わない、ということは少なくとも他の修道女達は敵のことも考えてあげてるということか。やはりお人好しが多い集団だ。
「ごめん、いきなり変なこと言って……、じゃ、私は配置し戻るから」
そう言ってイラーリアは絹旗から離れていった。


(神様をあんまり信じてない……か。そうゆう人もいるんですか)
そのことに関し、『十字教をあまりよく知らない』絹旗はあまり気に止めなかった。



『あんまり神様のこと信じてないの』
修道女部隊という中での、その言葉の重みも知らずに。



(誰もいない……か。まぁ、あれから結構時間経ってるし、当たり前かな)
静けさが戻りつつある林の一角。クリスタルは適当に辺りを分析しながら「まぁいいか」と適当な結論を出すと、とりあえず儀式上へと戻ることにした。
(発動までは一時間十二分三五秒……長い。もうちょい早めに設定しとけば良かったかもしんないなぁ)
修道女部隊が『把握報網(MasterNet)』まで使ってクリスタルを追い回しているのは知っている。だからこそ、さっさと発動させて面倒臭いことを省きたいと思っているのだ。
「こんなとこで失敗したら『あの娘』五月蝿いだろうしなぁ。ったく『対十字教黒魔術』の統領だからって毎回調子乗りすぎなんだよ、あの小娘」

はぁ……と柄にもなく息を吐いて、満天の星が煌く空を仰ぐクリスタルは、ふと数年前に出会った修道女の顔を思い出した。
(……そういや元気にしてるかな、あの人)
その時思い出したのは、行き倒れた自分を何の見返りもなく救ってくれた修道女の顔だった。自分より幾分か年上の彼女は、自分に異様に優しくしてくれた気がする。
「あー、あの時のシスターは優しかったな。多分、私欲だけで私を追いまわしたりはしないんだろうなー」
その言葉の端々にアニェーゼ部隊への皮肉が混じっていたが、誰も指摘する人が居なかった。クリスタルはボーっと星空を眺めながら、何となくその人物のことを思いだす。

(なんて言ったっけなー、あの人。えーと、確か、イ、イザ? えーと……)
考え込むこと一分。クリスタルは頭に電球が浮んだように閃いた。


「そうだ、イザベラ。イザベラ=アクィナスって言ったなあの人」


〈行間〉

 欧州のとある場所に純潔で聡明な少女が居たという。

 自国を抜け出したその少女は、どこへ行っても救われなかった。どこへ行っても馬鹿しか居ないし、彼女が求める人間には出会えそうになかった。
(つまらない。つまらない。あーつまらない。何コレ、何これ、何之。何にもない。どこへ行ったって下等生物しかいない。なんであんなゴミばっかりが世の中にのさばってるか本当に理解できない)
 少女は完全に世の中、いや世界に絶望していた。
(……めんどくさい)
 得意の話術で小銭を稼ぎ、各地を点々と旅していた彼女は、終着地点となるヨルダンで、絶望の果てに命を絶とうとしていた。
(どうせこんな世界だし。死んでもなにか変わる訳じゃないだろうけど、生きてても楽しくないし、)
 彼女に迷いは無かった。
(さっと死ぬか)
 地上三〇mほどの絶壁。ヨルダン川へと真っ直ぐ落ちることの出来るその崖は、彼女にとって絶好の死に場所だった。
 ふっと息を止め、一思いに飛び込んでしまおうとした瞬間、


「何をなさっているのですか?」

 後ろから、いきなり声を掛けられた。
 決意を止められた彼女は舌打ちして、突然現れた女へと忌々しそうに言葉を返した。
「別に。死のうとしてるだけだけど」
「あらあら、そんなことをしたら駄目で御座いましょう」
 再び女を睨みつける。お前に何が分かるんだ、と目で語ったつもりだったが、女はにこにこしながら、なれなれしく話しを繋げた。
「まだ、そんなにお若いじゃありませんか。その歳で命を捨てるなど、勿体無いの一言で片付けることが出来ますよ?」
「……五月蝿いな。こんな世の中潰れちゃえばいい、なんて考えたこと無いだろアンタ。だからそんな身勝手な台詞を吐けるんだよ」
 精一杯の皮肉のつもりだったが、女は動じず、淡々と答えた。
「あら。そのくらいわたしにも御座いますよ? というか現在進行形でそう思っている所で御座いますから」
 信じられない答えが返ってきた。
 まさかこんなに楽しそうに語る女が自分と同じ理念を持っているなどとは思いもしなかったからだ。
「……からかっているなら、そのまま川へ突き落とす」
「からかってなどいませんよ。事実なのですから。……その言い草からして、ひょっとして貴方も同じようなことをお考えで?」
「まぁ、間違ってはいないけど。けど、アンタなんかとは度合いが違うと思うよ。どうせアタシの考えてることなんて……」
「『どこへ行っても下等生物しかいない。なんであんなゴミがのさばっているのか理解できない』……さしづめ、そんなことをお考えでは?」
 今度こそ心の底から驚いた。ぴしゃりと、言い当てられた自分の心情は、彼女も持っているということか?
 彼女は少しだけ希望を感じた。


「ご紹介遅れました。わたしは、この辺りで『対十字教』をテーマにした慈善団体を創立しようとしている者で御座います」
「へぇ……で、なんで、対十字教?」
「はい。十字教は世界で二〇億人以上の信者を誇る世界最大宗派で御座いますから。『これを潰せば世界の三分の一は消せる計算』なのですよ」
くっ、と。思わず噴き出してしまった。単純すぎる計算式だ。絶対教養ないなこの女。
「アンタ、それ本気?」
「マジのマジで御座いますよ」
こんどこそ本気で大笑いした。馬鹿だ。本物の馬鹿だ。そこらのゴミと比べ物にならないぐらいに。

「で、アンタさぁ、それどうやって行うつもりなの?」
「これから考えるので御座います」
「いや、真面目に言うなよ」
思わずつっこんでしまった。本当に馬鹿だなこの女。


(だけど、)
自分と同じ考えの人間。こんなレアな人種に出会ったのは初めてかもしれない。
慈善団体を創る、と言っていた。つまりは同じ思想の仲間をかき集めるという事。そしてそれはつまり、
(アタシと同じ考えの人間が集まる場所……)
恐らく彼女がこんなに惹かれたのは人生で始めてだったかもしれない。
だからこそ、彼女は迷わなかった。
「ねぇ、アンタ」
「はい?」
「その慈善団体、アタシも仲間に入れてくれない? どうせ人、全然集まってないんでしょ?」
「あら、嬉しい。確かに入ってくれるなら貴方が第一号ですよ」
だろうな、と少女は笑った。


「で、アンタ名前は?」
「イザベラ。イザベラ=アクィナスで御座いますよ」
「へぇ、イタリア人だったのかアンタ。アタシはイラーリア。イラーリア=リビングデッド=ラウレンティス」
「貴方はどこの国の人か分かりませんね」
「アタシもそう思うよ。だってリビングデッドは後付けだからな」
ふふふ、と女がはじめて声を出して笑った。



十字教を徹底的に否定する団体『対十字教黒魔術』の『元』はこうして誕生した。
皮肉にも十字教の聖地であるヨルダン川の辺で。

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