私には生前の記憶が無い。
それで何が困ると言う訳ではない。と言うかむしろ助かってる気がする。もし生前の記憶があったなら、今の自分の姿に大層ショックを受けて、不健康な引き篭もり生活を余儀なくされた可能性がビンビンだからである。
自室に設置してある鏡を見る。骨である。紛うこと無き白骨だ。形からして、恐らく人間のものである、との話だ。
人間の骨がどんなものなのか、と言う知識は私の中に無いのでよく分からない。
ただとある変態に教えて貰っただけ。
ガシャン、と音がして振り返る。腕の無い甲冑がそこにいた。
「ちょっとぉ、ノックくらいして下さいよぉ」
「……」
甲冑は何も喋らない。と言うか私はこの甲冑が喋るのを聞いたことが無い。初めからそういう機能が備わっていないのか、はたまた極度の照れ屋さんなのか、それも知らない。名前も知らない。そりゃあんまりだ。
「よーし!君の名前、今からテレア君ね。照れアーマー略してテレア君。どや」
「……」
「シカトっすか。ホントに照れ屋だねぇ」
ガシャガシャと音を鳴らしながらテレア君(仮)が部屋の外へ歩き出す。
ぼけーと突っ立っているとガチャン!とちょっぴり大きめの音を鳴らしてこちらを促す。分かった分かった。ついて行きますよ。
無駄にデカイ扉を開け放つと、そこは地獄絵図でした。全然笑えねー。
「よっす、変態卿。呼ばれて飛び出たよん」
「そこに座ってくれたまえ」
スルーですか。泣きそうになるね。骨っ娘だから涙は出ないけどね。
ズルズル体を引き摺りながら変態が寄って来る。きゃーこわーい。
うねうねしたのが全身から生えてるクレイジーな外見のコレは私の住む家の家主様である。更に言えば私の住む領地の領主様である。そんな風にはとても見えないザコっぽい外見だけど。
「身体の調子はどうだい」
「きゃー。セクハラですか。いやー」
「どうやら調子は良さそうだね。頭の方は無事とは言い難いけど」
ぬるりとした触感が肌(骨)に触れる。
この変態は、どうやら私の体に興味があるらしい。セクハラネタはさっきやったので普通に説明すると、私の体を研究したいのだそうだ。
記憶が無いだけの何の変哲も無いスケルトンむすめに何の興味が湧いたのやら。お得意の変態改造はせずに、定期的に私を部屋に招いて検診するのだ。
「私は君の記憶に興味があるんだよ。記憶が無いアンデットと言うのもままいるが、何故記憶が無いのか、という疑問に答えを出した者はいない。私はその疑問に答えを出したいんだ」
「ほーそーですかー興味がねぇや」
うねうねを蠢かしながら変態が笑う。
「まあ、気まぐれな死神のゲーム盤の上でこんな事を真面目に考えるのは、馬鹿げているとも思うがね」
そう言って笑う彼は、どんな表情をしているのか。たくさんあるので、どの顔を見ていいのやら分からない。
「今日の検診は終わりだよ。もう帰りたまえ」
結局ペタペタ触診しただけで終わり。真面目に調べているのやら。本当はやっぱりセクハラしたいだけ?
「それじゃー部屋に帰って寝ますわ」
扉に手をかけながら変態の方を振り返る。
「じゃーね。クリス」
「ああ、また」
彼は名前を呼び返してはくれない。
「私には骨子さん(命名・自分)って素敵な名前があるんだけどなー」
ズルズル部屋の奥に戻りながら彼が言う。
「私が呼ぶのは、君の本当の名前と決めているんだよ」
私は何も言わず扉を閉めた。
- 見た目とは裏腹にスラヴィアンにはネガティブってるのがほとんどいないんじゃなかろうか。もしくはネガったら間をおかずに消滅してしまうのか -- (名無しさん) 2012-12-04 12:42:17
- 骨子さん軽いなー、記憶が無いからか。変質卿が肉体改造ではなくスラヴィアン化の影響に関心を持つとは。予想外に懐の深いキャラ -- (名無しさん) 2012-12-05 19:41:01
- 人一人死んでいるのにこの空気。やっぱりスラヴィアはどこか面白おかしく狂っている -- (名無しさん) 2013-10-10 23:41:39
- 記憶がないから前向きになれるんかな。卿もなんだか楽しそうだ -- (名無しさん) 2014-05-09 22:29:52
- 全くのゼロになったときに出てくるのは本人の素なのか別の何かなのかと考えました。スラヴィアンの核心に迫る記憶の解明は困難でしょうがやっていることの反面変質卿の紳士な態度に驚きも -- (名無しさん) 2015-06-07 18:22:03
最終更新:2012年12月04日 12:40