とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第二章-1

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第二章 備える者たち  Happy_Happy_Greeting ylu



 土御門舞夏の朝は早い。
 主人より遅く起きるメイドなど論外だからだ。今日も“義兄のベッド”で目を覚ました舞夏は、家政学校で躾けられた習慣通りに身支度を開始する。
 寝起きの顔に冷水を浴びせてハリを戻し、歯をみがく。鏡の前で表情作りの練習をするのも忘れない。シンプルなように見えて踏むべき手順の多いモノトーンの制服を数分かけて身につけ、最後に短い黒髪の上にヘッドドレスをちょこんと乗せればどこに出しても恥ずかしくないメイドさんの出来上がり。
「……でも兄貴いないしなー。見てくれる人がいないと張り合いがないー」
 舞夏は愚痴るようにつぶやいて、仕方なしに一人分の朝食の支度を始めた。
 この部屋――“男子寮”の一室――の本来の住人、土御門元春は昨日から帰ってきていない。義兄(あにき)がふらりといなくなるのはよくあることなので心配はしていないが、とまれその間、主不在の部屋を管理するのは義妹(まいか)の役目になる。
 まあ、昨日に限って言えば、この部屋に泊まったことには別の理由もあったのだけど。
(静かなもんだったなー。電気が消えるまではぎゃあぎゃあかしましかったけどー)
 寝不足のため何度もあくびをかみ殺しながらも、料理する手つきに狂いはない。考え事をする余裕さえある。
 フライパンに卵を落としながら考えるのは、隣の部屋のこと。
 昨日舞夏が目撃した金髪の少女は、結局上条当麻の部屋から出てこなかった。ここで夜遅くまで見張っていたのだから間違いない。
 ということは、昨晩はうら若い三人の男女が一つ屋根の下で過ごしたことになるわけで。
 ならば普通に考えて――――――――――まあそういう状況を期待してしまったことに罪はなかろう。
 しかし、録音の用意までして待ち受けていたにも関わらず、“そういったこと”はどうやら何もなかったようなのである。
(……連れ込んでおいてそれかー。まったく、おかけでこっちはすっかり寝不足だというのにー)
 気を抜いている間に目玉焼きの底が少し焦げた。
 遠目に見ただけだが、あの金髪少女はかなりの美人と思えた。先住居候の銀髪シスターも、性格と食欲と行動論理を抜きにすれば美少女と評しても支障はない。そんな二人の女の子と同室で眠って「何もなし」というのは、男性としてどうなのかと思う。
「むむむ。もしかして上条当麻って“あっち側”の人間なのかなー。源蔵さんに報告すべきかー」
 目玉焼きを盛り付けながら、まんざら冗談でもなくそんなことをつぶやく。ちなみに源蔵さんとは常盤台中学学生寮の料理長で、舞夏とは顔なじみだ。
 いただきます、と言おうとしたときに、ふと卓上のデジタル時計が目に留まった。義兄の趣味か黒い亀の形をしたその時計は、時刻の他に日付も表示していた。
「おー」
 今さら実感する。
 一端覧祭まで、あと一週間だった。



