「ミサカ、巫女と美琴」
(3-18)
五和が繰り出したフリウリスピアの穂先は御坂美琴の身体を貫かなかった。
その直前、五和の視界から御坂美琴が消え去っていたのだ。
空を切ったフリウリスピアを引き戻す五和は初めて戸惑いの表情を浮かべる。
素早く周囲を探るが御坂美琴の気配を捉えられない。
それもそのはず今御坂美琴は地上10mの高さから五和を見下ろしていた。
照明器具を吊す鉄製の梁に足裏を貼り付けてぶら下がる姿はコウモリのようだ。
スーツの跳躍力と身体を流れる電流をコントロールし電磁石と化した自分自身の磁力を利
用して舞台を覆う鉄傘まで一気に跳び上がったのだ。
幸い、真下のブラックキャット(五和)はまだこちらに気付いていない。
常識を越えた五和の身体能力と槍の強度に押され気味だった御坂美琴はホッと一息付く。
その時ふとスーツの右胸に付いた数㎝の白い線に気付く。
だがそれは汚れではなかった。赤いスーツの裂け目から見える御坂美琴専用の胸部装甲板
(胸パッドともいう。しかも2枚重ね)だった。
フリウリスピアの切っ先は高い耐刃性能を持つバトルスーツを易々と切り裂き、その傷は
胸パッドにまで達していた。
(えっ、なんでスーツが裂けてんの?
あ─────────っ!胸パッドまで裂けてる!!)
どうやら学園都市製防刃スーツが切り裂かれたことより胸パッドが傷ついたことがよほど
ショックだったらしい。
御坂美琴の脳裏に思い出が走馬燈のように蘇える。
初めての邂逅は黒子と行った『学舎の園』のランジェリーショップであった。
売れ残りの哀愁漂う一画に佇むその偉容に目を奪われてしまった。
その時は買うどころか手にとることすらできなかった。
そんな胸部に自信のない女の子に勇気をくれる夢のアイテムが支給品という形で合法的に
手に入った時は思わず小躍りしてしまった。
その後スーツに着替える度に姿見に全身を映すことが習慣になった。
鏡に向かって色んなポーズをしては将来の栄光(とりあえずはBカップ)を夢見ていた。
だから御坂美琴は悔しくて堪らない。
(裂けたのがスーツだけだったら胸パッドは再利用できたのに……………………
あっ!でもこれは私利私欲で言ってるんじゃなくて…………えーっと…………
そう!地球環境を考えれば限りある資源の再利用は人類の義務なんだから!)
そう自分自身に言い聞かせる御坂美琴であった。
だからこそ再利用できないような傷を胸パッドに付けた反エコロジーな悪の女幹部を許す
訳にはいかない、と心の中で結論づける。
御坂美琴は夢を与えてくれた親友(胸パッド)に感謝を、自分の身代わりとなり巨乳女の
刃に傷ついた戦友(胸パッド)に哀悼の意を送る。
もし戦友(胸パッド)がなければ乙女の柔肌に傷がついていたかもしれない。
もっとも上げ底(胸パッド)がなければスーツが傷つくことすらなかったのだが…………
そのことには言及しない方が賢明だろう。
本件終了後『もう少し胸がデカかったら危なかったな。良かったな。胸が小さくて』と言
った上条が御坂美琴にゲンコツで殴られたのは自業自得といえる。
(身を挺して私を庇ってくれたあなた達の犠牲は決して無駄にはしない。
仇は私がキッチリ取ってあげる。
見てなさい。あの巨乳女をコテンパンに叩きのめしてあげる!!)
