とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第六話第一章-3

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匿名ユーザー

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    俺の体は、人間を破壊することに特化している。その性質が特に表れているのが、右腕
   だ。
    まず、その皮膚は『皮』というより『殻』に近いほど硬化している。長年爆発と共にヒ
   トを殴り続けていたためか、火傷と擦過の絶えない外皮は変質と変容を繰り返し、関節に
   は昆虫のような節さえ生まれている。一番接触の多い拳の部分は、もはや何処から骨なの
   か見当も付かない。その骨も、衝撃の大きい場所――例えば手首なんかは互いに癒着し強
   度を増してしまっていて、普通より二割ほど自由度が低い。そんなように、異様は目に見
   える範囲には留まらない。常人離れした膂力を振るう運動に耐えられるように骨密度が数
   倍高くなっているらしいし、その手助けとして筋肉の方も非常に発達している。おかげで
   体脂肪率は10%前後なのにBMI指数が27.4という異常なことにもなっている。
    俺は、その運動器官に熱く煮えたぎるものが沸き上がるのを感じながら歩き続ける。
    まるで別の生き物が体の内部から暴れているような感覚。一度気を抜けば、すぐさま下
   垂体のあたりを乗っ取られてしまうだろう。
    だが、それでは俺もお前も十分には楽しめない。
    だから、最高の快楽を味わう事ができる場所まで、俺は宥め賺しながら歩き続ける。
    休むことなく足を動かし続けているうちに東の空が明るみはじめる。それは無機物だら
   けの街の気温を上昇させながら頭上に取りつき、核エネルギーを惜しみもなく地上へ降り
   注ぐ。
    とにかく俺は歩き続ける。第十八学区を抜け、第五学区を通り過ぎ、第六学区を素通りする。

    歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、
   歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、
   歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、
   歩いて、歩いて、歩いて。
    やがてその太陽も西へ沈もうとする頃、俺はやっと目的の場所に着いた。
    そこにいたのは、七、八人の少年達。ファッションセンスなど欠けらも無い、実用本意
   の薄汚れた衣服。
    そして、その手に握られているのは金属バットやチェーン等の物騒な鈍器。
    学園都市のカリキュラムから落ちこぼれた不良集団、スキルアウトだ。
    俺がそいつらを物欲しそうな目で見ていると、やつらは漫然とした様子で俺を取り囲ん
   だ。
    その中でもリーダー格らしき男が、俺にむかって何か頭の悪いことを言った。
    悪いものでも食べたかのように笑う、他の不良達。
    実を言うと、俺の方も思わず笑ってしまう所だった。口の端ぐらいは微動してしまったかもしれない。
    あぁ……やはり、この場所は最高だ。望んで訪れれば、そこはいつだって望む通りの物
   を差し出してくれる。
    ちょうど良い暇つぶしを見付けた彼等、下品で中身が薄くて口調の荒いだけの啖呵を切
   ったリーダーの男は今、とても気分がよいのだろうな、と思った。
    そして、目の前の人間を簡単にくたばらせられると信じているこいつらを叩き潰すのは、
   もっと最高に気持ちが良いだろうなと、そう思った。

