とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

その3

最終更新:

index-ss

- view
だれでも歓迎! 編集
  3

 その日の午後の事である。とある病院の入り口の自動ドアが開くなり、疾風迅雷の動きで受付に突撃した少女が居た。
 勢い良くカウンターに両手を叩きつけ、そのウェーブがかかった髪の毛を振り乱すと、こう言った。
「悪りぃぃ子はイネガァァァ」
「ひぃ!?」
 病院になまはげ襲来。
 笑顔が売り物の白衣の天使も、これにはびびった。
 つぶれたヒキガエルみたいな悲鳴を上げて、キャスター付きの椅子を床に滑らせ、がしゅー、とカウンターから距離を取る看護婦さん。
 彼女は、勢いあまって後ろの壁に頭を打ち、ひらひらとナースキャップを床へと落とした。涙目。
「亜衣……ひののナイフ返してください――」
「やかましぃ! お前にこんな危ない物持たせてられん!」
 〝なまはげ〟の手には、ぎらりと輝くナイフがある。無論、本物。
 病院の受付がなぜか突然、東北地方の鬼祭りチックへと変貌を遂げた。ごく一部分だけ。
 病院に突撃したなまはげというのは、頭の天辺から汽笛でも鳴らしそうな天井亜衣で、頭の上に水の入ったやかんを置いたら、ものの五秒程度で湯が沸きそうな剣幕だった。
 それぐらいにご立腹なのだ。ついでに引きずられるようにして、その原因となる少女、転校生神作ひの。
 二人とも学校が終わってすぐ、ここへと直行した為、学校指定の制服のままである。
 待合室には、天井とひのの他に、二人程高校生ぐらいの患者が居たが、彼らはカウンターに詰め寄る天井をちらちらと伺って、ひそひそ話をしていた。
「なんだ、あの子……」
「なまはげだ、近寄ると食われるぞ」
「しかし、火燈さん(看護婦さんの名前)にアピールする良いチャンスだ」
「うむ、火燈さんは意外に人気だからな。彼女に会う為だけに車の前に飛び込む野郎が後を絶たないとか、もっぱらの噂だしな」
「ああ、気持ちは判らんでもないがな……で、どうする。あのちびなまはげを押さえるか?」
「まて、ナイフを持っている」
「ほう、つまり……どういう事だ?」
 二人は、天井の右手にあるナイフを見た。そして言った。
「あのなまはげ少女は、道具を使う程度の知能をってぎゃあああ」
「なるほど、チンパンジー並みにはってうわぁぁぁぁぁああああ」
「全部、聞こえてるんだよ! 内緒話はもっと小さくやれぇぇぇ!」
 待合室の長椅子の下から、にゅっ、と顔を出した天井にびびって、二人の男子高校生は泡吹いて気絶した。
「失敬な」
 天井はこう言ったが、火燈看護婦とひのは『まぁ無理も無い』と同じ感想を抱いていた。
 侮蔑する様に、二人の男子高校生の元から去り、再びカウンターへと突撃を開始する。
「うわっ、また来たぁぁ」
「冥途返しはいねぇぇかぁぁ! 隠すと為にならないぞぉ」
 殺意に満ちたつぶらな瞳が火燈(二十三歳独身)を射抜いた。
 鼻の頭と眉間に皺を寄せて、下から舐めあげる様にする仕草は、もうヤンキーが裸足で逃げ出しそうなガン付け、そのもの。
 おおよそ、美少女と呼ばれる人種がやってはいけない行為なのだが、
「亜衣の過去に何があったのか……ひのは知りません。エンゼル様も知りません」
 ひのは我関知せずと、早々に傍観を決め込んだ。非常に要領が良い娘だと言わざるを得ない。
「あ、天井さん、ほほほ、ほ、本日は、どどどど、どうなされましたか?」
 火燈は怯えている。だが必死に業務をこなそうとする姿は、僻地の野戦病院で奮戦するナイチンゲールの様に見えなくも無い。白衣の天使とは良く言ったものだ。