今日一番の闘志を燃え上がらせた御坂美琴は(照明用ライトの一つでも頭に叩き付けて
やろうかしら)と周囲を見回す。
そして左右に吊されている手近な照明用ライトを磁力で引き寄せようとした時、天井の
御坂美琴に気付いた五和と目が合ってしまった。
(3-19)
一方、御坂美琴を圧倒しているように見えた五和も実際には余裕など無かった。
表情にこそ出さないが現時点において自分と御坂美琴との差が紙一重ほどもないことを十
分理解していた。
通常、魔術師同士の闘いは敵に遭遇するまでに勝敗は決しているものだ。
敵の力量と闘いの展開をどれほど正確に分析・予測できるか、そしていかに自分に有利な
場所と時間を設定しどれだけの術式を事前に準備しておけるかが勝敗を分ける。
だから五和もこの勝負のために丸5日かけて入念な準備を行ってきた。
なにしろ聖人に匹敵する超能力者(レベル5)が相手である。
考えられるありとあらゆる魔術的補強を施してもし過ぎるということはない。
その対象はフリウリスピアやコスプレ衣装に留まらず、この特設会場にさえ及んでいる。
生身の五和が常人を凌駕するスピードを出せるのも、フリウリスピアが砂鉄の剣と互角に
打ち合えるのも魔術的補強のおかげなのだ。
それに五和は御坂美琴の実力を本人以上に理解している。
可能な限りの魔術的補強を施し防御術式を展開していたとしてもレールガンが直撃すれば
どうなるか?
運が良ければ一撃目は凌げるかもしれない。
しかし一撃目で綻んだ防御術式を組み直す前に二撃目を受ければそれでお終いなのだ。
だから常に観客席を背にしてレールガンを撃たせないようにする必要があった。
避雷針として使った鉛筆は御坂美琴の雷撃の槍を二度防いでくれた。
五和のハッタリを御坂美琴が真に受けたから良かったがもう一度雷撃の槍が放たれていた
ら鉛筆は耐え切れずに跡形もなく砕け散ったに違いない。
御坂美琴自身自覚していないが御坂美琴の性能(スペック)は五和達魔術師から見ても桁
外れなのだ。
フリウリスピアに樹脂を吹きつけてはやすりで削るという作業を1000回以上繰り返し
刻み込んだ『樹木の年輪』の象徴はフリウリスピアの強度を限界まで引き上げている。
そして舗装された特設会場を戦場に選ぶことで変幻自在な攻撃を繰り出せる砂鉄の剣の威
力を大幅に削ぐこともできた。
だから一日の長のある剣技によって御坂美琴を押し込むことができるのだ。
ただし能力者との接近戦を選んだことが五和から魔術攻撃という選択肢を奪ったのも事実だ。
魔術とは能力を持てなかった人間が能力者に近づくために編み出した技術である。
能力者相手にクイックドロー(早撃ち)を挑んでも勝ち目が無いことは判っている。
術式を組み上げている間に能力者の攻撃が魔術師を打ち倒しているだろう。
例えステイル=マグヌスであっても炎剣を出すにはルーンのカードを取り出す時間が必要になる。
だから一流の魔術師はどんな時だろうが無防備な状態は作らないし周囲の警戒も怠らない。
超能力者を前にして術式の組み上げに時間を費やすなどはただの自殺行為でしかない。
だから術式はあと一動作のみで発動するように予め組み上げておかなければならない。
とはいえ不安定な術式をいくつも抱えたまま闘えば何時それらが暴発するか判らない。
結局、携えられた術式はほんの僅かだった。
(あれだけ何日も前から入念に準備して相手の切り札まで封じ込めたって言うのに
これでようやく対等だなんて……………………
ホント、超能力者(レベル5)ってバケモノですね。イヤになります)
つい愚痴をこぼしたくなる五和だった。
だが愚痴をこぼす前に、先ほどまでの闘いで消費した気を急いで補充しなければならない。
天井の御坂美琴を見据えつつ、五和は静かに呼吸を整えて丹田に送り込んだ大量の気を
必死に練り上げていく。
(3-20)
「そんなところに隠れていたんですか?『雷光のレッド』さん」
「やっと見つけてくれたのね。『ブラックキャット』さん」
「上に逃げたのは良いですけど、それから一体どうするんですか?
飛び降りてきたら串刺しですよ」
「へーっ、心配してくれるんだ。でもその心配は無用かもねっ!!」
そう言いながら御坂美琴は左右の照明用ライトを磁力で引き寄せ根本から引き千切ると
両手を振るってそれらを五和目掛けて投げつける。
「ゴォーッ!」と唸りをあげて二基の照明用ライトが五和に襲いかかる。
しかし五和はフリウリスピアの一閃でそれらをいとも簡単に弾き飛ばしてしまう。
「そんなもので私にダメージを与えられるとでも……………………えっ?」
フリウリスピアを振り抜いた五和は一瞬前まで天井にいた御坂美琴をまたもや見失っていた。
御坂美琴は照明用ライトが五和の視界を遮った瞬間に天井を勢いよく蹴り飛ばしていた。
空中で半回転したものの墜落と言った方が良い着地の衝撃はスーツで吸収しきれず御坂
美琴の全身を軋ませる。
(痛ぅ──────────っ!)
