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【それはテクレンにおける一幕】

港で船を見上げていたドワーフはしみじみと呟いた。
 「しかしまぁ………なんとも派手にやられたもんだ」
 感慨深げなドワーフへ返事をする者が隣りにいた。腰に履いた剣の柄へやるせなく遊ばせている片腕を置き、まるで海峡の渦潮のような重苦しい唸り声をあげた。
 「相手、は、あの、アドミラ・レイス、の幽霊船団、だ。さすが、に、無傷とは、いか、ん」
 普段は聞いた者を震え上がらせる、言葉を少しずつ区切って喋る独特の嗄声も今日ばかりは些か精彩に欠ける。微かに疲労が滲んでいた。
 ドニーの首都テクレンの船着き場に並んで立つふたりは小柄な体格だった。少なくともこの世界にあっては、彼らはその範疇の背丈だ。
 互いに1メトル50サンチ足らず。華奢を通り越して、これでは子供と大差ない。
 だが彼らがその小さな背中に抱く肩書と名声に関しては双方共にずば抜けた存在である。このドニー・ドニーの海にあっては一国の王という扱いが適切でさえある。
 かたや赤毛に白髪が交じる壮年のこのドワーフはドニーの船大工のギルドとして最大手たるハイン・トゥン・ヘイルの『大工長』。
 ガス・コーネルといえば海賊では無いにも関わらず七大海賊団の長たちに比肩した立場として語られる、まさに生ける伝説たる男だ。
 そしてその隣にいる寸胴腹こそ、その七大海賊団がひとつ、魚人海賊団トゥオーレ・テガ・トーレの首領。
 鳥人でありながら荒っぽい魚人や人魚、鱗人たちを纏め上げるドニーで最も危険な男のひとり。その太刀捌きは光さえ薙ぐと謳われる『光喰い』オルチであった。
 挙げれば逸話の枚挙に事欠かない彼らではあったが、今だけはそうした仰々しい立場に縛られた関係ではない。
 船を損傷した船長と、それを修理する船大工長。そんなシンプルな付き合いとしてトゥオーレ・テガ・トーレの“剣の油号”を見上げていた。
 「お前んとこがアドミラ・レイスとやりあったと聞いたときゃあ、まさかと思う反面やるならお前らだよなぁって妙な納得さえあったぜ」
 「本望、だった、わけじゃ、ない。だが、あの、酔いどれ提督、は、俺たち、を、舐めた真似、を、した。落とし前、を、つけた、まで、だ」
 「それで真っ向から喧嘩売るのはお前らぐらいだと言っとるんだ。まだまだお前さんも若いなオルチ」
 かちん、と硬い石と石がぶつかりあったような音がした。鳥人のオルチの黄色い嘴が鳴ったのだ。彼なりの舌打ちだった。
 実際、彼の船はスラヴィアでも名高いあの幽霊船団を率いる提督と真正面からぶつかった代償として小さくはない傷を負っていた。
 船体のあちこちに大きな穴が空き、中腹は何か巨大な質量でも叩きつけられたかのように船を構成する構造物が薙ぎ払われている。
 メインマストが中程でぽっきり折れているにも関わらず海賊旗だけはしっかりと掲げられているのは彼らの矜持を感じさせられた。
 とはいえよくもこんな状態でハイン・トゥン・ヘイルが保有するテクレンのドック付近まで航行出来たものである。
 「ま、あの酔っぱらいもさすがに酒盛りしてる場合じゃない損害受けて領地に引きこもったって話だから痛み分けってところか。
  せっかくならうちに来りゃいいのにとも思ったが、どれだけボロボロになっても航行出来る幽霊船じゃワシも直し甲斐が無くてつまらんな」
 「ふん。仕事、の、やり甲斐、なら、せいぜい、他、で、探して、くれ。それで、うち、の、船は、いつ、直りそう、だ?」
 「さすがにこれほどのダメージでは万全までには時間がかかるわい。精霊たちの機嫌も伺わなけりゃならんしな」
