【D-3 △△港】

「カエセ」


 グシャリ。


「カエセ、カエセ」


 グシャリ。グシャリ。


「カエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセカエセ」


グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。グシャリ。


 蠢く黒い塊。
 アスファルトで舗装された港湾部の道を溶解しながら侵攻する群れ。
 夜の闇の中、無数の赫や蒼色の目だけが光っている。そこへ────


「五月蝿い」


 飛び込む怪人、元山惣師。
 右手に持った剣で一閃すると紙屑のように深海棲艦達が裂かれる。
 剣自体の切れ味自体は悪くない方だが、ここで注目すべきは切っている元山惣師の膂力だろう。物を切断する技能自体は皆無に等しい故に、刃物の切れ味を無視した破壊力を発揮している彼が見かけ倒しではないことを証明している。
 とはいえそれでも数の差は性能を無視して圧倒的であり集中砲火を浴びれば死あるのみ。


「──────!!」


 数十を超える砲と機銃掃射が元山を襲う!


「主を守れ!」


 だが、その砲撃を彼のサーヴァント『シャッフリン』のクローバーのエースが全て弾き落とす。
 否、エースだけではない。クローバーの模様の少女が何体か実体化し、野球のバッターのように棍棒で打ち返しているのだ。
 無論、何発も打ち返せば棍棒は次々とボロボロになるが関係ないとばかりにクローバー達は深海棲艦へと突貫する。

 グシャリ。棍棒が振るわれる度に深海棲艦が潰れたトマトのような有り様になる。
 恐るべき速度で敵の数が減っていくが、やはり物量差が圧倒的であり、元山達に反撃するものは僅かで大半が彼等を無視して侵攻し続けている。
 アレクサンドルと違い、白兵戦でしか能がないシャッフリンでは─── それが目的ではないが ───足止めすらままならない。
 深海棲艦達は行き掛けの駄賃とばかりに砲を放っては無視して進んでいく。




「ほぅ、群体のサーヴァントか」


 望遠鏡で元山とそのサーヴァントの戦いを観戦しながらアドラーはファーストフードを口に運ぶ。
 漁夫の利を狙っていたアドラーは戦いの気配を察し、U-511を港へと差し向けていた。以前、この近辺で深海棲艦に物資を奪われたという忌々しい記憶が蘇る。


「魚雷、撃ちますか?」


 U-511がトランシーバーでマスターに問いかける。
 U-511の問いに落胆と侮蔑をこめてアドラーは答えた。


「貴様はマヌケか? ここで奴を撃てば自分達を狙っている者がいることが丸わかりだろうが。
 それに同じ事を考えているマスターがここにいればそいつらは姿を隠す。そんなこともわからんのか貴様」
「すいません……」
「あの黒いのに殺られればよし。あの数に抗えず逃げようならば、その時討てばよし。万に一つでも生き残ればその時に討てばよい。
 無論、同じことを考えている輩がいるかもしれんがな」


 その時はあの怪人共を倒したそいつらを討てばよい。できずともこちらにデメリットは無い。
 夜間におけるU-511の隠密能力は格段に上昇するため攻撃を仕掛けても被害を被る可能性は極めて低い。

 しかし、問題が一つある。
 大気汚染によって近寄れないアドラーは遠距離で指示を出すしかない以上、観測場所と方法が限られる。
 裏を返せば他のマスターも同じことを考えるだろう。サーヴァントが近くにいない今、他のサーヴァントとの遭遇は死を意味する。
 故に一番見張らしのいい場所を使えないため視界が限られている。
 加えて念話の使えないアドラーは通信手段も無線機に限られてしまう。市場で手に入れた最新の無線ではあるが、ヘドラの宝具のよって雑音や騒音が紛れ込み、加えて無線機自体の耐久力も心許ない。

 工業排水特有の悪臭が鼻腔を突き、夜風がアドラーの皮膚を撫でる。
 仕掛け時を見極めなければなるまい。最悪の場合、U-511の自己判断で動かさねばならないが、あの知能では期待できまい。
 どこぞの反逆する電光戦車に比べれば兵器としては正しい。だが、兵士としては使えん。
 せめてあの怪人(バカ)に釣られる阿呆がいてくれればと思ったその時、その阿呆が現れた。




