第24話「氷の葬列《ブローズグホーヴィ》 後編」

第一三学区 地下駐車場
地面も、天井も、壁も、四方八方が滑らかな氷で包まれた氷結の空間。
見た目に似合わず滑ることで縦横無尽に駆け回る重鎧。パワーとスピード、そして絶対的な防御力を誇るブローズグホーヴィを前にセス=アヴァロン玄嶋笑莉、軍隊蟻のシールドクリケットは苦戦を強いられていた。
しかし、その中で笑莉だけが不敵な笑みを浮かべ、そしてセスに語りかけた。

「リーリヤを倒す作戦思いついたんだけど、乗っちゃう?」
「何か考えがあるのか?」

セスが尋ねると、笑莉は通信用の護符(東洋版)をセスに差し出した。

「作戦はこれで伝えるよ。君には色々と無茶を頼むことになるかな。向こうは長く説明する時間をくれそうにないから、戦いながら説明するね。ポケットにでも入れておいて」
「分かった。でも戦いながらって、お前は大丈夫なのか?一面氷張りでろくに身動きが取れないだろ」
「私は大丈夫。すぐそこの柱に身を隠して、チマチマと援護射撃しながらやり過ごすよ。それに作戦の内容はセスくんがメイン。…というより、セスくんにしか出来ないんだよね。私は向いていないし、あの駆動鎧は出入口から離れられない。とりあえず、セスくんはリーリヤの注意を引きつけて。作戦はそれから説明する」
「分かった」
「じゃあ、行くよ。・・・3、2、1…GO!」

笑莉の号令と共にセスと笑莉は反対方向に走りだした。
笑莉はすぐ傍の柱まで突っ走る。滑って転んでも壁を蹴ってヘッドスライディングの状態で氷の上を滑って柱の陰に身を隠した。

『こっちは無事に柱に到着したよ☆』
『了解』

反対方向に走りだしたセスはリーリヤと同様に氷の上を軽快に滑る。憑依術式に四大元素の一つである水の属性、その鎧を身に纏った彼は足の裏に水を張ることで氷との摩擦を軽減、更に足裏の水に“流れ”を作ることで方向付けし、普通のスケートでは出来ない体勢での滑走や方向転換を可能とした。リーリヤのそれよりも自由度のある動きだ。
セスはそれで挑発するのゆに狼の杖からガンド術式を放って彼女を牽制する。セスを鬱陶しく思ったのか、リーリヤの攻撃の焦点はセスへと向けられる。
広い地下駐車場を縦横無尽に滑走し、セスとリーリヤは何度も氷槍とフィンの一撃をぶつけ合う。

『で?作戦ってのは何だ?あいつに弱点があるのか?』
『勿論。というか、何でこんな当たり前のことについさっきまで気付かなかったんだろうね☆』
『だから弱点って何なんだ?』
『セスくん。今まで私達は相性が最悪の敵に最悪の手段で戦ってたってことだよ』
『どういうことだ?』
『リーリヤは遠距離からの攻撃との相性が良いってこと。さっき彼女が出入口を突破しようとして駆動鎧と衝突した時のこと覚えてる?』
『ああ。駆動鎧が攻撃を盾で防いで、ガトリング撃ちまくってあいつを後退させ………ああ。そういうことか』
『気付いた?あの駆動鎧が最初にガトリング砲を撃ちまくった時は全く動かないで全部防御しきったのよ。それなのにさっきは後退して弾丸を避けるように動いた。前者と後者には2つの“違い”がある。
一つ目は『距離』。前者は駆動鎧からリーリヤの間に距離があったけど、後者は銃口が鎧に当たりそうな状況での射撃だった。
2つ目は『スケートリンク』。前者ではまだスケートリンクを作ってなかったけど、後者ではスケートリンクを作ってる。
総合的に見て、前者の時、彼女は十分に凍結予定の空気中の水分を温存した状態で、遠くからの攻撃を堂々とぶ厚い氷壁を構えて防御することが出来た。だけど、後者では距離が近過ぎて氷壁を展開できなかった。もしかしたら氷壁を展開する分の水分が足りなかったかもしれない』
『要するにあいつの防御力は氷壁の厚さに比例し、鎧モードでスピードを得る為にスケートリンクを出した結果、氷壁の展開による防御力を失ったわけか』
『あくまで仮定だけどね。でも乾燥した冬の日本の気候も考えれば、水分量不足って考えもあながち間違いじゃないと思う。とにかく作戦はあいつに接近戦を仕掛けること。普通の人なら氷壁を出す過程で一緒に氷漬けにされるリスクがあるけど、憑依術式ならある程度の抵抗は可能でしょ?』
『火の属性にチェンジすれば何とか…。これで氷壁の方はクリア出来たけど、鎧の方はどうするんだ?あれもかなりの防御力を持った霊装だけど…』