     ▼

    血のように赤い夕焼け。
    ヤツは、その紅に染まる街の中、燃える太陽を背にしてやって来た。
    無能力武装集団の巣窟、第十九学区ヘと。
    この学区は、他よりも古くさい、前時代的な町並みが続く。数年前までは再開発とやら
   の計画もあったそうだが、失敗して急速に寂れてしまったらしい。その時代に乗り遅れた
   学区にもようやく再度の再開発計画が持ち上がり、三ヶ月前、全面的な設備取り壊しのた
   めにそれほど多くもなかった全住民を立ち退かせた。
    無能力武装集団は、その機を逃さなかった。
    無人になった街を、数百人の大人数で強引に占拠したのだ。
    オレ達は定まった住みかを持たない。薄汚れた路地裏に天幕を張り、バリケードを作り、
   警備員に強制撤去されてはまた違う場所に移り住む。しかし、そんな生活はもううんざり
   だったのだ。
    オレ達は武器を集め、一つに団結してこの学区を手に入れた。
    今なお続く警備員達との衝突は、なんと均衡を保っている。オレ達がここに集中したこ
   とで付近の治安が相対的に改善されたらしく、学園都市側もここの扱いを考えあぐねてい
   るらしい。取り締まろうとしているのは、十九学区をスラム街にするわけにはいかない学
   区委員会の奴らと、少数の小煩い元住人 だけだ。
    オレ達の希望は、叶えられようとしていたのだ。
    八月三十一日、アイツがやって来なければ。
    その日の夕暮れ、オレは数人のグループで学区外部の見回りをしていた。警備員達がゲ
   リラ的に強襲を仕掛けてくるのを警戒してのことだ。だが、その士気は低い。というのも、
   ここ数週間はスキルアウトに牙をむくような輩など一つも無かったからである。とうとう
   オレ達に逆らうことを諦めたのだと、最近皆喜んでいた。
    ここへやってくる敵などいない。
    見回り隊に渡されたされた装備――金属バットやチェーン、折畳みナイフなんかのショボ
   臭い武器からも、上の連中の配慮の低さが表れていた。
    そんなだったから、フラフラと現れた見慣れない少年を発見した時、オレ達はむしろ喜
   んだ。
    いろんな意味で、役に立つと思ったのだ。
    敵がいなくて、スリルの足りない最近のイライラを解消するおもちゃになる。
    ギタギタにしてから手柄を報告すれば、自分達も一目置かれるようになる。
    オレ達はゆっくりとそいつを取り囲む。そして完全に輪の中に取り込んだところで、一
   番体と声のでかいやつがそいつをバカにして挑発した。
    たいしてよく聞き取れなかった言葉に大声で笑い、さらに煽るオレたち。
    だがその浮かれた顔は、だんだん戸惑った表情に変化していった。
    その原因は、囲まれた輪の中に突ッ立ったヤツだった。
    笑っていたのだ。オレたちよりも、よっぽど嬉しそうに。
    狂喜していたのだ。その顔いっぱいに、まるで頬がひび割れたような笑みを浮かべて。
    コイツ、ちょっとおかしいんじゃないだろうか。
    そう思った時には、すでに遅かった。
    赤く染まる世界の中で、ソイツの体はそれより深い血色に煌めき、オレの意識ははいつ
   やられたのかも知らないうちに闇に沈んでいた。

     ▼

    黒山大助は、どこにいるんだ。
   「白井さん、聞いてますか!?」
   「ああもう、ちゃんと聞いていますっての」
    私は疲労の溜り過ぎでささくれているのを自覚しながら携帯電話に言い返す。
   「で、次はどこで騒ぎが起きましたのよ!?」
    今日の午前十時ごろ、学園都市にテロリストが侵入した。この街をぐるりと囲む障壁に
   奇襲を仕掛けられ、十数名の警備員が病院送りにされる。
    その後十二時三十六分、今度は第七学区内にある人通りの多いファーストフード店付近
   で謎の破壊現象。建設中のビルの鉄骨が数十メートル下の地上ヘばら撒かれるという、一
   歩間違えれば大惨事につながりかねなかった事故も起こった。
    最初の外壁を突破された時点で、学園都市内対テロ警報は第二級警(コードオレンジ)。
   建設中ビルの半壊によって、今現在は第一級警報(コードレッド)へと移行している。
    朝、私はお姉さまが寮の目の前で殿方と手を取り合ってどこかへ消え去った事で甚大な
   ショックを受けて、ベッドの下へ引き籠もっていた。そこへやってきた、全風紀委員警備
   員召集命令。あくまで学生である風紀委員達は交通規制などを担当するが、風紀機動員は
   警備員の水増し役として動き回るよう指示された。
    しかし、そこに黒山大助の姿は無い。
    これは相当堪えた。『最強の風紀委員』というのはただの肩書きだとしても、彼の実力は
   風紀機動隊に無くてはならないものだった。テロリストが潜伏している可能性の高い廃ビ
   ルをいくつも捜し回り、ねぐらを荒らされて逆上する浮浪者達を叩き伏せながら痛感する。
   不特定多数を相手に立ち回るのは、彼が一番得意とする戦況だ。
    そして私たちの捜索の甲斐も無く、三度目の被害が出てしまったらしい。
   「場所はファミリーレストラン、やはり第七学区の南部です。詳細はメールで。午後六時
   三十六分、丁度八十秒前に起きました」
   「被害は?」
   「店の通りに面した窓ガラスを破壊されただけで、怪我人はありません。しかし、その身
   体的特徴が外壁突破時のテロリストと一致しています。その上、目撃者によると店内にい
   た学生一名を誘拐したと思われます」
    普段とは違う、確淡とした口調の初春。その情報探査能力の驚いている暇は無い。すで
   に被害を起こしている犯罪者を逃す訳にはいかないのだ。
   「隊長(リーダー)!絶対座標Хー654781、Yー234970で新たな犯行です!」
   「直線距離で5キロか。白井、四葉を伴ってお前だけ先行、精神感応(テレパス)でホシ
   を探知するじゃん!その他面々は自力で包囲ポイントヘ直行!全速力!」
    私は広範囲の精神感応を行える少女の手を取り、十一次元ベクトルの把握・演算を開始
   する。風紀機動員になるためには、高速移動検定、探知検定、危険対処検定など漢字検定
   と同じような感覚で行われている能力検定で優秀な級を取得している事が条件となる。一旦遥か上空へと『ジャンプ』した私の視界には、それぞれの方法で夕暮れの街を飛んでゆ
   く同僚達と、異様なエンジン音を響かせ発進するスポーツカーがあった。
    しかし、私に匹敵するほど多くの検定を取得している異能力者の姿は、そこに無い。
    わずかに唇を噛み締めながら、私は再び三次元を飛び越えるべく把握と演算を実行し、
   一瞬訪れる無重力に身を任せた。

