「焔火達が!?それは本当か!!?」
「<はい!!寒村先輩と同行している春咲林檎の念話通信で、界刺先輩達が焔火さん、朱花さん、鏡子さんを捕捉したとの連絡が!!>」
「緋花・・・!!しゅかん・・・!!鏡子・・・!!」

破輩が焔火・朱花・鏡子の生存を伝える緊急連絡に再度確認の声を挙げ、彼女達159支部の後方支援を担当する佐野は簡潔明瞭に応える。
一方、176支部リーダー加賀美は3者の生存と捕捉に感極まる声を漏らす。

「それで!?界刺達は!?」
「<すぐに突入すると・・・>」






ドカーン!!!!!






「「「「「!!!」」」」」

高速飛行している風紀委員達の耳に轟音が突き刺さる。その方向に目を向ければ、光球に照らされた建物の一角から土煙を上げている光景が見える。
おそらくは、『シンボル』が突入したのだ。連中の目的は鏡子奪還だろうが、そこに焔火と朱花が居るのだ。位置がわかっている以上、自分達も急行しないわけにはいかない。

「閨秀!!あそこだ!!あそこに焔火達が居る!!」
「わかってるっすよ、破輩先輩!!」

破輩に応えるかのように、閨秀は『皆無重量』の速度を上げる。『ブラックウィザード』側もこちらの意図は看破しているだろうが、対策を講じさせる暇など与えない。

「稜!!突入したらすぐに戦闘になるよ!!準備はいい!?」
「もちろんだ!!テメェ等もだよな!?」
「「「当然!!」」」

加賀美の注意に176支部のエース神谷は『閃光真剣』を展開することで了解の意を示し、彼の檄に斑・鏡星・姫空が応える。
焔火姉妹及び鏡子と一番関わり合いが深いのは176支部である。彼女達の救出は176支部の責務でもある。気合いが入らないわけが無い。

「そらひめ先輩ーい!!もうすぐですよー!!」
「あぁ!!界刺達が先行してくれてるんだ!!あたし達が下手をこくわけにはいかねぇ!!皆!!いくぞ!!」
「「「「「おぅ!!!」」」」」

土煙を上げる建物まで300mを切り、戦闘体勢に入る風紀委員達。役目は終わったとばかりに光球は消え失せている。
突然の事態に対処が遅れているのか『ブラックウィザード』の妨害も無い中、焔火達の救出に確かな光明を見出した少年少女達。









ゾクッッッ!!!!!









「「「「「!!!!!」」」」」

そんな彼等彼女等の期待を、目的を、命を脅かす“強大なる存在者”の殺意が突如として空間に満ち溢れる。

「破輩先輩!!!」
「来るぞ!!!」

電磁波レーダーで捉えた湖后腹と水蒸気の展開で感知した固地が『ほぼ同時』に警戒の声を挙げる。挙げてしまう程の飛来速度。そして・・・“来た”。



ビュン!!!



それは繭。糸の反発力と念動力を用いて急加速しながら『皆無重量』の無重量空間内に突っ込んで来た白の弾丸。

「閨秀!!一厘!!」
「チィッ!!」
「ハァッ!!」



グン!!!



弾丸を瞳に映したと同時に指示を出した破輩の声に、閨秀と一厘が展開済の『皆無重量』と『物質操作』による二重の念動力を行使して強襲を食い止める。

「(やっぱ念動力か・・・!!)」
「(と、止められた・・・?)」

自身の念動力によって干渉した感覚で繭(糸)の表面に念動力が纏っていることを確認した閨秀と一厘。椎倉の読みは見事的中していたのだ。

「真面!!『発火能力』で少しでもいいから糸を焼き払え!!」
「了解!!」
「湖后腹!!雷撃の槍で繭を貫け!!」
「わ、わかりました!!」
「香染!!『光子照射』を!!」
「・・・・・・潰す!!」

固地・破輩・加賀美が真面・湖后腹・姫空に命令を下す。蜘蛛糸とて万能な存在では無い。電流は流れるし、耐熱にも限度はある。

「“ご苦労だったな・・・真面、殻衣”」
「「!!?」」
「「えっ!!?」」

だが、機先を制するかのように“存在者”は彼に取って歯牙にもかけない弱者である真面と殻衣の個人名をわざと出して敵の動き―正確には演算―を阻害する。
現に、火の玉を浮かべていた真面と隣に居る殻衣は“存在者”の指摘に虚を突かれる。湖后腹と姫空も思わず真面達の方に視線を向けてしまった。何故か?それは裏切りの可能性。
殺し屋は知る由も無いが、風紀委員会の中に『ブラックウィザード』の内通者―網枷―が存在した以上トラウマに近い思念が各風紀委員に刻み付けられていたのだ。

「俺が何故ここに来ることができたのか・・・その“仕掛け”を知りたくはないか?本来であれば、念動力で作られた糸を感知できる能力者が貴様等には居るというのに」
「何だと・・・!?」
「念動力!?そ、そんな筈は・・・!!」

閨秀と一厘も驚愕の表情を浮かべる。“存在者”の言葉通りなら、殺し屋は真面と殻衣に念動力で作成された糸を仕掛けていたということだ。
だが、それなら念動力を操作する閨秀と一厘が調査できない筈が無い。特に、精密さに長けている『物質操作』なら尚のこと。
そもそも、殺人鬼と遭遇した真面と殻衣が発信機の類が仕掛けられていないかを確認していた際に、糸(念動力)が仕掛けられていないかを2人は調査しているのだ。
念動力による感知は念動力が発生していなければ為し得ることはできない。そして、成瀬台からここに来るまでに閨秀・一厘共に念動力を風紀委員全体へ展開していた。

「真面!!湖后腹!!姫空!!惑わされるな!!さっさと・・・」

わざわざタネ明かしをする意図が自分への攻撃の手を鈍らせることにあると気付いた固地の怒声が響くが、最後まで言葉に出す前に殺し屋が高らかに宣言する。

「“仕掛け”は・・・こうだ!!」



ヒュン



「「ッッッ!!!」」

何が起こったのかを理解したのは念動力を展開していた閨秀と一厘のみ。念動力を展開している彼女達の感覚は、確かに新たな念動力の出現と消滅を感知した。
放ったのは無論目の前の殺し屋。放った先はもちろん彼が操作可能な蜘蛛糸。場所は・・・真面と殻衣の腕に身に付けられている風紀委員の腕章。
正しくは、所々がボロボロになっている腕章の傷から見えている基布部分・・・その奥に混在している糸と呼んでいいか疑問さえ浮かぶ極小の粒糸。

「ククッ。起きた事象を理解できないという反応だな」
「ど、どういうこった!?」
「嘘・・・!!!」

但し、どういうカラクリなのかを今の2人は理解できていない。この動揺が周囲の風紀委員にも伝染する。思考が硬直する。タネ明かしをしよう。
『蛋白靭帯』は、念動力と人体にあるタンパク質等を用いて蜘蛛糸を作成・操作する能力である。言い換えれば、タンパク質の原料であるアミノ酸に念動力を干渉させることもできるのだ。
“仕掛け”用の蜘蛛糸を作成する時は、念動力系能力者による調査に引っ掛からないように蜘蛛糸の表面に念動力を纏わせるのでは無く、内部のアミノ酸に念動力を纏わせるのだ。
(この『切り離された』“仕掛け”用の糸の場合、体内時とは違って『数個』のアミノ酸にしか展開不可。この制約を超えた瞬間アミノ酸に込められていた念動力が糸全体に広がった後に消失する。
そして、上限である『数個』とは【1本につき数個】では無く【切り離した糸全ての中で数個のみ】という意味である。故に、“仕掛け”用の糸は片手の指を下回る数が限度である)
表面や全体に念動力を纏わせる状態と比べて感知能力は格段に低下し、具体的な糸の操作も満足にできず、通常の意識では“仕掛け”が何処にあるのかも判別が付かない。
しかし、体内のアミノ酸をマイクロメートル単位で繊細に操る程の意識―仕事時―を振り向けば糸の居場所や表面から伝わる衝撃等は感知でき、何より隠密性に非常に優れている。
これは、アミノ酸の貯蔵・凝縮のために無意識に展開・維持している念動力の応用でもあるが、やはり体外へ『切り離される』とこの性能も大幅に劣化することに本人は不満を覚えている。
念動力とは、基本として念動力という『力』を物質の表面に付着させることから始まる。そこから物質を動かしたり捻じ曲げたり浸透したりetcという使い方である。
言い換えれば、表面に念動力が纏っていない以上捻じ切ったり等の破壊干渉をしなければ内部にある別種の念動力の存在には気付かない。
しかも、“仕掛け”に用いた糸は太さ・長さ共に赤血球サイズの大きさである、一厘の『物質操作』の精度の高さは折り紙つきだが、さすがに赤血球サイズの物体の輪郭や感触はわからない。
わからなければ精密な調査も操作も行うことはできない。そのために、念動力という観点(常識)から一厘と閨秀は調査・注意を行って来た。だが、“存在者”は彼女達の上を行った。
今彼がやったのは腕章に仕掛けていた糸の分解である。分解のためにウェインが放った念動力によってアミノ酸に干渉させていた念動力は糸全体へ広がり、
消失前に放たれた念動力と合わさり分解の一助となった。ちなみに、この“仕掛け”は焔火の腕章にも仕掛けられていた。
以前の戦闘時に、投げたナイフがボロボロの腕章を掠めそうで掠めなかった時に柄に付着させていた極小の粒糸―本命―を布の傷口から侵入させていた。
この能力と『紫狼』に所属するメンバーの協力もあって、迅速且つ的確な補足に至ったという形だ。

