とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-873

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ryuichi

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だれでも歓迎! 編集
ぼんやりとした影が、私を呼ぶ。
この感覚を、私は知っている。理由も何も必要ない。本能でわかる。
本能と呼ぶべきかすら怪しい、体の芯が訴える。
―――来ては駄目。
私に近寄れば、あなたは灰になってしまう。
目の前で、何度でも灰になる。
それを分かっていながら、皆は足を止めない。
―――来ないで。
手を振りかざしても、その手に噛み付く。
逃げようとしても、足は皆のほうがずっと速い。
どこかに隠れようとしても、私の匂いはずっと強い。
―――来ないで!
そこに私の意思は関係無い。
友達も、お母さんも、おじさんも、みんな灰になる。
灰に、灰に、灰に、灰に灰に灰に灰に!!!

「来ないで!!」

「姫神!!」
「っ!」
「どうしたんだよ姫神!」
「―――上条。君」
そこは、真っ白な病室だった。
そこに居たのは、ツンツン頭のクラスメイトだった。
灰になんかならない、魔法使いみたいな命の恩人だった。





結局、私が落ち着くまで上条君は手を握ってくれていた。
「いや、姫神が急に苦しそうにもがくからさ、俺どうしたらいいのか分かんなくって………」
「その結果が。これ?」
「あ、姫神様のお気に召しませんようでしたらすぐに―――」
「いい。もう少しこのままで。いて」
「そ、そうか?じゃあ………」
「………」
「………」
あの悪夢(げんそう)を打ち払ってくれたのは、やっぱりこの右手なんだろうか。
そう思うが、無言の空気に耐えられないらしく、上条君はここまでの経緯をつらつらと話し始めた。
路上で倒れた私を、繋がらない救急車に業を煮やして病院まで抱えて運んだこと。
小萌先生や吹寄さんに連絡を試みたけど、一端覧祭の準備なのかどちらも出なかったこと。
私を病室に入れたのは良いけど、急に苦しそうにしだしたので、思わず手を握ってしまって………今に至ること。
「ありがとう。上条君」
その一言しか、出てこない。
また助けられてどう感謝すればいいのかも分からないのに、当の上条君はどこか申し訳無さそうに言う。
「いや、俺は謝らなくちゃいけないんだ」
「………?」
「姫神はこの間の傷のせいでまだ体調も本調子じゃ無かったんだろ?そんなことにも気付かないで、走らせて連れ回して………ごめん!」
「そんなこと。無い」
「え………」
あの時は言えなかった。
自分のせいであんな苦しそうで悲しそうな顔をさせてしまったあの路地裏では、何も。
でも、今なら言える。
「そんな。こと……」
助けてくれてありがとう。
心配かけてごめん。
また、迷惑をかけちゃったね。

そう言える、はずなのに。

「姫神……?」
なのに、言えなかった。
鳴咽の交じった涙声じゃ、こんなことは言えない。
上条君に言わなきゃいけないことがたくさんあるのに、私のふがいなさばかりが頭に浮かんで来る。
こんなところで泣くなんて、最低だ。
押しつけがましいよ、私。
最初から、今までずっとこうだ。自分でどうすることもできないのに、結局誰かを不幸にしてしまう。
そして、今回もまた上条君に心配をかけてしまう。
(そんなことは。駄目)
そう思って表情を落ち着けようとしても、でももう駄目だった。
「姫神……どうし、て」
「ごめん。ね。何でも無い……から……」
手を握ったまま呆然と問う上条君の表情は、私の一言で色を変えた。
「何でも無い訳、無ぇだろ」
「え………」
「姫神が泣いていて、それでも何でも無いだなんて嘘を信じるほど、俺は安っぽい男に見えたのか?」
無理に話さなくてもいい、と。
そう言って、もう一つの手で私の右手を包む。
それは喧嘩慣れした男の人の手で、妙にかさかさしたけれど、
暖かかった。
「何があって、何で姫神が泣いているのか。それは、俺がどうこうできる問題じゃ無いのかもしれない。俺は出しゃばっているのかもしれない。………でも、それでも、関係無いだなんて、言うなよ」
「……うん」
かろうじて言い出せたのは、もう少しこのままでいて、というお願いだけ。
でも、上条君はこのまま、ずっと手を握ってくれていた。
何を聞くでもなく、ただ、そこにいて。
―――言わなきゃいけないことが、またひとつ増えてしまった。


結局、姫神はちょっとした貧血だったとのことだ。
それを医者から聞かされていた上条は、しばらく経って落ち着いた姫神に付き添って寮の部屋まで送ると、ようやくの帰路についた。
「はぁ……」
自分のふがいなさに嫌気がする。
あの時、アベルの前に宣言したではないか。
―――姫神を守る、と。
なのに、気を失った彼女をまともに介抱することはおろか、涙を流させてしまった。
たとえあの瞬間は恋人ごっこでも、上条が姫神に対して『守る』と思っていたことはどうしようもない事実であり、それは皮肉にも大覇星祭の一件で彼の心に深く深く刻まれたことでもあった。
なのに、
「くそったれ!!」
思わず電灯を殴りつける上条。
その右手には、どうしようもない現実としてビリビリとした痛みが疼く。
完全に八つ当たりだ。
でも、それをさせるほどに上条は自分に苛立っていた。
どんな幻想を殺せる右手を持っていても、自分のふがいなさは消せない。
それは、現実なのだから。
「なんつーか………情けねぇなあ、俺」
一人、月に呟く上条。
今夜は雲一つ無く、本来なら月の独壇場であるはずの夜空は、あまりに心細い月に支配されていた。
糸ほどに細い、吹けば今にも消えそうな灯りだ。
「そっか………満月から半月たったから、もうすぐ新月か」
などと小学生相当の知識をゆるゆると引きずりだす上条は、思う。
(俺の、プライドみてぇだな………)
今まで、上条の手で救えなかった人の姿が次々に浮かんでいく。
救おうとすれば救えたかもしれないのに。
何もそれは、魔術絡みに限ったことではない。
記憶を失う前の上条当麻が、偽善使い(フォックスワード)という言葉で自分を嘲るように。
今の上条当麻もまた、自分を嘲るのだ。
こんな簡単にくずおれて吹き散らされてしまう、自分のプライドを。
―――それにしても。
「姫神の泣き顔って……俺は相当なレア体験をしたんじゃないか………?」
普段無表情な姫神が手を握りながら見せた涙というものに、少なからず変な意味でも動揺している上条当麻が、そこにはいたのだが。
どこまで真剣に悩んでも、結局は男子高校生なのだからしょうがない。
目の前で突然、しかも手をぎゅっと握って泣きだした姫神は、

正直に言って、美しかった。
インデックスやビリビリ中学生なんかとは一線を画す、“美しさ”がそこにはあって、

(―――ってオイ!?)
あまりに落差の激しい方向へワープした思考を戻すべく、別の事を考えようと努める上条。
普通の状態なら彼の思考はこの方向に一方通行で行き止まりまで直進なのだが、それをかき消す程に重い単語を、上条は忘れていた。
そして、唐突に思い出した。
「………そうだ」
姫神が倒れた、“そもそもの理由”。
雑踏の中から聞こえた、あの言葉。

吸血鬼。





「何なんだ、あの男は!!」
少年の憤る声が、周囲に張り巡らされたパイプやビーカーを微細に振動させる。
「何なんだ、と聞かれてもな。“この街に侵入した魔術師”という以外の表現ができるのか?」
対する声は、その振動を鎮めてさえいるように感じられる。
人間ならば必ず滲むはずの感情や抑揚といった要素が、その声には欠けていた。それどころか声の波長すら欠けているのではないかと思わせるほど、不自然で………普通な声。
「そんなことはどうでもいい。俺が言いたいのは、アイツは本当に人間なのかという意味だ!」
憤る声の主は、土御門元春。
サングラスの奥には普段の彼からは想像も付かないほど鋭い眼光が覗く。
「人間なのか、か。ずいぶん意味深な質問だな。まるで、人間以外の何かが存在することを認めているようじゃないか」
不自然で普通な声の主は、アレイスター=クロウリー。


相も変わらずビーカーに満たされる液体の中にたゆたう彼の口調には、何の感情も、含みも見られない。
「ふざけた真似をしやがる。もしも本当にあの男が吸血鬼なら、この学園都市は世界を敵に回すことになるんだぞ?」
「吸血鬼。8月にも同じような会話をイギリス清教の使者と交わした覚えがあるな………ふむ。あれは『吸血殺し』の一件だったが、それの持つ特性を理解した上でその単語を口にするのなら、君はこう思っているはずだ。“学園都市の吸血殺しが、吸血鬼を引き寄せた”と」
「そこまで分かっているのなら、何故情報を開示しない。お前がやっていることは学園都市を不用意に危険に晒しているだけだ!奴らはその疑いだけでここへ進攻するに十分な苛立ちを抱えているんだからな」
そう言って立ち去ろうとする土御門だが、
ごぼり、と。
唐突にビーカー内の気泡が量を増し、アレイスターはそれが何らかの感情表現であるかのように言う。
「そもそも、私達は存在している時点で世界中の魔術師を敵に回しているというのに、今さら呑気な言葉だな」
「っ!!おまえ……」
あからさまな挑発を放って土御門の意識をこちらに向け直した所で、アレイスターの口から語られたのは、
「“あの男は”吸血鬼では無い。ただの人間だよ」
「な?」
一切の脈絡も無く、アレイスターは言い放つ。
彼はただの魔術師で、今の所の被害は警備員の1個小隊だけだ、という事実を。
そこに愕然とするのは、今度は土御門だった。
「だったら……あの首筋の傷は……」
「首筋の傷?そんなものは知らないな。彼によるものではないことは事実だがね」
「チッ………」
舌打ちをしてビーカーに背を向ける土御門。
いずれにせよ、あの男がこちらへ攻撃する意思を持った魔術師であることに違いは無い。
吸血鬼………正確にはあの傷のことも、叩きのめした後で訊けばいいだけのことだ。
そう脳内で行動をリスト化しつつ、案内人の空間移動により虚空へと消え失せる少年を見届けると、アレイスターのビーカーに再び大きな気泡が現れた。

―――そしてそれは、明らかに感情を放っていた。

“あの男は”吸血鬼では無い。
首筋の傷も“あの男に”よるものでは無い。
アレイスターは何一つ嘘を吐いていないのに、少年は勝手に勘違いをした。
彼の望む方向へ、プランを短縮するための手伝いをしてくれた。
「どうやら、リスクに相応する価値を見出すことはできそうだな。術式の盗用に苦労しただけのことはある………舞台も、思った通りに整いそうだ」
ごぼり。
一人呟いた言葉は、空間に反響し、消えていく。
彼の感情を映すように、抑えきれない振動を与えて。
「クロイツ。君の存在意義がようやく見いだせそうだよ」




翌日、放課後。
学校で顔を合わせた上条と姫神だが、どうにもやり取りがぎこちない。
上条は姫神を守れなかったことを、姫神は上条に迷惑をかけたことを変に意識しているのがお互いに分かってしまい、いつもならそれをからかうデルタフォースも土御門が学校を休んでいることで効果は半減。
つまり、端的に言うと。

「姫神さんに何をしたのよ上条当麻ぁぁぁ!!!」

そんな理不尽によって日がな一日吹寄制理の鉄拳制裁を喰らう上条当麻の姿がそこにはあった。
―――二人がどれほどぎこちないかと言うと、姫神と上条はデキているだの、キスを迫った上条がブチのめされただのという噂がまことしやかに語られるレベルであった。
「不幸だ………不幸すぎます……しかし!」
くすん、と若干涙目の上条の足取りは重いが、昨日帰りが遅かったことで噛み砕かれそうになった居候のご気嫌を何とか取ろうと、特売のタイムセールに向かっていた。
とりあえず目標は、肉。
イタリア旅行も中途半端だった上、入金の近い月末ということもあって最近ロクなたんぱく質を与えていない暴食シスターさん(それでももやしオンリーな日もある家主からすれば大分マシ)の牙は、歴戦の勇者である上条当麻に深刻なダメージを与えるレベルに進化を遂げ、彼の命を脅かしていたのだ。
「とにかく!!今日の特売肉を手に入れないことには俺に明日は無い!!ハンバーグだろうがしょうがやきだろうが、とにかくインデックスに肉を与えねばならないのだ!!そう、たとえ俺の食費が消え失せようとも!!」
そんな悲しい覚悟に燃えていた上条は、後ろから歩み寄る一つの影に気付かなかった。
ぽん、と。
唐突に右肩に置かれた手。
その先を振りかえった上条は面食らってしまった。
「姫、神………」
「さっきから。何を一人で悶えてるの?」
面食らって、その表情がほころんだ。
今日一日どこか居心地が悪そうにしていた姫神秋沙が、向こうから話しかけてくれたのだから。


かくかくしかじか。

状況を飲み込んだ姫神は、それなら良い案がある、と言って上条と歩き出した。
昨日は握っていた手が何だか手持ち無沙汰で、色々ごまかしの会話をしながら歩いていた上条は、ふと気付いた。
この方向にある通りを、上条は知っている。
何だか、(具体的には昨日辺りに)見た覚えのある風景の通りに向けて歩いている気がする。
「あのー……姫神さん」
「何?」
「まさかとは思うけど………アナタの寮に向かってるってことはありませんよね………?」
恐るおそる尋ねた上条に対して、姫神は即答。
「大正解。私が。インデックスさんの分も。料理を作ってあげる」
その一文を上条当麻の脳が理解するより先に、姫神秋沙は行動に出た。
具体的には、
ぐい、と。
「なっ……わっ!」
半ば不意打ちで上条の手を握ると、それを引っぱってずんずんと歩き出したのだ。
「これで。逃がさない」
「あ、あの、ちょっとぉ!?」
上条が抵抗する隙も与えぬ見事な連携だった。
当然のように手を握る姫神に、上条はまともな反論もできぬままひきずられていく。
(昨日の恩返しだなんて言えば。この人は絶対に断る。だから。これは私の意思。私がしたいから。するの)
と、ちょっと計略家っぽいことを考えて上条を引っぱっている姫神の顔も耳まで真っ赤であることに本人はおろか上条も気付かない。
何故なら、上条当麻の顔もまた、真っ赤に染まってしまっているのだから。






土御門元春は、そんな光景を物陰から見ていた。
普段なら青髪と共に突撃………と言いたいところだったが、あいにく今日の彼はただの高校生では無い。
多重スパイ。陰陽師。魔術師。それらの顔を今日の彼は最大限に発揮していたのだ。
「いやはや、カミやんも姫やんもアツアツだぜい……。偶然とはいえ、少し違和感を感じるけどにゃー」
彼がこの場にいるのは、とある男の目撃情報がこの近辺で上がったからだ。
―――そう。昨日取り逃がし、アレイスターにその正体をはぐらかされた、あの魔術師を。
何度も魔術を使えない体である土御門からすれば、この街の中というのは監視カメラを最大に使えばこちらの庭のようなものになる。
対象を追い詰めた上で、一撃で仕留められると確信した上で、初めて彼の魔術は行使されるのだから。
「もっとも、理派四陣を使おうにも敵さんは痕跡すら残しちゃいないがな……」
そう言う土御門が見据え、足を踏み入れていくこの地区の路地裏は表の人間を容易く飲み込んでいく奈落でもある。
それゆえに近付く人間などいないというのに、男はそれを知らなかったようだ。
近くのオフィスの裏口。防犯用の監視カメラに男の影が引っかかったのだから。
報告のあったカメラを通り過ぎ、さらに奥へと進む。
(目的は本当に不明。吸血鬼になぞらえた何か、という線でも洗うべきか?)
と、思考に入りこんでいた彼の視線の先を不意に何かがよぎった。
細い路地を横断するかたちで、一瞬の内にそれは消えた。しかし一目見ただけで見紛うはずも無い。
細く長い手足。ルビーの粒子をちりばめたような髪。そして、何をしても画になる爽やかな顔立ち。
「アベル……?」
それは、一昨日姫神秋沙に告白した外国人の少年だ。
分かりやすい表の人間で、それだけであるはずの少年が、学区も正反対のこの地区に何の用だというのか。
それも、自分が追っている魔術師が出没している路地裏に。
とりあえず事情を聞こうとアベルが消えた路地裏へと曲る土御門。
しかし。
そこで繰り広げられている光景は、彼の予想を遥かに越えたものだった。


ビルとビルの間。余ってしまった縦横10メートルの空間で対峙する、黒一色の魔術師と……アベル=V=スカーレット。
今にも闇に飲み込まれそうな空間に目が慣れると、その構図は互いに了承した決闘というよりは一方的な追撃にも見えた。
すなわち、魔術師がアベルを追っているような構図に。
「何故………こんなことをする」
「どうでも良い。お前のような者は邪魔だから消す。それだけの話だ」
「僕はお前の目的を聞いているんだ!」
そのやり取りには、アベルから魔術師への一方的な感情が、魔術師からアベルへの一方的な暴力が、ひどく滲んでいた。
「目的をお前にベラベラと喋って、何かが変わるのなら良いがな」
スラ、と。
問答に価値を失ったのか、魔術師は一方的に抜刀する。
構えも、昨日土御門に見せた居合い切りのそれとは全く違う。
両の順手で柄を握り、上を向いた刃が小刻みな音を立てる。正統な流派の、『八相の構え』と呼ばれるものだ。
土御門はさほど剣術に詳しい魔術師ではないが、東洋、日本のそれには桁違いの知識がある。
彼がそこから理解したのは、この魔術師がただの流れではないということ。
「どこかの結社の構成員………あるいは元、か。そうなると他の戦力を考慮する必要もあるのか」
いずれにせよ、土御門が考えているのはこちらに背を向けていた魔術師をそのまま打ち倒すこと。あと10秒もあれば、懐の拳銃で事は足りる………はずだった。

しかし、予想外の動きを見せたのは、この場で最も未知数であったアベルだったのだ。

自身に向けられた殺意に、彼は単純な回避行動を取る。
と言っても、左右に逃げられる空間など無い。
必然的に、彼は上へ。
周囲も8階以上はあるこの袋小路から、跳ぶ、否、アスファルトを凹ませる程の勢いで飛ぶことで逃げおおせたのだ。
「馬鹿な……肉体強化の能力者にしても、これはレベル4を越えるぞ………」
驚愕を隠せない土御門だったが、追い討ちをかけたのはそれを何の驚きも無く見つめていた魔術師。
見失ったことに溜め息を吐き、刀を鞘へと収めると、彼は一切振り返ることなく言い放った。
「隠れているのは、昨日の少年か。気配を感じないのは見事だが………俺の正宗を前に、普通の隠密行動は通じない」
「! チッ………最初からバレていたのか」
「ここまで俺を追って来た、ということは、斬られる覚悟はあるのだな?」
開き直って姿を現した土御門に、ようやく向き合う魔術師。
その姿は、今にも夕闇へと溶けていきそうに黒い。………ただ一点、茜色の瞳を除いて。
「お前は問答や交渉の通じる相手じゃ無さそうだからな。最初に言っておくが、俺は必要悪の教会の魔術師だ。俺を相手取ることが何を意味するのか、よく考えて―――」
ヅバン!!と。
一瞬前まで土御門のいた場所の延長線上、背後のダストボックスが細切れになって砕け散る。
言葉のやり取りは、始まる前に打ち止めだ。
ビルの影に再び潜り込み、懐のケースを確認しながら、土御門は男の声を聴く。
それはただの独白で、今向き合っている土御門すら映っていないようにも聞こえる。
「イギリス清教……この街と同じ、争いを呼ぶものだな」
自分を通してイギリス清教自体を敵視しているような言葉にこの男の正体をそれとなく想像するが、敵は次の手を放つ。


帯から鞘ごと抜刀する男。
「っ、あの『力』の一撃か!!」
瓦礫の巻き添えを避けるためとはいえ、その姿を男の前に晒してしまう土御門。

しかし、男は鞘ごと抜いたたまま、昨日見せた一撃を加えない。

「まさか、」
「未知の刀を持つ俺に正面からの戦を仕掛けないのは妥当だが、考えが甘い」
フェイク。
その単語がよぎるか否かのタイミングで、土御門の目の前に掲げた鞘から水平に抜刀した。
瞬間、鋭利な金属音と共に、辺り一面に斬撃が迸る。
男を中心として神裂火織の操る七閃のような傷を、破壊を撒き散らされた路地裏は、あちこちから漏れた水やショートした火花や残骸の溢れるゴミ捨て場へと変貌してしまった。
ただし、土御門の後方を除いて。
「何を……考えてやがる。周囲の人払いも終えていないのに、ここまでためらい無く魔術を振るえるものなのか……?」
防壁を何とか展開できた。
じわり、と血ににじむ脇腹を抑えながら男と対峙する土御門は、その背をコンクリートの壁に預けてしまっている。
この男の術式は、今の土御門には相性が悪すぎる。
      • おそらく、扱っているのはパターンの抽出だ。
とある刀を手にした人間が急に鬼のように強くなったり、雷を斬る等の人間に不可能な技を凡人が剣一振りで演じて見せたり、刀を持つだけで周囲の殺気に敏感になったり……
日本という国は、刀にまつわる神話に事欠かない。
そこから抽出した霊装としての効果を、刀の構えに応じて発揮する。そんなところだろう。
つまり、この男の術式には底が見えない。
対して、こちらの術式は数に制限のあるロシアンルーレット。
まともにやりあって勝てる確証は殆ど無い。
しかし、
「退く理由は………無いな」
結局、彼もまた、魔術師なのだ。
子供みたいな願望を、どこまでも純粋に求め続ける。
妹の住む世界を、守る為だけに。
「何を、考えている」
薄ら笑いすら浮かべて自分を見返す土御門に怯えた、とまではいかないが、男には幾らかの感情が見える。
それは、土御門が求める“隙”としては十分だった。
懐から取り出すケースの中には、黒い亀の折り紙。
術式の名は、黒ノ式。
周囲には水の気配もある。
3秒も掛からない。一撃で、仕留められる!!


そして、土御門元春は斬られた。


ごとん、と。倒れていく体を支えられない。
肉を裂かれる音はしなかった。出血も、傷も何も無い。
なのに、斬られた。
男がしたことと言えば、抜き放ったままの刀を防御の構えに戻しただけ。
なのに、袈裟斬りよりも痛い。否、痛みが麻痺しているのか。
幻術か、内部破壊の類か。まるで、精神を刈り取られたかのような……
「あ……ぐ…」
意識を保つことすら難しい土御門に、男は刀を抜いたまま歩み寄って来る。
「幾らか陰陽の術式には詳しい様子だったが、この程度か。学園都市も呆気ない」
今度は、本物の刃。
自分の首の真上で振り上げられた刀に、それでも土御門は抗おうとして、
      • 目線は、それを捉えた。
刀の鍔。
そこに刻まれたとある家紋を。
「そんな……まさか……」
ありえないはずの、しかし状況の点と点を繋ぐには十分な線。
その意味を即座に理解した土御門の中に危機がうねる。吸血鬼よりも、未知の魔術師よりも、そこに差し迫った危機。
(だったら、ここで死んでいる場合じゃ…無いッ)
意識は今にも断ち切られそうで、体も上手く動かない。
ただ、その視線だけで男を一瞬退かせる程の、覚悟を見せた。
「!?」
「青ト白。赤ト黒。相克シ、相殺シ、我ガ身ヲ隠ス幕ヲ引ケ(くだらないあそびをおわらせて、とっととおうちにかえりやがれ)!」
一瞬の猶余。
そこにねじ込んだのは、この場で適当に組み上げた術式。
折り紙の四聖獣に与えられた意味を全て無に帰すという、攻撃力は全く無い術式だ。
―――ただし、相克…無効という条件を応用されたそれは、敵の感覚器管を封じる目くらましの役を果たす。
視界を白の煙で覆い、耳を高音で潰し、嗅覚や平衡感覚すら麻痺させる。
「悪あがきも大概に……ッ」
土御門がその苦悶に応じることは無い。
それが晴れる頃には、土御門は幾つもの逃げ道を用意してビルとビルの間へと逃げ失せていたのだから。

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