 古人曰く――祭りとはその準備段階こそが最も楽しい時間であると。
 いやいやそんなはずはない本番が一番楽しいだろ、でも騒がしさなら確かに負けてねーな、というのが最近の上条当麻の考えだった。
 今日も耳を澄ませばいろんな音が聞こえてくる。
 あちらからは釘を打つ音と失敗の悲鳴が。「痛ってー指打ったー!」
 こちらからは木を組む音と失敗の悲鳴が。「てめーそっち押さえてろって言っただろーがー!」
 そちらからは道を歩く音と失敗の悲鳴が。「誰よこんなとこに立て看置いたのー!」
「…………ドジっ子多すぎ」
 しかし待て。これにはやんごとなき事情があったりするのだ。
 上条の通うこの高校は、もともと会場指定校ではなかった。当初この区域の会場校だった学校に耐震強度偽装問題が発覚し、理事会から急遽代行を命じられたのである。
 あの『学舎の園』も招待校に含まれるこの区域(『学舎の園』自体は一般公開されないのが基本なので会場校にはならない)の代表という大役を代役しなければならなくなったというのは、全校生徒、並びに教員一同にとってまさしく寝耳に水の衝撃だった。
 不安もあったが、ここでいい所を周囲に示せれば第七学区での、いや学園都市全体での地位向上も夢ではない。例えるなら明日のスターを決めるオーディションに飛び入り参加が決まったようなものだ。お祭り気質の強いこの学校のテンションはうなぎ登りに上がっていった。
 ――だがしかし。これまで招待参加でのん気にやってきた学校に会場校としてのノウハウがあるわけもなく、あちらこちらそちらで不具合が生じてしまっているのが現状だった。
 係分けすらままならず、大半の生徒が「雑用係」という適当な役目を与えられ、昨日買出しに行かされたかと思えば今日はこうして看板のペンキ塗りをしていたりする。しかも一人で。
 ろくにスケジュール表も作らず、目に留まったことを上から順にやっている感があるため、放課後の校内はひたすら空回り気味だった。
 上条はペタペタペターッと刷毛(はけ)を滑らせてゆく。中庭の壁に大きな木の板を立てかけて、気分だけは画家を気取り。その足元には昨日吹寄と買いに行ったペンキの缶がいくつも転がっていた。
 教室内では出来ない作業をするために、中庭にはいくつかのグループがやってきていて、上条もそのうちの一人だった――まさしく。
 孤独に刷毛を振るいながら、ため息がもれる。
「はあ……こんなことなら演劇班に入ればよかったかなー」
 今の学校内で、唯一まともに役割分担がなされているグループ――それが演劇班だ。役者だけでなく音響、照明なども含まれる(大小道具は演劇以外にも入用なので例外)。
 自分が何やってるのかわからないほどあちこち走らされるよりは、理路整然とした活動ができる方が身が入るってものだろう。
 と、その時。