「まぁ、そんなことはどうでもいいか。一応断っておくが、そこの2人は裏切り者では無いぞ?弱者の手など俺は積極的に借りんし、『借りた』と貴様等に思われるのは心外だ。
強者である俺が無知な弱者を利用しただけのこと。そして、貴様等『全員』が愚かにも俺の罠に引っ掛かっただけだ。では、借りを返そう・・・・・・哀れな弱者共」
「「「「「!!!??」」」」」

繭に覆われた殺人鬼の表情は、風紀委員側から察することはできない。わかるのは、戦慄する程の殺気が更に増したこと。

「(“糸に”糸を・・・!!?)」

そして、精度に優れる『物質操作』によって一厘だけが詳細な仕組みに気付いた―閨秀は途中までしかわからなかった―殺し屋の秘密の一端。
知らず知らずの内に空中へ『切り離されていた』目にも映らぬ極小の糸―今度は『物質操作』でギリギリ感知できる太さ・長さ―の1つに繭から伸びた同程度の大きさの糸が『繋がる』。



ギュイン!!!



そして、瞬く間に大きな槍が形成される。念動力を纏い、穂先がドリル状になっているソレの狙いは・・・この無重量空間を形成する支配者。“花盛の宙姫”・・・閨秀美魁






「死ね!!!」






長槍が閨秀―及び背中にしがみ付いている抵部―に向けて放たれた。

「「ッッ!!?」」

止まらない。止められない。閨秀の『皆無重量』は念動力の強さとしてはレベル3程度でしか無く、一厘の『物質操作』は持てる馬力に欠ける。
そんな―それ故の―両者の二重干渉を『蛋白靭帯』はものともしない。研ぎ澄まされた強大なる爪は、少女達を貫こうと狂音を響かせながら突進する。



ブオオオオォォッッ!!!!!



命の危機を知らせる本能がままに、破輩は『疾風旋風』で束ねた強大な風の塊を全て長槍の横っ面にぶつける。
ハリケーンに耐え切る性質上槍の形成自体を崩すことはできないが、長槍の軌道をずらすことはでき・・・



「温い!!!」
「なっ!!?」



切らない。殺人鬼の統御力は桁が外れている。その集中力を1つに集めれば、抵抗力も飛躍的に増す。すなわち・・・穂先が“曲がり”、そして“伸びる”。
破輩・閨秀・一厘の力で、確かに胴の真ん中を貫く最悪の軌道を逸らすことはできた。即死は免れることができた。だがしかし・・・



ズガガガガッッッ!!!



「ガアアアアァァァッッ!!!??」

ドリル状の穂先が閨秀の左肩―首に腕を回していた抵部の左腕を念動力で外した直後に―を抉る。
抵部の『物体補強』で補強していたのにも関わらず、閨秀の肩口から大量の血飛沫が噴出する。否、補強していなければ間違い無く閨秀の左腕は肩口から吹っ飛んでいた。



シュン!!



「「「「「ッッッ!!!??」」」」」

無重量空間が消滅する。多大な演算を用いて形成される関係上、閨秀が演算を乱す状態に陥れば無重量空間は維持できなくなる。

「そらひめ先輩!!!」

ショックで気を失った閨秀を、後背に乗る抵部が抱きかかえながら『物体補強』を強く保持しながら落ちて行く。
破輩が放った暴風の影響で、2人は風紀委員達と大きく離れてしまう結果となった。

「殻衣!!『土砂人狼』展開準備!!!」
「は、はい!!!」

同じく破輩が放った暴風の影響を受けた178支部は、固地の指示の下殻衣の『土砂人狼』にて着地の準備に入る。

「くそっ!!・・・一厘!!鉄枷!!湖后腹!!私から離れるなよ!!!『疾風旋風』で何とかする!!!冠!!お前もだ!!」
「離れるなって・・・!!」
「空中で・・・!!」
「俺は磁力を操作して着地します!!冠先輩!!掴まって下さい!!」
「閨秀・・・!!!抵部・・・!!!すぐに助けに行くから!!!」

閨秀への一撃を防ぎ切れなかった破輩は、悔しさを露にしながらも仲間に着地の手段―落下を利用して風を束ねる―を提示する。
また、位置の関係から159支部と共に着地の準備に入る花盛支部リーダー冠は、撃墜された仲間の身を案じる。

「麗!!私の『水使い』とあなたの『砂塵操作』で不時着するよ!!いいわね!!?」
「はい!!」
「野郎・・・!!!」

加賀美は鏡星と共に176支部全員の着地準備に入る。一方、“剣神”神谷は再び現れた殺人鬼の凶行に怒りの感情を抑えられずに居た。

「・・・・・・」

“世界に選ばれし強大なる存在者”・・・浮遊する繭を解いてその上に乗っているウェインは、散りじりになって落下して行く風紀委員達を一瞥する。
借りは返した。ここから先は、己の仕事を邪魔する時のみ殺す。巻き添えは知らない。それは単に運が無かっただけ。むしろ、“障害物”らしい死に様だ。
そう考えた後に繭から糸を飛ばす。飛ばした先は・・・粉塵を上げる建物。閨秀を撃墜した長槍を右方に従え、糸の反発力を利用して突貫する。
あそこに奴が居る・・・予感がする。巨大な光球を生み出した者が。かつて自身との殺し合いで生き残ったあの碧髪の男が。






「(どうして・・・・・・?)」

涙に溢れた瞳に映った光景を認識した瞬間に思ったことは『疑問』だった。

「緋花ああああああぁぁぁぁっっ!!!!!鏡子おおおおおおぉぉぉぉっっ!!!!!」

自分の名を呼ぶ碧髪の男・・・“閃光の英雄”界刺得世。彼が自分を命懸けで『助けに来た』ことに対する『疑問』。

「(あなたが・・・私を・・・?)」

まるで自分の悲鳴(さけび)に応えるかのように・・・かつて経験したあの光景のように・・・『他者を最優先に考える“ヒーロー”』のように現れた“ヒーロー”。

「(違う・・・。あなたはそんな“ヒーロー”じゃ無い・・・。あなたは・・・あなたは・・・)」

少女―焔火緋花―が思う“英雄”は『自分を最優先に考える“ヒーロー”』である筈だ。それなのに、何故自分を『助けに来た』?
“英雄”の忠告通り、“ヒーローごっこ”に終始した挙句無様な醜態を晒している自分を、何故命を懸けてまで『助けに来た』?
己を最優先に置いたまま自分(しょうじょ)を助けることを優先できる程の何かが焔火緋花にあるというのか?

「(あなたは・・・一体・・・!?)」

混乱する思考。答えの出ない問答。だが、現実はそんな暇を与えてくれなどしない。ここは・・・戦場。生き死にが懸かった世界。



ギーン!!!



「「「グウウウゥゥッッ!!!??」」」
「界刺さん!!?不動さんに仮屋さんも!!?どうしたんだ!!?」

突入して来た界刺・不動・仮屋が突然蹲り、風路だけが何が起こっているかわからずうろたえている。
3人の頭に鳴り響く異音。超能力発現のために必要な演算を阻害する音・・・『キャパシティダウン』。

「<ふぅ・・・。間一髪って言った所かな?>」

調合屋が安堵の声を漏らす。彼は咄嗟に『キャパシティダウン』発生装置に繋がっているイヤフォン―焔火の耳にセットされている―を外し、
音波を操作する能力を持つ“手駒達”の力を用いて自分や智暁達に影響が及ばないように操作している。念動力によって空気を制御する『念動飛翔』を持つ仮屋なら、
『キャパシティダウン』の影響を防御することも可能であった。だが、複雑な演算制御が必要な飛翔状態であったこと、音波を操作する“手駒達”が居たことが重なり、
結果として『キャパシティダウン』の影響を喰らってしまった。現在『キャパシティダウン』の影響が及んでいるのは界刺・不動・仮屋。位置の関係上、
焔火は『キャパシティダウン』の影響は及んでいないものの、薬の影響でまともな演算能力を発揮できない精神状態にある。

「グウゥゥッ!!」

界刺が耳を押さえる。だが、その程度では『キャパシテゥダウン』の影響を排除することなどできない。

「風路!!私達のことはいい!!鏡子を!!」
「お、おぅ!!」
「させますか!!朱花!!」



バリバリ!!



