夜。季節は冬。十二月も終わりに近づき大晦日も近い。
ひらり、ひらりと舞い降りる白い雪がアスファルトの地面に落ちて積み重なる。
ザック、ザックと新雪の感触を踏みしめて足跡が増える。すこし市街から外れた歩道を歩く人影があった。
「今日は寒いね」
呟きがポツリと零れ、夜風に攫われる。
"足跡"は一つ。黒いスノーシューズを履いた細い足。靴の中間ぐらいまで雪に埋まり引っこ抜かれてまた埋まる。その繰り返し。
足跡の作り手は街灯の頼りない灯りの下を歩き、その姿が夜の帳から少しだけ開放された。
年の頃なら十四、五の少女。うっすらと雪のついた淡いピンク色の髪は肩口辺りで左右それぞれ纏められている。
どこか幼さを残しつつも目鼻立ちの整った顔は可愛い部類に入る。花に例えるならコスモスかリンドウ。
女性としてはまだ未発達な肉体。どこか儚げな印象を抱かせる少女だった。
少女の服装は冬だというのにかなり薄着であり。少女の髪と同じ色の薄いキャミソール、その上に『もこもこ』のファーが付いた茶色のダッフルコートを羽織り。
手袋などの類は無い。足元も足首辺りまでの白い靴下と黒いスノーシューズ。普通なら間違いなく寒いと感じるだろう。
白い雪が少女の露出した首筋の白い肌に触れ、溶ける。
少女は白い息を吐き出して"独り言"を言った。
「私は冬より夏の方が好きなんだけどね、エンゼル様は?」
まるで誰かに問いかけるようなその口調。しかし答える者は少女の側にいない。
少女が雪を踏む足取りは軽く淀みない。カリカリと何かを引っかくような音がした。音の発生源は少女の手。
「うんうん、そうだね。確かに日持ちはするけど冬だといろいろと大変じゃない?ほら"処理"とか。処理とか処理とか処理とか」
楽しそうな笑顔を浮かべて放課後の教室で友達と話す他愛の無い会話の様に少女は答えた。
カリカリ、カリカリ、と音は続いた。"少女の意思とは関係なく動く右手"はひっきりなしに文字を刻む。
「ああ、ごめんねエンゼル様。そんな事エンゼル様の知ったことじゃ無いよね。ごめんごめん。もうこの話題はナシだね」
少女の独り言は止まらない。
道路を走る高級車のヘッドライトが少女を一瞬だけ照らし、雪を撒き散らしながら走り去る。
歩道まで飛び散ったシャーベット状の雪は少女にもかかっていた。少女の桃色の前髪からポタリと雫が落ちる。
「つめたい……。エンゼル様、エンゼル様、今の見ましたか?あれはヒドイですよね。バラしちゃいましょうか?次のイケニエはアレ。アレにしますか?アレにしましょうよ」
口を尖がらせて誰もいない空間に言葉を投げかける。相手がいないから言葉のキャッチボールは成立しない。
だけど少女の右手が奇妙に湾曲した刃を操り文字を刻む。二文字。否定のアルファベット。「N」と「O」。
「ちぇ、エンゼル様のタイプでは無いんですか。そうですか。じゃあ仕方ありません。私が我慢すればいいんですから。そうですよね。
え?大体ナンバーを確認してないから探しようが無いだろう?ああ、そうですね。私とした事がバカですいませんね、エンゼル様」
全く"手元を見ず"少女の薄紫の瞳はモノトーンの世界を見つめる。世界は今白と黒の二色。闇の黒。雪の白。例外は少女自身。
エンゼル様がオリテキテイル時はいつもこうだった。世界から色は消えうせ凄く頭が冴える。
「たまには大きいのも?んー、でもね、大きいのは処理とか面倒ですよ、冬だし。
小さければ落ち葉でも集めて『焼き芋ですよ!』とか誤魔化して焼却とかカラスとかに処理させてもいいけど、あんまり大きいとね、ほら私も結構非力な訳じゃないですか?
