「な、何だありゃあ・・・!!?」

新“手駒達”を含む“手駒達”を傍に置く『ブラックウィザード』の薬物中毒者の1人が、眼前に現れた1体の“巨人”の姿を見て呻く。

「ふ、ふざけんじゃねぇぞ・・・!!?」

ここは施設内中央部に近い場所、そこに北東部方面から轟音と共に現出した2体の“巨狼”が風紀委員会へ応戦する『ブラックウィザード』の構成員達を驚愕させる。

「真面君!!振り落とされないように気を付けて!!」
「わ、わかった!!」

そう、それは178支部所属風紀委員殻衣萎履が能力『土砂人狼』の本気。元来の消極的性格から、能力研磨の際にもついぞ見せることが無かった全開(=『書庫』にも記載されていない)。
彼女の能力は土砂を用いた人形の作成・操作である。通常の人形の大きさは1~2mなのだが、しかしこれはあくまで通常の場合である。
彼女は最大で74体もの人形を作成することができる。そして、それ等を合体させることが可能なのだ。当然、大きさも足し算的に増大する。
“巨人”の大きさは約10m、“巨狼”は各5~6mと巨大であり、周囲には巨大人形を守護するように14体の土狼が陣取っている。
更に、殻衣は20体前後までなら精密な動作を人形に行わせることができる。現出した土人形は合計17体。問題は全く無い。

「『土砂人狼』・・・Standby」

“巨人”の左肩に立つ殻衣は同じく“巨人”の右肩に立ち眼下を見下ろす真面に声を掛けた後に戦闘開始の準備に入る。
精密な動作を行えるとは言っても、操作範囲の関係上+周囲の状況・環境を確認するために殻衣は前面に立つ必要がある。故に、真面が彼女の警護として“巨人”へ同乗している。
己が『発火能力』にて14体の土狼と共に細部を詰め、殻衣が繰る巨大な土人形で圧倒する。『ブラックウィザード』を盛大に叩き潰す。何故な自分達は・・・結局は囮なのだから。

「Catch&Crush!!!」

繰り主の命令を受けて、17体の土人形が暴虐を開始する。敵に思考させる暇は与えない。衝撃から立ち直らせる余裕を抱かせない。
その証拠に、“巨人”が手に持つ圧縮形成された土槍を振りかざし・・・凄まじい勢いで“手駒達”ごと『ブラックウィザード』を薙ぎ払う。

「ぎゃああああぁぁぁ!!?」
「ぐあああああぁぁぁ!!?」

構成員の悲鳴が夜の闇に劈く。しかし、彼等は間違っても致命傷を受けたりはしていない。土槍との衝突の瞬間、殻衣の操作で接触部分の圧縮率を低下させたからだ。
しかし、量が量であったためそれなりの手傷は負い、彼等は土砂の中に封じ込められた後に排出、無様に地面を転がる。

「ごめんなさい!!!」

先程排出した中に居る“手駒達”や能力を用いて応戦しようとする新“手駒達”に対して苦渋の表情を浮かべながら、殻衣は“巨狼”の牙を彼等彼女等に突貫させる。
薬で強化された『発火能力』や『電撃使い』や『風力使い』で“巨狼”の外殻が結構な速度で破壊されていくが、
精密動作付与人形の修繕機能によってたちどころに再生する2体の“巨狼”は敵の抵抗お構いなしに突入する。

「「「ガアアアアアアァァァッッッ!!!」」」

“手駒達(にんぎょう)”が“巨狼(にんぎょう)”の牙に掛かり、喰らわれていく。しかも、今度は排出されずに“巨狼”の体内に閉じ込められる。
“手駒達”の小型アンテナは喰らったと同時に破壊したが、新“手駒達”のチップ型アンテナはその小ささ故に『土砂人狼』では頭部を傷付けてしまう恐れがあったために破壊でいていない。
だからこそ、巨体+修繕機能を持つ“巨狼”の体内に封じ込めることで無力化を図る。呼吸障害に細心の注意を払いながら、殻衣は操る演算を正確に計算していく。

「ウゼェ!!この犬っころ!!!」
「空から火の玉だと!!?ちくしょうめ!!ここからじゃ、狙いが定まらねぇ!!」
「連中は新“手駒達”がどうなってもいいって腹積もりか!!?クソッタレ!!!」

平行して14体の土狼が俊敏な動きで構成員に襲い掛かり、しかも上空から真面が援護の火球を立て続けに降り注がせる。
状況的に窮地に追い込まれつつあることを自覚する構成員達は、まるで新“手駒達”の存在を無視するかのような攻勢を仕掛ける風紀委員に毒付く。
だがしかし、彼等は知らない。理解していない。真面と殻衣の覚悟を。『絶対に新“手駒達”の命を1人残らず救う』ことを最優先とする風紀委員会の決意を。
そのために状況を的確に整理し、情報を精査し、決断したのだ。拉致された一般人数百人が新“手駒達”に仕立て上げられた以上、全員無傷での奪還はまず望めない。
無論無傷での奪還ができればそれに越したことは無いが、“それだけに拘らない”。拘るべきはもっと根源的な部分・・・つまり命。命を救う。それこそが絶対に拘るべき部分。
そのための最善手を各々が打つ。これは、真面と殻衣自らが固地や浮草に申し出た手。そして、それを固地・浮草両名が認めた。故に・・・今の2人に迷いは微塵も存在しないのだ。






「この・・・この焔火緋花固地債鬼が来たからにはこれ以上悪者の好き勝手になんかさせないわ!!覚悟しなさい、『ブラックウィザード』!!!」

凛とした少女の声が戦場に木霊する。『ブラックウィザード』を潰すため、そして人形となった姉をこの手で救うために176支部風紀委員焔火緋花は、
緊張のためか額に浮かぶ汗の粒を無視して眼前に居る姉・・・焔火朱花と『ブラックウィザード』のメンバー永観策夜及び仰羽智暁と相対する。

「フッ・・・フフッ・・・」
「智暁?」
「フフフッッ・・・・・・」

対して、焔火の宣戦布告に何を思ったのか背中に冷たい汗が流れるのを肌で感じていた智暁が突如として笑い出す。
隣に居る永観も幾筋の汗を垂れ流しながら護衛の少女に問い掛けるが、少女は一向に零す笑い声を止めない。
たっぷり数十秒程笑い声を漏らし続けた調教主は、これもまた急に顔を上げて目の前に居る愛玩奴隷に向けて憤怒混じりの視線をぶつける。

「よくもまぁ、平然と私の前に姿を現せたモンですねぇ!!緋花!!もう忘れたの!!?私に何をされたのか!!」
「ッッ!!」

嘲笑すら混在する智暁の笑みと声に焔火は息を詰まらされる。脳裏に思い浮かべるのは、ここ数日の間に調教主の手によって刻まれた“傷”。
少し前まで只管傷付けられていた少女にとって、その元凶である智暁の前に立つだけでも精神的負担は大きい。
その上に“傷”に対する言及を喰らったために、焔火は胸をきつく締め付けられてしまう感覚を抱く。冷静さを無理矢理乱される。

「フッ・・・そうですよねぇ。忘れるわけないよねぇ。あんなにヒィヒィ言ってヨガリ狂っていた自分の破廉恥な姿をさぁ!!」
「くっ・・・!!」
「永観さん。聞いてくれます~?あそこに立っている緋花っていう私の愛玩奴隷は、それはもう淫猥な姿を私に見せ付けていたんですよ~。
薬の影響も大きいんでしょうけど、それにしたってあの乱れっぷりには天性もモノを感じますねぇ」
「へぇ~。それは僕も見てみたかったモンだ。・・・まぁ、映像媒体には録画してあるんだけどね。何時でも脅しとして使えるようにさ。だろ、智暁?」
「なっ!!?」

永観の邪な笑みと共に吐き出された言葉に焔火の顔が青褪める。『映像媒体』・・・つまりは、あの調教が映像として残っていることが齎す致命的な弊害。
このネット社会において、一度拡散した情報を消去することは限り無く不可能に近い。ましてや、それが『性』に関わるモノならば。
焔火としても心の片隅で考えていた―考えないようにしていた―可能性。その可能性に言及する敵に心を掻き乱される。

