とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第四章-3

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第四章 羽ばたく者たち Cinderella_March



 上条当麻の右手には幻想殺し(イマジンブレイカー)なるチカラが宿っている。
 それが異能の力であるのなら、超能力でも魔術でも、神様の奇蹟(システム)すら問答無用で打ち消せる脅威の能力。
 しかし――胸中で毒つく。探し物には全く役に立たないチカラだ。
 上条は経験上、こういう場合には足を使うしかないと分かっていた。
 だが、間の悪いことに今は一端覧祭の最終準備の真っ最中。
「わぁっ! 化学部の特製染料缶がひっくり返った!」
「郷土研究会のオブジェも踏み抜かれてるわ!」
「あっちでは校長先生御用達の焼き鳥屋台が倒壊してるぞ!」
 廊下も校庭も、展示や出店に使うあれこれで溢れていて、うまく間を走り抜けようとしても腕がぶつかり足がぶつかり。その度に怒られ殴られ生傷まみれになりながらもしかし上条は止まらない。
 ひたすらに走る。
 走る。
 そうして走り続けて――いつの間にか中庭に戻ってきてしまっていた。気づかぬうちに校舎内は一周してしまったらしい。
 少女達を見つけられないまま。
「はぁ……はぁ……くそっ!」
 激しく動悸する胸を押さえる。
 落ち着け。冷静になれ。
 チリチリとうなじを焦がす原因不明の危機感を強引に飲み下す。
 だがほんのわずかに温度を下げた脳が弾き出してくれたのは、『そもそも彼女らがまだ学校内にいるとは限らない』という今さらの現実だった。
 思いついてしまったことを半ば後悔しながらも、上条は考える。
(小萌先生に頼んでセキュリティの記録を見せてもらえば……いやだめだ。今から先生を探して頼み込むのは時間がかかり過ぎるし、それで校内にいないってことだけわかってもあまり意味がない。第一ウチのセキュリティはインデックスにすらあしらわれるような代物だし――あ)
 ふっと。
 浮かんだ名前に閃きが走った。
 インデックス。
 サーシャと共に『灰姫症候(シンデレラシンドローム)』を捕まえる計画を立てていた彼女なら……?
 上条はばたばたと制服を探り、携帯電話を取り出した。あれだけ走り回ってよく落とさなかったと小さな幸運に泣きそうになる。
 ボタン一つで本体が開く。液晶に光が灯った。電話帳機能を呼び出して目的の番号を探す。
 五十音順の「あ」行――を素通り。
 次の「か」行をめくってめくって、ようやく見つけた。
 小萌先生。
 一端覧祭準備を円滑に行うために、吹寄が至急製作したクラスの連絡網の中に含まれていたのだ。しかし全員で携帯番号を教えあっている時に「あれー? 上条ちゃんは先生の番号知ってると思ったんですけどー。確か夏休みにかけてきたことありましたよねー?」「え?(何のことですか? とか言えねぇよなぁ)いやぁうっかり登録し忘れてて」「そうなんですかー。うっかりさんですねー。……あれ? そもそも上条ちゃんに教えた記憶がないような……」などという記憶喪失少年にとってはやばすぎる一幕もあったのだが。
 インデックスに直接電話しても、またつながらないに決まっている。だが今日に限っては、確実に電話に出てくれる人が彼女の傍にいた。
 ワンプッシュでコール。四回目でつながった。
『はいはーい。その番号は上条ちゃんですねー? 何かありましたかー?』
「小萌先生! すいませんけど緊急事態なんでインデックスに代わってください!」
『は、はいー?』
 切羽詰った大声が返ってくるとは思っていなかったのか、困惑気味な声が聞こえた。しかしそこは問題児ばかりを担当してきた歴戦の教師(つわもの)月詠小萌。状況は掴めずとも雰囲気を察してくれたらしく、すぐに聞きなれた白シスターの声が聞こえてきた。
『とうま? 私だけど。緊急事態って何? ……ま、まさかさっき見つけたお好み焼き屋さんが先行販売始めたとか!?』
「面倒だからツッコミなしで結論だけ言うぞ。『灰姫症候』が見つかった」
『――――――――っ』
 電話越しに緊張感が共有されたのを感じる。
 一呼吸を挟んで、インデックスは真剣な声音で問いかけてきた。
『とうま。詳しく話して』
 上条はさっきまでに起こったことをかいつまんで説明した。
 インデックス達が教室を出た後、言祝栞に首根っこを掴まれて図書室に連れて行かれたこと。何故かそれにサーシャもついてきて、三人でフリマの仕度をしていたこと。言祝とサーシャの手が偶然重なった瞬間、『灰姫症候』の魔力を感知したらしいこと。最後に、どういうわけかサーシャが言祝を気絶させて、図書室の窓を破壊して飛び出していってしまったこと。
 口に出して話している間に、上条は自分で違和感のようなものを感じた。
 だがまずは状況説明が優先だ。一通り語り終えるのに二分程度かかった。
「……こっちから話せるのはこんくらいだ。インデックス、あいつらがどこに行ったかわかるか?」
 返答は少し遅れた。
『予想はつく、けど』
「本当か!? なら」
『でも、とうまはそれを聞いてどうしたいの?』
 え? と意気込みかけた体が押し留められる。
 携帯電話の向こうから聞こえてくる声は、どこか焦りを隠しながらもひどく平らだった。
 “まるでそれが真実なんだと自分に言い聞かせているように”。
『サーシャに与えられた任務は「灰姫症候」の確保と、それを学園都市に放った魔術師の捕縛あるいは撃破だよ。そのためにあの子は私達の所に来たんだから。探索の魔術を使う時に傍にとうまがいたら、成功するものも成功しないでしょ? だからとうまを置いていったんじゃないかな。それなら追いかけて追いついても、サーシャには迷惑なだけだよ。それでも行くの?』
 しかし、言われてみれば彼女の言い分はもっともだった。
 幻想殺しは上条の意思に関係なく、触れた『異能の力』を消し飛ばしてしまう。『灰姫症候』の宿主、または魔術に使う道具や陣に小指がかすっただけでも台無しにしてしまいかねない。
 偶然訪れた二度とは無いチャンスを守り通すためにサーシャが飛び出していったのなら、上条が動くことは害にこそなれ利する所はない。
「――――――“いや”」
 だが、上条には別の確信があった。
「もしそうなら俺に一言『離れていてくれ』って言えばいいだけだろ。ステイルが姫神の治療をした時だってそうだったしな。事情は分かってるんだから、触るなって言われたら触らない。ついてくるなって言われたら素直に待ってる。第一、窓ぶち破って飛んで行くのはいくらなんでも不自然だろ」
『……うーん……でも』
「それにだ」
 遮って続ける。
 先ほど気づいた違和感の正体。
「……あの時、俺にはサーシャが“逃げ出した”ように見えたんだ。幻想殺しとか謎の魔術師からじゃない。サーシャにとってもっと恐ろしい何かから」
 それは想像に過ぎなかったが、きっと当っている。
 走る背中と、逃げる背中。
 それを見分けられるくらいには、うぬぼれかもしれないけど、彼女に近づけたと思っていたから。
 インデックスの沈黙は長かった。
 およそ一分。白いシスターが、最も認めたくなかった言葉を吐き出すために要した時間だ。
『とうま』
「おう」
『……サーシャを、止めてあげて。たぶん、すっごく馬鹿なことをやろうとしているはずだから』


