陽が傾きかけた空を合図に、肌を撫でる風が少し冷たくなる。
姿無き声の促した“娼館”へと向かう。 幸いにも大通りを東へ真っ直ぐ突き当たりまでという分かり易い。
砂漠の真ん中にオアシスを湛えどっしり構える歓楽街の元締め(?)が風俗の城というのもらしいと言えばらしいねぇ。
賑やかな店舗通りの出口から、荘厳に聳える双樹の間へ立つと向こうに見えるド派手で煌びやかで…オリエンタルな館。
「なんつーかアレっスね、七色の帽子を被ったでっけーキノコが寄り集まったと言うか…派手だ…」
「娼館と言われて成る程と言える外観ですが。 …設計をした者と話がしてみたいものですね」
「あ…大分とおさまってきたわ、腹」
四人は案内の中に“合流地点”と記された娼館に辿り着く。
向かって右、南から何やらイイ匂いと怪しい空気が漂ってくるけども…今は構わずにいよう。
ンっン~? またぞろ面白そうなのがやって来たねィ。
~っと目玉蟲、もっと大きく捉えておくれィ。
フ~ムフムフム… ニ ン ゲ ン だねィ。
「「ようこそ!歓迎します!」」
一向を扉の前で迎えたのはハーピーが二人。 大仰に翼をはためかせて歓迎の意を示す。
「姿を確認したら中へ通せと言われてたでしょう…」
「そうだったっけー?」
「そうでしたっけー?」
また音も無く光織(みおり)の背後から現れた“仕事中毒(ワーカホリック)”が、門前の二人を呆れ顔で諭す。
「「ところでー、どちらのどなたさんでしたっけー?」」
体の箇所箇所を青黒い生地で覆った水色の短髪のダークエルフ。
目に少し涙を溢れさせながら、首を傾げるハーピーの間を割り進み、娼館の扉を開いた。
咽返る程の甘い香りが夕闇のヴェールを押し開き、溢れ出す。
色取り取りの眩い光彩を放つ拳大の丸い甲蟲が、天窓まで一気に聳える壁面に貼り付いており、
階上へ伸びる階段の集積する大広間を燦々と照らしている。
電気が無い世界とばかり思っていたけど…これはこれで凄いもんだね。
「いらっしゃ~い♪ どうぞ楽しんでってや~」
一歩館に踏み入り、その館内の光景に唖然としている四人の手に
ひんやりとしたお絞りが素早く渡される。
客も店員もいそいそわいわいと動き回る店内の人波を、珊瑚礁をすいすい抜けて行く魚の様にお尻に生やした尾を振りながら
もう丸見えかと思われるスリットの入った薄着を纏う鱗人が進み消えて行く。
肩に腰掛けた水精霊が手を振ると、館内の光に作用して小さい虹が鱗人の辿る軌跡に出来上がる。
漂う僅かな湿気がさらりと涼を振り撒いた。
あー…完全に飲まれているねこりゃどうもまいったねぇ。
光織の左右に立つ男衆三人はまだ呆けたまま立ちっ放しである。
笑顔と色香を振り撒く多様多種な薄着の娼婦に魅入っているのか、
目まぐるしく変化する光と、それにリズムを合わせる様に楽団が奏でる音楽に聞き入っているのか、
過剰に溢れ漂う甘香に肺と嗅覚を支配されたのか、一体どれなのかは定かではない。
「ふぇふぇふぇ。娼館はお気に召したかのぅ?」
仕事中毒が人波を割る様に進む後ろ、足元まで黒と赤の紋様が混ざり合ったローブを羽織り
やや萎れ気味に飛び出す鼻と耳以外を隠す様に深くターバンを被っている。
ゴブリンの老婆が、見るからに聞くからに妖しい笑みと共に四人の前にずりずりと寄って来る。
杖はついておらず、自らの足で進んでいる。
「御苦労じゃったのスフリ。 ここから先はわしゃの仕事じゃて、持ち場に戻っておくれ」
言い終わるが早いか否かで、既に場には仕事中毒スフリの姿は無かった。