「うぉっ!!?」

不動の指示を受けて風路が鏡子の下へ向かおうとするが、智暁の指示を受けた朱花の電撃が風路の前方すぐにある地面に衝突し、動きを阻まれる。

「むむ?電撃が地面に?・・・さっきの『キャパシティダウン』の影響かな?
イヤフォンを引き抜いたタイミングと“手駒達”の音波操作が行使されたタイミングの間に少しだけタイムラグがあったからなぁ」

智暁の言う通り、“手駒達”の朱花や薬物中毒者の鏡子達は少しだけ『キャパシティダウン』の影響を受けてしまっている。緊急事態であったため致し方無かったが。

「まぁ、いいでしょう。あなた達『シンボル』の企みは潰させてもらいます。皆!緋花をここから離脱させて!」
「!!!」

焔火の目が見開かれる中、智暁が持っている装置によって彼女を拘束していた枷が解除される。

「(ガシッ)」
「ヒグッ!!!」

媚薬剤の効果はまだ抜けていない。担がれるだけで過剰な刺激が少女の体を駆け巡る。
程無くして女達に担がれる焔火が離脱する前に、余裕ができた幼き調教主はとびっきりの仕置きを彼女に与えることを決める。

「でも・・・その前に。朱花!あの“『シンボル』の詐欺師”を高圧電流で撃ち抜きなさい!!緋花の瞳に焼き付けるように、盛大に!!」
「(なっ!!?)」
「・・・・・・」

智暁の命令を受けて、朱花は強力な電撃を放つために力を溜める。狙うは・・・『キャパシティダウン』の影響で蹲っている『シンボル』のリーダー。

「朱花が戦場に出るという意味を緋花にしっかり認識させる良い機会です。その後は、“詐欺師”に調合屋さんの薬で思いっ切り地獄を見せてあげるってのはどうですか?」
「<いいね。その結果として“手駒達”として強力な兵隊にするのもいいし、俺個人的な実験材料として使い潰すというのも悪く無い。今なら人質として有効活用もできる>」
「や・・・やめ・・・て・・・」
「・・・口答えは許しません。緋花の顔を固定して、ちゃんと瞳に映す角度を保って!!」
「ぐううぅぅっ!!」

力が入らない焔火は、担がれた姿勢のまま中毒者の手によって無理矢理固定される。そして、己の姉が他者を傷付ける様を見せ付けられようとする。

「さぁ!!朱花!!界刺得世を撃ち抜きなさい!!」
「・・・・・・」
「お、姉・・・ちゃん・・・!!駄、目・・・!!!」

命令は下された。朱花の体から迸る高圧電流が界刺に襲い掛か・・・



ピカッ!!!



「!!?」

らなかった。電撃を放つ直前、朱花の両目に複数の光球が・・・ビー玉サイズでしか無い光球が襲い掛かったのだ。
痛覚が潰されたわけでは無い朱花は光の刺激によって一時的な失明に陥り、同時に演算を阻害されたため電流を放つことができなかった。

「なっ!!?」
「<『キャパシティダウン』の影響は確かに及んでいる筈・・・!!そもそも、この装置はプロトタイプを改良して性能を高めているんだぞ!?>」

智暁と調合屋は驚くことしかできない。この改良型『キャパシティダウン』の影響下で能力を行使できる者はまず居ない筈。
だが、目の前の“詐欺師”は揺るがぬ事実として能力を行使した。これが意味するのは・・・演算強度の図抜けた頑強さ。どんな環境でも自分の力を十二分に発揮できる強靭さ。
そう・・・何時かのプールにて水楯と春咲の同席の下特訓した、否、それ以前から日常的に鍛錬して来た意味がここで出たのだ。

「んふっ・・・んふふふっっ・・・!!」
「界刺さん・・・アンタ・・・!!」
「得世・・・!!」
「界刺クン・・・!!」

智暁と調合屋の驚愕を余所に、命の危機にあった碧髪の男は風路達の言葉を耳にしながらゆっくり立ち上がる。胡散臭い笑い声を漏らしながら。


『じ、自殺行為だよ、それって!!』
『いんや、違う。自殺ってのは俺がすごく嫌いな行動だし。それに・・・俺には“保険”がある。あ~、あんまり使いたくなかったんだけど、しゃーねーか。
確かに、無能力者(これ)はキツイなぁ。あのお嬢さんの言った通りかもしれねぇ。こりゃあ、俺の“根本”にある考え方をちょっと見直す必要があるな、うん』


1ヶ月以上前に、界刺は春咲桜という少女に応えるために己が能力を封印して戦場に臨んだ。その時に得たモノ。“根本”の改めて見直し、見方の追加を決断するに至ったモノ。
つまり、『無能力者や低位能力者は“その時点”では取れる手段が限られるために辛い思いをする。この事実から当人も高位能力者も目を背けてはいけない』。
ようは、『能力が上がらずとも他(勉学や身体能力の向上etc)で代用する』という選択肢とは別に、『能力』に限定した選択肢を選んでいる人間について注視する必要があるということ。
界刺自身、レベル1の頃に己の能力について悩みに悩みまくった経験がある。上記で言うならば後者の選択(悩み)が主。それ等を経て一気にレベルが上がったという結果付きで。
だからこそ、見落としていたとも取れる部分があった。一気に上がるということは、一気に上がらない人間の気持ちがわからないということでもある。
例えば、低位能力者(レベル2)の春咲は現在進行中で己が能力の研磨に努めており、着実な成長を見せている。
これはレベル1で燻っていた時期はあったものの、高位能力者(レベル4)に上がってから成長が緩やかになった界刺にはわからない領域である。
似たような感覚はわかるかもしれないが、所詮似ているでしか無い。千差万別。才能の差は確実に存在する。それによって、当人の“根本”が変化してしまうこともあるだろう。
以前の春咲がそうであったように。『世界が不平等に分配した結果』が齎すモノは、齎された当人以外には真に理解できないのかもしれない。
界刺としては、無能力者・低位能力者の甘ったれた戯言を許容するつもりは無い。だが、苦しみながらも能力の研磨に努めている者達に関しては、
彼等彼女等がそれ(=辛い思い)に至った感情についてはもう少し理解の意思を向ける必要があるのではないか?
たとえ言葉に出さずとも、たとえ当人に伝わらなくても、たとえ『どうでもいい』という判断を下すことになろうとも、可能な範囲で理解レベルの向上に努めなければならないのではないか?
決して軽く考えていたわけでは無いが、高位能力者の1人として駆け抜けた救済委員事件はそれをより深く捉え直す良い機会であったと今の界刺は思う。
かつて、低位能力者であるレベル1で苦しんでいた者として。世界の一部足る存在として。見極める必要がある。自分のために。安易に手助けをすることは『助け』にはならない。
その上で決断する。『力を貸す』という決断も『切り捨てる』という決断も何もかも。その決断に・・・後悔の2文字は無い。


『ちくしょー・・・。こんなビー玉くらいの光を出せて何の意味があんだよ・・・』


そして、証明する。『能力』が上がらずとも・・・レベル1でも・・・低位能力でも・・・ビー玉サイズの光球しか生み出せなくても・・・確かな意味があることを。
当人の選択次第で訪れる不条理な結果を変えることができる力があることを。諦めなければ、『能力』についても先を切り開くことができる可能性が存在することを。
但し、あくまで可能性の領域である。可能性を高めるための努力を欠かす者・・・選択するべき可能性を履き違える者・・・時と場合と己を考慮せずに無謀な可能性を選択する者・・・。
これ等は、持ち得る確かな意味を己が手で消してしまう可能性が高い者達である。己が意志と力を証明したければ・・・考えるしかない。
可能性を。選択を。己が存在意義を。甘えず、腐らず、怠らず。只管考え抜くしかない。それ等を成し遂げて来た人間の1人が・・・今ここに立っている。

