もしあの時、空をくるり飛ぶ鳥人と肩を並べれたら、
もしあの時、水面の鱗人と共に潜り行けたらば、
私は彼らと友人になれたかも知れない。
ついぞ異世界には行けなかった私ではあるが、
代わりに私の思う異世界を、私の住む世界に造ったのだ。
─ 十二月二十五日 夕刻
今では歩道に併設された水路も珍しくなくなったポートアイランド。
その中にありて多様な種族が集い憩う場所として確立した“マックスGARYU”。
その建物の中は空も水もが一所で肩を並べる事が出来るのが売りになっている。
階段と併設されるのは、滝の様な坂路であり程好い大きさ長さの止まり木。
薄く水の張った通路は人も問題無く歩く事が出来、
壁の少ない柱堅構造と高い天井は店内での飛行を可能にした。
三階に店舗を構える“ゴブクロ”も多分に漏れず、多種族対応万全の衣料品店である。
異世界からいの一番で地球に乗り込んできた商魂溢れる
ゴブリンが地球での商戦基盤を求めたところ、
ある日本の企業が物珍しさ半分でアドバイザーとして迎え入れた。
以後、異世界交流時代を見据えた亜人種向け衣料開発を推し進め、
それが一つのファッションとして形成される中、地球へ移住する亜人からの需要も相俟って
大手衣料メーカーにまで成長したという。
色取り取りで形様々な服が立ち並ぶ店内は、クリスマスだという事もあり大賑わいである。
「うーん、やっぱりどうしても胸のとこが締まらないさね」
「そうだろうと思って締めなくても自然なチョッキを選んだけど… ダメですか?」
試着BOXからの苦悶の主は、アドバイス通りに前面のファスナーを全開にしたまま出てくる。
「ほっ…何とか“着ている”様には見えます」
店内の照明に呼応して光る体表は黒と白、鯱。
流線型の頭部の下は、しなやかというよりも筋骨隆々の体躯、
床から立つ尾は人の脚二本を合わせたよりも太く逞しい。
羽織ったチョッキも張り出す規格外の二つの丘を隠し切る事は出来ず、
半分半分を辛うじて覆うに留まっている。
「そもそもあたいら水の鱗人は必要な時以外は引っ込めたり閉じたり出来るから
服を着るとかそういう風習は余り無いさね。
海都周辺で観光だのに尽力している層はあれこれ着飾っているとは聞くけども」
「そう言うと思ったから下は仕事でも使える様にと、道具入れ付き腰ベルト膝カバー付きにしたんです」
腰に手を当てた自然体だが既に過剰な自己主張になっている爆発ボディにくるり巻かれた大判なベルト。
股間であろう位置まで当て布が垂れている。
「あたいはまっぱでも構わないんだけどねぇ」
「僕が困るんです、色々とっ」
傍目に見ると2mを越える鱗人に喰われる直前の少年だが、どうやらそうでは無い様だ。
「冬の港湾工事は寒いだろうと思って、バイト代で何かプレゼント出来ないかなって…」
俯いて耳を真っ赤にしながら呟く少年を見た鱗人は、白い部分を湯気と共に紅く染めた。
「んもーぅ!じゃあ今度はあたいが何か奢っちゃう!
