とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-784

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ryuichi

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 日付が変わって、クリスマスである。
 上条当麻は自宅の風呂場――今年の夏からの彼の寝室でむくりと体を起こした。
 今日はクリスマスである。
 世間一般では、子供たちがサンタクロースからプレゼントを貰える日である。
 無論上条はもうサンタクロースなど信じてはいない。小学生くらいまでは信じていたのかも知れないが(覚えていないから知らない)、高校生ともなって信じている人がいればそいつはもう空くらい飛べるんじゃなかろうかと思う。
 (余談だが小学生の頃、既に上条はもうサンタクロースを信じてはいなかった。
 それは不幸のせいというか何と言うか、幼い上条の枕元にプレゼントを仕込もうとした父・刀夜が盛大にすっ転んで下敷きにされた、ということがあったからである)
 まあそんなわけで、上条がこんな深夜に起きているのは「今年こそサンタクロースを捕まえてやるぜ!」なんて可愛らしい理由ではない。
 むしろベクトルとしては逆である。
 (……しかし、プレゼントはこれで良かったんだろうか)
 そろりそろりと足音を忍ばせて浴室を出る。その手にはちょっといい値段がしたりしなかったりするようなアクセサリーが握られている。
 わけあって上条が同居している少女、インデックスは『少女』である。
 実年齢は知らないのだが、中学生くらいだろうか。
 そして彼女はここ数年、一年おきに記憶を消され続けてきたという壮絶な過去を持っている。
 まあそれに関しても思うところは色々とあるのだが、ここで重要なのはそういうことではない。
 大切なのは、今日はクリスマスだということだ。
 つまり、こんな疑問が彼の頭の中に去来したわけである。
 (……アレ? もしかして、インデックスってサンタクロース信じてたりする?)
 普通は彼女ほどの年齢にもなれば、その正体にも勘付くものである。
 だが彼女はずっとそういった『普通』から切り離されて生きてきた。夜寝ている間にサンタクロースがやってきて、望みのプレゼントを靴下にいれていく、なんて優しい幻想も抱けないほど。
 だから上条は、インデックス本人にさりげなく尋ねてみたのだ。サンタクロース今年は大丈夫かなぁ、と。
 それのカウンターとしておびただしい量の宗教的なサンタクロースの知識を浴びせられて、「ああこりゃ信じてねえな」と納得しかけたのだが、彼女が最後に小さく呟いた言葉を上条は確かに聞いた。
「……今年は、大丈夫だもん」

 そんなわけで、クリスマスな今日。
 サンタ上条は、彼女の枕元にプレゼントを仕込むべく動いているのである。
 起こさないようにそっとベッドに近づく。月明かりに照らされる室内を、足元に気をつけながら進む。冷たい風に凍えながらも、ゆっくりと一歩、一歩と
「……って、風?」
 上条は顔を上げる。
 窓が開いていた。全開だ。よく見ると鍵の部分のガラスが綺麗に切り取られている。
 そして、上条のすぐ眼前。
 そこに、人影があった。
 インデックスはすやすやと寝ている。彼女ではない。
 その人物を、上条はよく知っている。忘れようがない。忘れられるハズが無い。
「テメエは……」


「仕事だ」
 だ、そうだ。
 一方通行はホテルのベッドに寝転んで携帯を耳に当てたまま、小さくため息をつく。
 彼は諸々の訳あって、学園都市の暗部組織『グループ』に所属している。
 要は上の雑用のような組織で、反乱分子の始末なんかが主な仕事だ。
 そして無論その仕事が来るタイミングは、彼らの都合なんて考慮されない。
 たとえ、今日がクリスマスであろうと。
(……あのガキがなンか騒いでた気がするが、まァ仕方ねェな)
 どうせ彼がいなくとも彼女には黄泉川や芳川がいる。他の妹達だっている。独りではない。
 だから無理に彼が会う必要なんて無い。一方通行はひたすら、陰から彼女を守り続ければいい。
 たとえ今日がクリスマスであろうと。
(まァ、一日中仕事ってワケでもねェだろ)
 仕事が終わったらちょっとだけ電話すればいいだろう、と適当に考える。
「で、どンな?」
「学園都市に魔術師が侵入した。今回はそれ絡みだ」
「オイオイ、この街の人間が魔術師に関わってもいいのかァ?」
「今回は問題無い。なにせ、今日はクリスマスだからな」
 そンなもンなのか、と一方通行は一人呟く。
 まあ正直、そんな細かい話などどうでもいいのだが。
 彼は与えられた仕事を適当にこなすだけなのだから。 
「すぐ集合だ、じきに迎えが行く」
 土御門がそういい終わるよりも早く、外でクラクションが短く一回だけ鳴らされた。合図だ。
 気だるげに立ち上がり、部屋を後にする。別にクリスマスを恋人と楽しむような人間ではないのだが、それでもモチベーションはイマイチ上がりきらない。
 表に出て、止まっていたワゴン車に乗り込む。中には運転手と、他に二人ほどが既に乗り込んでいた。
「随分のんびりとしているわね。そんな心構えで大丈夫なのかしら?」
「うるせェ、テメエはいつからンなに勤勉になったンだよ」
「まあ、僕としても今日は気合を入れて挑みたいところですね」
 なンだコイツ等気持ちわりィ、と毒づく一方通行。
 ワゴン車は走り出し、やがてとある学生寮の近くに停車する。
 クラクションを鳴らすよりも早く、土御門が乗り込んできた。
「全員揃っているようだな。――それじゃあ、なんともありきたりなお仕事の始まりだ」
 クリスマスの深夜。彼等は暗闇に紛れて、行動を開始する。