目の前にいるとはいえ、歓楽の声が混ざり行き交う大広間にも関わらず老婆の声は四人の鼓膜を確実に振動させる。
「それでは仕事の話をしましょうかいのぅ。付いて来て下され」
「分かりました」
「おぅおぅ…言い忘れとったが ──
老婆、止まりて横目にて男衆を見上げ一言。
「娼婦にお触りすると料金が発生するでのぅ、気をつけておくれ。 ふぇふぇふぇ」
ごくり、色んなものを飲み込む音。
老婆が案内したのは広間から簡素な通路に入り奥へと進んだ先、水気の無い乾いた木肌の扉。
“事務室”という掛札を揺らして中へと立ち入る。
整理未整理重なり混ざる書類の壁の間を通り、上面を真っ平らに削り磨かれた灰色の石のテーブルのもとへ。
絨毯の上に座るように促された四人。 程無くして老婆が大きな紙巻きを持ち出して来た。
「とりあえずこれを確認しておくれ」
えらく大きな…A1サイズが二枚繋がったって感じだね。
「地図ですね。この街の」
即座に反応したのは田吾吉。
今日、ディセトに入ってから娼館まで通った道を指でなぞってみせる。
地図、中央に位置するは、街一番の高さを誇る高見櫓。
東にオアシスを湛え、その端は街の南北へと伸びている。
街を縦断横断する広い道はありとあらゆる建物店舗に挟まれている。
街から外れた外周は林が囲む様に点在しており砂風の侵入を防ぐ。
「空地がどれ位あるかはまだ察しがつかないけれども、何ともはや合理的に完成された街だと言うのは分かりました」
光織は素直な感想を述べるが、すぐに地図の下方を指す。
「街の南方、オアシスに架かる橋を越えた先の区画が灰色に塗りつぶされていますが、これは?」
それなりに整然と描かれている地図内の違和感。
建築建設などに携わっている者であれば気になるのは自然。
問いの後に、刻まれた緑葉がカップの中で泳ぐティーを一服するゴブリン。
「う~む… そこら一帯は文無しだの破産者だの宿無しだのが
各々思うままに建材くずれを持ち寄って家屋の様な物を作っておってのぅ、
壊れ壊され作られてと、同じ地形がふた週ともたんのじゃて」
「はっはー、そりゃ地図作りなんて意味無いわな」
お茶請けに出された渋色の乾燥果物を一人で頬張る段碌が、少し楽しそうに合いの手を入れる。
「…路傍寝ではなく住処を建てるだけの気力はあるんだね」
「しかし…見れば見るほど完成度の高い地図ですね。
出来る事なら中央の高見櫓に登り、街の全容を見渡してみたいものです」
「できんぞぇ?」
老婆が即座に返す。
話によると、街の成り立ちの頃より建てられた高見櫓は
気まぐれに街を跨いで行く砂嵐や竜巻に飲み込まれ
押し寄せる暴力の矢に晒されながら
街の目として役目を全うしてきたという。
しかし、最近ではその堅牢強固な木材骨子も経年劣化が進み
大きな衝撃があれば倒れるだろうと言われるまでになっている。
が、その危険性が明らかになっても街の人々は
その背高のっぽへの感謝と敬意を失わず
倒壊するのならその崩れ落ちる身を甘んじて受けようと
日々、その姿を見て生活を続けている。
「っとと…どうやら話が長くなってしまったでのぅ、
仕事の話に移りたいところじゃったが、わしゃが眠気にやられてしまいそうじゃて。
他にも事務方はいるんじゃが、ちょいと野暮用で館にはおらんでの
話の続きはまた明日朝からということでよろしいかのぅ?」
老人の夜は早く、朝も早い。 とても自然である。
「分かりました。 私達もやってきてすぐよりも、一晩休んだ方が頭もはっきりするかと思いますので」
何も言わず反応も無しで列の端にいる与市は、もう半分寝ている。