沈黙…。数秒間に渡る静寂の後、笑莉からの回答が来た。

『おい。まさか…』

『Let`s KAMIKAZE☆』

『…まぁ、それしか手段は無いか。後方支援を頼む』
『了解☆』

セスが大量の魔力を狼の杖に溜めこむ。特大だ。次の一手をかけるまでに必要な体力、それ以外は一切考慮しない。ギリギリまで生命力を魔力に変換し、全てをフィンの一撃にかける。

(もう十分に時間は稼いだ。クライヴから得た情報から考えてももうヘリに追いつくような段階じゃない。それにこのままダラダラ続けたも埒が明かないし無駄に力を消耗するだけだ。…そろそろケリを着けようか)

セスはスケーティングでリーリヤからの氷槍を回避し、それでも回避でき無いものは散弾のように発射したフィンの一撃で迎撃する。淡々と戦闘を続けながら、必殺の一撃のために呼吸を整え、タイミングを見計らう。
リーリヤのスケーティングはバランス感覚が完璧だ。細かく、瞬時に足を動かし、プロのアイスホッケープレーヤーのように鈍重な鎧と武器を纏いながらも自由に動き回る。氷上の機動力では付焼き刃のセスを大きく上回っていた。

(隙が…どこかで隙が出来れば…)

そう考えた途端だった。セスの意思を汲んだのか、突然シールドクリケットがメタルイーターMGを撃ち出す。射線軸をやや下方に向け、弾丸を撒き散らしながらリーリヤの足元を狙う。
砲弾がスケートリンクの表面の氷を破壊する。砕けた氷の欠片が宙を舞い、氷床、更にその下のコンクリートまで抉って凹凸を作った。
リーリヤのスケート靴のブレードが凹凸に引っかかり、一瞬だけバランスを崩す。

(今だ!)

セスは憑依術式で火の鎧を纏う。火に焼かれるオイルまみれの全身を彷彿させる燃え盛る不定形の鎧が彼の身体を包んだ。背中から炎を噴出することで推力とし、爆発的なスピードでリーリヤとの距離を詰める。

「!?」

リーリヤはバランスを戻すと即座に大量の氷槍を出し、一気に射出する。氷と炎。相性は悪いが、氷槍から放たれる冷気、氷そのものの温度は絶対零度の領域に達しており、炎に溶かされるとしても完全に溶け切る前に突き刺さる。それにセスは憑依術式の属性を変えた、そのことで氷槍への絶対的な防護性を失ったとことを知っていたからだ。



ズバァァァァァァァァァァァァァァァァン!!



突如、氷槍の半分が一気に消し飛んだ。柱の陰から撃った笑莉の矢。そのたった一本の矢が生み出した気流が氷槍を吹き飛ばし、その軌道を狂わせる。

「くっ!」

リーリヤは氷槍の展開を中止し、即座に氷壁の展開。防御へと移った。



「させるかああああああああああああああああああああああ!!!」



氷壁にセスの腕が食い込んだ。予めめ指定した氷壁の展開領域。そこにセスの腕が入り込んだことで周囲に形製されつつある氷壁はお構いなしに彼を撒きこんでいく。灼熱の炎鎧すら凍らせるリーリヤのブローズグホーヴィを目の前にしてセスは“数十センチもの”氷壁に阻まれる。だが、それはリーリヤにとっても同じ。わずか“数十センチだけ”壁で自分の身を守る限界の状態だ。

(私の、身を守る氷壁は、あと70センチ。これさえ、耐えれば…)

互いの力が拮抗する中でリーリヤはただ氷壁の展開に集中する。
死を恐れぬセスの特攻、死を恐れる故のリーリヤの防御。真っ向から対立する二つの意思が炎と氷という形でぶつかり合う。

「そんなにも…そうまでして、私の邪魔を、したいのか!?」

炎と氷の鍔迫り合いの中でリーリヤの口から本心が零れる。

「ああ!そうだよ!天地開闢《ワールドルーツ》なんてふざけた計画、絶対に阻止してやる!」

セスからの返答を聞くと、リーリヤは微笑した。彼女の微かな笑い声が鎧の中で反響し、それを越してセスの耳に届く。

「何が可笑しい!?」
「もし、それが貴方の目的、だとしたら、私を倒そうとするのは、筋違い。私の活動は、既に、計画から、外れている。私だけじゃない。他の幹部達、全員が、天地開闢計画とは、無関係。自分の欲望のために、活動している」
「何だって!?」
「計画は、もう最終段階。尼乃昂焚がGOサインを出せば、今すぐにでも、計画は発動できる。もし、計画の阻止が…目的なら、首謀者の尼乃昂焚を探す方が、賢明なんじゃないかしら?」
「そうだろうな。だけど、目の前に居るお前を見逃す理由にはならねぇよ!」