この通りか弱いもやしっ子ですから、人一人を埋めれる穴を掘るだなんて次の日は筋肉痛で動けなくなること確定って感じでして」
ひらり、ひらりと舞い降りる白い雪がアスファルトの地面に落ちて積み重なる。
ザック、ザックと新雪の感触を踏みしめて足跡が増える。すこし市街から外れた歩道を歩く人影があった。
「今日は寒いね」
呟きがポツリと零れ、夜風に攫われる。
"足跡"は一つ。黒いスノーシューズを履いた細い足。靴の中間ぐらいまで雪に埋まり引っこ抜かれてまた埋まる。その繰り返し。
足跡の作り手は街灯の頼りない灯りの下を歩き、その姿が夜の帳から少しだけ開放された。
年の頃なら十四、五の少女。うっすらと雪のついた淡いピンク色の髪は肩口辺りで左右それぞれ纏められている。
どこか幼さを残しつつも目鼻立ちの整った顔は可愛い部類に入る。花に例えるならコスモスかリンドウ。
女性としてはまだ未発達な肉体。どこか儚げな印象を抱かせる少女だった。
少女の服装は冬だというのにかなり薄着であり。少女の髪と同じ色の薄いキャミソール、その上に『もこもこ』のファーが付いた茶色のダッフルコートを羽織り。
手袋などの類は無い。足元も足首辺りまでの白い靴下と黒いスノーシューズ。普通なら間違いなく寒いと感じるだろう。
白い雪が少女の露出した首筋の白い肌に触れ、溶ける。
少女は白い息を吐き出して"独り言"を言った。
「私は冬より夏の方が好きなんだけどね、エンゼル様は?」
まるで誰かに問いかけるようなその口調。しかし答える者は少女の側にいない。
少女が雪を踏む足取りは軽く淀みない。カリカリと何かを引っかくような音がした。音の発生源は少女の手。
「うんうん、そうだね。確かに日持ちはするけど冬だといろいろと大変じゃない?ほら"処理"とか。処理とか処理とか処理とか」
楽しそうな笑顔を浮かべて放課後の教室で友達と話す他愛の無い会話の様に少女は答えた。
カリカリ、カリカリ、と音は続いた。"少女の意思とは関係なく動く右手"はひっきりなしに文字を刻む。
「ああ、ごめんねエンゼル様。そんな事エンゼル様の知ったことじゃ無いよね。ごめんごめん。もうこの話題はナシだね」
少女の独り言は止まらない。
道路を走る高級車のヘッドライトが少女を一瞬だけ照らし、雪を撒き散らしながら走り去る。
歩道まで飛び散ったシャーベット状の雪は少女にもかかっていた。少女の桃色の前髪からポタリと雫が落ちる。
「つめたい……。エンゼル様、エンゼル様、今の見ましたか?あれはヒドイですよね。バラしちゃいましょうか?次のイケニエはアレ。アレにしますか?アレにしましょうよ」
口を尖がらせて誰もいない空間に言葉を投げかける。相手がいないから言葉のキャッチボールは成立しない。
だけど少女の右手が奇妙に湾曲した刃を操り文字を刻む。二文字。否定のアルファベット。「N」と「O」。
「ちぇ、エンゼル様のタイプでは無いんですか。そうですか。じゃあ仕方ありません。私が我慢すればいいんですから。そうですよね。
え?大体ナンバーを確認してないから探しようが無いだろう?ああ、そうですね。私とした事がバカですいませんね、エンゼル様」
全く"手元を見ず"少女の薄紫の瞳はモノトーンの世界を見つめる。世界は今白と黒の二色。闇の黒。雪の白。例外は少女自身。
エンゼル様がオリテキテイル時はいつもこうだった。世界から色は消えうせ凄く頭が冴える。
「たまには大きいのも?んー、でもね、大きいのは処理とか面倒ですよ、冬だし。
小さければ落ち葉でも集めて『焼き芋ですよ!』とか誤魔化して焼却とかカラスとかに処理させてもいいけど、あんまり大きいとね、ほら私も結構非力な訳じゃないですか?
この通りか弱いもやしっ子ですから、人一人を埋めれる穴を掘るだなんて次の日は筋肉痛で動けなくなること確定って感じでして」
少女の身を包むコートの肩にどんどんと雪が積もる。気にも留めない。
冷えた大気は少女の声を良く通した。
「スコップぐらいなら寮の倉庫から持ち出せないこと無いけど、やっぱりあらかじめ下準備してないと。ガソリンとか調達するのも大変だし。コンクリート?
それは駄目ですよ。だってあんなの動かせませんよ、何キロあると思ってんですかエンゼル様」
よく見れば少女の両手は長い間外気に晒されていたせいか、真っ赤に霜焼けている。だけど少女は気にもしない。せいぜいが
(ああ、お風呂に入った時にヒリヒリして痛むんだろうな、やだなぁ)
とかどこか人事みたいな感想を思い浮かべるぐらいだ。だって今はエンゼル様がオリテキテイル。邪魔をしたらきっと怒ってしまう。
前に一度エンゼル様の邪魔をしたら文字通り痛い目にあってしまった。それ以降逆らわないことにしてる。
それにエンゼル様は少女の悩みなどの相談にも乗ってくれる良きパートナーだった。
たまに嫌な事をしろと命令してきたりもするけれど、それは概ね少女にとっても良い結果に繋がったりしていた。
ガリガリ、ガリガリ、と少女が左手に持った長い方が十五センチ程度の木の板からは激しい音が響く。
だから少女は思わず苦笑して、
「仕方ないなぁ、でも今日はもう遅いから明日にしましょうエンゼル様」
とだけ呟いて部屋へと続く道を歩くのだった。少女の足跡が残る歩道には赤い点がところどころ落ちていたが降り続ける雪がそれを覆い隠した。
冷えた大気は少女の声を良く通した。
「スコップぐらいなら寮の倉庫から持ち出せないこと無いけど、やっぱりあらかじめ下準備してないと。ガソリンとか調達するのも大変だし。コンクリート?
それは駄目ですよ。だってあんなの動かせませんよ、何キロあると思ってんですかエンゼル様」
よく見れば少女の両手は長い間外気に晒されていたせいか、真っ赤に霜焼けている。だけど少女は気にもしない。せいぜいが
(ああ、お風呂に入った時にヒリヒリして痛むんだろうな、やだなぁ)
とかどこか人事みたいな感想を思い浮かべるぐらいだ。だって今はエンゼル様がオリテキテイル。邪魔をしたらきっと怒ってしまう。
前に一度エンゼル様の邪魔をしたら文字通り痛い目にあってしまった。それ以降逆らわないことにしてる。
それにエンゼル様は少女の悩みなどの相談にも乗ってくれる良きパートナーだった。
たまに嫌な事をしろと命令してきたりもするけれど、それは概ね少女にとっても良い結果に繋がったりしていた。
ガリガリ、ガリガリ、と少女が左手に持った長い方が十五センチ程度の木の板からは激しい音が響く。
だから少女は思わず苦笑して、
「仕方ないなぁ、でも今日はもう遅いから明日にしましょうエンゼル様」
とだけ呟いて部屋へと続く道を歩くのだった。少女の足跡が残る歩道には赤い点がところどころ落ちていたが降り続ける雪がそれを覆い隠した。
ヒノ☆タンの第一殺『考殺の月曜日』
[1]
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小鳥の囀りが聞こえる。ピンク色のカーテンの隙間から差し込む日の光が幸せそうに惰眠を貪る少女のあどけない顔へと降り注ぐ。
少女の意思はいまだに夢の中にあり、いまだ目覚める事は無い。
昨晩遅くに戻ってきた時には既に日付が変わりそうになっていたからだ。
シャワーを浴びた後、ベッドに潜り込んだのは一時だったか?それとも二時の辺りだったか?三時には寝息を立てていたはずだ。
彼はそれを知っていた。
ふかふかのベッドの枕元にはある棚には銀色の古臭い形をした目覚まし時計があり、その針は午前の八時丁度を指そうとしていた。
カチリ、カチリと秒読みが始まる。八時まであと三秒。カチリ、カチリ。
目覚まし時計の上部には二つのベルがあり、その間にはバネ仕掛けの小さなハンマー。
時間が来ればその封印を解き放ち、けたたましい音を立ててその持ち主を夢から現へと呼び起こすのだ。
名前も付いており、その名も『三代目はんまーぶろす君』。羽毛枕をギュッと抱きしめて頬擦りしてる少女命名だ。
彼は知っていた。この少女は朝が遅いことを。だから作戦は成功するに違いない。その為に昨日の夜から準備をしていたのだ。
八時丁度になれば作戦決行だ。彼ははやる気持ちを必死に自重した。