     ▼

    あの二人は、どこにいるのだろう?
    僕は娯楽室に置かれている椅子に疲労の詰まった体重を預けながら、窓の外の夕暮れに
   沈む中庭に目をやった。
    今日の昼前、この学問の街に良からぬ企みを持った人間が侵入したらしい。その際に交
   戦した警備員の中には、命に関わる重傷を負った者もいた。その患者は応急手当てを済ま
   せた後にこの病院ヘ転送されて来たため、僕は今までその手術に付きっきりで取り掛かっ
   ていたのだ。
    若い頃、よく考えた。医者の手術の腕の善し悪しで、一つの生命、人生がそこで終わる
   か、そのまま続いていくのかが決まってしまうのか、と。たった数分睡眠を取っていたか
   いないか、ほんの数行の文字を知識としているかしていないかで、今この自分が感じてい
   るような自我を、世界を観測する能力を失ってしまうのかが決まってしまうのか、と。
    名医と呼ばれ、『冥土還し』の二つ名が広まった今ではただ患者のために全力を尽くすだ
   けであるが、それでもたまにふと考える事はある。
    しかしそれはさして感傷的なものではない。自分が現役を引退してから後継ぎについて、
   という現実的な懸案である。
    まだ見つかってはいない。この病院にも優秀な医者はたくさんいる。しかし、何かが足
   りないのだ。技術という時間が解決してくれるようなものではない、医療を極める事の情
   熱、盲目、生命に対する執念、執着といったものだ。
    その事について考えた時、病院を多用し僕の研究室に潜り込んでいる、あの問題児が頭
   に浮かんだのだった。
    彼との初対面は、五年前に瀕死の重体だった男の子を治療したときだった。
    変わった子供だ。いつもぼうっとしているかと思えば、一つの物事(主にネコ科関係)
   に凄まじい集中力を示したりする。人との接触が苦手で、極端に触れ合いを避ける行動パ
   ターンを持っているくせに風紀委員の役についているし、その仕事中に怪我をすればなん
   と女生徒がたびたび見舞いに来る。彼女等の話によれば実力もかなりのものらしいのに、
   日常生活ではその素振りも見せない。
    何より僕が気になるのは、彼の体のつくりについてだ。自然治癒力が常人の7・8倍な
   のだ。それに加えて、環境適応能力も異常に高い。危険な仕事内容をこなす彼の体は、も
   はや少年のものとは思えない。
    一体、彼は何者なのだろうか。
    僕には想像も付かないが、これだけは言えると思う。
    その異常性は、彼が持つ一番の問題点、『壊し癖』と密接な関係があるという事だ。
    僕が彼をあの無口なミサカさんとくっつけようとしたのは、彼女を思ってのことだけで
   はなかった。
    夕焼けの赤色から、夜の黒へ変わりかけている中庭。
    そこに、あの二人の姿はない。
    今日の朝から、顔すら一度もみかけていない。