炎と氷が拮抗する中でセスは狼の杖をリーリヤに突き出した。
杖の各所から黒い霧となって膨大な魔力が漏れ出ている。フィンの一撃のためにセスがかねてから魔力を溜めこみ続けてきたものが、杖の限界にまで達していた。



「俺の本気を…くらいやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」



駐車場で鳴り響く轟音と爆音、骨の芯まで沁み渡る振動、バックドラフトのように炎が一瞬で地下駐車場を焼き尽くした。衝撃と爆炎が空間を支配した。
ほぼ零距離で撃ちこまれた最大出力のフィンの一撃。憑依術式で火の属性を持ったその魔術砲弾はリーリヤの氷壁を粉砕し、鎧にまで到達した。両者の衝突によって起きた衝撃波は駐車場に残っていたすべての車を吹き飛ばし、原型を留めないほど叩き潰した。床や天井、柱も衝撃で塗装や外装も次々と吹き飛ばされ、砕かれたコンクリートが撒き散らされて更に駐車場を破壊していく。一瞬だ。一瞬にして地下の廃墟が完成した。
シールドクリケットは前面に盾を展開し、炎を衝撃を耐え凌いでいた。防御と同時に盾に内蔵されたカメラで周囲の状況を確認する。戦場での使用を想定した丈夫なカメラのはずだったが、爆発の衝撃で動画に少しノイズが走っている。

(これが…魔術ってやつかよ…パネぇな…)

シールドクリケットの搭乗者である軍隊蟻のメンバーはただひらすらに驚いていた。

(これじゃあ、あの鎧は粉微塵だな)

カメラで周囲の状況を確認する。
炎と瓦礫の中、狼の杖を支えにしてセスが立ちあがる。今の攻撃で全ての魔力を使い果たし、憑依術式は解かれていた。
奥の柱からは巫女装束が焼け焦げた笑莉も現れる。火に巻き込まれてしまい、身体の各所に火傷を負っていた。

“敵勢の沈黙を確認。生体反応を2つ確認。識別標識からセス=アヴァロン、玄嶋笑莉と断定”

『2人とも無事みたいだな。立てるか?外まで運んでやるぞ』

シールドクリケットが展開していた盾を背中に戻し、セスのもとへ歩きだす。










―――――――――――――――――――――ガスッ!!



シールドクリケットが歩みを止める。機能が停止し、命の灯が消えるように各部のランプから光が消え、膝から崩れ落ちる。
突然の光景にセスと笑莉は瞳孔が開いていた。
氷の槍だ。巨大な氷の槍がシールドクリケットの胸部を貫通していた。槍の先端から赤い血が滴る。槍に付着する肉片や引き千切られた腸が槍の表面を流れる水や血と共に落ちていく。

「そんな…」
「嘘だろ…」

崩れ落ちたシールドクリケットの背後から氷の槍を持ったブローズグホーヴィが姿を現した。赤銅の鎧の状態で、ハルバードの先端を巨大な氷のランスへと変えていた。

「少し貴方達を、甘く見ていた。内部に冷却水を満たしていなかったら、蒸し焼きにされていた」

リーリヤが入口の方に目を向ける。

「これで、邪魔者はいなくなった。心おきなく、カールを追える…」

ブローズグホーヴィを馬の形態に変形させたリーリヤはこれに跨り、手綱を握る。そして、馬はシールドクリケットが守っていた自動車用の出入口から走り去っていった。

(止めを刺さなかったのか…?俺達にはそうするまでの価値すらないってのか…!!)