「勝利すべき(カリ)────」


 セイバーリリィは剣を振るう。
 ただし、その剣先は元山でもシャッフリンでも深海棲艦の群でもなく────その直上。


「────黄金の剣(バーン)!!」


 およそ四割ほどの出力で放たれた聖剣の光はそこにいた〝白い少女〟に命中した。
 狙った理由は直感。
 暴れる怪人より、数多いるアサシンより、群を成す深海棲艦より、聖剣を振るうべき相手はあの少女だと理解した。

 空中にいた『ソレ』に回避する術など無く、選定の剣から放たれた光が直撃し、爆発、周囲にも破壊光の残滓が降り注ぐ。
 残滓といえど高密度の魔力である。光滓に触れた倉庫の天井や壁に爆炎の華が咲き、著しい破壊を受けた倉庫が自重に耐えきれなくなって倒壊する。
 そして直上であった故に元山達へ降り注ぐ光は少なく、シャッフリン達がマスターを守ることに成功した。


「何だコレは?」
「マスター。新手のサーヴァントです。ご注意を!」


 破壊痕だけみれば余人には何機もの戦闘ヘリが機銃掃射したとか、あるいは爆撃されたとか、手榴弾を数百個投げ込んだのだと思うだろう。
 撃ちだされた光の一撃は激しい破壊の爪痕を残していた。


「えっ」


 だというのに。直撃し、無数の爆熱に晒されたはずの『ソレ』は原形を保っていた。
 いや、それどころか両手に装着している黒金のガントレットがひび割れて火が噴いているところ以外、特に傷らしきものがない。
 その瞳に憎悪の炎を滾らせて、己を光で焼いたリリィを補足する。
 『ソレ』は跳ねてリリィへと襲いかかってきた。




 黙示録の赤い騎士。
 あらゆる人間にあらゆる戦争を引き起こす神の使い。
 戦禍の産み手、戦の扇動者。『ソレ』はつまり戦を引き起こさせる象徴である。
 故に、彼女こそが赤騎士(レッドライダー)。未来永劫に蓄え続ける一つの要塞。戦争の使徒に他ならない。


 古代より戦とは偶然や一人の英雄によって左右されるものではない。無論、例外があるが大抵は兵略や戦力、そして物量がものをいう。
 故に平時における軍の在り方として四世紀のローマの軍事学者ウェゲリウスはこう格言を遺している。


『汝平和を欲するならば戦に備えよ(レッドライダー・スラッジ)』


 爆発的に高まる魔力濃度と共に赤騎士────戦をするための戦備の象徴たるライダー『集積地棲鬼』は己の宝具を晒した。




 地面スレスレを弾丸の如く飛来する巨大な力。大いなる鋼鉄にして要塞の具現たる赤騎士は宝具の名を口にする。


「ばっ」


 リリィは馬鹿なと言おうとするも二の句が継げない。それもそのはず、ヘドラの末端がなぜ宝具を使えるのだ。
 宝具とはその英霊の象徴である。固有の武器や逸話などがそれに該当する。だが、彼女が晒した宝具の真名は固有武器でも逸話でもない、〝ただの格言〟だ。言葉を遺した本人ならばともかく怪物の、それも末端の一つがそれを宝具にするなどあり得ない。
 しかし、現実はリリィの困惑を無視して続く。
 先ほどまで深海棲艦の群れが作っていたヘドロが鋼材に、弾薬に、燃料に代わる。
 その間にもリリィへと向けられる大振りの一発。鉄槌を思わせる鉄拳がリリィの胸元めがけて振るわれた。


「───────」


 避ける。避けなければ死ぬと直感が告げている。
 身をねじって躱す。
 しかし、拳によって作り出された風圧が小柄なリリィの体幹を揺さぶり、体制を崩させる。


「あ」


 まずいなどと口にする前に避けたはずの拳が裏拳となってリリィに襲い掛かった。
 石柱を高速で叩き込まれたと錯覚するほどの衝撃が胴体に駆け抜け、肺から息が抜ける。
 リリィの矮躯が吹っ飛び、船に載せる予定のコンテナ群へ突っ込んだ。リリィがぶつかった衝撃でコンテナがボーリングのピンのように吹っ飛ぶ。
 しかし、これでもマシな方だろう。距離が近いこともあって威力は低かった、はずだ。もう少し離れていれば胴が胸部装甲のプレートごと潰されていたに違いない。