骨の随まで響く痛みが御坂美琴の踵から背骨を通って頭頂まで一気に駆け抜ける。
余りの痛さに涙が出そうになるがグッと歯を食いしばり堪える。
この一瞬が勝負を決めるのだ。
御坂美琴は未だ痺れが残る両足を無理やり動かし五和に向けてダッシュした。
御坂美琴の奇襲に五和の迎撃は僅かに遅れてしまう。
突進してくる御坂美琴へ向け慌てて刺突を繰り出したものの今までの鋭さは無かった。
半身になってフリウリスピアを右にかわす御坂美琴は身を捻りながら砂鉄の剣を自分の
身体に巻き付けるように振り上げる。
勢いよく振り上げた砂鉄の剣はフリウリスピアを大きく弾き上げる。
そして返す刀でガラ空きとなった五和の胴を水平に薙ぎ払う。
バランスを崩し後方へ倒れかかっているブラックキャットがこの一撃を防げるとは到底思えない。
(勝った!)
しかし御坂美琴のその確信が油断を生んでしまう。
後方に倒れながらも五和は横蹴りを放ちヒールの踵を御坂美琴の鳩尾に叩き込んだ。
本来バランスを崩した状態で繰り出される蹴りに大した威力などあるはずが無い。
これが普通の闘いなら相手の蹴りを警戒しなかったからといって責められることはない。
事実、物理的ダメージなら学園都市製防弾・防刃・耐爆スーツが完璧に防いでいた。
しかし相手が魔術師であることを忘れていたのは完全に御坂美琴の油断だ。
蹴りと同時に踵に組み込まれていた術式が発動すると、その衝撃はスーツを素通りし御坂
美琴に直接ダメージを叩き込んだ。
「うぐぅっ!」
御坂美琴から苦悶の声が漏れだす。
叩き込まれた衝撃はそれが腹から背中に抜ける間に御坂美琴の体温を根こそぎ奪い去った。
今まで経験したことのないダメージに御坂美琴の動きが完全に止まってしまう。
そんな御坂美琴に対して五和は体勢を立て直すとフリウリスピアを大きく振り上げる。
(ダメ!この状態でまともに打撃を喰らっちゃ絶対にダメ!早く避けなきゃ!)
御坂美琴の思考は緊急回避命令を発信するものの身体は全く反応してくれない。
(ダメ!全然動かない!!)
その時「ダァン!バキッ!」とどこかで何かが壊れる音がした。
その音に気を取られたのか槍を振りかぶった五和は一瞬視線を横に動す。
その間も御坂美琴は全身の筋肉に向けて必死に指令を送り続ける。
(動け!動け!動け!動け!動け!)