セスは強く狼の杖を握り締め、歯軋りする。
悔しい…。ミランダをイルミナティから救い出すと決意したのに結果はこのザマだ。彼女からは拒絶され、氷の葬列には「止めを刺す価値すらない」と見逃された。屈辱だ。
セスは通信用の護符を取り出し、それを握り締める。

「セスです。すみません。突破されました。軍隊蟻からの協力者が死亡、自分と玄嶋さんも戦闘の続行、追跡は不可能です」
『…そうか。了解した。今、そっちに救護班を寄越す』



* * * *




コンクリートジャングル、ビル群の谷間を掻き分けてWH-66/ASアシナガバチとAH-1コブラがドッグファイトを繰り広げる。
誰一人いない静寂なビル群の中で2機のメインローターを回転させるエンジン音、銃声だけが鳴り響く。
アシナガバチは臀部からスモークを噴出し、狼棺の煙幕操作で拡散、コブラの視界を潰すように操作する。しかし、視界が潰されたこともお構いなしにコブラは直進し、見えていないにも関わらず正確な射撃でアシナガバチを肉薄する。
コブラの両ウィングのミサイルポッドに光の魔法陣が浮かび上がると。突如、大量に射出された風の砲弾がアシナガバチを襲う。
巨大な拳で殴られたかのようにアシナガバチの装甲は凹み、ウィングはへし折れ、腹部の迎撃散弾も3門中2門が破壊されていた。抵抗する術はない。高度な誘導性能を持った実体を持たない砲弾相手にアシナガバチはあまりにも無力だった。
抵抗して後方に迎撃散弾を撃ち続けるが、コブラに着弾する数メートル前で謎の膜が現れ、防がれていた。
ビルの谷間をジグザグに動きながらアシナガバチは逃走するが、その逃走経路をキッチリとなぞるようにコブラも追走する。

「くそっ!何で俺達の位置が分かるんだよ!なぁ?カールさんよぉ?あれも魔術ってやつなのか?」
「ああ、多分。」
「じゃあ、どうにかならねえのか?解除する方法とか?」
「原理が、分からなければ、どうしようも、ない。」
「チッ!面倒くせぇな。このままだとあいつを合流ポイントまで連れて来ちまう」
「そうなる前に俺達、撃墜されるぞ」

逃走の天才である自分が今も敵に背後を取られて追われ続けている。相手は確実に自分の位置が分かる不思議な力を使っている。更に実弾を無効化するシールドみたいなのを張っている。どうやっても振り切れるような相手じゃない。
狼棺はイライラを募らせ、頭をワシャワシャと掻いた。

「高度を上げて、直進スピードで、振り切るのは、どうだ?」

カールが提案するが、狼棺と操縦士が却下する。

「そんなことしたら、俺達の機影が丸見えになるだろ。あの砲弾に狙い撃ちされるて撃墜だ。ビルを盾に蛇行して逃げ回るしか無ぇ」
「なるほど…」
「埒が明かないな。ここで勝負を仕掛けるのはどうだ?」

狼棺とカールが言い合う中で操縦士のメンバーが提案する。

「勝負を仕掛けるって…、お前、なんか策でのあるのかよ?攻撃は効かない、逃げることも出来ない、向こうは弾数無現の砲弾を撃ち続ける。完全に詰んでるじゃねえか」
「ところがどっこい、一か八かの勝負があるんだよな。このヘリに搭載されている兵器でまだ一度も使っていない奴があるだろ」
「“あれ”のことか?無茶言うな。“あれ”は壁や扉の切断のための武器だ。空気中だと減退が激しくて使い物にならねぇ」
「いや、最大出力だったら20mは有効射程に入るはずだ。見立てではヘリの防御範囲は機体表面から5m前後。十分、機体まで届く」
「あれがあの膜を貫通できるとして、その射程だったら位置取りが困難になるじゃねえか…」
「そこは俺の腕の見せ所ってやつだろ」
「………」

狼棺とカールに向けて自信満々の笑顔を向ける操縦士。対象的に狼棺とカールは真剣な面持ちで向き合っていた。作戦の成功の有無を決める次の行動を彼の技術は彼に委ねられる。

「そのマニューバのシミュレーションでの成功率は?」
「81%。後はお前のアームと武装の展開とのタイミング次第だ」
「上等じゃねえか。やってやるよ。軍隊蟻をナメたらどうなるか教えてやる」
「おうよ!」

操縦士のメンバーと狼棺が拳をぶつけ合う。

「勝手に、話を、進めないで、くれ。これから、何を、やるんだ?」
「説明してる暇はねぇ。とりあえず座席にしっかり捕まってろ。あと喋るな。舌噛むぞ」

狼棺に言われるがまま、カールが四肢で座席にしっかり捕まり、重く口を閉じた。

「あのガラス張りビルを左折したところで勝負を決める」
「OK」

アシナガバチは風の砲弾に揺さぶられながら前傾姿勢になり、目標のミラービルに向けて直進する。持ちあがった腹部の迎撃散弾で後方のコブラに撃ち続けるが、全てがバリアのようなもので防がれ、挑発程度にしかならない。

「奴はちゃんと食い付いてきてるか!?」
「問題ねぇ!ロボットみたいに正確に俺らに付いてきやがる!」
「上等だ!目標まであと5秒!…4…3…2…1…0!」

0と同時にアシナガバチはミラービルを左折する。アシナガバチに少し遅れてコブラが後を追うようにミラービルを左折した。
すると突如、前方にいたメインローターの角度を変えることで瞬時にバックと上昇を行い、それと同時に胸部と腹部をくの字に曲がらせ、胸部のアームを展開することで攻撃形態に高速変形する。この一瞬でアシナガバチはコブラの後方を陣取った。
コブラはそれに気付き、急速に反転する――――が、既に遅かった。アシナガバチは展開したアームの指を前方に伸ばし、掌にある穴をコブラに向けて既に照準を合わせていた。

「これでも喰らえ!」

狼棺がアームを稼働させるレバーを握り、スイッチを入れた。



ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!!!!!



耳を覆いたくなる金切り声、鼓膜を突き刺す剣のような音が周囲に響き渡る。ビルのガラスはガタガタと震え、次々と振動に耐えきれず次々と破裂していく。ガラス片の雨が降り注ぐ中、コブラのボディは3つに切断された。

音響破断《サウンドブレード》
アシナガバチのアームに搭載されている兵器で、アーム内部の装置で数千万サイクルの振動を与えられた砂鉄をアームの掌の極小の穴から噴出することで物体を切断する兵器だ。噴出による圧力と振動する砂鉄と物体の摩擦による摩擦熱で物体を液状化させながら切断することが可能。軍用の複合装甲すら容易に切断する。
しかし、空気中(特に風の強い環境下)では物体との距離が長いと噴出した砂鉄が霧散して切断が不可能となる。
コブラが3つの切断された光景を目の前で堪能する3人は勝利の余韻に浸る。特にずっと危険に晒されっぱなしだったカールはやっと危機が去ったことに安堵する。

「ハッ!ざまぁ見やがれ!」
「ヒューッ!派手にぶった切りやがったなぁ!」

操縦士のメンバーと狼棺はド派手な勝利を喜んでいた。





―――――――が、それは束の間だった。
突如、切断されたコブラのボディ全体に謎の魔法陣が浮かび上がる。赤く禍々しく光るそれは魔術について何も知らない2人からしても何かヤバい事が起きるのは理解出来たし、魔術をよく知るカールは完全に真っ青になっていた。
「早く、離れろ!」
カールの警告も時既に遅く、コブラは眩い光を発しながら、自爆した。その爆発の衝撃と炎はアシナガバチを包み込み、一時的に飛行制御を失わせるほどだった。

「ちっ!自爆かよ!とんでもねえ最後っ屁かましやがって!」
「安心しろ。煙草。こいつは爆発程度でやられるようヤワな装甲じゃ…」

セリフの途中で操縦士のメンバーは絶句する。

「どうした?」
「やべぇ…今の爆発でテールローターがやられた」

操縦士のメンバーと狼棺は真っ青になる。
その瞬間、アシナガバチの機体が徐々に高度を下げながら、大きく回転し始める。ボディ内部で遠心力がかかり、3人は壁にべったりとひっつく形で回転に振り回される。
ヘリコプターは浮力を得る為にメインローターを回転させる。しかし、メインローターを回転させると反作用で機体が逆に回転するため、これを防ぐためにテールローターを回転させている。テールローターを失うことは、反作用のなすがままに機体が回転することを意味する。
アシナガバチはまさにその反作用に支配された状態で機体は回転し続けていた。制御を失った機体をビルの壁面にぶつけたことでバランスを崩し、メインローターがバラバラに砕け散ることで浮力を失った。へし折れたプロペラを四方八方に飛び散らせ――――





ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


アシナガバチは地面へと墜落した。地面でバウンドして機体が回転し、中はドラム式洗濯機のように掻き回される。
落ち着いたところでコックピットのハッチが開き、3人が内部に充満したクッションから押し出される。

「痛てててて…。おい、大丈夫か?」
「大丈夫、だ。クッションのお陰で、傷一つ、ない」
「ああ…。俺は大丈夫だけど…俺のアシナガバチがぁぁぁぁぁ!!My brother!!」
「まぁ…生きてりゃ十分じゃねえか。それにしても何なんだ?あのヘリは?俺達の居場所が完全にバレてるじゃねえか。俺らに発信器でも付けられたとしか思えねぇ。なぁ?カールさんよ」

狼棺がカールに話を振る。それは『発信器はお前に付けられているんじゃないか?』というサインでありそれを察したカールがポケットの中をゴソゴソと手を突っ込み、2人は彼の手が届かない背中などを見て発信器を探す。