「こんなモン!!春咲林檎(わがままむすめ)の音響攻撃に比べたら、屁でも無ぇ!!!」
「(界刺・・・さん・・・!!!)」

林檎の『音響砲弾』最大出力に比べれば、『キャパシティダウン』の音波攻撃はまだ温い。無論、いかな界刺と言えども行使できる能力は精々レベル1程度だが。
だが、その不屈の意志を示すかの如き眼光に虚ろな瞳を浮かべる焔火は衝撃を受ける。朦朧としていた意識が・・・少しずつ覚醒し始める。

「<何て奴・・・!!早く焔火を!!>」
「皆!!お遊びはお終い!!早く緋花を離脱させて!!抵抗したらやり過ぎない程度に実力行使してもいいから!!」

一方、界刺の底知れぬ実力に危機感を抱いた調合屋と智暁は中毒者に焔火の離脱を命じる。

「(動け・・・動け・・・動いて・・・私の体!!!せめて・・・能力を・・・!!!少しでいいから!!!)」

焔火は殆ど力の入らない体を、頭脳を動かそうと懸命にもがく。界刺達が自分を『助けに来た』のに、当の本人が抵抗1つもしないまま連行されるのは・・・絶対に嫌だ。

「例えば・・・こういう風にね!!」
「アン!!!ヒャウ!!!クンッ!!」

もがくが、智暁が焔火の意思を見越して快楽の刺激を与え、それに倣うように中毒者も同様の行為を行う。それだけで、焔火の体や頭は掻き乱される。抵抗する力が奪われる。

「・・・成程。大方媚薬か何かの薬でも投与されて喘いでるって感じか」
「そうよ。何たって、緋花は私の愛玩奴隷なんだから。こうやって媚薬や他の薬をしこたま投与されて、喘いで、ヨガリ狂って。その乱れようったら、本当に処女なのかどう・・・」

焔火の体に何が起きているのかにおおよその見当を付けた界刺に、調教主の智暁が挑発混じりの言葉を放ち始める。だが・・・

「黙ってろよ、クソガキ!!!俺はテメェとなんか話して無ぇんだよ!!!」
「ッッ!!!」

『本気』の一喝が調教主の言葉を封じる。智暁は元来気弱な性格である。普段は頑張って不良ぶったり、相手が下手に出ていれば調子に乗ったりする。
最近は永観の影響もあってかサド気の方に熱心だったが、いざ相手に強気に出られた時は地が出てしまう。他方、耳喧しい戯言を封じた“英雄”は焔火の瞳を捉える。

「緋花・・・。言っとくが、俺はテメェやテメェの姉貴をこの手で『助けに来た』わけじゃ無ぇぞ?んなモン他の連中の仕事だ。
俺は、事の“ついで”にテメェへ一言二言言葉を掛けに来ただけだ!!だからよぉ、さっさと用件を済ませるぜ!!」
「ハァ・・・ハァ・・・界・・・刺さ、ん・・・ヒグッ!!」
「んふっ。情けねぇな・・・クソガキ?」
「!!!」

一言目。それは、焔火の意識を悦楽の刺激から引き戻しかける程の重い一撃。子供(クソガキ)のままで居たくないという少女の“我”―殆ど潰れていた―をブン殴る言葉。
そして、二言目が“閃光の英雄”の口から『“ヒーロー”になりたい』という夢を持つ“一般人”に向けて放たれる。
“詐欺師ヒーロー”として少女に放った言葉を、今度は“閃光の英雄”として確と放つ。






「『逃げてんじゃねぇよ、焔火緋花!!』」
「!!!!!」






それは、焔火緋花の意識を完全に覚醒させる程の思いが込められた・・・少女の“我”を泥沼の底から引き上げる程の想いが込められた・・・彼女にとって人生最大の“痛み”だった。






「さっさと連れて行きなさい!!!」

直後、智暁の怒声によって焔火は中毒者の手によって運ばれて行く。この部屋に残るのは界刺・風路・不動・仮屋・智暁・調合屋・朱花・鏡子・調合屋が引き連れて来た複数の“手駒達”。

「・・・にしても、思った以上に早ぇな。“手駒達”化がよ」

<ダークナイト>を手に持つ界刺は、朱花が“手駒達”化していることに気付いていた。頭にくっ付いているチップにも同じく。

「<知っていたのか・・・。フフッ。誤算だったかい?>」
「あぁ、誤算だったね。他の“手駒達”とは違って『痛覚が存在している』こともな」
「<!!>」

加えて、新“手駒達”の特性も先程発生させたビー玉サイズの光球で看破していた。

「2日程度で“手駒達”化に至るスピードを実現させた弊害か?よっぽどあの殺人鬼にビビってると見える。んふっ」
「<・・・それがどうした。君達が絶体絶命な状況なのは変わり無いよ?俺が従えている“手駒達”は全員能力者だ。君達が碌に能力を発動できないことはお見通しだ>」
「(・・・『閃烈底』を使うタイミングを間違え無いようにしねぇと)」
「<(焦っていない・・・。何か他に手があるな。ここには居ない他の仲間か?それとも・・・。くっ、それを引き摺り出さないとこちらも下手に動けない!)>」

界刺と調合屋は、互いに腹の探り合いを交わす。

「鏡子!!俺だ!!兄ちゃんだぞ!!わかるか!!?」

その間に、風路が大きな声で妹の名を呼び続ける。焔火が離脱したのを機に、心身共に固まっていた風路の枷が外れたのだ。

「うるさいですねぇ。風路さんは渡しませんよ!風路さんも大好きな薬が貰えるこの『ブラックウィザード』に残っていたいですよねぇ?・・・風路さん?」

智暁は事ここに至るまで気付いていなかった。調合屋も気付いていなかった。
鏡子が風路の姿を見て以降、『キャパシティダウン』による痛みも合わさって意識が正常に近い状態になっていたことに。

「お、お・・・兄ちゃ、ん?えっ・・・えっ・・・」

風路形慈の姿を目に映し、その衝撃から目を背けたくて思考停止していたことに。薬物に冒されながらも、風路鏡子の頭脳は風路形慈という兄をしっかり覚えていたことに。
だが、図らずも風路と智暁が鏡子の思考停止を解いた。解いてしまった。


『お兄ちゃんって、ホント心配性だよね』


昔は兄妹仲睦まじき関係を築いていた。至極普通の生活を送っていた。しかし、今の自分の姿は何だ。薬物に依存し、中毒者として碌に清潔を保つことも無い。
薬が無いと自分を抑えられない。薬を手に入れるために、網枷達の言うことなら何でもした。余計な思考を放棄し、また忘れるために薬へ逃避するだけの存在に・・・自分は成り果てた。
目の前に現れた兄は、きっと自分(わたし)を元の世界へ引き揚げるために必死になっている。嬉しいという感情が少しでも残っていたことに驚いた。

「い、嫌・・・・・・嫌・・・・・・」

だが、それ以上に自分の醜さに耐えられなかった。薬に塗れたみすぼらしい女に堕ちた自分を兄に見られたく無かった。見て欲しく無かった。
兄が自分を誇りに思ってくれる程愛していることを妹は知っていた。時に心配性が行き過ぎることもあったが、妹として期待を掛けてくれる兄に応えようと思った。
その期待を自分は裏切ってしまっている。『不正を許さない』自分を誇りに思っていた兄に対し、今の自分は不正に塗れている。そもそも、自分は風紀委員を辞めさせられたのだ。
親愛なる兄に対する最悪の裏切り。鏡子がずっと目を逸らしていたこと。そして、この瞬間に嫌という程自覚させられたこと。皮肉にも兄の行動が・・・妹が暴走する切欠となった。






「嫌ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」






『風力切断』が暴発する。罪悪感が爆発する。目の前の現実を全て否定するために。現実を認識することを拒否するために。今まで摂取した薬の影響も深く、鏡子は自暴自棄状態となる。

「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
「風路さん!!?」
「鏡子!!!」

鏡子の変貌に智暁と風路は愕然とする。このタイミングでの暴発は、双方にとって最悪と言ってもいい程の事象である。

「薬!!薬は何処!!?薬はああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

鏡子は、自分の精神状態を安定させる何時もの薬を強く望む。感情が昂ぶっている状態に安定―固定―させる薬を。

「調合屋さん!!風路さんに薬を!!」
「<くっ!!>」

智暁の要請に調合屋がポケットから何時もの薬を取り出す。そのカプセルを瞳に映した鏡子は・・・暴挙に出る。



ズサッ!!!