屋上の展望レストランに行くさねー!」
少年担ぐ、ばしゃばしゃと通路跳び跳ね進む、少年が代金何とかレジに渡す、鱗人一気に中央水坂路を跳ね登る。
この間、僅か二秒の出来事であった。
─ 同店内
「兄さん、どうかしたの?」
「いや、大した事じゃない。 嵐が去って行っただけだ」
試着BOXの外、腕を組んで一部始終を見ていた大男が低い静かな声で応える。
冬の屋外からその姿で来たのかとツッコまれそうな、灰色のTシャツ一丁は胸に“闘”の明朝体。
「で、まだなのか?亜弓。 俺はどうもこういう店で待つというのに慣れなくてな」
「腕立て腹筋でもしたくなった?」
BOXの中から絶妙の返しを受け、もう少し待つかと諦め顔の男。
不意にカーテンの間から、色白の肌に灰色の髪とそれを分けて立つ二本の角を持った顔が出てくる。
「鋼矢兄さん、ちょっとお願いなんだけど…」
「何だ? 予算オーバーへの援助は余り期待するんじゃないぞ」
「背中のホックを留めて欲しいんだけど…
今年の冬モデルはまだ試した事が無くてちょっと難しくて」
少し開くカーテンの間から白い背中と、まだ分かれたままのホックを摘んだ指先が催促してくる。
「ふぅ…また女役の練習か? 毎回そうなってないか」
「だって千夜先生がそう配役するんだからしょうがないよ」
もう何度目だという具合に手馴れた動作でホックを素早く留める。
「それの塩梅を見たら、もう出るぞ」
「はーい」
少し拗ねた様な声色でカーテンは閉じられた。
弟はまだ、兄が肉体鍛錬により生み出した血流を意識した興奮鎮静法と、
極度に肩を強張らせる事での肉体ストレス加味により故意に意識を逸らしている事を知らない。
程無くして一通り試着した服だの下着だのを脇に抱えた鬼人が出てくる。
「亜弓、一応制服を着ているんだ、ネクタイくらいしっかり締めたらどうだ」
「兄さんが急がせたせいですよーだ」
無邪気な子供の様な表情で舌を出す鬼人は、近くの店員に手に持ったもの全てを渡す。
「何だどうした、一つ選ばなかったのか?」
「うん。折角の兄さんからのクリスマスプレゼント一つだし…服とかはいいかなって」
じゃあ何が良いんだ?という言葉を喉元で止めた男は、やれやれといった顔で頭をかいた。
「とりあえず夕飯時だし、それで一つ手を打ってはもらえませんか?」
頭一つ高い場所から見下ろす兄の、一瞬優しい眼差しに
思わず少し尖った耳の先を赤くした弟は、緋色の瞳を閉じて岩の様な腕に抱きついた。
「雪、降ってると良いね」
病弱で暑い寒いが苦手な筈の弟も、今宵ばかりは空よりの彩りを求めてしまう様だ。
『どうだ?満足したかね?』
はい。十二分に。
『そうか。それは良かった』
世界は変わっていきます。 良いも悪いも繰り返し、良い方へ。
少なくとも、私の生きた証の中ではそう見えました。
『…私がこの世界に在(あ)る事も、世界の変化の証であろう。
この地は特に、界次融和が進んでいる様だ』
もう思い残す事はありません。 よろしくお願いします。
『…このまま、このまま私と共に異世界へ参ろう。
汝が常に夢の向こうに見ていた異世界を一周しよう。
今日という日の、私から世界に尽力した汝へのささやかな贈り物だ』
…ありがとう ございます…
漆黒なる冬の空は、月のあたりだけが微かに白む。
夜闇よりしんしんと雪が降り注ぐ中、瀬戸内の空に二つの流れ星が消えた。
─ 瀬都杜 富棟、享年八十七歳
十二月二十五日、入院先のポートアイランド病院にて老衰により ──
病室、ベッドから外を眺めた穏やかな表情のまま逝去する ──
一日遅かったですが、メリークリスマス
黒き居ぬ神からのクリスマスプレゼント
- カップル(?)の掛け合いが微笑ましい。兄弟なのに会話がもう恋人同士に見えるがむずがゆい。前作と今作に続く富棟の心情とイレゲSSを書いている自分が少し被った気がした -- (名無しさん) 2012-12-28 02:21:07
- 人間と異種族 -- (とっしー) 2013-01-12 18:21:39
- と言っても付き合い出したら多分やることは変わらないよねというほほえましくもある風景 -- (とっしー) 2013-01-12 18:22:26
- 異種族交流推進国であって法もそれを後押ししていても実際に歩み寄る人がいなければ交流も進まないのだろうと。環境と人があったからこその今の舞台と感じました -- (名無しさん) 2015-08-23 17:50:42
- 一人身で歩いているとムードに押しつぶされそうになるクリスマス!なんか雪でパトラッシュなイメージから外国の盆みたいな印象あるなクリスマス -- (名無しさん) 2016-12-24 09:25:00
最終更新:2013年03月26日 00:01