「何だこれ?」

操縦士のメンバーがカールの背中に付着する物体を摘まんだ。

「何かあったのか?」

カールが操縦士のメンバーから発信器らしきものを受け取る。
氷だ。親指の爪ぐらいの大きさの薄い氷が彼の背中に付着していたのだ。しかも水が滴る様子は無く、手の体温で溶けるそぶりを見せない。

(なるほど。そういうこと、か)

カールはリーリヤの魔術と霊装からこの氷が発信器だと考えた。
これはカールが地下駐車場を出ようとした時に放たれた氷槍の一部、シールドクリケットが氷槍を撃ち砕いた時に飛び散って付着したものだ。彼女の魔術は物体を凍結させ、それを操る能力がある。操るということは彼女の指令を凍結されたものが受信するパスがあるということだ。
その繋がりを利用し、カールに付着した氷の一部とリーリヤを繋ぐパスを利用したのかもしれない。ヤール・エスペランの感染魔術に近いものだ。
カールは発信器を担う氷を遠くへと投げ飛ばした。

「これで、発信器を、外した」
「そうか。これで安泰だな」

狼棺はそう言いながら、コックピット部分に手を突っ込み、通信機を無理やり引き出す。

「とりあえずはお嬢に報告しねぇとな」



* * * *




第一三学区。戦場から少し離れた位置の路上に一台の装甲車が停まっている。
戦車を縦に三台ほど繋げたような超大型の装甲車、合計12輪の強固なタイヤで巨大を支えたその姿は移動要塞とも言える。上部には無人機射出用のカタパルトが搭載されている。
その巨体の内部は広く、大量のコンピューターと電子画面に埋め尽くされ、中央には学園都市の地図が映されたテーブルが置かれている。中央のテーブルに向かって指揮官である樫閑恋嬢が座り、壁面の電子画面に向かって8名のメンバーが作業している。
軍隊蟻は木原故頼が使っていたこの装甲車を鹵獲して改造、最低限の戦闘能力を残しつつも今はCIC(戦闘指揮所)として利用している。
そのメンバーは指揮官である樫閑をはじめ、弐条長記、壱里詠寧、鷹凪文旦といった前線に出るには体力の乏しい者、頭脳派といった人間が集められていた。
そして、CICは緊張に包まれていた。

シールドクリケットの大破と搭乗者の死亡。

アシナガバチの墜落と反応のロスト。

足止めを突破したリーリヤ。

これらのファクターが重なり、CICは呼吸一つ気楽に出来ない重く張り詰めた空気に包まれた。
一番、精神をすり減らしているのは樫閑だろう。指揮官としての責務、寅栄たちから軍隊蟻を預かる身として、そして彼らを救い出す身として、“メンバーを誰一人死なせず作戦を成功させる。”そう誓ったはずが、初戦でその誓いは破られてしまった。
しかし、彼女に仲間の死を嘆き悲しむ時間は無い。立場上、許されない。彼女には指揮官として冷静に、冷徹に判断を下し、仲間に指示を出す役目がある。それは暗部組織の傀儡となってしまった現在でも変わらない。彼女が取り乱せば組織の指揮系統も乱れが生じる。それは作戦の成功率を下げる原因となるのだ。

『こちら煙草。お嬢、聞こえるか?』

狼棺からの通信が入る。車内のスピーカーから彼の声が聞こえただけでCICの空気は変わった。

「はい!こちら壱里です!煙草さん!大丈夫ですか!?」
『相変わらずうるせぇ声だな。3人とも大丈夫だ。だけど、アシナガバチはもう使えねえ。合流地点までまだ距離があるぞ』

樫閑が回線を切り変え、狼棺の無線機を自分の傍にある無線機につなげる。

「樫閑よ。聞こえる?」
『ああ。大丈夫だ』
「今、貴方達の場所は把握しているわ。それと、少し前にリーリヤが足止めを突破した。そっちに向かってるわ」
『マジかよ!?どうするんだ!?』
「さっき、吉戸と佐倉井をそっちに向かわせたわ。カールを2人に預けて、貴方達はどこかに隠れてやり過ごして―――――――――『その必要は無い』

突然、樫閑と狼棺の通信に持蒲の割り込みが入った。

持蒲鋭盛ね。どういうことかしら?」
『彼女がカールを追いかけるのは明白なんでね。トラップを仕掛けさせて貰った。君達はゆっくりと回収に向かえばいい』
「そのトラップってのは…一体、誰が作ったのかしら?」
『そうだな…。君の天敵の更なる天敵とでも言っておこうか』