「・・・え、えぇもちろんです!!風紀委員会には私もひっどい目に遭わされていますしねぇ。愛玩奴隷には裏切られる始末ですし。
こうなったら、道連れ覚悟で他の構成員に今すぐ連絡取って緋花や朱花のあられもない姿をネット上に拡散してあげ・・・」
「ま、待って!!!」
「・・・フフッ。おやぁ、どうしたの緋花?ま・さ・か、私を裏切っておいて何の罰も無いなんて思ってるんじゃないでしょうね!?」
「(ど、どど、どうする!!?今すぐにあの2人をやっつけ・・・む、無理!!お姉ちゃんが居る以上、そんな瞬殺みたいな真似は絶対に無理!!ど、どど、どうしたら・・・)」
「・・・もし、今からでも私の下へ戻って来るというのであれば、考えないでも無いんですけどねぇ。どう思います、永観さん?」
「ふむ。その辺りが妥当な所だろうね。もっとも、彼女にその気があればだけど。彼女が僕達に刃向かった時点で交渉は決裂、すぐにネット上に彼女の淫らな姿を流すとしよう」
「くぅっ・・・!!!」

奴隷の蒼白状態の顔に気分を良くした調教主は、残虐な笑みを浮かべながら上司足る永観と会話を繰り広げる。
もちろん、今の会話は焔火を混乱させる罠である。智暁の意向で焔火を監禁していた部屋には監視カメラ等を全て排除していたために、調教の光景を撮っている筈も無い。
だが、そんなことは焔火が知るわけも無い。永観達の目論見通り、焔火は思考の迷宮に迷い込んだ。自分だけでは無く、姉の姿も映っているとなれば尚更である。






「ハーハハハッッ!!!!!」
「「「!!!??」」」






だがしかし、そんな付け焼刃の小細工で焔火の後方で今の駆け引きを吟味していた“風紀委員の『悪鬼』”足る男を惑わせられるわけも無い。

「全く・・・初っ端からこの体たらくか。焔火。『俺の前で無様を晒すな』という俺の言葉をもう忘れたのか?」
「固地先輩・・・で、でも!!」

禍々しい“『悪鬼』”の瞳に、今にも泣き出しそうな少女の顔が映る。女心に疎いせいか、少女の気持ち全てを理解し切れていないことは百も承知。
それでも、“『悪鬼』”は冷静に判断を下す。部下の気持ちに上司足る自分が大きく左右されるようでは、戦場において正しい判断を下すことなどできはしない。

「心配するな。連中がほざく言葉は・・・全てハッタリだ。態度を見ればわかる」
「えっ!!?」
「俺のような怪しい態度を鵜呑みにしないんじゃ無かったのか、焔火?そんな調子だと、先が思いやられるな。仕方無い部分があるとは言え、もう少し観察眼を養え」
「うううううぅぅぅっっ!!!・・・が、頑張ります」

驚愕に染まり、また厳しい指摘を喰らって項垂れる焔火のアップダウン激しい様子に溜息を吐きながら、固地は少女の代わりに駆け引きの舞台に立つ。
現在の彼女では、この舞台で立ち続けるのは酷というモノだろう。与えられた“傷”の件もある。ならば・・・自分が立つ他無い。

「俺の方がよくもまぁと言いたいモンだ。この場でハッタリをかますくらいなら、何処ぞの“詐欺師”のように事前にきっちり打ち合わせをしておくんだったな」
「・・・フフッ。ハッタリだなんて、よく断言できますねぇ。“風紀委員の『悪鬼』”かなんだか知りませんけど、ちょっと自信過剰過ぎやしませ・・・」
「お前のおかげだよ、サディスト気取り。この俺が、そこの男に投げ掛けられた際のお前の反応を見ていないとでも思っていたのか?」
「ッッ!!」
「あれはお前にとって想定外の言葉だった。だから、反応が遅れた。『何時でも脅しとして使える』というのなら、調教主気取りのお前だって知っていて当然の情報だ。
あの時のお前の表情を端的に表すのならば『戸惑いと恐怖』だ。『戸惑い』・・・すなわち想定外の言葉に対してのモノ。
『恐怖』・・・すなわち調教している自分の姿が映像媒体に録画されていることに対してのモノ。自信過剰なのはお前の方だ。“風紀委員の『悪鬼』”を舐めるなよ・・・仰羽智暁?」
「なっ!!?」
「おいおい。まさか、お前の素性を今の俺達が知らないわけが無いだろう。焔火を救出した時点で、お前の容貌から『書庫』で素性は割り出している。
ハーハハハッッ!!これで、お前は立派なお尋ね者だ。この先に明るい未来が待っているなどと夢にも思うなよ?」
「・・・!!!」

凶悪な瞳に射抜かれた上に正当な指摘を何重にも浴びた挙句、完全に素性が割れていることを知った智暁の顔が今度は蒼白となる。
これこそが駆け引き。あくまで固地の推測でしか無い情報を事実として言葉に出し、更に素性が割れていることをぶち上げることで精神的動揺を与える。
智暁にとって、こういう駆け引きは本来苦手とする分野である。だからこそ、固地に嘘を見抜かれてしまった。

「永観・・・と言ったか。単純バカな部下を持つとこういう時に辛いな」
「(単純バカって!!そ、そりゃ駆け引きで負けた私が言える立場じゃ無いけど・・・もう少し言い方ってモンが・・・固地先輩のイジワル!)」
「・・・僕の言葉が全て嘘だという証拠は無いが?お前の言葉は推測でしかない。智暁には告げずに、彼女達の調教光景を録画している可能性もある」
「「!!?」」
「・・・フン。だったら、最初に言っているだろう?ふむ・・・仰羽智暁を動揺させた状態で戦闘に突入したく無かったと言った所か。
事件解決のためならどんなことでもする“風紀委員の『悪鬼』”なら、『ブラックウィザード』討伐を最優先にするために焔火達の痴態をネット上に晒す行動を無視する可能性がある」
「(痴態って!!そ、そんなはっきり言わなくてもいいんじゃないかなぁ!!?ホント、先輩ってデリカシーのデの字も無い人だわ!!)」
「お前は逆に俺の評判を意識し過ぎているな。さすがの俺も、そんな可能性は・・・考えこそすれ実行することは・・・・・・・・・無いだろう」
「(何で即答じゃないの!!?というか考えんな!!考える必要ナッシング!!感覚のままに絶対NO!!!)」
「それに・・・仮にお前の言葉が正しかった所で俺達にはネットを介して情報を潰す『頼もしい』仲間が居る。
まさかとは思うが・・・焔火含めた大人数の一般人が攫われた時点でお前が言う『映像媒体を使った脅し』を想定していなかったとまさか思っていないよな?」
「!!!」
「(『頼もしい』仲間って・・・もしかしなくても成瀬台の初瀬先輩のこと!?確か、前にあった風紀委員会ではボロクソに言ってたような・・・)」

今度こそ動揺の色を表に出した永観を瞳に映しながら、しかし焔火は固地の言葉に対して違和感を持つ。それは当然のこと。
何せ、春咲桜に対する処分等を議論した風紀委員会にて固地は初瀬のことをボロクソに言っていたからだ。
もっとも、それは固地なりの相手を発奮させる方法―(固地視点で)私情は挟んでいない・・・筈。他から見れば私情アリアリ―の1つでしか無かったが。
数日前に九野や加賀美達にキツく指摘されたことで固地も少しずつ己の在り方を見直している最中であり、今の発言もそれに沿ったモノである。
当人の前で言えるかは怪しいが、初瀬の実力自体は固地も認めている。ネット社会の最先端に居るこの学園都市においてその実力は大きな意味を持つが故に。

「一般人が攫われた時点で、俺達は能力を含めた総力をもってネット上に監視という名の網を張った。『映像媒体を使った脅し』の可能性も考慮してな。
まぁ、空振りに終わったがそれは言い換えれば『ブラックウィザード』が未だにネット上に『映像媒体を使った脅し』を拡散していない証拠であったとも言える。
初瀬の『阻害情報』は脅威だからな。『成瀬台強襲時に初瀬を始末できていれば』・・・と嘆くお前や網枷の顔が容易に想像できるぞ?」