 魔術の準備は整った。
 足元に石灰で描かれた円が一つ。直径はサーシャが両手を広げたよりも少し長いくらい。円の内側には掌大の何かの紋様が複数、これも石灰で描かれている。
 正確な数は十二。真上から見たなら歪な時計盤のように見えるかもしれない。方位は各時刻に対応しているものの、中心からの距離がちぐはぐだからだ。
「魔力パターンを手がかりにして術者の居場所を突きとめる魔術」というと、大覇星祭の時に土御門が使った「理派四陣」があるが、それとはまた違った系統の探索魔術である。
「理派四陣」系は「魔力の送受信」を逆探知して術者を見つけ出すものなので、『灰姫症候(シンデレラシンドローム)』のような完全に術者の手を離れた『零時迷子(ヌーンインデペンデンス)』には使えないのだ。
 だが、それでも『灰姫症候』が故意に産み出された魔術であるのなら、術者の固有魔力パターンというものは必ず内在している。サーシャが準備した魔術は対象の魔力パターンに干渉する魔力の波を空間に流し、その反響を捕らえて場所を探るものだ。イルカや潜水艦が行う超音波探知に近いものがある。
 更に今回はインデックスの持つ「神殿」の知識も取り入れられていた。
 陣とそれと同心の半径数十キロメートルの領域を簡易的にリンクさせ、十二個の紋様に相当する座標に波の受信源を作る。内と外の現象を等しくする「神殿」の効果だ。あとは三点計測の要領で目標を補足できる。
 とは言え建築物や街の人の存在をまるっきり無視した簡易リンクであるため、「理派四陣」ほど正確な位置座標は得られない。それでも探索領域の広さでは圧倒的に勝っていた。相手がどれだけ遠くにいるか分からない以上、最も求められる性能はそれである。
 仮につけた名は「零時の鐘(ロンドベル)」。硝子の舞踏会を終わらせる鐘の音だ。
「………………ふう」
 薄い胸に手を添え、一息。簡易リンクは成功。後は呪文(スペル)を唱えながら十二個の紋様を学園都市の対応する位置に仮想設置してゆき、“最後に陣の中に魔力の共鳴波を打ち鳴らせばいい”。「神殿」の中で響いた音は「神殿」の外でも大気を震わせる。
 それで終わりだ。
 もう決めたのだから、迷いは無い。
「……………………、」
 意識のない言祝栞の体を抱いて陣内に入る。
 円の中央に立ち、定められた手順に従い魔力を精製。呪に乗せて(くう)に送る。
「――、一つ。火の粉の雪の中」
 ポゥ、と紋様の一つがこもった光を放った。
 時計盤の一時に対応する位置だ。
「二つ。二人の血の泉」
 二時。
「三つ。禊も血の中で。四つ。黄泉路の花畑」
 三時。四時。
 ――本来の、インデックスが考えてくれた呪文とは異なる呪文が紡がれる。
 重々しい数え歌は、何よりも如実にサーシャの心中を表していた。
 だけど、それでも。
「五つ。いつしか山の下。六つ。骸の丘の上」
 五時、六時――
「七つ。涙も血を吐いて。八つ。(やしろ)を火が舐める」
 七時、……八時。
 と。

