とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-759

最終更新:

ryuichi

- view
だれでも歓迎! 編集
(こいつは何度か研究所で見た。木原数多って野郎だ)
 垣根は眼前に立つ男、木原数多を観察する。
(幻生と名字が同じってことは、何か関係があるのか……まぁ、そんなこといくら勘ぐったって何の意味もねぇか)
「殺し合おうぜ! 『未元物質』!!」
 数多のミサイルが火を噴いた。
 眼前で放たれたそれを、垣根は避ける素振りも見せず、自動で作り出される『未元物質』の壁で防ぐ。
(バイクを破壊されたのは想定外だったが……どんなテクニックを使ったにしろ武装は通常兵器だけだ。んなチンケな野郎共との戦闘なんざ実験でも実戦でも飽きる程やってんだよ。一


対多だろうが負ける道理がねぇ)
 今の垣根にとって、数多など眼中にない。
 ――垣根姫垣と木原幻生。
 数多は所詮、そこへ至る通過点に過ぎないのだから。



 着弾時の爆発によって周囲には風と煙が舞い、視界の効かない状況になっていた。
 どうやら数多もミサイルを放った後どこかへ隠れたらしい。
「隠れてねぇで……!?」
 闇雲に攻撃を仕掛けようとした時、ダダダダッ! と後方から、おそらく『猟犬部隊』の隊員のものであろう銃弾が襲った。
 勿論その寸前で垣根の背中には『未元物質』のシールドが展開しており、ダメージは全くない。
 どころか、
「見ぃつけた、ってな!」
 この銃撃は相手の位置を垣根に知らせてしまうものだった。
 弾丸の入射角から即座に発射位置を逆算すると、垣根は背中を向けたままその座標へと『未元物質』の槍を叩き込む。
 だが、



「ちっ……」
 当たった感覚がない。
 直前で回避されたようだ。
 振り返り直接位置を確認しようと身を翻したものの、その隙をついて別方向から銃撃が放たれる。
 瞬間に構築される『未元物質』のシールド。
 それは垣根へのダメージを一切通しはしないものの――
「っそ……」
 垣根は苛立たし気に足を止める。
(こうなると自動防御が邪魔だな)
 自動で生成される『未元物質』は、垣根の組んだ数式通りの大きさ、硬さで、加えられた衝撃に対して最適化された防御壁を拵えるものだ。
 それはつまり、自動防御発動時に攻撃されることは自身の意志に反して辺りに障害物が生産されていくことに等しい。
 今も、垣根は振り返ろうとした足先に『未元物質』が出現してしまったため、一瞬身動きが取れなくなってしまっていたのだ。
(だが自動防御を解除しようにも、これだけの数をアナログで捌ききれる自信はねぇからな……)
 兎に角、囲まれている状況はよろしくない。
 無差別に攻撃して敵の意識を撹乱、統制を乱して包囲網を拡散すべきと判断すると、路肩の一角へ視線を向け、大きく右腕を振り上げて、
「だぁ、うっとぉしい!!」
 視線とも腕の動きともまるで連動しない明後日の方向、左斜め後方へと絨毯攻撃を浴びせかけた。
(不意打ちでもかけりゃ少しは……!?)
 しかし、垣根の感覚はまたも『外れ』と答えていた
(馬鹿なっ! あの人数で円陣囲んでるなら、あれだけの範囲に攻撃したら最低三人はまともに喰らってる筈だ!)
 相手を乱すどころか、逆に自分の方が気を乱されている。
 しかし、姫垣のもとへ辿り着くことのみを考え、目の前の戦闘をまるで見ていない垣根は、そのことに気がついていなかった。
 物陰からの銃撃は続く。
 短い攻撃が来たと思うと、今度は別方向からダダダダダダダ……と長い連撃。
「くそっ……このっ……」
 その度に生成される『未元物質』は垣根の動きを後の先で次々と封じていき、まるで混雑中の人混みを避けているかのような間抜けにも見える動作を繰り返すことになる。
 そして、
「っ!?」
 後ろを振り返ろうと出した右足を狙って放たれた一発の銃弾。
 (能力者にとって)小威力のそれは、自動防御の数式のもと、小石程度の大きさの『未元物質』を誘発し、
「んなっ――」
 垣根はそれに躓いて重心を崩し、前のめりになって転げてしまった。
 その程度の衝撃では流石に自動防御は発動せず、垣根の腕や膝はアスファルトの地面へと叩きつけられる。
 そして怯んだその隙を突いて、四方八方から堰を切ったように弾丸の嵐が降り注いだ。
 垣根の周囲では絶え間なく『未元物質』の防壁が出現と消失を繰り返しており、ダメージを受けることはないものの、防壁に頭を抑えられ、うつ伏せの状態から起き上がることすら出