「<ぐあああぁぁっ!!!!!>」
「調合屋さん!!?」



暴走状態にあった鏡子が、調合屋の左腕を『風力切断』で斬り付けたのだ。
暴走しているために『風力切断』の出力が不安定だったことが幸いして切断とまでは行かなかったが、骨の中ほどまで斬り付けられているために大量の血が流れている。

「薬・・・!!こ、これで・・・これで・・・!!!(バクバク)」

一方、自分が行った凶行を全く気にもしていない鏡子は調合屋が落とした薬を拾い集め、網枷の根回しで抑え目だった通常の服薬量以上の量を摂取する。
その周囲で、調合屋に危害を加えた鏡子に対して“手駒達”が攻撃の構えを見せる。

「だ、駄目ですよ!!風路さんを攻撃しちゃ駄目です!!!」

それを止めたのは、薬物を摂取している人間―“手駒達”含めて―に対して強い影響力を持つ智暁の制止。
さすがの智暁も電波で動く“手駒達”を完全に制止できることはできないが、彼女は『ブラックウィザード』の構成員である。
“手駒達”は『ブラックウィザード』の操り人形である以上、その命令を無視することはできない。

「鏡子!!!落ち着け!!!お、俺のせいか・・・俺のせいで・・・!!」
<得世!!どうする!?>
<『キャパシティダウン』を破壊するかこの部屋から出るしか無いんだけど、俺達が下手に動きを見せれば向こうも黙っちゃいねぇ!!
それに、風路の奴が鏡子のことで今は頭が一杯だ!!とてもじゃ無ぇけど、『閃烈底』を使った奇襲なり脱出なりができる状態じゃ無い!!>

妹の暴走の切欠に自分がなってしまったことに強く動揺する風路の後方で、界刺と不動が念話通信を用いて今後の動き方を論じる。
しかし、一旦暴走を始めたモノが急に止まるわけも無い。周囲の思惑など無視して更なる暴走を始める。

「ハハハ!!ハハハハハハ!!!!!ハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
「鏡子・・・!!」

薬を摂取したことでハイテンションになる鏡子。しかも、先程の衝撃のせいで完全に暴走した状態が更に酷くなった水準で固定される。

「皆・・・皆・・・私を・・・私が・・・・・・否定・・・嫌・・・嫌い・・・助け・・・・・・私が・・・全部・・・ハハハハハハハハハ!!!!!」

情緒不安定のレベルでは無い。おそらく、鏡子本人も自分が何を喋っているのかわからない状態なのだ。

「ハハハハハハ!!!・・・・・・・・・クスッ。ようはさぁ~・・・・・・皆がさぁ~・・・・・・居なくなっちゃえ~ば・・・フフッ。・・・・・・いいんだっつーの!!!!!」



ドドドドドン!!!!!



「鏡子!!!」

今の鏡子は薬を摂取したことでレベル4相当の出力を行使できるようになっている。5つの噴射点から噴出した風の刃が部屋の壁を破壊し、文字通り当ても無く暴走する。

「消えろ!!消えろ!!何もかも・・・全部・・・全部・・・・・・消えろおおおおおおおぉぉぉぉっっっぁぁあああああ!!!!!」
「風路さん!!!くっ!!朱花!!風路さんを止めますよ!!」
「・・・・・・」
「<智暁!!?>」
「調合屋さん!!この場は任せます!!では!!!」

部屋を駆け出した鏡子を取り押さえるために、智暁は朱花を連れ立って走り去って行く。機会があれば『ブラックウィザード』を抜け出したい気持ちが存在する智暁にとって、
『ブラックウィザード』のメンバーでは無い調合屋がどうなろうと知ったことでは無い・・・そう心の奥底では思っていた。それが、今この時に顕現した。

「<智暁の奴!!!俺は『ブラックウィザード』がどうなろうと関係無い人間だってのに!!!>」

所持している止血剤と鎮痛剤を左腕にかけながら悪態を吐く調合屋。彼もまた『ブラックウィザード』がどうなろうと知ったことでは無い人間の1人である。
しかし、彼は『ブラックウィザード』に深く関わり過ぎた。例えて言うなら、風紀委員に関わり過ぎている界刺のように。
『ブラックウィザード』の薬物事情を背負う外部の人間として、被験体でもある鏡子から行動不能に近い一撃を受ける様はまさに因果応報である。

<得世!!>
<界刺クン!!>
<あぁ!!連中の片割れが去った今がチャンスだ!!仕掛けるぞ!!>

不動と仮屋の意思を汲み取るかのように界刺は決断する。風路は未だに鏡子のことで頭が一杯のようだが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
『閃烈底』による奇襲で『キャパシティダウン』を破壊する。だが、その行動へ移る直前に・・・









ゾクッ!!!!!









奴が・・・“来た”。









ドゴーン!!!!!









「また会ったな・・・“変人”」

先程までかろうじて形を保っていた部屋は半壊状態となった。それどころか部屋の外にある通路や他の部屋までもが粉塵を上げながら瓦礫と化している。

「殺人鬼・・・!!!」

この惨状の元凶・・・“怪物”ウェイン・メディスンは、以前邂逅した時と変わらずその視線を界刺達に振り向けずに地面へ彷徨わせていた。
そんな彼の傍では調合屋・・・だったモノが存在する。彼と彼に付き従っていた“手駒達”は蜘蛛糸でできた巨大な長槍で全員肉塊と化した。
幸か不幸か、彼の一撃で能力者の演算を阻害していた『キャパシティダウン』発生装置が破壊されている。
位置的に焔火や鏡子、智暁や朱花達は九死に一生を得たと言ってもいいだろう。あのままこの部屋に滞在していれば、十中八九調合屋と同じ運命を辿っていた。

「光球がこの建物の上に浮かんでいたのでな。貴様がこの戦場に来ているという予感を抱いたのだが・・・どうやらアタリだったようだ」
「・・・そうかい」
「アンタ・・・!!」
「・・・成程。妹を助ける手管としてその男に頼ったというわけか。ここに居る以上、貴様の選択は賢かったというわけだ」

さすがの風路も、殺人鬼の出現を受けて冷静さを取り戻していた。否、取り戻させられた。それ程までに、目の前の男から溢れ出している殺気は尋常では無かった。

<真刺。仮屋様。風路。いいか?・・・・・・・・・>
<わかった>
<OK>
<了解したぜ>

念話通信でこの後の動きを打ち合わせる4人。この場で殺人鬼と戦闘を開始するわけにはいかない。何故なら、ウェインの一撃の影響でこの部屋が今にも崩れそうになってるからだ。

「『次に相見える時は全力で殺してやる』・・・覚えているか?」
「さぁ?そんなこと言ってたっけか?テメェに制服を台無しにされた記憶はあんだけど。そもそも、俺はテメェに殺される謂れなんて無ぇ筈なんだがな」
「そうか・・・。まぁ、貴様が俺の全力を出すに値するかは今一度見極めてからでもいいが・・・」



ドゴッ!!



「覚えていないと言うのなら、『死』という名の結果をもってすぐに思い出させてやろう」

界刺の顔面目掛けて不意打ちの糸の砲弾が放たれた。無論界刺は『光学装飾』による探知能力でもってかわし、かわされた砲弾は壁を撃ち砕いた。
明確な殺意をもった能力による攻撃・・・これで正当防衛の基本的要件が揃った。これを受けて、“『シンボル』の詐欺師”は最大の武器である話術をもって応対する。

「・・・ハァ。まっ、慌てんなっつーの。何も、俺はテメェと絶対に戦わないって言っているわけじゃ無いんだぜ?俺の方から戦いたく無いって言ってるだけだし」
「ほぅ。あの時は『断る』と言っていた貴様が・・・どんな心境の変化だ?」
「口で言っても、テメェは俺を殺しに掛かるのを止めねぇだろうが」
「そうだな。仮に貴様が『断った』末に無抵抗で俺の手によって肉塊へ変貌させられた暁には、その判断を愚か極まる愚考と断じてやろう」
「即答。・・・ハァ。全く、とんでもねぇ野郎に目を付けられたモンだぜ」
「・・・成程(ボソッ)。ククッ、正当防衛を主張したくばすればいい。どうせ、貴様等が耳に装着している通信機でこの会話も筒抜けなのだろう?
録音機能ももれなく付いてそうだ。先の会話も、正当防衛の材料取得が狙いか。まぁ、好きにしろ。・・・この俺に殺されなければの話だがな」
「・・・視線を地面に彷徨わせてる癖に、見てるとこは見てやがるな。・・・んふっ、俺も俺なりに見極めたいことができてね。
どうせ殺され掛けるんなら、どうせ避けられないんだったら精々の抵抗として俺もテメェを利用させて貰おうと思ってさ」
「・・・俺の到来を待ち望んでいたとでも?」
「・・・さてな」

