とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

虚章

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虚章 語らう者たち My_Fair_Lady



 その建物は生きていた。
 パイプは血管、空調は肺、レンズは瞳、鉄は肌。
 命に近づきすぎた人工物、学園都市統括理事長の住む窓のないビル。
 赤い液体に満たされた水槽の中に逆さまに浮かぶ、男にも女にも大人にも子供にも聖人にも囚人にも見える『人間』アレイスターの前には、どのような技術によるものなのか空中にディスプレイが浮かび上がり、灰色の髪を後ろに流し儀礼用の法衣を着た精悍な顔立ちの男を映し出していた。
 口を開けば、出てきたのはイメージ通りの低音楽器のような重い声。
『礼は言わないことにするよ、アレイスター。君にあの子を任せてよいものかどうか、正直私は今でも迷っているんだ、科学の街の領主』
「結構なことだ、アレクセイ。二つ名は伊達ではないな」
 画面の中の男は不機嫌そうに顔を歪めた。
 ロシア成教、アレクセイ=クロイツェフ高司祭。
 三十代後半という若さで町教会の牧師からウスペンスキー聖堂の高司祭にまで登りつめた男で、信仰心はもちろん政治手腕もロシア成教内外を問わず高く評価されている。聖職者に対して使う言葉ではないが、いわゆる「やり手」というやつだった。
 年若い教徒達の面倒を真摯に見る姿から、『親鹿のアレクセイ』と呼ばれ敬われるほどの人物である。
 ――だが最近、とある日本かぶれのシスターが彼の二つ名をもじってこう呼んだ。
 曰く、『親馬鹿アレクセイ』。
 これが大流行。
 彼が義娘サーシャ=クロイツェフを溺愛してることは非常に有名である。何せ高司祭の地位を求めたのは女子寮のサーシャの部屋を一番日当たりのいい場所にするためだったというのだから筋金入りだ。他にも似たようなエピソードは思い出のアルバムをダンボールに詰めて積み上げて家を建てられるくらいある。近頃では礼拝に訪れた一般の信者にも親しみを込めて呼ばれるほど有名なあだ名になってしまった。
 当然というか何というか、本人はあまり嬉しくない。
『…………義娘(むすめ)にコスプレを強制するばかりか私にまでおかしなあだ名をつけおってからに、ワシリーサめ。大体自分の名前を棚に上げて人を馬鹿呼ばわりとはどういうことだ、ヒロイン気取りの厚顔無恥の厚化粧の……』
「非常に興奮しているところ申し訳ないが、話を戻すぞ。“当初の予定通り”、一端覧祭終了後、サーシャ=クロイツェフは学園都市の一学生として登録し、こちらの管理下に置く。『灰姫症候』の術者を捕らえるために負傷した駐在員の後任、という名目でな」
 アレイスターはなおもエキサイトする灰色の髪の男を上下逆さまに見ながら、ほくそ笑んで言った。
 この後、サーシャには殲滅白書から「こちらで『灰姫症候』の術者を捕らえることに成功した。しかし学園都市駐在のエージェントに負傷者が出たため、当分の間そこに留まり情報収集に従事せよ」という指令が下る手はずになっている。
 だが、『灰姫症候』の術者は本当は捕まったりはしていない。

 なぜなら今回の事件は、最初から最後までアレイスターとアレクセイ、そしてこの場にはいないがイギリス清教のローラ=スチュアートによって仕組まれた狂言だったからである。

