とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第四章-5

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第四章 羽ばたく者たち Cinderella_March


行間 三





『彼女』と『彼』が中学二年の時の話だ。
『彼女』は中学から学園都市に転入してきた生徒で、その分能力開発などで他の生徒と開きがあった。
 七年時間割り(カリキュラム)を続けてきた人間と、一年弱しか受けていない人間では差がつくのは当たり前だろう。しかし学園都市という街では子供達にとってあまりに閉鎖的で、偏執的だった。能力の差は地位の差であるとどんな小さな子供でも普通に認識し、そのように振舞っている。
『彼女』がいじめにあうようになるのに、そう時間はかからなかった。
 ――何十年分も進んだ科学技術を有し、誰でも超能力が使えるようになる夢の街。
 絵本や漫画の中にしかないと思っていた楽園。
 子供心に抱いていた憧れは、現実という言葉に完膚なきまでに叩き潰された。
 ここは絵物語のように都合の良いことばかりが並べ立てられた幻想の世界なんかじゃない。痛いことも辛いことも、醜く汚い感情さえも存在するただの現実。
 帰りたい、と。枕を濡らした夜は数え切れない。
 だが、ある日。
 電撃使いの子数人に火花で追い立てられていた時、

「てめぇら! 何してやがる!」

『彼』が現れたのだ。
 レベル0。
 序列で言えば『彼女』よりも格下。何の異能も持っていないはずの少年。
 だけど、その時思った。
 超能力という幻想を身に宿しているこの街の誰よりも、
 何も持たない『彼』の姿の方が、ずっと幻想(ゆめ)みたいだったって。


 久しぶりに開いた古い日記帳の一番初めのページを、『彼女』――言祝栞は愛おしげに指でなでる。
 日記をつけるようになったのは、あの日からだ。『彼』に助けてもらったことが嬉しくて、絶対に忘れたくなくてノートに書き留めた。翌朝になって「彼」のことだけが書かれたノートを見た途端、無性に恥ずかしくなってしまい、熱すぎる風呂を水で埋めるように書き重ねていったのが始まり。
「我ながらウブなことなのですよ。うっかり萌えちゃいそう」
 言祝はその日記帳を自室の机の引き出しに収め、しっかりと鍵をかけた。
 人に見られたくないというのももちろんだけど、あまり身近に置きすぎると、あの日の思い出が風化してしまうと思うから。
「うーん。女の子してるなー、私」
 言祝は実は独り言が結構多い。それがあまり知られていないのは、音声増幅(ハンディスピーカー)で不可聴音に変換しているからだった。というより、練習の為にやっていた行為がそのまま癖になったと言ったほうが正しい。
 次に監督少女が机の上に広げたのは、今日プレ公演を行った「シンデレラ」の台本。
 表紙をめくり、役名と配役が書き込まれたページを開く。
 並べて書かれた役名の先頭。『シンデレラ』の欄には『上条当麻』の名前が二重線で消され、その横の余白に『サーシャ=クロイツェフ』と記入されている。
「……………………」
 結果としては、これでよかったと思う。観客の評判も上々だったし、何より可愛い後輩の願いを叶えてあげることができた。
 それでも、思う所はあったりする。
 あの日、いじめっ子から助けてもらった後、『彼』と少しだけ話をした。
 学園都市の子、それも男の子と二人きりで話をしたのはあれが始めてだった。『外』の学校のことを話すと『彼』はとても面白そうに聞いてくれた。
 そんな中で、どうして学園都市に来ようと思ったのかと尋ねられた時、当時の言祝はこう答えたのだ。

「夢のような場所だって……思ったから」
「夢、ねぇ」
『彼』の反応は馬鹿にする風なものではなく、ただ単に理解できないといった様子だった。
「確かにここには『外』ではありえないようなものが山ほどあるけどさ、“それだけのことだろ”? 塀で遮られていたって、その気になれば歩いてたどり着ける場所でしかない。大げさに憧れたり失望したりするほどのものなんて、初めからこの街にはないんじゃないかな」
「…………」
 それは言祝には、とっくに失望してしまった人間の言葉に聞こえた。
 砂の丘を延々と登り続けるような、緩やかだが終わりのない絶望。
 自分が諦めていることにすら気づけていないのが、なおさら悲劇的だった。
「夢っていうならさ、ほらあるじゃん、『将来の夢』って。そういうもんの方がよっぽど追いかけるべきものだって思うぞ。言祝にはそういうの、ないのか?」
「え……っと、……………………………………………………舞台監督」
「いい夢じゃんか」
 と、言ってくれた。
 瞬間、思いついた。
 助けてもらったお礼に、言祝が出来ること。
「もし、ね」
「うん?」
「もし私が監督になったら、かみやんくんを主役にしてあげるのですよ」

 ――とまあ。そんなこっぱずかしいエピソードがあったのだ。
 とても人には言えない。まるで小学生の恋愛ごっこのような思い出話。
 あれから二年。上条はすっかり忘れてしまったようだけど、言祝はずっと覚えていて、ずっと努力をし続けてきた。
 誰よりも素晴らしい幻想(ゆめ)を持っているのに、それを気づいていなくて、気づいてももらえない彼の為に、彼が主役の物語を用意しよう。
 自分がお姫様でなくたっていい。彼を大切に思ってくれる人を、たくさんたくさん見つけてあげるんだって。
「……、」
 でもそんなのは、“世界で自分だけが彼のことを理解している”という思い上がりに過ぎないと、そのうち気づいた。
 言祝が何をしてもしなくても、上条当麻という人は体当たりで他人と接し続けた。時には対立したり、誤解されることもあったけど、次第に『誰かにとってその他大勢ではない人間』になっていった。
 それは言祝が上条と出会う前からずっとそうだったことで、今も、そして未来でも変わらない彼の生き方だ。
 わざわざ舞台の上に担ぎ上げなくても、上条は大丈夫。だんだんそう考えるようになっていく。
 決定的だったのは、上条がサーシャを連れてきた時のことだ。
 女の直感、とでも言おうか。“サーシャ=クロイツェフはこれからも上条当麻と関わっていく。彼を主人公とした物語のなかで”。そう確信してしまった。
 そして自分が、『上条を舞台の主役にすること』を自分にとってのゴールにしてしまっていたことを悟った。この舞台が終わればハッピーエンドだと、決めつけていた。
 そんな身勝手なエンディングに、これからも『誰かにとってその他大勢ではない人間』になっていく人を引きずりこんではいけない。
 だから。
 ――後のことは語るまでもない。
 満足のいく結果を出せたと思う。三日後の本番にも不安は微塵もない。
 最高の舞台が、上条とサーシャを中心にして出来上がるに違いない。
「だから」
 言祝は思いを言葉に変える。。
 だからこそ、これでめでたしめでたし(エンディング)にはしたくない。
 自分で決めたシナリオに浸るのではなく、これから先の誰にも予想のつかない舞台に出演して(とびこんで)いきたい。
 メガホンで遠くから声をかけるだけの生き方は、もうやめだ。
「つまるところ…………本格参戦なのですよ」
能力を使わなくても誰も聞いていない言葉は、ひそかな宣戦布告。級友達や、それ以外の大勢のヒロイン候補達への。
 恐れも気負いもない。
 女の子は皆、お姫様になるために生まれてきたのだから。



                    ◇   ◇


「…………と、そうだ」
 もう一つ気になることがあったんだっけ、と言祝は我に変える。
 今さらだが部屋の中を見回して、他に誰もいないことを確認。
 空間の中心に顔を向け、“意識して”、適当な言葉を呟く。

 「…………しゃーぶーしゃーぶー(×6)」

 口から出た声は一つ。
 耳に届いた声は“六つ”。
“部屋のあちこちから言祝の声が発せられたのだ”。
「5.1チャンネルサラウンド?」
 いやボケてる場合か。
 気づいたのは学生寮の自室に帰ってきた時。いつものように意味のない独り言を音声増幅で打ち消しつつ呟いていたら、声が変な方向から帰ってきたのだ。
 言祝の音声増幅は、本来自分の顔の前に空気の膜を作り、それを通り抜ける音の音量や周波数をある程度操作する能力だ。
 その気膜を、“何故か好きな場所に複数同時に”作ることが出来るようになっている。今のは顔の前に作った膜(仮に親膜としよう)で不可聴域に変換した声を部屋のそこここに配置した気膜(子膜でいいか)で可聴域に再変換し、更に自分の立っている場所に帰ってくるように指向性を持たせてみたのだ。
 これまでは――少なくとも昨日までは絶対に出来なかったことである。
 空気膜を一つ作るのと二つ作るのでは、思考演算は単純に二倍になるわけではない。音波の相互干渉、空気の密度変化など計算しなければならないことが山のように増える。だから年季の浅い言祝にはこれまで一つしか気膜を作ることが出来なかったのだ。
 それが何故か、超楽勝。まるで設計図が最初から頭の中にあるみたいだ。
 さっきは親一つに子六つの計七つを作ったが、この調子だと子膜は“十二個”くらい同時に作れそうな気がする。数字に特に理由はないけれど。
「しっかし……最近は開発の成績、そんなによくなかったんだけどなぁー」
 眠っていた才能が突然開花した――訳はないか。
 しかし、それにしても急激すぎる変化だ。
 すると、何かきっかけになるようなことでもあったのか。
「そう言えば――」
 昼間、理由はわからないけどサーシャが突然暴れだし、当身をくらって気絶して担ぎ上げられた後(冷静になってみるとすごいことをされたもんだ)、気がついたときには体育館の屋根の上で何やら『魔法陣』のようなものの中に寝かされていたが……
「……まさか、ね。話は聞かないと言っちゃった手前、撤回する訳にもいかないし。なるようになるのですよー」
 宿った“異質”を正しく認識することもなく、言祝は寝間着に着替えるためにクローゼットに向かった。
 図らずも、それが彼女を強引に『上条当麻の立っている舞台』に押し上げることになるのだが、それはまた別のお話。


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