時刻は午後9時15分。周囲からはガスマスクを被っている風に見せている界刺は、集合場所まですぐの場所をテクテク歩いていた。

「(夕方まで寝たけど・・・やっぱり疲れが残ってるな。こうなったら、集合場所でもう一眠りでもするか)」

イマイチ目が冴えない界刺がそう考えていた時に、髪の長い人間が座り込んでいたのが目に入った。
後姿なので男か女かはわからないが、手に白杖を持っているのはわかった。

「(白杖ってことは、もしかして盲目の人か?あんな所に座り込んで・・・どうしたのかね)」

界刺は光を操作することにより視力を上げて座り込んでいる人間を遠目から観察した。
その人間は顔を伏せている。右手を顔に持ってきているので、顔立ちは以前不明のままだ。

「(・・・体が震えたりみたいに何か異常があるってわけでもないみたいだが。貧血とかか?)」

適当に予測を立てて近付いて行く界刺。そして、座り込んでいる人間のすぐ後ろに到着した。

「あのぉ、大丈夫ですか?もしかして貧血とかっすか?」

座り込む人間に声を掛ける界刺。それは、単なる好意から取った行動。然程警戒もせず、近付くという行動を取った界刺の・・・悪手。

「いえ、大丈夫ですよ」

その声は男のもの。その声を発した唇はわずかに笑みの形を作っていた。

「ご心配無く・・・『シンボル』の変人さん?」

その声、その言葉を界刺が理解する前に、男は持っていた白杖を界刺の鳩尾にぶち込む。

「グハッ!!!」

予想だにしていなかった一撃を回避できるわけも無く、まともに喰らってしまった界刺はその場にうずくまる。

「羽香奈から新入りが入ったって聞いたから、珍しく早目に来て観察しようと思ってたのによぉ。その新入りが、まさかあの変人だったとはな」
「(コ、コイツ。俺の『光学装飾』が効いていない?いや、そりゃ盲目なんだから当たり前だが・・・。ってことは精神系か透視系の能力者か!?)」

腹の痛みに苦しみながらも界刺は思考を回転させる。常人には『光学装飾』を見破られないが、中には例外も存在する。
今回のケースではおそらく盲目であろう男に見破られたということは、界刺と同じ光学系能力者では無いと考えられる。
ならば、他にどのような可能性が考えられるのか。界刺は咄嗟に2つの可能性を思い浮かべていた。
1つは精神系能力者。もう1つは透視系能力者。両者共、眼球に頼らない情報を手に入れることができる能力である。

「それにしても、その趣味の悪い服はどういうわけだ。俺が少なからず関わってきた芸術の観点から見ても常軌を逸しているとしか思えない代物だ。
何で縞々模様の長袖シャツに体操パンツ、加えて草履なんだ?お前の美的センスを疑うよ。ってことで、これは芸術への冒涜に対する制裁だ。黙って受け入れろ」
「グハッ!!ゴホッ!!」

うずくまる界刺に容赦無く叩き込まれる白杖の連撃。みぞおちのダメージからまともに動くことのできない界刺は耐えることしかできなかった。

「(コイツ・・・何でガスマスクのことを言わない?こんな夜の最中にガスマスクを被っているように見せていることに対する不審の言葉が何で出て来ない?
少なくとも芸術云々に詳しいのなら・・・精神系能力者ならそこに言及してもおかしくはない筈。・・・コイツの能力って)」

耐えながらも頭を働かす界刺。そして、ようやく制裁が終わる。

「グホッ!!ゲホッ!!」
「これくらいで勘弁してやろう。何せ、これから穏健派との会合だ。余り奴等の気を荒立てたくはないしな」

多大なダメージに倒れながら咳き込む界刺に、制裁を加えた男が近付いて行く。

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は雅艶聡迩。過激派に分類されている救済委員だ」
「・・・ゴホッ!」
「今回は新入りに対する腕試しも兼ねていたんだが・・・全く期待外れだったな。こんなもんなのか?『シンボル』ってのは」
「・・・」
「そんなトコにいる奴が何で救済委員にいる?お前の目的は何だ?事と次第によっては、俺はお前に更なる制裁を加えなければならないぞ?」

