「ご苦労だったな、“ジョーカー”」
「・・・フン」

ブラックウィザード』の討伐という仕事を終え、第17学区から離脱したウェインは智暁の入った糸袋を抱えたまま空を高速移動・手に持つ携帯電話を用いてある男と会話をしていた。

「・・・機嫌が悪いな。あぁ・・・お前が仕事外で戦っていたあの少年を殺せなかったことに腹を立てているのか」
「・・・別に。用が無いなら切るぞ」

不機嫌を丸出しにしているウェインの意図を看破し、何処か呆れながら確認を取る電話の男。両者は知らぬ仲では無い。何せ・・・

「おいおい。折角俺が監視衛星の情報をお前に伝えたり何なりして『ブラックウィザード』の討伐を支援してやったってのに、何だその言い草は?
仮にも、俺はお前の『元』上司だぞ?前々から思っていたが少しは敬意というのを表す努力をしてみることを薦めるな、“ジョーカー”?」
「知るか。そんなことは俺にとってどうでもいいことだ。・・・相変わらず前リーダーから引き継いだ暗部のリーダーという中間管理職を存分に満喫しているようで。よかったよかった」
「ひでぇ言い草だな。俺は元々暗部に協力する研究者でしかなかったってのに、あれよあれよという間に暗部のいちメンバー、
終いには暗部のリーダーになっちまった。あぁ、しんどー。誰か代わってくれねぇかな~」

元は上司と部下の関係であったのだから。学園都市の『闇』を形成する組織・・・暗部という集団のリーダーと部下という関係。
ウェインは、『紫狼』に雇われる以前はこの暗部に所属していた。“ジョーカー”という異名も暗部時代に所属するリーダーから面白半分本気半分で付けられたモノである。
とは言え、電話の相手足る『元』上司に敬語を使ったことなど所属していた時分含めて一度も無いのだが。

「・・・まぁ、“保険”は“保険”で役には立った。それだけは言っておこう・・・『テキスト』がリーダー・・・持蒲鋭盛
「・・・それで礼を言ったつもりか」

電話の相手・・・暗部組織『テキスト』のリーダー持蒲鋭盛は、変わらぬ『元』部下のタメ口にもはや異議を唱えるのも無駄と判断した。
この『元』部下の頑強足る有り様は、自身の異名である『能力殺し<ブレインブレイカー>』をもってしても崩すことができなかった程である。

「しかし・・・学園都市外を専門とする『テキスト』のお前が内部の事情に関わって来るとはな。どういう風の吹き回しだ?」
「・・・今更聞くことか?そんなことは、本拠地に襲撃を掛ける前に俺が連絡をした時に聞くことじゃないのか?」
「大方の予想は付くからな。“手駒達(ドールズ)”と“死人部隊(デッドマンズ)”。この両者の類似点を上層部に突かれたのだろう?
超城の『痛覚遮断』再現を含めて根本的に独自色の強い薬物を使用した代償だろう、能力を別にした性能面では“死人部隊”の方が上だったな。まぁ、どちらも退屈な人形には変わりないが」
「・・・ハァ。まぁ、お前なら“死人部隊”と“手駒達”の類似点・・・その保存方法にも気付いていると思っていたよ。
全く、何処から“死人部隊”の情報が漏れたんだか。これだから情報化社会は恐い恐い」

ウェインと持蒲は、『ブラックウィザード』の“手駒達”と『テキスト』の“死人部隊”の類似点を話し合う。
会話からわかるように、“死人部隊”とは『ブラックウィザード』の“手駒達”のような存在である。

「どうせ、もうアテはついているのだろう?」
「・・・フッ。まぁな。直に『ブラックウィザード』に協力していた“裏”の連中は処分される。
バックの『闇』や統括理事会のお偉方も今回の件を受けて見放すみたいだしな。こんな専門外の仕事はさっさと終わらせるに限る」
「だから、偶然にも『ブラックウィザード』討伐を依頼された俺を利用した・・・と言った所か。今回の件で、『テキスト』の損失は0だからな」
「あぁ。そのために、“保険”としてお前を支援したんだし。良い働きをしてくれた、“ジョーカー”。
褒美として・・・『殺人鬼ウェイン・メディスンは死んだ』ということにしてやろう。準備ももうできている。データを送るから指定ポイントまで足を運べ」
「・・・・・・」
「今回の件でお前は風紀委員会直属の警備員を殺している。その上で取り逃がしたとなれば、表の治安組織は血眼になってお前を探すだろう。
それはお前にとっても都合が悪い筈だ。何、『テロリスト専門の部隊を投入して交戦・殺害した』とでも言えば何とでもなる。
対『ブラックウィザード』で失態を犯している風紀委員会に介入や反論の口実は与えない。怪しんだとしても、『死』という“解決”を打ち出せば何もできやしない。
どうせ、頭が回るお前のことだ。俺が連絡した時点でそこまで予見していただろう?しばらくは大っぴらに“表”へ出られなくなるがな。
お前は、これからも『紫狼』に雇われた傭兵の1人として動けばいい。『紫狼』への疑惑も、俺達に任せておけ。悪いようにはしない」
「・・・・・・狙いは何だ、持蒲?」

『ブラックウィザード』討伐の褒美として様々な支援を打ち出す持蒲に問うウェイン。電話の先に居るこの男は、ウェイン自身が強者と認める男だ。
何の能力も持たない大人・・・しかし、それ故に数年間もの間暗部組織のリーダーを務めている凄まじさが引き立つ。
『テキスト』が本来受け持つ学園都市外の『勢力』への対処も任されていることからして、持蒲鋭盛の実力の高さが垣間見える。

「・・・何だと思う?」
「・・・・・・『軍隊蟻』か?」
「・・・フッ。ご名答」

ウェインの回答に持蒲は軽く笑いながら正解を告げる。『軍隊蟻』・・・『ブラックウィザード』に匹敵する大型スキルアウト組織。
先進国の一個大隊並の軍事兵器を所有すると謳われる、『ブラックウィザード』とは別の意味で“厄介な”集団。

「・・・成程。暗部組織が一々“表”のスキルアウトを潰すという真似はしない。するとすれば、それは学園都市への明確な反逆の意思がある場合だ。
だが、『軍隊蟻』には学園都市に反逆する意思が無い。つまり、口実が無い。確か、今年に入ってあのスキルアウトには長点上機の肝いり女が加入したと聞く。
『闇』と深く関わる長点上機の意向もあって暗部は手が出しにくい。手を出せば、激闘から自ずと暗部の仕業と勘付かれる。しかし、保有する火力は有事の際に脅威となる。
ならば、どうするか。・・・『同じスキルアウトとの抗争に巻き込まれた挙句壊滅した』ことにすればいい。
『ブラックウィザード』に代わる対抗馬として『紫狼』という成長中のスキルアウトを利用して。単純に『軍隊蟻』を抑え付ける意味もある。違うか?」
「・・・フッ。フフッ。まさにその通りだ。丁度お前が背負っている『ブラックウィザード』のメンバーは、奇しくも『軍隊蟻』の幹部の親戚だ。
どうせ同じ可能性を考えた『紫狼』のリーダーに捕獲を命じられたんだろうが、俺にとってもお前の取った行動はとても都合がいい。
“義を以って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ”を掲げる『軍隊蟻』にとって、『血筋』を完璧に無視することはできないだろうからな」
「・・・その上で『紫狼』も共倒れになる展開が一番望ましい。依頼者足る現『紫狼』リーダーが死ねば俺との契約関係も潰える。
そして・・・最終的には俺を『テキスト』に戻したい。ククッ・・・まだ諦めていないのか?俺は言った筈だぞ?『「テキスト(ここ)」には戻らない』とな」

『軍隊蟻』と『紫狼』をぶつける策を練っている持蒲の心意を見抜くウェイン。そう・・・ウェインは自らの意思―我儘とも言える―で『テキスト』を抜けた。
自分の都合で暗部組織から抜けることがどれ程命知らずの行為なのか、それを全て承知の上でウェインは『闇』から抜けた。
それなのに、自身に『闇』・・・具体的には抜けた『テキスト』からの刺客はついぞ現れない。理由は明白。誰かがウェインを庇っているからだ。
その誰か・・・『テキスト』のリーダーは軽い口調に幾分かの真剣さを込めながら言葉を紡ぎ始める。

「・・・やはり、お前の力は惜しいからな。女のように関係の清算を手早く済ますという気にはなれないな。暗部を抜けたお前の処分も未だ保留状態だ。
俺達を支援する上層部も、お前の価値をよく理解してくれているぞ?今回『ブラックウィザード』討伐を果たしたことで、彼等にお前の存在価値を改めて示す良い機会になった。
しかも、内部には比較的手を伸ばしていない俺達に代わって傭兵という立場で『開拓』してくれているしな。さっき言った褒美も上層部から提案して来たんだぜ?」
「お前達のためにやってるわけでは無いがな。・・・そっちがこの件に関わった本当の理由か?」
「さぁな。しかし、お前のあんな活き活きとした姿は初めて見たかもしれない。『テキスト』の立場上、派手には動けないからな。
切り札(“ジョーカー”)足るお前の存在は『テキスト』の学園都市外を主に担当する性質上、上層部を除けば内部を担当する他の暗部組織にもよくは知られていない。
【精製蜘蛛】や【意図電話】等、『蛋白靭帯』の真髄を知る者となれば実質的に俺くらいしか居ないだろう。
だから・・・お前にとっては不満も大きかっただろうな。あの頃のお前には、前線に出る場合もなるべく『本気』を出さないように命じていたし」
「・・・フン」
「【獅骸紘虐】だったか・・・お前の『本気』は俺でさえ一度しか見たことが無かったからな。衛星カメラからの映像は、俺にとっても些か衝撃的だった。
しかしまぁ・・・【獅骸紘虐<しがいこうぎゃく>】は相変わらず言いにくいな。『蛋白靭帯<スパイダーズスレッド>』という本来の名前のままでもいいと思うが。
他にも色んな名前を付けているよな、お前。【精製蜘蛛<プロテインドープ>】に【鋏角紘弾<ヤーンブリット>】や【意図電話<ストリングラフィ>】・・・。
確か、自由度の高い能力の『基準点』として名付けているということだったが・・・本当に『言葉』が『基準点』になるのか?」

持蒲は自身『自分だけの現実』を専門とする研究者であることから、『元』部下の有り様に久方振りの疑問を抱く。
本来自由度の高い能力の『基準点』としてはリモコンや懐中電灯等『物体』が用いられるケースが多い。
一方、ウェインは『基準点』として『言葉』を用いている。以前から疑問視していた。そんなことで、本当に『基準点』足り得るのか。

「・・・言霊というのを知っているか?」
「・・・言葉に宿る霊的な力。『科学』に染まるこの街では非科学的と断じられるのがオチだな」
「俺の祖先は、数世紀前までは絵文字以外の文字が存在しないという一族だった。故に、『言葉』というのはとても重要な意味を持っていた。
『言葉』には偉大なる力が存在する。俺達の一族には言霊の文化がある。言葉とすることで、それを現実化させるという強い意志が存在する。
どうだ、持蒲。『言葉』は、そんな一族の血を引く俺にふさわしい『基準点』と思わないか?」
「・・・成程。確かにお前に相応しい能力応用術の『基準点』かもな。『攻』の【鋏角紘弾】、『防』の【獅骸紘虐】、『疾』の【精製蜘蛛】、『感知』の【意図電話】、
そしてそれ等を統べる『操』の『蛋白靭帯』か・・・研究者として中々に興味を抱かされる事例だ。・・・今は変わり者の大統領があの国を治めているんだったな。
“ジョーカー”・・・いや・・・ウェイン。その一族の血を引く者として、今の状況はどう思う?以前にも聞いたことがあったと思うが・・・やはり憎いか?」
「別に。強者が弱者を虐げた。それだけの話だ」

持蒲の言葉に陰気に返答するウェイン。『元』上司は『元』部下の辿って来た“歴史”を知っている。無論、彼が“何の”血を引いているのかも。

「相変わらず素っ気無い回答だな。まぁいい。お前は、その手で故郷を滅ぼしているんだしな。その回答にも納得がいく。
あぁ・・・そうか。だから、お前は『紫狼』に雇われたのか。お前の一族にとって、『狼(コヨーテ)』というのはとても重要な意味を持つモノだからな」
「・・・・・・」
「かの神話において物語や秩序を掻き乱し、災いを齎す存在として語り継がれるトリックスター・・・『蜘蛛(イクトミ)』。『蛋白靭帯』を持つお前に相応しい有り様だな」
「・・・・・・」
「【獅骸紘虐】他『基準点』として付与した『言葉』は『4』つ。お前の一族は『4』という数字を最重要の1つに置いている。
【獅骸紘虐】で表顕した骸獣は『狼』・『雷神鳥』・『死鳥(ふくろう)』に本当なら“含まれない”『獅子』を加えた『4』つ。『獅子』が示すモノも見当は付く。
『死』の匂い薫る暗殺業も、レベル『4』という数字もお前にとってはさぞかし大事なモノなんだろうな」
「・・・・・・フン」

今度は持蒲がウェインの心意を的確に当てて行く。暗部時代もこんなやり取りが何度も繰り返された。その懐かしさに、図らずも2人共に浸る。






ドクン!!!