今の彼の心意を正確に表すなら・・・『風紀委員達に殺人鬼の「本気」が向かわないように、可能な限り自分へ釘付けにする』。

「にしても・・・もうすぐ崩れそうだな、この部屋。どう思うよ?」
「知ったことか。俺にとってはこの部屋が崩れようが別に何の支障も無い」
「んふっ。それにさぁ・・・お邪魔な人形達がもうすぐ来るぜ?俺達を殺しによぉ?」
「!!」

『光学装飾』で看破した事実。幹部が指示を下したのだろう。この部屋に“手駒達”―朱花のようなチップ型のアンテナが付いている新“手駒達”では無い―がもうすぐ来る。
そして、界刺はすぐに決断を下す。この場から離脱することを。自分達を殺そうとやって来る“手駒達”を『見捨てる』ことを。
たとえ、“手駒達”の中に無理矢理“手駒達”にされた者が居たとしても『どうでもいい』。戦場でそんなことを一々確認できるわけが無いし、するつもりも無い。
最優先―自分―を最優先で失くすモノは・・・切り捨てる。この決断が絶対に正しいとは思わない。格好良いなんて微塵たりとも思わない。
唯そうする。自分を最優先にした上で、優先順位という秤で他者を量った結果として。彼にとって、既存の“手駒達”の優先順位は間違い無く低位置にある。

「つーわけで、俺達はお暇させて貰うぜ!!」
「!!」

直後、<ダークナイト>の底から『閃烈底』が地面に落ちる。『光学装飾』でウェインの瞳には映らないようにした爆音付き閃光弾が、その真価を発揮する。



ピカッ!!ガリガリ!!



強烈な爆音と閃光が部屋全体に広がる。『光学装飾』で自分達の行動―仮屋は『念動飛翔』地上運用型“どすこいモード”による音波という『空気の振動』を制御・防御、
それ以外は目と耳を塞ぐ―を殺人鬼に映らないようにした界刺達は、一目散に部屋からの脱出を図る。
先導するのは、閃光の影響を受けない界刺とだて眼鏡を“サングラスモード”にした不動。風路は界刺が担ぎ、仮屋は不動が『拳闘空力』の噴射を用いて突入して来た穴へ飛び込む。

「仮屋!!風路を!!」
「わかった!!」
「頼むぜ、『樹脂爪』!!」

仮屋が『念動飛翔』を用いて風路を掴み、不動は宙を蹴りながら降下し、界刺は『樹脂爪』を何度も用いて地面に落下して行く。

「仮屋様!!“どすこいモード”で涙簾ちゃん達と合流するんだ!!」
「了解!!」

不動と風路を両脇に抱え、界刺が仮屋の背中から首にしがみ付く。地上での高速移動を実現する“どすこいモード”で、速やかな離脱に掛かる『シンボル』。
そのリーダー足る“『シンボル』の詐欺師”の体に殺人鬼が放った1つの“目印”がくっ付いたまま。






「やれやれ。スタングレネードとはな。光学系能力と組み合わされると、こうも厄介か。敵意・殺意共に希薄であったし」

閃光が消えた一室で、ウェインは軽い耳鳴りを訴える鼓膜を無視してボヤく。“変人”に付けていた“目印”によって光学偽装と実際の動きの差にはすぐに気付いた。
光学系能力である以上、以前のように目に仕掛けて来るものだと予測し地面へ彷徨わせていた目を瞑った。だが、“目印”が知らせた“変人”の動きは『耳を塞ぐ』というモノだった。
その瞬間碧髪の男の狙い全てを看破し耳へ糸を噴出させたが、『閃烈底』の爆音を完全に防ぐまでには至らなかった。簡潔に言えば、極至近距離故に防御が間に合わなかったのである。
そのせいで、連中への追撃をすぐに仕掛けることは叶わなかった。もし、連中が逃走せずに自分へ攻勢を仕掛けていれば仕留める自信はあったのだが。

「しかも、奴のいいように動かされているこの現状・・・中々に腹立たしい」

ウェインが放った感知用の極小の糸が、数十秒後に“手駒達”が来襲することを伝えていた。まんまと“変人”に殿として利用されている現状が気に入らない。

「折角ストレスを発散できたという矢先にこれか。・・・ククッ。ならば、少しは八つ当たりというモノをしてみるか。遅かれ早かれ『ブラックウィザード』は殲滅するのだから」

懐に入れてある箱を取り出し、能力に使用するアミノ酸等が含まれたサプリメントを口にするウェイン。耳鳴りもほぼ収まった。能力行使には何の支障も無い。



ダッ!!!



長槍で破壊した壁から糸を用いて建物の上空―光球は既に消滅している―へ一気に躍り出るウェイン。骸骨と蜘蛛が合体したかのような刺青が刻まれている左手を振り上げる。



ボバアッッ!!!



それは、巨大な弓と矢。クロスボウのような形状の弓に、合計10本の矢が縦一列にセッティングされている。矢として用いるのは、いずれも先程使っていたドリル状の長槍である。



ジャキッッ!!!



左手を標的へ向ける。感知用の糸が、“手駒達”が今まで居た部屋に突入していることをウェインに知らせる。

「さて、貴様等には今ここで死んでもらう。それが貴様等の運命だ!!」



ドドドドドドドドドドン!!!



ドリル状の穂先が回転している巨大な矢が次々に射出される。10連撃を受けた建物はその後の暴虐も加わって、強襲を仕掛けて来た“手駒達”の全滅という結果と共に無残にも崩落した。






「皆さん!!大丈夫ですか!!?」
「何とか。とりあえず、今後の方針を速攻で立てるぜ!!」

水楯達と合流した界刺達。周囲からは戦闘音が聞こえて来る。なので、春咲の気遣いもそこそこに界刺は『光学装飾』で警戒をしながら状況の分析+今後の方針を立て始める。

「念話通信でも伝えた通り、鏡子は薬を服用してレベル4並の力を発揮して暴走している。生存をしっかり確認できたのは喜ばしいことかもしんねぇけど、面倒なことにはなってる」
「そして、危惧していた殺人鬼が出現した。私達が予想していた中では、かなり早いタイミングだ。
『キャパシティダウン』が破壊された後に得世の『光学装飾』で鏡子達の行動は判明していたのだが、彼女を追えば進行方向的に十中八九殺人鬼との戦闘に巻き込まれる。
そうなっては話にならないのと態勢を立て直すためにも一時撤退を決断した。林檎。あの男が風紀委員達を襲ったそうだな。もう一度簡潔明瞭に説明してくれ」
<簡潔明瞭って言われても・・・。寒村さんの話だと、風紀委員を運んでいた“花盛の宙姫”をその殺人鬼が襲って墜とされたらしいんだ。
何とか即死は免れたようだけど、左肩をやられたみたい。音信も不通。“宙姫”にくっ付いてるらしい抵部って風紀委員共々マズイ状態になってるんじゃないかって見立てが挙がってる。
他の風紀委員は、全員無事に不時着したって報告もあった。それ以外の情報はあたしにもわからない。
寒村さん達成瀬台の風紀委員は、他の皆と共にもう車を飛び出して行っちゃったから。一応念話回線は繋いだままだけど、連絡を取ってみる?>
「いや。いいよ、林檎ちゃん。おそらく、サーヤの『物体補強』で美魁達は何とか生きてるだろう。風紀委員のことは風紀委員が勝手に何とかするだろうさ」
「サーヤ・・・!!」

林檎からの報告で、風紀委員達の身に何が起きたのかを再認識する。特に、抵部とライバル関係を築いている月ノ宮の表情はとても険しいモノとなっていた。

「林檎ちゃん。ヒバンナと彼女の姉貴のこと、そして新たな“手駒達”化のことはちゃんと寒村先輩達に伝えたね?」
<うん>
「よし。これで、一番槍として最低限の役割は果たせたかな。林檎ちゃん。俺と涙簾ちゃんは、これから『音響砲弾』範囲外に行くからね?
それと、わかってるとは思うけど珊瑚ちゃん共々花多狩姐さんの言うことをちゃんと聞くんだよ?」
<わかってる!!>
「君は君の意思でここに居る。姉である桜のため・・・そして変わろうと懸命に頑張っていた君自身のために。その覚悟は・・・俺も認めてるよ、林檎?頼りにしてるぜ!!」
<ッッ!!!・・・・・・お兄さん達も・・・気を付けて!!>
「あぁ」

