4
駅のホームの隅にあるベンチに1人の男が座っていた。
別に電車に乗るためではない。彼は人混みを避ける必要があった。
(やはりな…さっきからチョロチョロとしている奴らがいなくなりやがった)
彼は尾行されていた。
雲川と別れ、高校を出た途端、尾行され始めた事に気付いた。
裏路地を選ばなかったのは、一端覧祭の準備をしている学生が近道として何人か通っていたからだ。下手に巻き込んで勝手に死なれても困るし、何より彼の美学に反する。
(あーあ。やっぱこういう馬鹿騒ぎは嫌いだわ)
彼がそんな事を思いながら毒づき天を仰ぐと、ふと横合いから声がかかってきた。
「あの…すみません。垣根帝督さんですか?」
「あん?」
垣根は訝しげに声のした方に視線を向ける。
声の主は男。年齢は16か17だろうか。学生服のボタンを全開にしているが、その風貌は何故か真面目そうにも見える。耳と眉にかかる程度の黒髪はパーマをかけているのか微妙にウェーブしている。
(こいつ…ほとんど気配もなく現れたが…)
垣根は気配を感じさせずに近づいてきたこの男を怪しんだが、それ以上に不可解な点がある。
「なぜ俺の名を知っている?」
垣根は表向きでは死んだはずだ。当然、この世に存在しているはずがないし、そもそも垣根の顔と名前を知る者は『表』の世界にはほとんどいないはずだ。という事は…、
「失礼しました。私、特久池栄光(とくちえいこう)と申します。実はあなたにご用命がありまして―――」
しかし少年の言葉は最後まで続かなかった。
別に電車に乗るためではない。彼は人混みを避ける必要があった。
(やはりな…さっきからチョロチョロとしている奴らがいなくなりやがった)
彼は尾行されていた。
雲川と別れ、高校を出た途端、尾行され始めた事に気付いた。
裏路地を選ばなかったのは、一端覧祭の準備をしている学生が近道として何人か通っていたからだ。下手に巻き込んで勝手に死なれても困るし、何より彼の美学に反する。
(あーあ。やっぱこういう馬鹿騒ぎは嫌いだわ)
彼がそんな事を思いながら毒づき天を仰ぐと、ふと横合いから声がかかってきた。
「あの…すみません。垣根帝督さんですか?」
「あん?」
垣根は訝しげに声のした方に視線を向ける。
声の主は男。年齢は16か17だろうか。学生服のボタンを全開にしているが、その風貌は何故か真面目そうにも見える。耳と眉にかかる程度の黒髪はパーマをかけているのか微妙にウェーブしている。
(こいつ…ほとんど気配もなく現れたが…)
垣根は気配を感じさせずに近づいてきたこの男を怪しんだが、それ以上に不可解な点がある。
「なぜ俺の名を知っている?」
垣根は表向きでは死んだはずだ。当然、この世に存在しているはずがないし、そもそも垣根の顔と名前を知る者は『表』の世界にはほとんどいないはずだ。という事は…、
「失礼しました。私、特久池栄光(とくちえいこう)と申します。実はあなたにご用命がありまして―――」
しかし少年の言葉は最後まで続かなかった。
ガンッ、ガンッ、ドンッ!と銃声と小型ミサイルを撃ち込んだような爆音が響いたからだ。
突然の銃撃に、辺りの人間が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「ふん、さっきのネズミどもか。どうやらコソコソと尾け回すのはやめて正面から潰しにかかってきたわけか。上等だ。試運転には丁度いい」
垣根は攻撃を交わしつつ歪な笑顔を見せる。義手になってから戦闘で能力を使った事がなかったので、いいテストになると思っていた。が――
「待って下さい。こんな所であなたが能力を解放すれば辺り一面が吹き飛んでしまいます。ここは私に任せて下さい」
特久池はあわてて割り込む。
既に吹き飛びかけてるだろ、と垣根は言おうとしたがその声は発せられなかった。
特久池が垣根の肩を掴むと2人はこの場から消え去ってしまったからだ。
突然の銃撃に、辺りの人間が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「ふん、さっきのネズミどもか。どうやらコソコソと尾け回すのはやめて正面から潰しにかかってきたわけか。上等だ。試運転には丁度いい」
垣根は攻撃を交わしつつ歪な笑顔を見せる。義手になってから戦闘で能力を使った事がなかったので、いいテストになると思っていた。が――