「グッ!!!」
「ウェイン!?」

そんな折に、急に呻き声を挙げるウェイン。声で『元』部下の異変に気付いた持蒲はレベル5に近い実力を持つ“怪物”の欠点を思い出す。

「【精製蜘蛛】を使い過ぎたな!!最高強化レベルの使用継続時間の制限を超えたのか!!?」
「ハァ・・・ハァ・・・いや。制限は超えていない・・・な」

高速飛行していたウェインは、すぐさま近くにある建物の屋上に着地する。荒い呼吸を吐きながら、【精製蜘蛛】によって頭痛や動悸・吐き気を沈静化していく。

「今の最長継続時間はどれくらいだ?」
「・・・最高強化レベルで40分程度か。主に身体面や回復面を一定程度上昇させる通常の強化レベルならまだ何とかなるのだがな」

持蒲の確認に素直に返答するウェイン。これが、【精製蜘蛛】の弱点である強化(ドーピング)の反動。ドーピングとは、すなわち本来『以上』の力に押し上げるということである。
当然身体に与える負担は比例的に増加する。念動力を用いた通常の流れとは違う神経伝達物質及び血管内の物質の多種多様な操作に負担が存在しない筈が無い。
通常の強化レベルならともかく、自身と離れている糸に糸を繋いでいる状態と同程度の強靭さを付与する最高強化レベルの【精製蜘蛛】の連続使用時間は40分程度が限界である。
断続的に使用する場合―【精製蜘蛛】の中断や強化レベルを通常に下げる―は自然回復含めてこの限りでは無い。しかし、限界時間に近付けば近付く程反動は大きく、
仮に限界ギリギリまで継続した場合は、反動によってその場でうずくまって行動不能になる状態に陥ってしまう。

「・・・思いの他延びているな。『テキスト』に所属していた頃は20分弱が精々だったと記憶しているが」
「ハァ、ハァ・・・“ある事情”で【精製蜘蛛】を集中的に鍛錬した結果だ。それに、反動を恐れて使用しないのであれば何時まで経っても時間の延長は為しえん。
それが屈辱を発端にしたモノであったとしても、暇潰しの戦闘下であったとしても試行できる時にしておかねば・・・な」
「・・・ふむ」
「ハァ、ハァ。それに・・・『別件』で得た力も大きいな。反動からの回復に大きく役立ってくれる。こればかりは、正しくお前に感謝しないとな」
「・・・あれは痛ましき偶然の産物だ。被験者の手によって研究者全員が殺害されるという結果になった・・・あの『暗闇の五月計画』関連はな」

荒い吐息を整えているウェインの反応に持蒲が口に出した『暗闇の五月計画』とは、学園都市の『闇』で行われた非人道プロジェクトの1つである。
学園都市第一位の超能力者一方通行の精神性及び演算パターンの一部を被験者に直接植え付けることで能力の強化を目論んだプロジェクトで、
攻撃性に最も秀でたとされる被験者の手によって関わっていた研究者全員が殺害されたために計画は破綻した。
そんなプロジェクトの『成果』が・・・ウェインが言う所の『別件』が彼に齎した波及効果とは?

「あの計画には俺達『テキスト』と関わっていた研究者も含まれていた。彼も黒夜海鳥という被験者の手によって殺害されたが、
その成果が記されたレポートを俺達が彼の自宅から秘かに回収した。そして・・・お前は一方通行の演算パターンを参考に己が能力の強化を目論んだ」
「あぁ・・・。まぁ、奴の演算パターンを直接組み込むことはできないからな。我流もいい所ではあった。
結局我流込みで新たに得ることが叶ったのは、『アミノ酸等の貯蔵・凝縮のための念動力自動展開』等極々僅か。
俺が望んだ『無意識下における蜘蛛糸の自動展開』や『超精密ベクトル操作による【精製蜘蛛】無しでの全蜘蛛糸強度の上昇』等を得ることができなかった時点で不満足も甚だしい。
例えば、敵意・殺意を知覚できるとは言えやはり自動展開と比べると刹那の差で遅れてしまう。安定度含め、この差は戦場では致命的となり得る」
「(いや・・・それは高望みだろう。それができたら、お前はレベル5の1人に数えられる可能性が出て来る。
そもそも、無意識下での能力行使が可能な能力者がどれだけ存在するのかという話でもある。『暗闇の五月計画』で言えば、防護性を植え付けられた絹旗最愛が該当するか。
彼女の『窒素装甲』は自身の意思に関係無く窒素が凝縮され壁となる。文面だけを見ればアミノ酸を凝縮貯蔵するお前と同じように感じられるが、内実は大きく違う。
彼女の『自動防御能力』は、一方通行の演算を参考にした最適化によって為されたベクトル操作が根本にある。
そのため自動展開される窒素の塊が彼女を傷付けることも無いし、窒素が不足しても周囲に存在する窒素を自動的に補給し壁を再形成する・・・つまりベクトル操作が自動的且つ精密に働く。
対して、お前の場合は念動力が根本にある。そして、実現できた『アミノ酸等の貯蔵・凝縮のための念動力自動展開』は“それだけしかできない”代物だ。
当然一度場所を決めて作成した『保管庫』そのものを移動させることは自動では不可能だし、保管庫内にあるアミノ酸等が不足したからとは言え自動的に補給することもできない。
自動展開状態に置くと言っても、最初は意図的に念動力でアミノ酸等を包むという工程を経てようやく条件が整う。
もし、何らかの理由で膜が維持できなくなったり保管庫が破壊された場合自動的には制御できない。
意識的・無意識的演算のいずれにしろ制御するためには『新たな』演算が必要となり、演算負担等が一気に増加する。
挙げていけば色んな欠陥が浮き彫りになるが・・・それを極一部でも実現し、独自の応用を見出したお前の才覚にはやはり戦慄すら覚えるぞ。
その実現により、自動での材料貯蔵が可能となったお前の能力の総合力は大幅に強化された。あのレポートが無ければ、今のお前は存在しないと言ってもいい。
反動があるとは言え、自身から離れている糸強度をドーピングによって一時的に底上げする術もお前は持っているしな)」

ウェインの無念が迸る声に持蒲は内心で呆れてしまう。この男の貪欲さには以前も今も目を瞠らされるばかりだ。
かつて『レポートを貸してくれ』と言われた時はまず徒労に終わると思っていた。如何に被験者達―黒夜海鳥や絹旗最愛等―から採取したデータの洗練度の高さがあったとは言え、
如何に『一方通行の戦闘法の分析による新たな性能獲得の可能性』が理論上あったとは言え、極一部であろうと徒労に終わらせなかった“怪物”の執念と才覚には舌を巻かされた。

「(だが・・・レベル5となる者はどんな能力でも同系統の能力者を圧倒して然るべきだ。その点、お前の場合は切り離した糸がレベル4相当より上にはいけないために、
優秀な念動力系能力者が相手の場合は“拮抗”もしくは“押し負けてしまう”。『軍隊レベル』では無く『戦術レベル』規模の能力者に強度でレベル5が負ける筈が無い。
空間移動系のような特殊な事例は別にして、これが第三位の御坂美琴ならどの分野でも同系統のレベル4に後れを取ることは無い。
自分の体を使わずに物体を動かすのが『大原則』の念動能力において、『自身と繋がって』初めて最大出力を出せる『蛋白靭帯』はレベル5の観点から見た場合大きな減点要素だ。
【精製蜘蛛】とて、結局の所“手駒達”や『幻想御手』のようなドーピングによる一時的強化でしか無い。しかも反動付き。
そこまでしても、同系統の中で特に優秀な者に干渉される可能性は否定できない。念動力とは超能力の代表的存在の1つであり、
他に比べて多岐に分かれる能力であるためかレベル5とレベル4を分ける基準として見掛け上の“結果”に目が行きがちになる。
本当の基準は、“結果”では無く持ち得る『自分だけの現実』や出力に直結する演算能力等にあるというのにな。同じ代表的存在である『電撃使い』の頂点に立つ御坂美琴は、
そういう意味ではやはりレベル5に相応しい力の持ち主なのだろう。そもそも、ドーピングを必要とする時点で超能力者の1人としては認められないし、
演算能力等もお前はレベル5の域には達していない。実際、今のお前でもレベル5と正面から能力戦闘を行えば・・・。
とは言え、『4』という数字を重要視するお前は最初からレベル5になるつもりは無いだろう。それに自分の弱点を知り尽くしてるからこそ、様々な戦略を立てる『眼』が養われたとも言える。
『蛋白靭帯』における数々の能力応用術がその証明だし、過去にはそのレベル4相当の出力しか出せない弱点を逆手に取ったこともある。
『本気』を出させない俺の命令が、逆にお前の能力応用術を進化させたということでもあるな)」
「・・・・・・チッ」
「まぁ、できなかったモノはしょうがないじゃないか。仮に自動展開を実現できていたとして、お前の殺気知覚能力が衰える可能性は大とも言えるぞ?
便利なモノは、他の便利なモノを衰えさせる要因となる。“死人部隊”を使ってお前の知覚能力を鍛えた意味が無くなるぞ、ウェイン?」
「・・・あぁ。そうだな」

持蒲の声に『普通』に答えるウェイン。『別件』等で進化させた【精製蜘蛛】による回復によって10分弱で『通常』状態に戻った“怪物”は、屋上に存在する金属網に背を預けながら『元』上司との最後の会話を行う。

「持蒲。最後に確認しておくが、あの“変人”には手を出すなよ?奴は、いずれ俺の手で殺す」
「言うと思った。お前は知らないかもしれないが、今回の件は界刺得世と彼がリーダーを務める『シンボル』の危険性を量るためのモノでもあった。
そのために、今回の件への対処を任された俺達『テキスト』は彼等の“勇敢なる行動”を大々的に公表して“わざと”深入りさせた。
一応『ブラックウィザード』はスキルアウトという体裁だったこともあって、俺の“持論”にも引っ掛からないという判断の元でね」
「ほぅ・・・」
「その結果・・・『観察対象』のままに据え置くことにした。彼等の働きは『本当に』見事だったしね。個人的にも、あの“変人”君には興味があるし。フフッ」
「・・・?」
「(まさか、2年くらい前に赤毛の魔術師が学園都市に入って来た時に彼女と接触したあの少年が・・・ね。何とも、面白い巡り会わせだ)」

ウェインの疑問付の付く吐息を耳にしながら、持蒲はかつて己が担当した『事案』を思い出す。これもまた運命というものか。

「まぁ、後のことは“表”の連中がどうにかするだろう。まぁ、多少は圧力を掛けるつもりだけどな。
とりあえず、今回の件を担当した『闇』としての総意は、『観察対象』のまま治安維持のために『シンボル』を利用した方が得策ということだ。
『闇』に落とすのも1つの手ではあるが、あぁいうタイプは無理強いをさせるより“自主的”に活動させる方が良く働いてくれるモノだし、その方が俺の“持論”とも合致する」
「・・・わかった」
「そうそう。“表”と言えば、数ヶ月前から風紀委員の方で面白い動きがある。事のついでだ。お前にも知らせておこう」
「ほぅ・・・何だ?」
「風紀委員と警備員の上層部が治安維持強化の名目の下、各支部の風紀委員から優秀な生徒を選抜し部隊化したんだ。
まだ公的な部隊では無いから『風紀委員【特別部隊】』なんて言う仮の名称のままだし、現在進行中で警備員の指導を受けながら合宿中だが、
選抜されたリストを見る限りかなり優秀な人材が集まっているな。個々人レベルでは、基本的に今回お前が戦った風紀委員会直属の風紀委員よりも強い。能力面においては・・・だがな。
どうせ、お前のことだ。風紀委員会を一括りに弱者と見下しているんだろうが、風紀委員だからと言って何時までも一括りに考えていると何時か足下を掬われ・・・」
「いや・・・今の俺は風紀委員全員を弱者とは見ていないぞ?少なくとも、ある1人は今回の殺し合いで弱者では無くなった。ククッ・・・これだから世界は面白い。
この短期間であそこまで成長するとは俺にとっても予想外だった。実に面白い。あの男は今後更に強くなるだろう。ククッ。
そして、あの男より強いのだとしたら俺も気を抜けんな。もし、相見える時あらば俺も今より能力を進化させた上で臨むとしよう。
まぁ、俺は相手が弱者だからと言って驕ったことなど“一度も無い”がな。でなければ、連中に【精製蜘蛛】の最高強化レベルを用いるものか。
これでも、俺は立場というモノを弁えた上で言動を行っている。事実を言っているだけだ。連中は大いに勘違いしていたが」
「(・・・俺の耳でも、お前の言葉は人を見下しているようにしか聞こえないけどな。その言動で驕っていないなら、何を驕っていると形容すればいいのかわからなくなるが?)」
「結局は“いつも通り”に為すべきことを為すだけだ。相手が強者でも弱者でも、俺は俺に課せられたモノを全うする。驕らず、油断せず、最善を尽くす。
そのための修練をこれからも継続する。必要ならば幾らでも策も講じよう。まずは、更なる耐熱対策を・・・そうそう、今回初体験した『キャパシティダウン』対策もこれから必須になるな。
音波の振動パターンは採取したが、【意図電話】であれを再現するのは難しそうだ。まぁ、丁度『紫狼』に属する傭兵の中に特注の耳栓を持っている男も居る。
代えの拳銃を仕入れるついでだ。浅見にも連絡を入れて早速対策を立てよう。全てはこのウェイン・メディスンの存在意義のために・・・な」
「・・・フッ。これだから、『進化』する“怪物”は恐ろしい。・・・またな、ウェイン」
「・・・・・・あぁ」