林檎の感極まった+毅然とした声を聞きながら、界刺達は念話通信を閉じる。

「真刺。仮屋様。2人は、銃器を持つ『ブラックウィザード』の構成員及び『六枚羽』の対処を。俺達のような能力者の天敵に近い存在が、銃器を持った人間だ。
炎とか電撃を放った所で銃弾を完全に防げるわけが無い。明かりの少ないここだと、何処から狙ってくるかわからない。
だから、真刺のだて眼鏡の機能を使って怪しいと思ったら片っ端からぶっ潰せ。どうせ、こっちが何もしなくても向こうから仕掛けて来る筈だ。
後は『六枚羽』。美魁が戦闘不能状態になってる今、アレとまともにカチ合えるのは仮屋様の『念動飛翔』しか無い。真刺と組めば俺ん時より回避性は落ちるけど攻撃範囲は上がる」
「わかってるよ。不動と一緒なら恐いモノ無しさ」
「仮屋・・・。フッ、私も仮屋と組めば恐れるモノは無い!!」

ある意味、この戦場で一番キツい役割を与えることになる銃器所持の人間+『六枚羽』の迎撃。だが、小学生時代からの付き合いである2人は威勢の良い答えを示す。

「頼む!!次に・・・桜とサニー。君達には、美魁達の救助に向かって貰う」
「「えっ!!?」」

瞠目する春咲と月ノ宮。『風紀委員のことは風紀委員が勝手に何とかする』と先程言ったばかりなのに・・・。

「美魁が戦闘不能のままってのはマズイ。傷の度合いにもよるけど、勇路先輩の『治癒能力』で戦線復帰が可能ならそれに越したことは無い。
真刺達が返り討ちを喰らう可能性も0じゃ無い。だったら、『皆無重量』を持つあいつにゃあキバって貰わないと困る。全く、早々におネムになってどうすんだっつーの」
「で、でも風紀委員のことは風紀委員にって・・・」
「それが筋なんだけどね。・・・この戦闘音を聞くとそうも言っていられない。不時着した風紀委員達は、“手駒達”や構成員の攻勢を受けている可能性大だ。成瀬台支部もたぶん」

この敷地のあちこちで轟音が発生しては消え、発生しては消えている。これは、風紀委員と『ブラックウィザード』が戦闘状態に入った証拠と見ていい。
戦闘によって少なからず足止めを喰らってる以上、その間に閨秀達に『ブラックウィザード』の攻勢が及ぶ可能製は低く無い。
地の利は『ブラックウィザード』にある。故に、界刺は懐からあるモノを取り出す。それは・・・お守り。

「このお守りは、サーヤに渡した赤外線通信機付きお守りの兄弟機だ。これはサーヤのお守りに専用の赤外線が飛ぶように設定されている。
但し、会話する機能は無い。無い代わりに赤外線を飛ばした先のお守りの位置や距離を割り出す機能が付いている。はい、サニー」
「わっ!」

界刺は、抵部のライバルである月ノ宮に彼女達を救う切り札を放り投げる。

「サニー。サーヤのことが心配で心配で堪らないんだろう?」
「界刺様・・・!!」
「桜も、風紀委員へ命の危険が迫っている状況に居ても立っても居られないんだろう?停職中の風紀委員として」
「得世さん・・・!!」
「んふっ。ライバルや仲間をその手で守ってみせろよ。命を懸けて。『太陽の園』で俺に見せた覚悟を、ここでもう一度見せてみろ!!桜!!向日葵!!」
「「はい!!!」」

東雲真慈討伐』における主役を風紀委員会に背負わせる以上、その重要な鍵である“宙姫”を初っ端から失うわけにはいかない。
界刺は、単に月ノ宮や春咲の想いを汲んだわけでは無い。そこには彼なりの理由が存在する。彼なりの思考の下様々な決断を下すのだ。

「風路!!お前はもちろん鏡子救出だ!!」
「あぁ!!わかってる!!」

風路は覚悟の灯を瞳に宿す。さっきは鏡子の変貌振りに茫然自失に近い状態となったが、今は違う。
妹は苦しんでいる。自分のことを呼んだ時の鏡子の顔に浮かんでいたのは・・・戸惑いと悲愴。それは、きっと鏡子自身が一番よく理解している矛盾。
正義感に溢れたかつての自分と、今の薬漬け状態の自分との差に妹は押し潰されようとしている。ならば、そんな妹を救うのは兄として絶対に成し遂げなければならないことだ。

「形製!!お前は風路に付け!!何でかは言わなくてもわかるな!!?」
「暴走状態の鏡子を『分身人形』で止めるため・・・そして万が一風紀委員や警備員と戦闘状態になった時の説得要員・・・だよね?」
「あぁ!!風路は直情的過ぎるきらいがあるかんな。そこを上手くフォローしてやってくれ!!」
「わかった!」
「ううぅぅっ!!お、俺だってやる時はちゃんとやるぜ・・・」

形製に宛がわれた役割は鏡子の暴走を抑えるのと、彼女と戦闘状態になった風紀委員・警備員の説得である。
風路は重度のシスコンである。もし、鏡子に風紀委員達が危害を加えようとしている場面を見た時に果たして理性を保っていられるかどうかは怪しい所だ。

「風路。形製を頼む。こいつは、戦闘経験自体は空っきしも同じだ。その手のことは、お前の方が経験豊富だろう」
「界刺!」
「本当のことだからしゃーねーだろ。後、前に突っ込む癖があるから注意してくれ。まぁ、妹のことになると危なっかしいお前と組ませて互いに注意し合うようにってのが狙いなんだけど」
「・・・わかった!形製さんは俺が絶対に守る!!」
「・・・その言葉、信じてるぜ?見事守り切ったら暁にはよぉ・・・借りは全部帳消しにしてやるよ」
「!!!」

『借り』。つまり、鏡子救出他諸々の懇願等で発生した界刺達への『借り』を全て無かったことにするということ。

「俺はお前という1人の人間のために動いた部分が大きい。そして、お前には形製という1人の人間を守り切って貰うことを頼んでる。これでおあいこだ。んふっ」
「界刺さん・・・!!アンタって人は・・・!!!」

どう考えても釣り合わない。少なくとも風路からしてみれば。でも、界刺は帳消しでいいと言ってくれている。
これは、覚悟を示した風路に対する界刺なりの応え方。未だに風路は知らない、内臓を質に得た彼の借金を帳消しに動いたのも同じ意味である。

「・・・わかった!!絶対だ!!絶対にアンタとの約束は守る!!!」
「あぁ。それじゃあ・・・行け!!!『赤外子機』と『音響砲弾』で連絡は緊密に取るんだ!!いいな!!?」
「「「「「「おぅ!!!」」」」」」

界刺の檄を受けて、不動・仮屋・春咲・月ノ宮・風路・形製は各々の役割を遂行するために戦場へ駆けて行く。
己が意志で、責任で、信念で世界に馳せる者・・・『自発者<サポーター>』。彼等彼女等の後姿は、神々しい程に光り輝いていた。






束の間の静寂が訪れる。この場に残るのは界刺と・・・・・・水楯。

「涙簾ちゃん」
「はい」

彼女が何故界刺の傍に居るのか。それは彼女の揺るがぬ意志。『界刺に危害を加える者は誰であろうと許さない』という強靭な意志が、今の彼女には満ち溢れている。

「俺が言ったことは・・・理解したかい?」
「はい」

本当なら春咲・月ノ宮組か風路・形製組のどちらかに加わって欲しかった―説得もした―のだが、水楯は頑として首を縦に振らなかった。
重徳事変や救済委員事件の時は、界刺が戦場で命を懸ける行動を許容できた。だが、今回は許容できない。
殺人鬼の存在、『ブラックウィザード』の存在、そして・・・敵対する可能性がある風紀委員会の存在が水楯の意志を固めに固めてしまったのだ。

「守れるかい?」
「命に代えても」

界刺のためなら命すら惜しくない少女に少年はある“頼み”をした。その“頼み”と引き換えに、彼は彼女の意志―界刺から離れない―を認めた。

「涙簾ちゃん」
「はい」
「何回も言ったけど、俺の戦闘範囲にはなるたけ近付かないでね。君が見ている間にヤバくなったら話は別だけど。俺が君を信じるように、君も俺を信じてくれ」
「・・・・・・・・・はい」
「ハァ・・・。その上で、君にもう1つお願いしたことがあるんだ。聞いてくれるかい?」
「?何でしょう?」
「それまでは・・・俺の背中を守ってくれ!!!」
「ッッ!!!」

『背中を守る』。それは、真に信頼の置ける存在にだけ認められる偉大な証。その証を、狂おしい程愛する男から与えられた。初めて・・・与えられた。認めてくれた。

「界刺さん・・・(コツッ)」
「いてっ!」

水楯は界刺の背中に自分の背中を預ける。頭も預ける。とてもじゃ無いが、真正面から愛おしい男性(ひと)と対峙することはできない。顔がニヤけてしまっている。
だから、背中越しに言う。告げる。伝える。界刺でさえ見たことが無い、水楯涙簾が浮かべる満面の笑みを形作る一部から言の葉が夜の風に舞い上がる。

