「また会ったな。科学で無知な少年。」
その一声と共に、不倶戴天の敵である
尼乃昂焚は姿を現した。
あまりにも予想以上に斜め上の出来事に
神谷稜は口に含んでいたジュースを彼に吹きかけた。
「昨日のリベンジをするのは別に構わないが、人にジュースを拭きかけてしまったら、まず言うことがあるだろ?」
「バラの香りがする豆乳しゃぶしゃぶコーラよりはマシじゃねえか。」
稜は片手に1本の閃光真剣を出す。今、昂焚はハンカチで顔を拭っている。完全に無防備であり、絶好のチャンスだった。すぐ目の前であることもあって、彼が気付いて回避する前に閃光真剣で斬ることが出来る距離だ。
しかし、稜は閃光真剣を振らない。
「そのプラズマブレードを振らないのは・・・都牟刈大刀の自動防御の方が早いと判断したのか。だとしたら、良い判断だ。あの戦いだけでそこまで見極められるなら、それなりに場数を踏んでいるとみた。」
昂焚が言っていることは全て当たっていた。閃光真剣がプラズマであることも、稜が閃光真剣を振らない理由も、何もかもお見通しだった。
「それに―――――」
昂焚が稜の腹部を軽く小突く。稜はグフッ!と声を出し、痛そうに腹を抱えてその場に蹲る。
「昨日の戦闘の傷はまだ完治していないみたいだな。これではろくに戦えまい。」
(それでもこうして出歩ける程度まで回復させるから、学園都市の医療技術は恐ろしいな。ニコライが欲しがるのもよく分かる。)
蹲る稜を昂焚は再び見下す。哀れみもある、だがそれ以上に静かな怒りが感じられる。
突如、稜の閃光真剣が屈折しながら伸長し、昂焚の頬を掠める。プラズマ、電荷、電磁波、電場などを精密に計算しなければ自分を殺しかねない非常に高度な攻撃だ。
(ちっ・・・外したか・・・。)
正確には外したわけではない。都牟刈大刀の枝の一つが布を突き破って現れ、剣から発生した電撃によって計算を狂わせ、閃光真剣をずらしたのだ。
「これは驚いたな。随分と面白い隠し玉があたのものだ。」
昂焚は一切回避しようとせず、絶対的な余裕を以って稜を圧倒する。戦闘力もそうだが、精神的な余裕の差も2人には大きかった。昨日の戦いの身体的ダメージと都牟刈大刀が与える恐怖が稜を鈍らせた。
「まぁ、攻撃するからにはその対策を講じさせてもらうがな。」
都牟刈大刀の枝がもう1本現れ、稜の掌に刃を突き刺した。貫通するほどではないが、深々と突き刺さった刃に肉を抉られ、血が流れる。稜はその痛みに悲鳴を上げたかったが、あまりの痛さに声にすらならなかった。
「諦めろ。少年。お前にだって家族や愛する人がいるだろ?次は手加減するつもりは無い。」
「ふざ・・・けんな。諦められるかよ・・・。」
両の掌と腹部の痛みに耐えながらも稜が立ち上がる。満身創痍というほどではないが、身体的ダメージはあるはずだ。稜に警戒し、都牟刈大刀の刃が稜の首元に刃先を向ける。しかし、それに一切動じることはない。その姿は溢れ出る力と勇気を感じさせる。
「お前の信じる正義は・・・そうまでする価値があるものなのか?」
「“己の信念に従い正しいと感じた行動をすべし”」
「・・・・」
「俺は風紀委員だ。俺の信念に従い、俺が正しいと信じたもののために行動する。お前は学園都市のルールを破った。俺の仲間を傷つけた。“俺たち”が信じる正義を否定した!俺がお前を追う理由なんて、それで十分だ!」
「なるほど・・・やはり、君に対する認識は間違っていなかった。」
昂焚は稜の腹部を膝蹴りし、怯んだ隙に彼の髪を掴み、彼の後頭部を背後の壁に打ちつける。
「つまらなくて―――――
頭から血を流し、倒れた稜に追い討ちをかけるように昂焚は彼を足蹴りし続ける。
「無知蒙昧で―――――