「そこまで」

 背後から発せられた誰かの声に、サーシャはドキリとして呪文を止めた。
 この場所に人がいないこと、たどり着くのも容易ではないことは確認済みだ。
 加えて知らない声。だが、知っている。
 この感覚は覚えている。
 懐かしさなど微塵もないが、確かに記憶の中に刻み込まれている。消せない傷として。
 “居ないはずのナニカが居る”不条理を。
「――、は」
 呼吸が浅くなる。
 間違いない疑いない相違ない。後ろには“あれ”がいる。
 でも……でも、でも!
 “あの日の悪魔はしゃべりかけてきたりはしなかった”!!
「…………、」
 振り向く勇気はない。ただ動揺で術が解けないようにするので精一杯。
 それでも、見てしまう恐怖と見えないままでいる恐怖では、後者の方が強かった。
 じりじりと足をずらして体をひねる。
「あなたが……、何をするつもりなのか、なんとなくわかります。……そして、それを止められるのは、あの人だけだってことも……」
 “悪魔”が語る。
 人間のフリをした声で。
 じりじりと足をずらして体をひねる。
「……だから。あの人がここに来るまでは……私が時間を稼ぎます」
 “悪魔”が語る。
 人間のような声で。
 じりじりと足をずらして、そうしながら問う。
「問一。――お前は、何だ」
 思っていた以上にかすれた声しか出なかったが、“悪魔”には届いたようだ。返事が来る。
 それと同時に振り向ききった。