「わかりました。界刺得世の背中はこの水楯涙簾が必ず守り抜いてみせます」






「よぉ・・・意外に遅かったな。てっきり、速攻で殺しに来るかと思ってヒヤヒヤしてだぜ?」
「・・・貴様に俺の糸が1本付いていたからな。急いでも急がなくとも、貴様を殺しにここへ来ることができた俺としては何の問題も無かったぞ?」
「なっ!?マジかよ!?クソッタレ・・・きっちりサーチしとくんだったぜ・・・!!」
「・・・ククッ(まぁ、“そういうことにしておこうか”)」
「チッ!!そんなことなら施設外へ移動するべき・・・とも言い切れねぇか。部隊を展開中の警備員と接触する可能性がデケェし」

ここは、施設内南西部に位置する空き地的な場所。そこで『閃光剣』を展開しながら胡散臭い言葉を吐く界刺に、咥えていた煙草を吐き落とすウェインは陰気に返答する。
この場に水楯は居ない。正確には離れた位置から見ている筈だ。だが、彼女はもうすぐ“見る”ことができなくなる。
界刺は水楯に嘘を付いた。彼女が界刺の『背中を守れる』わけが無い。彼の『本気』は、そんな“甘っちょろい”勇姿を認めない。

「一応確認しとくけどさぁ、テメェの目的は『ブラックウィザード』の殲滅なんだろ?俺に構ってる余裕なんてあんのかよ?」
「確かにそうだが、やり方は俺の好きなようにしていいということだ。貴様との殺し合いの最中に『ブラックウィザード』の大半が壊滅していることも十分に有り得るだろう?
何せ、弱者共が群れを成してわざわざ俺の獲物を追い詰めてくれるのだからな。巣の主である俺としては、座して待った後に餌を食すだけだ。一応“保険”もあるしな。
だが、貴様は違う。貴様は俺の巣に掛からない。貴様なら、手早く事を済ませて離脱してしまいそうだ・・・と最初は思っていたのだがな。どうやら違ったようだ」
「・・・・・・」
「それに・・・いい加減人形との戯れも飽きていた所でな。俺の牙から“障害物”を守ろうとするどこぞのお人好しが出した折角の『招待状(チケット)』だ。受けない理由はあるまい?」
「・・・んふっ。成程な」

殺人鬼の返答は納得のいくモノだった。圧倒的実力を持つ者だけが言葉にできる、それは強者の証。高位能力を持つ幾人もの風紀委員を打ち破って来た“怪物”の実力。
想定はしていた。驚きは無い。今の所は。だからこそ、この時のために準備をして来た。覚悟もとうの昔に決めてある。故に、界刺は『赤外子機』の電源をほんの少しだけ切る。
ここからの幾つかの会話―紛うこと無き本音―を、通信機越しに待機している少女(みずたて)に聞かれたく無かったから。ちなみに、『赤外子機』の録音機能は既に切ってある。

「テメェ・・・名前は何て言うんだ?」
「・・・ウェイン・メディスン。貴様は?」
「界刺得世ってんだ。別に覚えなくていいぜ?“正当防衛になろうが殺人罪になろうが”テメェはこの“私闘”で死ぬんだからな。んふっ。それじゃあ・・・殺すよ?」
「その言葉、そっくりそのまま返そう。貴様は俺が殺す」
「生憎だが、俺が死んだら仇を取ろうと自分の意志で動く人間が色々居やがる。俺よりもお人好しな連中がこぞってな!!わかるか、ウェイン!?『俺が死んだせいで』が発端になるんだ!!
俺がテメェに挑んで無様に返り討ち喰らって『自殺』した結果、そいつ等が自分の意志でテメェを潰しに掛かる!!『自殺(ころされる)』のがわかっていても!!
風紀委員達だけじゃ無ぇ、正真正銘の一般人も行動を起こしやがる。俺の問題なのに、あいつ等は絶対に動く!!俺とは違ってクソ優しい連中ばっかだからな!!
んでもって、結果的に俺の大事なモンがテメェの手で壊されちまうって話だ!!それだけは認めないし、認められねぇな!!何せ、俺は『自殺』ってヤツが大嫌いだからよぉ!!
俺は絶対に生き残る!!『自殺(おれをころす)』ことで俺の大事なモンまで『自殺』に追いやろうとするテメェだけは、“戦鬼(ほんき)”を出してでも俺の手で始末を着ける!!
そして、俺は俺の目的を果たす!!俺がここへ来た意味を!!価値を!!その先にあるモノを、俺は必ず見出してみせる!!」
「ならば、躊躇せずに来い。全力で来い、界刺得世。果たして、貴様は本当に俺が全力を出すに値する強者なのか・・・それとも。ククッ、その答えはすぐに出るか」

始まる。2度目の『光』と『闇』の交錯が始まる。“閃光の英雄”と“世界に選ばれし強大なる存在者”。世界の一部足る両者が今度は『本気』で殺し合う。殺し合うのだ。

「んふっ。さて・・・そんじゃま、ここは“ヒーロー”らしく必殺技的な台詞の1つでも言ってみるか」






それは、“閃光の英雄(ヒーロー)”界刺得世の『本気』。目に視える世界を・・・目に映らない世界を・・・己の法則(ルール)が支配する世界に塗り替える“絶望”の異界。






「『光学装飾<イルミネーション>』・・・」






通常の『光学装飾』が“希望”を司るなら、“戦闘色”の『光学装飾』は“絶望”を司る。能力が爆発的に伸びる―限界を超える―ことなど無い。できることをする。唯それだけ。






「“戦闘色<バトルモード>”・・・」






兵共よ。“希望”に縋るのなら、ゆめゆめ“絶望”に満ち溢れた異界に足を踏み入れるべからず。踏み入れし者よ。閃光の支配者が齎す“絶望”の群星(ひかり)をその身に受けよ。






『銅と明星、女神に象徴されるは金星。意味するものは、愛、調和、芸術。混沌とした世界に存在する真理を見通す偉大なる輝星。故に少年よ、君に光あれ。
ふぅ。上手く言えました(ボソッ)。・・・うん?・・・サッパリ意味不明的な顔をしていますね(ボソッ)。もっと格好つけないと駄目かな(ボソッ)?にしても、この少年・・・大丈夫だよね?
なぁ、少年。私は現状が気に入らない。「科学」と「魔術」。相反する存在が私の想いを抑え付ける。私はどちらにも縛られたく無い。私は望む。「科学」と「魔術」の融合(カオス)を。
少年よ。偉大なる輝星よ。私の望みが叶うかどうかを君で試させて貰う。混沌の中で揺るがぬ力を持ち得る君になら・・・果たせるかもしれない。私も力を貸そう。
全ては最新望遠鏡で星を目一杯見るた・・・ゲフン、ゲフン。あぁ~、さすがに学園都市には魔道書を持ち込めなかったですもんねぇ。
私の本領である7つの星そのものの力は、今ここでは行使できない・・・そもそも写本とは言え魔道書の内容を一般人には・・・(ブツブツ)』






そう・・・殺人鬼との邂逅も、風路形慈との出会いも、風紀委員会と『ブラックウィザード』の対決に誘われたのも、それ以外の偶然必然も。
全ては、“あの”星空の下で発生した遭遇―『科学』世界を生きる碧髪の少年界刺得世と『魔術』世界を生きる赤髪の少女リノアナ・サーベイの昔日の交錯―が基点。






『具体的には、魔術師リノアナ・サーベイが魔術・・・「惑星の掟<パーソナルプラネット>」の導きと加護を君に授ける。
すなわち、守護星足る金星(きみ)が守る「十二宮」が二宮、「金牛宮<タウルス>」と「天秤宮<リブラ>」が少年の力となる』






『惑星の掟』という名の導きと加護を『背負わされた』哀しくも勇ましき“英雄”よ。
幾星霜もの歴史を積み重ねて来た偉大なる世界に詠え。
幾何億もの星々が爛々と光輝いた広大なる世界に謳え。






『君と私を引き合わせたこの世界の運命(さだめ)に・・・願わくば確かな意味があることを祈ろう。偉大なる輝星・・・科学で“未知”な少年・・・界刺得世』






其が名は・・・






「【閃苛絢爛の鏡界<せんかけんらんのきょうかい>】」






界刺得世VSウェイン・メディスン and more…  Ready?

continue!!

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最終更新:2013年04月14日 21:06