「ふむふむ。それなら都合がいいのですよ」

 不意に上がった声に振り返ると、そこにはビッ、とチョップみたいな挨拶をしているクラスメイトの図書委員(女子)がいた。
「やっほー。調子はどう? かみやんくん」
 左右の横髪だけが長く伸びた外跳ね気味のショートボブ。実用と言うよりはアクセサリーみたいな小さな眼鏡を鼻の頭に乗っけていて、ずり落ちやしないかと気になって仕方がない。右手はビラビラと綿毛みたいにテープ付箋が貼られた紙束を持っていた。
 言祝(ことほぎ)(しおり)
 通り名はアウトドア系文学少女。また、現在“とある事情”でクラス内どころが高校内での最高権力を手にしている人物でもある。
 上条はペンキを塗る作業を止め、刷毛を持った手で同じようにチョップを返し、
「まあまあだな。しかし、言祝“監督”じきじきの視察とは緊張するな。ま、見ての通りのものでしかないぞ」
 反対の手で期待の新鋭上条画伯渾身の作品を指し示す。
 言祝はその木の板をちらと見て一言。
「絵心ないね」
「………………そう言うアンタは容赦がないな」
「あはは。気にした? ごめんごめん冗談だって。でもま、そのくらいでなきゃあの演劇班(れんちゅう)の監督なんて務まらないけどねー」
 演出の巧みさ、指導の正確さ、ついでに人使いの荒さにも定評のある我らが言祝監督はけらけらと上機嫌に笑った。
 彼女が演劇監督に指名されたとき、誰もが「やっぱり……」と思ったほどなのだからただ者ではない。なにせその平坦な胸に朱色で三重丸を描き、白羽の矢を受けるというか射られる前に食らいつこうとしていたくらいなのだ。
 元より言祝は校内でも有名な「図書委員」だった。彼女が当番の日に図書室に行くと、例外なく「オススメ」をされる。しかもその強烈さときたら受けた者が口を揃えて「あれはもはや『布教』だ」と証言するほどである。図書委員の権限を傘に着た趣味の押しつけ行為――と思いきや、実はちゃんと人を見て薦める本を選んでいるので、こっそり好評であったりもするのだが。
 上条はパレット代わりに使っていたダンボールの切れ端に刷毛を置き、
「そういや、都合がいいとか言ってたけど。またどっか人手の足りない所でもできたのか?」
 雑用係が東奔西走する理由の大半はそれだ。例えば砂場に穴が見つかったとして、それを埋めるために他から砂を集めるのだが、そのせいで今度は別の場所に穴ができる。その繰り返しだった。吹寄などの実行委員も頑張ってはいるようだが、砂場がまっ平らにならされるにはまだ大分かかりそうである。
 しかし、言祝の反応は単なる人手不足にしてはちょっと深刻そうだった。
「……実はねー。演劇班から抜けるって人が何人かいて、このままだと練習も立ち行かなくなりそうなのですよ。それで、雑用係から移ってくれる人いないかなーってうろついてたら、ちょうどかみやんくんがぼやいてたから」
 ね? と言祝は両手の平を合わせて「お願い」のポーズをとった。
 つまりは演劇班への勧誘だ。それも監督が自ら足を運んでの。
 うーむ、と上条は考え込む。
 今から仕事を覚えるのは大変そうだが、あれやこれやと要領悪く使われるよりはマシかもしれない。中庭で代わりを探していたのなら、おそらく力仕事の類だろう。何よりこの学校の一番の見せ所である演劇「シンデレラ」が立ち行かなくなりそうだというのなら、断るわけにはいかない。
 結局、お人よしな上条当麻は引き受けることに決めた。
「オッケー。で、どこに入ればいいんだ? つか、この時期に抜けるなんて迷惑な話だよな」
 言祝は困ったように頬をかき、
「部活の出し物との掛け持ちがやっぱりしんどいってことで……もともと無理言って来てもらってたから、責めるわけにもいかないのですよ」
 一端覧祭で出し物をするのは学校別でだけではない。吹奏楽部や美術部などの文系クラブにも発表のために相応のスペースと時間が与えられる。大抵は各学校の同じクラブとの合同という形になるが。例外的に、今年は文芸部と陸上部と弓道部が協同で企画をするらしい。
 みんなそれぞれ頑張ってるんだなー、と帰宅部所属の上条はしみじみ思った。
 言祝は一歩近づいてきて、
「というわけで。はいこれ」
 手に持っていた紙束を差し出してきた。
 コピー用紙をホチキスで留めた冊子で、表紙には「シンデレラ 役者用台本」と印字(プリント)されている。
 上条は目を丸くする。じわじわと嫌な予感を背筋に覚えながら、
「へ? いや、これ言祝のじゃねーの? つか裏方なら役者用の台本じゃ駄目だろ」
 すると言祝は、ありゃりゃ、とでも言うように表情を変えて、
「裏方なんて一言も言ってないんだけど」
「役者だとも一言も聞いとらんかったわ!」
「だって言ったら断られたと思うし」
「は!?」
「演劇部から来てくれてた役者さん達が、他校との合同公演に専念したいって言うからさ。だったらついでに前々から考えてたスペシャルキャストを採用してみようかと思い立った次第であります」
「てことはたまたま俺がぼやいてたからってのは嘘か!? 始めから騙してでも役者にするつもりでここに来たんだな!? てか演劇部の連中が抜けたのってこの腹黒文学少女(アーティスト)の野望に邪魔だったからじゃねーだろうなぁ!?」
 身を震わせてわめく上条を眺めて、言祝は小首をかしげた。
「はて。なにが不満なのやら。かみやんくんには最高の役を用意しているのですよ?」
 えー、と上条は全く信用していない。それに、この監督の下ではたとえ王子様役であったとしても惹かれはしないだろう。
 言祝は受け取ってもらえなかった台本をペラペラと開き、
「ほらこれ」
 と、ある文字を指差し示した。
 ――それは確かに最高の役。
 知らない者などいない伝説的キャラクター。
 文句なしの、主役(プリマ)だった。