「はぁ? 仕事?」
「そ。仕事」
「マジかよ……」
 浜面仕上は携帯を耳から離し、思わず夜空を仰いだ。
 彼は学園都市の暗部組織、『アイテム』に所属している。パシリとして。
 アイテムの主な目的は学園都市上層部の暴走を防ぐことだ。だが勿論、それは直接的なものに限定されているわけではない。上層部の手足となって動く他組織の動きを牽制したり、外部からの不用意な干渉を防いだりと、つまりは結構色々とやっている。
 そしてその仕事がくるタイミングは、彼女達の都合なんて考慮されない。無論パシリ浜面なんて人権すら無視されるレベルである。
 しかし、今日はクリスマスだ。
 だから浜面は、今日一日恋人の滝壺理后と楽しむ予定だった。こんな時間に出歩いていたのも、ちょっと楽しみすぎて眠れなかったのでデートコースの確認をしていたからなのだ。
 (今から仕事って、帰るのいつになるんだよ……。まさか半日ぶっ通しとかは無いと思うけど)
 正直、今日は一日中滝壺と一緒にイチャイチャしたかったのだが。
「で、俺はどうすればいい? アシの調達からか?」
「車はこっちで用意してあるから、アンタは運転。三分で来ないとオシオキだからね」
「へいへい」
 集合場所を聞いて、電話を切る。
 ため息をついて、空を仰ぐ。暗くてよく見えないが、少々曇っているようだ。
「ったく、クリスマスだってのに……早く終わるといいなぁ」
 携帯をポケットに入れて、集合場所へと急ぐ。
 今日は雪が降るかもしれない。


 場所は変わって、常盤台中学の寮の一室。
 白井黒子はむくりと身を起こした。
 別に眠れないわけではない。むしろ眠らなかったのだ。
 何故って、今日はクリスマスだから。
 白井は隣のベッドに視線を移す。そこには白井がこの学校で、いやむしろこの世界で最も敬愛(というか溺愛)している一人の少女が眠っている。
 御坂美琴。常盤台中学に在籍するレベル5第三位の『超電磁砲』だ。
 同室である白井は、毎晩毎晩彼女に襲い掛かってむちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られるのだが、今日に限っては別のことが彼女を悩ませている。
 そう。今日がクリスマスということだ。
 幸せそうに眠る彼女の枕元に、靴下が吊るされているということだ。
(これは、信じてますわよね……)
 白井は中一、美琴は中二だ。普通はサンタクロースを信じているような年齢ではないのだが、流石はレベル5の”パーソナルリアリティ”は強固だったということか。
 そもそも彼女はなにかと子供じみた趣味を持っている。現に今身に付けているパジャマだって、小学生が着るようなパステル調のものだ。
(レベル5としての誇りを持って……なんてお説教するのは簡単ですけど)
 正直、そんな幻想はさっさと殺してしまいたいのだ。美琴本人だってサンタクロースを信じていることは隠しているつもりのようだし、実際100%信じているわけでもないのだろう。
 だが実際にこんないたいけな寝顔を見せられてしまうと、白井の心はぐらぐらと揺れてしまうのだ。
 去年は来なかったハズなのに健気に靴下を吊るしているその様に、なにか母性本能的なものが揺さぶられるのだ。
「……大概甘いですわね、わたくしも」
 そう呟いて、白井は自分の机の引き出しを開ける。
 そこには可愛くラッピングされたファンシーなぬいぐるみが、念の為隠されていた。
「『わたくしからのプレゼント』は、別に用意しないといけませんわね」
 ぬいぐるみを強引に靴下の中に押し込む。かなりはみ出たが、まあ大丈夫だろう。
 すぐそばには愛しのお姉さまの寝顔がある。期待と不安が入り混じった寝顔。
 それに触れることはせず、黒子は小さな声で一言だけ告げる。
「メリークリスマス、お姉さま」