「さっきから言ってる! 冥途返しを出せ!」
「は、はい、先生ですか……?」
「おうさ! 悪い医者はいねぇかぁぁぁ!?」
 先程よりは若干おとなしめに、ラブリーなまはげ。
 余計に怖い。
「天井さん、落ち着いてくださいぃ、それに悪い医者と言われましても……」
 火燈は混乱した。
「じゃあ、ヤブ医者をだせぇぇぇ!」
「ヤブ!?」
 火燈は壁の内線電話を取ろうとした。が慌てていたのか椅子の上でバランスを崩してしまった。
「はわぁぁっ」
 火燈は不思議な踊りを踊った。椅子が倒れる音が待合室に響いた。
「うう、鼻打ったぁ」
 天井と火燈は顔見知りである。学校の寮に入る前、天井は一ヶ月程、ここで生活していたのだ。その際、一番若い看護婦という事で、何かと話題を共有したりしていた時期もある。
 火燈が冬でも雪見だいふくを好んで食べる事も知っている。
 女性週刊誌をコンビニで立ち読みし、小梅ちゃんだけを買ってコンビニから出る為、万引きの囮では無いかと疑われた事がある事も知っている。
 小柄で着やせする体形な事も、今年のクリスマスを誰よりも楽しみにしている事も天井は知っていた。
「早く出さないと、貴様の肌をこれで切り刻んじゃうぞぉぉぉ」
 今はすっぽりとそんな事が抜けている。怒りとは人を変えるのだ。
「うわぁぁぁぁああああん」
 火燈の対応は迅速だった。
 不思議な踊りから颯爽と復帰し、壁の内線電話から受話器を取り、こう言った。
「今すぐ、呼びます、悪い医者!」
 前言撤回。自分の雇い主を悪い医者呼ばわり。差し向けたのは天井だが。
「だから殺さないでください」
「良い、許す」
「やった」
「だが、殺す」
「ひぃ!」
 引きつった悲鳴を上げて、受話器を抱きしめる火燈。みかねてか、ひのが助け舟を出した。
「亜衣……そのやり取りだと話が進みません」
「わかってる……ってお前に説教されると、他の人間にされるより三倍ムカつくんだけどなんでかな?」
「それはエンゼル様のおかげでしょう」
「関係無いな、それ」
 天井は右手を白衣のポケットに納めた。
 火燈は内線の受話器に向かって「鬼が!」「わかめの鬼、いやなまはげが来ました!」としきりに叫んでいる。あれでは、相手に誰が来たか伝わっているのかはなはだ疑問だが。
 なんだか、ほっとした表情で受話器を戻したのだから、電話の向こう側には伝わったと解釈しても良いだろう。
「大体、なんでいきなり転校なんてして来たんだ」
 天井は待合室の茶色の長椅子に腰を下ろし、薄い胸の前で腕を組む。サイズの合っていない青いスリッパで床にビートを刻む。
 ダンダンダンダンダンダンダンダンと、八拍子。リピート。八拍子。リピート。繰り返し。
「うぉ、地震か!?」
「ひぃぃ、お助け」
 と、気絶していた男子高校生×二が飛び起き、一目散に病院から逃げ出した。
 その様子を見て、ひのが呟く。
「亜衣、エンゼル様はこう言ってるから――曰く『病院ではお静かに』」
「お前が言うな! って返してやれ!」
「『私は喋ってないもの、亜衣のばぁか』だ、そうです」
 天井は額を軽く押さえた。それだけで少し楽になった気がした。
 天井の脳裏に、担任の先生のお言葉が蘇る。
『天井ちゃんは神作ちゃんとお知り合いなんですねー。でしたら丁度良いので神作ちゃんのお世話は天井ちゃんに一任しちゃうんですよー、賛成の人ー。はい賛成多数で決定』
 ありがたすぎ。ありがたすぎて、このあたり、クラスメイトに本気で殺意を抱いてしまった。
 思えば、この病院に来るまで、いや放課後までが大変だった。
(ああ、平穏が欲しい……)