完全に正体がバレている。そう判断した界刺は、未だ咳き込む口を開く。

「ゴホッ!別に大した用じゃねぇよ。ただ、世間の荒波にさらされていないお子ちゃまのお守りをしてるだけさ。仕方無くだけど」
「お子ちゃま?お守り?・・・もう1人の新入りって奴にか?お前のような奴が?信じられないな」
「こっちにも色々事情があってね。今はまだお守りをやめるわけにはいかないんだ。アンタ等に危害を加えるつもりは今の所は無いさ。その点に関しては断言しとくよ」
「・・・ほう。その新入り・・・安田と言ったか、そいつは一体何者だ?」
「そんなことは本人に聞けばいいじゃない?この先にその当人がいるんだし。わざわざ俺に聞くような手間を掛けるくらいなら、直接聞いてみれば?」

雅艶は眼前に倒れ込んでいる男に僅かではあるが称賛の声を心の中で挙げる。
ここまでボコボコにされておきながら、まだこれだけの減らず口を叩く余裕があるとはさすがの雅艶も予想していなかった。

「それもそうだな。では、本人に直接会って確かめるとしよう。お前もさっさと立て。もうちょっとで会合も開かれる。遅刻は厳禁だ」
「・・・ボコボコにしといてよく言うぜ」
「お前の自業自得だ」

ボコボコにされて歩くのにも支障を来たす界刺と、そんな界刺を無視して平然と歩く雅艶。両者は会合が開かれる集合場所にできる限り急いだのであった。






「~であった。お終い。わかったかい、お嬢さん?」
「・・・はい。よくわかりました」

説明に掛かった時間は10分弱。界刺の掻い摘むと言った割りには詳しい説明を聞き、春咲は理解と心配の声を挙げる。

「体の方は大丈夫なんですか?」
「ボコボコにされたからね。体中が痛いけど、“そう見えないよう”にしているよ」
「・・・そう、ですか」

つまり、界刺の体は今も傷だらけなのだ。その事実に気を重くする春咲。その空気を察するかのように、いや、全く気にしないかのように界刺は言葉を続ける。

「んにしても、お子ちゃまのお守りがこんなことになるなんてな。この涙が出そうな俺の努力に何かご褒美の1つくらい出ても罰は当たらないだろうなあ」
「だ、誰がお子ちゃまですか!そういえば、さっきの説明にお守りとか何とか言ってましたね。どういうことですか!?」
「どういうこともそういうことさ」
「意味がわかりません!」
「わからないんだったら、別にいいけどさ。・・・あ、そうだ。雅艶!」
「何だ?余り気安く呼ばないで欲しいんだが。俺はお前を信用したわけじゃあ無い」
「そういえば、さっきこのお嬢さんの裸身を見たって言っていたけど、ホントなの?」
「ブハッ!!!」
「安田のか?それは本当だが」
「3サイズとかもわかってるんだよな?」
「もちろん!でなければヌード絵は描けんからな」
「よーし!!ご褒美代わりとして、お嬢さんの3サイズを教えてくれ。それかヌード絵をくれ。芸術には自信があるんだろう?」
「・・・本当に口の減らない奴だ。フッ、いいだろう。お前には俺の芸術の真髄を見せ付けてやろう!!」
「な、何勝手に決めているんですかー!!誰が3サイズを教えたりヌード絵を描いたりしていいって言ったんですかー!!」

勝手に話を進めていく界刺と雅艶に赤面しながら(ガスマスクで見えないが)2人に抗議する春咲。とそこに・・・

「あ~、酷い目に合った・・・」
「姐さんは怒らすと恐いってね・・・」
「逆鱗に触れるべからず・・・古の偉人が残した言葉の通りであったな・・・」
「何故俺がこんな目に合わなければならないのだ!?同じ女性であるあの娘にもう一度会えばわかるのだろうか・・・」
「あなたには一生わからないでしょうね、この変態妄想人間」
「あ、帰って来た」