憎悪に満ちた表情を浮かべながら、彼の傷ついた手を踏み付け、頭を踏み付け、徹底的に稜に屈辱を与えた。
「見ていると吐き気がする。嫌悪感の塊のような存在だ。」
昂焚は、辛辣で憎悪に満ちた言葉を浴びせかけながら、このまま殺す勢いで稜に無慈悲な暴力を振るい続けた。普段の飄々とした姿など跡形も無い。今、尼乃昂焚という男を善か悪かで判断するのであれば、彼は確実に“悪”だった。
「て・・・・め・・・え・・・」
脳震盪を起こし、朦朧としたまま稜は立ちはだかる昂焚の足に手を伸ばす。しかし、決して届く事は無く、稜は意識を失った。
「随分と彼には辛く当たるのだな。」
稜の元から立ち去ろうとする昂焚の前に
双鴉道化が姿を現した。ワイヤーに吊るされているかのように上空からゆっくりと地上に降り立つ。
「覗き見とは趣味が悪いな。いつから見ていたんだ?」
「最初からだ。」
ふふんと双鴉道化は鼻で笑うと、昂焚を通り抜けて稜の前に立つ。
「あれほどまでに感情を露にする君を見たのは初めてだよ。この少年はそんなに君の気に障ることを言ったのか?私には分からなったが・・・」
双鴉道化の問いかけに昂焚は黙秘し、彼から眼を逸らす。答えたくないという意思が表情と態度から読み取れる。その様は反抗期の子どものようだ。黙秘し、相手を困らせることで自分の我が儘を押し通そうとしている。
「黙秘か・・・。まぁ、良いだろう。人間、例え親友でも話したくないことの一つや二つある。だが、君に対する認識は少し変えなければならないようだ。」
双鴉道化は仮面の奥にある眼で気絶している稜の顔を凝視する。
「それにしても、この少年に興味が湧いて来た。」
「は?」
「ポーカーフェイス・・・とまでは言わないが、あまり本心を表に出さない君がここまで憎悪を露にした相手だ。彼の何が君をそうさせたのか、実に興味深い。しばらく、彼を私の管轄下に置いても構わないかい?」
「俺に許可を取ってどうする?それに強欲なる者の頭領なんだろ?許可なんて気にせず、好きなようにすればいい。」
「ふふっ・・・それもそうだな。」
そう言うと、双鴉道化のマントが変形し、巨大な3本指の巨大な腕、いや、鴉の脚のような形状になる。変形したマントが意識を失った稜を鷲掴みした。
「親友として、スポンサーとして、天地開闢計画の成功を祈る。」
そう言い放ち、双鴉道化と神谷稜は大量の黒い羽根に包まれながら消えて行った。
* * *
新作アニメ試写会&
姫野七色ライブ 開始まであと2時間
完全屋内のライブ設備を持つオービタルホール。円形のドームの様な構造の建物だ。
日が暮れ始め、太陽が完全に沈みかける黄昏。メインゲートは既に開き、そこにあった長蛇の列はゾロゾロと中に入った。イベントの開始まではまだまだ時間があり、席も指定されているので座席争奪戦をする必要は無い。
オービタルホールの周囲には既に警備スタッフが立ち並び、駐車場のゲートにも既にスタッフが警備に当たっていた。
1台のワゴンと後続のバイク集団が駐車場のゲートに訪れる。
「すみません。ここは関係者専用の駐車場です。パスの提示をお願いします。」
警備服を着た警備スタッフの一人がワゴンの運転席の近くへと向かう。ワゴンの窓が開き、中から大学生ぐらいの男が現れる。
「クラヴマガ警備の学生スタッフです。」
男はそう言って、パスを出した。警備スタッフはそれを受け取ると、スキャナーのレーザーをパスに当ててパスをスキャンする。スキャナーの画面にはどこの所属でどこを担当するのかが表示される。
「あ・・・。申し訳ありませんが、警備の方に急遽変更がありまして、このパスはお通しすることが出来ません。」
運転手の男はふっと笑うと、後部座席の方を振り向いた。
「そうだとよ。お嬢さん。どうする?」