「待って下さい。こんな所であなたが能力を解放すれば辺り一面が吹き飛んでしまいます。ここは私に任せて下さい」
特久池はあわてて割り込む。
既に吹き飛びかけてるだろ、と垣根は言おうとしたがその声は発せられなかった。
特久池が垣根の肩を掴むと2人はこの場から消え去ってしまったからだ。
垣根と特久池は廃ビルの一室にいた。先ほどの位置から200メートルほど離れている。
「へー、お前『空間移動能力者』だったのか。しかもこの移動性能を考えるとレベル4…限りなくレベル5に近いな」
垣根は感心したのか特久池の能力を評価している。
「…。とりあえずここならしばらくは大丈夫でしょう。あんな所でやり合っては確実に関係ない方まで死んでしまいますからね。垣根さんもそれは本望ではないでしょう?」
その言葉に垣根は適当に頷くと、
「で、お前は何者なんだ?どうして俺を助けた?そもそも何故俺は襲われてんだ?」
特久池は薄笑いを浮かべて答える。
「それなら順を追って話した方がいいでしょうね。なあに、いつも通り『上』の連中がまたロクでもない事をしようとしているんですよ」
「へー、お前『空間移動能力者』だったのか。しかもこの移動性能を考えるとレベル4…限りなくレベル5に近いな」
垣根は感心したのか特久池の能力を評価している。
「…。とりあえずここならしばらくは大丈夫でしょう。あんな所でやり合っては確実に関係ない方まで死んでしまいますからね。垣根さんもそれは本望ではないでしょう?」
その言葉に垣根は適当に頷くと、
「で、お前は何者なんだ?どうして俺を助けた?そもそも何故俺は襲われてんだ?」
特久池は薄笑いを浮かべて答える。
「それなら順を追って話した方がいいでしょうね。なあに、いつも通り『上』の連中がまたロクでもない事をしようとしているんですよ」
5
土御門は険しい表情になっていた。原因は天草式の少女・五和の話だ。
五和の話はこうだ。
ロシアのある魔術結社が、ある特定の条件の下、人間をかき集めている事。
それに伴い、ロシア成教がその魔術結社の殲滅にあたっている事。
それとは別にロシア政府が再び『実験』と呼ばれるものを再開しようとしている事。
これだけでも充分に怪しいのだが、土御門が気にかけている事はそこではない。
五和の話はこうだ。
ロシアのある魔術結社が、ある特定の条件の下、人間をかき集めている事。
それに伴い、ロシア成教がその魔術結社の殲滅にあたっている事。
それとは別にロシア政府が再び『実験』と呼ばれるものを再開しようとしている事。
これだけでも充分に怪しいのだが、土御門が気にかけている事はそこではない。
とある地域から、瞬間的ではあるものの『天使長』クラスと思われる魔力が感知された事。
魔術に携わる者であれば、この事態の深刻さは言葉にするまでもない。
これがロシアの件とどのような繋がりがあるかはわからないが、世界を揺るがす程の何かが起ころうとしているのは確かだ。
これがロシアの件とどのような繋がりがあるかはわからないが、世界を揺るがす程の何かが起ころうとしているのは確かだ。
「で、『必要悪の教会』はどう動くんだ?」
「ロシアの件に関してはとりあえず静観するようです。ただちょっと気になる事があって…」
五和は一度言葉を切り、ここが重要だと言わんばかりに土御門の目を見て、
「件の膨大な魔力が学園都市に近づいているんです」
「何だと?」
「遠回りしながらではあるんですけどね。これに関してはイギリス清教も放ってはおけない…という事で私が派遣されてきたんですよ」
五和の話を聞き、土御門は右手を顎に添えて少し考える。
一体、それほどの魔力を誰が行使しているのか。一応、心当たりがないわけではないが、その可能性は先日『幻想殺し』の少年がゼロにしたばかりだ。
あらゆる可能性を検索しようとするが、頭の中にそれに該当するようなデータは見当たらない。
土御門は少し歯噛みした。そんな土御門の様子を見ていた五和が、
「わ、私なんかじゃ頼りないですよね…。そうですよね、女教皇様が来て下さった方がいいに決まってますよね…」
途端に小さくなっていく五和。そんな彼女を見て土御門が慌ててフォローを入れる。
「いんや、そんな事はないにゃー。聖人を退けた魔術師がいるのなら鬼に金棒だぜい」
「そ、そうですか…?」