ようやく帰って来た農条達。男4人は全員至る所がボロボロになっており、花多狩の怒りの凄まじさがよく理解できる程であった。

「花多狩・・・暴れるのはいいが、もうすぐ会合だというのを忘れちゃあいないだろうな」
「雅艶・・・あなたに言われなくてもわかってるわよ。ちゃんと時間前には戻ってきたでしょう?それより、峠達はまだ来ないの?」
「相も変わらず遅い連中ってね」

花多狩と農条が未だ現れない過激派の面々に苛立ちを募らせる。

「・・・!噂をすれば。ようやく到着したようだ」
「本当?」
「ああ、もう来るぞ」

雅艶の言葉に反応する花多狩。雅艶は指をある方向に向ける。その先から色んな声が聞こえて来た。

羽香奈琉魅が―「もう、上下ちゃんがチンタラしているから遅くなったんだよ。花多狩姐さんにドヤされるのはあたしなんだからね」
峠上下が―「琉魅・・・あなたは私の味方なの?それとも菊の味方なの?」
七刀列衣が―「その辺にしときなよ、峠さん。羽香奈さんの身にもなってみるべきですよ」
荒我拳が―「あの姐さん、俺苦手なんだよなあ。いっつもガミガミうるさくて」
斬山千寿が―「俺もだ。ああいう“お姉さんキャラ”は鬱陶しくてかなわねぇ・・・」
刈野紅憐が―「あれ~、それって誰のことを言っているのかなあ・・・荒我君?斬山君?」
金属操作が―「別に遅れてもいいんじゃね?どうせ鴉の奴がわけわからないことではしゃいで進まないだろうし」
麻鬼天牙が―「同感だな。俺もあの男達の甘ったるい考えには反吐が出る」

年齢も性別も服装もてんでバラバラな集団が近付いて来る。共通しているのは・・・救済委員であるということだけ。

「あの人達が過激派の・・・」
「それだけじゃ無いよ。あの中には穏健派も何人かは混じっているってね」
「(あの不良・・・救済委員だったのか)」

春咲の疑問に農条が答えている内に、界刺は同じ成瀬台に通う学生―荒我―を目に留めていた。

「そもそもぉ、穏健派の連中なんて一部を除けばどいつもこいつも群れているだけの雑兵じゃない?あんな雑兵集団と会合を持つ意味ってあるのかしら?」

そんな中、聞こえて来た女の声。その声を聞いた瞬間、春咲は心臓が止まるかと思う程の衝撃を受けた。

「そういえば、雅艶が新入りを観察したいって言ってたけど、本当にそんな価値があるのかしら?その新入り連中は?」

その声は過激派・穏健派が混じる集団の最後尾を歩く女から発せられていた。

「私の妹みたく、無意味にどこにでも生えている雑草みたいに鬱陶しいだけの出来損ないで無ければいいんだけどねぇ」

その女を一目見た時に視線が必ず行くであろうその右腕はゴム製のバンドで覆われていた。

「あの女。好き勝手に言いやがって・・・!!」
「・・・農条先輩。あの女性は一体・・・?」

苛立ちを隠さない農条に質問する界刺。すぐ傍では春咲が茫然自失となっていた。

「あいつは・・・俺が一番気に入らない奴ってね。名前は・・・春咲躯園

その名前に思わず驚愕する界刺。それもその筈、春咲躯園という女の名前は昼間に一厘から聞いたばかりの名前だったからだ。

「ど、どうして・・・こんな所に・・・?」

春咲のか細き声は誰の耳にも届かない。流れる風と共に消えていく小さな言の葉。春咲躯園という名前はすなわち・・・


「躯園お姉ちゃん・・・?」

春咲桜の姉であり、春咲家で春咲桜が家族内で孤立する原因の1つであり、春咲桜が追い詰められた元凶の1人であることを示す存在であった。

continue!!

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最終更新:2012年05月10日 21:09