後部座席にいたのは軍隊蟻のメンバー
樫閑恋嬢と他数名のメンバー達だった。
「おかしいわね・・・。」
すると、樫閑のスマホに連絡が入る。相手はクラヴマガ警備の部長、軍隊蟻を警備に無理矢理ねじ込んだ張本人だ。
「私よ。」
『突然のことで悪いですねぇ。パス使えないでしょう?』
「ええ。これはどういうことかしら?」
樫閑は少し怒り気味の口調で応対する。
『まぁまぁ、怒らずに聞いてください。あなたからの例の電話があった後、警備員がウチにやって来てね。客の中に指名手配中の逃亡犯がいるって、イベントと警備の全てを睨まれている状態なんだよぉ。そこに前科持ちで武装疑惑のあるスキルアウトを組み込んだら・・・』
「獅子の檻に頭を突っ込む羊ってわけね。」
『はい。そういうことなので・・・・』
「ありがとう。お金はそのまま受け取っていいわよ。今後とも御贔屓に。」
そう言って、樫閑は通話を切った。
「で?どうなったんスか?お嬢。」
樫閑の隣に座る迫華が訊いて来た。
「逃走中の犯人が客に紛れ込んで、会場は警備員の巣窟になっているそうよ。」
「マジすか!?私らヤバいんじゃないすか?」
「まぁ、今回は武装を会場内に持ち込むわけじゃないから、『即☆逮☆捕☆』なんてことは無いでしょうけど、問題は私たちが飛び入り参加ってこと。中に入り込んだ逃走犯を外部へ逃がす手助けをすると疑われる可能性があるわ。」
「で、どうするんだ?」
助手席に座っていた狼棺が樫閑の方に振り向く。
「仕方ないけど、会場入りはナシ。会場の外側、第六学区と他の学区を繋ぐ交通機関とこの学区の宿泊施設を押さえるわ。見張るだけなら許可なんて要らないでしょ?」
「でもこの人数じゃ足りねぇんじゃねえか?」
「一応、来れるメンバーを集めてみるわ。―――――ってことで、色々と尼乃さんを見つけ辛くなったわ。」
樫閑は後方を振り返り、三列目のシートに座るユマと智暁の方を見る。
ユマは黙り込んだまま、顎に手を当てて何かを考えていた。その仕草は高等な教育を受けた者のように感じられ、彼女がかつての恩人から受けた教育・教養の高さがうかがえる。
「昂焚は絶対に中に居る。」
「でしょうね。とにかくここで張り込むしか無いわ。寒いけど、みんな我慢してちょうだい。」
ワゴンとバイク集団は関係者駐車場を離れると、一般駐車場に車を停めた。そして、ホールを囲むように最初に選定された12人のメンバーが配置に付いた。
* * *
オービタルホール 警備スタッフ室
そこそこの広さを持つ警備スタッフ室、壁の一面には大量の監視カメラの画面が配置され、監視スタッフがまじまじと画面を見つめている。数人の警備スタッフが椅子に座って休憩を取り、その部屋の端の方でスーツ姿の中年男性が携帯電話で小声で通話していた。周囲の目を気にしながらこそこそとして怪しかった。
「そこに前科持ちで武装疑惑のあるスキルアウトを組み込んだら・・・はい。そういうことなので・・・」
中年男性は通話を切った。
「どなたとお電話ですかな?」
背後から突然声をかけられ、男は「ヒッ!」と似合わない悲鳴を上げる。男が振り向くと、そこにはオールバックの金髪にサングラス、黒い堅実なスーツを着た男が立っていた。その容姿は
持蒲鋭盛と瓜二つ・・・と言うより、持蒲鋭盛本人が変装した姿だ。
「か、蒲田さんですか。驚かせないで下さいよ。」
「で、どなたと電話ですか?」
「アルバイトの学生です。指示通り、学生の警備スタッフは退却させました。」
「分かりました。では、今からの警備は我々、警備員対テロ部隊“ATT(Anti Terrorism Tactics)”に一任、クラヴマガ社は我々のサポートに廻って下さい。」
「わ、分かりました。」