この『監視』の網は、主に第17学区とその周辺を重点的に敷いていた。特に、後方支援を主に担当していた初瀬(+電脳歌姫)・葉原・佐野と、
後方に陣取ることが多い(=それ相応にネットに聡い)リーダーの椎倉・破輩・加賀美・冠・浮草達に電気系能力者の湖后腹や九野達警備員を加えた網は強大であった。
立場上風紀委員は夜遅くには活動できなかったが、それでも戦闘部隊・後方支援部隊関係無く全員が自宅に帰った後に連絡を取り合いながら夜遅くまでネットを徘徊していた。
『映像媒体を使った脅し』関連が主目的だったが、『ブラックウィザード』に関する情報なら噂でも何でも集めた。
真偽等は後から幾らでも調査できる。まずは、あらゆる情報の収集。そこに、コンピュータに聡い聡くないは関係無い。固地や鳥羽も同じようにネットに目を光らせていた。
各々にでき得る最大限のことを皆が全うした。全ては、この事件の解決を邪魔する要素を排除するために。

「お前の言葉が正しいのならば、その映像媒体は十中八九この施設内に存在する。そして、もうその記録は使えない。初瀬が入り込んでいるからな。
とは言え、何もネットではなくともUSBのようなモノを使えば流通に紛れて記録は持ち運びできる。そうだろ、永観?」
「・・・・・・そこまでわかっていながら、何故お前はそんな勝ち誇った顔ができる!?」
「残念だが、この第17学区は警備員によって秘かに監視されていた。物資の流通から何もかもだ。
さすがに、新“手駒達”の確立を最優先したためかこちらも空振りに終わったがそれはそれで朗報でもあった。お前達が協力関係を組んでいる企業の目星も付いている。
また、初瀬の能力なら通信履歴を含めた様々な『履歴』を探知することができる。初瀬の能力の全容が『書庫』に全て記載されているとでも思ったか?
俺が、お前達が放った“手駒達”の尾行を『書庫』には掲載されていない力で看破したのと同じ理屈だが?あの“巨人”もそうだろう?」
「くっ・・・!!!」
「何より・・・お前の狼狽さが全てを物語っている。俺の言葉を推測と断じたくせに、何故うろたえている?悪いが、お前の言葉には何の説得力も感じられない。
そんな輩の妄言を無邪気に信じる程俺は綺麗な人間じゃ無い。断言してやろう。お前達は焔火達の痴態を録画してはいない!!
『今』の仰羽智暁の狼狽振りも俺の言葉に説得力を与えている。もう、お前達の駆け引きは駆け引きとして成立していない!!
永観。お前は、『今』の仰羽智暁の精神状態で俺達と戦うつもりか?『発火能力』と相性抜群の『熱素流動』を持つ仰羽智暁を欠いた状態で俺の『水昇蒸降』とぶつかるつもりか?
『今』の焔火は姉である朱花の高圧電流すら逸らす程だ。俺の指揮もある。まぁ、好きにするといいさ。俺達は俺達の為すべきことをするだけだ。ハーハハハッッ!!」

永観は憎たらしいにも程がある“風紀委員の『悪鬼』”に駆け引きで敗北したことを悟る。確かに、固地の言う通り智暁の精神状態のまずさは許容外に片足を突っ込んでいる。
『自分に内緒で調教している姿が録画されていた』という嘘の情報は、智暁に想像以上の精神的ダメージを与えている。ようは、相互の信頼に関わること。
今から固地と焔火と戦闘に突入する『今』、自分に対して不信感を抱かせてしまうのは全くもって得策では無い。そもそも、捕まってしまえば全て終わりなのだ。
『焔火達の調教光景を録画していた』というハッタリは、あくまで駆け引きの材料でしか無い。ハッタリで自分の首を自分で絞めるのは本末転倒である。
永観としては、アドリブに弱い智暁では無くこんな付け焼刃の下策に走らなければならない状況―“巨人”の攻勢―そのものに腹を立てているのだから。

「・・・智暁」
「は、はい」
「安心して。あの“『悪鬼』”の言う通り、今までの言葉は全部ハッタリだ。僕としたことが、往生際が悪かったよ」
「ほ、本当ですか!!?」
「あぁ、本当だとも。僕の命に誓うよ」
「・・・ハァ~。よかったぁ・・・」

故に、本当のことを智暁に打ち明けることで彼女の精神状態を回復させる。結局“『悪鬼』”の言葉が全て頷ける内容であったかは定かでは無い。中には虚偽が混じっている可能性もある。
しかし、その言葉によって智暁の精神状態を撃ち砕かれた。その舌の回りように瞬間“辣腕士”の面影を垣間見、永観は多少以上に不機嫌となる。

「・・・だそうだ、焔火?」
「・・・・・・ハァ~。・・・ありがとうございます、先輩」

他方、永観の―止むを得ない―告白に目を細める固地の声を受けて焔火は固めに固めていた体を弛緩させる。
一歩間違えれば社会的に抹殺されかねない事柄であったからこそ、それを見事見破った“『悪鬼』”の戦略に唯々感心する。

「礼はいらん。行動と結果で示せ。それが、今のお前に課せられたモノだ」
「・・・はい!」
「・・・フン。さて・・・仰羽智暁!!」
「ッッ!!」

安心し切った+感謝の念が顕著に現れた表情を向けた部下から顔を逸らした固地は、ついでとばかりに更なる責めを行う。
標的はもちろん・・・サディスト気取りの少女。これは、個人的な想いも入った言及である。

「何でも、お前はこの単純バカを痛めに痛め付けていたと聞いたが?」
「そ、それがどうしたのよ!?私の愛玩奴隷に何をしたって私の勝手・・・」
「お前の愛玩奴隷?ハーハハハッッ!!・・・笑わせるな。この女は誰かの鎖に繋がって大人しく飼い馴らされるようなタマじゃ無いぞ?
何せ、俺の鎖を食い千切った程だからな。お前なんぞの愛玩(オモチャ)には到底なりえん。身の程を知れ・・・ガキが」
「ッッッ!!!」
「固地先輩・・・!!!」

固地の宣言に絶句している智暁を尻目に焔火は目に映す。高笑いを放った後の彼の表情が、常のような禍々しいモノでは無く何処までも真剣なモノであったことに。
きっと、それは彼が自分をまがりなりにも認めてくれていることの証。焔火緋花は仰羽智暁の奴隷なんかでは無いことをはっきり表明してくれた彼の『力』を己が胸に確と刻む。

「何だ、焔火?さっきも言ったが礼は・・・」
「はい、今ので『傲岸不遜ポイント』が1つ増えました!!この調子なら、早々に罰ゲーム決定かも!?」
「ガクッ!!ちょ、ちょっと待て!!何故、今のでポイントが加算するんだ!!?」
「さっきからどうしようかなって迷っていたんです。幾ら相手が相手とは言え、傲岸不遜なのには変わりありませんでしたし。
前に先輩も私のことを奴隷扱いしてましたし、駆け引きのためとは言え『痴態』なんていう下品な言葉も使いましたし。
丁度駆け引きも終わった後だったんで『よしっ♪入れちゃおう♪』って。ニシシ♪」
「何が『よしっ♪入れちゃおう♪』だ!!それはそれ、これはこれだ!!笑顔でごまかそうとしても無駄だぞ!!断固抗議する!!」
「望む所です!!そのためにも、一刻も早くこの事件を解決しましょう!!行動と結果で示す!!そうでしょ、固地先輩!?」
「・・・ハァ」

自分の言葉を焔火に逆手に取られたことに対して溜息を吐く固地。おそらく、これは『礼はいらん』と言われた上で彼女なりに考えた『礼』なのだろう。
それがわかったからこそ固地は溜息を吐くだけに留めた。やはり私情を挟むと碌なことにならないことも同時に胸に抱きながら。

「あぁ・・・そうだな。時間も無い。手早く事を済ませるぞ、焔火!!朱花は全面的に任せる!!姉を救いたいのなら・・・全力を賭して戦え!!!」
「はい!!いくよ・・・お姉ちゃん!!!」
「・・・・・・」
「智暁!!『熱素流動』でサポートを!!朱花を使って焔火緋花を押さえ込むんだ!!」
「はい!!蜘蛛井さんの『調整』のおかげで朱花の暗示が解けることは無いでしょうし、思う存分姉妹同士で殺し合ってもらいましょうか!!」