* * * *




誰もいない都市部の道路をリーリヤを乗せたブローズグホーヴィが爆走する。赤銅の馬の形をした霊装、それ故に馬のような走り方で進むのだが、足の回転が生身の馬よりも圧倒的に早く、更に後肢の付け根には氷のスラスターのようなものが形成され、景気をジェットエンジンのように噴射させることで時速500kmに近い爆発的なスピードを出していた。
ばんえい馬のような重く鈍重な体格でありながら、競走馬のように軽やかでスピードのある走りだ。

(発信器は動いていない…。ヴィルジールのヘリが、上手く、やってくれたみたいね…)

それでも油断は出来ない。まだカールの解放の矢は発動したままだ。彼の息の根を止めるまでは安心して吸血殺しを狙うことは出来ない。





ガクン!



突然、ブローズグホーヴィの動きが止まる。と同時に急停止し、慣性の法則でリーリヤの身体が前方へと投げだされる。だが地面に堕ちることは無かった。彼女の身体もまた空中に“固定”されてしまったのだ。

「一体…何が…?」

リーリヤが自分の身体とブローズグホーヴィを見る。
糸だ。大量の白い糸が束になって自分とブローズグホーヴィの身体に巻き付いていた。ナノ単位の極細の糸が蜘蛛の巣のようにそこら中に張り巡らされ、それが大量にリーリヤとブローズグホーヴィに絡まることで糸が一か所に集まり、十数センチもの巨大な糸の束になっていた。束は鋼鉄のワイヤー以上の強度を持ち、リーリヤとブローズグホーヴィの動きを完全に封じていた。

「無様ね。リーリヤ・ネストロヴナ・ヴィストリャンツェヴァ」

その声と共に街灯一つ点かない暗闇の大通りの奥から2人の人間が現れた。
一人はハーティ=ブレッティンガムだ。
学園都市に来てからずっと羽織っていたローブを脱いでおり、普段の布面積極小の黒革製ボンテージに軍用ブーツと拘束具というマニアックな格好だ。
そして、もう一人は男だった。
185センチの身長にガッシリとした体格。ボサボサの黒髪ロングに無精髭が目立つ。鋭い目付きをしており、陰気な雰囲気を漂わせる。彼の白い肌がその陰気な雰囲気を更に加速させる。
普通のスーツとズボンに漆黒のコートを羽織っており、雰囲気通りに服装も陰気なものだった。左手の甲に骸骨と蜘蛛を合体させたような刺青がある。

「初仕事としては上出来ね。ウェイン=メディスン」
「これが…噂の魔術師という奴か。呆気なくて…なんともつまらない」

ウェインはそう言いながら、蜘蛛の巣にかかった獲物の状態のリーリヤを眺めた。

「ハーティ=ブレッティンガム…。そう…、まんまと私は嵌められたわけ…ね。でも、こんなもので私を止められたと、思わないんで」

リーリヤが「ブローズグホーヴィ!」と叫ぶ。それに反応してブローズグホーヴィは身体の各部の鎧の隙間から大量の冷気を噴出し、糸を次々と凍結させる。

「別に私達は貴方と力比べするつもりは無いのよ。ただ、貴方の霊装の動きを“止められる”だけで十分ですから」

ハーティは右手に鉄槌を、左手に釘を持ち出した。そして、ウェインの蜘蛛の巣の糸を避けながらリーリヤを無視し、ブローズグホーヴィへと突き進んでいく。

(まずい…!彼女の霊装はッ!!!)

リーリヤは焦った。身体を必死に動かし、ブローズグホーヴィに出力を更に強化する。
しかし、拘束されて冷気を噴出することしか出来ないブローズグホーヴィに近付いた。
ハーティは釘を投擲してブローズグホーヴィの頭部に突き刺した。

「これでチェックメイトよ。でも安心してください。貴方を殺すようなことはしません」



≪Recipio022(我が身に全てを打ち明けよ)≫



ハーティは飛びあがり、ブローズグホーヴィに突き刺した釘に鉄槌を打ち込んだ。
ブローズグホーヴィに深く突き刺さる釘、下された鉄槌と共に冷気の噴出は止まり、霊装を構成し、馬の形を為すパーツがボロボロと崩れ落ちていく。
ハーティの霊装は魔女裁判のための対人拷問用魔術がかけられており、「殺さず生かさず」をコンセプトにした拷問具仕様となっている。魔女を追求・糾弾・排除するという魔女狩りの目的から転じて、「魔力の循環を阻害」する効果を持っている。霊装による物理的攻撃を受けたものはこの効果によって循環していた魔力が途絶え、一時的に魔術や霊装が無効化される。