しかしいくら指令を送っても身体はまだ上手く動いてくれない。
(もう少し。あとちょっとで…………)
しかし御坂美琴が回復する前に五和は再び視線を御坂美琴に戻す。
必死にもがく御坂美琴目掛けて五和は上段に構えたフリウリスピアを一気に振り下ろすと
舞台に「バキッ」っという低い打撃音が鳴り響いた。
その時、御坂美琴は振り下ろされる槍から最後まで目を逸らさなかった。
絶対に気を失うまいと歯を食いしばってその瞬間に備えていた。
しかしいつまで経っても槍は御坂美琴の身体を打ち付けない。
槍が振り下ろされた時、耳の直ぐ傍で低い打撃音が鳴り響いたのは確かだ。
事実、目の前には槍を振り下ろした姿勢の女幹部が見える。
ただ、その視線は自分ではなくなぜか自分の後方を向いている。
御坂美琴はダメージの残る身体をゆっくり捻って後方へ視線を向ける。
そこには薄紫色に光るマジカルステッキを両手で掲げた超機動少女カナミンの姿があった。
(3-18)
五和が繰り出したフリウリスピアの穂先は御坂美琴の身体を貫かなかった。
その直前、五和の視界から御坂美琴が消え去っていたのだ。
空を切ったフリウリスピアを引き戻す五和は初めて戸惑いの表情を浮かべる。
素早く周囲を探るが御坂美琴の気配を捉えられない。
それもそのはず今御坂美琴は地上10mの高さから五和を見下ろしていた。
照明器具を吊す鉄製の梁に足裏を貼り付けてぶら下がる姿はコウモリのようだ。
スーツの跳躍力と身体を流れる電流をコントロールし電磁石と化した自分自身の磁力を利
用して舞台を覆う鉄傘まで一気に跳び上がったのだ。
幸い、真下のブラックキャット(五和)はまだこちらに気付いていない。
常識を越えた五和の身体能力と槍の強度に押され気味だった御坂美琴はホッと一息付く。
その時ふとスーツの右胸に付いた数㎝の白い線に気付く。
だがそれは汚れではなかった。赤いスーツの裂け目から見える御坂美琴専用の胸部装甲板
(胸パッドともいう。しかも2枚重ね)だった。
フリウリスピアの切っ先は高い耐刃性能を持つバトルスーツを易々と切り裂き、その傷は
胸パッドにまで達していた。
(えっ、なんでスーツが裂けてんの?
あ─────────っ!胸パッドまで裂けてる!!)
どうやら学園都市製防刃スーツが切り裂かれたことより胸パッドが傷ついたことがよほど
ショックだったらしい。
御坂美琴の脳裏に思い出が走馬燈のように蘇える。
初めての邂逅は黒子と行った『学舎の園』のランジェリーショップであった。
売れ残りの哀愁漂う一画に佇むその偉容に目を奪われてしまった。
その時は買うどころか手にとることすらできなかった。
そんな胸部に自信のない女の子に勇気をくれる夢のアイテムが支給品という形で合法的に
手に入った時は思わず小躍りしてしまった。
その後スーツに着替える度に姿見に全身を映すことが習慣になった。
鏡に向かって色んなポーズをしては将来の栄光(とりあえずはBカップ)を夢見ていた。
だから御坂美琴は悔しくて堪らない。
(裂けたのがスーツだけだったら胸パッドは再利用できたのに……………………
あっ!でもこれは私利私欲で言ってるんじゃなくて…………えーっと…………
そう!地球環境を考えれば限りある資源の再利用は人類の義務なんだから!)
そう自分自身に言い聞かせる御坂美琴であった。
だからこそ再利用できないような傷を胸パッドに付けた反エコロジーな悪の女幹部を許す
訳にはいかない、と心の中で結論づける。
御坂美琴は夢を与えてくれた親友(胸パッド)に感謝を、自分の身代わりとなり巨乳女の
刃に傷ついた戦友(胸パッド)に哀悼の意を送る。
もし戦友(胸パッド)がなければ乙女の柔肌に傷がついていたかもしれない。
もっとも上げ底(胸パッド)がなければスーツが傷つくことすらなかったのだが…………
そのことには言及しない方が賢明だろう。
本件終了後『もう少し胸がデカかったら危なかったな。良かったな。胸が小さくて』と言
った上条が御坂美琴にゲンコツで殴られたのは自業自得といえる。
(身を挺して私を庇ってくれたあなた達の犠牲は決して無駄にはしない。
仇は私がキッチリ取ってあげる。
見てなさい。あの巨乳女をコテンパンに叩きのめしてあげる!!)