 「そう、か………。まあ、そう、だろう、な」
 気怠げにオルチは言った。
 冷酷無比にして残酷で名が通っているオルチだが、彼もまた潮風を常に浴びていないと気がすまない海の男のひとりだ。
 ドニー・ドニーの海賊たちは皆そうだ。悪魔みたいな男とか、本当は地獄から来た獄卒だとか、そう影で囁かれるこの鳥人もそこは変わらない。
 丘の上に長く縛り付けられるというのは尻の据わりが悪いのだろう。
 そういう男たちが好きなガスは内心ほくそ笑みながら懐におさめていた葉巻の小箱を取り出してオルチへ差し出した。
 マセ・バズーク産の葉巻だ。あの陰険な蟲人どもの作るものだが、今や世界を席巻して久しい。味わいもピカイチ。
 オルチは何も言わずに1本抜き取って腰に差していた小刀を抜き、葉巻に吸口を作って嘴に咥えた。
 精霊へぶつぶつと何か呟いて葉巻に火を点けさせているのを横目に見ながら、ガスはよぅしと威勢よく吠えて腕まくりをする。
 「それじゃ早いところドックの中へ運び入れちまうか! ───頼んだぜ!お前たち!」
 ぱん、ぱん。船着き場にガスの拍手が高らかに鳴り響く。
 反応は早かった。どうにかこうにか、ぐったりと身を横たえて嘆息混じりに浮いているといったふうの剣の油号が僅かに身動ぎした。
 いや、彼女を浮かせている海面が膨れ、動いているのだ。普通の波ではあり得ないものだった。
 ハイン・トゥン・ヘイルに世話になっている者にはそう珍しい光景ではない。これぞガスが大工長として敬意を集める理由のひとつ。
 海精霊に愛される彼は船ひとつの進路を操ることなど造作もない。どんなボロボロの船さえ、ドックへと招き入れるのに苦労は無い。
 ドニー・ドニーの人々は言う。もしガスが海賊だったら、大船長ラウダフルにも匹敵するような大海賊になっていたに違いないと。
 ………当の本人は『冗談じゃない、ワシはあくまで船大工だ!』と、その噂を耳にするだけでカンカンに怒るのだが。
 剣の油号ほどの巨体を持つ船となるとガスの操る海精霊たちの影響も尋常ではない。大波があちこちに生まれ、だからこそ船着き場にはガスと船長のオルチしかいなかった。
 (余談だが、七大海賊の中でもこの剣の油号の図体は最小クラスである。船の大きさが権威を示す絶対的な指標ではないにせよ、他の七大海賊たちの船は更に大きい)
 押し寄せる波にもまるで動じず、ぷかぷかと葉巻を吹かしながら剣の油号が少しずつドックへと運び込まれていく様を見ながらオルチは言った。
 「毎度、の、こと、だが。大した、もの、だな」
 「よせやいオルチ。お前に手放しで褒められちゃ気色悪くて仕方ねぇよ」
 「事実、だ。俺は、使えん、無能、は、嫌い、だが。力のある、やつ、には、敬意を、抱く。
  ちゃん、と、生きている、価値、の、ある、やつだから、な。七大海賊の船長たち、に、お前、に、あとは、少々。
  そう、多くは、ない。だから、こそ、大枚、はたいて、も、お前に、俺の、船、を、託す、理由に、なる」
 おそらくドニー・ドニーにあってこれほどの賛辞を引き出すのが難しい男は他にいないだろう。
 だがガスはオルチのその態度にただ鼻を鳴らすだけだった。だいたい、この男のやり方はやくざそのものなのだ。
 修理のために剣の油号がここの港へほうほうの体でやってきた昨晩の夜、オルチはハイン・トゥン・ヘイルの職人たちへ驚くほど太っ腹に酒を振る舞った。
 特にガスを含めた幹部連中にはクルスベルグで作られた最高級の火酒だ。いくらドニーの酒類の流通を資金源にする魚人海賊団とはいえ手に入れるのも容易ではなかったはずだ。
 何事においても“やりすぎる”ことで威厳と威圧を示す。オルチは悪どい男だが、このくらいの悪どさが無ければ柄の悪さで有名なトゥオーレ・テガ・トーレは纏められまい。