 学園都市内のとある病院。
 そこには、とある事情を抱える少女達が入院している。
「おやおや、結局我らが司令塔は眠ってしまったようですね、とミサカ10032号は余裕を滲ませます」
 ミサカ10032号。御坂美琴の体細胞から作られた二万体のクローンの一人で、とある少年には御坂妹と呼ばれている個体だ。
 同室には同じクローンである10039号、13577号、19090号もいる。
「所詮あのようなお子様にはこのミッションを遂行するのは不可能だったということです、とミサカ10039号は自信を見せます」
「そう、サンタクロースを捕獲するのは私です、とミサカ13577号は確信を持って言い切ります」
「ミ、ミサカだって負けてはいません、とミサカ19090号は気力を漲らせます」
 彼女達は見た目の年齢は御坂美琴と同じ十四歳程度だ。だがその精神は、学習装置で必要詰め込まれた必要最低限の知識と自身達の経験に基づく為、偏った知識ばかり溜め込んでいることもたまにある。
 そして今回もそれだ。打ち止め経由で『サンタクロース』なるものの存在を掴み、プレゼントをくれたりする存在だということも学んだ。
 だが、通常ならば知りうるその正体までは掴めなかった。
 そこで彼女達は世間一般の子供達のように、「サンタクロースを捕獲して俺が正体を掴んでやるぜ!」となったのだ。
「しかしサンタクロースというのは一体何時ごろ襲来するのでしょうか、とミサカ19090号は疑問符を浮かべます」
「正確な時間は分かりませんが、夜に現れるという情報は確かのようです、とミサカ10039号は確認します」
「四人もいるのですから、交代で寝ずに見張っていれば大丈夫では? とミサカ13577号は提案します」
「しかし少人数ではサンタクロースを取り逃がす危険もあるのではないですか? とミサカ10032号は懸念を表します」
 などと大真面目に作戦会議を続ける彼女達。
 そうやって騒いでいるのを聞きつけて、彼女達の病室の扉をノックする人物が一人。
「サンタが来ましたか!? とミサカ13577号は臨戦態勢に移行します」


「残念だけど、僕は生まれてこの方医者以外の職業に就いたことは無いね?」
 入ってきたのは、この病院に勤めるカエル顔の医者。冥土帰しなんて呼ばれる名医であり、とある少年なんかは週一くらいの頻度で世話になっていたりする。
 彼は彼女達の病室――数々のブーヒートラップが仕掛けられて変わり果てた姿となった部屋を見回し、ため息をつく。
「今日はクリスマスだというのに、随分と物騒な雰囲気だね?」
「ここは戦場です、覚悟の無いものは出入り禁止ですよ、とミサカ10032号は戦士の顔を覗かせます」
 そう言いながらトイソルジャーをジャコっと構える御坂妹。
 他の妹達も各々の武器を構えて、殺意じみたものを漲らせている。
 クリスマスを狩猟祭か何かと勘違いしているのではないだろうか。
 カエル医者はやれやれと首を振った後、少し考えてから口を開く。
「……そういえばサンタクロースというのは、良い子のところにしか訪れないらしいね?」
 四人の動きが、ピタッと止まった。
 カエル医者はその様子を見ながら、更に続ける。
「勝手に病室をこんなことにする悪い子のところには、まず来ないと思うけどね?」
 ダラダラと汗を流しだす妹達。
 その様子を確認したカエル医者は踵を返し、病室のドアを開ける。
 そして、締めの一言を発する。
「まあ、罠を全部外して大人しく寝ていないと、サンタクロースは来ないだろうさ」
 そう言って彼が病室から出た途端、ガタンバタンと中で何かを片付ける音が病院の廊下まで聞こえてきた。
 カエル医者はそれが聞こえなくなるまで待って、更にそこからたっぷり十分ほど待って、再び病室のドアを開く。
 明かりが消えた室内には、控えめな寝息がちょうど四つ、規則正しく響いていた。
 ふむ、とカエル医者はもう一度病室内を見回してから、あらかじめ看護師などと相談して選んでいたプレゼントを彼女達の枕元の靴下に入れていく。
 全て入れ終わったカエル医者は、潜めた声で語りかける。
「きっと最初で最後のサンタクロースになるんだろうね。メリークリスマス、妹達」