言葉による前哨戦は終わった。ここからは、文字通りのガチンコ勝負。喰うか喰われるか、まさに弱肉強食のルールが支配する領域へ5人は足を踏み入れる。
片や事件解決と肉親を救うために。片や戦場から脱出するために。己が命を賭して・・・己が目的を達成するために少年少女達は戦闘に突入する。
そんな中・・・操り人形と化した姉の虚ろな瞳の奥に小さな光が宿り始めていることに、この時この場に居る者達は気付くことは無かった。






「何度言えば理解する?俺達はそんな条件は呑めない。雅艶も言っただろう?」
「それじゃ、私達穏健派と過激派の和解は無理だわ。・・・プライドが高いというのも考えモノね、麻鬼?」
「・・・・・・」
「こ、こらっ菊!!挑発的なことをしないの!!」
「ハァ・・・やっぱり過激派ってのは碌なモンじゃ無ぇな~」
<林檎さん。一応彼等の正体は理解できましたが、何故こんないがみ合いになってしまわれたのでしょう?>
<元々穏健派と過激派って分かれているくらいだから、やっぱり一枚岩じゃ無いってことかも。まぁ、あたしの予想も当てずっぽうレベルだけど>

場面は『協力者』の一角である救済委員達が集っている灰土の大型車両に移る。そこでは、麻鬼と花多狩の激論(=いがみ合い)が繰り広げられていた。
車を操る灰土は溜息を零し、部外者である真珠院が一時的に救済委員と行動を共にしていた林檎に質問し、林檎が当てずっぽう―しかし、真実の一端である―の回答を行う。
挑発を受けた麻鬼が不気味な沈黙に突入し、車内に不穏な空気が流れ始める。そもそも、何故共同で『ブラックウィザード』を討伐しようという話の後にこんな事態に陥ったのか。
それは、麻鬼達が『ブラックウィザード』討伐に対する“アクション”を聞いた花多狩が以下の条件を和解の条件としたからである。


『穏健派と過激派の和解実現の条件は・・・新“手駒達”の救出よ。そのためなら、風紀委員会と形だけでも協力する。いいわね?』
『それは呑めん。新“手駒達”救出は風紀委員会の役目だ。俺達に危害を加えてくる場合はその限りでは無いが、進んで行動を起こすことなど有り得ない』


花多狩の出した条件は積極的な新“手駒達”救出。これは、救済委員である自分達の存在意義にも直結する。
そのためなら風紀委員会とも協力する(無論形式上ではだが)。能力的に峠の『暗室移動』と雅艶の『多角透視』の組み合わせは、和解の条件成立のためにとても有効なモノである。
彼等がその気になれば迅速な新“手駒達”救出も果たせる。そう考えたが故の花多狩の提案。
この提案に峠は不承不承ながらも頷いた―春咲桜に謝罪した『今』の彼女だからこそ―のだが麻鬼と雅艶は拒否の姿勢を見せた。
特に、麻鬼の拒否っぷりは凄まじく花多狩の交渉も全く受け付けない。


『・・・様子見だ。ここには、俺の元仲間が居る。奴等がどれだけの働きを見せるのか・・・見てみたくなった』


理由は言わずもがな。また、本来の役目を考えるならば新“手駒達”救出は風紀委員会の役目であり、致し方無い場合は別にして進んで連中に協力しようと麻鬼は思わない。
固地との取り決めも既に果たし終えている。加えて、数が限られる空間移動系能力者峠上下の能力を使って大々的に救出すれば彼女が“目立ってしまう”。
ある意味では切り札とも言える峠をみすみす晒したく無い。この意見には雅艶も同調しており、結果として激論に収拾が着かなくなっているのだ。

「・・・雅艶」
「俺は麻鬼程意固地になるつもりは無いが、やはり峠の存在が連中にバレるというのは今後の活動を考えると由々しき問題だ。
確かに、彼女の『暗室移動』は有効な手段ではあるが・・・逆に言えばこちらの手札を明かすことになる」
「あら?固地にはバレてるじゃない?」
「・・・あれはギブアンドテイクの関係でしかない。それに、救済委員だからと言って即逮捕というわけじゃ無い。それこそ、現行犯に近い形でもなければ・・・な」
「まっ、オッサン達のような穏健派よりかは過激派のオメェ等の方が捕まりやすいのは確かだろうよ。なんたって、やることが過激だしよ」

雅艶と花多狩の議論に灰土がツッコミを入れる。現役警備員故に説得力のある言葉。世の中の常として、穏健派と過激派のどちらが警戒されるのかと問われれば普通は後者である。

「ゴホン!俺達としても罪の無い人達を救いたいという気持ちは当然ある。しかし、それも時と場合による。
花多狩。お前は峠を危険な目に合わせる可能性を黙認するのか?下手をすれば、今後彼女が救済委員活動を行う上で重大な支障が出かねないぞ?」
「・・・・・・」
「菊・・・」

雅艶の容赦無い指摘が花多狩に突き刺さる。大事な友へ意味ありげな視線を送る峠の顔を横目で見て、それでも穏健派の指揮官足る花多狩は動じない。
この条件に雅艶や麻鬼が反発することはとっくの昔に予測していた。予測していた以上対策は考えてあるし、同時に覚悟もできている。

「・・・ねぇ、峠」
「・・・何?」
「貴方は・・・私を信じられる?友である私の言葉を最後まで信じ抜くことができる?」

故に、己が覚悟を眼前の友へ示す。花多狩菊の大事な大事な親友・・・峠上下へ。

「・・・フッ。当然じゃない!!私はもう二度と友を裏切らない!!私は菊を信じる!!どんな時も・・・あなたを信じ抜く!!」

そんな友の問い掛けに、峠もまた覚悟を決めて返答する。あのコンテナターミナルで花多狩と戦った際に改めて自身を見詰め直した結果を今一度友へ示す。
戦場に身を置く以上、存在が露見するリスクは元より承知。当たり前ではあるが、このリスクを信を置く友が考えていないわけが無い。
その上で友が言葉を連ねるなら、自分が為すべきことは決まっている。すなわち・・・何処までも友を信じ抜く。

「・・・ありがとう、菊。・・・雅艶、麻鬼。貴方達の懸念も理解できるわ。だから・・・私も貴方達の懸念を少しでも払拭できる条件を再掲示する。
但し・・・大元を変えるつもりは無いわ。救済委員として、新“手駒達”を救う一助になる・・・この大元はね」
「花多狩・・・!」
「それに・・・貴方は私に大きな“貸し”があるんじゃないの、雅艶?」
「“貸し”?・・・俺達過激派がお前達穏健派に負けたことを言っているのか?それとも、春咲桜のことを指しているのか?」
「花多狩。残念だが、あれは『シンボル』の助力があってこその結果だ。俺達過激派が敗北した事実に変わりは無いが、それが今の交渉における取引材料にはならない。
春咲桜も同じだ。制裁については色々反省すべき点があったのは確かだが、奴が裏切り者であったという当時の認識を取り下げるつもりは無い。
まぁ、今では穏健派に現役警備員も参加しているし今後春咲桜についてどうこうするつもりは無いが」

花多狩の“貸し”発言に雅艶と麻鬼が噛み付く。結果としては間違い無く過激派は穏健派に敗れた。だが、それは部外者である『シンボル』の力があったからだ。
春咲についても、雅艶や麻鬼は裏切り者という当時の判断を取り下げるつもりは毛頭無い。故に、この場における有効な取引材料にはなり得ない。
そう考える雅艶と麻鬼の言葉に・・・花多狩は不敵な笑みを浮かべる。

「私の言葉をちゃんと聞いているの?私は雅艶個人に対して先の言葉を言ったのよ?」
「俺個人?ますますワケがわからないんだが?」

雅艶はいよいよ花多狩の言わんとしていることが読めなくなる。個人的に彼女へ“貸し”を作ったことは無い筈だ。
一方、雅艶の態度を見て内心では怒り狂っている花多狩は確実な言質を得るため―麻鬼にも事の重大さを認識させるため―に一気に勝負に出る。






「ねぇ、雅艶?唐突な質問なんだけど、貴方にスケッチして貰った6月に比べて私の胸・・・大きくなってない?」
「胸?・・・・いや、殆ど変化していないぞ?あったとしても、啄達にやった俺のヌード絵ともミリ単位レベルでの変化があるか無い・・・グムッ!!?」
「・・・!!!」