蒲田こと持蒲が連れてきたATT。存在するが誰も見たことの無い幽霊部署であり、これは死人部隊が警備員として活動する際に用いる部署の名前である。
持蒲がATTに扮する死人部隊とクラヴマガ社の警備スタッフに指示を出し、警備状況とセキリュティの確認、テロが発生した場合の誘導などの手順を確認する。綿密に何度もそれを繰り返し、1時間以上続いた。
すると持蒲のスーツの胸ポケットが小刻みに震える。
「少し失礼する。」
持蒲が警備室から出て行き、通路に誰もいないことを確認して電話に出る。
「俺だ。」
『持蒲さん。今良かと?』
電話の相手は星嶋だった。
「ああ。構わない。」
『とりあえず、メルトダウナーは出せる状態にしたばい。他の駆動鎧は今も整備中。』
「ああ。メルトダウナーだけでも出せると助かる。他の駆動鎧の整備は死人部隊に任せて、お前は待機。出撃直前まで身体を休めておけ。」
『分かった。あと、岬原は会話できる程度までには回復したばい。』
「そうか・・・。後は、上条当麻の生存が確認できる情報でもあれば良いんだがな。」
すると、壁の向こう側、ホールのメインステージの方から観客たちの拍手と歓声が漏れて聞こえ出す。
「そろそろ時間だ。」
『分かったばい。』
持蒲は通話を切ると、再び警備スタッフ室に戻ってきた。
「ついに・・・始まったな。」
* * *
メインステージの方では壇上に主演を務める姫野と他2人の声優、監督とプロデューサーがパイプ椅子に座り、アニメに関するエピソードや収録秘話などを語る。
「そういえば、静香さん収録中に突然、姫ちゃんのおっぱい揉みしだいたらしいですね。俺、その現場にはいませんでしたけど。」
「だって、そこにおっぱいがあるなら揉むしかないじゃない!」
「いやいや、女の子同士でもそれはいけないでしょ。」
「揉まれた時、『これって拒否するべきなのかな・・・でも相手はベテランの方ですし・・・』ってちょっと迷っちゃったんですよね。」
「いやいや、そこは拒否するべきだよ君ぃ。静香くんは常習犯だからね。」
「この前、酔った勢いで僕にドロップキックをかましてましたよね。」
「監督とプロデューサーまで酷い!1日1揉みはちゃんと守ってますよ!」
「毎日やってるんかい!」
「出たー!ツッコミ役に定評のある浩志くんの生ツッコミー!」
「まさか、今日もこのステージで揉むつもりじゃないでしょうねぇ?」
「そこは大丈夫!もう楽屋で思う存分揉んだから!」
男女のベテラン声優と姫野、監督とプロデューサーの軽快なトークにHAHAHA!と笑いが溢れる。ほぼ満席の観客から出て来る笑いと拍手は壮大なものだ。
一般人の中に上手く紛れ込み、尼乃昂焚もトークショーを楽しんでいた。すると、ショーの途中に入場し、彼の隣の空席に一人の男性が座りこんだ。
金髪金目でシャツとスラックスを優雅に着こなしており、イギリス紳士のテンプレートを絵に描いたような優男だ。
「やっと来たか。ショーはもう始まっているぞ。
ディアス=マクスター。」
「ついさっきまで計画の準備をしていたのだ。言い出しっぺのお前が呑気に学園都市観光をしている間、我々は通常、1ヶ月かかるであろう工程を2日で済ませたのだ。労いの言葉ぐらいは欲しいものだ。」
「ご苦労様。」
そう言うと、昂焚はディアスに1枚のメモ紙を差し出した。ディアスはそれが何かすぐに理解し、それを受け取ると握ったままポケットに手を突っ込んだ。
『言っておくが、その1ヶ月かかる工程を2日で済ませるための下準備を数年にわたって俺は続けていたがな。学園都市とその周囲の土地の地脈・龍脈、世界の力の流れの向きを観測し、尚且つ土地の建設・開発計画によって生じる流れの“狂い”を計算に入れなければならない。その上、これらの流れの予測方法には――――』
ディアスの頭の中に昂焚の声が直接流れ込んでくる。超能力者で言うテレパシーのようなものだ。これも初歩的な魔術の一種であり、昂焚が渡した紙をディアスが触れ続けることで互いの意思を声に出さずに伝達することが出来る。声を出さなくていい為、会話内容を誰かに聞かれることも読唇術で読まれることも無い。また、騒がしい場所でも滞りなく意思伝達できるメリットがある。
『開口一番(?)で超高度な魔術理論を展開させるな。頭がどうにかなりそうだ。』
『そんなに難しかったか?』
『並の魔術師なら発狂している。私でも理解するのがやっとだ。そもそも、貴様と双鴉道化の魔術の知識量が異常なのだ。貴様はあらゆる宗教の魔術に手を広げる
日系魔術師、片や双鴉道化は強欲鴉魔《マモン》によるコピーだ。』
コピーをして、それを扱うということはコピーした対象を“どのようにして扱うか”を理解する必要がある。魔術ならばなおさらの話である。
『まぁ、俺も今の双鴉道化も同じ人から魔術を教えてもらったからな。』
昂焚の口からさらりと日常会話の様に驚愕の事実が放たれる。双鴉道化の素性は
イルミナティの中では最上級の極秘事項であり、年齢も性別も誰も知らず、尼乃昂焚のみがその素性を知ると言われている。
そして、ディアスは尼乃がうっかり(それとも意図的に?)言ってしまった極秘情報を聞き逃さなかった。
(尼乃昂焚と双鴉道化の共通点・・・こいつの過去を探れば、もしかしたら・・・)
『ちなみに俺の過去を探っても無意味であることを付記しておく。』
(だろうな・・・。)
『ところで、天地開闢計画の準備はどこまで出来た?』
『ほとんど完成している。後は最終工程だけだ。リーリヤに至っては昨日の内に済ませたらしい。流石は元
殲滅白書と言ったところか。』
『なるほど・・・。ご苦労。最終工程は俺がやる。後はこの学園都市で好きにすればいい。』
『言われずともそうさせて貰う。』
そう言って、ディアスは昂焚から渡された紙をポケットから出し、差し出された昂焚の手に置こうとする。
『―――と言いたいところだが、』と言ったと同時に昂焚の手の直前で紙を止め、再び自分のポケットに戻した。
『丸々2日も作業させられたのだ。我々にも天地開闢計画の全容を知る権利がある。』
『じゃあ、ここは魔術師らしく、作業工程から想像してみてはどうかな?』
不敵に笑みを浮かべる昂焚、ここ最近、彼の感情が顔に出ることが多くなったように思える。
ディアスは今までの作業工程、場所、わざわざ学園都市で行う理由、学園都市の外壁に書かされた隠匿魔法陣の宗派などを思い出し、自分なりの答えを導き出す。
(まず作業工程と魔法陣、あれらは錬金術の流れを汲んでいるのは間違いない。彼がひたすらローズと会っていたのもそのためだろう。彼女は優秀な錬金術師だからな。そして、“全ての強欲に終止符を打つ計画”これが重要なワードだ。強欲に終止符を打つということは、強欲が満たされる・・・何もかもが自分の思い通りになるということ。)
そして、ディアスは気付いた。わざわざ学園都市を術式の場に選んだ理由はまだ分からなかったが、この都市と所縁のある錬金術が存在する。
『お前・・・まさか黄金錬成《アルス=マグナ》を再現するつもりか?』
黄金錬成《アルス=マグナ》
世界の全てを呪文と化し、それを詠唱完了することで行使可能となる錬金術の到達点。それを実現すれば、神や悪魔を含む『世界の全て』を己の手足として使役する事ができる。世界の完全なるシミュレーションを頭の中に構築することで、逆に頭の中で思い描いたものを現実に引っ張り出す魔術。端的に言えば、自分の思ったことは何でもかんでも現実にする魔術だ。
元ローマ正教の隠秘記録官《カンセラリウス》のアウレオルス=イザードが完成させ、この学園都市で行使したとされている。しかし、現在、アウレオルス=イザードは行方不明になっており、死亡したとも噂されている。そのため、黄金錬成の実現は再び膨大な時間をかける必要がある。
『全然。はずれだな。黄金錬成なんて無理無理。発動に何百年かかると思ってるんだ?その“途中過程”を利用する術式であることに間違いは無いんだけどな。』
『途中過程だと?』
『ああ。錬金術の―――――おっと、そろそろアニメ1話の試写会が始まるから、続きはライブが終わってからな。』
『おい。ふざけたことを言って―――――ブチン
回線の切れる様な音と共にディアスのポケットに入っていた紙はバラバラに千切れて自壊した。ディアスは昂焚を睨みつけるが、そんなことを気にせずに昂焚は新作アニメに釘づけだった。
* * *
オービタルホールから少し離れたホテルの一室。豪華絢爛をそのまま体現したルームで双鴉道化はソファーに踏ん反り返り、目の前の戦利品を眺めていた。椅子に固定され、手錠を掛けられた神谷稜の姿だ。彼の椅子を中心として何かしらの術式が張られていた。
「さて、そろそろ起きたらどうかね?」
双鴉道化が指をパチンと鳴らすと、催眠術が解けたかのように稜が眼を覚ます。
「ん・・・あっ!クソ!待ちやが――――って、ここはどこだ?俺になにをするつもりだ?そんで、あんたは誰だ?」
意外と冷静に周囲の状況を把握し、稜は双鴉道化に問いかける。
「熱血漢だと思っていたが、意外と冷静なんだね。あと、手錠を壊そうとしたら君の身体が爆発するから気を付けるように。」
(身体が・・・爆発?)
別に身体にダイナマイトが括り付けられているわけではない。だが、目の前にいる不気味な人物の言葉は異様にそれを信じさせる。同時に稜は昨日、狐月に言われた「君は早急に爆発すべきだ。」というセリフを思い出した。
(狐月・・・。お前の言う通り、俺、爆発寸前だ。)
「とりあえず、君の質問に答えておこう。まず、ここはオービタルホテル。君が倒れていた場所のすぐそばだ。窓の外を見れば分かるだろう?」
双鴉道化が指さす先には巨大な窓があり、そこから第六学区を一望できる。オービタルホールもすぐ目の前だ。
「私の目的は君に興味が湧いたから、少しばかり話し合いがしたかった。そして、私の名は双鴉道化。まぁ、本名でないことは君の頭でも理解できるね?魔術結社イルミナティのリーダーを務めている。」
「魔術・・・結社?じゃあ、あんたも魔術師って奴か?」
稜の反応に双鴉道化は面を喰らった様なリアクションを取る。素顔は仮面で隠れているので本当に面食らった顔をしているのかどうかは分からない。
「驚いたね。学園都市の住人でありながら魔術を知っているのか。」
「昨日戦ったからな。あと、夏休み前にも。」
「ああ。そうか。昂焚なら君に魔術師だって自己紹介してそうだ。さて、今度は私からの質問だ。君の名前と所属を語ってもらおうか。」
「拒否権は?」
「あると思うかい?」
稜は深く息を吐いた。
「神谷稜。15歳。映倫中学3年。風紀委員一七六支部所属。」
「ほぅ、ここの治安維持組織に所属しているのか。だとすれば、君が彼を追う理由は“使命”というやつかね?」
「黙秘する。」
「ここで黙秘か。まぁ、良いだろう。使命とはっきり答えられない時点で察しはついた。君が昂焚を追うのは個人的な理由だろう?おそらく、昨日の戦いで昂焚は危険だと判断され、上位機関である警備員に捜査権が移った。だが、君は命令を無視して昂焚を追った。違うかい?」
稜は絶句した。何もかもをこの人物は言い当てたからだ。図星にも程がある。彼の仮面には人の心理を読み解く能力でも備わっているのかと考える。
「・・・・・・」
稜は再び、答えを拒絶した。これ以上、学園都市側の捜査情報を漏らすわけにはいかない。目の前にいるのは明確な敵であり、そして彼がこのまま自分に何もしない保証は無かった。
「また黙秘か。強情だな。まぁ、良いだろう。やはり刃を交えてこそ語り合えるものがあるということか。」
双鴉道化が再びパチンと指を鳴らすと、稜を拘束していた縄と手錠が解錠され、自由が取り戻される。稜は双鴉道化の対応に戸惑いながらも椅子を囲む術式の陣から出る。
「何故、俺を解放する。お前は、尼乃の仲間じゃないのか?」
「ああ。仲間だ。同時に旧友でもある。」
「俺は諦めるつもりは無いぞ?」
「むしろその方が助かる。ジャンジャンドシドシ彼と戦ってくれたまえ。また新しい昂焚の一面が見れそうだからね。」
稜は静かに舌打ちすると、双鴉道化の動きに警戒しながら恐る恐る部屋から出て行った。そして、部屋から出た途端、どっと大量の汗が噴き出して来た。
(何だ・・・あのプレッシャーは・・・。今まで戦ってきた奴らとは桁違いだ。尼乃って奴よりもヤバい。)
眼の前に敵軍の大将が居たのにもかかわらず、解放された後も彼に刃を向けなかった。風紀委員としての勘が戦うなと告げる。しかし、それ以上に生命としての本能が危険信号を爆発的に出していたのだ。
* * *
オービタルホール メインステージ
大画面に映されたアニメ1話の試写会が終わった。観客の反応はかなり好評だったようで、「今期の神アニメ決定だろ。」「これ切る奴とかアホの極み。」「うぉぉぉぉ!マジでバーニングな展開だぜ!」「おいおい。これから放送までお預けとか拷問じゃねえか。」等の声が上がっている。
客席にいた昂焚もアホみたいに口をあんぐりと開けたまま唖然とし、ただただ拍手していた。
隣席のディアスは凄いことは分かったが、何がどう凄いのかは分からなかった。
するとステージ全体の証明が消え、目の前が真っ暗になる。
『それでは!本日のトリを飾るのは人気急上昇中のアイドル声優、姫野七色!アニメ主題歌の『Next G』をどうぞ!』
ステージに響き渡るアナウンスと同時に観客がウォォォォォォォォ!と歓声を上げ、虹色のサイリウムを持ち出す。昂焚も例に漏れず、隣のディアスにもサイリウムを持たせようとするが、ディアスはそれを拒否する。
ステージのスポットライトが1つだけ点灯し、ステージ上に立つ姫野七色だけを輝かせる。
ぱっちりした目に長い睫毛、透き通るように白い肌の美少女。黒髪のボブスタイルで顔のサイドに垂らしてある房だけ少し長く、毛先が巻かれている。いかにもアイドルらしい衣装を着こなし、手にはマイクを握っていた。
彼女が歌うNext Gのイントロが流れ出す。それと同時に観客たちの高揚感も増していく。
―――――が、突如、イントロが途切れ、全ての音響がストップする。
観客も、そして姫野本人も戸惑う。
そして、もう一つのスポットライトが点灯し、姫野の隣にいる少女を映し出した。
若干水色がかった銀髪にサイドポニー、柔和な顔つきをした高校生ぐらい少女の姿が映し出される。しかし、その表情は暗く、非常に思いつめていた。
「すげー美人。」
「女神?いや、妖精だ。」
「え?何?ユニットの発表?」
突如現れた美少女を前に観客は戸惑いを隠せず、同様に姫野七色×謎の美少女のユニットを密かに期待する。だが、これがユニット発表で無いことを一番理解していたのはディアスだった。
この状況が全く飲めず、姫野もステージ上で戸惑っていた。
「えっと・・・あなた、誰?」
姫野が声をかけるが、妖精のような少女はそれを無視し、自分が持っていたマイクを握った。
そして、復讐の惨歌は始まった。
最終更新:2012年11月20日 02:05