『再び』を約束したウェインと持蒲は通話を切る。夜風が彷徨う屋上に1人佇む“怪物”は懐から煙草の箱を取り出し、その内の1本を口に咥える。

「・・・フゥ」

火の点いた煙草の先から紫煙が燻る。今回の件は、些かの不満点を除けば中々の達成感を味わうことのできた仕事であった。

「持蒲・・・。この感覚は“死人部隊”を前面に出して“ジョーカー”足る俺に『本気』を出させなかった『テキスト』に居た頃には決して味わうことができなかった代物だ。
“世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”・・・それが俺だ。ウェイン・メディスンだ。ならば、俺は存在を示さなければならない。
“世界に選ばれた者”と名付けられた一族の末裔として。・・・・・・『創生ノ主ヨリ生マレイデシ道化師ヲナゾル。
生キトシ生ケルモノ全テヲ抱擁スル環ノ紘ヲ乱ス蜘蛛ガ骸ヲ以テ、災イトイウ名ノ夢幻ヲ万物ヘ授ケヨ。
北ノ赤ヲ、東ノ黄ヲ、南ノ白ヲ、西ノ黒ヲ、四方ヨリ虐グ四聖ヲ欺キ、平等ヲ謳ウ大イナル主ヘ燻ラセル紫煙ト共ニ己ガ存在ヲ刻マン』・・・だったか。俺に遺していった言霊は。
懐かしい・・・本当に懐かしいな・・・ククッ。にしても・・・まさか、この世界で魔術(アレ)を目にすることになるとはな」

己が心意を言霊に乗せて放つ“世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”は、夜空に浮かぶ星空に視線を向けながら自身目にした異世界の力を思い出す。
生粋の『科学』の住人が使用するとは思いもしなかった異能の力・・・魔術。瞳に映したその光景に僅か笑みを浮かべながら“怪物”は、世界の真理に思考を傾ける。

「ククッ・・・これも『創世の主<グレイトスピリッツ>』の成せる御業といった所か」

世界の真理・・・一族が崇拝する創造主の名を発しながら、“存在者”は指定ポイントへ行く前に主との対話を図るために煙草の紫煙を星空へ立ち昇らせ続ける。
その表情は、常の陰気とは違い何処か晴れやかな・・・そして何処までも純粋な貌であった。






どんな悲惨な事件があっても日は相変わらず昇る。【『ブラックウィザード』の叛乱】から数日が経ったここ第8学区の『超世代技術研究開発センター』で、
“学園都市レイディオ”のスタッフ達が様々な機器を研究所に持ち込んでいた。夏の暑さに負けない熱気を体から立ち上らせる鋭気溢れるスタッフ達。
その理由はある偶然から風紀委員の少年に預けることとなったラジオの看板娘が、スタッフ達の想像を遥かに超えた感情表現を身に付けて帰って来たことに尽きる。

「恭治~。何かスタッフ達の目がやる気に満ち溢れてるネ。フフフ」
「・・・まぁ、結果論だけどお前が前に比べたら割と自由に動けるようになって良かったよ。コリングウッドさんに感謝しろよ?」
「うン!!」

『ハックコード』から3D映像として出現している電脳歌姫と成瀬台支部員の初瀬が、バタバタとせわしなく動き回るスタッフ達を見やりながら会話を繰り広げる。
そもそも、何故ラジオスタッフ達がこの研究所へ色んな機材を持ち込んでいるのかというとアルバートの提案と説得によりこの研究所を、
“学園都市レイディオ”を録る&電脳歌姫の調整+保管場所とすることに決定したからだ。


『初瀬と電脳歌姫には「ハックコード」の機能を十全に発揮させて貰ったからね。私が専門としている「能力兵器」のヒントも得ることができたし、これはほんのお礼だよ』


電脳歌姫が元の居場所に戻っても色んなことができる環境作りについて当の本人と初瀬が延々考え続けた結果、2人が出会う切欠になった場所で働く研究員へ相談することにした。
『超世代技術研究開発センター』出身のOBが“学園都市レイディオ”スタッフとして働いていることは以前のやり取りで判明している。
初瀬と歌姫はその伝手に一縷の望みを懸けるべくアルバートへこの話を持ち込んだ。その時の彼の返答が上の言葉である。
アルバートは以前のバージョンアップ試行の折に不調であった研究所の機材を無理矢理使ったためにオシャカになったことも踏まえて頑固上司の説得に当たった。
当初はそれでも渋っていたのだが、初瀬の下へ預けていた歌姫の感情表現プログラムの目覚しい成長振りとスタッフの熱意に加えて、
最近活躍しているVersion.2に対抗し得るバックアッププランを披露されたことで遂に首を縦に振った。
センター側としてもラジオのCMで自分達が研究するあれこれを宣伝する絶好の機会と捉え、話はトントン拍子で進んだ。
こんな所でも学園都市の『最新』更新速度が遺憾無く発揮されたというわけである。そのおかげで、歌姫はセンター内限定で自由に動く環境を得た。
本体(=プログラム)はセンター内に保管され、現在『ハックコード』から出現している歌姫は『ハックコード』とセンター内のコンピュータとをケーブルで繋いだ故のモノである。

「週に数回は足を運ぶつもりだけど・・・前みたいに毎日『シークハンター』とかへ一緒に行くようなことはできなくなったな」
「ううン!!恭治のおかげで私は以前とは比べ物にならないくらいの自由を手に入れタ!!『外出許可』を得たら、『ハックコード』限定でまた恭治と行動を共にできル!!
これ以上を望んだらバチが当たるヨ!!本当に・・・本当にありがとウ!!」
「・・・そっか」

歌姫の笑顔が眩しい。これが感情そのものでは無くプログラムによる計算式故のモノであるとは初瀬にはとても思えない。
まぁ、その辺の小難しい所へのツッコミは野暮と言うもの。今ある彼女の笑顔を見ることができただけで満足だ。

「じゃあ、俺はもう行くぞ?またな、姫」
「うン!!!」

別れの挨拶を交わした2人は、それぞれ自分達の居場所へ帰って行く。現実世界を生きる人間と電脳世界を“生きる”歌姫は奇妙な偶然を経て出会い、
幾多の困難を共に乗り越えながら望む未来を手に入れることができた。こんな光景が見られるのも、『科学』の頂点に立つ学園都市ならではと言った所である。






「橙山ちゃん!!椎倉君!!」
「九野先生!!」
「最終報告帰りかい?とりあえずお疲れ様・・・かな?」
「・・・はい」

連日変わらない炎天下の中風紀委員会を取り仕切っていた橙山と椎倉が成瀬台の校門をくぐろうとした所へ、前方から“天才”の大声が聞こえて来た。
強襲を受けて現在補修・改築中の警備員達や業者達へアイス等の差し入れを持って来た九野が、丁度帰ろうとした所に橙山達が帰って来たというわけである。

「はい、これ差し入れのアイス。ちゃんと冷凍バッグに入れてあるから、冷え冷え真っ盛りさ。俺も食おうっと」
「あ、ありがとうございます」
「こんな炎天下の中で話すのはしんどいし、影のある所へ行こうか」

九野の提案で成瀬台の中に入ってアイスを食べる3人。しばし無言が続いた後に沈黙を破ったのはやはり“天才”であった。

「今回の【『ブラックウィザード』の叛乱】は、外部から侵入した過激派テロリストと内部に潜んでいた潜在的テロリストによる仕業ということになったようだね?
メディアでもそう報道されてるし。まぁ、人間を薬と機械を使って人形化した時点でスキルアウトの枠からはみ出ているとは思うが」
「・・・はい」
「とりあえず、成瀬台強襲時に重篤となった警備員は峠を越したようだね」
「・・・・・・はい」
「能力者のDNA情報取得や人体実験等を目論み200名もの一般人の拉致した過激派テロリスト達を警備員主導の下で少々の犠牲を払いながらも一掃した。
一般人は全員無事に救出・・・“表”に出てる情報はこれくらいかな。後は学園都市お得意の情報操作が余すトコなく発揮された。
拉致された学生達が薬のせいで記憶が酷く曖昧なのを利用して。殺人鬼の件も網枷双真の件についても」
「・・・・・・・・・」
「あぁ、勘違いしないでくれたまえ。君達はちゃんと事実の全公表を訴えたであろうことは予測してるし。“交換条件”を付けられたがために苦渋の決断を下したんだとも思ってるし」
「・・・さすが九野先生ですね」

“表”へ公表された情報操作済みの今回の顛末に内心では歯噛みしているであろう2人の心境を見抜いた“天才”の観察眼に椎倉は舌を巻く。
同じく九野の言葉に恐れ入った橙山は、提案された“交換条件”も込みで自分達と上層部の話し合いの顛末を語り始める。

「今回の件で警備員には幾人もの死者が出ました。そんな事件のありのまままを公表しないことに私は反論しました。
確かに上層部にとっては表沙汰にしたくない案件だったでしょう。それでも全部公表するべきだと訴えましたが・・・聞き入れられませんでした」
「殺人鬼や網枷の件を非公表に“できた”理由はどういうものだい?」
「殺人鬼に関しては『テロリスト専門の部隊を投入して交戦・抵抗激しく止むを得ず殺害した』の1点張りでした。蜘蛛糸を焼き払うべく強大な火力兵器を投入したそうで、
DNA情報を滅する程に焼き払ったために死体は残らなかったそうです。一応交戦記録を参照してみたのですが、
確かに交戦場所で強大な爆弾のようなモノが使用された痕跡がありました。ですが、その専門部隊がどの部署の者達なのかは非公表で・・・」
「・・・つまり、殺人鬼が上層部の人間によって殺されたか殺されなかったかを君達には判断できない・・・そういうわけだね?」
「はい」

橙山の苦虫を噛み潰したかのような表情に、苛立ちを隠せない心境が現れている。やはり、あの殺人鬼の存在を学園都市上層部は知っている。
今回の件で邪魔と判断されて殺害したのか、それとも自分達の目から逃れるために死んだことにしているのか。
どちらの可能性も十分有り得る故に、明確な情報を当事者達に明かさない上層部のやり方は『気に食わない』の一言に尽きる。

「では、網枷双真に関しては?」
「実は成瀬台が強襲される直前に、風紀委員の上層部宛にあるデータが送られて来たそうなんです。発信主は網枷の寮にあるパソコン。
おそらく手動切り替え可能な自動発信であろう暗号化されたデータファイルの件名にはこう記されていたそうです。『内部告発』・・・と。当時は網枷以外のスパイの存在を懸念して、
風紀委員上層部にも彼の件を知らせていませんでしたので、上層部は私達へ確認の連絡等をよこさなかった。まぁ、有線等に細工されていたのでどっちみち連絡は無理でしたが」
「ふむ」
「とにもかくにも『内部告発』ですから、まずは暗号を解除しなければなりません。暗号化を施している以上それだけ大事が起きているのではないかと疑って当然ですし。
ですが・・・暗号解除に数日を要した結果、そこにあったのは何と退職届でした。つまり・・・」
「『ブラックウィザード』として強襲を仕掛ける前に退職届を上層部へ出した以上、彼はその時より176支部風紀委員では無い。
よって、強襲以降の彼の行いの責任は全て彼にある。故に、176支部リーダーである加賀美ちゃんの責任は生じないという理屈・・・か。
退職届はしかるべき立場の手に渡った瞬間効力を発揮する。上層部は彼の退職届を利用して最悪でも『「元」風紀委員の過激派テロリストが強襲等を仕掛けた』ことにしたかったと。
現役のままよりは確かに何倍もマシだし、現にこの真相は一部の人間にしか知らされていない。箝口令も当然敷かれているだろう。
君達の責任等を問う風紀委員会も今回は開かれないようだし。対外的には、『風紀活動を行う中で様々な悩みを抱えていた人間が風紀委員を辞めた挙句自殺した』のまま行きそうだね」
「はい」
「そして、そんな情報操作を呑まされたのは『「シンボル」他「協力者」達の“全て”の行いを非公式にするから目を瞑れ』・・・という“交換条件”を突き付けられたからだろう?
加賀美ちゃんの性格なら、こんな条件でも無い限り自主的にリーダーを辞めちゃいそうだし」
「・・・・・・その通りです」

せめてもの罪滅ぼしのつもりなのか、網枷は成瀬台強襲前に退職届を風紀委員上層部へ送信していた。強襲以降の責任が形式的にでもリーダーである加賀美へ発生しないように。
上層部の思惑もあって、網枷の顛末は対外的には『ブラックウィザード』とは切り離された上で、
『風紀活動を行う中で様々な悩みを抱えていた人間が風紀委員を辞めた挙句自殺した』という形となった。
この形なら、加賀美自らがリーダーを辞する以外に彼女がリーダーから外されることは無い。無論様々な批判は喰らうだろうが、
少なくとも『現役風紀委員の過激派テロリストが強襲等を仕掛けた』よりかは何十倍も何百倍もマシである。
風紀委員上層部としては、この形で何とか決着を図りたかった。これ以上の漣を立たせたくは無かった。そのためには加賀美達に『うん』と言わせる要素が必要だった。
そこで目を付けたのは、『シンボル』他『協力者』達の“全”行動の非公式化。彼等の風紀委員会や『ブラックウィザード』等への行いは、
見方を変えれば暴行罪や器物損壊西等立派な犯罪行為として立証できるモノであった。何故か『シンボル』のリーダーの意思で“3条件”撤回と、
固地の悪手を記録した媒体の全返却が為されたこともあり、総合的に彼等の行動を不問にすることを“交換条件”とした。
事件解決に協力してくれた『協力者』達に多大な恩義のある風紀委員会の人間達―ここでは橙山や椎倉―は、
上層部が提案した“交換条件”をもって頷く他無かったのである。とは言え、この“交換条件”ですら温情采配ではあるのだろう。いざとなれば押し切ることもできた筈なのだから。

「・・・どうだい、椎倉君?風紀委員に幻滅したかい?」
「・・・・・・そうですね。今回の件は正直堪えました。危うく風紀委員に幻滅しそうになったのは事実ですね」
「ということは・・・幻滅はしなかったんだね?」
「はい」