「私は……貴女の友達の、友達です」

 “悪魔”は語る。
 人間の声で。
 触れれば融けてしまいそうなほど儚く、しかし強い芯を持って立っている、氷の華のような少女がそこにいた。


 吹寄制理は苛立っていた。
 プレ公演開始まであと何時間も無いというのに、監督と主演女優と端役一名が見つからないのだ。しかもここぞと思って訪れた図書室ではどういうわけか中庭に面した窓が数枚、粉と微塵になるほどに砕け散っていて、たまたま居合わせた生活指導の災誤先生に「これ。掃除しといてね」とにこやかに言い渡されてしまった。
 硝子の粉は室内にはあまり飛び散っていないのがせめてもの救いだったが、中庭は本気でやるなら園芸業者を呼ばなければならないかもしれない。素手で触ると危険なので軍手を何枚も重ねてはめ(こういう時こそ学園都市製インチキ科学アイテムの出番ではなかろうかと思いながら)、積もりに積もった硝子の粉をスコップでかき集めていく。
「あ―――もう! 恨むわよ栞! 憎むわよ上条当麻! 一人で無関係な顔してんじゃないわよサーシャ!」
 ここにはいない友人達に届けと、虚空に呪いを吐き続ける吹寄。
 その姿を彼女について来たがために掃除につき合わされる羽目になった青髪ピアスと姫神秋沙が流し目で見ていた。
 背の高い似非関西人は排水溝からのかき出しを担当し、「祭の準備→動きやすい服装で→じゃあ普段着を」の三段論法により巫女装束を身に纏っている少女は図書室内の掃除を任されている。
「吹寄さん。荒れてるね」
「いやーあの人はいつもあんなもんやで」
「カルシウムが足りてないのかも。確か彼女は錠剤を持ち歩いていたはずだけど」
「あーそれな? あんまり関係ない思うで。昔クラスの三馬鹿(ボクら)で吹寄の手持ちの錠剤を全部それっぽく加工したヨーグレットとすり替えてみたことがあるんやけど、三日間バレへんかったし。まあ四日目には廊下に並ばされて尻叩きやったけどな」
「…………。そんなことばかりされてるから。飲んでも飲んでも足りなくなっちゃったんだね」
 空っぽの窓枠ごしにそんな会話をしながら、姫神は窓の下に据え付けられた本棚の天板を右手に持った小さな箒で掃く。同時に左手にはちりとりを構え、天板の端から落とした粉を集めていく。
 この本棚は、段に貼り付けられた名札によると絵本のコーナーらしい。そして、何故かある一列の中身だけがごっそりと抜き出され近くの床に積み上げられていた。
 後でこれらの絵本も点検しなければ、と姫神は考える。ページの間に硝子の粉が挟まりでもしていたら大事だ。
「あれ?」
 と、姫神は床の一点に目を留めた。
 絵本のタワーにほど近い、薄く硝子の砂が広がっているあたり。まるで数年ぶりにタンスを動かした時のように、ぽっかりときれいな床が覗いている場所があった。
 形は長方形。大きさは――ちょうど大き目の絵本くらい。
「……また。あの人は。面倒なことに巻き込まれているみたいね」
 ふぅ、と一息。
 とある白シスターならば、ここでなりふり構わずあの少年を追いかけるのだろうが、姫神秋沙は違った。彼女は相手を信じて待つタイプの女性なのである。
 もっとも、自分が行っても何の役にも立たないことを重々承知しているからでもあるのだが。
「それにしても。今回のフラグは。サーシャなのか言祝さんなのか」
 そこだけはどうしても気になる複雑な乙女心であった。
 すると姫神の独り言が聞こえたらしい青髪ピアスが窓枠の向こうから顔を見せた。
「あれ? 姫神さん知らんの?」
 まあ転入生やしなぁ、と勝手に納得のポーズをしていたりするのだが、姫神にはわけが分からない。
「何のこと? 青髪君」
「せやからあたかもそれがボクの本名であるかのよーに馴染まんで欲しいんやけど。……まあええわ。あのな、今言祝にかみやんフラグが立つかもて心配しとったやろ?」
「――。いえ。そんなことは」
「ええってええって照れんでも。つつき所はわきまえとるから。やっぱいじめるんやったらかみやんやもん」
 青髪ピアスはそう言って片手をひらひらさせた。
 口ではいじめると言いながら気の良さそうな笑顔を浮かべる彼に、姫神はふと、かつてインデックスが語っていたことを思い出す。
『とうまの場合、いろんな人を守るから分かりにくいかもしれないけど、それであいさを守るって気持ちが薄らぐ事だけは、絶対にない。あいさを迷惑だなんて思うはずがない。その程度の人間なら、とうまの周りにあんなに人が集まってくるはずがないもの。とうまはそういうことを口にしない人だし、みんなも黙っているから、絆の繋がり方がいまいちはっきりしないんだけどね。もしも全部の絆が分かったとしたら、結構すごい広がり方をしているのかも』
 青髪ピアスも、その不思議な絆の一枝なのだな、と何とはなしに思った。
「…………それで。私が何を知らないって?」
「うん。てっとり早く言うなら姫神さんの心配は無用っちゅうこと。言祝にかみやんフラグが“改めて”立つゆうことはあらへんから」
 え? と言い方にひっかかるものを感じて首を傾げる。青髪ピアスは人差し指を上向きにピンと立て、
「やからな、“もう立っとるねん”。中坊ん時になんかあったらしいで。ボクは高校からの友達やから詳しゅうは知らんけどな」
「……………………」
 ぱちくり、と姫神の目が丸くなる。先ほどの回想がすぐさまフラッシュバック。
『とうまの場合、いろんな人を守るから――』
 青髪の言う“なんか”もそういうことだろうと予想は出来るが、
「で。でも。言祝さんは。そんな風には見えなかったけど」
「んー。そりゃ一口に好き言うてもいろんな好きがあるし。言祝の場合は『誰かええ人とくっついて欲しい』いう感じの好きみたいやねん。なんとゆーか、惚れとるからこそ自分は身を引くとゆーか」
 その気持ちは、理解できなくは、ない。
 姫神自身、似たようなことを考えていた事もあったからだ。
 でもそれは。
(自分に自信が持てなくて。自分では彼の隣に居られないと。その資格はないと思った時の。逃げの論理)
 上条に特別な思い人がいるのなら、また話はちがってくるだろうが、姫神の知る限りではそんな気配は無い。
 そう思えばこそ、常にクラスの先頭に立ち、大胆不敵とも取れる立ち振る舞いで驀進していた言祝栞という人物像には当てはまらない気がする。
 しかし、所詮姫神と言祝はまだ一、二ヶ月の付き合いだ。積極的に話すようになったのなんて演劇班に入ってからのことである。たったそれだけの期間で相手の人柄を決めつけてしまうのは失礼というものだろう。
 だからそういうこともあるかもしれない、というくらいに思っておくことにする。
「あ。もしかして。初め上条君をシンデレラにしようとしたのは」
「多分やけど、吹寄とくっつけようとしたんちゃうかな。かみやん王子で吹寄シンデレラやったら、絶対吹寄は嫌や言うやろーし」
 確かに急遽配役を変更したにしては、上条用のシンデレラドレスが既に出来上がっていた辺りに計画的なものを感じないでもなかった。周りが『言祝栞ならやりかねない』というムードだったので、姫神としてはそれに流されていた分もあったのだが。
 だとすると、今度はどうしてあっさりと計画を撤回してサーシャをスカウトしたのか、という疑問が浮かぶ。
 青髪ピアスに尋ねても、頼りなく肩をすくめるだけだった。
「案外、似合いそうやったからとちゃう?」
 果たして“何”が“何”に似合うという意味なのか、深く考えての台詞ではないようだったので、姫神はそれを軽く聞き流した。