来なくなってしまった。
(こいつら、まさか……これを狙って!?)
 自動で生成される『未元物質』は、垣根の組んだ数式通りの大きさ、硬さで、加えられた衝撃に対して最適化された防御壁を拵える。
 それは言い換えれば、攻撃の威力と範囲を変えることによって、攻撃をする側から、防壁の大きさや硬さを任意に調整することが出来るのだ。
(幻生の野郎の仕業か)



 そう、何も『猟犬部隊』はがむしゃらに鉄砲を撃っていたわけではない。
 木原幻生から渡された『未元物質』の研究資料。
 その全てを熟読した木原数多は、どう攻撃すればどう防がれるかを理解し尽くし、『その状況状況に合った銃弾の撃ち方』の指示を細かく出すことで、垣根を牽制していたのだ。
(だからあんな不規則な攻撃を……セコい真似しやがって。だが……)
 相手の手さえ見えれば、学園都市第二位の脳にとって攻略するのに数秒の必要もない。
 垣根は瞬時に、自分を中心にして、周囲に半径二メートル程の半球状の『未元物質』を作り出した。
 途端に至近距離で聞こえていた着弾の音が遠ざかり、くぐもったものになる。
 ちょっとしたシェルターだ。
 安全になったことを確認して、垣根は周囲に展開されている『未元物質』を次々に消していく。
(この戦術は俺の使ってる自動防御の数式に則って行われてる。だったらその数式を)
「即席で変更しちまえば何とかなる、とか間抜けなこと考えてんだろ。残念だが、テメェがどう数式を変更するかくらいお見通しだ。すぐに調整が利く」
「!?」
 突然、すぐそばで声が聞こえた。
「テメェの考えてることなんざ全部丸分かりなんだよ。例えば、さっき不意打ちが決まんなかったを不思議がってたが、ありゃテメェの戦闘データから攻撃パターンを読み取って、元か


ら人員を配置してなかっただけだ。ぎゃははは! 間抜けなこった!」
 声の主――木原数多は、起き上がりかけている垣根を見下ろすように立っている。
(『未元物質』の裏に、隠れてやがっ……!?)
「ドッキリ成功! ってよぉ!!」
 直後、衝撃が来た。
「がぁっ!?」
 鳩尾を狙った的確な突き。
 一瞬で間合いを詰めた数多の攻撃だ。
「どーした『未元物質』よぉ! 防御しねぇと死んじまうぜぇ!」
(くそっ、こいつ……俺が数式を変更するために自動防御を一旦解除したところを……)
 変更は諦め、せめて元の状態に戻そうとする垣根だったが、
「なーにちんたらやってんだ! 止まってっとすぐにスクラップだぜぇ!」
「ごぉっ、ぁ!?」
 意識を集中させようとした矢先、次の打撃が飛んでくる。
 垣根は抵抗する間もなく吹き飛ばされ、『未元物質』製のシェルターの壁に激突。
 跳ね返ったところを更に数多の拳で撃たれてしまう。
「オラオラ、パターン入っちまったぞ! 何だ? 超能力者(stage5)にしちゃ楽勝過ぎるんじゃねぇか!?」
 笑いながら垣根の全身を叩き続ける数多。
「く……そ……」
 ――このままではマズい。
 そう判断した垣根は、この状況から逃れるため、苦肉の策に出る。
「オラァッ!」
 数多に打たれ、身体が後方へ跳ねた瞬間、
「っ……」
 『未元物質』のシェルターを解除し、その勢いのまま数多から離れようとする。
 だが、シェルターが開くと同時、予想していた通り無数の銃弾が垣根の身体目掛けて飛んでくる。
「がっ……ぐっ……」
 防御に回せる思考の余裕はない。
 足元に申し訳程度に摩擦の少ない『未元物質』のレールを敷いてスピードを上げようともくろむが、たちまち身体の随所に銃弾が掠め、痛みに歯を食いしばる。
(兎に角……こいつらをマトモに相手にするのは危険だ。そもそも目的はこいつらを倒すことじゃねぇ、ヒメを奪い返すことだ。無理に戦う必要なんざねぇ……)
 思いながら、垣根は『猟犬部隊』を無視し、研究所へと全力疾走する。
「あーぁ……」
 後方から、失望したような声が聞こえた。
「『未元物質』よぉ……お前絶対ドッジボールとかしたことねぇだろ」
 言葉とともに、轟音が響く。
 数多が片手で乱暴に構えた対戦車ミサイルのトリガーを引いたのだ。
 ミサイルはがら空きの垣根の背中へ向けて一直線に飛来する。
 そして――