うんうん、と頷いてとりあえず五和の病みモードを回避する。
五和は気を取り直して、少し大きめな胸の前で両手を組み、
「でも今回はバックアップも来ますよ。確かステイルさんとシェリーさんだったかな…。アックアの時よりは準備は格段にいいはずですよ」
「ロシアの件に関してはとりあえず静観するようです。ただちょっと気になる事があって…」
五和は一度言葉を切り、ここが重要だと言わんばかりに土御門の目を見て、
「件の膨大な魔力が学園都市に近づいているんです」
「何だと?」
「遠回りしながらではあるんですけどね。これに関してはイギリス清教も放ってはおけない…という事で私が派遣されてきたんですよ」
五和の話を聞き、土御門は右手を顎に添えて少し考える。
一体、それほどの魔力を誰が行使しているのか。一応、心当たりがないわけではないが、その可能性は先日『幻想殺し』の少年がゼロにしたばかりだ。
あらゆる可能性を検索しようとするが、頭の中にそれに該当するようなデータは見当たらない。
土御門は少し歯噛みした。そんな土御門の様子を見ていた五和が、
「わ、私なんかじゃ頼りないですよね…。そうですよね、女教皇様が来て下さった方がいいに決まってますよね…」
途端に小さくなっていく五和。そんな彼女を見て土御門が慌ててフォローを入れる。
「いんや、そんな事はないにゃー。聖人を退けた魔術師がいるのなら鬼に金棒だぜい」
「そ、そうですか…?」
うんうん、と頷いてとりあえず五和の病みモードを回避する。
五和は気を取り直して、少し大きめな胸の前で両手を組み、
「でも今回はバックアップも来ますよ。確かステイルさんとシェリーさんだったかな…。アックアの時よりは準備は格段にいいはずですよ」
天草式十字凄教、改め新生天草式十字凄教はイギリス清教の傘下にある組織だ。それは今も変わらない。
しかし、天草式には『聖人崩し』というジョーカーがある。その威力は魔術世界で五指に入るであろう「後方のアックア」を撃破した程だ。
そして、トップに君臨するのは世界に二十人といない聖人の一人である神裂火織。
普通の魔術師はおろか、聖人さえも打ち倒す組織。それが新生天草式十字凄教である。
その戦力は『必要悪の教会』をも凌ぐ。『騎士派』が再建状態にある現状ではイギリス清教最強の戦闘組織という事になる。『王室派』の切り札であるカーテナもほとんど機能しないので『王室派』は実質丸腰になっている。
その為、以前のようにトカゲの尻尾切りという扱いにはできないというわけだ。
もし、天草式がイギリス清教への待遇に不満を持ちクーデターでも起こしてしまえばそれこそ本当に国家転覆が起こってしまう。(当然、神裂を始めとした天草式の面々にそんな思いは微塵もないが)
イギリス清教に属してはいるが、事実上『第四勢力』というのが魔術世界における今の新生天草式十字凄教の位置づけだ。
しかし、天草式には『聖人崩し』というジョーカーがある。その威力は魔術世界で五指に入るであろう「後方のアックア」を撃破した程だ。
そして、トップに君臨するのは世界に二十人といない聖人の一人である神裂火織。
普通の魔術師はおろか、聖人さえも打ち倒す組織。それが新生天草式十字凄教である。
その戦力は『必要悪の教会』をも凌ぐ。『騎士派』が再建状態にある現状ではイギリス清教最強の戦闘組織という事になる。『王室派』の切り札であるカーテナもほとんど機能しないので『王室派』は実質丸腰になっている。
その為、以前のようにトカゲの尻尾切りという扱いにはできないというわけだ。
もし、天草式がイギリス清教への待遇に不満を持ちクーデターでも起こしてしまえばそれこそ本当に国家転覆が起こってしまう。(当然、神裂を始めとした天草式の面々にそんな思いは微塵もないが)
イギリス清教に属してはいるが、事実上『第四勢力』というのが魔術世界における今の新生天草式十字凄教の位置づけだ。
「とりあえず大まかな事情はわかった。俺はこれから色々と動かなきゃならないが五和はどうするんだ?」
「そうでした!私、上条さんにお話があったんだ!!」
五和はオロオロとしている。土御門はそんな彼女を見ておどけた顔で、
「たぶんまだ下の公園にいると思うぜい」
「わかりました!ありがとうございます!」
早口でそう言うと五和はあっという間に部屋から出て行った。
「そうでした!私、上条さんにお話があったんだ!!」