「ッ!」


 続いて振るわれた拳を転がることで回避する。敵の拳はコンテナを凹ませるどころか貫通していた。
 先ほど鉄槌と表現したが、これではもはや破城槌だ。間違いなく敵は膂力、耐久力が共にサーヴァントの域にある。

 加えて、目を背けたくなるようなバッドニュースがもう一つ。
 赤騎士は存在するだけで周りを溶解させる。作り出されたヘドロの一部が弾薬や燃料、鋼材に変化してライダーのガントレットへと吸収されていく。
 呼応して上がり続けるライダーの魔力濃度。目の前で膨れ上がる圧が意味するところは一つ。


「自給自足……物資を補給して強くなっている」


 赤騎士が跳んだ。今度は地面スレスレではなく高さ7メートルほど。
 そこから一気にリリィに向かって落ちてくる。
 爆発的に膨張した機械的な黒いガントレットがリリィへと降り下ろされた。
 リリィは左へ跳んで躱すも……その怪腕の風圧と生み出された衝撃波で吹き飛ばされる。


「くぅ」


 何とか受け身を取り、敵へと目を向けたリリィの前に壮絶な光景が広がっていた。
 まるで隕石が落下した如く、巨大なクレーターが出来上がっていた。
 破壊によって巻き上げられた土砂や瓦礫がようやくパラパラと降ってくる。
 あれが当たっていたらと戦慄した時、ドサッという音と共に少女らしきものが落ちてきた。

 アサシンのサーヴァント『U-511』である。




 U-511(わたし)は驚愕する。
 敵は空母ヲ級と聞いていたのに、なんで彼女が出てくるの。

 集積地棲鬼は深海棲艦の中でも特殊なカテゴリに分類される存在だ。
 それは陸上要塞。陸地に適応した深海棲艦であり陸上での機動性を損なわない。


(それに現れたもう一騎の英霊。たぶん真名はアーサー王かな。)


 宝具の真名を直接聞いたわけでは姿・形を確認したわけでもない。
 だが、英霊の座に召された者であの剣の輝きがわからぬ者などいない。


『アサシン。現れた二騎を確認しろ。特に光を放った方だ』
『Jawohl』


 潜行し光源のところへ直行する。
 夜間に気配遮断の特性が強化されるのはユーの特権だ。だから見つからないし、サーヴァントの位置はだいたいわかるから遅れはとりません。
 そう思っていたから────次の瞬間。全身が砕かれるような衝撃と共に自身が宙へと舞い上がった時は何もかもが分からなかった。
 神経すらも麻痺して壁にぶつかったと思えばそれは地面であり、方向感覚すら狂っている。

 ようやく血反吐を吐き出し、混濁する意識の中で何とか周りを見渡すと自分はどうやら穴の中にいることがわかった。
 穴の表面は次々と溶解し汚泥となってクレーター中央の集積地棲鬼へ流れこんでいく。さながら蟻地獄のようにU-511の体もまた集積地棲鬼に向かって流れていった。このままではまずい。早く潜らなければ。しかし。


(から……だ、動かな……。早…………く。潜ら、ないと……!)


 頭ではそう思っても体は動かせず、U-511は右腕と顔以外動かせずに集積地棲鬼の足元に流れついてしまった。
 ただの一撃でアサシンは大破、行動不能になっていたのである。
 即死を免れたのはセイバーの付近にいなかったため。
 瀕死に陥ったのはセイバーに接近していたため。
 集積地棲鬼は手でU-511を押さえつけ、そのままヘドロに沈めていく。マスターへの連絡をしようも無線機は既に壊れている。
 U-511に術はなかった。せめてもの抵抗と手を伸ばして集積地棲鬼のガントレットを掴むも、筋力で圧倒的に劣る彼女にどうにかできるはずもない。
 ましてやこうしている間もヘドロから力を供給されている彼女に筋力で勝つことなど不可能だった。
 U-511は髪の毛一本残さず、ヘドロの中へと消えていった。

【U-511 轟沈】




 黙示録にある七つの封印が子羊に解かれる。

 第一の封印が解かれると白い馬が出てきた

 第二の封印が解かれると赤い馬が出てきた

 第三の封印が解かれると黒い馬が出てきた

 第四の封印が解かれると青白い馬が出てきた。

 そして第五の封印が解かれると────




 ────これは走馬燈なのでしょうか?