「ぐっ!? ……痛ぅ……」
 背中から衝撃が襲い、垣根は大きく前方へと投げ出された。
 ガードも間に合わず、コンクリートの上をごろごろと転がされる。
 だが、それだけだった。
(衝撃で吹き飛ばされた、だけ?)
 垣根は防壁を張っていなかった。
 だと言うのにこれだけのダメージで済んだということは、数多の放ったミサイルが外れ、近くで爆発したそれの爆風を受けただけということなのか。
 そう思い、地面に転がった体勢のまま後方を見ると、
「なっ……テメェは……」
 そこには、ほんの数日前に見た存在があった。
『やれやれ、随分と苦戦しているようですね。学園都市第二位、『未元物質』の垣根帝督――』
 動物のような形をした、しかし金属製のフォルム。
 頭部にある、象の鼻を思わせる長い機関。
『――こいつを自爆にまで追い込んだ男だって言うのに。作り直すのにいくらかかったと思っているんですか』
 垣根帝督が先日交戦した、『メンバー』の構成員、馬場芳郎が操る四足歩行型ロボットだった。
 おそらくは、先日も使った鼻の先から出る光線で数多の放ったミサイルを迎撃したのだろう、その頭部の先から僅かに蒸気が上がっているのが見える。
「テメェ……」
『別に、あなたを助けたくて助けた訳ではありませんよ。本当ならあなたともう一勝負したいくらいですが、これも仕事なので』
 しれっ、と言うロボットに、垣根は一言。
「……しゃべれたのか」
『え? そっち?』
「うぉーい、うぉーい! もしもしもしもしもしもーし、聞こえてますかぁー!?」
 二人――一人と一機の会話に、もう一人が割り込んできた。
 言わずもがな、木原数多である。
「突然なんだか知らないがよぉ、仲良くおしゃべりしてる場合じゃないんじゃないの? つーか華麗に無視してんじゃねーよ、ぶっ殺すぞ」
『……だ、そうです。時間もありません、あなたは早く研究所へ。垣根姫垣を救出して下さい』
「は!? い、一体どういう……」
『言ったでしょう、仕事だと。状況が変わったんです。もう分かっているでしょうが、私達はあなたや木原幻生を監視していました。その過程で、木原幻生が学園都市における一つの極


秘事項に触れていることが発覚しました。その上『原石』への独断による干渉ともなれば、学園都市ももう呑気に放置している訳にはいきません――木原幻生は、監視対象から抹殺対象


へ変更されたのですよ』
「んなっ……」
 極秘事項と言うのは、先程幻生自身も言っていた『停滞回線』のことだろう。
 だが、姫垣が『原石』であることまで知られているとは――
『私達の情報網を甘く見ないで下さい。と言っても、その『停滞回線(情報網)』のせいで今回の騒ぎが起きてしまった訳ですが……他に聞きたいことは?』
「はいはーい、ありますありますよー!」
 またも会話に入ってくるのは数多。
「テメェよぉ、ここで『未元物質』を逃がして、テメェ一人……つーか一機だけで『猟犬部隊』とヤり合おうっつーワケ?」
『……やれやれ、聞こえていたのなら分かるでしょう。木原幻生は学園都市の抹殺対象。それを擁護するのなら、あなたも同罪になります。『猟犬部隊』というあなたの立場を考えるな


ら、この場を納めて、むしろ私達に協力するところです。そもそも『猟犬部隊』を私兵のように扱っている時点で、既に咎められてしかるべきですが』
「そりゃ俺も思ってた。が、テメェみたいなオモチャに言われたって説得力の欠片もねぇ。それにミサイル止められてムカついた。よって殺す」
『やれやれ……先程の質問に答えましょう。あなた方『猟犬部隊』と一機だけで戦うつもりは全くありませんよ。さっきから言っているでしょう、『私達』、と』
「!?」
 その瞬間、



「うわっ!? な、何なんだ畜生!」
 物陰から、黒ずくめの男が一人飛び出して来た。
「オーソン、何やってやがる!ちゃんと持ち場に……」
 数多が持ち場を離れてきたらしい部下を咎めると同時、
「がっ!?」
「オーソン!」
 オーソンと呼ばれた男が、突然前のめりに倒れ込んだ。
 そして、その背後には――
「安心してください。本当はいつもの得物を持ってきたかったのですが、相手も一応学園都市直轄、殺しはなしということですから、今日は麻酔銃を使わせて貰っています」
 オーソンにも撃ち込んだ麻酔針を仕込んだ小銃を片手に掲げる、ダウンジャケットを着込んだ青年――『メンバー』の構成員、査楽が立っていた。
「何だテメェは……!?」
 数多が素早くミサイルの照準を合わせようとした次の瞬間、査楽は数多の視界から消え、垣根の背後へと移動していた。
「空間移動……」
「そんなところです。ところでその耳のインカム、ちゃんと聞こえていますか?」
「……!」
 その言葉につられてインカムに耳を傾けるが、いつの間にか聞こえてくる隊員の声が随分減っている。
 おそらく、先程の空間移動によって無力化されてしまったのだろう。
「あなた達は『武器』と『集団』によって能力者を追い詰める。けれどその為には相手の能力についての充分な理解が不可欠、そして想定外の状況には非常に脆い。大分楽に狩らせて貰


いましたよ」
 言いながら、査楽は垣根の前へ出る。
『こういうことです。ここは私達に任せて、垣根帝督、あなたは早く研究所へ』
 ロボットの方もまた、垣根に耳打ちしてから数多の前に立ちふさがる。
「……分かった」
 垣根は短くそう言うと、一人と一機を残して研究所へと走った。



「胸糞悪ィな……」
 去っていく垣根の背中を見ながら、数多が言葉を吐き出す。
「『猟犬部隊』各員、持ち場を離れてこの指とまれだクソ野郎共」
 インカムに告げると同時、随所から黒ずくめの大人達――『猟犬部隊』の隊員が、ロボットと査楽に対面する形で数多の後ろにつく。
 大方が査楽に倒されてしまったのだろう、その数はほんの十数人程度しかいなかった。
 数多はそれに臆することなく、ロボットと査楽を鋭く見据えて一言。
「ヤれ」
 同時、残存する『猟犬部隊』隊員の火器が一斉に火を噴いた。
『全く』
「仕方のない」
 ロボットと査楽を狙ったそれらの銃撃は、しかし一発も両者に当たることはなかった。
 着弾の直前に、ロボットは対垣根帝督戦でも見せた高速移動によってその場を離れ、査楽は銃撃してきた隊員の一人の背後へと空間移動。
 査楽は背中越しに麻酔弾を打ち込みまた一人を無力化し、ロボットは頭部から光線を放ち、隊員を火器ごと焼き払う。
 隊員達が一方で気絶して静かに、他方で火傷の痛みに悶えながら倒れるのを待たずに、ロボットと査楽は既に次の標的へ狙いを定めている。
 反撃する間もなく次々と倒されていく隊員達。
「……………………」
 数多は、それをひたすら黙って眺めていた。
 そして、ほんの三十秒程で。
 その場に立っている『猟犬部隊』は木原数多ただ一人きりになってしまった。
「降参しますか? まだ間に合いますけれど」
 余裕のある調子で告げる査楽。
 対し、一人残された数多は――


「ぎゃはは」


 狂的な笑みでこれに応じた。



「ははっ、テメェらよぉ。何自分達が有利ですみたいな顔しちゃってんの? 特にそっちの空間移動能力者。いいのかなーそんな余裕ぶっこいてて。テメェは立ってる人間が減れば減る