今日一番の闘志を燃え上がらせた御坂美琴は(照明用ライトの一つでも頭に叩き付けて
やろうかしら)と周囲を見回す。
そして左右に吊されている手近な照明用ライトを磁力で引き寄せようとした時、天井の
御坂美琴に気付いた五和と目が合ってしまった。
(3-19)
一方、御坂美琴を圧倒しているように見えた五和も実際には余裕など無かった。
表情にこそ出さないが現時点において自分と御坂美琴との差が紙一重ほどもないことを十
分理解していた。
通常、魔術師同士の闘いは敵に遭遇するまでに勝敗は決しているものだ。
敵の力量と闘いの展開をどれほど正確に分析・予測できるか、そしていかに自分に有利な
場所と時間を設定しどれだけの術式を事前に準備しておけるかが勝敗を分ける。
だから五和もこの勝負のために丸5日かけて入念な準備を行ってきた。
なにしろ聖人に匹敵する超能力者(レベル5)が相手である。
考えられるありとあらゆる魔術的補強を施してもし過ぎるということはない。
その対象はフリウリスピアやコスプレ衣装に留まらず、この特設会場にさえ及んでいる。
生身の五和が常人を凌駕するスピードを出せるのも、フリウリスピアが砂鉄の剣と互角に
打ち合えるのも魔術的補強のおかげなのだ。
それに五和は御坂美琴の実力を本人以上に理解している。
可能な限りの魔術的補強を施し防御術式を展開していたとしてもレールガンが直撃すれば
どうなるか?
運が良ければ一撃目は凌げるかもしれない。
しかし一撃目で綻んだ防御術式を組み直す前に二撃目を受ければそれでお終いなのだ。
だから常に観客席を背にしてレールガンを撃たせないようにする必要があった。
避雷針として使った鉛筆は御坂美琴の雷撃の槍を二度防いでくれた。
五和のハッタリを御坂美琴が真に受けたから良かったがもう一度雷撃の槍が放たれていた
ら鉛筆は耐え切れずに跡形もなく砕け散ったに違いない。
御坂美琴自身自覚していないが御坂美琴の性能(スペック)は五和達魔術師から見ても桁
外れなのだ。
フリウリスピアに樹脂を吹きつけてはやすりで削るという作業を1000回以上繰り返し
刻み込んだ『樹木の年輪』の象徴はフリウリスピアの強度を限界まで引き上げている。
そして舗装された特設会場を戦場に選ぶことで変幻自在な攻撃を繰り出せる砂鉄の剣の威
力を大幅に削ぐこともできた。
だから一日の長のある剣技によって御坂美琴を押し込むことができるのだ。
ただし能力者との接近戦を選んだことが五和から魔術攻撃という選択肢を奪ったのも事実だ。
魔術とは能力を持てなかった人間が能力者に近づくために編み出した技術である。
能力者相手にクイックドロー(早撃ち)を挑んでも勝ち目が無いことは判っている。
術式を組み上げている間に能力者の攻撃が魔術師を打ち倒しているだろう。
例えステイル=マグヌスであっても炎剣を出すにはルーンのカードを取り出す時間が必要になる。
だから一流の魔術師はどんな時だろうが無防備な状態は作らないし周囲の警戒も怠らない。
超能力者を前にして術式の組み上げに時間を費やすなどはただの自殺行為でしかない。
だから術式はあと一動作のみで発動するように予め組み上げておかなければならない。
とはいえ不安定な術式をいくつも抱えたまま闘えば何時それらが暴発するか判らない。
結局、携えられた術式はほんの僅かだった。
(あれだけ何日も前から入念に準備して相手の切り札まで封じ込めたって言うのに
これでようやく対等だなんて……………………
ホント、超能力者(レベル5)ってバケモノですね。イヤになります)
つい愚痴をこぼしたくなる五和だった。
だが愚痴をこぼす前に、先ほどまでの闘いで消費した気を急いで補充しなければならない。
天井の御坂美琴を見据えつつ、五和は静かに呼吸を整えて丹田に送り込んだ大量の気を
必死に練り上げていく。
(3-20)
「そんなところに隠れていたんですか?『雷光のレッド』さん」
「やっと見つけてくれたのね。『ブラックキャット』さん」
「上に逃げたのは良いですけど、それから一体どうするんですか?
飛び降りてきたら串刺しですよ」
「へーっ、心配してくれるんだ。でもその心配は無用かもねっ!!」
そう言いながら御坂美琴は左右の照明用ライトを磁力で引き寄せ根本から引き千切ると
両手を振るってそれらを五和目掛けて投げつける。
「ゴォーッ!」と唸りをあげて二基の照明用ライトが五和に襲いかかる。
しかし五和はフリウリスピアの一閃でそれらをいとも簡単に弾き飛ばしてしまう。
「そんなもので私にダメージを与えられるとでも……………………えっ?」
フリウリスピアを振り抜いた五和は一瞬前まで天井にいた御坂美琴をまたもや見失っていた。
御坂美琴は照明用ライトが五和の視界を遮った瞬間に天井を勢いよく蹴り飛ばしていた。
空中で半回転したものの墜落と言った方が良い着地の衝撃はスーツで吸収しきれず御坂
美琴の全身を軋ませる。
(痛ぅ──────────っ!)