五和はオロオロとしている。土御門はそんな彼女を見ておどけた顔で、
「たぶんまだ下の公園にいると思うぜい」
「わかりました!ありがとうございます!」
早口でそう言うと五和はあっという間に部屋から出て行った。
誰もいなくなった部屋で土御門はもう一回冷静になって考える。
魔術世界で桁外れの強さを持った者は何人か知っている。しかし、その猛者達が『天使長』にまで達しているかと問われればそんな事はない。
器が人間である限り、『天使』の力を行使する事など有り得ないはずだ。
だが、それが人間でなく『神にも等しい存在』だとしたら。
魔術世界で桁外れの強さを持った者は何人か知っている。しかし、その猛者達が『天使長』にまで達しているかと問われればそんな事はない。
器が人間である限り、『天使』の力を行使する事など有り得ないはずだ。
だが、それが人間でなく『神にも等しい存在』だとしたら。
「まさか……」
土御門は脳裏に浮かんだ人物を即座に否定しようとするが、考えれば考えるほど合点がいく。
「クソッ…」
忌々しげに舌打ちすると部屋を出る。とんでもない事になった。と、戦慄しながら。
土御門は脳裏に浮かんだ人物を即座に否定しようとするが、考えれば考えるほど合点がいく。
「クソッ…」
忌々しげに舌打ちすると部屋を出る。とんでもない事になった。と、戦慄しながら。
6
とある研究所が所々炎上している。
生体認証を始めとした九つのセキュリティを誇るエントランスゲートはバラバラにされ、警備していた者の手足にはコルク抜きが突き刺さっている。
スクランブルにでもなったのか、赤いランプと甲高いサイレンが鳴らされ、最新機械兵器の試作品らしきものが所内を徘徊している。
それらのセキュリティ全てを突破した2人は『管理部長室』という部屋にいた。
生体認証を始めとした九つのセキュリティを誇るエントランスゲートはバラバラにされ、警備していた者の手足にはコルク抜きが突き刺さっている。
スクランブルにでもなったのか、赤いランプと甲高いサイレンが鳴らされ、最新機械兵器の試作品らしきものが所内を徘徊している。
それらのセキュリティ全てを突破した2人は『管理部長室』という部屋にいた。
「まったく…何も殺さなくてもよかったんじゃないの?」
結標は呆れたように話す。
「しかし、万一逃げられでもしたら面倒ですし。それにこういった類の人間はすぐに沸いて出てきますからね。一人くらい消したところでどうもしませんよ」
対して海原はあっけらかんと返答する。
2人のすぐそばには、この部屋の管理者らしき男が心臓を打ち抜かれて転がっていた。
海原は男の白衣のポケットからUSBメモリを取り出す。
「持っているのはこれだけですか…。目当てのものと一致すればいいですが」
海原は言いながら結標にUSBメモリを手渡し、パソコンを含めたセキュリティの解除を頼む。
「それにしても、ここは何の研究所なんです?」
「『原石』よ。超秘密裏に行われてる研究みたいだから表向きには地図にも表記されてないみたいだけど」
結標はパソコンのセキュリティを解除し、手際よくUSBメモリのロックも解除していく。
「そもそも何の為に『原石』の研究をしていたんでしょうかね?」
「そればっかりは私にもね…。ただ、『原石』というのは私達とは全く別物なのよ。私達が研磨されたサファイアやルビーなら、彼らは稀に発掘される天然モノのダイアモンドと言ったところかしら」
「開発されずに発現する能力…つまり先天的に能力を有する者の仕組みを解明したかったというわけですか」
「先天的というのはちょっと違うわね。彼らは自然界である偶発的な要因が重なって発現するの。生まれた瞬間から能力を有しているわけではないわ」
結標は画面に出た警告文にも目もくれずにセキュリティ解除を進めていく。
「それに一口に能力と言っても私達みたいな一般的な能力とは全くベクトルが違うらしいわ。能力が特異すぎて超能力というカテゴリに分類していいのかすらわからないケースもあるらしいわよ」
らしい、という言葉をつけるという事は結標もそれ以上の詳しい事はわからないのだろう。
(学園都市の闇はまだまだ深いという事ですか…)
何やら一人物思いに耽っている海原を無視し、結標は話を続ける。
「やはり情報通り、ここに『残骸』の一部が運び込まれているわね」