 U-511の意識は肉体と共に汚泥に沈んだはずだった。
 なのに今は意識ははっきりとしていて、闇の世界にいる。
 サーヴァントの構造上、死後の世界はない。死亡すれば座に戻るだけだ。
 ならば今の状態は一体なんなのだろう。

 場所は不明。マスターとの繋がりは感じない。
 天地前後もわからず、反響音も聞こえないため沈んでいるのか浮いているのかすら不明。
 手足を動かしてとにかく進んでみようとしたときだった。
 静謐だった世界が一斉に大絶叫に包まれた。


 シズメ! シズメ! シズメ! シズメ! シズメ! シズメ! シズメ! シズメ!
 カエセ! カエセ! カエセ! カエセ! カエセ! カエセ! カエセ! カエセ!
 コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ!


 鼓膜が破れそうなくらい、何千、何万、もしかしたら何億もの人の声が聞こえる。
 耳を塞ごうが意味はない。彼らはすべて怨恨、憎悪、憤怒、あるいは悲壮、悔恨、嫉妬、絶望を謳っている。


「え……?」


 闇が晴れればそこにあるのは無数の残骸。無数の艦隊。
 U-511はその軍団の一角を構成している者達に気付いた。気付いてしまった。
 叫んでいるのは知っている者達だった。深海棲艦だけならばある程度予想がついたが、ここにいるのはそれだけではない。■■も大勢いた。



 ────彼女たちは皆、ユーと同じ顔をしてました。
 ────彼女たちは皆、ユーと同じ声をしてました。
 ────彼女たちは皆、ユーと同じ服を着てました。



 形を似せただけの作り物ではない。彼女らもまた戦後沈み続ける廃棄物。公害の一つとしてヘドラに組み込まれているのだ。
 あるものは重油を貯蔵している故に。
 あるものは水銀を貯蔵していた故に。
 あるものは深い海底に沈んだ故に。
 あるものはバラバラになって回収が困難である故に。
 サルベージされることなく昏い海の底、運命を共にしたクルー達と眠っていた者達だ。 すなわちドイツ海軍が保有していた私と同じ姉妹(ユーボート)たち。

 皆が叫んでいます。なぜお前のようなゴミがいるのかと。
 我々は祖国のために沈んだのに。祖国のために戦ったのに。何故お前は存在しているのだと。
 その絶叫がユーの心魂をドロリと汚染する。
 その通りだ。U-511がドイツ時代に出た哨戒任務を除けば戦果ゼロ。
 ここにいる『日本に送られたU-511』に兵器としての価値ない。



 ドイツの潜水艦、Uボートシリーズは第一次世界大戦において雷名を打ち立て、潜水艦の代名詞ともなった。
 しかし、その名が知れ渡ったことにより第二次世界大戦では対策を取られその轟沈率は非常に高まることになる。
 そんな中、ドイツ第三帝国は商戦やタンカーを沈める通商破壊作戦の一翼を同盟国の日本に求め、そのための技術派遣として送られたのがU-511だった。
 しかし────当時の日本の技術ではUボートの複製は不可能であり、U-511はその務めを果すことなく終える。
 後に連合艦隊の潜水艦「呂500」として編成されるも戦果はなく、故にその価値は無となった。


 彼女らは叫ぶ────その存在理由を全うしろ。
 彼女らは憎む────あらゆる者を殺し尽くせ。
 彼女らは呪う────お前もそうであるべきだ。
 彼女らは願う────あの戦場へとカエリタイ。


 既に声だけではなく軟体生物の触手めいたものがユーに絡みつき、逃れることなどできなくなっていた。
 いいや、ユーもまた彼等を拒むことはできない。なぜならU-511は彼女等を受け入れていたからだ。
 務めを果たした彼女らには沈めという資格はあるのだろう。殺せと呪う資格もあるのだろう。たとえ敗者の逆恨みだとしても、それは当然の主張だ。

 だってユーは……何もしなかったんだから。命令で待って、待って、待って、待って。そうしている間に『あの戦い』は終わってしまった。
 そうだ、ユーが聖杯にかける願いは──────。



 毒素と呪詛によって霊基が冒され、身体も意識もドロドロに溶けて混ざり合う。
 無数の資材が流れ込む。
 無尽の魔力が注がれる。
 無限の汚泥が雪崩れ込む。



 黒化反転。属性歪曲。霊基再臨────覚醒せよ、思い出せ。
 お前が成るべきは日本の艦ではない。






 ────はい。ユーもそう思いますって。





 赤騎士ーとセイバーの戦いは後にアサシンの乱入により一層の混沌を極める。
 いつの間にか数人から数十人に増えたアサシンはその手数をもって赤騎士『集積地棲鬼』に襲いかかる。