 判断は迅速だった。
 サーシャは言祝の体を左手一本で抱き上げると、右手で図書室から唯一持ってこれた霊装――デザートイーグル型釘打ち機・ハスタラビスタを抜く。
 直属の上司であるワシリーサが「美少女と大きな銃の組み合わせって萌えない?」などと言い出したせいでサーシャの基本装備となってしまったこの銃だが、最近ではそれなりに愛着を持つようになっていた。とある少年のせいで使用頻度が極端に上がったからでもあるのだが。
 殲滅白書において、対幽霊戦闘の鉄則として叩き込まれたのは次の三つ。
 耳を貸すな。
 容赦をするな。
 記憶に残すな。
 一つ目は余計な認識は敵を強めてしまうため、二つ目は確実に倒したと「自覚」するため、三つ目は万一の復活を阻止するために決められたルールだ。
 ゆえにサーシャはその『幽霊』の――『悪魔』の言葉を聞かない。
 撃ち殺すことに躊躇いもしない。
 そしてすぐに忘れよう。
 氷の華に似た少女の姿も、意味の分からない言葉も、全て。
 肩、ひじ、手首を意思のラインで直結。理想的な射撃体勢に移行するのに瞬きほどの間も必要ない。
「“解体一、ニ、三”」
 トリガーを引くと同時に一声。上条への威嚇に撃つのとは違う正真正銘サーシャ=クロイツェフの魔術が発動する(もっとも上条の場合、ただの釘の方が致命傷になりやすいのだが)。
 ガッガッガッ、と三連続で炸裂音が飛ぶ。
 図書室の窓ガラスを砂に変えた攻性術式『棘姫(いばらひめ)』だ。無論命名したのはワシリーサである。
 冷たい風を切り裂いて進む魔術の釘は、ひどくあっけない音を立てて全弾『悪魔』に突き刺さった。
 額に一発。喉に一発。心臓に一発。狙いに寸分の狂いもない。
「…………、」
 手ごたえあり。
 人体急所を狙う理由は単純。“こちらが弱点だと思っている場所は実際に弱点になるからだ”。
 我思う故に彼あり。この原則を戦闘に応用した結果である。
 その代わり、イメージした場所以外に攻撃が当ってしまった場合のデメリットもある。百発百中で当たり前。そういう意味で、今回の攻撃は申し分なかった。通じた。決まった。確信を得られる。