 イギリス。
 日本とは九時間ほど時差がある為、まだ日付は変わっていない。ちょうど日が落ちて夜の帳が下りようとしているところである。
 そんな時分に、清教第零聖堂区『必要悪の教会』の女子寮は喧騒に包まれていた。
「シスター・オルソラ! 止まりなさい!」
「シスター・オルソラ、それはマズイですってぇ!!」
 デコボコシスターコンビの声が寮の廊下に響く。
 デコの方のシスター、ルチアはやや切れ長の目を毎度の如く吊り上げて、オルソラを追いながら静止を促している。ただしその頬は薄く紅潮している。
 その後ろから追いすがるボコの方のシスタ-、アンジェレネは長いスカートをズルズルと引きずりながら、ルチアよりも濃く頬を赤く染めている。
 両者は元々ローマ正教の修道女だが、諸々の事情(上司がキモイとかだいたいそんな感じ)でイギリス清教の傘下に入っている一派だ。
「なんなんですか貴女達、騒がしい」
 そう言いながら自室から出てきたのはその一派のリーダーである、アニェーゼ=サンクティス。いつもは細かく編んでいる赤毛を無造作にくくっていて、完全なオフモードといった感じである。
「シ、シスター・アニェーゼ! シスター・オルソラを止めて下さい!!」
「何をそんなに慌てているんですか貴女は」
 アニェーゼの部屋の方へと走りながら、前方を指差すアンジェレネ。
 アニェーゼは、指差された方――オルソラの方に視線を移す。
「シスター・オルソラがなに」
 をっ、とアニェーゼの言葉が詰まる。
 果たして、その視線の向こうにはオルソラがいた。
 オルソラ=アクィナス。こちらも元ローマ正教の修道女だが、アニェーゼの部隊の構成員ではない。アニェーゼ達は前線での任務が主な戦闘シスターであり、オルソラは暗号解読を中心として後方支援に努めていた。
 よってオルソラは攻撃魔術をほとんど使えない。回復魔術ならばそこそこ使えるのだが、単純な攻撃力で言えばその道のプロであるアニェーゼ達には及ぶべくもない。
 が、今この瞬間においてはその力関係は逆転していた。
 しかし、それは勿論オルソラが強大な霊装を所持しているとかいうことでは無い。
 バイーンとかボイーンとかそんな感じの擬音が相応しい胸が、大胆に露出しているからだ。
「……な、なっ、なんて格好をしているんですか貴女は!?」
「調味料が少々不足していたので、買出しに行くところなのでございますよ」
 聞いていないことを答える天然シスターは、しかし天然などという可愛らしい言葉では表現出来そうもない格好をしていた。
 まず服の色は赤と白。時期的にサンタクロースの服を模しているのは分かるのだが、ハッキリ言って原型を留めていない。


 先ほども言った通り胸は半分近く露出している。しかもこの衣装はヘソの辺りの布が大きくひし形に切り抜かれているので、上からも下からも見えているという無茶苦茶な状態だ。
 下半身部分はスカートだが、こちらもほとんど隠れていない。というか恐らく少しでも角度が変わると見える。短すぎやしないかと言われているローマ正教のミニスカートよりも更に輪をかけて短い。
 一言で言うと、えらいこっちゃな服だった。
「だからぁぁァ! テメエみたいな無自覚系爆乳がそんな服着たら大変なことになるって言ってるだろうがァァァぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 アンジェレネの後ろから現れたシェリー=クロムウェルが、やたらとハイテンションで叫ぶ。こちらは純正のイギリス清教所属で、暗号解読のスペシャリストだ。
 その関連でオルソラとコンビを組まされることも多いので、彼女に対しては言いたいことが色々と溜まっているのだろう。
「っていうか大聖夜サンタメイドって、もうメイドって付ければなんでもいいのかよおおおぉぉぉぉォォォ!!!」
 魂の叫びである。
 しかしそれを受けたオルソラは綺麗にうふふと流している。なんというか、日頃の苦労が偲ばれる構図だった。その二人を見比べた後、アニェーゼは近くでぜえはあ言っていたアンジェレネに訊ねる。
「……で、なんでシスター・オルソラはあんな格好をしているんですか?」
「あ、えっと、ローラ様から明日の衣装だって送られてきて、試着を兼ねてって……」
 ふむ、と少し考えるアニェーゼ。
 そして、オルソラを見る。ふむ、と頷いた後、ルチアに視線を移す。
 再びふむ、と頷くと、
「シスター・アンジェレネ、あの服はまだあるんですか?」
「着ませんからね」
「え、ええと、確かまだ何着かあったと思いますけど……」
「一着、ここに持ってきて下さい」
「着ませんからね」
「上官命令です」
「……ッ!!」
 脱兎の如く逃げ出したルチアは、しかし何故か発動していた蓮の杖で足元を打たれて転倒する。
 心配しなくとも着替えには私の部屋を提供しますからいやそういう問題では無いです持って着ましたシスター・アニェーゼさあ着ろいや着ませんとがちゃがちゃ騒ぐ元ローマ正教三人組の傍らで、
 おやもうこんな時間なのでございますねいやそれより早く着替えろ買い物に行くのでございますよおい話を聞けとまるで会話が成立していない暗号解読組。
 今日も必要以上に騒がしい必要悪の教会女子寮。
 それでも明日はクリスマスである。


 世界最大宗教、ローマ正教。
 十億の信者を抱えるその宗教の、裏の底の陰に沈む組織。たった四人で世界の行く末を左右する者達。
 神の右席。
 彼らは原罪を極限まで薄めることで、天使に近い肉体を持つ。故にその実力は、一騎当千などというレベルを遥かに超越している。
 敵対者の総てを問答無用で地に伏せる者。
 世界の法則を言葉一つで歪める者。
 その身と信念のみで全てを叩き伏せる者。
 かつて神の領域すら超えた者。
 拳を握ることすら馬鹿馬鹿しくなるような、絶対的な力を持つ十億の奥の闇。
 その神の右席が、一室に集っていた。
「……これより神の右席定例会議を始める」
 そう重々しく宣言したのは右方のフィアンマ。ミカエルを司り、惑星を砕くほどの力を保有する正真正銘の化け物だ。
「……何それ」
 まるで名刀のような鋭さで切り替えしたのは前方のヴェント。かつて単身で学園都市の都市機能のほとんどを奪った怪物だ。
「俺様主義な貴方が会議とは、一体どういった風の吹き回しなのですかねぇ?」
 それに烈風の如く続いたのは左方のテッラ。板倉ではない。化け物じみた顔をしているが、不味そうに安酒を飲む様はいっそプリティーでもある。
「あの戦いを経て、俺様にも色々と考えるところがあってな」
 彼等に時系列などという言葉は通用しない。そういったものを総じて乱すことさえ出来てしまいそうな集団、それが神の右席なのだから。
 法則、不文律、時系列、設定、ご都合主義、摂理。
 それらを全て無視し歪め変革させるほどの力を、彼らは持っている。
「……ところでアックアは?」
「例のイギリスのお姫様のところではないですか? 明日はクリスマスですからねえ」
 その言葉がもたらす空気の振動が終った後、その場は完全な沈黙が支配した。まるで時が止まってしまったかのような完全な静寂。
 比喩では無く大気が重量を伴ったかのような空間で、右方の怪物がゆっくりと口を開く。
「……彼女は要らない。どうせ俺様と吊り合う女などいないのだから、そんなものは必要無い」
「負け犬の臭いしかしないわよその台詞」
「そういえばフィアンマはあの一件の後、誰かに拾われていませんでしたか。彼等とパーティなどはしないのですか?」
 その言の葉は再び凄まじい重圧を伴う静を連れて来る。
 それを破るのは、やはり右方の化物だ。
「……俺様は要らない。聖夜のアベックの間にお邪魔虫は必要ない」
「もうなんか色々と悲しくなってきたんだけど」
「それじゃあ私達は独り身同士、寂しく安酒でも交わすとしますかねぇ」
 それぞれの前に置かれた霊妙なグラスに、血のような紅い液体が注がれる。
 それを見、前方を見、右方の独身が一言。
「……せめてもう少し華のある面子が欲しい。時代錯誤も甚だしい服装の変人共など必要ない」
 瞬間、凄まじい轟音と閃光が炸裂する。
 続き爆風や怒号や灼熱が吹き荒れ、由緒正しい大聖堂は再び崩れていく。
 彼らは神の右席。世界最大宗派の裏の底の陰に沈む、十億の奥の闇。


「サー、シャ? その格好、なに………………?」

「ワシリーサ殺すワシリーサ殺すワシリーサ殺すワシリーサ殺す」

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