花多狩の質問に対し、何処か得意気に回答する雅艶の口を麻鬼が塞ぐ。見れば、麻鬼の額には幾つかの汗が吹き出ていた。
対して、雅艶がヌード絵の存在を『思い出している』ことを可能性として予測していた花多狩は般若の表情を青筋と共に浮かべながら冷徹な指摘を開始する。

「あれぇ?確か雅艶って七刀の『思想断裁』でヌード絵に関する記憶は消されたんじゃなかったっけ?」
「そ、それは・・・」
「あんなモノ、俺の芸術に対する執念の前には無意味も同然・・・フグッ!!?」
「(黙ってろ、この覗き魔!!)」

花多狩の追及に何故か自信満々に答える雅艶の口を再び塞ぐ麻鬼。内心では、相棒の変態趣味に対するツッコミをぶちかましながら。

「菊・・・貴方私を裏切らないのよね?だったら、どうしてこんな大事なことを黙っていたの?私達女性にとっては重大な問題じゃない?」
「そ、それは・・・私も雅艶が記憶を取り戻していることを知ったのは数日前的だし、菊が激怒するのは目に見えていたからどうやって伝えたらいいのかわかんなくて・・・それで・・・」
「・・・フフッ。わかっているわよ、峠。私が貴方の立場でも同じことを考えた筈だしね」
「そ、そう。ふぅ・・・」

未だ般若の形相を崩していない花多狩の質問に冷や汗ダラダラ状態で答える峠。『私はもう二度と友を裏切らない!!』と言った手前、
女性に対する大問題的な行為を行う雅艶の趣味が『回復』していることを救済委員ヌード絵被害者第1号である花多狩に黙っていたのはバツが悪い。
正確には『どうやって伝えたらいいのかわからなかった』ではあるが。その点については花多狩も理解してくれたために、峠はわかりやすいくらいに安堵した。

「麻鬼。これでわかったわよね?雅艶は私に大きな“貸し”があるの。普通なら女性の敵としてボッコボコにしたいくらいだけど、
これから再掲示する私の条件を呑むというのなら帳消しにしてあげる。どう?悪くないでしょ?あぁ、そうだ。
厳密には農条達が事の始まりだけど、アイツ等にはその場でキッチリ制裁を与えたから交渉には使えないわよ?フフッ」
「何故ヌード絵がいけないんだ!!?断固抗議・・・ムゴォ!!!」
「それとこれとは話が別では?第一俺には関係の無い・・・」
「あぁ、そう。だったら、救済委員の皆に『雅艶の相棒を務める麻鬼って男は相棒の覗き趣味を黙認するクール気取りの変態』って言いふらしてやるわ」
「何っ!!?」

相棒の趣味のせいでとばっちりの直撃を受ける麻鬼。普段からクールにキメている人間にとって、『覗き趣味を黙認する変態』という汚名はキツ過ぎる。
しかも、事が事なだけに下手に言い訳ができない。麻鬼とて雅艶に対して何度も注意をして来た。しかし、相棒は頑なに覗きやヌード絵描写を正当化する。
能力も強力で頭も回る過激派指揮官を務める男の欠点―本人は美点と考えている―を穏健派指揮官に物の見事に突かれた。
花多狩とて、心中では色んな意味で葛藤しているだろうに。正しくは、身を削って己がヌード絵の話題を雅艶に振った・・・である。

「・・・勘違いしないで欲しいんだけど、私は救済委員として当然のことを再掲示するのよ?風紀委員や警備員の手が行き渡らない人達に手を差し伸べるのが救済委員。
そして、現状では風紀委員会の手が新“手駒達”全員へ行き渡らないのは事実に近い可能性よ。なら・・・だったら・・・だから、今こそ私達救済委員の出番なのよ!!
罪無き人達を救う!!救済委員になった理由は各々で違うとは言え、私達救済委員の象徴(そんざいいぎ)を貴方達は否定してしまうの!!?そんなの間違ってるでしょ!!?
あの救済委員事件を経た『今』の私達なら、形だけでも風紀委員会と協力することはできる筈よ!!?
さぁ、どうするの麻鬼!?このままだと、穏健派と過激派の和解が進まないどころか『覗き趣味を黙認する変態』の烙印を押されるわよ!?」
「グッ・・・!!」
「林檎さん。あの麻鬼様という方は本当に『覗き趣味を黙認する変態』なのですか?もし、それが事実ならあの雅艶様という方と同レベルのケダモノのようにお見受けするのですが」
「ウッ!!」
「しっ!声が大きいよ、珊瑚。事実でも言っていいことと悪いことがあるよ!!」
「(お前の方が声がでかい!!というか、何故俺が雅艶と同レベル!?有り得ん!!そんなことがあっていい筈が無い!!!)」

ここに来て、花多狩の怒涛の攻め―麻鬼としても花多狩の言葉は至極もっともであると考えている―に乗っかって来た真珠院と林檎の言葉が麻鬼の心を揺らがす。
特に、初対面である真珠院の言葉がキツい。花多狩の言わんとしているのは、つまりは真珠院のような反応である。

「(それはマズイ!!『覗き趣味を黙認する変態』なんて、この先ずっと言われてたまるか!!)」

これから救済委員として新たに行動を共にするかもしれない者達(特に女子)に、今後『ねぇねぇ、あの麻鬼って「覗き趣味を黙認する変態」なんですって』・『うわーっ、最低!!』・
『クール気取って頭の中はやましい想像で一杯なんだわ』なんて風に見られるとしたら、それこそいい笑い者である。
七刀や斬山辺りには、生涯に渡る汚点扱いにされかねない。そんな事態は、真っ平御免被る。そう、麻鬼は決意する。

「わ、わかった・・・。と、とりあえず、再掲示とやらを聞かせろ。話はそれからだ」
「ま、待て!!俺にもいわれの無い誹謗中傷に対する反論の機会を・・・」
「黙ってろ、この覗き魔!!」
「グフッ!!!」

とにもかくにも花多狩が再掲示する条件を聞く態勢に入った麻鬼に憤慨する雅艶だったが、雅艶以上に憤慨している麻鬼の実力行使によって黙らされる。
クールな麻鬼をここまで取り乱させるのは雅艶くらいである。だからこそ、雅艶は別の意味で一目置かれていたりもする。

「ゴホン!では、改めて提案するわ。和解の条件は新“手駒達”救出・・・『の一助』よ!!」

花多狩の再掲示案は『新“手駒達”救出の一助』であった。つまり、『多角透視』と『暗室移動』を併用して新“手駒達”の頭部にある小型チップを破壊するということ。
新“手駒達”そのものを空間移動で救出してしまうと、戦場に居る風紀委員や警備員に峠の存在を勘付かれる可能性が大きくなる。
そのために、そこら辺に転がっている小石等を正確にチップへ空間移動させて破壊する。暗闇下という環境、戦場という錯綜を重ねる領域だからこそ、
峠の『痕跡』を見え難くすることができる。タイミングは雅艶の『多角透視』が精緻に誘導し、その後の救出は現場の風紀委員会に一任する。
雅艶達の意向にも配慮した上での妥協案。チップを失えば気絶する特性も踏まえたこの案は、風紀委員会に形だけでも協力する―正確には救出を押し付ける―モノとなった。
議論の末、雅艶達も納得し条件は行動に移された。但し、雅艶の調査によって『ブラックウィザード』のリーダーである東雲付近に居る新“手駒達”については、
『暗室移動』によって新“手駒達”そのものを空間移動させた。理由は至って単純、付近に風紀委員会のメンバーが居なかったからである。
雅艶の調査によって北部に居る70名の新“手駒達”全ての捕捉には成功しており、現にその大半は現在風紀委員会と交戦中である。
他方、東雲の周囲には風紀委員会の手の者が存在していなかった。このままでは、何時何時新“手駒達”がリーダーと共に施設外へ脱してしまうかわかったモノでは無い。
故に、『東雲の対処は風紀委員会に任せる』という条件で雅艶達は新“手駒達”を空間移動させた。
雅艶達は、風紀委員会よりも『ブラックウィザード』の方が露見のリスクは低い―風紀委員会か『協力者』のどちらの仕業か判別できない―と見積もっている。
最悪露見してしまっても、『花多狩の友だから~』という理由で押し通す算段である。風紀委員会には固地も居るという計算もある。
救済委員+αはすったもんだの末に一応纏まった。一応ではあるが。だがしかし・・・この『一応』が風紀委員会に齎した利は途轍も無く大きいモノであったことは確かである。






「(なっ!!?あたしの思考を・・・能力者か!!?しかも・・・こいつ等風紀委員会じゃ無い!!)」
「女の子には手を挙げない主義だけど・・・事情によってはそうもいっていられないよ?」
「荒我君の邪魔をするでやんすなら、オイラも鬼になるでやんす!!」

喉が異様に渇く。背中に冷や汗が吹き出るのを止められない。護身用の拳銃をポケット内で握り締める少女中円真昼は、事態の更なる悪化を悟る。
『ブラックウィザード』を裏切り唯1人逃走に移っていた少女の前に、『協力者』の梯と武佐が立ち塞がった。
中円としては、相手が『風紀委員会』に属する者であれば『ブラックウィザード』を売った末に投降するのも手段の1つであった。
だが、『風紀委員会』でも無い人間相手にこの手段が通じる保障は無い。わざわざ、銃弾異能が飛び交う戦場に好き好んで突入して来た命知らずである。

「(だとすれば・・・あたし達に深い恨みがあるのは想像に難くない!!)」

真っ先に思い浮かぶのは、極悪非道を地で行く『ブラックウィザード』への深い恨み故の突入。いや、そうとしか考えられない。
しかも、己の思考を読む能力者。周囲には風紀委員会の人間は居ない。報復にはうってつけの状況である。

「(ど、どうする!!?この拳銃で・・・応戦するしか・・・!!!)」
「拳銃はズボンの右ポケットにある・・・そうだね?」
「!!!」

報復に対する恐怖から護身用の拳銃を用いた対処を考えた中円の思考は、しかし武佐の『思考回廊』によって筒抜けとなる。
こちらの手札が読まれる。対処方法すら。思考を読む能力者の脅威が低位能力者である中円を襲う。

「(ど、どど、どうする!!?う、撃ちたく無い・・・撃ちたく無い!!!こ、殺しなんかに手を染めたく無い!!!)」

顔が歪む。歯をカタカタと震わせる。事ここに至っても、中円は威嚇行為として拳銃をポケットから取り出すこともできない。
『ブラックウィザード』含め、寄生場所であったどのスキルアウトでも前線に出たことは一度も無かった。戦闘経験など皆無に等しい。
ずっと、ずっと安全地帯でのうのうと過ごして来た弊害。そのおかげか、ある意味では『ブラックウィザード』の中で“まだ”正常に近い感覚を保っているとも言える中円の思考。
すなわち、『一般的』なスキルアウトの域を超えていない少女。だからこそ彼女は誤った。『ブラックウィザード』というスキルアウトを寄生場所に選んでしまった自身の判断を。

「梯君・・・」
<おかしいでやんすね。残虐で有名な『ブラックウィザード』のメンバーにしては、全然戦闘慣れしていない態度でやんす>

一方、相手が拳銃を所持していることから何かあればすぐに物陰に飛び込める体勢と心構えを持つ梯と武佐は言葉と『思考回廊』による議論を展開する。
議題は中円の態度。梯と武佐はいずれも元スキルアウト。そして、今は喧嘩大好き荒我の舎弟である。
2人共に喧嘩の腕は大したことは無い。無いが、それなりの戦闘経験はあった。故にわかる。眼前に立つ『ブラックウィザード』の少女は・・・ド素人であると。

「(思考を読む以上、嘘もでっち上げも通用しない!!ど、どうすれば・・・)」
<後方支援の人間なのかもね。これなら、俺達でも何とかできるかも>
「でやんすね」

『思考回廊』は、一度発動すれば次回発動までに7秒のタイムラグが発生する。そのために大事な部分は『思考回廊』を使い、簡素な返事等は言葉でやり取りを行う。
荒我の舎弟としてコンビを組む梯と武佐は、まさに阿吽の呼吸にて問題無く意思疎通を行う。大して、中円は思考の迷宮に陥り次の行動に移ることすらできなくなっていた。
そんな少女の態度を瞳に映す武佐は、自身の胸に湧いて来たある衝動を確と感じる。そして、その衝動を隣に立つ友へ告げる・・・というか告げたくなった。

「それにしても・・・」
「・・・どうしたでやんすか?」
<可愛いね、彼女。俺のナンパ師としての血が騒ぐよ>
「ガクッ!!?」

梯は、武佐の場違いにも程がある思考に思わずこけそうになる。しかも、一度発動すれば7秒は行使できない『思考回廊』を用いてのモノである。
それ程までに自分に伝えたかったことなのか。女性をナンパする趣味は特に無い梯にとってはよく理解できない思考である。

「胸は平凡そうだけど、ボーイッシュ風の出で立ちがよく似合っているよ。あの黒髪もよく手入れしているんだろうね・・・。
しかも、今のオドオドした態度がボーイッシュ風の出で立ちとのギャップをすごいレベルにしている。・・・いいね」
「よ、よくわかるでやんすね」
「そりゃ、ナンパする前に相手の身だしなみを観察するのは当然じゃない?これは、ナンパ師として当然のことさ」
「(その割には、オイラ武佐君がナンパに成功している所なんて一度も見たことが無いでやんすよ)」

制限のある『思考回廊』では我慢できなくなったのか、遂に口に出してナンパの極意を語り始める武佐に梯が心中でツッコミを入れる。
武佐のナンパが成功した所なんて今の今まで一度も目にしたことは無い。荒我でも同じ台詞を吐くだろう。

「・・・だからかな。気になることがあるんだ。俺は、今からそれを確かめないといけない」
「えっ?」
<戦闘のど素人である彼女が、どんな理由で『ブラックウィザード』に・・・“スキルアウトに居るのかを”!!>
「・・・!!」

梯は『見る』。武佐の真剣な瞳を。『思考回廊』によって描かれた武佐の真意を。これは、スキルアウトに所属したことがある者にしか100%理解できない代物。
スキルアウトに所属するには、何かしらの理由が存在する筈だ。無理矢理にしろ自分の意思にしろ。それを見極める。元スキルアウトの人間として。
それが、顔を歪める少女を理解する大きな『モノ』となる筈だ。この邂逅を、双方にとって良い方向へ持って行くことができる一助となる筈だ。
『思考回廊』のタイムラグ制限や梯との議論で少女の思考は断片的にしか読んでいない。無論戦闘慣れしていない少女がどうして拳銃を持っているのか、その“本当”の理由すら武佐は理解していない。

「荒我兄貴・・・今度は俺や梯君の力で彼女を救ってみるよ。兄貴の象徴(こぶし)で救われた舎弟として。だから・・・一緒に頑張ろう、梯君!」
「合点承知でやんす!」

舎弟達は決意する。かつて敬愛する兄貴の象徴(こぶし)に救われた者として、今度は目の前で震える―そして、とても極悪人とは思えない―少女を自分達の力で救うことを。
自分達の行為が、本当に彼女にとっての救いになるかどうかはわからない。ならない可能性だって十分ある。でも・・・それでもやる。
唯々真っ直ぐに、がむしゃらに、只管に己を貫き通す。そんな漢・・・荒我拳に自分達は憧れたのだから。






「それじゃあ・・・ねぇ君!!」
「ッッ!!!」






自分達なりの救い方・・・・その先駆けとして武佐は中円に割と気楽に受け取れる声を掛ける。
他方、中円は急に声を掛けられたために反射的にポケットから拳銃を引き抜こうとする。






「そこまで警戒する必要は無いでやんす!!オイラ達は表立って戦うつもりは無いでやんす!!」
「・・・?」






しかし、その行動は途中で止まる。金髪スポーツ刈りの小柄な男が表立った戦闘意思を否定したからだ。
中円は混乱する。この2人は『ブラックウィザード』に大層な恨みがあるものとばかり考えていた。
自分がその立場なら、戦闘意思を否定することはまず無いだろう。それなのに、どうしてそんな言葉が出て来たのか?
そんな頭から?マークが見えるかのように混乱している中円を更に混乱させる言葉が、『思考回廊』による打ち合わせを経た梯と武佐から投げ掛けられる。