 古文の授業。質問は無いか? との古文教師の質問にひのは手を上げた。転校早々、やるではないかと古文教師は嬉しそうにひのを当てた。
 席を立ったひのは『レ点を読んだら、なんで前に戻るのかがわかりません。そもそもレ点って何?』軽く大騒ぎ。
 数学の授業。前に出て、この問題を解いてみろ、との数学教師の言葉に『エンゼル様はその様な物書かなくてもいいと言ってます。ですので書きません』
 当然、数学教師は激昂。大騒ぎ。
 体育の授業。ドッジボール。ひのは中盤辺りで、相手チームの外野選手からボールを当てられ、こう言った。『残像です……』外野へは天井が引っ張っていった。
 別に大騒ぎにはならなかったが、クラスの共通認識として『神作は変わった奴』という認識が芽生えだした様だ。
 家庭科の授業。包丁の代わりにナイフを使った。大根のかつら剥きは匠の技で削られた鉋屑よりも薄く、透かして見ればえらく鮮明に向こう側が見えた。厚さは実に0,2ミリ。
 ほとんどシースルーである。この一件で『包丁人ひの』の異名が轟いた。でも使ったのがナイフでは包丁人の名が泣く、という意見が上条当麻の口から出た。
 ならばと、試しに包丁を使わせて見たところ、ひのは見事に大根のかつら剥きの最中に左手の中指をざっくりと切った。器用なのか、不器用なのか、謎である。
 そんなひのに『キングオブどじっこ』の異名をつけようと、青髪ピアスがでしゃばっていたが、吹寄に麻縄でぐるぐる巻きにされていた。
 どこに縄を持っていたのか? 後で聞いた所、学級費で購入したとの事。ひのの出血は、念動能力者が傷口を塞いでくれたのですぐに止まった。
 いろいろと天井の常識が大騒ぎだった。
(一日が四十八時間ぐらいに感じる……)
 午後の授業の回想まで思い出した所で、天井は頭を抱えた。
「ただ普通に転入して来ただけじゃ無いですか。何が気に入らないのか、ひのには理解できません。ええ、理解できないとエンゼル様も言ってます。
 ひのは、ただあの人と同じ空間で真っ赤な学園生活を送りたかっただけなのに……ああ、もしかして亜衣っていじめっ子の類ですか?
 それなら納得です。ええ、エンゼル様も、わー、わっかりやすーい、って言ってます」
 そういう線でいいですね? と天井を覗き込む、ひの。
 天井は無言で、ひののお下げ(左側)を掴んで自分の方へと引き寄せた。
「亜衣、痛いです。エンゼル様がこう言ってます。『人の痛みが判らない人間が増えて、嫌な世の中になったものだなぁ』と。ですから放して下さい。地味に痛いです」
 当然、文句が出た。しかし構わない。
「誰がいじめっ子だっ。しかも真っ赤ってなんだ、真っ赤って! 普通、薔薇色とか、桃色じゃないのか」
「桃色って亜衣、やらしぃ」
「……」
 無言で右手を白衣のポケットから取り出す。蛍光灯の光を刀身が照り返す。
「亜衣、刃物を人に向けてはいけません。刃物を人に渡すときには、まず刃の方を――」
「お前が言うなぁ! きぃぃぃぃ!」
 天井、ナイフを床へと叩きつける。
 ひの、すかさずナイフを回収。『もう、渡しません』とばかりに後生大事に抱え込んだ。
 ――いらんわ、そんな凶器!
「やれやれ、病院ではお静かにお願いできるかな、お嬢さん方」
 ぽっぽー、と頭から汽笛を鳴らす天井の背中に声がかかった。
 コツコツとハイヒールの音を響かせながら待合室に現れたのは冥途返し。いつもの白衣に首から聴診器を引っさげ、胸のポケットには、カラフルなペンが三本。
 白衣の下に着ているのは普通のTシャツなのだが、大きくゴシック体で『極楽往生』の文字。どう考えても医者が着る服では無い。
「でたな、ヤブ医者」
 天井の言葉に、冥途返しは、静かに苦笑するのだった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー