それは・・・まだ私が幼い少女だった頃の話。
私はいつも村の教会で歌っていた。外で歌うと男の子たちが馬鹿にするから。
いつも教会で私の歌を聴いているのは村で唯一の初老のシスターだった。
「アリサ、あなたは本当に歌が好きなのね。」
「うん。大好き。歌うとお母さんが笑ってくれるの。」
「ふふふ。じゃあ、今日のお母さんの誕生日にも歌うのかしら?」
「そうだよ!お母さんのために自分で作ったんだ!」
「あらまぁ・・・自分でお歌を作るなんて、凄いわねぇ。」
きっと、お母さんも喜ぶわよ。
結局、その歌がお母さんに届くことは無かった。
聞いてくれる人のいない歌は腐り、朽ちて、ただ死に往くしかない。
そう、私のように―――――
だけど、あの人は言ってくれた。
私の歌は好きだと。生きて欲しいと。
もし、聞いてくれる人がいなくなったのなら、探せば良いと―――――
母さん。もうすぐだよ・・・。もうすぐ会える。
邪魔者は“オルフェウスの断末魔”で皆殺しにするから・・・そこで待ってて。
* * *
第六学区 オービタルホール 屋内メインステージ
姫野の初のソロライブと銘打たれたステージに現れた
アリサ=アルガナン。マイクを持ち、ドレスのような衣装を着た彼女を前に観客たちは動揺した。ある者は彼女を美人だと評価し、またある者は姫野とユニットを組むのかと憶測する。
しかし、それが異常事態であることを2人の人間が理解していた。一人はステージ上の
姫野七色、もう一人は観客席にいる
ディアス=マクスターだ。
「えっと・・・あなた、誰?」
姫野が声をかけるが、アリサはそれを無視し、自分が持っていたマイクを握った。マイクを口元に近付けた。
アリサの口が開き、ステージ全体に歌が流れる。マイクと音響もリンクしており、オービタルホール全体に彼女の歌が響き渡るせいで、雨が上がりの光が降り注ぐ朝の森の中にいる気持ちにさせられる。
誰もがアリサの歌に聞き惚れ、何のコメントも出来ない。ただ「美しい」「綺麗だ」という言葉がぽつぽつと口から零れるだけだ。隣に居る姫野も彼女をどうこうすることもすっかり忘れてしまった。
しかし、至福の一時は音を立てて崩壊する。
「あ・・・あああ・・・がああああああああああああああああ!!!!!!」
観客席の前方にいる一人の男性が突如頭を抱えて呻き出した。それに呼応するかのように周囲の客も同様の症状で苦しみだした。それは感染症のように瞬く間に広がり、一瞬で客席全体が正気を失い、狂ったようにのた打ち回る。
客席後方にいた昂焚とディアスは必死に両耳を塞ぎ、互いに大声で会話することで必死に歌が入らないようにしていた。
「あの女は何者なんだ!!」
「彼女はアリサ=アルガナン!反
イルミナティ組織と結託して活動する魔術師だ!」
「そんな奴が何でのこのこ学園都市に現れるんだ!?」
すぐ近くで狂ったように暴れまわる観客の一人が昂焚とディアスに向かってくるが、2人は観客を足蹴りし、気絶させることで無力化する。
「彼女は今の時期、ほとんどノーマークだ!彼女が使う魔術は“オルフェウスの堅琴”!琴座が頂点にあるほど効果を発揮する魔術だ!尼乃!日本で琴座が頂点になるのは何月だ!?」
「7月か8月辺りだ!琴座の1等星ベガは中国・日本の七夕伝説の織姫星だ!」
「今はもう11月だ!何故、彼女が魔術を使えるのだ!?」
「俺に聞くな!おそらく、オルフェウスの神話を別の様に解釈したか、またはオルフェウスに関わる・・・・・!?」
昂焚はなぜアリサが今の時期に魔術が使えるのか、その理由をすぐに悟った。同時にアリサが今使っている魔術もだ。
(はは、そうか・・・なるほど。)
それが表情に出ていたのか、ディアスはすぐに昂焚に問い詰める。
「何か分かったのなら言え!一人で勝手に納得するな!あと叫べ!歌が耳に入る!」
「マイナスだ!」
「はぁ!?」
「“狂乱する女たち”って意味だ!オルフェウスはマイナスに八つ裂きにされて死んだ!アリサは詩人オルフェウスの断末魔を歌の魔術にして、オルフェウスの死の苦痛を俺たちにも与えようとしている!」
「で、もろに聞いてしまった結果があの惨状ってこと・・・ぐぅっ!」
ディアスが少し油断してしまい、オルフェウスの断末魔の片鱗を見を以って感じる。
「このままだと埒が明かない!せめて、音響設備を破壊出来れば・・・・!!」
昂焚もまた、喉を気遣ってボリュームを下げた途端、アリサの魔術によって苦痛を与えられる。暴力と流血、それと同時に与えられる快楽、まだ片鱗であるからこの程度で済んでいるが、もろに喰らっている他の客達は最後に訪れる身体切断、ありとあらゆる手段による惨殺の苦痛も与えられている。術が荒削りな部分もあり、まだ悶え苦しむ“程度”で済んでいるが、もしこれが完成に近ければ、この場に居る全員が精神崩壊を起こしていたかもしれない。
そんな狂気の魔術が垂れ流しにされている中で身動きが取れない昂焚とディアスは何者かが音響設備を破壊するのを待つしか無かった。
警備スタッフ室
大量の画面に映し出されるアリサの姿、警備員室にも流れる歌の影響で警備スタッフも持蒲もステージの観客達と同じようにその場で倒れてもがいていた。ステージほど被害は無いものの、その苦しみは大の大人でも耐えられるものではない。しかし、その中で一切苦しまない者達がいた。死人部隊、表向きは警備員の対テロ部隊であるATTの面々だ。彼らは超城の能力によって痛覚を遮断されており、歌がどんなに耳に入り込んでも苦しむことは無かった。
持蒲はそれにいち早く気付き、苦しみながらも死人部隊(ATT)に命令を出す。
「お前・・・ら・・・・この音を・・・とめ・・・・ろ。」
「了解しました。」
苦しみながらも必死に指令を出す持蒲に対し、死人部隊は淡々と指令を了承し、すぐに警備スタッフ室にある機材の電源を切り、天井から下がっているスピーカーも破壊する。これで少なくとも警備スタッフ室に流れる歌は無くなり、警備スタッフと持蒲は苦痛から解放された。
「はぁ・・・・はぁ・・・蒲田さん。今のは一体・・・」
「ええ・・・。これはおそらく音響兵器の一種です。」
「音響兵器?」
「ええ。音というものは空気振動による情報です。その情報の中にはサブリミナル効果のように無意識の行動を誘発させるものもあります。聞くと自殺すると言われるハンガリーの『暗い日曜日』は有名な例だとされています。おそらく、今回の彼女の歌も我々が苦しむようにサブリミナル効果が仕組まれている可能性が高いですね。」
これが魔術によるものだと持蒲は知っていた。しかし、「これは魔術です。」なんて答えるわけにもいかず、それらしい理論を持ち上げてデタラメに説明した。
「そ、そうなんですか。」
「とにかくスタッフをここから出さないで下さい。彼女を止めようとステージに近付いた途端にアウトです。音響設備はどの部屋で操作していますか?」
クラヴマガ社の男性はオービタルホールの地図を出し、ステージ脇の部屋を指し示す。
「ここです。このステージ脇の部屋です。」
ステージ脇となったら、歌の被害が来るのは必至である。
「ステージ脇でしたら、我々ATTにお任せ下さい。彼らには音響兵器対策を施しています。問題無くこなせるかと。」
「それは頼もしいです。我々に出来ることは?」
「今はこのスタッフルームで待機して下さい。後々、我々が指令を出します。」
迅速に打ち合わせを終了させ、持蒲はATTこと死人部隊に音響設備の停止だけを命じた。
* * *
オービタルホテル 正面玄関
豪華絢爛とまでは言わないが、綺麗に飾られ、11月の夜にロビーから漏れた照明で燦々と輝くオービタルホテルの正面玄関。透明の自動ドアを抜けると、そこには噴水を中心とした広場があった。
その広場の中にある木々の隙間に一つ、正面玄関を見つめる怪しい姿が合った。
高身長のゴリマッチョだ。鬼瓦のような厳つい顔に無精ひげをはやし、黒髪スポーツ刈りのその見た目は佇むだけで威圧感を感じる。あと眉毛が無駄にすごく太い。背中に大きな赤い×印の付いた黒いウィンドブレーカーを着ている。
男の右手にはコーラ、左手にはアンパンがあり、かなり古い張り込みスタイルだ。
彼の名は
甲羅衣太《キノエ ライタ》
元
ブラックウィザード、現在は軍隊蟻のメンバーの一人だ。
彼はお嬢こと
樫閑恋嬢にこのオービタルホテル正面玄関での張り込みを命じられ、こうして木の陰に隠れながらホテルの正面玄関を見張っていた。ちなみにここは昂焚が姿を現す場所としては最も可能性の低い場所である。「いざ現れた時、脳筋思考の彼がまともに連れ戻せるわけがない。」という樫閑の采配である。
だが、そんな彼女の考えなどいざ知らず・・・
「くぅ・・・ユマの姉さんの話、泣けるじゃねえか!自分を救ってくれた男を諦めずに10年も世界中で追いかけるなんて・・・こんなに一途で健気で義理堅い女がどこにいるってんだ!?あんな良い娘を放って世界中飛び回るなんざ・・・尼乃の野郎、男の風上に置けねえ奴だぜ!女性からの好意にはYesでもNoでもハッキリと答えるのが筋ってもんじゃねえか!見つけたらこの俺がその根性を叩き直して、筋を通せる立派な男にしてやる!待ってろ・・・じゃなくて、待っててください!お嬢!必ずやこの甲羅衣太が
尼乃昂焚を連れ戻してやるぜ!コラァ!!」
ユマの美談(?)に涙し、意気揚々と宣言する羅衣太だったが、あまりにも大声を出し過ぎたためにホテルの警備の者に見つかってしまい、2人の男に両脇を抱えられて連行された。
「怪しい奴だな。」
「おい。ちょっとこっちに来てもらおうか。」
「ちょ!おい!こら!俺は怪しくねぇぞ!コラァ!」
ズルズルと引き摺られながら警備の者に連行される羅衣太は正面玄関で踵を玄関前の石段に引っかけて抵抗する。
すると、パーカーを着た一人の少年が正面玄関から飛び出し、羅衣太とすれ違った。彼は羅衣太のことを気にも留めず、一目散に走り去っていった。
フードを深く被っていたが、走っている途中でフードが外れ、現れた素顔を羅衣太は見逃さなかった。
(あいつ・・・確か神谷とかいう風紀委員じゃねえか!!これはお嬢に伝えておくべきか?)
軍隊蟻から見れば、稜と昂焚は全くもって無関係であったが、些細なことでも報告するように口うるさく言われているのを思い出し、稜のことを報告しよう決断した。
羅衣太は全身の筋肉に力を入れて踏ん張ると、自分の両脇を抱えていた警備の者たちの腕を掴み、そのまま2人同時に柔道の一本背負いの要領で2人同時にひっくり返して地面に叩きつけた。
その隙に羅衣太は逃走し、ケータイで樫閑に連絡を取りながら、稜を走って追いかけた。
「あ!お嬢っすか!?」
『甲?どうしたのかしら?』
「ホテル見張ってたら、
神谷稜が出てきましたぜ!」
『神谷稜?風紀委員一七六支部の?』
「うっす!」
『あと、なんか息荒いけど大丈夫?』
「大丈夫っす!ホテルの警備に追われながら、神谷の野郎を追跡中っす!!なので、ホテルの見張り出来ませんぜ!」
ついノリでありのままの事実を告げてしまった羅衣太だが、この時点でオービタルホテルの見張りという任務を放棄したのを自白しているようなものだと気付いた。
電話口の向こうでブチッ!と何かが千切れる音がした。
『殲滅対象・カ・ク・テ・イ・ネ♪』
告げられたのは死刑宣告同然の言葉だった。羅衣太はとにかく無我夢中に走った。お嬢にシバかれる現実から逃げるために・・・
* * *
オービタルホール
復讐の惨歌が響き渡るメインステージ。ステージ上で「オルフェウスの断末魔」を歌い続けるアリサはステージから観客席に降り、苦しみ続ける姫野や観客達を傍目にゆっくりと歩いて観客席の後方へと向かう。
(見つけた・・・ディアス=マクスター。)
アリサは不気味な笑みを浮かべ、懐からナイフを持ち出した。軍用のサバイバルナイフであり、人間を殺すには充分名は渡りを持っていた。
(私はお母さんに会いたい! 伝えたい! なのにお母さんはどこにも居ないの。どこにいるか思い出そうとするとあなたの姿が邪魔をするの・・・・
邪魔・・・
邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
あぁそっか、ジャマならじゃま出来ないようにすればいいんだ。私ってばお馬鹿さん♪)
ディアスまであと30メートルのところにさしかかる。彼女の手に握られたナイフはカタカタと震える。恐いからじゃない。復讐を達成できるからじゃない。そもそも彼女の頭に“復讐”なんて言葉はない。ただ、“邪魔を排除”するだけ。罪悪感も殺人への躊躇いも無い。でも彼女の手は震えていた。
(邪魔するものはみ~んな殺しちゃえば良いんだ♪)
狂気で胸を満たすアリサはゆっくりと歩みを進める。
ブッツン――――――――――――――
歌が止まった。音響設備の電源が切られ、その異常に気を取られてアリサ自身も歌を中断してしまった。それと同時に苦しんでいた姫野と観客が頭を抱えながら立ち上がる。
「痛ててて。何だ?今の・・・」
「なんか凄く悪い夢を見てたような・・・」
ステージ上で立ち上がる姫野のところにATTの格好をした死人部隊が駆け寄る。
「ご無事ですか?」
「あ、はい。大丈夫です。」
命令されたテンプレ通りの応対をする死人部隊。姫野を気遣う者とはまた別の死人部隊が拡声器を持ち、それを客席へと向ける。
「会場の皆さま。音響設備の不具合により、誠に申し訳ありませんが、第2部のライブを一時中断し、ステージのチェックのため警備スタッフの誘導に従って外に出るようお願いします。」
警備員からの発表に会場は騒然とする。謎の美少女に断末魔のような苦痛と悪夢、そしていきなりのライブ中断。何が何だか分からず、観客達は動揺した。
クラヴマガ社のスタッフが道を作り、観客達は不満を洩らしながらも誘導に従ってホールの外に出る。ゾロゾロと数千人もの人間がメインステージから出るのには時間がかかった。
その隙にATTは持蒲からの命令により、客席の隅やステージ上部に狙撃銃を持って配置に付いた。
ほぼ無人になったメインステージ。観客席の中心にアリサが立ち、後方で隠れていた昂焚、ディアスと対峙する。関係者は誰も逃げなかった。アリサはディアスに復讐するために、ディアスは観客に紛れて敗走することを彼の
プライドが許さないから、そして昂焚はアリサに対する単なる興味だ。
火蓋を切ったのは昂焚だった。座席シートの下に隠していた都牟刈大刀を出すと、突くように刀を前に出した。それに呼応して都牟刈大刀の1つの刀身が8つに分裂し、刃の蛇となって一気にアリサに襲いかかる。
刃の蛇はジャラジャラと鎖を引きずるような音と共にアリサに急接近する。しかし、アリサの数メートル前で見えない何かに衝突し、刃の蛇は軌道を変えて周囲の壁やアリサの背後のステージを破壊する。昂焚の狙いはアリサでは無い。彼女の背後のステージや上階の客席で銃を構える死人部隊だ。
都牟刈大刀の予想外の攻撃に死人部隊は無残にも武器を破壊され、刃からの電撃で感電して
行動不能に陥る。痛みを感じなくても神経伝達に異常を来すことで行動不能にすることが出来る。
そして、同時に1つだけUターンしてアリサが握る軍用ナイフを弾いた。
「痛っ!」
アリサの手から弾かれたナイフは宙を舞い、ディアスがナイフを取ろうと席から飛び上がった。
ドォォォォォン!!
ディアスのすぐ横ですれ違った衝撃波と共に彼がいた席が粉微塵に破壊され、跡形も無くなっていた。もし彼がナイフを取るのが少し遅れていたら座席と一緒に粉々になっていた。
「あーっ!千載一遇のチャンスの一撃、笑莉ちゃん特製の“真に遺憾の意を示す”を外しちゃうなんて~!てへぺろ~☆」
ステージで弓矢を構えた
玄嶋笑莉が悔しそうな顔をしながら、再び矢を構える。
轟弓 百合若《ユリワカ》
「百合若」という名の伝説の武人が使ったとされる巨大な轟弓だ。伝承で百合若に書を届けた鷹にちなんで、全体的に鷹の翼を想わせるような形をしている。常人の倍ほどある大男であった百合若のために作られた弓であり、百合若にしか引く事が出来ない。彼女は両手に魔術的な施しで弓に自身を百合若と誤認させることで弓を引いている。
「次は外さないよ!」
笑莉が第二射を射出する。ディアスは身を転がしてギリギリのところで回避する。
ディアスはポケットに入れていた血液の入っている小瓶を開け、それを持っていたナイフへと流し込む。ナイフは既に誰かを斬った後のように血に濡れるが、すぐにナイフは血を“吸収”し、太陽のように輝き始めた。
「ナイフでは心許無いが・・・・“王たる証を此処に立てん”」
アーサー王の持つエクスカリバー、カール大帝の持つジョワイユーズ、シグルドの持つグラム、ディートリッヒ・フォン・ベルンの持つエッケザックス、エル・シドの持つティソナとコラーダ、ベーオウルフの持つフルンティング・・・・・・。
このように、物語において『王』と呼ばれる存在は、その殆どが名のある剣・・・「名剣」「聖剣」「魔剣」を所有している。その剣を手に入れたからこそ王になり得たのか、王だからこそその剣を手に入れられたのかは定かではないが、『王』というのものは『伝説的な武器』を持ってしかるべきなのである。
これは王族の血をトリガーとして発動する、一種の強化魔術であり、所持した武器を、例えそれがなんであれ、伝説級の霊装へと変えてしまう。基本的な能力として、莫大なテレズマをかき集め、術者に還元する事があるが、「王の持つ武器」としてテレズマを自由に調整し、様々な特性を持たせることが出来る。
「王の剣の前にひれ伏せ。似非巫女。」
ディアスがナイフを振るうと、光の斬撃が笑莉へと向かってきた。
「えっ!あ、ちょっとタンマ―――――――!」
――――などという彼女の願いなど聞き入れられず、光の斬撃がステージを破壊する。
「やはり、ナイフでは著しく性能が落ちるな。」
「ディアス。あっちのコスプレ巫女は任せた。俺はこっちのお嬢さんの相手をする。」
「ふん・・・構わん。」
ディアスは昂焚の申し出を承諾すると、ステージの方に向かって走り去った。
「さて・・・そっちのお嬢さん。君の相手は・・・・」
アリサは昂焚のことなど気にせず、ステージに向かうディアスの方を凝視していた。
「あのなぁ・・・戦闘中に余所見は禁物だって、バトル漫画の悪役に教わらなかったか?」
昂焚が完全に背を向けるアリサに歩み寄り、彼女の肩に手を掛けようとした時だった。
一滴の雫が昂焚の手の甲に落ちる。雫が落ちたところから血が流れ、昂焚の血と雫が混じり合って床に落ちる。
見上げると、そこには屋内であるにも関わらず黒色の雷雲が渦巻いていた。
(こりゃあ・・・まずいな。)
昂焚は咄嗟にアリサから離れて距離を取る。
雷雲から雨が降り注ぐ。屋内で発生する雷雲が普通でないように、降り注ぐ雨も普通ではなかった。全ての雨がアリサを避けるように降り注ぎ、雨によって濡れた場所がズタズタに切り刻まれていた。
それはまるで、刀か槍の雨でも降ったかのように。
切り刻まれた床や客席に付着する雨が今度は昂焚に向かって襲いかかる。物理法則など完全に無視し、意思を持って動いているようだ。
(くっ!)
昂焚は都牟刈大刀の8本の刃の蛇を傘のように展開させ、それを目にも留まらぬ速さで動かすことでこちらに向かってくる雨を全て迎撃する。まるで飛来する弾丸か投げナイフを弾くような衝撃と音が幾重にも鳴り響く。
しかし、昂焚は雨の迎撃に集中し過ぎて背後から近付く敵の姿に気付かなかった。
「ようやく会えましたね。尼乃昂焚さん。」
昂焚の背後を取り、
大和尊が姿を現した。太刀の刃を昂焚の首筋に当て、少しでも手首を捻れば昂焚の首を切断できる状態だった。
「え~っと・・・あ、高校の時、風俗にハマって退学処分になった田中じゃないか。」
「違います。」
尊は否定すると同時に太刀を握る力を強め、刃をより強く昂焚の首に押し当てる。肉が斬れ、わずかに刃が肉の内側に入り込み、血で赤く濡れていた。
「間違えたのは失礼した。謝るから、その物騒は太刀を首から離してくれないか?そろそろ頸動脈が切れそうなんだが・・・」
「とりあえず、その剣を手放して下さい。話はそれからです。」
昂焚は尊に言われるがまま都牟刈大刀を手放す。
アリサは咄嗟に駆けだし、昂焚が手放した都牟刈大刀を握ろうとする。
「アリサ!!」
尊が彼女の名を叫んだことでアリサが剣を持つ直前に静止する。
「ミコトさん・・・ですよね?私です。アリサ=アルガナンです。」
「ええ。覚えていますよ。」
そうにっこりと笑って答える尊にアリサは恍惚とした表情を浮かべて彼を見つめる。しかし、尊の目付きはすぐに鋭く無言の怒りを表すものとなった。
「アリサ・・・なぜ、あなたがこんな処にいるのですか?」
尊の表情の変化など気にせず、アリサは少女のような輝いた目で答える。
「お母さんに会いたいんです。会いたいのに・・・ディアスが邪魔をするんです!ディアスを殺そうとするとイルミナティが邪魔をする!その男だって、イルミナティの幹部として私の邪魔をする!だから殺さないと!ディアスも!その男も!イルミナティの奴らはみんな殺さないとお母さんに会えない!」
狂ったように悲痛を叫び続けるアリサ、その姿を見て尊は唇を噛む。そして、昂焚の首に当てられていた太刀を握る手がカタカタと震える。傷口が広がり、昂焚の首からいっそう血が流れる。
「アリサ・・・私はあなたに言った筈です。“復讐は私がやります。あなたは歌と共に生きて下さい”と。」
「復讐?違うよ?私はお母さんに会いたいだけ。」
(駄目だこいつら。会話が成立してない。)
昂焚は抜け出すチャンスを窺うが、そのチャンスがまったく来ない。ディアスと笑莉は周囲の被害など気にせず、ステージや客席を破壊しながら壮絶な戦いを続け、こっちに目を向ける余裕は無い。ATTは自分が無力化させたせいで動く気配が無い。
ドォン・・・・ドォン・・・・
建物全体が揺れるほどの衝撃、それがメインステージの壁や床を伝ってその場にいる人間に伝わってくる。地震ではない。巨大な何かが一定のテンポで壁を殴っているのだ。
そして、ステージ観客席側の壁は音を立てて崩壊した。立ち篭もる砂煙の中から聞こえる呻き声と巨大な影、そして、その主は姿を現した。
グォォォォォォアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!
体長3mの巨大なゴーレムだ。建物の鉄筋コンクリートや大理石も巻き込んで肉体を作っており、まるで嘆き叫ぶ醜女のような姿をしている。身体の各所に大量の血液が付着し、特に手や口元には血だけではなく人間の肉片と思しきものも付着していた。肉片に付着している布から、おそらく死人部隊が犠牲になったと思われる。その姿からは恐怖心しか感じられず、いずれ自分もあれの手や口に付いている肉片のようになってしまうと考えるとゾッとする。
黄泉醜女の傍らには一人の女性が佇んでいた。
長い黒髪のストレートだ。右目から右頬にかけて大きな火傷の跡があり、何かを激しく恨むような目をしていた。グラマラスな体型をし、それを強調するかのように胸にサラシを巻き、パレオのように腰に布を巻いただけのあまりにも肌の露出が多い服装をしていた。そのせいで同時に全身の火傷跡が痛々しく目立つ。
ステージ上でディアスと互いに膠着状態に陥っていた笑莉もその怪物の姿を確認することが出来た。
黄泉醜女は
神道系の中では最上級の「忌」とされる術式であり、いくら強力でもそんな魔術に手を出す輩はほとんどいない。そして、そんな禁忌を平然と行使する人間を笑莉は一人だけ知っていた。
笑莉は真面目な表情になると、百合若を強く握り締めた。
次々と壇上に上がる役者たち
暴走し、留まることを知らない復讐劇により
更に物語は加速する。
最終更新:2012年12月02日 21:36