 筋書きはこうだ。
「学園都市で危険性の高い魔術現象が発見された」という偽情報を使って、サーシャを学園都市に送り込む。当然本当はそんなもの存在していないのだから、いくら禁書目録の知識があっても見つかるはずがない。
 そしてある程度の期間を置いてから、サーシャの触りそうな場所に『迷子札』を仕掛ける。これはローラが作成した霊装とも呼べない子供のいたずらのようなもので、「魔術師とそうでない人間が同時に触れた時、魔術師に零時迷子(ヌーンインデペンデンス)が移動してきたような違和感を与える」効果を持つ。
 一度“『灰姫症候』を発見した”と思わせることで、居もしない術者の存在をサーシャに認識させ、学園都市に留まらせる理由に正当性を加味するために。
 この時点でサーシャが探索魔術を成功させたとしても、「効果範囲に居なかったか、素早く察知して身を隠した」という判断をアレクセイが下せばサーシャはそれに従うしかない。そして何らかの理由で失敗した場合は、その責任を取らせるという形にすれば一層自然に彼女を学園都市に置くことが出来る。
 サーシャ以外のエージェントが学園都市に来ている、というのも嘘。『迷子札』が失敗した時のために「こちらで魔術師を見つけたが逃げられた」という報告書を作るためのスケープゴートだ。
「とりあえずは想定の範囲内だ。“こちらの一般人が少々干渉したようだが”、概ね予定通りに転入生を迎え入れることが出来そうだよ」
『まあそれは何よりか、電脳の旗手。――ただし、これもあらかじめ決めてあったことだが、』
「分かっている。サーシャ=クロイツェフへの時間割り(カリキュラム)は行わない。特殊な能力の持ち主なので、不用意な投薬等は危険であるとでも言っておけば問題ないだろう。実際そのような扱いを受けている人間はいないでもない」
 超能力者は魔術を使うことが出来ない。対して、既に魔術を学んでいる人間が能力開発を受けた場合、能力が発現する可能性はあるが、やはり魔術は使えなくなる。土御門元春は、目覚めたチカラとの兼ね合いでギリギリ両方のスキルを保っている変り種である。
 学園都市に住むことになると言っても、建前の上ではロシア成教のエージェントとして任務を続行している訳だから、魔術師としてのスキルを失わせる訳にはいかない。
 だが、ならばどうしてそこまでして、彼女を学園都市に置かなければならないのか。
 アレクセイは重く、苦いものを噛みしめているような顔をして、
『…………「都市流し(エクソダス)」。最大主教(アークビショップ)からお聞きした時はまさかと思ったものだ、学徒の守護者』
 アレイスターは平然と返すのみだ。お互いの利益のためだと。
 姫神秋沙という少女がいる。
 保有する能力は『吸血殺し(ディープブラッド)』。カインの末裔、吸血鬼と呼ばれる者達を惑わし、誘い、殺害する魔性の毒。
 かつて彼女の故郷が吸血鬼に襲われた時、真っ先に事態の収容のために現場に到着したのは警察でも自衛隊でもなく、イギリスの騎士団だった。山と積み上げられた灰の中に無傷でたたずむ少女は、彼らに保護されたはずである。
 にも関わらず、姫神秋沙は魔術サイドのことなど何一つ知らないまま学園都市の霧ヶ丘女学院に入学している。
 いったい何故か。
 答えは一つ。吸血殺しの能力、そして存在がイギリス清教にとって決してプラスにならないと判断したローラの手によって、姫神は学園都市に送られたのだ。
 魔術サイドにおける猛毒も、科学サイドではその毒性を真の意味では発揮出来ない。あえて殺してしまわなかったのは、いつか役に立つと思ったからなのか、単純に命を救いたかったからなのか、ローラの真意は分からない。しかしその後も同じような理由で人、あるいは物がアレイスターに預けられることがたびたびあった。最近ではインデックスもこれに当てはまると言っていい。
 学園都市側のメリットは、魔術サイドの情報が少なからず得られるということだろう。もちろんその当りはローラも熟知してるので、油断はならないが。
 これをいつしか、アレイスター達の間では都市流しと呼ぶようになっていた。
『私が不甲斐ないばかりに、義娘の身が危なくなってきたのだ、ぜんまい仕掛けの仙人。八月のある日を境に義娘の『悪魔憑き』に異変が起きたと魔術局の奴らは言う。だが私は亡き友、あの子の本当の父親に誓ったのだ、あの子の幸いのためにあらゆる努力をすると。いかれた学者共などに義娘を渡してなるものか』
「ふむ。だがこの街には学生と教師と研究者しかいない。そして大抵の研究者は君の言ういかれた学者に当てはまると思うのだが、それでもいいのか?」
『…………………………』
 アレクセイは押し黙る。考えていなかった訳ではないだろう。ただいくら考えても、他の手段が思い浮かばなかったのだ。
 深く息を吸い込み、飲み込んで、飲み込んで、飲み込んで、
『もしかしたら……私はあの子を学校という場所で暮らさせてやりたいだけなのかもしれない、違う世界の魔王』
 それを聞いて、今度はアレイスターが口をつぐんだ。
 このアレクセイという男は、本当に馬鹿なのだろう。
 馬鹿な、親なのだろう。自分でもどうしようもないほどに。
「……私には理解できない感覚だな。しかもあれだけ自分のあだ名に文句をつけておきながら、他人のことは魔王呼ばわりか」
『許せ、鉄の城主。私の行動宣言(コマンドワード)は相手に相手自身を強く認識させるためのものなので、客観的なイメージが優先されてしまうのだ。それも慣れない日本語で話すとなれば、語彙の乏しさが誤解を招くこともあるだろう、薬漬け宇宙人標本』
「………………ローラといい君といい。今度の時節の挨拶には携帯ゲーム機と日本語トレーニングソフトを送らせてもらうことにしよう」
 世間話を楽しむ間柄でもない。アレクセイの機嫌がよくなったのを見計らって、アレイスターは通信を切った。昆虫のはばたきのような音を立てて、ディスプレイが消失する。
 残ったのは機械の低い振動音と、水槽内の気泡が時折立てる音だけ。
 いや。もう一つ。
「く、くくくく」
 魔王と呼ばれた人間の含み笑いが、ただっぴろい部屋に木霊する。

(全て計画通りだ。『悪魔憑き』は手順の短縮に大いに役立つだろう)

 アレイスターの脳内で、恐ろしい計画が組み立てられる。
 “八月二十八日の『御使堕し(エンゼルフォール)』事件”。原因の方は土御門元春が誤魔化してうやむやにしたようだが、あの時誰も予想すらしていなかった結果が密かに生まれていたのだ。
 成体幽霊の模範解答(ショートカット)を精神に刻み込まれた少女の中に、十二使徒をすら超越する量の天使の力(テレズマ)が注ぎ込まれた。それも単なるエネルギーとしてではなく、“明確な姿”をもって降臨したのだ。
 ロシア成教の魔術局はこう判断した。
 “その時『悪魔の設計図』は『天使の設計図』に書き換えられた”。
 おそらく次にサーシャが力を使ったとき、顕現するのは悪魔ではなく天使だ。魔術局の学者達はいち早くそれを予測し、研究に利用しようとした。これまで不確かだった『聖母』の資格の秘密に迫れるかもしれない、重要な調査対象であると。
 だがその能力はアレイスターにとっても非常に有用なものだった。そこで彼はローラを通してアレクセイに都市流しという「娘を助ける手段」を教え、紆余曲折の果てに見事『悪魔憑き』――いや、もうその名は相応しくないだろう――を手に入れたのである。
(短時間ではあるが、すでにヒューズ=カザキリの出現が確認された。あれがあれば最終信号(ラストオーダー)を使わずとも虚数学区を御せるかもしれない。く、くくくく……!)
 今回の事件は、最初から最後までアレイスター、ローラ、アレクセイの三者による狂言だった。
 しかし、“最後よりも後は”。
 再開幕(アンコール)は全て彼一人のものだった。
 魔王は自分の腹の中とも言える暗い部屋で、いつまでも笑い続ける。
 父親の願いも、子供達の想いも、全て愚弄して。



◇   ◇



 サーシャ=クロイツェフ。
 十三歳。ロシア国籍。
 第七学区、夕凪中学校へ留学生として転入予定。
 特例として、能力開発の単位は全て取得済みとする。極めて特異な能力を有しているため、待遇には統括理事会の指示を仰ぐこと。
 暫定能力序列(レベル)――4
 能力名――『天使憑き(エンジェルハウリング)






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