『シンデレラ』

 たぶん、世界が十秒は止まったと思う。
「っっっっっっっっっっっっっっけんなぁ!? こんっなヤな汗かいたのは夏の海以来だ! ツンツンブラックヘアーでXY染色体持ち(じゅんせいだんし)のシンデレラ姫がどこの世界にいるっつーんだ!?」
「二次創作の世界ならいるんじゃないかなぁ」
「どこだよ!? 違う! そこ重要違う! 俺が言いたいのは、なんだって俺がシンデレラをやらなくちゃなんねーのかってことだ!!」
「あ、せーちゃんは王子様役だから」
 吹寄制理→吹寄「制」理→「せい」→「せーちゃん」(※注 ここ試験に出ます)
「吹寄も巻き込んだのかよ! ならあいつにシンデレラやってもらえばいいじゃん! 少なくとも俺よかは似合うって!
 全国の玉の輿(シンデレラドリーム)を夢見る少女たちのためにどうかー!」
「うーん。でもさ、タキシードも似合うと思わない? あとレイピアとか」
「……………………………………い、いかん。ここで納得したら負ける、負けるというのに……!」
 はっきり言って、タキシードを着てどっちが様になっているかと問うならば、答えは明白だ。女性に対して失礼だとは思うが、似合うのだから仕方ない。
 しゃがみこんでしまった上条の肩に手を置き、言祝栞監督はまるで(もなにも)最後通牒のように優しく、
 告げた。

「――ガンバレッ! お姫様(プリンセス)!」
「イ…………イヤダァァァァァァッ!!」

 上条当麻は一方通行(アクセラレータ)追跡封じ(ルートディスターブ)と戦った時にも決して上げなかった――本心からの悲鳴を上げた。
 無理だ。いくら神様の奇蹟さえ打ち消せる幻想殺し(イマジンブレイカー)でも、他人の頭の中にある空想(わるのり)だけは殺せない。
 何を以てここまでこだわっているのかは不明だが、言祝は完璧に上条シンデレラを舞台に立たせることに決めているようだ。そしてぶっちゃけた話、今の言祝に逆らえる人物などこの学校にいない。権力以前に論破することが不可能なのだ。一度こうと決めた芸術家の意思は鉄より硬く星より重い。
 なら諦めるのか。諦めて、豪奢なドレスを着て余所の学校からも大勢の観客が集まる舞台でシンデレラ姫の役をやるのか。
(……………………………………………………うわぁ)
 想像力なんて嫌いだ。一瞬でも思い浮かべてしまったことを吐くほど後悔する。ビジュアルだけでも十分死ねるが、その後の未来予想はまさに世界の終わり(カタストロフ)。校内では後ろ指を指され、校外ではまだ乙女の心を残していそうな超電磁砲(レールガン)とか空間移動能力者(テレポーター)とかに絵にもできないような目に合わされる……。
 駄目だ。三日ももたない。
(だったらどうする、だったらどうする上条当麻! 逃げるのは駄目だ、この場でなんとかしないと勝手に話を進められてやがては学校全体が敵になる。くそっ、文学少女のこだわりがこれほどまでに強敵だったとは! あえて言おう! 不幸だー!)
 のたうつ上条を一言で表現するのなら、「崖っぷち」以外にありえない。後は堕ちるのを待つばかり、と言祝は余裕の表情だ。この状況をひっくり返すのは、もはや上条一人の力では不可能だった。
 誰か、誰か救いの神はいらっしゃらないのかー! とよりにもよって右手を伸ばした上条だが、
 珍しいことに今回ばかりは、幸運の天使が舞い降りたようだった。
 カツン、という足音。
 首を上げて見ると、校庭に通じる道から誰かが中庭に入ってきたらしい。目を凝らせば、どうやら余所の学校の女生徒らしかった。
 小さくレースが入った白いブラウスに、真っ赤なスカーフが映えている。膝丈のスカートも同じ赤だった。両手で持っている手提げ鞄はあまり可愛げのないデザインだから、学校指定のものかもしれない。
(…………………………え?)
 上条の頭が疑問符で埋め尽くされる。
 別に、他校の生徒が校内にいることが不思議だったのではない。会場の下見目的で訪れている学生を何度か見かけたこともある。だから“彼女”も、“上条を確認して近づいてくる彼女も最初はそうだと思っていたのだけど”――――!