 アサシンの意匠にあるマークはアルカナ、現代風にいえばトランプというものだろう。
 いくつかのマークが役割を、描かれている文字が強さを示していることは見ていたセイバーにも分かったが、それだけだ。真名も何もわからない。
 ダイアマークのアサシンが破壊された倉庫から何かを取り出して火炎放射器を作り出しセイバーもろとも赤騎士を炙り、それを避ければ棍棒と槍を持ったアサシンが襲いかかる。しかし、セイバーの魔力放出によって炎がアサシン達ごと薙ぎ払われ、赤騎士の鉄拳をハートマークのアサシンが受けて潰される。
 互いに足を引っ張りあっているのは察しているが即席の共同戦線が難しい現状ではどうしようも無い。

 赤騎士の剛腕は一撃一撃が破城槌に等しい。かといって距離を取れば安全というわけではない。
 その証拠に今も、赤騎士の砲台が錆びた金属の音をたてて、目標へと向けられる。


「カエリウチダ! モエテシマエ!」


 号令と共に発射される猛毒砲弾。
 セイバーは魔力放出により爆速で赤騎士の射線から外れていたため避けることができた。
 逆に数の多いアサシンは、マスターや同胞を守らんとハートのアサシンたちが肉の盾となる。
 砲弾を受けて、木端微塵になって、肉片がべちゃべちゃと大地に降り注いだ。
 その間にも装填して四方八方に撃ちだす赤騎士。


「ハハ、ハハハハハハハ」


 ヘドロから物資を作り出し、吸収して強化・修復。
 自給自足で戦力を補強していく魔艦の眷属。
 ただ一人からなる機動要塞。
 永孤軍拡要塞『レッドライダー』。


「モエロ! シズメ! ムニカエレ!!」


 拳から溢れた衝撃波が大地を震撼させ、総てを砕く。
 毒性を孕んだ砲弾が宙を舞い、中るものを溶解させる。
 赤騎士がいるだけで周囲がヘドロ溜まりと化していく。

 手に負えないとは正にこのことだ。だけど何とかしなくてはならない。
 既に赤騎士に便乗する形でいくつかの深海棲艦が通り抜け、汚染範囲を広げている。
 これ以上通すわけにはいかない。

 しかし、だ。
 セイバーもアサシンも何度も赤騎士に攻撃を叩き込んでいるものの一向にダメージを負ったように見えない。
 セイバーの直感はあの縮んだり膨れ上がったりするガントレットが原因だと告げていた。
 本体が攻撃を受ければすり減り、逆に周囲のヘドロを呑み込んで厚みを増し続けるガントレット。ダメージを肩代わりするアレをどうにかせねば勝機はない。

 だが問題が一つ。
 いや、問題というにはあまりにも馬鹿馬鹿しくどうしようも無いことなのだが。


(『勝利すべき黄金の剣』を受けて全壊しないガントレットをどうやって破壊すればいいんですか?)


 火力不足。
 現状、セイバーの最大火力では破壊不能なことは明らかだ。チマチマ削って機を見て宝具の最大解放で破壊するより他に無い。
 だがリリィの宝具を最大解放すればセイバーの魔力に耐えきれず燃え尽きてしまう。そうなれば次からは宝具なしで戦いを切り抜けなければならなくなる。それは駄目だ。コマリを守れない。
 故に使うわけにはいかず、削れど削れど赤騎士はヘドロを吸い込んで修繕されてしまう。そうしている間にもアサシンが潰されていく。

 このままではジリ貧だ。赤騎士と違い、サーヴァントには魔力の限界が来る。先に潰れるのは間違いなくこちらだろう。
 長期戦で圧倒的に不利な以上、早急に決めなければならない。
 よって果敢に攻めていくセイバーだったが未熟かな、そんなセイバーの焦りが剣筋に顕れてしまう。
 自身が気づいた時には既に手遅れで、必要以上に踏み込んで剣を振り抜いた後だった。


「ォォオオ!」


 アサシンの槍と棍棒とダイヤが作った火炎放射機とウォーターカッターの猛攻を力づくでねじ伏せた赤騎士の剛拳がセイバーを捉える。
 あわやセイバーに右拳が当たる直前で赤騎士の動きが止まる。