「もう終わったわ。糸をほどいて下さい」

ハーティに言われるがまま、ウェインは指をパチンと鳴らした。
糸が次々と解れ落ち、リーリヤの身体がボトンと地面に落ちてアスファルトに叩きつけられる。
リーリヤは顔を上げ、必死に手を伸ばそうとするが目の前にハーティが立ち塞がる。

「どうして…どうして、みんな私の邪魔を、するの?私の何が悪いの?生きたいという、生物として当然の願いを、どうして貴方達は否定するの?」
「貴方の願いは死の否定。それは地獄の否定へと繋がる。貴方の活動が既に教理を反している。そんな魔術師をロシア成教やイギリス清教が見逃すはずがないでしょう」
「地獄の否定?生きようとすることが?もっと生きたいという私の“願い”が?私達に命を与え、生きる使命を与えておきながら、それを全うすることを神は否定するの…?」
「貴方は他人を踏み台にしようとした。吸血殺しを利用しようとしたじゃないですか」
「踏み台?じゃあ、貴方達は誰も踏みつけて、いないの?私達は生きる為に、肉を喰らう。肉を喰らう為に動物を、殺す。それと、同じ。私は、吸血殺しを利用し、それを糧として、生きながらえる。私達の“生”は数多の“死”の上に立っている。誰かを犠牲にしない、生き方なんてない」
「…」
「それすらも否定する神なんて… “くそくらえ”だ」
「語りたければいくらでも語らせてあげますよ。情報を吐く肉塊としてね。さぁ、拷問の時間です。そう簡単に死ねると思わないで。拷問の極意は『生かさず殺さず』、自供するまで悶え苦しませて差し上げますから」



「フフフフフ…アハハハハハハハハハハハハハハ!!!」



今までの静かな声、喋り方から想像できないほどの大きな笑い声が彼女の口から溢れ出る。

「それは残念ね。私の命はもう尽きる」
「自殺はさせないわ。それ対策の魔術だってありますから」
「フフ…。違うの。私の意思に関係無く、私の命はもう尽きる。ブローズグホーヴィが止まってしまった…。あれは私の心臓、私の生命維持装置。ブローズグホーヴィの死は私の死でもあるの…皮肉ね。貴方の一撃が、私の死を決定した…。ただそこで、私の死ぬ様を…見届けなさい…」
「貴方の命がもうすぐ尽きる。だからどうしろと言うのでしょうか?貴方が5分後に死のうと1時間後に死のうと私の役目は変わらない。貴方が自供するか死ぬか、その時まで私は地獄の苦痛を与えて情報を引きだすまでです」

ハーティは身体の各所に持つ霊装を手に持ち、その刃をリーリヤに突き付けた。

「拷問部屋に連れて行く時間は無いようですね。今あり合わせの霊装でやることにしましょう」



バンッ!!


ハーティはリーリヤの手を抑えつけ、槌で彼女の小指を潰した。爪が割れ、肉と血が飛び散る。

「あああぅっ!!」
「痛みは感じる様ね。それは良かったです。無痛症の相手にする拷問ほど虚しいものはありませんから。何か情報を喋る気になりましたか?でなければ、貴方は人生最期の時を走馬灯を見ることも無く、断末魔を上げる暇も無く、苦痛と共に地獄に落ちることになりますよ」
「痛い…痛いよ…」



ダンッッ!!!


「ぐゃああああああああ!!!」

次に薬指を潰した。

「死ぬのが先か、情報を吐くのが先か、それとも苦痛で精神が崩壊するのが先か。まぁ、3つ目は無いですね。どこをどう壊せば精神を壊さず痛みだけを与えられるのか、私は熟知していますから」
「うぅぅぅ…痛いよ…助けてよ…パパァ…」

幼児退行か、それともこれが彼女の素なのか、リーリヤは涙を流し、ただ「痛いよ」と喘ぎ続けるだけだった。

「情報を吐く気が無いのなら…次、行きますよ」



ダンッ!!



中指を潰した。

リーリヤは反応しなかった。悲鳴を上げることも痛みの神経伝達で身体が反応することもなかった。精神崩壊しないように配慮はした。そうでないとしたら…
ハーティは彼女の身体を仰向けにし、胸元に耳を当てる。

「…」

彼女は何の反応も示さず、立ち上がると通信用の護符を取り出した。

「こちらハーティ。リーリヤの死亡を確認。……はい。すみません。情報は引き出せませんでした」

静かに淡々と目の前の死骸を見ながら業務報告をした。

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最終更新:2013年09月16日 12:02