「……問一。トーマ、地面に這いつくばっているのは修行か何かか?」

 断じて違う、と答える声も出ない。
 ゆるく波打つ金髪(ブロンド)。ヘアピンで上げられた前髪の下から白いおでこが覗いている。ここまで近づいてようやく気づいたが、手提げの中身はやはり大工道具。
 その名もサーシャ・クロイツェフ。
 上条さん家の赤シスター。
 上条は精神的なダメージから起き上がることのできないまま、
「あのー、サーシャ? なぜにウチの学校へいらっしゃるので? 確か家でインデックスと『灰姫症候(シンデレラシンドローム)』探しの計画を立てていたはずでは?」
「回答一。そのインデックスから言伝を承ってきた。――今日の夕飯はオムライスがいいと」
 それだけかーい! と叫ぶ勢いで立ち上がる。
 と、そして気づいた。ある場所からある場所へ、ものすごい視線が送られていることに。
 送信元、受信元共に上条ではない。しかしその二点を結ぶ線上に彼は立っていたのだ。熱量を伴っている気さえする視線を背筋に浴びながら、ゆっくりゆっくりとジャングルで猛獣に遭遇したときのように慎重に体をずらしていく。
 そして、遮る物はなくなった。
「……………………………………、」
 言祝栞からサーシャ・クロイツェフへ。
 注がれる視線は熱く、それでいて静かで、ありえないほど運命的だった。
 やがて震える唇がやっとの思いで言葉を紡ぐ。
「……………………採用」
「……問二。何のことだかさっぱり不明なのだが」
 困ったように首をひねるサーシャに、しかし上条は返す言葉もなく、果たしてこれは本当に幸運だったのだろうかと真剣に悩み始めていた。
 みんなに紹介するから、と言って歩き出した言祝の後ろを、上条とサーシャは頭が回ってない状態のままついていく。軽く校内を案内するつもりもあるようで、言祝は何かある毎に立ち止まってサーシャに話しかけていた。その間、他校の制服を着た金髪美少女であるサーシャは少々どころかかなり目立ったが、横に上条がいるとわかると一転、「まあ上条だしな」という空気ができ追求されることはなかった。同学年だけでなく上級生まで同じ反応を示したのは、きっと年代の壁を越えて一致団結していることの証しだろう。幸か不幸か教師の誰かと鉢合わせすることもなく、三人は無事にある教室の前にたどり着いた。
「――って、一年七組(おれたち)の教室じゃねーか」
「そ。やっぱり持つべきものは身近な友達よねー。みんな快く承知してくれたのですよ」
「……、」
 つまり被害は身内に限定されていたということか。安心すべきなのかどうなのか、上条は判断に迷う。
「でもさー言祝。今さらだけど、本気でサーシャにシンデレラやらせるつもりなのか? ウチの生徒でもない人間が主役を張るのはまずいと思うんだけど」
「何とでもなるって」
「どこから来るんだその自信! いくら監督でも出来ることと出来ないことがあるでしょーが! そしてサーシャ! お前がなんにも言わないから勝手にどんどこ話が進んでんだぞ!? いいのかそんな流されるままの人生で!」
 上条は一歩下がった場所でぼーっとしている赤シスターを怒鳴りつけた。
 手提げをぶらぶらさせていたサーシャはほんの少し考えるそぶりを見せ、
「確認一。私はトーマたちの演劇に役者として勧誘されていると判断してよいか」
「そうだけども、それは中庭にいるときに言っておくべきだった台詞だぞ」
 なら、とサーシャは言祝の方を向いて、
「私見一。興味はある。私にできることであるなら参加してみたい」
「な――」
「そーこなくちゃ! 簡単ではないかもしれないけど、あなたなら大丈夫! 私に任せてくれれば一週間で素敵なお姫様にしてあげるわ!」
 何故、という言葉は興奮した言祝の叫びにかき消されてしまったのだけど――
(『灰姫症候(シンデレラシンドローム)』のことはどーなるんだ?)
 上条は思う。
『灰姫症候』
 人から人へさまよう魔術、『零時迷子(ヌーンインデペンデンス)』を元に組み立てられたらしい新種の術式。
 本来なら数回の移動でイメージが保てなくなり崩壊するはずの『零時迷子』を、誰もが知っている“とある物語”を媒介にすることで半永続化させたものらしい。
 誰が、何の目的で作った魔術かはわからない。しかし問題なのは、それが今も学園都市の誰かの中に存在するということだ。
 しかも魔術師の手に渡ってしまえば、容易に伝染病のような効果に変更して再放流することができるという。
 そのような事態を未然に防ぐために、そして原因を究明するためにロシア成教とイギリス清教の両方から勅命を受けてやってきたのが彼女、サーシャ=クロイツェフである…………はずなのだが。
(これじゃあ、本当にただの学生活動じゃねーか)
 だんだん不安になってくる苦労人上条である。
 それに気づいたのか、赤シスターは熱く語り続ける言祝から離れ、背伸びをして上条の耳元に口を寄せた。
「(説明一。問題はない。これは全て『灰姫症候』捜索のために必要なこと)」
「(はい? そう言われましても無学な上条さんにはアナタが学校生活をエンジョイしようとしているとしか見えないのですが)」
「(補足一。演目が『シンデレラ』だから。演劇を通して『灰姫症候』を誘い出せる可能性がある)」
「(……どゆこと?)」
 いつまでも背伸びをさせておくのは申し訳ないので中腰になる。
「(補足二。『灰姫症候』は“童話『シンデレラ』に関する知識”をイメージの基盤に置くことで、素人の中でも構成が崩れないようにしたもの。ならば“『シンデレラ』という物語のイメージを操れれば、『灰姫症候』に干渉することができるのではないか”というのがインデックスのアイデア。問題はその手段だったのだが……演劇というのは存外に最適だったかもしれない。トーマに会いに来て幸運だった)」
「(うわー生まれて初めてかもしれないそんなこと言われたの。でもさ、それだと劇を見に来た人にしか効果なくないか? 捜索範囲は学園都市全域なんだろ?)」
「(解答一。元より『灰姫症候』の捜索メンバーは私だけではない。ブラザー土御門もそうであるし、他にも数名が何らかの手段で学園都市に入っているはず。私の役割はインデックスと共に捜索することであるから、彼女の知識から導き出された計画を実行することに問題はないと思うのだが)」
 上条は身を起こし腕を組む。
 言っていることはわかる。わかるんだけど…………。
「おーいー? そろそろ入るよー?」
 ドアの取っ手に手をかけた言祝が、首だけひねって呼んでくる。サーシャは上条より先に歩き出した。
「解答二。了解した」
「おもしろいしゃべりかただねーサーシャちゃん。かみやんくんと何ひそひそ話してたの?」
「解答三。大したことではない。今日の夕食の献立について」
「なんか深く考えるとすごい意味になりそうな……そう言えば『トーマ』なんて下の名前で呼んでるくらいだもんねぇ?」
「私見二。友人がそう呼んでいるのでそれに倣っているだけなのだが」
「ほほう。三角関係というわけなのですね」
 微妙な塩梅(あんばい)でかみ合っていない会話を続ける天然赤シスターとお気楽腹黒監督に置いてきぼりにされそうな上条だったが、
 そんなことはどうでもいいくらい、気になっていることが一つあった。
(…………自分で気づいてんのかね。さっきの説明、妙に押しが強かったぞ)
 上条は小さく“笑う”。
 詰まる所、シンデレラ劇が『灰姫症候』の捜索に好都合だったとしても、実際に参加してまでどうこうするほどのものでもないはずだ。練習という手間暇、共演者という重荷、そんなものをわざわざ抱え込むメリットなんてない。
 ないはずだ――魔術師には。
 上条は思う。
 拷問道具標準装備で、表情が読みづらい彼女だけど、好きなものややりたいことだってきっとあるのだろう。
 比較的年齢の近い集団に飛び込んだことがきっかけで、そういった欲求が顔をだしたとしても不思議はない。
 しかもそれがシンデレラをやってみたいってことだなんて――なんとも可愛らしいわがままじゃないか。
(ま、ちょっとは仕事の選り好みしたって罰は当たんねぇだろ。不都合が出るなら、その分は土御門にでも回しゃいい。一端覧祭は学生が楽しむためのイベントですってな。せっかく制服を着てるんだから、サーシャも楽しめばいいんだ)
 うんうん、とまるで父親か教師みたいに妙に嬉しい気持ちで微笑する上条当麻。
 ――――――――――――――――――――――――その微笑が凍りつくまで0.5秒。

「「………………………………………………………………(怒)」」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
 言祝が開けたドアの向こう。スタンド使いも真っ青な闘気を無差別に撒き散らしている吹寄制理(おうじさま)姫神秋沙(まほうつかい)がいらっしゃいました。



◇   ◇

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