セキュリティ解除の最中に拾ったのだろうか、ディスプレイの右下に新たなウィンドウが表示されている。そのウィンドウを見ながら結標は薄い笑いを浮かべる。
「やはり連中は別ルートで回収していたという訳ですか」
「どうやら『アイテム』が暗躍していたのは間違いないみたいね。当たりにしろ、外れにしろ重要な機密事項なのには変わりないと思うけど…」
海原は辺りをぐるっと見渡し、
「どうやら仰々しい情報が扱われているようですが、その割には警備がお粗末すぎませんか?これじゃどうぞ力づくで奪い取って下さいと言っているようなものですよ」
「別に面倒事がないのなら、それに越した事はないでしょ?…!出たわ」
結標が全てのロックを解除すると、画面には一つの文書データが出ていた。
「何かの実験データのようですね」
「大方、『原石』のものなんでしょうけど。それにしても凄いわ。能力開発のデータなんでしょうけど、全ての数値が通常とはかけ離れているわ」
結標は半ば感心しながら画面を下方向にスクロールさせていく。そして彼女の手が不意に止まる。そこにはこんな言葉が表示されていた。
結標は呆れたように話す。
「しかし、万一逃げられでもしたら面倒ですし。それにこういった類の人間はすぐに沸いて出てきますからね。一人くらい消したところでどうもしませんよ」
対して海原はあっけらかんと返答する。
2人のすぐそばには、この部屋の管理者らしき男が心臓を打ち抜かれて転がっていた。
海原は男の白衣のポケットからUSBメモリを取り出す。
「持っているのはこれだけですか…。目当てのものと一致すればいいですが」
海原は言いながら結標にUSBメモリを手渡し、パソコンを含めたセキュリティの解除を頼む。
「それにしても、ここは何の研究所なんです?」
「『原石』よ。超秘密裏に行われてる研究みたいだから表向きには地図にも表記されてないみたいだけど」
結標はパソコンのセキュリティを解除し、手際よくUSBメモリのロックも解除していく。
「そもそも何の為に『原石』の研究をしていたんでしょうかね?」
「そればっかりは私にもね…。ただ、『原石』というのは私達とは全く別物なのよ。私達が研磨されたサファイアやルビーなら、彼らは稀に発掘される天然モノのダイアモンドと言ったところかしら」
「開発されずに発現する能力…つまり先天的に能力を有する者の仕組みを解明したかったというわけですか」
「先天的というのはちょっと違うわね。彼らは自然界である偶発的な要因が重なって発現するの。生まれた瞬間から能力を有しているわけではないわ」
結標は画面に出た警告文にも目もくれずにセキュリティ解除を進めていく。
「それに一口に能力と言っても私達みたいな一般的な能力とは全くベクトルが違うらしいわ。能力が特異すぎて超能力というカテゴリに分類していいのかすらわからないケースもあるらしいわよ」
らしい、という言葉をつけるという事は結標もそれ以上の詳しい事はわからないのだろう。
(学園都市の闇はまだまだ深いという事ですか…)
何やら一人物思いに耽っている海原を無視し、結標は話を続ける。
「やはり情報通り、ここに『残骸』の一部が運び込まれているわね」
セキュリティ解除の最中に拾ったのだろうか、ディスプレイの右下に新たなウィンドウが表示されている。そのウィンドウを見ながら結標は薄い笑いを浮かべる。
「やはり連中は別ルートで回収していたという訳ですか」
「どうやら『アイテム』が暗躍していたのは間違いないみたいね。当たりにしろ、外れにしろ重要な機密事項なのには変わりないと思うけど…」
海原は辺りをぐるっと見渡し、
「どうやら仰々しい情報が扱われているようですが、その割には警備がお粗末すぎませんか?これじゃどうぞ力づくで奪い取って下さいと言っているようなものですよ」
「別に面倒事がないのなら、それに越した事はないでしょ?…!出たわ」
結標が全てのロックを解除すると、画面には一つの文書データが出ていた。
「何かの実験データのようですね」
「大方、『原石』のものなんでしょうけど。それにしても凄いわ。能力開発のデータなんでしょうけど、全ての数値が通常とはかけ離れているわ」
結標は半ば感心しながら画面を下方向にスクロールさせていく。そして彼女の手が不意に止まる。そこにはこんな言葉が表示されていた。
『人造神界計画』―――被験者 『門番』 特久池栄光