もうすぐ、もうすぐだ。堪えきれず彼は興奮に打ち震えた。
もう少しでこの頭の上に掲げた無骨な鉄の塊を思う様に振り回してこの少女の端整な顔を苦痛に歪めれるかと思うと心躍る。せいぜい悶え苦しんでくれ、とも思う。
さぁ我を解き放て時間の斧よ!時間という鎖の束縛から解放された時、我はその役目を果し今は無き偉大なる先達達の願いを叶える事ができるのだ。
ああ、残り一秒。そのたった一秒が彼にはとんでもなく長く感じられる。
一日千秋という言葉が日本にはある。実際には一日しかたってないのだが、まるで千回の秋を過ごしたかのように長く感じたとかいう意味だ。
馬鹿正直に秋だけ過ごしたわけでは無い。そこにはちゃんと陽気に溢れる春があり。むせ返る様な情熱の夏があり。心寂しく切ない秋があり。凍えるような寒さの冬があり。
きちんと四季折々なのだ。つまりは千年の意味。もちろん比喩だ。人間は千年も生きられない。
思うに昔の人間というのは例えがやたらと上手い。例えば光陰矢のごとし、時間はあっという間に経ってしまうという意味を目にも止まらぬ速さで飛ぶ矢に例えているのだ。
これが弾丸のごとしではいまいちカッコがつかない。
そして時間は止まりはしない。いつだってどんな時でも歩みを止めない。開放の時はすぐそこ。ほら針兄弟のノッポの方が背伸びを完了すればもう八時だ。
決行の時は来た、さぁ夢を見る時間は終わりだ。お目覚めの時間だぜお姫様!
少女の意思はいまだに夢の中にあり、いまだ目覚める事は無い。
昨晩遅くに戻ってきた時には既に日付が変わりそうになっていたからだ。
シャワーを浴びた後、ベッドに潜り込んだのは一時だったか?それとも二時の辺りだったか?三時には寝息を立てていたはずだ。
彼はそれを知っていた。
ふかふかのベッドの枕元にはある棚には銀色の古臭い形をした目覚まし時計があり、その針は午前の八時丁度を指そうとしていた。
カチリ、カチリと秒読みが始まる。八時まであと三秒。カチリ、カチリ。
目覚まし時計の上部には二つのベルがあり、その間にはバネ仕掛けの小さなハンマー。
時間が来ればその封印を解き放ち、けたたましい音を立ててその持ち主を夢から現へと呼び起こすのだ。
名前も付いており、その名も『三代目はんまーぶろす君』。羽毛枕をギュッと抱きしめて頬擦りしてる少女命名だ。
彼は知っていた。この少女は朝が遅いことを。だから作戦は成功するに違いない。その為に昨日の夜から準備をしていたのだ。
八時丁度になれば作戦決行だ。彼ははやる気持ちを必死に自重した。
もうすぐ、もうすぐだ。堪えきれず彼は興奮に打ち震えた。
もう少しでこの頭の上に掲げた無骨な鉄の塊を思う様に振り回してこの少女の端整な顔を苦痛に歪めれるかと思うと心躍る。せいぜい悶え苦しんでくれ、とも思う。
さぁ我を解き放て時間の斧よ!時間という鎖の束縛から解放された時、我はその役目を果し今は無き偉大なる先達達の願いを叶える事ができるのだ。
ああ、残り一秒。そのたった一秒が彼にはとんでもなく長く感じられる。
一日千秋という言葉が日本にはある。実際には一日しかたってないのだが、まるで千回の秋を過ごしたかのように長く感じたとかいう意味だ。
馬鹿正直に秋だけ過ごしたわけでは無い。そこにはちゃんと陽気に溢れる春があり。むせ返る様な情熱の夏があり。心寂しく切ない秋があり。凍えるような寒さの冬があり。
きちんと四季折々なのだ。つまりは千年の意味。もちろん比喩だ。人間は千年も生きられない。
思うに昔の人間というのは例えがやたらと上手い。例えば光陰矢のごとし、時間はあっという間に経ってしまうという意味を目にも止まらぬ速さで飛ぶ矢に例えているのだ。
これが弾丸のごとしではいまいちカッコがつかない。
そして時間は止まりはしない。いつだってどんな時でも歩みを止めない。開放の時はすぐそこ。ほら針兄弟のノッポの方が背伸びを完了すればもう八時だ。
決行の時は来た、さぁ夢を見る時間は終わりだ。お目覚めの時間だぜお姫様!
カチリ――――ジリッゴスッ!!
そこで八時を指した時計の針の音とそして硬い物に突き刺すような音。時計の針が不意にその動きを止めた。
白い右手が逆手に持った刃渡り十五センチ程の凶刃を突き立てていた。彼の体に。深々と。ガリガリと耳障りな音がした。
思えばそれが致命傷になったのかも知れない。体内に仕舞いこんである重要な器官を損傷し痙攣したかの様に数度動き、止まる。
そんな馬鹿なありえない、自分が任務に失敗するだなんて。これは何かの間違いだ。薄れいく意識の中で結果を否定。
それでも頭上に掲げた鉄の塊を振り回そうとして、もう一度硬い物を砕く音。壁に叩きつけられて中身を吐き出しそうになった。
開放の喜びに身を震わせロンドを踊ろうとした彼の動きが止まった。それでも信じられずに頭がビヨンビヨン揺れている。
鋼鉄の刃は彼の体を軽々と刺し貫き首筋から股下までその身を埋めていた。だが残虐な右手はそれでも休むこと無く動いた。
とっくに役目を放棄してしまった彼の体はその餌食になって非情にも砕かれる。その度にいびつなステップを披露し踊る。
右手の刃が彼の腹を真一文字に切り裂き、その中身を刃の返しに引っ掛けて辺りにばら撒く。両の手はそろぞれが生き別れになり、フローリングの床に落ちて小さな悲鳴をあげる。
何度も何度も顔やら腹やらをメッタ刺しにされた。
足なんてどこを向いてるかわからない。首もかろうじて繋がってるだけ。
そして最後にバドミントンやテニスのラケットなどのグリップに巻くような青いラバーに包まれたナイフのグリップが胸を一撃。
地面から更に下界へと叩き落され、背中から地面に叩きつけられた。彼を構成していたモノがコロコロと辺りに散らばる。
最後に背中から彼の命の源がコロリとフローリングの床を転がった。
彼の意識はそこで途絶える。任務は失敗。彼の命の時間もこの時完全に止まった。午前八時を五秒程過ぎた後の出来事だった。
白い右手が逆手に持った刃渡り十五センチ程の凶刃を突き立てていた。彼の体に。深々と。ガリガリと耳障りな音がした。
思えばそれが致命傷になったのかも知れない。体内に仕舞いこんである重要な器官を損傷し痙攣したかの様に数度動き、止まる。
そんな馬鹿なありえない、自分が任務に失敗するだなんて。これは何かの間違いだ。薄れいく意識の中で結果を否定。
それでも頭上に掲げた鉄の塊を振り回そうとして、もう一度硬い物を砕く音。壁に叩きつけられて中身を吐き出しそうになった。
開放の喜びに身を震わせロンドを踊ろうとした彼の動きが止まった。それでも信じられずに頭がビヨンビヨン揺れている。
鋼鉄の刃は彼の体を軽々と刺し貫き首筋から股下までその身を埋めていた。だが残虐な右手はそれでも休むこと無く動いた。
とっくに役目を放棄してしまった彼の体はその餌食になって非情にも砕かれる。その度にいびつなステップを披露し踊る。
右手の刃が彼の腹を真一文字に切り裂き、その中身を刃の返しに引っ掛けて辺りにばら撒く。両の手はそろぞれが生き別れになり、フローリングの床に落ちて小さな悲鳴をあげる。
何度も何度も顔やら腹やらをメッタ刺しにされた。
足なんてどこを向いてるかわからない。首もかろうじて繋がってるだけ。
そして最後にバドミントンやテニスのラケットなどのグリップに巻くような青いラバーに包まれたナイフのグリップが胸を一撃。
地面から更に下界へと叩き落され、背中から地面に叩きつけられた。彼を構成していたモノがコロコロと辺りに散らばる。
最後に背中から彼の命の源がコロリとフローリングの床を転がった。
彼の意識はそこで途絶える。任務は失敗。彼の命の時間もこの時完全に止まった。午前八時を五秒程過ぎた後の出来事だった。
「むにゃ、もう朝でぇすか……」
寝ぼけ眼をこすりこすり、薄桃色の髪をした少女が意識を覚醒させたのは三十分程後の事。
暢気な台詞を吐きながら「ふわ~っ」とカワイク欠伸を一回して、上半身を起こす。
まだ少女の体温の温もりが残る布団を半分めくり上半身だけ起こして部屋をぐるりと見回し。
「ああ、朝ですね」
見れば分かる事まで口に出す。
ワンルームマンション。学園都市ではごくごく一般的な学生寮の一室だった。壁に少女が通う学校の制服。そしてフローリングの床。
「なんですかコレ……」
薄桃色の髪の毛についた寝癖をラブリーな感じに揺らしてフローリングの床の惨状を目の当たりにし、出た感想が今の言葉。
そこにはこれでもかという位に破壊された"目覚まし時計"の残骸。一体誰がこんなひどい事をするのだろう?と言葉を失う少女。
「エンゼル様、エンゼル様お答えください」
反応は……無い。
「エンゼル様?エンゼル様?」
くじけずにもう一回。薄紫色の双眸が閉じられ祈るような格好で呼びかける。やっぱり反応は無い。
ここでようやく少女は「あー、はいはい」となんだか納得した。
「エンゼル様エンゼル様、これでもう今月三台目なのですがぁ、"また"ですか」
呼び掛けではない。これは確認。だから反応は無い。今のところ少女の右手は少女の意思で動いた。エンゼル様はオカエリになられているようだ。
だが自分が寝ている間にエンゼル様がまだ新しい目覚まし時計を惨殺したのは間違いない、と確信していた。
その証拠に少女の背中側にある棚にはナイフ。通販で注文したS&Wがどうのとかいうヤツだ。
寝る前にはプラスチック製の鞘に入れて枕元に置いてあったのに、今は何故か抜き身のまま棚に置かれている。状況証拠その一だ。
少女はピンク色のパジャマ姿でトテトテとキッチンに向かい、学園都市指定のゴミ袋を持って戻ってきた。慣れた手つきで散らばる残骸を集め、袋へと放り込む。
テキパキ、テキパキと擬音すら聞こえてきそうだった。残骸は状況証拠その二。
「エンゼル様はホンットに寝起きが悪いですね、これでもし人間が起こしに来てたら大惨事、月曜の朝から血塗れです」
壁にかかったカレンダーを見る。今日は月曜日。燃えるゴミは月水金。燃えないゴミは火木土。本日燃えるゴミの日。
「燃えるゴミの日だから燃えないゴミの日まで待たないと……」
カワイイ感じのパジャマ姿でそのままキッチンへ。ゴミ袋は適当に仕切りの側に放り投げる。仕切りをくぐってすぐ右手に一人暮らしには大きめの冷蔵庫が何故か二つ。
少女は手前側の緑色の冷蔵庫の扉を開いて、中から牛乳の紙パックを取り出す。
扉を閉めて冷蔵庫の上にあったシリアルフレークの箱をひっつかんで食器棚から持ってきた深皿に空ける。牛乳をその上からタパタパと注いで本日のブレックファーストを開始。
銀色のスプーンですくって食べる。栄養満点。
「朝はこれに限るんです。お手軽で簡単で手間が要りませんし」
全て同じ意味の言葉を三つも並べ、少女は感想を口にした。この際味というのはあまり考慮されていないようだ。
「えひようだふぇとってほへば、だひじょうふえふ」
口いっぱいの朝食をゴックンと嚥下し、コップに注いだ牛乳も飲み干す。
全部食べ終わったら深皿を小さめのシンクの中に放り込んで水に浸けておく。洗うのは溜まってからでいい。いつもそうしている。
フレークの箱はからっぽなのでクシャリと潰してゴミ箱行きだ。
栄養補充と共にいい加減半分寝ていた脳みそもほどよく活動を再開。
洗面所へ行き、顔を洗って歯を磨く。壁掛けタイプの鏡をみれば髪の毛には寝癖。前髪に至ってはピンッとどっかに跳ねている。
「とりあえず……シャワーですねぇ……」
呟いて手櫛で髪を梳くが寝癖は直らなかった。丹念にドライヤーでブローすれば多分なるだろうがそれならシャワーを浴びてきた方が手っ取り早い。
ピンク色のパジャマを洗濯機へと放り込んだら、純白の下着も脱ぎ捨てて裸になると少女は洗面所に隣接したシャワールームへとその姿を消し。
程なくしてタイルを叩く水音だけが響き。まぁ、こんな感じで彼女の一日は始まった。
寝ぼけ眼をこすりこすり、薄桃色の髪をした少女が意識を覚醒させたのは三十分程後の事。
暢気な台詞を吐きながら「ふわ~っ」とカワイク欠伸を一回して、上半身を起こす。
まだ少女の体温の温もりが残る布団を半分めくり上半身だけ起こして部屋をぐるりと見回し。
「ああ、朝ですね」
見れば分かる事まで口に出す。
ワンルームマンション。学園都市ではごくごく一般的な学生寮の一室だった。壁に少女が通う学校の制服。そしてフローリングの床。
「なんですかコレ……」
薄桃色の髪の毛についた寝癖をラブリーな感じに揺らしてフローリングの床の惨状を目の当たりにし、出た感想が今の言葉。
そこにはこれでもかという位に破壊された"目覚まし時計"の残骸。一体誰がこんなひどい事をするのだろう?と言葉を失う少女。
「エンゼル様、エンゼル様お答えください」
反応は……無い。
「エンゼル様?エンゼル様?」
くじけずにもう一回。薄紫色の双眸が閉じられ祈るような格好で呼びかける。やっぱり反応は無い。
ここでようやく少女は「あー、はいはい」となんだか納得した。
「エンゼル様エンゼル様、これでもう今月三台目なのですがぁ、"また"ですか」
呼び掛けではない。これは確認。だから反応は無い。今のところ少女の右手は少女の意思で動いた。エンゼル様はオカエリになられているようだ。
だが自分が寝ている間にエンゼル様がまだ新しい目覚まし時計を惨殺したのは間違いない、と確信していた。
その証拠に少女の背中側にある棚にはナイフ。通販で注文したS&Wがどうのとかいうヤツだ。
寝る前にはプラスチック製の鞘に入れて枕元に置いてあったのに、今は何故か抜き身のまま棚に置かれている。状況証拠その一だ。
少女はピンク色のパジャマ姿でトテトテとキッチンに向かい、学園都市指定のゴミ袋を持って戻ってきた。慣れた手つきで散らばる残骸を集め、袋へと放り込む。
テキパキ、テキパキと擬音すら聞こえてきそうだった。残骸は状況証拠その二。
「エンゼル様はホンットに寝起きが悪いですね、これでもし人間が起こしに来てたら大惨事、月曜の朝から血塗れです」
壁にかかったカレンダーを見る。今日は月曜日。燃えるゴミは月水金。燃えないゴミは火木土。本日燃えるゴミの日。
「燃えるゴミの日だから燃えないゴミの日まで待たないと……」
カワイイ感じのパジャマ姿でそのままキッチンへ。ゴミ袋は適当に仕切りの側に放り投げる。仕切りをくぐってすぐ右手に一人暮らしには大きめの冷蔵庫が何故か二つ。
少女は手前側の緑色の冷蔵庫の扉を開いて、中から牛乳の紙パックを取り出す。
扉を閉めて冷蔵庫の上にあったシリアルフレークの箱をひっつかんで食器棚から持ってきた深皿に空ける。牛乳をその上からタパタパと注いで本日のブレックファーストを開始。
銀色のスプーンですくって食べる。栄養満点。
「朝はこれに限るんです。お手軽で簡単で手間が要りませんし」
全て同じ意味の言葉を三つも並べ、少女は感想を口にした。この際味というのはあまり考慮されていないようだ。
「えひようだふぇとってほへば、だひじょうふえふ」
口いっぱいの朝食をゴックンと嚥下し、コップに注いだ牛乳も飲み干す。
全部食べ終わったら深皿を小さめのシンクの中に放り込んで水に浸けておく。洗うのは溜まってからでいい。いつもそうしている。
フレークの箱はからっぽなのでクシャリと潰してゴミ箱行きだ。
栄養補充と共にいい加減半分寝ていた脳みそもほどよく活動を再開。
洗面所へ行き、顔を洗って歯を磨く。壁掛けタイプの鏡をみれば髪の毛には寝癖。前髪に至ってはピンッとどっかに跳ねている。
「とりあえず……シャワーですねぇ……」
呟いて手櫛で髪を梳くが寝癖は直らなかった。丹念にドライヤーでブローすれば多分なるだろうがそれならシャワーを浴びてきた方が手っ取り早い。
ピンク色のパジャマを洗濯機へと放り込んだら、純白の下着も脱ぎ捨てて裸になると少女は洗面所に隣接したシャワールームへとその姿を消し。
程なくしてタイルを叩く水音だけが響き。まぁ、こんな感じで彼女の一日は始まった。