“天才”の容赦無い指摘に椎倉は毅然と返答する。彼の脳裏には以前神谷と問答を繰り広げた光景が浮かんでは消えていた。
風紀委員として何を為すべきか。風紀委員として何を信じるべきか。“交換条件”を突き付けられて危うく自分が所属する組織に幻滅しそうになった己を踏み止まらせた光景。それは・・・


『風紀委員ってのは・・・正義じゃ無ぇんだな』
『・・・お前は、風紀委員そのものに自分の正義を預けるのか?』


かつての自分の言葉。自分が信じる正義。『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』という風紀委員の矜持。

「俺は俺のやり方でこれからも風紀活動に努めようと思います。今度は・・・上層部に介入されるような余地を作らないように!!
今回200人の一般人の命を守れたように、風紀委員として守れるものが確かにあるんだってことをこれからも証明し続けようと思います。俺が信じる正義のために」

少年はまた一歩大人への階段を上がる。凄まじい経験をしたからこそ、納得できない経験を積んだからこそ今度はそんな事態にならないように努める。
幻滅して放り出すことは何時でもできる。でも、そこから先は無い。ならば、苦しくとも先がある在り方を望み、そして進む。

「・・・フフッ。橙山ちゃんも椎倉君には負けてられないね」
「はい。私も今の活動を放り出したりはしません。苦しくとも、辛くとも、納得できなくとも前を進む。ここで放り出したら死んだ同僚に合わせる顔がありません」
「・・・そうか。健闘を祈ってるよ、2人共。君達が歩む人生に少しでも幸があることを願う」
「「はい!!!」」

橙山と椎倉の決意の表れを目にした九野は微笑を浮かべながら2人へ檄を贈る。2人のような信念強き人間が居れば、まだまだこの学園都市は大丈夫だ。
様々な思惑が交錯するこの『科学』の世界で、彼等のような人間が少しでも輝けることを“天才”は願いながら去っていく。
そして、“天才”の背中を見送った2人は強き決意を心中で固く握り締めながら補修工事に従事している仲間の下へ歩を進めるのであった。






「うー、これから『ブラックウィザード』に関する情報の値段は下降線を辿っていくな~」

相も変わらず首からスマートフォンを提げている情報販売は第5学区の隠れ家にて【『ブラックウィザード』の叛乱】の顛末から、
商売品の価値が現在の最高値からどんどん下がる一方な情勢に愚痴を零す。連中に命を狙われたこともあったが、商売的には“良商品”であったことには違いなかった。
何せ、自身の臓器を質に入れても『ブラックウィザード』の情報を買い漁った兄が居たくらいである。まぁ、ソイツの借金を肩代わりすることになるとは思っていなかったが。

「あー、結局今回はどの暗部が介入して来たのかその断片すら掴めなかったな~。何時もなら正体は掴めなくても断片くらいは見付かることが多いのに」

仕事柄暗部の情報も取り扱う彼の腕を持ってしても、今回の件に介入してきたであろう暗部の情報を全く掴むことができなかった。
今まで蓄積して来たパターンのどれにも当て嵌まらない今回の暗部勢力は、最近できたばかりの新興暗部組織なのか・・・それとも。

「はー、『紫狼』が雇った傭兵についても誤情報を掴まされていたみたいだねぇ。蜘蛛糸じゃ無くてワイヤーだし、発火能力系統みたいだし、何より男じゃ無くて女らしいし。
これが『闇』による偽装って可能性も無くは無いけど、そもそも風紀委員会を圧倒する人材をスキルアウトに置いておく合理的な理由が無いしなぁ。
『紫狼』を庇うよりも『紫狼』を潰して、人質なんかの脅迫手段を用いて強引にでも戻して使い潰すみたいなやり方の方がよっぽど『闇』らしい。『闇』なら造作も無いだろうし。
それか、『闇』の命令を受けた殺人鬼が『紫狼』に雇われたフリをして俺達の視線を『紫狼』に向けてる間に『ブラックウィザード』を潰す腹積もりだったっていう方が信憑性は高い。
派手になることは避けられなかっただろうしな。こりゃ、『軍隊蟻』も一歩間違えたらヤバいなぁ。殺人鬼と『闇』が一斉に潰しに掛かったら、唯じゃ済まないぞ」

新たに集まった―錯綜も甚だしい―情報によると、『紫狼』が雇った傭兵はワイヤーに発火能力系統を織り交ぜた戦法を採る女であるらしいことがわかって来た。
何者かによる偽装のせいか、『紫狼』におけるリーダー交代劇以降の情報がどれもこれも確証が持てない代物であったことが判明したのは昨日のことである。
件の殺人鬼のバックに『闇』が関わっている可能性は高く、バックを含め殺人鬼の行動の読めなさに情報販売も頭を悩ませていた。

「ふー、まぁ兄ちゃんの目論見は大体達成したかな?“裏”では『調子に乗った「シンボル」のリーダーが「ブラックウィザード」と風紀委員会の戦闘に首を突っ込んで、
逆に返り討ちを喰らって風紀委員会のお世話になったそうだ』という根拠の無い噂が広がり始めたねぇ。見方を変えれば大体合ってるけど」

独り言を呟き続ける情報販売の脳裏を過ぎったのは、胡散臭い笑みを浮かべた碧髪の男が激痛に苦悶している(と情報販売が勝手に想像している)表情。
彼の目論見である『大活躍によって風紀委員達より厄介な存在に見られないように抑える』が彼自身が負った負傷でもって何とか成り立った。
幾ら情報規制をしようが噂は発生する。火の無い所に煙は立たぬ。『ブラックウィザード』の掃討の一報を受ければ、“裏”の人間なら誰だって『シンボル』を注目する。
成瀬台強襲時に大活躍した非公式グループの動向を。そして、そこに『調子に乗った「シンボル」のリーダーが「ブラックウィザード」と風紀委員会の戦闘に首を突っ込んで、
逆に返り討ちを喰らって風紀委員会のお世話になったそうだ』という根拠の無い噂が流れた。流したのは、もちろん・・・

「かー、俺の命を『ブラックウィザード』から守ってくれた恩人に対するお礼としてはこれくらいはしないとな。フフッ」

“詐欺師”のような胡散臭い笑みを浮かべながら、情報販売は今夜の情報売買の現場へ向かうためにボディーガード達へ連絡を入れる。
“裏”や『闇』の世界を渡り歩く情報屋は、今日も命の危険をその身に感じながら己のポリシーを貫くために危ない橋をノリノリで渡りにいく。






「おっ?・・・仲間の様子はどうだ、冠?」
「・・・経過は良好だ。そっちは?」
「こっちも良好だ。自分の状態を含めてな」

第7学区にある病院にて車椅子を操る159支部リーダー破輩と花盛支部リーダー冠は病院内にある2階の休憩室にてバッタリ遭遇した。
159支部員の厳原と花盛支部員の篠崎・幾凪・渚・六花・山門も入院しているこの病院に破輩も入院しており、彼女は親友の厳原と同じ部屋に入院していた。
重傷を負った彼女達の経過は良好であり、それについては破輩も冠も胸を撫で下ろしていた。
ちなみに、振り分け方として彼女達を含む傷を負った風紀委員はこの病院へ、警備員達は別の病院へ入院する形となっていた。

「破輩はこれから昼食か?」
「あぁ。記立と一緒に休憩室で食べようと思ってな。私は席の確保係だ」
「そうか・・・」
「一緒に食べるか?」
「・・・いや。私は梳達と一緒に食べるよ。閨秀や抵部も梳達の部屋に集まってる」
「・・・そっか」

昼食に誘う破輩の掛ける声に何処と無く暗い雰囲気を醸し出しながら返答する冠。その理由に見当が付いている破輩は、厳原が来る前の僅かな時間を使って彼女へ話し掛ける。

「・・・なぁ、冠?」
「・・・・・・私のせいである事実には変わりない。私はあの時油断して戸隠を捕まえることができなかった。そのせいで死んだ人間が居る。その事実には・・・変わりない」

破輩の声を遮るように暗い雰囲気を更に悪化させる冠がいち早く責任の所在が自分にあることを吐露する。
結果論など彼女にとって慰めにもならない。実際に戸隠と対峙し、結果として戸隠を逃してしまった己の責任。戸隠の蛮行で警備員に死者が出た揺るぎ無い事実。
子供である彼女が背負うモノとしては重過ぎるかもしれない業。その重さが花盛支部リーダーの両肩に重く圧し掛かる。

「・・・『ブラックウィザード』に属する人間の内、幹部連中に近い構成員含めて確保できたのは風路鏡子を除けば中円真昼のみ。
東雲、伊利乃、網枷、永観、蜘蛛井、戸隠、西島、風間、調合屋と呼ばれていた男の死亡は確認された。仰羽智暁については消息不明・・・か。
結果だけ見ると『ブラックウィザード』討伐が叶って喜ぶべきか、主要メンバーの殆どを死なせてしまった事実に憤るべきか私もすごく悩むよ」
風路形慈は簡単な取調べを受けているが、すぐに解放されるだろう。・・・中円真昼は、『テロリストに無理矢理命令されていた』ことになったんだったか。
あの状況ではすぐに取り調べなどできる環境でも無かったが」
「あぁ。最初の自首内容ではハッキリ『ブラックウィザード』の一員と供述していたんだが・・・疲弊した警備員に代わって取り調べを担当した警備員の調査で・・・な」
「・・・似ているな」
「・・・あぁ。救済委員事件や風輪の大騒動と似た“匂い”を感じる」
「共通するのは・・・」
「“風輪学園に通う生徒”・・・だな。我が母校ながら何とも胡散臭い。これは、本腰を入れて調査する必要がありそうだ」

破輩と冠は、中円に対する取調べとその結果に対して何とも胡散臭い“匂い”を感じた。救済委員事件や風輪の大騒動でも片鱗は見え隠れしていたのかもしれない。
それは、『生徒の不祥事に対する風輪学園の関与』。最近発生した風輪生の不祥事における罪が相当に軽減されている違和感。
これ等の発生源が風輪学園そのものではないのかと2人は疑っているのだ。

「・・・そのためにも一厘や鉄枷には今回の件を乗り越えて貰わないとな」
「・・・済まない」
「何を謝る?誰だって完璧な対応なんかできるわけが無い。私だってそうだ」

2人のリーダーの頭には、今回の件で今尚ショックから脱し切れていない159支部に属する2人の男女の顔が浮かんでいた。
『もっと早くに決着を着けていれば』・・・『他にできたことがあるんじゃないか』・・・そんな自問自答を今も繰り返している一厘と鉄枷は、佐野や湖后腹と共に午後から見舞いに来ることになっていた。

「破輩・・・」
「お前が戸隠を捕まえられなかったことで死者を出したことを悔いているのなら、私は殺人鬼を抑えられなかったことが一番の反省材料だ。
あの男を抑えられなかったことで、殺人鬼の手によって死者を出してしまった。この事実に変わりない。だが・・・私は後悔しない。絶対に」

“風嵐烈女”も冠と同じ立場である。殺人鬼を抑えられなかったことで、最後の局面で警備員に犠牲者を出してしまった。
本当なら悔いるべきなのだろう。後悔して然るべきなのだろう。だが、破輩妃里嶺は後悔しない。『こんな過去なんて無くしてしまいたい』なんて思考を絶対にしない。

「“人の一生は、重き荷を負うて遠き道を行くがごとし”。様々な犠牲を払って歴史を変えた偉人の言葉だが、今ならその意味がわかるような気がする」
「“人の一生は、重き荷を負うて遠き道を行くがごとし”・・・か」
「冠。今回の件で出た犠牲者の責任を自分に当て嵌めている人間は風紀委員・警備員問わず多く居るだろう。
直接的にしろ間接的にしろ、【『ブラックウィザード』の叛乱】に関わった者達の一挙手一投足が犠牲者発生に繋がった。
私にお前に一厘に鉄枷に誰も彼もに、犠牲者発生へ繋がる行動があった。・・・認めよう。認めて・・・背負うんだ。目を背けずに背負い切るんだ。それが・・・明日に繋がる」
「破輩・・・!!!」
「全力を賭して駄目だった。犠牲者が出た。なら認めるしかない。認めて、そこで立ち止まらない。反省して、次は犠牲者が出ない行動を心掛ける。全力で。
私達の人生はここで終わりじゃ無い。明日も明後日もその後もずっと続いていく。死んだ者達が失ってしまった未来を私達は歩む責任がある。冠。1つの責任に囚われ過ぎるな。
これは忘れるということでは無い。忘れては駄目だ。忘れず、反省して、前へ進め。
後悔するな・・・とまでお前に押し付けるつもりは毛頭無い。これは私の考えだしな。だから・・・一緒に乗り越えよう。
もし、背負った荷を抱えられそうになくなったら私も背負ってやる。同じリーダーとして。きっと、お前の仲間達も背負ってくれるだろう。お前は1人じゃ無い。それを忘れるな」

冠は同じ年で同じリーダーである破輩妃里嶺の覚悟と意志の強さに目を瞠る。彼女とて、内心では様々な葛藤を抱えている筈だ。
自分のこと、一厘や鉄枷のこと、風輪学園のこと、他にもあるかもしれない。それでも、彼女は前へ進むと明言した。
死者が出た行動を悔やむ余り前を見ようとしなかった自分に活を入れてくれた・・・気がする彼女へ、冠は1人の人間として為すべきことを為す。