 まあ、要するに。オルチとはそういう男なのだ。
 ドックへと運び込まれていく船を注意深く見守っていたガスは、ふと気づいたことをオルチへと投げかけた。
 「そういえば、お前さんのところの副船長はどうした? こういう時、いつもお前の横にいたろう」
 「………ガフ、か。あれは………」
 珍しくオルチが言い淀む。急に微妙な気苦労を背負ったような調子になった彼が奇妙で、ガスはつい聞き返してしまった。
 「あれは?」
 「………今回、の、テクレンでの、逗留に、一番、喜んでる、んじゃないか」
 「?」
 どうにも要領の得ないオルチの答えに、ガスは首を捻るしかなかった。



 ガフは魚人の中でもどちらかといえば、いやかなり醜男の方だ。
 なんせ顔は板みたいに扁平としている。板っぺらのような顔の両端に目がついている。
 “双手斧のガフ”という通り名とそれに見合う実力を持ち、魚人海賊団船長であるオルチから直々にナンバー2の立場を与えられているが、決して格好良くはない。
 いや、ただ勇名を馳せるだけならこの醜男通り越して異形とさえ言える容姿にも意味はあった。それは威圧感を相手へと与え、特徴的な姿を遠くへと広め得るから。
 だが今のガフにとってはこの姿はやや気がかりだった。それはつまり、『相手を怖がらせやしないだろうか』と。
 だからその扉を押す時若干の惑いがある。いざ戦いともなれば二振りの手斧を抜き放ち、血まみれになっても戦い続けると恐れられるガフがだ。
 「───あ! ガフさん、お久しぶりです!」
 ───だから、いざ建物の中に入ってその明るい声を聞くと心の底から安心してしまうのだ。
 「あ、ああ………レイナさん。お元気そうで何よりです。俺も、またお会いできて光栄です」
 「何を畏まったこと言っているんですかガフさん! 私とあなたの仲じゃないですか!」
 そう言って屈託なく微笑む女性に対し、ついガフは頬を赤らめてしまう───魚人の肌では同じ魚人でも無いと分かりにくかったが。
 レイナは、地球の人だ。あのゲートを潜った先にある世界からやってきた。王都テクレンにある総領事館のひとつに務めている事務員だ。
 端的に言ってガフはこの女性に対して惚れていた。だからテクレンに寄港するたびにここへと寄っていたし、彼女にとってすっかり顔馴染みとなっていた。
 「今日はどのようなご用件でしょうか? それとも、個人的なことだったりしますか?」
 「う、うん。どちらもだ。寄港ついでにそちらから輸入する酒についてのリストのことと………。
  あと、そう。そ、その………今晩、夕食を共に摂らないか。いい店を知っているんだ。良ければ、なんだが」
 「ガフさんの知ってる店ならハズレはないですね! よろしくおねがいします! それじゃ楽しみにするとして、まずは仕事の方の話をお伺いします!」
 元気よく答えてくれるレイナに対し、ついもじもじと巨体を縮こまらせてガフは返事に詰まってしまう。
 トゥオーレ・テガ・トーレのナンバー2のこんな姿、誰にも見せるわけにはいかない。
 ………と、どうにか隠し通そうと必死になっているのは本人だけで、内部では公然の秘密となっているのを本人だけが知らないのだった。




  • ガフは…シュモクザメ系の魚人なのか -- (名無しさん) 2021-06-05 09:51:13
  • オルチの生涯現役で最後は甲板で立ったまま誰に気付かれることなく逝くような空気すき -- (名無しさん) 2021-06-27 23:43:37
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最終更新:2021年06月02日 22:27