「俺(オイラ)達は、すっごく可愛い君をナンパしに来ただけなんだ(でやんす)!!!」









「・・・・・・・・・・・・はっ?」

その瞬間、中円真昼の頭脳は思考停止の道を選んだ。どう頑張って解釈しても、この局面で『ナンパ』という言葉が出て来る意味がどうしても理解できなかった。
今の彼女は『ナンパ』の意味すら失念していたと言っても過言では無い。『ナンパ』?何それ、おいしいの?状態である。

「ボーイッシュ風の出で立ちがすっごく似合ってるー!!黒髪もサラサラそうでとても綺麗だー!!!」
「オドオドした態度とボーイッシュ風の出で立ちとのギャップ萌えーでやんす!!!」
「ちょっ!!?な、何こんな所で公然と恥ずかしい台詞を叫んでるのよ!!?」
「「ボーイッシュ萌えええええぇぇぇっっっ(でやんす)!!!」」
「だ、だから止めなさいってば!!!」

緊迫した空気から一変、萌え萌え連呼空間に様変わりしてしまった急展開に着いていけない中円。
タチの悪いことに、登山者が山に向かって『ヤッホー』と叫ぶように梯と武佐が手を口の前で筒状にした上で自分目掛けて大声連呼をしているために余計に恥ずかしい。
ここ最近は『ブラックウィザード』内部も空気が張り詰めていたこともあって、こんな馬鹿らしい雰囲気にすぐに対応できないのだ。

「あぁ!!君への萌え心はとても言葉だけじゃ伝え切れない!!だから、俺の『思考回廊』で君の素晴らしさを伝えるよ!!
普段ボーイッシュな君が女の子らしい格好になれば、そのギャップは更なる成長を遂げる!!それっ!!」
「ッッ!!!」

だがしかし、男達が攻めの手を緩めない。『思考回廊』によって、中円は武佐の思考を直に脳に叩き込まれる。“妄想”という名のいかがわしき男の思考を。



<ゴ、ゴスロリ・・・か。初めて着るわね。・・・似合っているかしら?>
<うん。とても似合っているよ>
<・・・///>



「(い、いやああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!無い無い!!!こ、こんな映像有り得ないいいいいいぃぃぃぃっっ!!!)」

『思考回廊』によって脳裏に入って来たのは、『ゴスロリな自分が武佐に褒められて照れている』という映像である。
さすがに、ここでエロ方面の映像を叩き込まなかったのはひとえに武佐の(自称)ナンパ師故の配慮か。
だが、普段からボーイッシュな格好を好む中円としては脳裏に浮かぶ自分のゴスロリ姿は悶絶モノである。
全く知らない男に褒められて照れている姿などとてもじゃ無いが他人の見せられるモノでは無い。

「そんなに恥ずかしがらなくていいんだよ。俺は、君の素晴らしい可能性の1つを掲示しただけさ。君ならどんな服装だって着こなせる。
それだけのポテンシャルを君は持っているんだ。そうだ、今度時間があったら一緒に遊ばない?」
「だ・か・ら!!何で、こんな所でナンパしてんのよ!!?ア、アンタ達は一体ここへ何しに来たのよ!!?」
「何しにって・・・ねぇ、梯君?」
「そうでやんすねぇ・・・」
「「ナンパ(でやんす)」」
「ふっざけんな!!!んなことあるわけ無いでしょ!!!」

強烈な羞恥のせいで上手く頭が回らない中円は、激昂しかけながら梯と武佐の目的を問い質す。
戦場にナンパしに来る奴なんか聞いたことが無い。絶対に何らかの目的がある筈であり、ナンパは唯の方便であると中円は考え、同時に警戒する。

「・・・いや。ナンパだよ」
「アンタ・・・!!」
「ハァ・・・君はナンパというモノを勘違いしているみたいだね」
「はっ?」

(自称)ナンパ師である武佐は、そんな中円の態度に溜息を吐きながら自身の考えを述べて行く。(失敗してばかりの)己がナンパの極意とは・・・

「ナンパってさ、一種のコミュニケーションなんだよ?初対面の異性とのね。ほらっ、今の状況にピッタリじゃない。君と俺達は初対面なんだから」
「な、何屁理屈を・・・」
「屁理屈じゃ無いさ。一種のコミュニケーションなんだから、君を観察して素晴らしい部分を指摘するのもコミュニケーションだと思うな」
「一方的なコミュニケーションなんかあって堪るか!!何よ、あの映像は!!?ゴスロリなんて有り得ないわ!!!」

ナンパをコミュニケーションの一種と嘯く武佐に思わず反論する中円。あの恥ずかしいにも程がある格好を考えれば(中円視点では)当然の反論。
そして・・・この反応を武佐紫郎は待っていた。ナンパの極意の1つ・・・それは“緩急”。

「だったら・・・君のことを俺達にも教えてよ。どうして・・・どうして君は『ブラックウィザード』になんか居るの?」
「・・・・・・ハッ!それが本当の目的か!!」
「いや、本当の目的なら“もう終わっちゃってる”。そんな今の俺達の目的は、君とちゃんと話すことなんだと考えてる」
「ハァ!?・・・そもそも、あたしが『ブラックウィザード』に入った理由なんて、スキルアウトでも風紀委員会でも無いアンタ達には関係の無い話・・・」
「俺達は元スキルアウトだよ」
「ッッッ!!!」

スキルアウト。能力開発で無能力者(落ちこぼれ)の烙印を押された者達が作った組織。厳密に言えば無能力者ばかりでも無いようだが、大概のスキルアウトは無能力者の集団である。
社会的なモラルに反する行為も平気で行う者達も多い組織・・・そこに属するには何らかの理由がある筈だ。

「俺も彼も元スキルアウト。事情があって抜けはしたけど、スキルアウトに居た者としてこれだけは断言できる。
スキルアウトに入る人間には、必ず入るだけの確たる理由がある。どんなに小さなことでもいい。『落ちこぼれの烙印を押されたから』でも『能力開発に着いていけなくなった』でもいい。
必ず・・・必ず理由がある筈なんだ。周囲から白い目で見られるスキルアウトに入るだけの理由が!!」
「・・・!!!」
「君は・・・どうして『ブラックウィザード』に入ったの?君みたいな戦闘慣れしていない普通の女の子が、どうしてこんなスキルアウトに入ったの?」
「そ、それは・・・短期間で大所帯になったスキルアウトだから・・・」

核心。武佐が問い質すは、中円が『ブラックウィザード』に入った理由。

「・・・本当に?」
「うっ・・・」

上っ面では無い。本当の・・・本当の理由。良い噂を聞かない『ブラックウィザード』に入ることを決めた中円真昼の真の理由(ほんね)。


『よろしくね、真昼。あなたなら、蜘蛛井君に次ぐ情報のエキスパートになれるわ。この伊利乃希杏が保障してあげる、ンフッ』


刹那、中円が“思い出してしまった”のは『ブラックウィザード』に入りたての頃の光景。中円は、寄生場所であるどのスキルアウトでもそれなりの地位に着いていた。
地位とは、言い換えれば『必要とされる重要度の物差し』である。この『重要度』は、レベル1である中円にとって文字通りとても『重要』なモノであった。
彼女が通う風輪学園では、中等部・高等部関係無く高位能力者による無能力者・低位能力者への暴力や恐喝が目に見えない所で行われていた。
レベル1である中円も、実はこの被害者の1人であった。それが理由なのか、彼女は何時しか風輪へ通わなくなった。所謂不登校である。
現在の風輪には高1になる弟も通っているのだが、連絡は取り合っていない。理由は彼女のみぞ知る。
とにもかくにも、中円真昼は不登校を境にスキルアウトを転々とするようになった。そこに居るのは、いずれも学園都市の能力至上主義から弾き出された者達。
その中で、自分は持ち前の情報収集能力を買われてそれなりの地位を与えられた。必要とされた。嬉しかった。中円真昼は嬉しかった。


『(あーぁ、このスキルアウトももう潰れるな。さっさと見限って新しい寄生場所見つけるとしますかね・・・)皆心配しないでっ、あたしがこのスキルアウトを助けてみせる!』


所属するスキルアウトを抜ける時は、何時も決まってそのスキルアウトが危機に陥った時である。
危機を救おうと積極的に動く素振りを見せ、単独行動を可能とする状況を作り出し、隙を見て逃走する。
理由は巻き込まれたく無いから。それは半分本当。それは半分嘘。もう1つの本当は・・・地位(いばしょ)を得る機会を失いたく無いから。


『ここなら・・・ここなら私をもっと必要としてくれる。今までのスキルアウトの比じゃ無く。ここでなら・・・風輪で居場所が無い私でももっと!!』


『ブラックウィザード』は、今までのスキルアウトの比では無い程中円の能力を買ってくれた。一番は蜘蛛井であったが、それに次ぐ実力者として見做されていた。
もう一度言おう。スキルアウトとは、能力開発で落ちこぼれの烙印を押された者達が作った組織である。
もちろん、『ブラックウィザード』は必ずしもこの定義に当て嵌まるわけでは無い。そう・・・当て嵌まらないからこそ、
その中でレベル1でありながら幹部級の会議に出席できる構成員という立場を獲得した中円の心境は想像に難くない。
彼女にとって、寄生場所とはすなわち“居場所”であった。だからこそ、中円真昼はスキルアウトを転々として来たのだ。

「・・・そうか。君にとって、『ブラックウィザード』は“居場所”だったんだね」
「(しまっ!!?)」

図らずも思い浮かべてしまった思考を武佐に読まれたことに狼狽する中円。今の光景は、『自分の意志で「ブラックウィザード」に入った』ことの何よりの証拠である。
これでは自首した所で罪が軽くなる可能性が低くなってしまう。そんな少女の思考を、能力を使わずとも察することができる元スキルアウト達は優しい口調で自身の想いを語り始める。

「・・・わかるよ、その気持ち」
「えっ・・・?」
「低位能力者の俺もさ、君と同じような理由でスキルアウトに入ったんだ。まぁ、俺の場合は兄・・・・・・」
「・・・兄?」
「ま、まぁ家庭内の問題というか。そのせいで、俺は“居場所”欲しさにスキルアウトへ自業自得を覚悟で飛び込んだ。
どんな結果になろうとその責任は自分にあると考えた上で・・・俺と同じようなコンプレックスを抱いている奴が居る場所へ」
「・・・・・・」
「別に不満は無かったんだ。コンプレックスとは関係無しに気のいい奴も多かったし。今はもう無くなったけど。でも、俺はスキルアウトだった頃の自分を否定する気は無い。
何処かの風紀委員で高位能力者さんから見たら『逃げただけ』って言われるんだろうけどね。でも、あの頃の俺が居たからこそ今の俺が居る。
覚悟をもって『逃げた』から見えたモノがある。出会えた人が居る。それは、梯君だったり尊敬する荒我兄貴だったり・・・そして君だったりね、真昼ちゃん?」
「ッッ!!!」

能力で読んだのか、明かしていなかった自分の名前を呼ばれて反応する中円。だが、それは単なる恐怖から来るモノでは無かった。それが、中円にも確かに理解できた。

「オイラも、武佐君と似たような理由でやんすね」
「梯君・・・」

中円と武佐の会話に梯も参加する。自身の想いも打ち明けることで、今まで歩いて来た轍をもう一度見詰め直すかのように。

「オイラも無能力者のコンプレックスを何とか整理するためにスキルアウトに入った口でやんす。まぁ、入ったスキルアウトのリーダーがイカれた人間だったこともあって、
結構短い期間で抜けたでやんすがね。でも、そこで出会った人とは今でも交流を持ってるでやんす。その人のおかげで、今の自分が居るでやんす」
「・・・!!」
「真昼ちゃん。俺達もスキルアウトだった。当然スキルアウトだから、モラルに反する犯罪行為は何度もあった。俺も万引きとかしたことあるしね。
メンバーの1人としても連帯責任はあるんだろうね。だから・・・本当は君のことをとやかく言う資格は無いんだ」
「オイラも武佐君と同意見でやんす。オイラもパシリばっかりさせられたでやんすが、スキルアウトの1人として色んな責任がやっぱりあったと思ってるでやんす。
実は、オイラも武佐君と同じで万引きをしたことが何回かあるでやんすし。善人とは程遠い人間でやんす」
「真昼ちゃん。それでも・・・どうか、どうか答えて欲しい。俺達は、君が前線で人殺しをするような人間なんかじゃ無いと思ってる。
きっと、“極悪人じゃ無い”君とは暴力を用いたやり取りをする必要なんか無いと思ってる。だから、正直に答えて欲しい。君は・・・後方支援に“留まっていた”人なの?」
「今のオイラ達は真昼ちゃんの言葉を聞きたいでやんす!!スキルアウトに居た人間として、真昼ちゃんのことを少しでも理解したいでやんす!!
そうすることで、真昼ちゃんにいわれの無い罪が着せられないようにできるかもしれないでやんす!!だから、オイラも質問するでやんす!!
真昼ちゃんがポケットに持っている拳銃は、本当に真昼ちゃんの意志で持っているモノでやんすか!!?」
「・・・・・・」

武佐と梯の真剣な眼差しが中円を射抜く。元スキルアウトとして、中円の抱く感情と類似したモノを抱える2人の漢の言葉に嘘偽りは感じられなかった。
彼等の言葉は正しかった。今この時も彼等は初対面で、しかも敵である自分のことを理解しようと一生懸命になってくれている。
理解することで、この後に待ち受ける中円への処遇を少しでも良い方向へ持って行けるように。本当なら話す必要も無い元スキルアウトという事実を中円に打ち明けてまで。

「(・・・本当に馬鹿な奴等。こんなんで、あたしの心を動か・・・そう、なん・・・て・・・!!!)」

顔が更に歪む。だが、その理由は恐怖では無い。決して無い。これは・・・歓喜。銃弾異能が飛び交う戦場で、敵である人間に対して理解を及ぼそうと懸命になってくれる漢達への感謝。
緊張が解けて行く。瞳に温かい何かが映る。気付けば、拳銃を握っていた手をポケットから出していた。

「(・・・あたしが『ブラックウィザード』の一員だったことは否定できない。・・・いや、否定しちゃいけない!!だって・・・コイツ等の想いを裏切っちゃうから!!
それに、『ブラックウィザード』の一員だったからこそこんな・・・こんな馬鹿でお人好しな漢達と出会えたんだから!!)」

梯や武佐の言う通り、中円は人殺しなどしてはいない。それどころか、他人を直接傷付けた経験もほぼ無い(窃盗等はあるが)。
安全地帯にずっと居るということは、つまりはそういうこと。だから、目を逸らそうとする行為に拍車が掛かっていたとも言えるが。

「あ、あた・・・あたしは・・・」

少女は理解する。自分のさっきまでの行動が意味する愚かしさを。何の責任も負わないまま戦場から逃げ出そうとしていた愚行を。
中円は考える。こちらに近付いて来る―拳銃を所持していることをわかっていながら恐れず自分の方へ歩いて来る―漢達が、この過ちに気付かせてくれたのだと。
中円真昼は思う。自分が求め続けた“居場所”は他者から与えられるモノでは無いのだと。ナンパでも何でもいい。“居場所”とは、自分から掴み取りに行くモノだと。
スキルアウトへ入れば自動的に近い感覚―打算的思考の行き着く先―で地位を与えられていたがために長らく忘れていた感覚。
初めてスキルアウトの集会に足を踏み入れた時に抱いた感覚。打算も何も無い。自分の捻くれた想いを打ち明けるのに精一杯だった頃の感覚を思い出し・・・思いのままに吠えた。

「あたしは人殺しなんかしていない!!あたしは・・・『ブラックウィザード』の後方支援員よ!!この拳銃も、護身用だからって無理矢理持たされたのよ!!!」

梯と武佐の前に立つのは『ブラックウィザード』の一員だった責任を背負い、泣きながら自身の想いのありったけを訴える少女であった。
この瞬間武佐は想った。『敬愛する兄貴のように1人の少女を救うことができたかな?』・・・と。
所詮は“不良”でしかないと自覚している自身が明確に赤の他人を助けることができたことを実感する少年は、自分でもよく理解できない不思議な達成感に身を委ねる。






「(これは、一種の吊り橋効果ってヤツでやんすかね?武佐君がナンパに成功しているのを目の当たりにするなんて信じられないでやんす!!)」
「(・・・・・・)」


『思考回廊』で読み取った同じ舎弟の心の言葉で途轍も無く台無しになっていることに目を瞑りながら。

continue!!

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最終更新:2013年08月30日 20:34