「破輩・・・ありがとう」
「いや・・・本音を言えば、私だってビクビクしてるんだ。何時何処で後ろ指を指されるか恐いよ、正直。最近だと風輪の騒動でもあった」
「歴史の偉人も、今の私達のような感情を抱えていたのかもな」
「かもな。でも、かの偉人も1人の人間だ。彼に乗り越えられたのなら、私達にだってできない筈は無い。だろう?」
「あぁ・・・。破輩」
「うん?」
「私は今回の件を目一杯後悔する。反省もするが、それ以上に後悔する。『こんな過去なんて無くしてしまいたい』という強烈な感情が、私を前へ進める原動力となる。
本当に無くすつもりは無い。というか、無くなるわけが無い。だからこそ、その揺るぎ無い『指標』が私を突き動かす。
逃避するのでは無く・・・前へ進む力へ私は変えてみせる。『心はクールに』・・・でな」
「・・・そっか。なら、お前の思う通りにすればいいよ」

冠要は破輩妃里嶺とは別の信念でもって今回の件を乗り越える決意を示す。後悔も、時には前へ進む大きな力となる。見方を変えれば、己を突き動かす大きな原動力となる。
そんなリーダーの凛々しい顔付きに破輩が安堵した直後厳原が車椅子の車輪を転がしながら姿を現し、破輩は彼女と昼食へ、冠は仲間が待つ病室へ戻っていく。
様々な責任を抱える少女達は、それでも立ち止まること無く重き荷を負いながら人生を歩む。それが、犠牲者達へのせめてもの誠意の証となることを願いながら。






「こうやって、緋花とサイちゃんとベッドを並べる日が来るなんて想像もしてなかったわ」
「ねぇ、お姉ちゃん?前も聞いたと思うけど、その『サイちゃん』って何時から呼んでるの?」
「・・・まぁ、いいか。中学時分からよ。性悪で天邪鬼なこの傲岸不遜男が少しでもマイルドになればなぁって思って」
「そうなんだ。じゃあ、私も今度からそう呼んでみようかな。どう思う、真面?殻衣っち?」
「『サイちゃん』・・・か。ププッ!」
「わ、私は遠慮しとく。・・・。笑い過ぎてお腹が痛くなりそう。・・・。プッ!」
「・・・・・・・・・」

朱花と焔火の『サイちゃん』談義に真面と殻衣が漏れ出る笑い声を抑えられずにいる中、姉妹に挟まれるような形でベッドの上で寝ている固地は唯々沈黙していた。
風紀委員達が入院しているこの病院には、今回の件で傷を負った固地と薬物除去等を目的に焔火と朱花も入院していた。

「ククッ・・・にしても、勇路の頑張りには一生分の感謝をしないといけないな」
「浮草さんの言う通りね。先輩の頑張りが無かったら、現場に居た他の警備員達も危なかったわ」
「そうだよ、債鬼君!勇路先輩の死力を尽くした治療が無かったら、命が危なかったかもしれないし!!」
「・・・・・・わかってる」

浮草と秋雪が当時の状況を思い出した意見を述べ、加賀美の促しもあって今日の午前中にようやく意識を回復した固地が口を開く。
3人の言う通り固地の傷は相当な深手であった。他の警備員達の多くも深手を負った中褌一丁の美青年の登場で状況はガラリと変わる。


『この命尽き果てようとも・・・救える命は全部救う!!!』


『治癒能力』という強力な治療能力を持つ勇路は限界を超越する程に能力を行使し、結果として彼が到着する前に死亡もしくは重篤であった人間を除く全ての人間を治療し切った。
さすがに全快とまではいかないが、命に別状は無いレベルにまで治癒させることに成功した勇路はその場で意識を失った。
彼もまたこの病院へ入院して治療を受けている。意識はあるものの、しばらくは能力を使わず頭を休ませる必要があるのだ。

「・・・そうだ。サイちゃん」
「・・・何だ?」
「“私達姉妹”を助けてくれてありがとね」
「私も。固地先輩。ありがとうございました」
「・・・・・・俺は」
「サイちゃんが寝てる間に大体の話は聞いた。他言無用を条件に無理矢理ね。・・・操られていたとは言え、緋花には姉としてとんでもないことをしちゃったみたい。
詳しい話は緋花が全然してくれないし、私もその辺の記憶が酷く混乱してるからすごく歯痒いんだけどね」
「お姉ちゃん・・・」

朱花には妹へ行った行為について全くと言っていい程自覚が無い。記憶喪失と言っていいかもしれない。新“手駒達”化の弊害故に。
そのためにと言うべきかそのせいでと言うべきか、朱花は焔火へ大きな負い目を感じていた。妹も口を固く閉ざす。その気持ちは理解できるが、姉としては歯痒くて仕方無い。

「・・・確か、2人共薬物除去自体は終わったんだったか?」
「えぇ」
「はい」
「なら、この後は禁断症状対策と精神ケアが重要になってくるな。学園都市なら腕利きのカウンセラーが何人も居るだろう。
薬物中毒は薬を除去した後が本番だと言ってもいい。2人の場合は中毒レベルが低いから、集中的に治療すれば短期間で治療可能だろう」
「サイちゃん・・・?」
「焔火が受けた精神的ショックは、本人の努力と周囲のフォローが鍵となる。こればかりは短時間でというわけにはいかんだろうな。
薬物治療とカウンセリングを組み合わせ、徐々にショックを和らげた上で取り除いていく。バカ師匠の伝手なら優秀なカウンセラーをすぐに見付けられる」
「固地先輩?」
「起きたことをグダグダ言っても仕方無い。起きたことに関して単にグダグダ言うくらいなら、『起きたこと』と『これから何をするべきか』を組み合わせてからグダグダ言え。
朱花。焔火。俺はお前達を『助けた』かもしれないが、同時に『助けられなかった』。『助けられなかった』事実から得たモノと『助ける』ための方策を組み合わせた結果、
色んな偶然や他の人間の努力にて結果的に助けることができたというだけだ。俺はお前達が許さない言動を行ったし、そんな俺がお前達に何度も礼を言われるのは・・・ガフッ!!?」

目を瞑る固地の口から淡々と述べられる『俺はお前達に礼を言われるようなことをしていない』的な言葉の連なりにイラっと来た焔火姉妹は、
両側から固地の顔目掛けて手に持つ枕を叩き付ける。こういう言動を大真面目に行ってしまうのが固地の欠点の1つである。

「相変わらずのサイちゃんだねぇ。自分に酔ってるんじゃなくて、大真面目に言ってるのがわかるから更にムカつくんだよなぁ」
「これは先輩の要矯正点だなぁ。私達の気も知らないで・・・本当に腹立つわぁ」
「モゴモゴッ・・・プハッ!!お、お前等・・・!!」
「ねぇ、先輩?私が・・・私やお姉ちゃんや・・・リーダーや浮草先輩や秋雪先輩や真面や殻衣っち達が、
風紀委員の中で唯一今日の午前中まで意識が戻らなかった先輩をどれだけ心配したと思ってるんですか?」
「ッッ!!!」

焔火の真剣な瞳と声に固地は声に詰まる。見れば、朱花も加賀美も浮草も秋雪も真面も殻衣も真剣な表情で固地を眺めていた。
あの夜から唯一意識が回復しない固地をここには居ない者を含めた風紀委員全員が心配していた。誰もが固地債鬼を心配して、彼の回復を祈りながら言の葉を贈り続けた。
特に、彼が深手を負う切欠になってしまった焔火は眠り続ける彼へずっと語り掛けていた。治療で意識をある程度回復した朱花も無理をおして彼へ言葉を掛け続けた。
時には涙声になりながら、ずっとずっと声を紡ぎ続けた。彼の意識が少しでも早く戻るように・・・と。

「先輩が・・・固地先輩がもしこのままずっと目を覚まさなかったらって・・・!!すごく・・・すごく心配で・・・!!!
『私を庇わなかったらこんなことにはならなかったかも』って・・・ずっとずっと考えちゃって・・・頭がこんがらがっちゃって・・・でも、でも声だけは掛け続けようって。
私にできることはこんなことくらしか無いから・・・お姉ちゃんも夜中に起きて先輩へ声を掛けてくれて・・・リーダーも浮草先輩も秋雪先輩も真面も殻衣っちも他の皆も。
皆先輩の回復を願ってくれて・・・誰も私を責めなくて・・・・・・私が、私の方が責められるべきなのに・・・お姉ちゃんの異常にも気付かなかった私が・・・私・・・」
「・・・・・・朱花」
「サイちゃん。私だって、サイちゃんが緋花へ行った言動にはムカついてるし許せないという感情はあるよ?緋花にも当然あるでしょうね。
でもね・・・・・・“それだけじゃないのよ”。私も風紀委員ってヤツを・・・この学園都市で治安維持に従事する人達の立場ってヤツを甘く見ていたわ。
被害者になって、操り人形とは言え加害者になって、初めてそんな人達と接するサイちゃん達の背負うモノってヤツを心底理解できた気がする。
ねぇ、サイちゃん。今のサイちゃんが緋花にしてあげることって何?サイちゃんは緋花を指導してたんでしょ?
だったら最後まで面倒みなさい。今の私にはできないことを。サイちゃんだからできることを。それ次第で、許してあげないことも無いわよ?」
「・・・・・・あぁ」

友である朱花の重い言葉を確と胸へ刻んだ固地は、自分のためにずっと声を掛け続けてくれた少女に相対する。
自責の念を強く持つ焔火の泣き顔へ、普段なら絶対に見せることの無いとびっきりの“笑顔”で言葉を吐く。

「焔火。責められたいか?」
「・・・・・・はい!!!」
「だったら・・・この“風紀委員の『悪鬼』”がお前をとことん責めてやろう!!!まずは、その単純バカな頭が一番の問題だな!!
要矯正どころの話じゃ無い。外科手術が必要ではないかと思うくらいのバカっぷりだ!!お前、本当に小川原生なのか!?」
「・・・・・・」
「その負けん気は認めてやらんでもないが、それにしてはすぐにコケるな。コケてコケて、コケまくる。転ばぬ先にお前は杖じゃなくて溝でも掘ってるのか!?
自分からドツボに嵌っていくスカイダイバー顔負けの転落っぷりは呆れを通り越して笑いしか出ないぞ!!」
「・・・・・・(ピキッ)」
「人に乗せられやすいし、転がされやすい性格は今尚健在のようだな!!感情表現豊か過ぎるのも、相手に読まれやすい要因となっている!!
モアイ像を見習え!!アイツ等の石像っぷりを再現できるのなら、少しはマシになるんじゃないか!!?」
「・・・(ピキピキッ)」
「後は・・・そうだな。今回の件で思ったことなんだが、お前・・・」
「(ブチッ!!)」
「債鬼君!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」

少女の要望通りに怒涛の責めを行っていた固地へ加賀美が警告の声を挙げる。だが、時既に遅し。
友の声を受けて固地が視線をそちらへ向けた瞬間ブチ切れた焔火が持っていた枕を振り上げてそのまま少年へ叩き落す。



ガシッ!!!



「うっ!!?」
「・・・だから、お前は乗せられやすいし転がされやすいと言ったんだ。ハァ・・・何が責めて欲しいだ。全然我慢できていないじゃないか。自虐も大概にしろ」

だが、少女の一撃は少年に掴み取られる。具体的には、焔火の手の甲を掴むことで一撃を防いだ。その手を今一度『掴めた』ことに固地は目を細める。
かつて、自分を救ってくれた師のように自分を目覚めさせるために声を掛け続けてくれた少女と・・・皆へ感謝の言葉を贈る。

「・・・この手をもう1度『掴めた』ことに感謝する。俺の『掴む』という想いをお前は・・・お前達が守ってくれた。本当に・・・・・・ありがとう」
「ッッッ!!!!!」
「ありがとう、焔火。こんな性悪な先輩のために、お前は何度も涙を流してくれた。お前が居なければ、今の俺は居ない。
そんなお前を“見当違い”のことで責めはしない。現にお前は俺の想いを守ってくれた。自分を責め過ぎるな、焔火。お前は・・・マゾじゃ無いんだろ?」
「ち、違います!!!絶対に!!!」
「だったら、もうその辺にしとけ。『守れなかった責任』に拘り過ぎるな。お前は俺や朱花を守った。責を負うのなら、『守れなかった責任』では無く『守った責任』を果たせ」
「な、なら先輩も『助けられなかった責任』では無く『助けた責任』を果たして下さいよ!!私やお姉ちゃんを『助けた責任』を!!!
偉そうに言ってますけど、自分もできてないじゃないですか!!?私のことをとやかく言えませんよね!!?」
「・・・!!!」
「・・・!!!」
「「(本当に“似た者同士”!!!??それだけは勘弁!!!)」」

言葉の応酬の果てに“似た者同士”な部分が出て来たために一気に気まずくなる焔火と固地。双方共にこれだけは認めたく無い。絶対に。

「(ど、どう、しゅかん?許す気になった?債鬼君自身は、しゅかんにすぐには許されたくないからあんな言い方をしたんだと思うんだけど)」
「(う、う~ん。許す許さないの前に、2人が“似た者同士”に見えた自分の目に唖然だわ。性格とか考え方とかは全然違う筈なのに・・・。
関わり合いを続けることで、どちらも相手に引っ張られてる部分があるのかも・・・・・・あっ)」
「(しゅかん?)」
「(そういえば、確かに2人に共通点があったわ。私自身今まで全然自覚が無かったけど)」
「(えっ?それは・・・?)」
「(どっちも世話が焼ける暴れん坊)」
「(あ~。・・・・・・あれっ?私・・・緋花が自分と似てるって前に言ってたんだっけ?・・・・・・つまり私も債鬼君と“似た者同士”ってこと?い、いや有り得ない。絶対無い無い)」

一方、加賀美と朱花の親友コンビは焔火と固地の会話から、2人が“似た者同士”な部分を持っていることを垣間見てしまう。
前者は自分も固地と“似た者同士”と見られることを警戒し、後者は全く違うと思っていた2人に共通点が意外にあることに気付いてしまった己の勘の良さに項垂れる。

「『傲岸不遜ポイント』3点追加・・・と。・・・。あれでもマシになった方かな」
「やっぱり、何かの拍子に地が出ちゃうんだなぁ。・・・もうすぐ最初の罰ゲームだね、殻衣ちゃん?」
「フフッ。もうすぐ債鬼の苦渋に染まった顔が見られる。フフッ」
「全く・・・アイツの矯正は骨が折れそうだ」

他方、178支部員達は着実に溜まる『傲岸不遜ポイント』を眺めながら、もうすぐ到達する最初の罰ゲームへ思考を向ける。
すぐには直らないことは織り込み済み。故にこそやりがいがあるというもの。『固地債鬼の矯正』に懸ける各々の決意は並々ならぬ熱さを持っているのだから。

「ゴホン!!と、とりあえず俺もお前も気を付けるということでこの話は終わりだ。いいな?」
「ゴホン!!そ、そうですね!!それがいいです!!私も無理の無い範囲で罵倒してもいいですよって言いましたし!!おあいこです!!」
「よしっ。・・・・・・加賀美」
「う、うんっ!!?な、何債鬼君!?」
「・・・・・・よくリーダーを辞めなかったな。良ければ、その理由を教えてくれないか?」
「・・・・・・・・・いいよ」

とにもかくにもこの話は終わりということにした固地が、個人的に気になっていたことの1つを加賀美へ問い質す。
網枷の死と公表情報の改竄という少女にとっては受け入れ難い苦痛を味わって尚彼女はリーダーの座に居ることを決めた。その覚悟を・・・加賀美は静かに語り始める。

「一番の理由は双真との約束かな。双真が上層部へ送った退職届も含めて、彼が私がリーダーであることを望んだから」
「・・・・・・」
「彼は最期に私を『リーダー』って呼んでくれた。加賀美雅をリーダーとして認めてくれた。なら、私はリーダーで居る。『本物』のリーダーになるって決意した私の想いも含めて」
「・・・・・・辛いか?」
「・・・・・・辛いよ。でも、私は乗り越える。もう、このことで泣かないって決めたんだ。流す涙も涸れちゃったしね」

表情を強張らせ、握り締める拳に力が入り過ぎている少女の姿から容易に察することができる。彼女は納得なんかしていない。全くもって納得していない。
それでも亡き部下の願いを叶えるため、そして自分の決意を果たすためにリーダーで居ることを決断したのだ。

「リーダー・・・」
「大丈夫・・・とは言えないけど、私なりに頑張るよ。・・・今の緋花は双真のことをどう思ってる?」
「・・・・・・・・・今は『許せない』って気持ちの方が強いですね」
「・・・だよね。うん、それでいいと思うよ。双真のやったことは許されることじゃ無い。決して。でも・・・でも、ね・・・・・・それでも私は双真をこの手で助けてあげたかったよ」

複雑な感情を吐露する焔火の心境を理解する加賀美は窓辺へ歩を進め、雲1つ無い晴天を見上げる。
あの世というモノがあるとしたら、今頃は網枷も自分達を眺めているのだろうか・・・そんなことをふと考えながら。






「・・・何の本を読んでいるんですか?」
「星占いというか占星術ってヤツ?俺もよくわかんね」
「何ですか、それ?・・・病院の売店にそんな本無いですよね?」
「うん。さっき許可取って外出した時に近くの書店で買った。怪我で本を取るのも一苦労な俺を手伝ってくれた女の子に選んで貰ったんだ」
「・・・物凄い回復ぶりですね?」
「そんだけあのお医者さんの腕が化物級ってことだよ。あの人、マジ化物じゃね?」

3階の休憩室の一角で占星術の本を難しそうな顔をしながら読んでいる界刺の前には176支部所属の葉原が居る。
自販機で買ったオレンジジュースの箱へストローを差しながら、彼女は碧髪の男の回復ぶりに驚愕していた。
それもその筈、あの戦場で重傷を負った界刺は勇路の『治癒能力』を施されておらず、警備員の手によって第7学区の病院―カエル顔の医者が腕を振るう―へ担ぎ込まれたのだ。
そこでカエル顔の医者が担当する緊急手術を受けた界刺の回復ぶりは凄まじく、諸々の事情で風紀委員達が入院するこの病院へ転院して来た頃には、
許可を取れば近場まで外出できる程にまでなっていた。

「まぁ、さすがにこの左腕だけは時間が掛かるようだけど」
「一番酷かった箇所ですからね。それでも、時間が経てば以前の状態に戻るんですよね?」
「うん。・・・やっぱ化物じゃね、あのお医者さん?」
「・・・かもしれません」

ギプスで固められている左腕へ視線を向ける2人。界刺が負った怪我の中で一番深刻と思われた左腕も、カエル顔の医者の話では完治可能という話だった。
手術を受けた当人も俄かに信じ難い内容だったが、悪い話では全く無いのでとりあえずは喜ぶことにした。今も少し信じられないというのが本音ではあるが。

「俺って昨日移って来たばかりだからまだ全員とは話せてないんだけど、皆の具合はどうなの?」
「ここに入院している風紀委員は全員意識を回復しました。朱花さんもここに入院しています。他の一般人の方は別の病院で全員意識を回復したとのことです」
「そうか・・・」
「・・・・・・色々お世話になりました」
「ん?何そのお別れみたいな台詞?そりゃ俺も最初はミイラみたいな格好してたけど、ちゃんと生きてるぞ?」
「・・・これを加賀美先輩へ提出しようと思います」

和やかな雰囲気だった今までを自ら壊すかのように、葉原は懐からある封筒を取り出した。そこに書かれていた文字は・・・『退職届』の3文字。

「・・・・・・」
「もう少し落ち着いてからですけど・・・あなたにだけは前もってお知らせしておこうと」
「何で?」
「・・・私は裏切り者ですから。結果的に風紀委員の皆が死ぬことは無かったですし、あなたもそれだけは回避してくれましたが・・・これは私のケジメです」

葉原は、表向きは平静を保ちながら退職届の理由を述べていく。目の前の男には色んな意味で世話になった。
だから、この届出を提出する前に彼へ自分の想いを打ち明けたかった。裏切って尚。我儘であることは承知の上で。

「火遊びは程々にしておくべきだったんですよね、ホント。私は仲間を裏切って、仲間の命が危うくなる可能性に目を瞑りながら独り善がりを押し通した。
“英雄”の気持ちを押し切って自分の都合を押し付けた結果・・・あなたを裏切ってしまった。馬鹿ですよね、私って。・・・こんな人間が風紀委員で居ちゃいけないんです」
「ヒバンナのことはどうするの?君がフォローするんじゃなかったの?」
「別に風紀委員としてじゃ無くても緋花ちゃんとは普通に接することはできます。・・・確か、“3条件”も撤回されたんですよね?」
「うん」
「なら、もうあなたに私は庇って貰えないということです。あぁ、心配しないで下さい。界刺先輩にご迷惑をお掛けするようなことはしません。
リーダーである加賀美先輩には申し訳無いですけど・・・・・・これだけはケジメとして・・・」
「ありゃ?君・・・何も話を聞いていないのかい?」
「・・・えっ?」

自虐の言葉を連ねていく少女の心は固まっている・・・筈である。少なくとも、自分としては固めに固めたつもりだった。
仲間を裏切り、頼った“英雄”さえ裏切ってしまった己に風紀委員で居続ける資格は無い。自分を庇ってくれる“3条件”も撤回された。
いや、“3条件”は建前でしか無い。葉原ゆかりは自身が行ったことの責任を取るために、風紀委員を辞める決意を・・・・・・






「『葉原ゆかりは、その先見の明でもって176支部風紀委員として界刺得世と協力し、犠牲者発生を最小限に食い止めるべく情報交換を行った』・・・そうだよね、ハバラッチ?」






他の誰でも無い、己の都合で裏切った“閃光の英雄”に崩される。彼女が風紀委員で居続けられる配慮を界刺得世がハッキリと示す。

「・・・へっ?」
「どうやら、君は“3条件”が今回の事件にまで適用されてから撤回されたことを知らなかったみたいだねぇ。破輩の奴、ちゃんと説明してなかったのか?やれやれ」
「ど、どういう・・・!!?」
「つまり君が独断は黙認され、君が行ったことは176支部の総意の下で行われたことになってんの。んで、今回の『不問』の中には“これ”も含まれてるの。なぁ、神谷君?」
「ッッ!!!」
「・・・・・・」

界刺の発言の衝撃で上手く頭が回らない葉原を更に驚愕させる人物達が、隠れて聞き耳を立てていた176支部員達―神谷・斑・鏡星・一色・鳥羽・姫空―が休憩室へ足を踏み入れる。
界刺は葉原に呼び出された直後から『光学装飾』にて神谷達が後を着いて来ることに気付いていた。
おそらく、彼等も葉原の動向をずっとマークしていたのだろう。その理由に当然ながら見当が付いている“英雄”は混乱中の葉原を無視して平然と言葉を紡いでいく。

「優秀な後輩を持てて良かったなぁ、神谷君。ハバラッチのおかげで、君達があの戦場で死ぬリスクが確実に減少した。他のリスクも同様に。
彼女の働きが無ければ、事件は未だに解決していなかったかもしれない。犠牲者を出しながらも今回の事件を数日前に終わらせることができた要因の1つは間違い無く彼女にある」
「・・・・・・葉原」
「神谷先輩・・・(ポカッ!)・・・痛っ!?」
「・・・・・・独断専行をやった俺達も人のこと言えないから、今回のお前の行動にはとやかく言わねぇよ。だがよ・・・逃げんなよ、葉原?」
「!!!」

碧髪の男の擁護をちゃんと耳に入れながら、176支部のエースは後輩へ1発拳骨をかました後に彼女の本心を突く。
葉原の件―今回の件で何らかの行動を採る気配があった―に関しては、リーダーである加賀美から一任されている。彼女自身網枷のことで手一杯なのは神谷も理解している。
これは、リーダーの弱音だ。神谷とて同期の網枷の件で精神的ショックを喰らっている。他のメンバーもそうだ。その上で加賀美は神谷を頼ったのだ。
自分を信じてくれるからこそできた依頼。ならば、エースとして為すべきことを為す。神谷は斑達にも相談し、今日この時を待っていたのだ。

「俺達も辛ぇよ。加賀美先輩も斑も鏡星も一色も鳥羽も焔火も姫空も、今回の件で正直参ってる部分はある。でもよ・・・俺達はそれでも逃げないって決めたんだ。
逃げずに乗り越えようとしている加賀美先輩を俺達の手で支えて、一緒にこの苦難を乗り越えようって。なぁ、お前等?」
「神谷の言う通りだ。私自身、今回の件で己がエリートとは程遠い人間であることを痛感させられても居る。だが、ここで私は立ち止まらない!!」
「同じ女として、加賀美先輩を支えてあげないとって私も強く思ってる。斑じゃ無いけど、自分なりに力不足も痛感させられたしね」
「傷心し切っている女性を支えてあげることこそが、今の俺に求められている役割さ(キラッ!)」
「丞介さん・・・。え、えぇと、ゆかりさん。俺も今回の件で風紀委員を辞めようかって思ったことは何度もあります。でも、九野先生が教えてくれましたよね?
“人才”という可能性を。俺はその可能性を信じたいんです。信じ続けてみたいんです。皆と・・・ゆかりさんと一緒に!」
「皆・・・(クイッ!)・・・うん?ひ、姫空ちゃん?」
「尻尾巻いて逃げるのなら・・・・・・撃つ」
「(何を!!!??)」

神谷の声を受けた斑・鏡星・一色・鳥羽・姫空達が、それぞれの胸の内を葉原へ明かす。最後の方に何やら物騒な言葉が出たことには目を瞑るとして、
結局は誰もが傷を負い、誰もが負った傷を乗り越えようと懸命に頑張っているという話である。その輪の中に、葉原ゆかりが居なければならないというだけの話なのだ。

「俺達は俺達の正義で動く。たとえ、色んな圧力があってもどうにかして1人でも多くの罪無き人々を救う。
独断専行もその内の1つだが、他にもやり方が色々あるってことを今回の件で学んだ。葉原。お前は俺達を裏切ったんじゃ無い。界刺・・・先輩と組んで俺達を守ったんだ」
「・・・!!!」
「ま、まぁ、それでも今回のような真似は余りすんじゃねぇよ。今回は何とかなったけど、後々面倒臭くなることもあるだろうし。俺自身あんま好きじゃねぇし」
「で、でも・・・私は・・・」
「あぁ・・・俺達はそれでいいんだけど、この男にはちゃんと謝らないとな。葉原・・・ひょっとしてちゃんと謝ってないんじゃねぇのか?」
「・・・あっ」
「・・・んふふふっ」

神谷達の言葉に心を強く揺さ振られていた葉原は、今更のように気付く。そういえば、裏切った“英雄”へ自分はきちんと謝罪していない。
これもまた、自分のことしか考えていなかったということなのだろうか。ケジメを着けることに拘る余り、
最優先でしなければならないことを怠った少女に後方から聞き慣れた笑い声が聞こえて来る。