ほど、行動が制限されていくっていうのによぉ!」
「――!?」
「何驚いてんだ? バレバレだったっつーの!」
 叫び、突如査楽に向かって突進してくる数多。
「くっ!」
 査楽は一撃で勝負を決めようと、転移先を木原数多の背後に設定、即座に空間移動能力を発現させる。
 だが、
(え――?)
 空間移動した査楽の目に飛び込んできたのは、数多の持っていた対戦車ミサイルのグリップ。
 それが、猛烈な勢いで査楽の鳩尾へと打ち込まれる。
「ごぁっ!?」
 棍棒のように振るわれた対戦車ミサイルは、査楽の身を一瞬宙に浮かせると、そのまま後方へと吹き飛ばす。
『このっ……』
 査楽の失敗を見るや、馬場の操るロボットは即座に頭部を光らせ、光線を放とうとする。
「タメから発射まで2.67秒! 遅すぎだっつーの!」
 言いながら、数多はミサイル銃を投げ捨てると、地面に転がっている『猟犬部隊』の隊員の武器であった対戦車ミサイルの銃口付近を足で踏みつけて跳ね上げると、それを空中でキャ


ッチ、即座にロボットに向かって銃弾を浴びせる。
『――っ!』
 攻撃の予備動作中故に姿勢を固定していたため、逃げる間もなく両の前脚を撃ち抜かれたロボットは、土下座をするように前方に倒れ込み、コンクリートの地面へ向けて光線を放つ羽


目になる。
 至近距離での光線が暴発により、ロボットの頭部から首にかけてが綺麗に消滅、見事に自滅した格好になってしまった。
「テメェら、言ったな。対策をしていない敵に対しては、『猟犬部隊』はまるで烏合の衆だと。確かに、その通りだ。そいつは否定しねぇよ。『猟犬部隊』の弱点だと言ってもいい。だ


がな――」
 後脚だけで惨めに立ち上がろうとするロボットはもう用無しとばかりに無視し、数多は対戦車ミサイルを再度拾い上げながら地面にうずくまる査楽の元へと歩いていく。
「テメェら程度のショボい能力や機能なんざ、三十秒も観察すりゃ何もかも理解出来るんだよ」
(まさか……こちらの手の内を探るために、仲間がやられている間敢えて手を出さなかったのか? 自分の部下を、実験観察のためのモルモットにしたのか?)
 査楽の空間移動能力の仕組みの解析。
 ロボットの機動力や機能性のデータ集め。
 それを瞬時のうちにやってのける数多の技量は勿論驚くべきことではある。
 だが、そのために仲間を捨て石にする非情さ。
 査楽とて裏の世界に身を置いている故に、一概に責められるものではないが、少なくとも部隊の隊長として正しい姿だとは思えない。
(これが『木原一族』……噂には聞いていましたが……っ!?)
 身動きの取れない査楽のもとへ数多が辿り着き、手にした対戦車ミサイルで再度査楽を殴った。
「ぐ、うぁ……」
「じゃあな能力者。しっかり爆死して俺をムカつかせた責任の30パーセントくらいは払っていけ」
 言い、査楽へ向けて対戦車ミサイルを構えると、数多は一切躊躇することなくその引き金を引いた。



 だが――



「あ?」
 ミサイルは発射されない。
 いや、そもそも。
 いつの間にか、数多の握っている対戦車ミサイルには、まるで世界から鋏で切り取られたかのように『グリップから先が存在していなかった』。
 銃の発射装置は剥き出しになっており、まだ残っていたミサイルもその半ばほどで切断され、正面から見た断面図の様相を呈している。
「査楽、馬場。遅いなんぞと文句を言うなよ。私はお前達と違って、空間移動も超速移動も出来ないのだからな」
 数多の前方――つまりは研究所と反対方向から声が聞こえた。
 数多が査楽から視線を上に遣ると、そこには長身の人影が一つあった。
 光源である燃えるバイクから遠いため、正確な人相までは把握することは出来ない。
「次から次へと――」
 ミサイル銃の謎の消滅にも関わらず、数多の対応は早かった。
 先程と同じように地面のガトリング銃を跳ね上げると、即座にその引き金を引こうとする、が――
「ちっ」
 その銃には、既に引き金が存在していなかった。
 数多はガトリング銃を投げ捨てると、人影へ向かって距離を詰めながら、道中にある銃を次々と蹴り上げては捕らえ、人影に銃弾を撃ち込もうとする。
 だが、そのどれもが引き金を、銃口を、弾倉を、銃として機能するために必要な何かしらの要素を失っており、数多は一発と銃弾を撃つことを許されない。
「何様ですかぁーこの野郎!」
 ついに人影の目前に至った数多は、銃弾の消えたライフル銃の銃身の方を握ると、バットのように大きくスイングして、人影の頭部を潰そうとする。
 だが、ライフル銃は人影に触れるか触れないかの位置まで接近するとその部分だけが空中分解し、数多が銃を振り抜きを終えると、人影を通過した中腹の部位を失い二つに分かたれた