 ――――でも。
 ――――『幽霊』ごときと戦うための戦術が、
 ――――あの『悪魔』に通用するのか?

 そう、思ってしまったからかどうかは確かめようがない。
 けれど結果として、
 “サーシャの魔術は全く効果を発揮しなかった”。
「……………………え?」
 芯を抜かれたような声が漏れる。それくらい目の前の光景には現実味がなかった。
 サーシャが撃った釘は、確かに『悪魔』に命中した。
 狙い通りの必殺の軌道で。
 なのに、『悪魔』は何事もなかったかのようにこちらを見返してきている。
 いや、本当に何事もなかった訳ではない。
 信じられないことだが、サーシャの目が確かなら、この『悪魔』は“砕けた額と喉と胸を一瞬で復元したのだ”。
 まるでビデオの巻き戻しみたいに。距離があるため明確なプロセスまではわからなかったが。
『悪魔』の少女は髪の乱れをほんの少し気にするそぶり“だけ”して、
「この程度の攻撃は……私には通用しません。私を殺すなら、今の二三○万倍は必要ですよ……?」
 諭すような哀れむような声色が癇に障る。
 けれど勝ち目がなくなったのは事実だ。絶対の確信を持って放った攻撃が破られたということは、“それ以降の攻撃はどう間違っても通用しなくなったということ”。
 それはつまり観測・被観測の相対関係が上下関係に変わってしまったことを意味する。
 対幽霊戦闘における最悪のシチュエーション。
 この瞬間、サーシャ=クロイツェフが『悪魔』に打ち勝てる可能性は、完全に潰えた。
「……………………………………………………………………………………、」
 なんて、無様。
 迅速な判断?
 馬鹿を言うんじゃない。単に怯えて来るな近寄るなと子供のように暴れただけじゃないか。
 ――コツ、コツ、と乾いた足音を立てて、『悪魔』の少女が近づいてくる。
 何のために。
 何のために苦しい訓練と辛い実戦を重ねてきたのか。
 ――コツ、と足音。
 子供のように暴れただけ。
 結局、私は、パーパとマーマを失ったあの日から何一つ変わってはいなかった!
 ――コツ、と足音。
「来るな……」
 銃を持つ手が震えているのが分かる。
 照準なんてとても合わせられないだろう。
 けれど、それ以外に何が出来る?
 無力な子供にすぎないサーシャ=クロイツェフに。他に何が出来る?
 ――コツ、と足音。
「来るなぁぁぁぁぁっ!!」
 引き金が絞られた。何度も何度も狂ったように。
 出鱈目に飛ぶ茨の釘。その内の一本が、たまたま偶然『悪魔』の頭に命中した。
 無意識にでも組んでいた術式の効果が、間近に迫っていた『悪魔』の頭蓋を砕き散らす。
 そして、サーシャは“見た”。

 彼女の術式で吹き飛んだ『悪魔』の頭。
 人間なら眼球と骨と肉と脳髄が詰まっているはずの場所には――何もなかった。
 見るもの全ての視線を吸い込み、奪わずにはいられないほどの、伽藍堂だった。

 マトリョーシカ、というおもちゃがある。
 大きな人形の中を開くと一回り小さな人形が入っていて、それを開くとまた……というものだ。
 『悪魔』の頭は、そのマトリョーシカの一番外側の人形だけを持ってきたかのように“何も入っていなかった”。
 まともな中身が詰まっていることを期待していたわけではなかったけれど、あまりに現実とは認めにくい光景に、サーシャは呆然としてしまう。
「……ふふ」
 半分だけ残った右目と、半分だけ残った唇で、『悪魔』は笑みを作った。
「あまり……怖がっている、感じじゃないですね。こういうの、慣れてるの……?」
 ゆっくりと顔面に開いた穴が塞がっていくのを見つめながら、サーシャはふらふらとうなずいていた。戦う相手の言葉に反応するなど、ゴーストバスターとしては落第だ。
『悪魔』はもう一歩サーシャに近づき、
「でも、普通の人には……怖いんだろうね。こんな――化け物みたいな体は。怯えて、避けて、それが当然だと思う。…………でも、居たの」
 歪な顔の、歪な笑み。
 人とは思えぬその有様に、サーシャは不覚にも、
「私を、友達だと言ってくれる人達が」
 “彼女”を、綺麗だと思った。
 触れれば解ける儚さを、愛おしいと感じてしまった。
「だから……ね? 貴女も大丈夫だよ」
「……わ、私は」
「私と違って、貴女はあの子の傍に居られてるじゃない。それに他にもたくさんの人達が貴女のことを想ってくれている。だから、少なくとも私よりは大丈夫。想うことに……想われることに、怯えないで。そういうのは……えっと」
 しばらく言葉を選ぶように間を置くと、彼女は腰をかがめてサーシャに視線の高さを合わせた。
「もったいない……よ?」
 雪解け水が大地に染み入るように、その言葉はサーシャの中に入ってきた。
 怯えないで、と。
 何もかも分かっていると言う様に。何もかも分かっているでしょうと言う様に。
 彼女が、つ、と背後を向いた。変わった事はない様にサーシャには思えたが、
「もうすぐ……あの人が来る」
「……、」
 誰のことを指して言っているのか、即座に分かった。
 おそらくインデックスがこの場所を教えたのだろう。幾度となく話し合って決めた場所だ。サーシャがここにいると予想できないはずがない。
 けど、
「どうすれば……いいの?」
 すがるような問いかけが唇からこぼれた。
 しかしその時にはもう、“体育館の屋上”にはサーシャと気絶したままの言祝以外に“人間”の姿はなかった。



 ダッシュダッシュさらにダッシュ。
 上条当麻はまだ走っていた。
 長時間の、それも混雑した中での全力疾走に、息は上がりまくっている。だがさっきまでとは違い、今ははっきりとした目的地があった。
 側頭部に押し当てた携帯電話から白シスターの声が聞こえる。
空想(イメージ)を現実に持ってくる魔術ってあるよね? あるの。三沢塾で錬金術師が使った黄金練成(アルス=マグナ)はその究極。で、私とサーシャで体育館に仕掛けようとしていた魔術はそれの応用版。“空想に沿う物を現実の中から選出する”術式なんだよ。数百人の観客が一斉に硝子の靴に注目した瞬間に発動させて、学園都市全域から「灰姫症候(シンデレラシンドローム)」を洗い出す計画だったんだよ』
「おいおい! 演劇を観に来る客には学生もいるんだぞ? それこそ三沢塾みたいなことになるんじゃないのか!?」
『そこらへんは大丈夫。観客の人達の空想を大気中のマナに一度転写して、そっちを使う手はずだから。魔術を使わせるんじゃなく、かけるだけだから超能力者でも問題ないよ』
「そうか? 本当にそうか? ……ん? 待てよ。その魔術、仕掛けるのはいいけどどうやって起動させるつもりだったんだ? お前と俺は魔術使えないし、サーシャに至っては舞台上だぞ」
『他に学園都市に潜入してるっていう人にお願いするつもりだったんだけど……指揮系統が違うのか全然連絡つかなくて。もし前日までに捕まらなかったら、イギリス清教かロシア成教から暇な人を適当に派遣してもらうって話になってたの』
「えらく行き当たりばったりだな……ともかく、その魔術の設置予定場所だったのが体育館の屋上なんだな?」
『そう。空想の収集、起動のタイミング合わせ、あと部外者が立ち入りにくいとか、色々条件を考えて決めたの。だからサーシャが何かしらの魔術を行使しようとしているなら、あそこが一番都合がいいはずだよ』
 それだけ聞ければ十分だ。どうせ他にあては無いのだから、全額そこに賭けるしかない。
 私は私に出来る事をやるから、というインデックスの言葉にうなずきを返して、通話を終える。
「にしても……ええい! すみませんそこ通してください! 通して!」
 人波を縫って走るのはかなり体力と集中力を消耗する。しかしそれ以上の現実問題として、
(体育館に着いたとして……屋上までどうやって登る!? 垂直飛びで届く高さじゃない。舞台袖の梯子は大道具や器材で埋まっちまってるだろうし、壁をよじ登るのは時間がかかり過ぎる!)
 初めからそういう場所を選んでいるのだから仕方ないと言えば仕方ないが、いざ追う立場になると面倒この上なかった。
 ちんたらしている時間も惜しいが考えてる時間も惜しい。目的地に近づけば近づくほど思考に回す余裕が消えていく。
 やがて組み立て中の神輿の向こうに、体育館の青い屋根が見えた。
 気のせいか、赤い制服も覗いたような気もする。あれ、どっちかっつーと青かったような……?
 近くに立てかける梯子でもあればと思い周囲を見回すが、生憎どれも使用中だった。
「くそっ! なんかないか、なんか!」
 体育館に着くまでに屋上に登る方法を見つけられなければ、もう間に合わない予感がする。
 ここまで散々遠回りしてしまったのだ。これ以上のロスは確実にまずい。
 しかし近くには梯子はおろか踏み台に使えそうな物すらもなく――

「おーいかみやーん! 皆の土御門さんが帰ってきたぜよー!」

 その時、走る上条の真正面から能天気な謎口調が飛んできた。
 “まるでたまたま通りがかったかのような”気楽さで、クラスの三馬鹿(デルタフォース)最後の一人、土御門元春が体育館玄関前に立っている。
「てめえ土御門! こんな時にお前どこに――」
 上条は怒声を上げようとして、思いとどまる。
 そうだ。もうこれしかない。
 上条は疾走のスピードを上げながら、
「土御門! 疑問を持つな! 何も言わず俺に合わせろ! 『空』!」
 駆ける勢いに乗って、謎の言葉が飛ぶ。
 上条の言葉の意味を理解したのか、土御門のサングラスがきらりと光った。
 遅れてやってきた金髪チェーンは素早くその場で倒立すると、両肘と両膝を曲げて全身のバネを溜める。
 そして叫ぶ。
「『愛』!」
 聞こえたと同時に上条はジャンプ。土御門が空へと向けた足の裏に乗っかるように。
 出来上がるのは大空へ羽ばたく準備だ。
 これぞ伝家の宝刀(マンガでよんだだけ)!
「「『台風』!!」」
 一気に体を伸ばした土御門を発射台にして、上条はさらに高く高く飛び上がる!
 目指すは――
 砲弾じみた勢いで屋上に現れた少年を、サーシャは立ち尽くしたまま見上げていた。
 口だけが無意識に呪文の続きを唱えている。
「九つ。今宵彼が来て……」
 ザザザザッ! という激しい音を立て、少年が着地する。
 肩で息をしながら、汗だくになりながらも視線は揺るがず。
 その姿はまるで絵本の主人公のようで。
 主人公みたいで。
 主人公らしくて。
 ――ああ。そうだ。
「十で。――とうとう幕が開く」
 呪文がまた変わる。
 赤い少女の全身に血が巡る感覚が甦る。
 銃把を握る手に力が戻る。
 役目を果たそうと思った。
 シンデレラを演じる役者としてではなく、
 全てを台無しにした「悪い魔女」として。






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