「成長目覚しいな、神谷。これなら問題児集団って呼ばれなくなるのも時間の問題だ。加賀美だけじゃ無くて、緋花や葉原も引っ張ってやれよ?176支部のエースとして」
「アンタに言われなくてもそのつもりだ。・・・『救済委員の』麻鬼とは何時から知り合ってたんだ?」
「桜の件でね。まさか、元176支部員とは思ってもみなかったけど。直接会話したことは殆ど無いけどな。・・・捕まえるのか?」
「いや・・・今回は『協力者』に関しては全部不問だからな。アイツが焔火を助けたって話も聞いてる。まぁ、実際に俺達の前で問題を起こすんなら容赦無く捕まえるけど。
アンタの知り合いの何処までが救済委員なのかも言及しないでやるよ。アンタと関わった連中なら、そこまで無茶はしないだろうからよ」
「俺は防波堤か何かか?前の座敷童扱いと言い、俺を何だと思ってやがるんだ?」
「「「「「「“ヒーロー”」」」」」」
「・・・冗談でも勘弁してくれ。もう“ヒーロー”はこりごりだよ」

うんざりした声と表情が何時に無く真剣な界刺の顔を見て、神谷達は内心で笑う。今回の件で受けたあれこれについては、今の表情で一応は清算してやるつもりだ。
常から胡散臭い碧髪の男のこういう表情はレアである。これくらいの嫌がらせなら罰は当たらないだろう。

「さっ、葉原。きっちりケジメを着けろ」
「あっ・・・えっと・・・うんと・・・」
「ねぇ、葉原?俺に謝罪する前に神谷達に謝罪するべきはないのかな?」
「うっ!?」
「いや、俺達よりアンタへの謝罪の方が先決だ」
「いやいや、ここは仲間に対してケジメを着けることが何より重要だ。俺みたいな部外者は後でもいい」
「むー・・・あー・・・・えー・・・・・・(ピキッ)」

仲間の促しを受けて、混乱する頭を必死に整理しながら界刺へ謝罪をしようと口を開き掛けた葉原を、当の界刺が『仲間への謝罪が先』として一旦拒否する。
彼の指摘を受けて言葉に詰まる少女など無視するかのように、界刺と神谷の間で『どちらへ謝罪するのが先か』議論が唐突に勃発、
置いてけぼりの少女は意味不明な言葉を挙げることしかできない・・・というか謝罪する張本人を無視する2人に段々腹が立って来た。

「それは違う。部外者だからこそ、先に謝罪が必要・・・」
「・・・・・・(ピキピキッ)」
「それがおかしい。付き合いの長い仲間へこそ・・・」
「・・・(ブチッ!!)」
「・・・!!!」
「・・・!!!」
「(ブチブチッ!!)」
「チッ、頭の固い野郎だ。そうだ。葉原。お前は俺の意見に賛同してくれ・・・」
「ハァ、相変わらずの頑固君だ。そうだ。ハバラッチ。優秀な君なら俺の言葉を理解でき・・・」
「わ・た・し・を!!!無視するなああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
「「グアッ!!!??」」

遂に少女の堪忍袋の緒が切れた。都合の良い時だけ話を振ってくる神谷と界刺の脛を蹴り、屈強な男2人を蹲らせた葉原の後背には、鬼のような気配が現出していた。
一応怪我人の界刺へは加減したが、神谷に至っては全力で蹴った。彼女が本気で怒れば、先輩であっても容赦しないのが葉原ゆかり足る所以である。

「ようは、纏めて謝罪すればいいだけの話でしょ!!?ごめんなさい!!!皆さん、本当にごめんなさい!!!これでいいですか!!!??」
「あぁ・・・いいぜ、葉原。ジンジン響くぜ」
「お、俺怪我人・・・。破輩と言い葉原と言い、『はばら』って名字の女は全員凶暴だったりすんのか?ハァ」

怒声を交えた全力の謝罪を吠えた葉原に脛の痛みがジンジン響いている神谷はぎこちない笑顔で応え、
『はばら』という女性に頬を抓られたり脛を蹴られたりした怪我人界刺は溜息を吐くしかない。だが・・・これでケジメは着いた。

「・・・んふっ。まぁ、これでケジメは着いたかな。・・・葉原。君は、本当は風紀委員を辞めたく無かったんだろう?」
「ッッ!!!」
「本気で風紀委員を辞めたければ俺なんかに断りを入れずに、速攻で上層部へ退職届を提出すりゃ良かった。それをしなかった君の本音は、最初から丸分かりだったよ?」
「・・・俺達も、『葉原がアクションを起こすならまず界刺先輩へ』・・・と意見が一致していたな。お前・・・結局先輩をずっと頼ってたじゃねぇか。
『裏切った』なんて嘆いてたお前は、今でもずっと先輩を求めてたじゃねぇか。『風紀委員を辞めたくありません。だから助けて下さい』ってな」
「・・・!!!」
「俺の見方はちょっと違うかな。葉原。君は、優秀過ぎる人間が一歩間違えると却ってドツボに嵌る典型例状態だったんだ。
んで、俺は君が“そうなることがわかってた”から今こうやってフォローしてるんだ。そして、君も心の何処かでは期待していた筈なんだ」
「界刺先輩・・・!!」
「でも、俺の力だけじゃ君が依存から抜け出せないのもわかってたし。君だって無意識ではわかってた筈だ。だから・・・何かが起こりそうな俺の下へ来た。
丁度神谷達が来てくれて俺としても・・・何より君としても助かった。・・・今の君は俺と神谷達の力でケジメを着けることができたんだから。
まぁ、神谷達が来なくとも俺の方から葉原を神谷達へ誘導していたかもしれないし。んふっ・・・君の狙い通りだね、葉原?俺の推察通り、君は緋花以上のじゃじゃ馬だよ」
「そ、そんなこと・・・・・・・・・あ、あるかもしれませんね。自分の心すらまともに制御できていなかった私ですから、
そういう黒い計算を働かせていたかも・・・です。ハァ・・・緋花ちゃん以上のじゃじゃ馬か・・・ちょっと以上にショックかも」
「それでも俺を裏切ったことを悔やむのなら、『今』の俺が望んでいることを裏切るな。優秀な君なら、“英雄”だった俺が望んでいることくらいすぐに想像できるだろう?」

“閃光の英雄”として、界刺は自身を裏切った少女の面倒を最後まで見ることを決めていた。かつて、自分が裏切ってしまった少女が感じた気持ちを少しでも理解したくて。
そんな“英雄”と神谷の言葉でようやく少女は理解した。否、理解することを拒んでいた。理解してしまえばケジメを着けられなくなる。そう無意識の内に考えていた。
『風紀委員を辞めたくありません。だから助けて下さい』。これは界刺へのモノとあると同時に神谷達へのモノでもあった。
葉原ゆかりは界刺得世だけでは無く、神谷稜達へも助けを求めていた。故に、界刺と神谷の言葉によって自分の本心を表へ出すことができたのだ。

「・・・『風紀委員として、“ヒーロー”を求める緋花ちゃんを責任持ってフォローしろ』・・・ですね?」
「そうだ。その上で頑張れ。君も加賀美を支える大きな力だ。176支部全体でリーダーを支えてやれ。・・・火遊びは程々にでな」
「・・・は、はい!!!」
「んふっ・・・んじゃ、俺は部屋に戻るわ。じゃあね」

本心とケジメの間を揺れ動いた少女のフォローに成功した“英雄”は、今回の事件を経て交流を深めた176支部員達へ一先ずの別れを告げる。
彼等なら、どんな逆境でもリーダーを支えていけるだろう。界刺も神谷の言葉と覚悟の影響を受けたりもした。もはや、今の彼等は唯の問題児集団などでは無い。
そう断言できる程の何かを【『ブラックウィザード』の叛乱】を通じて得ることが叶った彼等の今後に少々の期待感を抱く“英雄”は、脛の痛みを我慢しながら休憩室を後にした。






「まさか、あの雰囲気の中に“変人”が現れるなんて・・・」

等とブツブツ愚痴を零しながら病院の階段を上がっているのは、突如病室へ乱入して来た“変人”が醸し出すヘンテコリンな雰囲気に巻き込まれるのを嫌がった焔火である。
彼女が何故憂鬱な顔をしているのかと言うと、網枷の話題で途轍も無くシリアスな雰囲気が漂っていた自分達の部屋へ・・・

『ハーハッハッハ!!!!!朱花嬢!!!具合はどうだ!!?』
『啄さん・・・///』
『(いやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!)』


“変人”こと啄鴉率いる十二人委員会の者共が高笑いを挙げながら出現、その中心人物を瞳に映した己が姉の頬が朱に染まったからである。
未だに啄に対する姉の淡い感情に納得できない―それでも、以前に比べれば拒否感が薄れて来ているのは彼のおかげで朱花を救出できた揺るぎ無い事実があるから―妹は、
同時に入って来た顔馴染みの“不良”2人から聞いた“彼”の言伝をこれ幸いとして“『悪鬼』”に劣らぬ甲高い笑い声を挙げる“変人”の居る部屋から脱出したのだ。

「しかし、『屋上庭園へ来てくれ』なんてね。まぁ、具体的には一番上の屋上じゃ無くて別棟の屋上にある緑化庭園にだけど。・・・あぁ、緊張するなぁ」

焔火は待ち合わせ場所の緑化庭園に居る、そして自分へ言伝を送った“彼”の意図を図りかねると同時に今からあの少年に相対することに緊張の色を隠せない。


『私は・・・私が成長した姿を見た貴方の言葉が欲しいの。必ず私は成長してみせる。結果を出してみせる。
その後に・・・私は貴方に返事を貰いに行く。だから・・・もう少しだけ待ってて!!』


あの言葉が脳裏を過ぎる。これは、あの時の言葉を実行する時でもあるのか。それを“彼”も理解した上で自分を呼び出したのか。
どちらにせよ、呼び出された以上行くしかない。単純にあの少年に会いたいというのも本心ではあった。

「何独り言をブツブツ呟いてんの、ヒバンナ?」
「・・・・・・“変人”の噂をすれば“変人”が現れる・・・か。世の中って不条理だわ~」

そんな彼女の前へ別の“変人”が現れた。正確には、考えごとをしていたために上から下りて来る界刺に焔火が気付いてなかっただけの話ではあるが。
2人は、2階と3階を繋ぐ階段の踊り場にて対峙する。これもまた必然なのかもしれない・・・そう少女は考える。


『まぁ、俺だったら“ヒーロー”にはなれるかな?名前は・・・“詐欺師ヒーロー”とか?』
『(あの人はあの人なりに必死にもがいた末に今の姿があるんだ。きっと、今のあの人なら何時でも“ヒーロー”にはなれるんだろうな。
あの人なりの“ヒーロー”に。“閃光の英雄”か・・・。カッコイイ異名じゃないですか、界刺さん?)』


“ヒーロー”とは何か?


『んふっ、別になりたくもないけど。ならせてあげるって言われても、こっちから願い下げだ。“ヒーロー”なんかに縛られたく無いし』
『(でも、あの人は“ヒーロー”になりたく無いって言う。私がなりたくて堪らない“ヒーロー”に。“ヒーロー”と呼ばれていたあの人は、その場所で一体何を感じていたんだろう?
“ヒーロー”になるつもりも無い人間が、周囲から“ヒーロー”扱いされる気持ちって一体どんなモノだったんだろう?
私がその意味を知るには・・・“ヒーロー”になるしか無い。ならないと・・・きっとわからない。単純な私らしい発想だけど)』


“ヒーロー”になりたい者と、“ヒーロー”になりたく無い者。“ヒーロー”になれていない者と、“ヒーロー”になろうと思えばなれる者。両者の違いとは一体?


『自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?例え救えたモノがあったとしても、その“ヒーロー”は納得し続けられるのかな?
馬鹿だねぇ・・・そんなこともわからないのかい?わからない?あっそ。なら、仕方無いね。
少なくとも、俺は今の君が考える理想の“ヒーロー”なんかになりたくない。羨ましくもない。俺からしたらだけど』
『(私が目指す“ヒーロー”像・・・「他者を最優先に考える“ヒーロー”」。あの人が考える“ヒーロー”像・・・「自分を最優先に考える“ヒーロー”」。
私は、あの人の理想像を受け入れたくない・・・というかなりたくない。非情過ぎるから。でも・・・その存在は認めるしかない・・・のかな?・・・わからない。
考えてもわからないなら、やってみるしか無い。あの人も自分の命を懸けて掴んだんだ。だったら、私も命懸けで。そうしないと、何時まで経っても掴めない!!)』


『他者を最優先に考える“ヒーロー”』と『自分を最優先に考える“ヒーロー”』。この2つに、どんな違いがあるのか?
それを、命懸けで確かめる決意を固めた焔火緋花が文字通り命懸けで掴んだ答えをこの男へ告げるために。

「ねぇ、界刺さん?」
「何だい?」
「私・・・“ヒーロー”になれましたよ?“『緋桜』のヒーロー”に!!ほんのちょっとの間ですけど!!」
「そう。なってみた感想は?」
「すごく嬉しかったです!!何よりそれが一番でした!!!」

嬉しかった。風紀委員を目指した切欠・・・困っている人達を守り、救える“ヒーロー”に少しの間だけでもなることができたのが本当に嬉しかった。

「それだけかい?」
「・・・すごく大変なんだってことも同時に感じています。ずっと“ヒーロー”のまま居たらブッ倒れたりズッコケたりしそうだなとも思いました。
必要な時に必要なことをする。当たり前のことなんでしょうけど、それを実行することがどれだけ難しいのかを知ることができました」
「ふむ」
「私の『他者を最優先に考える“ヒーロー”』像とあなたの『自分を最優先に考える“ヒーロー”』像に差異は殆ど無い。
でも、ほんの少しの差異が全体像を変えてしまうこともあるんだなって今の私なら理解できます。・・・“ヒーロー”って奥が深いですね」
「同意するよ。俺も今回の件で“ヒーロー”のことをまだまだ知れてなかったんだって痛感した。君とは違う感覚だろうけど、“ヒーロー”って重いなぁって感じる」

“閃光の英雄(ヒーロー)”と“『緋桜』のヒーロー”。『自分を最優先に考える“ヒーロー”』と『他者を最優先に考える“ヒーロー”』のやり取りが踊り場で繰り広げられる。
どちらも“ヒーロー”になった経験があるからこそ、他の人間(ヒーロー)より“ヒーロー”というモノについて思考を働かせた2人だからこそできる会話には確かな重みがある。

「・・・謝るよ、緋花」
「えっ・・・」
「君は“ヒーローごっこ”気取りの女の子じゃ無い。れっきとした“ヒーロー”になった女の子だ。
そこに潜む危うさにも君は考えを及ぼしている。これは俺の判断ミスだね。ごめんな、緋花」
「・・・・・・いえ。私が“ヒーローごっこ”をやっていたのは事実です。物凄く辛かったですけど、今ならあなたの言葉の意味も本当の意味で理解できます。
あなたが“ヒーロー”になりたく無いのも、あなたが自分を最優先に置く理由も。・・・でも、私はあなたとは違う道を行きますよ?
あなたに私の“ヒーロー”像を証明するためじゃ無い。“ヒーロー”を求める人達へ“ヒーロー”の尊さを伝えるために私は“ヒーロー”になります」
「・・・・・・んふっ。初めて会った時に比べたら、本当に様変わりしたねぇ。それまでの経緯は決して平坦なモノじゃ無かっただろうけど。
んふっ・・・わかった。焔火緋花。君の思う通りに頑張ってみるといい。君以上のじゃじゃ馬の手綱を君がしっかり握ってあげるんだ。いいね?」
「は、はい(じゃじゃ馬?・・・神谷先輩のことかなぁ?)」

予期せぬ界刺の謝罪と応援に焔火は面喰らいながら自分の培った想いを全て彼へ伝える。言い換えれば、自分はこの男にここまで言わせる程に成長したんだと実感する。
それが堪らなく嬉しかったこともあり、彼が言う『じゃじゃ馬』をよりにもよって成長目覚しい神谷のことを指していると勘違いしてしまう少女。
本当は少女の一番の親友がそれに当ることに全く気付いていない辺り、まだまだ修行不足と言った所か。

「じゃ、俺は行くよ。じゃあね」
「あっ・・・界刺さん!」
「うん?」
「1つだけ・・・最後に1つだけ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「あなたがあれ程嫌がっていた“ヒーロー”に・・・“閃光の英雄(ヒーロー)”にどうしてあの夜だけなったんですか?」

会話を打ち切り、満足気な表情を浮かべながら階段を下りようとする界刺へ焔火はずっと疑問に思っていたことを口にする。
自分なりの答えはある。でも、それが彼の考えと同じなのかが全く自信が無かった。だから聞く。そして・・・界刺得世は胡散臭い笑みを浮かべながらハッキリと答えた。

「んふっ。んなもん決まってるじゃん。人間だからだよ」






「『んふっ。んなもん決まってるじゃん。人間だからだよ』・・・でわかるか!!!ていうか絶対に理解させるつもり無いよね、あの人は!!
これも、あの人特有の嫌がらせなのかな!?あぁ、釈然としない~!!くそぅ、消化不良だ~!!!」

界刺が残した最後の言葉が全く答えになっていないことにムカッ腹が収まらない焔火は、ブツブツ呟きながら緑化庭園へ足を踏み入れる。
彼の言わんとしていることの断片くらいは予想できるが、そこまでしか教えてくれない“英雄”の意地悪さには今も昔も腹が立つ。

「・・・もしかして、あの人も照れ臭かったり?私も最近そんなことしたし・・・う~む」

仮に照れ臭いが故に言葉を濁したのであればまだ可愛げは残っている。というか、そう信じたい。あの人にもまだそういう素直さは残って欲しいものだ。

「・・・よ、よぅ」
「あっ・・・」

そんなことをつらつらと考えていたのが悪かったのだろう。何時の間にか、自分の足は“彼”・・・荒我拳が居る待ち合わせ場所まで辿り着いていた。
陽射し避けの屋根にベンチが備えられている休憩所でずっと立ちっぱなしだった少年の緊張濃い表情を見て、少女も心臓の鼓動が早くなる。

「・・・け、怪我の具合はどう?」
「あ、あぁ。速見先輩と勇路先輩と・・・麻鬼と峠のおかげで」
「麻鬼!?」
「あぁ。アイツ等が俺と速見先輩を空間移動で運んでくれたんだ」

少年の口から出た名前に瞠目する焔火へ荒我は当時の状況を改めて説明する。速見のおかげで命の危機から脱出することは叶った自分は、地面との衝突で気絶しまっていた。
あの爆発の大半を速見が肩代わりしてくれており、彼も身動きが取れない状況で必死に椎倉へ網枷の情報を後方支援部隊へ送っていたのだが、
血の流し過ぎたのか彼もまた意識を失った。そこへ麻鬼と峠が現れ、“仲間”である荒我と事のついでとして速見を『暗室移動』にて、西部及び南部侵攻部隊付近へ移動させた。
そして、2人を発見した―発見しやすいように細工した―警備員によって勇路の下へ運ばれ治療が行われたというわけだ。
ちなみに舎弟である梯と武佐は自首した中円と共に戦場を無事離脱していた。

「そ、そうなんだ」
「治療費も出してくれるらしいから金の心配も無いぜ?利壱と紫郎の心配顔が今でも忘れられないぜ」
「・・・だろうね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

沈黙が流れる。周囲からうるさく鳴り響く蝉の声が鼓膜を叩くだけ。呼び出した少年も呼び出された少女も中々口を開かない。
口の中が酷く渇く。これは、決してこのうだるような暑さのせいだけでは無い。とは言え、このまま何時までも無言を貫くことはできなかった。少なくとも、呼び出した当人は。

「なぁ、緋花?お前・・・前に言ったよな?『私は・・・私が成長した姿を見た貴方の言葉が欲しいの。必ず私は成長してみせる。結果を出してみせる。
その後に・・・私は貴方に返事を貰いに行く。だから・・・もう少しだけ待ってて!!』って」
「う、うん」
「でもよ、やっぱりそりゃ漢が廃ると俺は思っちまう」
「・・・?」
「・・・なんてな。こりゃ後付けも後付けだ。俺はお前が『ブラックウィザード』に攫われたって聞いて動転した。利壱や紫郎のおかげで何とか落ち着いて・・・
花多狩姐さんやあの“変人”の力を借りることで『ブラックウィザード』へ・・・網枷に殴り込みを掛けた。緋花に手を出した落とし前だけじゃ無くて、
俺個人的な落とし前も乗っけて野郎と戦った。だけど、お前の・・・えぇと・・・『元』先輩を引き摺って来ることができなかった。・・・悪かったな、緋花」
「拳・・・」
「引き換え、お前は姉貴をその手で助け出した。結果を出してみせた。成長を俺に見せ付けた。情け無ぇよ、俺は。結局何の落とし前も着けることができなかった。
あの野郎は勝手に自己満足して逝きやがった。アイツは、最後まで自分の間違いを認めなかった。俺が・・・俺が認めさせられなかった・・・!!!」

自分が意識を失う前に見て聞いた網枷の曇り無き『笑顔』と笑い声が、どうしても荒我の頭から離れない。
しかも、最後の最後に『爆発物(起動のため)の光学偽装』を行ったことから奴は完全な卑怯者になることを望んだのだ。
それが“弧皇”への忠義を表したモノだったのか、それとも唯自分の意地を示したかったのか荒我には判別できない。
わかるのは自分が落とし前を着けられず、網枷双真を引き摺ることができなかったために彼が間違った想いを抱えたまま死んでいったこと。

「・・・!!!」
「へっ・・・こんな俺がお前に相応しい漢とはとても思えねぇ。だからさ・・・あの申し出を俺は受けられ・・・(ガシッ!!)・・・ッッ!!!」

荒我拳はずっと後悔していた。勇んで殴り込みを掛けて結果はこの体たらく。こんな人間が、きちんと結果を出した少女に相応しいとは思えない。
少年が少女をここへ呼び出した理由・・・それは『少女の申し出を無かったことにすることを提案する』であった。そんな少年の言葉を・・・少女は彼を抱き締めることで押し留める。

「・・・・・・」
「緋花・・・!!!」
「拳は知らない。私がお姉ちゃんを助けられた時に思い浮かべた言葉を。・・・知りたい?」
「な、何だ?」
「ス~ハ~・・・“為せば成る”!!!」
「!!!」


『“為せば成る”。俺は、この諺が大好きだ。結局、諦めたらそこでシメーなんだよな。だから、俺は諦めない。
もし、俺が諦めようとしても俺の体が勝手に動いてくれる。この掌で何かを掴めって・・・この拳で何かをぶっ壊せって・・・ずっと俺に伝えて来やがる』


少女が伝えた言葉・・・それは、かつてあのプールにて荒我自身が焔火へ伝えた諺。どんなことも、己が強靭な意志でもって必ずやり遂げる決意の強さを示したモノ。

「私は、この言葉でお姉ちゃんを救えた。結果を出せた。“ヒーロー”に・・・なることができた。貴方の言葉で私は今ここに居る」
「・・・!!!」
「ねぇ、拳?あのプールで私が言った諺を覚えてる?」
「え、えぇと・・・“握れば拳。開けば掌”だっけ?」
「そう・・・(ニギュッ!)・・・」

焔火は、荒我の固く握り締まった拳へ手を添える。緊張で固まっている指を1本1本解いていき・・・完全に開いた状態にした後に手を絡める。
指と指を絡めるその握り方は・・・俗に『恋人繋ぎ』というヤツである。

「緋花・・・!!」
「物事は状況や当人の気持ち次第で色々変化する。確かに、拳は今回失敗しちゃったのかもしれない。気分が滅入るのも仕方無いのかもしれない。
でもね、私が惚れた荒我拳って漢はどんな逆境や苦境でも拳1つで乗り越えていく猛々しい漢よ!!!
貴方にはまだまだ色んな可能性がある!!“為せば成る”って言葉を体現した貴方を私は好きになった!!ねぇ、拳!?貴方は私に後悔させちゃうの!!?
『荒我拳という漢に焔火緋花が惚れた』ことが間違いだったって可能性を私の未来に持って来るつもりなの!!?」

荒我の気持ちは痛い程にわかる。自分も同じような気持ちを抱いた。でも、それだけに拘り過ぎて掴めるモノを掴めなくなる未来を到来させるのは絶対に間違っている。
“為せば成る”。“握れば拳。開けば掌”。いずれも、到来する可能性を己が手で掴み取る決意の強さを示唆する言葉。人間が作り上げた、人間のための言葉。

「・・・!!!」
「あぁ、もう!!ウジウジすんな!!拳が抱え切れないなら私も抱えてあげる!!貴方が背負い切れないなら私も背負ってあげる!!
私が惚れた人間は世界中で唯1人しか居ない!!!ここまで来たら、貴方も漢を見せろ!!!私に相応しいかどうかは私が決める!!!いい!!?」
「(・・・・・・あぁ。本当にみっともねぇな、俺。何を勘違いしてたんだ、荒我拳。相応しい云々は緋花が決めることじゃねぇか。
結局俺もあの野郎のように自己満足に浸りたかっただけってことか。後悔を建前に。・・・情けねぇ!!!)」

少女の怒涛の物言いに、少年は己の間違いを悟る。落とし前を着けられなかったことを建前に、少女の申し出を拒否するのは“間違いである”。
自分が為すべきこと。自分が成したいこと。そんなことはとっくの昔にわかっていた筈なのに。

「ねぇ、聞いてるの!?拳・・・ちゃんと私の目を・・・!!!」
「緋花!!!」
「うおっ!!?」

少年は恋人繋ぎを自ら解き、無骨な両手で少女の肩を掴む。絶対に離したく無い。自分の掌で彼女を包んであげたい。あんな思いは・・・もう二度とごめんだ。

「・・・・・・悪かった。ホント、緋花は成長したんだな」
「・・・ま、まぁね」
「だったら・・・俺もお前に漢を見せ付けてやらねぇとな。この荒我拳様の全力全開の漢っぷりを!!」
「拳・・・!!!」
「ス~ハ~。・・・いいか?」
「・・・うん」

互いに紅潮する己の顔を自覚する。鼓動の早さが最高潮に達する。荒我拳と焔火緋花。いつかの屋台で偶然出会った2人は、
数ヶ月を経た今1人の男と女として新たなる決意を示す言葉を紡ぐ。一生忘れることのない言の葉を、一言一句聞き漏らさないよう全神経を『今』に集中する。そして・・・遂に・・・










「俺はお前が好きだ!!!緋花!!!俺の・・・俺のオンナになってくれ!!!」
「・・・・・・はい!!」









旧い時代(エピソード)が幕を閉じ、あるいは過去からの使者となることで、その幕を開いた新たな時代(ゲートウェイ)が齎した夏の一幕は、
漢足る少年の告白を受け止めた少女の満面の笑顔と2人の『誓い』にて一先ずの幕を下ろした。“希望”と“絶望”が、『光』と『闇』が交錯した少年少女の熱き戦いは、
それぞれの胸へ苛烈な傷跡(へんかく)を刻むこととなった。しかし、誰も彼もが予測できない喧騒激しき未来はまだまだ続いていく。
世界に生きる少年少女達よ。己が信念を世界に示し続けよ。さすれば・・・世界は変わる。世界の一部足る存在・・・人間が瞳に映す世界は・・・・・・きっと。

end!!

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最終更新:2013年08月30日 22:50