ライフル銃の先端部分の方が、カラカラとコンクリートの上を転がっていった。
 無論、人影は無傷。
 それを認めるや、
「うらァ!」
 数多は銃の残骸を捨てて右の拳を握り、神速の正拳を人影の顔面に放ち――
「っ……」
 衝突するその直前に拳を急停止させた。
「賢明だな。止めなければ今頃右手首から先は存在していなかった」
 人影が笑う。
 その言葉は真実だろう。
 実際、数多の右手グローブは指の第三関節のあたりの覆いを失っており、所々上皮まで剥がれている。
「テメェは……」
 接近して、ようやく数多は相手の人相を認識する。
 それは、何度か見たことのある顔だった。
「『博士』、か……」
「如何にも」
 白衣を着た初老の男――『メンバー』のリーダー、『博士』。
 その存在を認め、数多は拳を下ろす。
「ちっ、じゃあこいつらは『メンバー』の構成員か。どうやらさっきの話は本当みてぇだな」
「だから……言ったでしょう……」
 地面に倒れた体勢のまま、苦言を呈する査楽。
「だったら先に言いやがれ」
『言っても信用しないでしょうけどね』
 発言機能は生きているのか、ロボットからも突っ込みが入る。
「フン。木原幻生の監視において、学園都市の最重要機密の一つである『停滞回線』の使用許可が下りた。が、情報を得ようとしたところ、一部のシステムに外部からの不正なアクセス


が見受けられ、それが木原幻生自身によるものだと判明した。木原幻生は、学園都市の機密を無断で私的利用したことにより監視対象から抹殺対象へ変更された。それが事の顛末だ。―


―一応アレイスターとも電話が繋がっているが、直接話をするか?」
 『博士』がポケットから携帯電話を取り出す。
 雇い主の声なら流石に信用するだろう、ということか。
「要らねぇよ。テメェが出てきたんなら、実際クソジジイはもうお終いなんだろうよ。だが、こいつらを信用しなかった理由の一つでもあるんだが――」
 数多は、研究所――垣根の去っていった方向を見て、言う。
「どうして垣根帝督なんぞをジジイのところに遣った? 俺にすら勝てねぇような雑魚が、あの木原幻生に勝てるとは、とても思えねぇんだがな」
「それには同感だな」
「は?」
「アレイスターの指示だということだ。あれの考えていることは分からんよ。垣根帝督に何かしらの変化を期待しているのか……まぁ、例え垣根帝督が木原幻生を討ち損ねても、代わり


の兵は幾らでもいるし、この学園都市から逃げることは出来ん。問題はないさ」
「そーかよ」
「或いは、垣根帝督に妹を救出する主人公(ヒーロー)役でも演じさせてやるつもりか。無論、結末の見えている、叶わぬ夢物語ではあるがな」
 吐き捨てるように言った後、『博士』もまた燃える炎の先にある研究所の方へ視線を遣ると、そこにいるであろう垣根帝督へ向けて小さく言葉を放った。