骨の随まで響く痛みが御坂美琴の踵から背骨を通って頭頂まで一気に駆け抜ける。
余りの痛さに涙が出そうになるがグッと歯を食いしばり堪える。
この一瞬が勝負を決めるのだ。
御坂美琴は未だ痺れが残る両足を無理やり動かし五和に向けてダッシュした。
御坂美琴の奇襲に五和の迎撃は僅かに遅れてしまう。
突進してくる御坂美琴へ向け慌てて刺突を繰り出したものの今までの鋭さは無かった。
半身になってフリウリスピアを右にかわす御坂美琴は身を捻りながら砂鉄の剣を自分の
身体に巻き付けるように振り上げる。
勢いよく振り上げた砂鉄の剣はフリウリスピアを大きく弾き上げる。
そして返す刀でガラ空きとなった五和の胴を水平に薙ぎ払う。
バランスを崩し後方へ倒れかかっているブラックキャットがこの一撃を防げるとは到底思えない。
(勝った!)
しかし御坂美琴のその確信が油断を生んでしまう。
後方に倒れながらも五和は横蹴りを放ちヒールの踵を御坂美琴の鳩尾に叩き込んだ。
本来バランスを崩した状態で繰り出される蹴りに大した威力などあるはずが無い。
これが普通の闘いなら相手の蹴りを警戒しなかったからといって責められることはない。
事実、物理的ダメージなら学園都市製防弾・防刃・耐爆スーツが完璧に防いでいた。
しかし相手が魔術師であることを忘れていたのは完全に御坂美琴の油断だ。
蹴りと同時に踵に組み込まれていた術式が発動すると、その衝撃はスーツを素通りし御坂
美琴に直接ダメージを叩き込んだ。
「うぐぅっ!」
御坂美琴から苦悶の声が漏れだす。
叩き込まれた衝撃はそれが腹から背中に抜ける間に御坂美琴の体温を根こそぎ奪い去った。
今まで経験したことのないダメージに御坂美琴の動きが完全に止まってしまう。
そんな御坂美琴に対して五和は体勢を立て直すとフリウリスピアを大きく振り上げる。
(ダメ!この状態でまともに打撃を喰らっちゃ絶対にダメ!早く避けなきゃ!)
御坂美琴の思考は緊急回避命令を発信するものの身体は全く反応してくれない。
(ダメ!全然動かない!!)
その時「ダァン!バキッ!」とどこかで何かが壊れる音がした。
その音に気を取られたのか槍を振りかぶった五和は一瞬視線を横に動す。
その間も御坂美琴は全身の筋肉に向けて必死に指令を送り続ける。
(動け!動け!動け!動け!動け!)
しかしいくら指令を送っても身体はまだ上手く動いてくれない。
(もう少し。あとちょっとで…………)
しかし御坂美琴が回復する前に五和は再び視線を御坂美琴に戻す。
必死にもがく御坂美琴目掛けて五和は上段に構えたフリウリスピアを一気に振り下ろすと
舞台に「バキッ」っという低い打撃音が鳴り響いた。
その時、御坂美琴は振り下ろされる槍から最後まで目を逸らさなかった。
絶対に気を失うまいと歯を食いしばってその瞬間に備えていた。
しかしいつまで経っても槍は御坂美琴の身体を打ち付けない。
槍が振り下ろされた時、耳の直ぐ傍で低い打撃音が鳴り響いたのは確かだ。
事実、目の前には槍を振り下ろした姿勢の女幹部が見える。
ただ、その視線は自分ではなくなぜか自分の後方を向いている。
御坂美琴はダメージの残る身体をゆっくり捻って後方へ視線を向ける。
そこには薄紫色に光るマジカルステッキを両手で掲げた超機動少女カナミンの姿があった。