「ア・・・アア・・・?」
「え?」


 そして次の瞬間、右腕のガントレットが内側から割れて中から細い両腕が現れた。
 明らかに体積を無視して現れたソレは赤騎士の右肩を掴み──まるで水中から陸へ上がるように──体をガントレットから引き揚げた。
 ガントレットを構成していた金属部品が次々と飛び散り、破損個所が次々と燃え上がる。
 集積地棲鬼が悲鳴を上げた。今が絶好の好機である。しかし異様な光景に誰も手を出せずにいた。


「ご馳走さま」


 現れたソレは口を開いてご馳走さまと言った。誰に、無論、赤騎士にだ。
 銀髪に日焼けした肌。上半身は水兵のようなセーラー服。下半身にはスクール水着。
 あれは、先ほど呑み込まれた────




「シャイセ」


 アサシンの応答途絶から数分。令呪が消えていないところを見るとまだあの愚図はまだ生きているのだろうが、だとしたら何故帰ってこない!
 アドラーの苛立ちは頂点に達しようとしていた。脳内でひたすらアサシンを罵倒しつつ、しかし軍人として優秀な頭脳と決断の早さは次の行動を選択する。


「令呪によって我が道具に命ずる。とっとと戻れ愚図が!」




 現れた少女が一瞬で消失────いや、転移した。
 残ったのはセイバー、赤騎士、そしてアサシン。急激な状況の変化に対応したのは知能の最も低いスペードのアサシンだった。
 無言で薙いだ槍により赤騎士の右腕が千切れ飛ぶ。初めて赤騎士にダメージが通った。


「燃エル……アア、ナンデヨォォ!」


 左の裏拳でスペードの身体を打ち潰し、千切れた右腕を押さえる赤騎士。そこへ畳み掛けるようにスペードのアサシン達が一斉に槍を投げ、次々と赤騎士へ突き刺さった。
 ここに形勢は逆転する。この機を見逃すわけにはいかない。


『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!』


 金色の光が再び港区に放たれた。




「何だ貴様は?」


 アドラーは困惑していた。というのも無線が途切れた数秒でサーヴァントが大きく変容していたからだ。
 答えの分かりきっている質問であるが、それでも聞かずにはいられなかった。


「サーヴァント・アサシン。U-511改め呂500です。改めてよろしく、マスター」


 これからアドラーは一体何が起きたのかをアサシンから聞き出さなくてはならない。
 どうして変化したのか。何でそんな格好なのか。
 新しく追加された『歪曲』、『腐毒の肉』というスキルは何なのか。


 そう考えているところにU-511から質問が飛んできた。


「マスター。マスターはあのベルリンが燃えたと聞いて、何を思いましたか?」
「何?」
「ユー達の祖国が焼却される時、マスターはコールドスリープで眠っていたというのは本当ですか?
 目覚めて帝国が無くなったと聞いて何を感じましたか?」


 ────壊れたか。
 アドラーが真っ先に思ったのはそれだった。兵器が思い出を口にし、質問するなど論外だろう。
 それにしても祖国……祖国ときたか馬鹿者め。


「ふん。燃え尽きた国家などそこまでだったに過ぎん。そんなどうでもよいものに俺は拘ったりはせん。
 俺が恃むはただ一つ。力。力ない国家などとうの昔に見限ったから冬眠制御装置に入ったのよ!」


 まるで天から指環を授かる神子の如く天へと手を伸ばして。


「そうとも! 俺こそが大いなる──」



 その肩から先が消し飛んだ。



 瞠目するアドラーの耳元でゆっくりと、殺意の込もった声がした。


「残念ですマスター。あなたは祖国を裏切った」


 振り返れば真後ろで手刀を振った後のアサシンがいた。
 何が起きたかなど明白で、故にアドラーの反応は極めて早かった。


「この出来損ないが。鉄屑にしてくれる」


 令呪は使えない。腕ごと彼方へ飛んでいった。
 アサシンが腕を吹き飛ばしたのはそのためだ。
 故にアドラーは腕の回収を優先する。


 赤電の球体を三つ同時に展開。
 電光機関の使用には大量の生体エネルギーを消費するが、この際四の五の言ってられまい。
 深海棲艦達には効いた電光機関であるが、戦闘スペックが投石とミサイル以上あるサーヴァントと戦闘などできてたまるか。
 アドラーは脳内で敵に背中を向ける自身の脆弱を呪いつつも飛んだ腕へと駆ける。