     ▼

   「あ……れ――?何だろ――う、これ」

   「どうかしましたの?」

   「衛――星写真の、……映像が、変なんです」

   「それは新しい被害って事ですの!?」

   「――いえ、今追っているテロリスト……とは、無関係だと思うんですけど……場所は十九学区です」

   「十九学区?じゃあ、スキルアウトに何か動きでも?」

   「はい、でもこれは……内部分裂でしょうか――」

   「……というと?」

   「……、」

    ――あちこちで、爆発のような光が起こっているんです。

     ▼

    なぁ、ミサカ。
    俺、知ってたんだぜ。
    おまえが御坂美琴のクローンだってことぐらいさ。
    俺の同僚にはな、そのレベル5を狂信するテレポーテーターがいるんだ。見た事がある
   よ。お前と遺伝子レベルで寸分違わないだろうその人をさ。その人にはな、お前が言った
   ようにその能力をコピーした軍用クローンが作られてるって噂話が立ってたんだ。そんな
   のはよくある話だよ。学園都市に七人しかいない超能力者だもんな。でも、目撃例があっ
   たんだ。全く同じ容姿をした常盤台中学生数人を見た、っていう。その時はまだ、見間違
   いだろうと思った。そうでなければ何かの能力でも使ってたんだろうってさ。
    でも、俺もこの目で見たんだ。しかも、お前が入院している病院の中でだ。
    あれは一緒にアニメを見てる時だったな。『チャイルドオブピーチ、それは神話上の人間と同じDNAを持つ超戦士を生み出すクローン人間計画だ。俺様はその中でも最高の力を持
   った――』って話があったから、覚えてるよ。
    変に真面目な顔して見入ってるお前の後ろを、お前が通り過ぎて行ったんだよ。その時
   はさすがにびっくりした。それでちょっと気を付けて見てみれば、『ミサカ一万うん千うん
   百号』なんて名前札を病院の所々に見付けた。
    そりゃ、動揺はしたさ。あれって本当だったのかよ、とか、お前ってメチャクチャ大家
   族ってことになるなー、とか。
    でもな、そんな事関係無かったんだ。ホラー映画なんかではさんざん化け物扱いされて
   るけど、同一の遺伝子情報を持った生き物なんて、一卵性双生児で分けるようにたいして
   特別な物じゃない。伝染病の心配はあるけどな。憂えるべきは、一般人の偏見の方だ。
    俺はそんなこと、どうでも良かったんだ。
    でもさ。
    寿命が短いって、そりゃないよ。
    テロメアという仕組みがある。テレビや情報サイトで聞き齧った程度なので細部に間違
   いはあると思うが、俺の認識からすると、それは細胞の寿命にかかわると考えられている
   ものの一つだ。
    細胞分裂の回数には限度がある。テロメアは染色体の端の方につながっているのだが、
   それが分裂の度にすり減っていくのだ。それが短くなるというのはつまり、寿命のカウン
   トダウンと同義である。テロメアがコピーエラーを防いでいたから分裂が止まるのか、古
   い細胞がこれ以上分裂するとエラーが発生するから止まるのか、どちらだろうか。
    俺がこの事を覚えているのは、クローンを作る際、生まれる固体はもとの固体の寿命を
   受け継いでしまうという事になるからだ。
    もとの細胞が幼ければ、まだ良い。しかしミサカは、投薬による成長促進で大幅に寿命
   を縮めていた。
   『ミサカたちの寿命は、通常の七十分の一、一年強しか――』
    慌てて、思考を振り払う。
    ダメだ。それ以上考えてはいけない。そこにたどり着いてはいけない。
    もっと体を動かすんだ。
    余計な事を考えないように。
    何よりも、俺自身のために。
    そうだ、思考を他の事に使おう。
    何でも良い。そうだ、昔話なんかいいかもしれない。
    そういえば、その時もこんな風にして暴れた気がする。よく思い出せないな。そうか、
   そういえば自分から記憶を閉じ込めたんだった。これ以上壊れないように、自分のために。
    でも、今は非常事態だし、それに昔の事だ。もう何ともないさ。これは本当だ。五年も
   経てば、どんな出来事だって色褪せる。
    じゃあ、決まりだ。思い出上映会でも行こうじゃないか。
    今宵御披露すんのは本邦初公開の黒山大助秘蔵フィルム、このお話はうんちゃかかんち
   ゃかなんとやら。めんどくさいのはどうでもいいや。早く始めよう。
    五年前。俺が学園都市ヘ編入する理由となった出来事。
    正真正銘マジもんの魔術師だった俺の両親の、その人生と爆死の物語だ。