「こちらの都合での延期じゃて、一晩の部屋くらいは貸すでの。タダで」
細長い萎びた指を起用に鳴らすと、扉の音も無くスフリが列の後ろに現れる。
そうと決まればと荷物を畳む面々の中、光織が思い出したように切り出す。
「すみません。 お名前を伺っていませんでした、失礼しました」
「ふぇふぇ、唯の婆でも良いんじゃがの。
“アンダーバ”、わしゃの名であり、わしゃが持っておる最初の財産じゃ」
ゴブリンの老婆はそう言うと事務室の奥、仮眠室という扉の向こうへとよろよろと消えていった。
「では皆様こちらへ」
変哲も抑揚も無い何処でも見かけそうな服一揃いのスフリが四人を娼館の外、
従業員達の寮と説明された二階建てに案内する。 階段は屋外に備えられている。
「少々手狭ですが設備は一通り揃っています。
各人個室を用意しましたので、朝までゆっくりとお休み下さい」
軽く一礼、夜の闇に消える。
「じゃあ今日はここで解散ね。
各自旅の疲れをしっかりとっとくよーに。 明日朝から本腰入れてくからそのつもりでね」
「「「うぃッす」」」
「あと、今夜は出歩かずに大人しく休むよーに」
「「うぃッす」」「え?マジっスか?!」
与市の脳天にぽかりと一拳。 四人、それぞれの部屋に入る。
「きゃーッ!」
月が煌き、夜も深まる一歩前。従業員寮に悲鳴が響く。
扉を体当たりで突き開けたその裸身には、緑と青が混ざるぶねぶねしてこんもりした塊がいくつも付着している。
混乱した様相で動きもままならなずにその場にこけてしまう。
それでも尚、緑で青は裸体を這いずり回る。
「何やってんのよ」
「夜に騒ぐと迷惑だろう」
「昼間はあんなに暑かったのに夜は冷えるのー。
素っ裸だと風邪引くぞ?」
タオル一枚で引き締まった体を隠し、頭上にぶねぶねの塊を乗せる光織と
タオルを腰に巻き、端整で無骨な肩にこんもり塊を乗せる田吾吉と
トランクスと襟元がよれたシャツで両手に緑青を乗せた段碌が
とても間抜けで恥ずかしい恰好の与市に呆れ顔を向ける。
「いや、なんスか?!シャワーかと思って蛇口捻ったらどろっとしたものが零れ落ちてくるし!
いやいや!それよりも何平気な顔してんスか!?」
尺取虫の様に腹を隠し、与市が涙目で訴える。
その間も素っ裸をぶねぶねが這い回る。
「どうやら身体に付いている汚れを取ってくれてるようだねぇ。
珍しいいきもんがいるもんだ」
「飯場などの手洗い洗浄剤として活用出来ればエコにもなりますね」
「いやーきれいサッパリってなもんだ。何だか可愛く思えたきたぞ」
「「「ということで、風邪引く前に寝ろ」」」
もそもそと部屋に戻る与市と、その後を雛鳥の様に付いて行く緑青。
明日は朝から仕事だよ!
大まかなディセト・カリマの全容図(想像)
とりあえず仕事の話は明日へ持ち越し
垢をきれいに落として臨もう
- スライム責めを期待した俺が間抜けだったァー -- (とっしー) 2012-12-20 02:20:42
- 仕事中毒と仕事熱心がまざってる? -- (名無しさん) 2012-12-20 18:38:41
- 混ざってました修正しました(切腹 -- (名無しさん) 2012-12-20 20:05:09
- 異世界だが不便さを感じさせない描写は異世界ならではの技術や進歩を感じます。世界は変わっても物を作るという順序において大きな違いはなくても自然と納得する業界のお仕事風景。現場人間は環境の変化にも順応しやすいのでしょうか -- (名無しさん) 2015-08-09 19:22:58
最終更新:2013年03月26日 00:02