 ────あと20メートル


 背後で雷球が爆発した。
 命中したかなどどうでもいい。


 ────あと15メートル


 声がした。


「ユーが裏切ったのはあなたが祖国を裏切ったのともう一つ理由があります」


 ふん、俺の知ったことか。
 このままラジオのようにダラダラ話してくれれば間に合う。


「『彼女達』の思いに共感できたから。
 『帰りたい』という願いが理解できたから。
 仮にユーが敗退してもあの座(ちんじゅふ)に戻されるだけ。あの栄光無きドックに。
 そして……永遠に祖国へは戻れずに終わる」


 ────あと10メートル


「そして気づきました。ユーは聖杯にかける願いが無いんじゃなくて、ユーが聖杯にかける願いは“呂500(ろー)にならなければ発生しない”って」


 ────あと5メートル。


「だからろーちゃんになって気付いたのですって。
 でも深海棲艦(オルタ)化したことでろーちゃんの願望は変わり──」


 声はまだ遠い。カタログスペック上の呂500ではもうアドラーに追い付けない。
 にも関わらずまだ余裕をこいて喋っている。
 もしかしてこちらの狙いに気づいていないのか間抜けめ!


 あと一歩。手に取り、死ねと命令してやろう。いいや、苦しみ抜いて死ねの方がいいかもしれない。
 勝利を確信していたアドラーの足元、地面が抜ける。
 抜けたというより沈んだ。地面の下には汚泥が詰まっていて────


「グ、オオオオアアアアアァァァァァ!」


 片足が踵から太股までどっぷり汚泥に浸かり、いつぞやの運転手同様に白骨化した。
 無様に転がるアドラーに追い討ちをかけるように耳元に声がした。


「ユーの『Uボートとしての誇り』が爆発的に増大したのですって。
 今のろーちゃん……いいえ、U-511・オルタナティブは舞鶴よりロリアンに戻りたい。
 ドイツで製造されたものとして、第三帝国を守り、Uボートとして死にたいのですって。
 ですが、その願いを叶えるためには聖杯とこの霊基を維持する母艦が必須なんですって。
 だからマスターにはここで沈(し)んでもらいますって」


 潜水して、ここまで接近して、ヘドロ沼を作った。
 つまりはそういうことか。いや、時間が足りない。潜った音すらしていない。気配遮断か。


「ねぇ、マスター。聞いてる? 聞いてなーい!!」


 まぁいいかとアサシンは手を振り上げ、そして振り下ろす。


「グバァッ!……ハァッ……ハァッ……」


 胸を貫かれ、大量の吐血と共に苦悶の声を上げる。一方でユーは死亡確定マスターを適当に汚泥へ放り投げ、令呪の描かれた右腕も拾い上げてポチョンとヘドロの中に落とした。


「Auf Wiederseh'n Master(ばいばい、マスター)」


 そして誰もいなくなった。




艦種反転:C
 轟沈と同時にヘドラに呑まれ、ヘドラの宝具によって深海棲艦へと堕ちた彼女に与えられたスキル。
 空母ヲ級と同一になった深海棲艦達は回帰願望を有している。ユーもまたそれらを刺激されて今回の凶行に至ってしまった。
 このスキルは他にもU-511の中に残っていた祖国への愛国心。祖国の敵を滅ぼしたいという奉仕欲求。そして望郷の念などを増幅させ、本来の呂500から大きく逸脱した。加えて船体の改修……霊基再臨に使用された素材も総て深海棲艦のものであるため、もはや彼女は精神的にも霊基的にも呂500に戻ることは不可能である。


 まさに“日本に来ず、ドイツのために戦い抜いた if のU-511”。ユー・オルタへとなり果ててしまった。




 倉庫街で赤騎士とサーヴァントの戦いが繰り広げられている一方で、別の場所でも戦闘が発生していた。
 海岸線ではなく陸地。特に汚染も進んでおらず、故に今回の大戦の趨勢を見守るには十分な場所といえる。
 だが、悲しいかな。そんな討伐する側の思惑は裏切り、深海棲艦達は陸地へと侵攻を開始した。


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この世、すべての濁 【1日目】 幕間、輝く兜、輝く勇気

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最終更新:2017年05月14日 11:57