     ▼

    これで良かったのだ。
    私は病院隣にある公園の暗い林の中で、三角座りにした膝へ顔を埋める。病室に居る気
   にはなれなかった。あの中庭のベンチも駄目だったから、追われるようにしてここに来た。
   身に身に纏う手術衣は昨日のままだ。着替えるという事を思い付かない。
    彼は私のもとを去った。咎めようとは思わない。
    彼は私とは違うのだ。ガッコウで教育を受け、将来のために努力をし、そういう通常の
   生活を送る人間なのだ。
    私には未来など無い。自分が必要とされていたのはあの実験の中だけだ。それを奪われ
   てしまった今、私はレベル0の少年の言葉に絞られて生命活動を続行する事しか許されな
   かった。
    私は殺されるため、破壊されるために生み出されたのだ。
    そのためだけに存在しているのが最も正しい姿なのだ。
    そのはずなのだ。
    はずなのに。
    なぜ私は、こうも彼の姿を求めているのだろう。
    きっかけは一つの猫缶だった。
    私が病院で処置を受けることになった三日後、廊下にポツンと猫缶が落ちていた。誰か
   の落とし物らしいと判断した私は、その持ち主を探して病院中を捜し回った。
    そこで、見つけた。
    中庭のベンチでご飯を与える少年と、それを幸福に満ち溢れた様子で歓迎する猫達を。
    今でもどうしてあんな事をしたのか、分からない。少年はその内うたた寝を始めた。そ
   れを見た私は、手に持っていた猫缶の中身を少年の使っていた取り皿に出したのだ。
    そこで、彼は目を覚ました。
    そこで、私達は初めての言葉を交わした。
    その後の成り行きで、私は彼に電磁波障害を克服するための訓練を受ける事になった。
   細部に問題点はあるが、自ら磁場を発生する事によってAIM拡散力場を相殺するというの
   は盲点だった。だが、そこに彼の助力は必要無かった。自室には、電子線磁力線を視覚す
   る事ができるゴーグルがあるのだ。あの訓練は、私一人だけでも十分可能だった。
    でも、そうはしなかった。私は、彼の手に従って訓練を続けた。
    その内、私は彼との訓練を、彼と会うのを心待ちにしている事に気が付いた。
    最初は戸惑った。しかし、そんな事はすぐにどうでもよくなった。
    本当に、どうでもよかったのだ。
    彼と一緒に居るだけで、全てがどうでもよかった。
    あの実験も、指が求める銃器の手触りも、電気刺激(トレーニング)も学習(インスト
   ール)も無い一日も、全てがどうでもよかった。
    私はただ、彼と居る事だけを考えていればよかったのだ。
    だが、それももう終わりだ。
    バチが当たったのだと思う。そんな話があった。とある所に、継母とその娘達にいじめ
   られる一人の少女がいた。少女はいつも暖炉の灰の中で眠らされていたので、灰被り姫と
   呼ばれていた。しかしある日、娘たちがバケツの水を少女にぶっかけた所を見た継母は唖
   然とする。今までじぶんたちが虐げていた少女は、実は絶世の美女だったのだ。その日か
   ら少女ヘの待遇はガラリと変わった。お前は絶対に王さまの妃に選ばれるんだよ。そう言
   って継母は少女にこの上ないぜいたくをさせた。その逆に娘たちには厳しい教育を受けさ
   せた。お前たちはこうでもしなければこの先生きていけなどしない不細工なんだ。そして
   時は過ぎた。娘達は、厳しい教育の成果で聡明な人物に成長し、裕福な男性と結婚して玉
   の輿となっていた。しかし少女の方は、ぜいたくのかぎりを尽くしていたために傲慢な女
   に成長し、王さまどころかそこらの男からも見向きされなくなっていたという。
    同じではないか。やはり私には、自らの境遇に甘えていた罰が下ったのだ。
    ……と、
    そこまで考えて、愕然とした。
    なんだ、この話も、彼と一緒に見ていたアニメのストーリーではないか。
    すっかり日の沈んだ公園。
    その中でも更に暗い林の中で、抱えた膝により深く顔を埋める。
    そこはいつか彼と一緒に訓練を行った場所だとも気付かず、私は彼の姿を振り払おうと
   いつまでも努力し続けた。
    私を全てのしがらみから解放してくれるものがやってくる、その時まで。
    私の存在を、ただの殺人兵器に変えてくれる、あの電波が届けられるまで。

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