車田拓士はタクシー運転手。今日も深夜の道をひた走る。
ここは街灯まばらな田舎道。客を拾えると期待はできない。
だからラジオの音量あげて、流すは深夜のアニメのラジオ。
高い声の連なりに、一人道行くさびしさ癒す。
「ヘイ、タクシー!」
思わぬ声に速度を緩め、ヘッドライトと目を凝らす。
いたぞ人影、街灯の下。
さてはてどこへと向かうやら。
駅までとなら手間はないが、はたして。
開かれた自動扉、入り込む客、声をかけようとしてぎょっとする。
着物をまとい、肌は鱗、赤い舌がチロチロと。
すわ妖怪かと思って怯えて、思い直す。異世界人である。
プロ意識で笑顔を装備、うろたえずに問い掛ける。
「お客さん、どこまでですか?」
「駅まで、で頼みます。いやあ助かりました、次のバスが二時間後でしてね。走っていたところなんですよ」
トカゲの人の話を聞きつつ、アクセルを踏み出した。
声に恐ろしげな響きなく、むしろ馴染みすぎて怖いほど。
着物もよくよく見れば、南国の風吹く明るい紋で。
「お客さん、異世界の人だね。はは、生で見るのははじめてですよ」
「はい、見てのとおりミズハミシマの出でしてね」
「へえ、なるほど。しかしお客さん、なんだって日本なんてとこに来たんでしょう?何か見たいものでも?」
「いえ、日本の法を学びに。この世界でもっとも異種族に融和的な日本の法律を」
「ほう、そうなんですか。そういうのはアメリカさんのが得意そうですけどねえ…。私の知り合いに外国人がいるんですが、十年も住んでるのに住民票が取れないって嘆いてましたよ」
「いやいや、地球人同士の移民となれば他の国ですが。異種族のとなると、前例があるのは日本だけでして」
「はあ、そうなんですか」
「聞いたことありませんか?アザラシのタマちゃんという方が、日本の住民票を取得したということを」
「ああ!タマちゃん!タマちゃんね!そういえば、そんなこともありましたねー。……ですけど、それはタマちゃんだけの特別だったのでは?」
「いえいえ、タマちゃんを前例としてですね、日本では海の種族の住民票登録が相次いでるんです。この前もラッコの方が取得したんですよ」
「ははあ、それは知りませんでした。っと、お客さん、着きましたよ」
「料金は?」
「870円になります」
駅に消えるトカゲの人の背を見送り、
どこか呆然としたようすで。
「異世界の人、マジでこの車に乗せたんだなぁ……。あの人、なんか勘違いしてたような……。というか、本当にいたんだろうか……」
ふと現実感のなさに手が伸びる。
向かうは客席のシート。
相手が幽霊でもないならば、そこに熱は残るはずだが……
「つ、冷たい……!」
怖気を走らせ顔を青ざめる彼が、
トカゲが変温動物であることに気付くにはしばしの時を待たねばならない……。
- ショートな会話と長さの中に法と気持ちと異世界ズレを表現してみせる圧縮テクは思わずうなる。最初の一行目のまんまな名前でまず吹き出した -- (としあき) 2013-01-01 07:36:12
- 都市伝説番組の中のいちコーナーの中で語られる…みたいなのが想像できた -- (とっしー) 2013-01-12 18:23:45
- 実際にあった話と異種族の地球への関心を重ねるのは説得力があった。違う世界への関心は人間より異種族の方が高かったり? -- (名無しさん) 2014-02-21 22:26:01
- そんなに冷たいトカゲのお尻。落語調語りのテンポよさとほんわかのんびりな車内が気持ちいい -- (名無しさん) 2014-12-02 21:35:25
- 交通機関関連は異種族交流が進めばどんどん多様化していきそうですね。濡れてしまう種族用にさっと専用シートをしく運転手が思い浮かびました -- (名無しさん) 2015-08-23 17:58:21
- 種族によっちゃタクシーに入れないガタイもいるんだろうな、と。尻尾も長くて大きかったらスペース食うな -- (名無しさん) 2016-12-24 09:26:52
最終更新:2013年01月01日 07:33