「行けよ、少年。そして――絶望しろ」



「ヒメ……痛っ、ヒメッ」
 垣根帝督は、木原研究所の通い慣れた廊下を抜け、いつも実験を受けている木原幻生の実験室の扉を打ち破る。
 研究所内に他に人影はなかった。
 どうやら本当に木原幻生個人による暴走のようだ。
「これは驚いたね」
 実験室の中から声が聞こえた。
 言葉とは裏腹にまるで驚いているようには思えない、いつも通りの人を小馬鹿にしたような物言い。
 ――『未元物質』の研究者にして、『絶対能力』を、 そして『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの(SYSTEM)』に至らんとする者、木原幻生だ。
「暗示を解除しただけにとどまらず、キャパシティダウンも突破し、表に配置していた数多達も撃破した、と言うことかな。全く想定外だよ。くくっ」
 言いながら、幻生は実験室内にあるカプセルに手を触れる。
 それは普段、垣根が実験で身体機能のスキャンを行う際に使用しているものだ。
 そして今、その中には――
「ヒメッ!」
 実験着に身を包んだ垣根姫垣が眠っていた。
「けれど、まぁ。早速実験の成果を試せるというのは、都合が良い。試験運用を始めようか」
「何言ってやがる! ヒメから離れろ、幻生!」
 扉から、一気に室内へ駆け込む垣根。
「そうだね、私もわざわざ巻き込まれるつもりはない。離れてじっくり観察させてもらおう」
 幻生は、あっさりとカプセルから距離をとり、実験室の奥へと後退していく。
「何を……!?」
 垣根がカプセルに到達した瞬間、姫垣が身じろぎした。
「ん……」
「ヒメ! 大丈夫か!? おいっ、ヒメッ!」
 姫垣の身体を抱え、揺する垣根に、
「生体電気というものを知っているかい、垣根帝督。簡単に言えば、動物の筋肉や神経を動かすための発電現象のことなんだけれど……極論を言えば動物もロボットマシーンと同様電気


で動いている、ということだ」
 離れたところから、幻生が言葉を投げかける。
「それはつまり、動物の身体を電気によって外から自在に操れる可能性を示唆している。事実、動物行動制御研究所――そこでつい先日、電磁波を利用して動物の行動をコントロールす


る技術の開発に成功した。この研究には私も随分入れ知恵をさせてもらってね、私もその装置を一つこの研究所に置いているんだ。そして――」
「ん……ぁ……」
 姫垣が目を覚ました。
「ヒメッ……ヒ、メ?」
 しかし、その瞳はどこか虚ろで、仮面でも被っているかのように表情が無かった。
「わ……る……」
 乾いた唇が、言葉を紡ぐ。
「敵性排除(わるものをたいじします)」



 ゴパァッ!と、姫垣の背中から水晶のような透明な何かで構成された三対六枚の羽が展開した。



「そして――人間は動物なんだよ」



「そん、な……」
 垣根の目の前で、姫垣は翼に引っ張られるように実験室の高い天井へと昇っていく。
 その足下から何か赤い液体が一筋垂れ、垣根の頬に斑点を描いた。
「血……?」
 よく見ると、空中で静止する姫垣のあらゆる箇所の皮膚が裂けており、そこから止めどなく血液が流れ出ていた。
「あぁ、あの身体のことかい。『原石』の能力を最大限に発揮させようと思ってね。私の孫娘、テレスティーナの作った能力者の能力を意図的に暴走させる能力体結晶の改良版――私は


『体晶』と呼んでいるが、これを投与してみたんだよ。どうやら『体晶』は、勝手は違えど『原石』にも有効なようでね、くくっ、素晴らしい効力を生み出している。まぁ、結果として


負荷に耐えきれずに『原石』は『壊れて』しまうだろうけれど……それまでに『絶対能力者』になってくれれば問題ない。最悪、『絶対能力者』になれなくとも、データを取って、次の


『原石』を実験する際の手掛かりが得られればそれで構わないしね」
 まるで新しい玩具を手に入れた子供のように、自分の実験を解説する幻生。
 いや、実際、垣根姫垣という存在は、その生命は、木原幻生にとって玩具以外の何物でもありはしないのだろう。
「そういうことだから、是非『原石』の『性能テスト』に協力しておくれよ。『未元物質』、垣根帝督」
 言い、笑う幻生。
「…………せい」
 垣根は、ゆっくりと幻生の方へと顔を向ける。
 その表情は、未だかつてないほどに、
「木原幻生ぇぇぇぇぇぇぇぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 怒りと憎しみとに満ち満ちていた。
 そして、その叫びに呼応するように、
「攻撃開始(いまからやっつけます)」
 姫垣の六枚羽から、巨大な透明のつららのようなものが六本生成され、一斉に垣根に向かって放たれた。



 垣根帝督の十番勝負


 第七戦 『木原数多』


 対戦結果――『メンバー』引き継ぎ、引き分け




 次戦


 対戦相手――『木原幻生』

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー