とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

2章-1

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匿名ユーザー

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「すごいかもー! 広いし、ふかふかベッドだしー!」
 御坂美琴の姿をしたインデックスは、両手を胸の前で合わせて、目に星をキラキラさせながら興奮していた。
 無理もない。
 なんと言っても、ここは学園都市有数のお嬢様学校である常盤台中学の学生寮なのだ。
 部屋にあるものは寝室用のベッドと浴室、勉強机に本棚だというのに。
 ベッドと机に関して言えば二人分あるのに。
 しかもそのベッドはシングルベッドなのに。
 それでも普段、居住している上条当麻の学生寮と比べるなら全てが豪華で、全てに気品があって、それでいて全てが広かった。
「くろこくろこ! 本当にここで寝ていいの!」
 言いながら、すでにポフっと、入口から向かって右側のベッドにダイブするインデックス。
 そのままバタ足してたりする。
「あまり、はしゃぎ過ぎないでくださいな。淑女としてはしたないですわよ」
 やれやれ、と白井は苦笑を浮かべて一つ息を吐く。
 彼女の心境からすれば、幼い妹を見る姉か、幼い子供を見る母親といったところだろうか。
「一応、寮監には事情を説明しましたから、しばらく、あなたをこの寮で生活させることに支障はございませんが、振る舞いについては少し、ご指導させていただく必要があるかもしれませんわね」
 言いながら、白井はインデックスが飛び込んだベッドの隣のベッドに腰掛ける。
 実のところ、インデックスが寝そべっているのが白井のベッドで、白井が腰掛けたのが美琴のベッドなのだが、白井はわざわざ訂正するつもりは微塵も無かった。
 済ました落ち着いている表情をしていながら、心の内では、
(うっへっへっへっ……お姉さまのベッドで今日からしばらく寝泊りできますでやんすのー☆ これはラッキーですわ♪)
 などと、淑女とは程遠い山賊の笑みを浮かべていたからだ。
「ねえ、くろこ」
「何でございましょうか?」
「おなか減った」
「……お姉様の姿で、そのようなことを言われますと、いささか抵抗がありますわね……」
「おなかいっぱい、ごはんを食べさせてくれると嬉しいな♪」
「そう言えば、お食事の時間になってましたわね。とは言え、今日はまだ、あなたを食堂に連れて行くことはできませんし……ちょっと、ここで、おとなしく待っててくださいな」
 言って、白井は立ち上がり部屋を出て行った。
 珍しく、言われた通り、インデックスはおとなしく待っている。


 五分後。


「うわうわ! 凄いごちそうかも!」
 再び、インデックスの瞳が☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆状態に。
 ベッドとベッドの間に置かれた簡易テーブルの上には、本日の夕食メニュー。
 白身魚のクリームスープ、チーズの欠片を散らした新鮮野菜サラダに、コショウとレモンの香りを効かせたパリパリのチキンソテー。そして、柔らかさ抜群のブレッドロールに優雅な芳香漂うハーブティーである。
「栄養価のことがありますので、これ以上はお出しできませんが、ささ、どうぞ召し上がってくださいませ」
「うん! いっただきまーす!」
 促されるままに、しかし、いつも通りがっつくインデックス。
 その姿はマナーもくそも無い。フォークの持ち方は無茶苦茶だわ、スープは皿で飲むわ、チキンソテーにナイフを使わないわ、ブレッドロールを鷲掴みするわ。
 もし、事情を知らない第三者が、特に常盤台中学関係者が、見た目御坂美琴のこの姿を見れば卒倒するかもしれない。
「あ、あの……ですから、お姉様の気品を傷つけてほしくないのですが……」
 白井黒子は本気で困った笑顔を浮かべるしかできなかった。
 基本、白井は、通常であれば、初春飾利以外の者と接するときは、(上条や美琴に対しても)誰よりも礼儀を欠かさないものだから、このインデックスにも、無遠慮には注意することができなかったりする。
(はぁ……これは本気で、淑女の嗜みとか礼儀とかを、ご指導させていただくしかありませんわね。期間はなんとも言えませんが、この姿で過ごす以上、この方が『御坂美琴お姉様』なのですから……)
 食事にトランス状態にあるインデックスを見つめながら、白井黒子は本日、何度目かは分からない苦笑の溜息を吐いていた。


「へ、へえ……ここがアンタの部屋なんだ……」
「そう言えば、お前は、来るの初めてだったな」
 及び腰で上条の左腕にしがみつく、少し顔を紅潮させたインデックスの姿をした御坂美琴の感想に、上条当麻はしれっと返していた。
 ちなみに、なぜ、美琴が上条の腕にくっついているのかというと、突然、能力を失った不安感からである。
 普段から(正確に言えば少し違うが)無能力者である上条には、強大な能力が突然無くなった美琴の心境は理解できないのかもしれない。
 いつも勝気な美琴だから、この怯えて震えている姿には少々戸惑いを感じてしまう。
「……どんな機会があれば、私がアンタの部屋に来れるのよ?」
「それもそうか」
 言い合いながら、二人は部屋の中へと進む。
「あれ?」
 そこで、美琴は目ざとく見つけた。
 ベッドの上でごろごろしている一匹の愛玩動物を。
「かっわいいいいいいいいい☆☆☆☆☆☆☆」
 ついさっきまでの不安感はどこへやら。
 あっという間に目をキラキラ状態にさせた美琴へと、『インデックス』の声を聞いた愛玩動物たる三毛猫、インデックス命名のスフィンクスは、ニャンと泣き声をあげて走ってくる。
 そのまま、胸元へとダイブ。もちろん、美琴は受け止めて、
「あ、あれ? この子に触れてるし!」
 そのまま戸惑いの声を漏らす。
 無理もない。普段の美琴は、発電系能力者特有の長所にして短所たる微弱な磁場を形成しているため、相手を察知することには突出している反面、動物には避けられてしまう体質なのだ。ところが今の美琴は『インデックス』の体を持っている。能力を失ったことから磁場も形成されていない。
 しかも、美琴は無類の可愛い物好きである。
 子猫や子犬といった愛くるしい動物たちに避けられてしまう寂しく辛い体質はどうにもならない悩みだっただけに、いざ、手にできたときの喜びは誰よりも大きいものとなる。
「きゃああああああああ! うそうそ! いいの!? 私がこの子を抱っこしていいの!?」
 とまあ、こんな具合に。
「やれやれ、今の今まで能力を失くしてブルブル震えていたのはどこのどなただったんでしょうねー」
 嘆息しつつ、しかし、普段からは決して想像できないほど、可愛らしい姿の美琴を見た上条当麻の表情はまんざらでもない笑顔が浮かんでいた。


 しばしの間、時間も忘れてスフィンクスと戯れていた美琴なのだが、ふと、キッチンの方からガソゴソと音が聞こえてきて、そちらに視線を移す。
 そこでは上条が、冷蔵庫から何かを取り出そうとしていた。
「何してんの?」
「ん? そろそろ晩飯の準備しようかな、って」
「ああ、そう言えばそんな時間ね。この子と遊んでて、すっかり忘れてたわ」
「そいつは何より。ま、ちょっと待ってろ。今、上条さん特製の――」
「私が作ってあげるわよ」
 少し自己陶酔っぽい上条の言葉を遮って、美琴が告げる。
「…………………………………………………………………………は?」
 一瞬、上条当麻は言われた意味が分からなかった。
 そのまま、美琴の方に視線を向けて硬直して。
「だから、私が作ってあげるってば。これから、そんなに長い期間じゃないと思うけど、お世話になるわけだし、何にもしないでゴロゴロしてるつもりはないから」
 笑顔で美琴は立ち上がり、そのままキッチンへ。
 スフィンクスからすれば、見た目インデックスなわけだから、そんな彼女の行動に、なんとなく目が点になって呆然と固まっている。
「掃除、洗濯、食事の類なら全部できるわよ。任せてちょうだい」
 美琴の笑顔はまったく崩れない。よほど、スフィンクスに触れたのが嬉しかったのだろう。
 普段の彼女からすれば、あまりに素直すぎる言動と行動だ。
 それが余計に上条を困惑させる。
 気づけば、すぐ傍に美琴が来て、少しでも動こうものなら、必ずどこかが触れしまえそうな位置にしゃがみこんで、
「ふうん。これだけあれば、なんとでもなるわね」
 まるで値踏みするように冷蔵庫の中を確認する。
(う、うわー! これはマズイ! 何がマズイかは具体的に言えないけど絶対に何かマズイ!)
 女の子特有の甘い香り、すぐ傍には柔らかそうな頬、ちょっとでも動けば触れてしまえる華奢な体。
(つか、御坂の奴は、夏休みの宿題のときもそうだったけど、どうして、こういうときは無自覚に近寄って来るかな! これが長時間続けば上条さんの理性が! 鉄壁の理性がぁ!)
 などと、心の中で何かと格闘する上条のことにはまったく気づかず、美琴は冷蔵庫の中を見ながら頭の中でメニューを構築していく。
 それは一分にも満たない永遠の時間。
「じゃ、任せて♪」
 そんな時間は、めちゃめちゃ顔が近いことに気づかない美琴の上機嫌の笑顔の宣言によって終わりを告げる。
 固まっている上条を尻目に、美琴は冷蔵庫のものを取り出して、冷蔵庫のドアのない方からあっさり脱出。
 なんだかちょっぴり残念な上条当麻は、ずうん、と首をもたげるわけだが、それでも次の瞬間。
 美琴がキッチンで軽やかでリズミカルな包丁の音を響かせると、即座に、顔をそちらに向けてしまう。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!?!

(な、なんでせうか!? この光景は! インデックスが……あのインデックスが鼻歌交じりに料理している姿ですと!? いや、中身は御坂だけど!)
 以前、五和がこの部屋で料理を作っていた姿を見て、感動した上条当麻であったが、はっきり言って、今、眼前の光景はそのときの比ではない。
 あの時は恵みの瞬く光ならば、現在の『インデックス』には後光が差しているように見えるほどだ。
 一滴の涙が伝う程度ではない。だくだくと感涙が留めなく伝うほどだ。
 これが見た目聖少女たる所以なのだろう。
 宗教儀式(オカルト)とはもっとも遠いところに位置する学園都市だというのに。
 上条当麻は、あたかも神の慈愛を受けるかのような、恍惚と羨望の表情を浮かべて呆然とするしかできなかった。


「――と言うことで、嗜みというものは――」
「うう……くろこ……もういいんだよ………」
 どこか得意満面に講釈をたれている白井黒子に、心底疲れ切った表情でベッドに突っ伏しながらげんなりしている見た目御坂美琴のインデックス。
 無理もない。
 夕食後、かれこれ二時間も白井は淑女とは何かというレクチャーを、滔々と語り続けているのだ。
 いかに敬謙なシスターと言えど、どこか似たような部分はあるにせよ、それでもどこか違う『礼儀』という習慣に、どうしてもインデックスは拒否反応を起こしてしまう。
 普段の同居人のことと、一年ほど前の記憶がないインデックスであるから、『お祈りの仕方』とか『十字の切り方』はできても、普段の立ち振る舞い全てに『礼儀』を求められるのはどうかと思ってしまうのは仕方がないところだった。
「ですが、中身はどうあれ、今の貴女が常盤台のエースとして見られてしまうのですから、その点をご考慮いただきませんと、周りに示しがつかないのでございますよ」
「……むぅ……あの短髪が、今、くろこが説明してくれた『しゅくじょ』に当てはまるとは思わないかも……」
 どこか恨みがましい視線を向けるインデックス。
 なんだか失礼な言い回しなだけに、白井が青筋立てて怒ったとしても不思議はない。
「まあ、おそらく、貴女の言うお姉様とは、あの殿方様とご一緒のときに見せておられる姿を言っているのでしょうね」
 ところが、白井が浮かべたのは、困ったような、それでいて少し寂しげな苦笑の表情だった。
 白井にも分かっているのである。
 上条当麻と一緒に居るときの御坂美琴は、常盤台のエースでも、超能力者の『超電磁砲』でもない、ごく普通の、しかし、どうしても素直になれない意地っ張りの、一人の少女でしかないことを。
 そして、そんな美琴の姿は、上条の傍にいるときだけのものだということも。
 決して、自分たちには見せない姿だということも。
 だから、白井は続ける。そんな儚くて強い先輩を尊敬する者として。
「ですが、あの殿方様が傍にいないときのお姉様は、誰よりも礼儀と作法と教養と誇りと、そして周りへの思いやりを欠かさない模範的な方でございますのよ。その点は、貴女にも分かっていただけると嬉しいのですが――」
 もっとも、それは無理だと白井は思う。なぜなら、妙にこのシスターは上条当麻と一緒にいることが多い。
 それゆえ、御坂美琴の気高い姿は決して見ることはできないだろう、と考えてしまう。
 とは言え、美琴の『普通の少女』としての姿を見ることができる上条当麻とインデックスを、白井は羨ましい、と思ってしまう。
 それは、今の自分では辿り着けない境地だからこそ。
「ともあれ、そういうわけですから、貴女には申し訳ないのですが、嗜みというものを、多少身に付けていただきます」
「…………、わかったんだよ……」
 インデックスは渋々了承して。
 そこで、ふと思いつく。
「そう言えば、くろこ」
「何でございましょうか?」
「『れいぎ』とか『たしなみ』は後から教えてもらうけど、『ちょーのーりょく』っていうのを先に教えてほしいかも」
 ベッドに突っ伏していたインデックスが跳ね起きて、ちょこんとベッドに座りなおして、白井と正対する。
 言うまでもないが、白井黒子が座っているのは美琴のベッドであり、インデックスが座っているのは白井のベッドだ。
「『能力』、ですか?」
「うん。ほら、短髪はいつも雷を撒き散らしているし、くろこも『てれぽーと』を使えるし、それを私も使ってみたいかも」
「ううん……まあ、能力発動のための演算の仕方は教えてあげられますけど、わたくしとお姉様は能力の種類が違いますし、わたくしの指南で、はたして貴女が『能力』を使えるかどうか……」
 白井黒子は腕組みをして考える。
 御坂美琴は発電系能力者であり、白井黒子は空間移動能力者だ。
 白井は、三次元から十一次元への特殊変換を計算する能力者であるから演算に関して言えば、これだけは白井の方が美琴よりも深くて詳しい。使うことはできなくても、聞けば大体の能力の演算形態は見えてくるので、以前、美琴から発電能力の発動のプロセスを聞いたことがあったから説明できないこともない。
 ただ、能力とは『自分だけの現実』を確立させて行使するものであるから、いくら、御坂美琴の体を持つとは言え、インデックスが能力を使えるかどうかは、正直、なんとも言えなかった。
 それでも、白井はフッと一息吐いて、
「しかしまあ、やる前から決め付けるのはよくありませんわね。使えるかどうかはともかく、『使い方』は教えて差し上げましょう」
「ありがとう、くろこ」
 白井のセリフに、インデックスは喜びの声を上げた。


 そして、数十分後。


「むむむむむむむむむむむ………………」
 今度はインデックスが腕組みをして、考え込んでいた。
 能力発動のプロセスを初めて聞いたわけだが、なんとなく『魔術』とは発動の仕方が違うし、そのプロセスだと、『魔術師』とは根本的に脳の回路とか呼吸の仕方とかが違う気がしたのだ。
 もっとも、『御坂美琴の身体』を持つインデックスであるから、身体や脳の構造的に言えば、能力を使用することに関して言えば、何の支障もない。
「とりあえず、やってみるんだよ」
 言って、すくっと立ち上がる。
「はいはい。あんまり無茶なことはしないでくださいな」
 白井の言葉は、どこか軽い。
 無理もない。
 いくら多少、レクチャーを受けたからと言って、それで能力が使えたとしても、そこまで大したことはないだろう、と踏んでいるのだ。
 『自分だけの現実』とリンクしてこそ、能力は最大限発揮されるものだという思いがそうさせていた。
 しかし、である。
 確かに、初めて能力を発動させた者であれば、白井の考えは正しいかもしれないが、目の前にいるのは、中身がインデックスとは言え、『超能力者』の御坂美琴の身体と脳なのである。
 たとえ、多少、実力が落ちようとも、『超能力者』の肉体を甘く見てはいけなかった、と言うことを痛感させられた。
 十数分後。
 大能力者三人くらいであれば瞬殺してのける寮監の前に二人は正座させられていたのである。
 中身がインデックスとは言え、その脳と身体は『御坂美琴』のものであったから。
 基本、純粋で素直なインデックスであったから。
 即席の『自分だけの現実』を確立させられることができたことで、美琴には及ばないものの、白井が判断するに大能力クラスの能力が発動したのである。


 つまり。
 インデックスが一〇万三〇〇〇冊の魔道書のことを忘れてしまったのは。
 御坂美琴が能力を使用できなくなったのは。
 身体や脳といった、真価を発揮するために必要な、物理的な『器』が自分のものではなかったためだったのだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 美味い! 美味すぎるぞ、御坂!」
 思わず叫んでしまう上条当麻の気持ちは分からないでもない。
 力の限り、目の前の食材と格闘しているわけだが、文字通り、わき目も振らず、なのだ。
 ちなみに、本日の上条家の夕食の献立はと言うと。
 細がけ大根の白ゴマ風味混ぜごはん、脂っ気のない鶏がら仕立ての茶碗蒸し、馬鹿でか昆布をそのまま鍋にして大根おろしを淡雪のようにてんこ盛りの鶏肉シラタキの、冬にはその真価を遺憾なく発揮する鍋である。ミスター何某に登場した料理かもしれないが、上条はその作品自体を知らないので問題はない。
「そ、そうかな? えへえへえへ」
 インデックスの姿をした御坂美琴は顔を紅潮させながら、それでも、べた褒めする上条に、普段の彼女からは信じられないほど、素直な笑顔で菜箸を可愛く握っていた。
「おう! 何もかも美味い! ダシの取り方とか調味料の絶妙さとか材料の旨味の引き出し方とかがほとんど完璧だ! 常盤台ってのはこういうことも教えられるのか!?」
「んまあ、ある程度、社会に出ても『高レベル』で通用するというのが校風だからね。『社会』に出たときに、何においても恥ずかしくないレベルのことは教えられるけど」
 言って、美琴も自分の茶碗を取る。
「いや~~~ホント、見直したよ。インデックスは料理できないし、前にここで飯を作った五和のも美味かったけど、これはそれ以上だと断言できるぞ」
 上機嫌に笑いながら、本気で世間話をしているように語る上条は気づかない。
 相変わらず地雷を踏んでも気づかない。
 この鈍感さは、もはや、罪の領域に達しているのではなかろうか。
「………………いつわって誰?」
 一瞬で美琴の機嫌が急転直下である。
 ビクゥッ!!と上条は全身の身の毛がよだち、全身に鳥肌が立ったことを感じられたことだろう。
(な、なんで!? 上条さん的には単なる軽い話題のつもりだったのに、なぜ、いきなり御坂の機嫌が悪くなるんでせうかー!?)
 いや、ホント、いい加減気づけと言いたい。
「………………いつわって誰?」
 上条が冷や汗と脂汗のミックスをダラダラ流して沈黙しているので、美琴は再度問いかける。
 もはや、浮気現場を見てしまった彼女か女房のノリと言ってもいい。
「ええっと……ですね……神裂の知り合いと言いますか……部下と言いますか……」
 しどろもどろ答える上条は本当に気づかないのだろうか。それとも地雷原に足を突っ込む趣味でもあるのだろうか。
「………………かんざきって誰?」
「――――――っ!!」
 泥沼である。
(死んだ……今日で上条さんは死んでしまうのでしょう……って、いや待て。今の御坂はビリビリできないはず! ならば、なんとか言い訳を用意して舌先三寸でごまかすことができれば――)
 などと葛藤する上条当麻。
 そんな上条の表情を見ていた美琴は一つ諦めきった溜息を吐いただけだった。
「ま、いいけど。どうせ、アンタはアンタでアンタだもんね」
「え゛?」
「ほらほら。せっかくのご飯なんだから雰囲気悪くするのはここまでにしましょ。と言うか、『いつわ』って誰か知んないけど、その人より私の料理の方が美味しいって言うならそれでいいから」
「怒ってらっしゃらないのでしょうか……?」
「まあ、怒ってないって言ったら嘘になるけど、どうせアンタの病気は治らないだろうし、それを追求したって仕方ないし」
「………………なんだか、御坂もインデックスに似てきたな……」
「はあ? あの子にも同じようなこと言われたことあるの?」
「まあな。つか、俺の病気って何!? どんな病気!? 土御門とかからは『カミやん病』とか『フラグ乱立男』とか言われてるけど、上条さんには堕フラグばっかりで素敵なイベントなんてないんですよ!?」
「………………女の子の手料理を振舞ってもらうってのは充分、素敵なイベントだと思うけど?」
「………………あ゛」
 これだから、上条は無自覚鈍感野郎なんだと美琴は再認識するのであった。
 正直言って、上条当麻は場の空気を真っ白くしたり、意味もなく相手を怒らせたりすることにすることに関して言えば、超能力者級ではないかと思わないでもない。
 だからと言って、それでも上条を慕う女性というものは後を絶たないわけだから、どんなフェロモンが出ているのだろうか、とか考えてみても面白いかもしれない。


「そう言えばさ」
 しばし沈黙の後、上条当麻は真剣な表情になって、切り出してきた。
「何?」
「いや……そう言えば、面と向かって謝ってなかったなって……」
 聞いた美琴は小首をかしげて、
「何の話?」
「ほら、十月三十日のこと」
「あーあれ。別にいいんじゃない? 謝罪するしないって話じゃないでしょ」
 言って、ご飯を一口含み、本当に『どうでもいい』という済ました顔をしている美琴に、さらに上条は畳み掛けた。
「馬鹿言ってんじゃねえよ! お前がいなけりゃ俺はもしかしたら死んでたかもしれないんだぜ!」
「それ言ったら、私もそうなんだけど? て言うか、アンタ、私が介入することに文句つけてたんだから謝られるのは筋違いだわ。むしろ、私が勝手に首を突っ込んできた、アンタに非はない、って風に捉える方がしっくりくるわよ」
「そうじゃねえ! お前を危ない目にあわせたのは俺だ! 俺が不甲斐ないからインデックスを苦しめて、大勢巻き込んで、そしてお前は……!」
「はいはい、分かったから。じゃあ、私からもいいかしら?」
 心底、真剣で、しかし、どこか焦燥に駆られている上条の表情を見て。
 美琴は、心底、呆れきった表情で瞳を伏せる。


「だったらさ、『謝罪する』じゃないでしょ?」


「え?」
 上条はぽかんとしている。
「私は、私が思うことをしただけ。その結果がどうなったってそれは私の責任。だから謝られるのは困るの。アンタが迷惑をかけた連中に謝るのは正しいかもしれないけど、私は、どちらかと言えば、アンタにとっては迷惑をかけた方なんだし」
「そんなことねえよ! そりゃ、お前が強引に首を突っ込んできたときはお前の身のこともあったし迷惑だと思ったことは確かだが、お前がいたから俺はミーシャ=クロイツェフを撃退できたし、あの極寒の海底でも生き残ることができたんだ!」
「だから、それなら余計『謝罪』ってのはおかしいんじゃない?」
「あ……!」
「ま、これ以上は私から言うと、『催促』になっちゃうから言わないけどね。それよりもさ、せっかくの鍋、冷めちゃうわよ。アンタに美味しい、って言ってもらえて私、結構嬉しかったんだから」
「そっか……そうだよな……すまん、御坂。言葉を間違ってた」
 上条当麻は吹っ切った笑顔を浮かべて、(見た目はインデックスだが)御坂美琴を真っ直ぐ見据える。
 しばし沈黙。


「ありがとう」


 上条当麻が語った、たった五つの言葉。
 上条はこれまで、他人に心配をかけさせるようなことは全部内緒にしてきたから、誰かに声をかけてもらえるなんて絶対にありえないと、何も言わなくても誰かが自分のピンチを察して助けに来てくれるなんて都合のいいことが起こるわけがない、と考えていた。
 事実、上条のこれまではそうだった。自らが誰かの苦境に飛び込んでいったことは多々あったが、自らの苦境に誰かが助けてにきてくれた、なんてことは一度もなかった。
 正確に言えば、ないことはないのだが、そのときは苦境に陥っている誰かの方が、上条に助けられた側面が大きかった感は否めない。
 例外はたった一つ。
 十月三十日。
 御坂美琴が、何も言わなくてもピンチを察して助けに来てくれるなんて都合のいいことが起こりえないと思い込んでいる上条の幻想をぶち壊したのだ。
 本人が頼んだのであれば話は別だ。
 しかし、頼んでもいないのに助けに来てくれた者に、助けられた者が謝罪するのはおかしな話なのだ。
 ならば、述べる言葉は『謝罪』ではない。
 ならば、述べる言葉は『感謝』でなければならない。
「うん、よろしい」
 だから、美琴も満足げな笑みを浮かべる。
「じゃさ、辛気臭い話はここまで。さ、全部食べてしまいましょ」
「おう」
 これ以降、上条と美琴の間には歓談しかなかったことは言うまでもない。


 さて、食事も終わり、
「そうだ御坂。俺が片付けやっとくから、お前は先に風呂に入れよ」
「ん? 別に片付けくらいやってあげるわよ」
「そう言うなって。こんな美味いものを食わせてもらったんだ。後片付けくらいさせてもらわないと俺の気がすまん。お礼ってやつだ」
「そうなの? んじゃ、任せたから。えっと……なら、この子の着替えは?」
「そっちのタンスな」
「おっけー」
 言って、美琴はバスルームに向かう。
 完全に、美琴がバスルームに入ったことを確認して、上条当麻は携帯電話を取った。
『どうした、カミやん? 俺に連絡を入れてくるなんて珍しいにゃー』
 相手は隣の隣人、土御門元春である。
「ああ、ちょっと困ったことが起こってな。お前の手を借りたいんだが……」
『へぇーカミやんの困ったことねー。まさかとは思うが、『乱立させたフラグを回収したいんだけど、誰が一番いい?』なんて――』
「んな訳ねえだろ! お前の手を借りたいってことは魔術がらみのことだ!」
『はぁ? それこそ意味不明だにゃー。カミやんの傍には、あの禁書目録がいるんだぜ。俺よりもよっぽど頼りになると思うんだが?』
「そのインデックスが、今回ばかりは頼りにならないからお前に頼んでいるんだよ」
 上条の言葉を聴いて、受話器越しでも土御門の雰囲気が変わったことを察する上条当麻。
 なぜならば、明らかに言葉に込められた重さが違ったからだ。
『どういう意味だ? 禁書目録に何かあったってことか?』
「ああ。夕方、この近くで落雷があったのは知ってるか?」
『もちろんだ。凄い音だったぜよ。超電磁砲も真っ青じゃないかにゃー』
(…………………………………………………………………………………)
 ちょっと憮然とする上条当麻。実のところ、あの落雷レベルの電撃を過去に受けたことがあったりするので、たぶん、御坂美琴があの落雷で真っ青になることはないと思う、とか考える。
 しかし、即座に気を取り直して、
「そん時に、どういうわけか、インデックスと御坂の心と体が入れ替わったんだ。しかもその後遺症かどうか知らんが、インデックスは魔道書を全部忘れてしまった。と言うわけで、元に戻せる魔術があるかないか知りたいんで、お前に電話したってわけだ。御坂や白井曰く、科学側にはそういったものはないらしいし、仮にあったとしても、今の俺たちじゃ知る由もないからな」
 もしかしたら、とあるピンクジャージのいつも眠そうな女の子ならば、ある意味、可能かもしれないが、上条当麻はそれを知らないし、知る術も今のところない。
『……カミやん、ドラマの見過ぎ――なわけないか。だいたいカミやんが、んなバレバレで面白くもなんともない嘘を吐いたって意味ないにゃー。分かった。他ならぬカミやんの頼みだ。調べてみるぜよ』
「恩に着るぜ土御門」
『どういたしまして。それよりカミやん』
「何だ?」
『珍しいな。カミやんが他の誰かに頼る、なんて滅多になかったと思うんだが』
「頼るってほどでもないだろ。入れ替わりの魔術があるかどうか知りたいだけだ」
『それでもだ。カミやん。これからも誰かに頼るようにしろよ』
「どういう意味だ?」
『一人で抱え込むなってことだにゃー』
 言って、土御門から電話を切った。
 しばし沈黙。
「あいつ……」
 上条当麻の表情には自嘲とも苦笑とも取れる笑顔が浮かんでいたことは誰も知らない。


 土御門元春は上条当麻との電話の後、とある知り合いに電話をかけていた。
「にゃー、ねーちん。ワンコールで出るって、それほど、俺のことが恋しかったにゃー?」
『私にも分かってしまうような冗談を飛ばすとはあなたらしくありませんね、土御門。あなたからの電話はそうそうあるものではありません。何か深刻な事態に陥っている、

という証でしょうから、即座に出たまでです』
 土御門の軽口とは裏腹に、電話の向こうの相手、長身でポニーテールの、しかし、十八歳の割には落ち着いている細目の美女・神裂火織は揺るぎのない落ち着きをみせて、

あっさりと返していた。いつも、土御門の口車にはムキになって乗せられてしまうことを少しは反省して学習したようである。
 ちなみに現在、神裂は日本に滞在中である。
 二週間ほど前に、とある事情で日本に来ていたのだが、そのまま、まだ学園都市にいた。
 理由は単純。年末年始を挟んでいたので、旅客機の大半が予約を取れなかったからだ。
 で、ようやく予約が取れたのは、今週末の便。
 元々、学園都市の人間ではない神裂だけに、学園都市から出るにも相当の手続きが必要だったわけで、しかも今回は正式な入場手順を踏んでいるので、裏技を使うわけにも

いかなかったのだが、とりあえず、今回はそれが幸いした形となるだろうか。
「ちっ、つまらん。今のねーちんが相手じゃからかい甲斐がなさそうだにゃー」
『その手には乗りませんよ、土御門。まあ、私を逆上させて冷静さを欠いたところで破廉恥な姿をさせようなどという姦計は金輪際、通用しないことを教えて差し上げてもよ

ろしいですが?』
「いや、なんだか電話の向こうからでもねーちんの鋭い殺気の眼光が感じられるんで、とりあえず、今回はおとなしく、用件だけを伝えることにするぜよ」
『ふむ。拝聴しましょう』
 これでようやく本題に入れる二人である。しかし、なんだかんだ言っても、神裂も土御門との掛け合いを楽しんでいるのかもしれない。本人に言えば、心の底から、まった

く照れることも無く即答速攻大否定されそうだが、二人は何かとコンビを組むことは多いし、馬鹿話をすることも多々あるのだ。
「単刀直入に言って、『御使堕し(エンゼルフォール)』以外に、入れ替わりの魔術があるかどうか、そして、その解除の方法があるかどうか知りたい。学園都市に、そういっ

た書物はないんで、そちらの筋で調べてほしいにゃー。俺はちょっと、魔術側に接触するわけにはいかん立場だからにゃー」
『それは確かに。しかし、何故です? 入れ替わりの魔術?』
「なぁーに。禁書目録と学園都市の学生の一人との心と体が入れ替わっちまったのさ。ただ、『御使堕し(エンゼルフォール)』のときと違って、本人たちには入れ替わった自

覚があるんでね。入れ替わり自体は深刻な問題だが、『御使堕し(エンゼルフォール)』のときのような危機感は無いと踏んでいるから、慌てる必要は無いと思うが、できるだ

け早めに回答がほしいにゃー。やっぱ別人の体ってのは、当人たちにとって、結構不便だろうし」
『なるほど。それは一大事ですね。では、こちらで調べてみましょう。あの子が関わっているとなれば、ステイルにも協力を要請した方がよさそうですね。他の誰よりも張り

切って協力してくれることでしょう。おって連絡いたします』
「頼むぜ、ねーちん。あと、ステイルにもよろしく言っておいてくれ」
『心得ました』
 言い合って、土御門と神裂はほぼ同時に通話を切る。
 いや、本気でこの二人、妙なところで相性が良いのではなかろうか。


「うぅ……長かったんだよーもう眠いかもー」
「確かに……しかし、これはわたくしの落ち度でした……陳謝いたしますわ……まさか即席であれほどの能力を発動させることができますとは……」
 寮監のありがたい説教をかれこれ、一時間に渡って聞かされたのである。
 白井黒子と見た目・御坂美琴のインデックスは同じように疲れきった表情で部屋に戻ってきたわけだが、時間も時間だ。
 あとは寝るだけと言っても過言ではない。
 と言っても、実のところ、二人はまだ制服姿であった。
「インデックスさん、お姉様のパジャマはそちらにありますので、それに着替えてくださいな」
「え~~~めんどくさいかも~~~今日はこのままでいいんだよ~~~」
 もはや眠気に陥落寸前のインデックスは思いっきり投げやりである。
 とは言え、白井としては、ここは譲れない。
「そうは言われましても、制服のままで就寝されますと疲労が取れませんわよ。ただでさえ、お姉様と入れ替わって、精神的な負担は大きかったはずですわ。明日以降のことも考えますと、やはり就寝時は寝巻きに着替えて、疲労を取ることをお勧めいたします。寝巻きには就寝時、身体を楽にさせる作用がございますのよ」
「あ、なんか『てれび』でやってたかも」
「でしたら、よろしいですわね?」
「うー……仕方ないんだよ……短髪のパジャマって、ここだっけ?」
「そうです。そちらの洋服ダンスに――ん?」
 白井黒子は何かが引っかかった。
 インデックスに背を向けて、腕を組み、首を傾げている。
(何か――重要な何かを見落としているような……)
 もっとも、それが何なのかが分からない。
 そう言えば、『学舎の園』の入口でもインデックスが何かを忘れているというか、見落としているようではあったのだが。
(ま、思い出せないってことは大したことでもないのでしょう)
 心の中で自己完結し、白井もまた、寝巻きに着替える。
 インデックスは、パステル調の黄緑パジャマ。
 白井黒子は、透き通る紫レースのネグリジェ。
「……くろこは寝るとき、いつもその格好なの?」
「……インデックスさんもお姉様のそのパジャマを何の躊躇いも無くお召しになりましたわよね?」
 お互い、相手に対して何が言いたいのかは雰囲気だけで察せるというものである。
 十三歳の白井黒子が着るものじゃないだろう、とインデックスは考える。確か、居候早々に上条のベッドの下から出てきた肌の露出が多い『大人の』女性の写真が大半を占める冊子で見た気がする格好だからだ。
 そう言えば、そのときの上条は、妙にしどろもどろに言い訳しまくっていたような気がする、などとインデックスは邂逅していたりする。
 ちなみに、上条が言い訳していたとき、当然、インデックスは上条当麻を咀嚼していたのだが、その辺りは日常茶飯事なのでインデックスにとってはどうでもいいことだった。付け加えるなら、その冊子はすでに処分されており、現在の上条のベッドの下は、そういった類の冊子は一冊も無い。
 正確に言えば、上条にはすでに、その冊子を買うだけの財力も無いから無い、とも言えないことも無い。
 対する白井黒子もまた、インデックスが何の躊躇いも無く美琴のパジャマを着たことにややげんなりしていた。
 御坂美琴を愛しているはずの白井黒子が唯一受け入れられないのが、この子供趣味のところなのである。
 それなのに、美琴ではないインデックスが自分の姿に疑問を持っていないのだから、このあたりの志向が美琴と同じなんだ、と、落胆したわけだ。
「では、電気を消しますわよ」
「分かったんだよ」
 と言うわけで、二人はお互いに相手にツッコミを入れることを諦めて、それぞれベッドに横になる。
 言うまでもないことではあるが、インデックスが使っているのは白井のベッドであり、白井が使っているのは美琴のベッドだ。
「それでは、おやすみなさいませ」
「うん。おやすみー」
 夜の定番の挨拶を交わし、二人はまぶたを閉じる。
 今日は本当に疲れたことだろう。
 何せ、インデックスと美琴の体と心が入れ替わったのだ。
 いくら、超能力という超常現象が日常の学園都市とは言え、この現象は驚嘆に値するし、今現在、元に戻る手段は模索中なのである。


(……そう言えば、今日はとうまが傍にいないんだよ……)
 ふかふか枕に顔を埋めているインデックスは白井に背を向けたまま、どこか物悲しい孤独感に包まれいていた。
 無理もない。
 インデックスは、この学園都市のみならず、世界のどこにいようとも、縋れるのは上条当麻唯一人、と言っても過言ではないくらい依存し切ってしまっている。
 あの七月二十日の出会いから、その日より一年以上前の記憶がないインデックスにとっては上条当麻が全てだった。
 ファーストコンタクトは何かに追われている胡散臭い外国人の少女として、だったのに。
 学園都市とは正反対の世界からやってきた学園都市の敵対勢力の内の一人、だったのに。
 そんな自分のために、彼は文字通り命を張ってくれた。
 二度も記憶を失うような目に遭ってもなお、彼は自分の傍にいてくれる。
 何食わぬ顔で。恩を着せるわけでもなく、まったく普通に。一人の人間として扱って。
 完全記憶能力者であることも、魔道書一〇万三〇〇〇冊の保管庫であることも、本気でどうでもいいといった表情で。
 本当は十二月中旬に離れようとも考えた。これ以上、少年の傍にいることが許されるのだろうか、と思ってしまったからだ。
 だけど離れられなかった。少年が傍にいることを許してくれた。
 正確に言えば、少年が言葉にしたわけではないのだが、許されざる大罪を犯したインデックスを遠ざけるようなそぶりをまったく見せなかったから。
 いつものように接してくれたから。
 だから、インデックスは上条当麻の傍にいたいと思ってしまう。
 インデックスは、この気持ちが何なのかに気づいている。一度、上条当麻に打ち明けたこともある。
 とは言え、上条当麻が受け入れてくれるかどうかとなると話は別なのだ。
 上条当麻から受け入れてくれる言葉を発してくれないと意味がないのだ。
 なぜなら、インデックスから催促するわけにはいかない。そんな資格なんてない。
 幾度となく、自らの命と紙一重の修羅場を潜り抜けてきた上条当麻ではあるが、それでも記憶を失うほどのダメージを受けたのは後にも先にもインデックスのときの二件だけなのだ。それが、インデックスに後ろめたさを与えてしまっている。上条当麻はまるっきり気にしていないのだが、インデックスからすれば気にしても仕方がないほどのことだ。
 そして、それは御坂美琴にも言えることだろう。
 インデックスと御坂美琴。
 なんだかんだ言っても、この二人は根本的なところで同じなのだ。
 上条当麻へ、どうしてももう一歩踏み込めない理由が同じなのだ。
 だから、今日のように上条当麻が傍にいない、ということに寂しさを感じてしまうのは至仕方ないことだった。
 美琴と違って、普段、一緒にいるからこそ、その寂しさは重さを増す。
 ぎゅっと枕を抱き、今にも泣きそうな表情で。
(……とうま、今頃、一人で寂しくないかな……って、あっ!)
 そこでインデックスは気がついた。
 夕方、見落としていたことが何なのかに気がついた。
 今日は確かに、自分はここにいる。インデックス自身は上条当麻の傍にはいない。
 しかし、上条当麻が今宵、一人寂しく過ごしているかどうかと問われれば答えは否になる。
 なぜなら、普段、インデックスは上条の部屋で過ごしているのだ。
 それは今日も例外ではなく、『インデックス』が上条の部屋にいることになる。


 そう。『インデックス』の姿をした御坂美琴が。


「くろこ! 起きるんだよ! 今からとうまの部屋に行くんだよ!」
 ベッドから飛び起き、インデックスは先ほど脱ぎ捨てた常盤台中学の制服に身を包みながら、白井を呼ぶ。
「……もう、何ですの……? ホームシックでございますか……?」
 呼ばれた白井は、どうやら一足早くまどろみが訪れていたらしい。
 眠気に誘われるあの心地よさを邪魔されたのだ。不愉快極まりないことだろう。
「そうじゃないんだよ、くろこ! 忘れたの!? 今、とうまの部屋には短髪がいるんだよ!」

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?!

 白井黒子の意識が一気に覚醒した。
 そして、白井も自分が何かを見落としていることに、ここで気づいたのだ。
 考えてみれば、インデックスも白井も、『御坂美琴』の姿がここにあったことで、完全に失念していたのだ。
 今宵、上条が一晩、供に過ごす相手が『インデックス』ではないことに思い至らなかったのだ。
「こうしてはいられません! インデックスさん! 早速行きますわよ!」
「うん! でもその前にくろこ……」
「なんですの!?」
 意気軒昂、ガバッ!!とベッドの上に立ち上がった白井黒子の姿を目の当たりにして、インデックスのテンションが駄々下がる。
「えっと……くろこもちゃんと着替えた方がいいかも……」
 両手の人差し指をつんつん合わせながら、少し顔を赤くしたインデックスが上目遣いで、白井に促して。
 少し、怪訝に思った白井ではあるが、一度、目線を落として自分の姿を再確認して。
「ほっ……ほほほ……そうですわね……さすがにこの格好はマズイですわよね……」
 右手甲を左の頬に付けつつ、渇いた笑いを浮かべる白井は、このまま外に出れば、警備員に連行されても文句は言えない格好であることを思い出したのであった。




「どこ行くの?」
 夜も更け、さあ寝ようか、というところで、毛布と枕を抱えて上条当麻がベッドとは正反対の方へ歩き出したのを見て、見た目・インデックスの御坂美琴が訝しげに、上条の背中に声をかける。
 事情を知らない第三者からすれば、確かに上条の行動は疑問だ。
 『寝る』という行為に対して、寝るための場所とは違う場所へと向かい始めたのだ。これを疑問に感じない者はいないだろうし、いるとしたら、その可能性は二つ。
 事情を知っているか、変な趣味を持っているか、と言ったところだろうか。
 むろん、上条は前者である。
「俺はバスルームで寝てるの。普段はインデックスがベッドを使ってるからな。それと俺のけじめだ。今日だって、お前に手を出さないという保証がない」
 上条は背を向けたまま、少し素っ気無く答えていた。
 理由は、眠気が全身を覆いつつあることと、今日が色々あって、疲れがピークに達していたからだ。
「……けじめ?」
「おう。同じ部屋にいれば、さすがに俺も、自分の理性に自信がないからな」
「ふーん。いちおーあの子にしろ、私にしろ、女の子扱いしてくれてるんだ」
 まるっきり照れが入らない美琴。どこか他人事のようである。
 レベル6クラスの鈍感野郎・上条当麻ではあるが、この美琴の態度に、いや、この部屋に着いてからこれまでの美琴の態度に、少なからず疑問を抱いていた。
 なぜなら、上条当麻の知る御坂美琴であれば、こういう『上条と何気なく一緒に居る』場面を再認識すると、顔を真っ赤にして妙にテンパってしまうことが多いからだ。
 思考の大部分が空回りし、時には放電というか漏電すらしてしまうはずなのに、いくら能力を失くしているとは言え、どういうわけか、ここまでの美琴は、はっきり言って落ち着き払い過ぎている。もちろん、上条は、なぜ、美琴がテンパるのかは想像できないが、普段の彼女からすれば、この態度は明らかにおかしいことくらいは理解できていた。


「なあ御坂。今日のお前、何かおかしくないか?」
「ん? そりゃおかしいわよ。だって、あのちっこいのと入れ変わっちゃったんだから」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……」
 なんだか上条は首をかくんとさせてしまう。
 無理もない。美琴の答えは完璧な正解なわけだが、上条の聞きたいことは全然違うのである。
 相変わらず、かみ合わない会話がデフォな二人だ。
「それよりさ、いくら毛布があるからって、バスルームじゃ冷えるわよ。私が床で毛布に包まってるから、アンタがベッド使えば?」
「……女の子にそんな真似させられるかよ……」
 上条が聞きたいのは、今の美琴が普段の美琴と違う顔を見せていることなのである。
 とは言え、上条の頭では、どう問いかければいいのか、正直分からなかった。
 まさか、「今日のお前、何かいつもと違うぞ」と言ってしまえば、「どういう風に?」と返されて、正直に答えてしまい、相当疲れてしまう目に遭ってしまうことが想像できるからだ。上条の辞書に『言葉を選ぶ』という単語はないのである。
「じゃあさ、一緒に寝る?」
「んなことできるか!」
 さすがに、この問いへは即答だった。
「それができれば、俺はバスルームに行かないっての! さっきも言ったけど、健全な男子高校生としては、女の子と一緒に寝て、いや寝てなくても、傍に居るだけでも緊張してしまうものなんです!」
 美琴に、必死の形相で詰め寄りながら力説する上条。
 ところが、八月三十一日の夜にすれ違ったときとはまったく違う、顔色一つ変えない美琴がそこにいて。
「いや! その前に何でお前はそんなにあっけらかんとしてるんだ!? お前にだって男と女が一緒のベッドに寝る意味が分からない訳じゃないんだろ!? ていうか、何でお前はそんなに落ち着いているんだよ!?」
「いやまあ、それはたぶん、この体が私のじゃないからじゃないかな? だから現実味がないって言うか。それにアンタも、今みたいに力説できるってことは一度もあの子に何かしたことはないってことよね? だったら一緒に寝ても大丈夫なんじゃない?」
「あーなるほど……」
 ようやく上条は理解した。なぜ、美琴が落ち着き払っているのかという、その理由を。
 そう、美琴にとっては文字通り『他人事』だからだ。今、自分の心が入っている器は『他人のもの』であり、『自分のもの』ではない。
 例えるなら、ゲームの中の主人公キャラを操作しているようなもの、とでも言えばいいのか。
 よっぽどの馬鹿でない限り、ゲームの中のキャラを自分自身に置き換える者はいないだろう。ゲームオーバーを恐れることはあるだろうが、いかに主人公キャラとは言え、敵キャラにやられてしまったときに、悔しがりはしても、それを生死を分かつほど自分自身を投影、感情移入して、重く考えるプレイヤーは、はっきり言って少ないのではなかろうか。
 今の美琴の気持ちが、まさにそれなのだ。
 自分の体ではないから現実感が無いのだ。
 だからこそ、上条が傍にいても、接近されたりしても、そこまで意識しないのである。
「ほらほら、明日も休みじゃないんだし、さっさと寝る寝る」
「お、おわ!?」
 なにやら葛藤する上条に、どうやら美琴も耐え切れなくなって、無理矢理ベッドに押し倒し、当然のように二人で布団を被る。
「電気消すわよ」
「いや待て。俺はまだ」
「おやすみー」
 上条の抗議を完全無視して、美琴はリモコンスイッチを押した。
 この部屋を静寂と暗闇が支配した。


「あとどれくらいかかるんだよ?」
「ものの数分ですわ!」
 インデックスの手を掴みながら白井黒子は、闇と静寂が支配する学園都市の中で、連続テレポートを敢行していた。
 二人の表情は憤怒と言うよりも焦燥と言った方がいいかもしれない。
 もし、一直線に飛ぶことができれば、白井の空間移動は時速二八八キロメートルであるから、(上条と美琴の遭遇率を考えるとそこまで離れているとは思えない)常盤台学生寮と同じ第七学区内にある上条当麻の学生寮までは、(なんと言っても一分で二八.八キロ進むから)数分どころか数十秒かもしれないが、白井のテレポートは(何であれ)移動先のモノを押しのけて進むことになるため、ビルに学校に電柱に陸橋に塀垣に店舗にガードレールといった、一直線上にあるものを破壊しながら進むわけにも行かない、という理性くらいは白井にも残っているので、必然的に道路を中心に進むことになっていた。
「お姉様……」
「とうま……」
 二人は静かに呟き、
(間違いを犯していませんように!)
 胸の内では同じことを考えていた。


 さて、部屋が暗闇に支配されて、どれくらいの時間が経っただろうか。
 少なくとも一時間は経過した、と、上条当麻は考える。
 瞳を伏せて、羊だか素数だかを数えていたはずなのだが、当然、いつまでも眠気はやってこなかった。
 原因と理由は分かりきっている。
 健全な男子高校生たる上条が寝ているすぐ隣に一人の、美少女と言っても過言ではない女の子が横になっているのだ。しかも少しでも動けば、絶対触れられる位置に。
 青春真っ盛りの上条にとっては刺激が強過ぎるのである。
(~~~~~~~~~~~眠れん眠れません眠れるわけがございません!)
 と言うわけで、上条は羊と素数を数えるのを止めた。
 ちらりと肩越しに視線を向ける。
 そこには、インデックスの姿をした御坂美琴が背中を向けていて。
(こいつ……)
 何か違和感を感じる。なんとなく美琴も眠りに落ちていない気がヒシヒシする。
「……おい……」
「……何……?」
「お前も眠れないようだが……?」
「仕方ないでしょ……」
「………………じゃあ、何で一緒に寝る、なんて言い出したんだよ……」
「………………」
 三点リーダ沈黙する美琴。
「……今からでも俺はバスルームに行ってもいいが?」
 しばし沈黙。
「……アンタは私と一緒に寝るのが嫌なの?」
「……嫌とは言わんが、倫理的に宜しくない」
「じゃあ、別にこのままでいいじゃない……」
「倫理的に良くない、と言っているんだが?」
「どうして?」
「さっきも言ったけど、男と女が一緒のベッドに寝るって意味が分からないわけじゃないんだろ?」
「何もしないなら関係ないじゃない」
「何もしないとは言い切れない」
「現に何もしていない。私にも、んで、あの子にも」
「……ナニかしていいのか?」
「何でナニがカタカナなのよ?」
「………………それが分かるお前はスゲエよ」
「……」
 再び沈黙。
「……マジで、バスルームに行くぞ?」
「風邪引くわよ……」
「お前に過ちを犯すよりマシだ」
「……『私』? この体は『私』のものじゃないけど」
「同じことだ。俺は『御坂』だろうと『インデックス』だろうと、傷つけるつもりはない」
「さて、どうかしらね?」
 ここで、ようやく美琴が寝返りをうって振り返った。
 その瞳には、何とも言えない好戦的な雰囲気を醸し出し、どこか不敵な笑顔を浮かべている。
「あの子、アンタになら何されてもいい、って考えてるんじゃないかな?」
 ――!!
 言われて、上条には思い当たる節があった。
 あれは八月三十一日のことだ。
 少し用事があって、バスルームから寝室に行った上条は、そのときのインデックスの寝姿を見ていたわけだが、インデックスは、暑さで、(下着は付けていたが)Yシャツ一枚で、夜だけに煽情的に太ももを露にした格好で眠っていて、その隣は一人分だけ空きがあった。
 今にして思えば、確かにあのインデックスの行動は上条当麻を待っていたとしか思えなかったし、先ほど、上条が言った通りで、男女が一つのベッドを供にする意味をインデックスも知らないわけがない。
 が、上条は思いっきり頭をぶんぶか振った。
 当時の『上条当麻』は、インデックスにとっての『上条当麻』ではなかったことを思い出したからだ。


「それでもだ。俺はお前らを傷つけるくらいなら、風邪で寝込む方を選んでも構わんさ」
「……私かあの子がOKって言ったら?」
 ふと、雲の隙間から柔らかい月の光がカーテン越しに部屋へと差し込む。
 真っ暗闇が、薄暗さに変わる。ベッドに横たわる『インデックス』の姿をはっきりと浮かび上がらせる。
 その表情は、どこか挑発的に映った。
 普段が聖少女だけに、こういうシチュエーションでは正反対に見えるのかもしれない。
 しかしそれでも上条の理性は崩れない。
 正確には、無理矢理押し込んだのだが。
「そ、それでも俺は……!」
 今度は上条がぐるんと美琴に背を向ける。
(や、やば……心底やばかったぞ、今のは……)
 上条は顔どころか全身に血を上らせて、心臓の鼓動音は耳障りなくらいに早く、大きくなっている。
 ともすれば、美琴に聞こえるんじゃないかと言うくらい大きく。
 体中の火照りの熱が美琴に届くんじゃないかというくらい熱く。
 三度、沈黙。
 無機質な時計のデジタル音だけが、部屋の中に響く。
 そして。
「意気地なし」
 美琴が天井を見上げてポツリと呟く。
「……何?」
 上条は再び肩越しに『インデックス』を見つめる。なぜか、無性に腹が立った。
「……本当にいいのかよ?」
「どうせ、そんな根性ないくせに」
 瞳だけで上条を見つめた美琴の声には揶揄が確実に入っていた。浮かんでいる笑みも嘲笑としか思えなかった。


 刹那、上条当麻はキレた。


 次に上条が我を取り戻したとき、上条は、己が『インデックス』の両肩を押さえつけ、胴を両足で挟み込み、四つんばいになって見下ろしていたことに気がついた。
 キレた瞬間から、我に返るまで、その時間はわずかに数秒。
 美琴は上条に押さえつけられたまま、少しびっくりしたようではあったが、顔を上気させていた。
 上条は美琴を押さえつけたまま、自らの行動を忘れて、少女の赤らんだ表情に胸が高鳴っていた。
 二人は硬直している。
 気まずさはない。
 あるのは緊張感だけだ。
 もし、ここで美琴が何か承諾する言葉を告げれば、上条は止まらないことだろう。
 もし、ここで上条が何かを要求すれば、美琴は間違いなく受け入れることだろう。
 そういった緊張感が二人を包み込んでいるのだ。
 二人の心臓の動機が激しく大きくなっていく。
 少しずつ、ゆっくりではあるが、上条は美琴の顔に自身の体を近づけていく。
 それが何を意味するかは二人は分かっている。
 しかし、である。
 今、この場にある美琴の体が自分のものであり、ここに自分自身で居たのであれば、ある意味問題はなかったのかもしれないが。
 残念ながら、その体は御坂美琴のものではない。
 本来の持ち主はインデックスであり、御坂美琴のものではない。
 したがって。


 次の瞬間。上条当麻はまったく違うドキドキ感に包まれることになる。


「とうま……」
 突然、聞こえてきた『御坂美琴』の声。
 しかし、彼女であれば、上条のことをファーストネームで呼ぶことはない。
 先ほどの熱さを感じた緊張の汗が、いきなり冷や汗と脂汗に変わる。
 振り返れば、いつの間に来ていたのか。
 そこには薄暗い部屋の中だけに、余計、映える青白い光をバッチンバッチンさせている『御坂美琴』が居て。
 その隣には、どこか呆れた表情をしている白井黒子が居て。
「と・う・ま、な・に・し・よ・う・と、し・て・た・の・か・な?」
「ま、まて! インデックス! 俺は別にナニしようとしてたわけじゃ……!」
 思いっきり顔を引きつらせて手をばたばたさせる上条当麻。むろん、全身の血の気が一瞬で引くのが手に取るように分かる。
「何でナニがカタカナなのかな! ていうか、その状況を見て、誤解のしようなんてないんだよ!」
 ウガー!!と犬歯をぎらつかせて、インデックスは上条の頭にかじりつく。
 しかも『漏電』しながら。
「まったく、とうまは何で私と居るときはナニもしなかったくせに、どうして短髪が相手だと一緒に寝てたり、ナニしようとしてたりするんだよ!」
「ち、違う! 誤解だ誤解! 俺はただ雰囲気に流されただけで、って、お前もナニがカタカナじゃねえか! や、やめろ! マジでやめてくれ!」
「うっさい! うっさい! うっさい!! とうまのバカバカバカバカバカバカ!! バカァァァァァァァ!!」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 さすがに後ろに回られていては、帯電するインデックスの電撃を右手で防ぐことはできず、されるがままになってしまう。
 と言っても、インデックスの漏電は『電圧』の割には『電流』が無茶苦茶低いので、ビリビリして熱いことは熱いが深刻なダメージを受けるほどでもないようである。
 どうも、インデックスは噛み付き攻撃の方が重要で、電撃の『威力』の方には気が回っていないようだ。
 つっても、充分脅威は脅威なのだが。
 だからと言って、壮絶な痴話喧嘩には変わりなく、それに巻き込まれまいと美琴はそそくさとベッドの上から、白井黒子の横に避難していたりする。
「ん? 黒子?」
 ところが、どうも白井がこっちに気づく様子はない。
 腕を組み、右手人差し指を顎に当ててぶつぶつ言っているようではあるが、言葉までは聞こえない美琴。
(な、何か複雑ですわね……今、あの殿方に噛み付いておられるのはお姉様ではないのですが、姿かたちがお姉様だけに……ええっと、いったい、わたくしはどのように振舞えばよろしいのか……)
 などと、白井は考えていたりする。
 しばらくの間、静まり返った夜の街の一角が騒々しかったわけだが、咎めに来る者は誰も居なかった。


 さて、四人は合流したわけだが、一連の騒動が収まったとは言え、インデックスが、あんな現場を見てしまった以上、常盤台の学生寮に帰ることを思いっきり渋ったので、戻ることもできず、白井は仕方なく寮監に外泊の電話を入れる。
 結果、ちょっとした罰則と引き換えに外泊は了承された。
 ちなみに今回の罰則は、プール掃除ではなく、常盤台中学校舎全ての窓拭きだったりするのだが、はたして、これを終えるのは何日かかることやら。
 むろん、白井は考えないようにしたし、美琴には有耶無耶にして伝えただけである。
 ちなみに。
 今晩の寝る場所であるが、インデックスと美琴がベッドで、白井が同じ寝室のお客様用布団。
 結局、上条はバスルームで就寝することになってしまったのである。
「不幸だ……」
 バスルームで一人寂しく呟く上条の声は誰にも聞こえない。
 そして、夜は更けていく。

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