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【ある誰かの歩みと成果】

1861年 オーストリア帝国 スミリャン

「あら、何を書いてるの?」
家事の合間、自分の息子が何かを夢中で書いていることに気がついた母親が息子に問いかける。
「・・・・わかんない」
「わからないの?」
「うん、お兄ちゃんがこうしろって言うんだ」
「デンがあなたに言ってるの・・・・?」
「うん、時々話してくれるんだ、お母さんには聞こえないの?」
母親は言葉に詰まる。その間も息子は無我夢中といった感じで何かを書き続ける。
彼の言う兄とは数ヶ月前に12歳の若さで事故死し、その葬儀は村の司祭であった父親が執り行い、その亡骸は今は村はずれの墓地の土の下に眠っている。
「お兄ちゃんは遠い向こうの世界に居るんだって、だから僕大きくなったらお兄ちゃんを迎えに行くんだ」
そう言って彼がようやくその手を止めて屈託のない笑顔と共に母親に見せたのは三本の円筒形の筒の上に楕円の輪があるなんとも不思議な絵だった。
「そうね、あなたならきっと出来るわ」
母親はその絵にどういう意味があるのか理解することができず、そう言うことしか出来なかった。
その後、この5歳の少年は度々亡き兄の声が聞こえると度々話し、また様々な幻聴幻覚について語り、その一方で類稀な数学や科学分野の才能を開花させ、やがて28歳でアメリカへと渡ることとなる。


1943年1月7日 マンハッタン ニューヨーカーホテルの一室

「荷物はこれだけですか?」
ホテルに呼ばれたいかにも肉体労働者といった体格の男達が、部屋から最後の家具を運び出しながら立ち会いの従業員に声をかける。
「あぁ、それで最後だ」
「わかりました、じゃあ後の部屋の確認なんかはよろしいですかね?」
「あぁ、料金は下にいるマネージャーに言ってもらってくれ、ご苦労様」
男達がその場を去ってしばらく、従業員は部屋の中を歩き回って部屋の中の状態を確認する
「とりあえず明日業者を呼ぶか・・・」
最後にもう一度部屋の中を確認してから彼はそう一人呟きつつその部屋の鍵を閉めた。
この部屋をここ何年も住処としていた人物はもう帰ってくることはないだろう
この部屋の住人が最初にこのホテルを訪れたのは1931年の中ごろのことだった。
「しばらく部屋に泊まりたいんだが手頃な部屋はあるかね?」
その人物は痩身の老紳士で、その当時彼の対応したのが今のこのホテルのマネージャーだった。
「ご宿泊のご予定はいつまででしょう?」
「それがハッキリしてなくてね、とりあえず半年分の宿泊代を前払いしておくよ」
この時代ウィークリーマンションなどというものは当然のようになく、地方や国外からビジネスなどの都合で長期滞在する外国人がホテルに長期滞在するということはさして珍しいことではなかった。
ハッキリと滞在期間が決まっているなら賃貸で部屋を借りる者も居たが、外国人に部屋を貸したがらない家主も多かった。
「わかりました。それでは部屋を用意しますのでお掛けになって少々お待ちください」
ホテルの宿泊台帳をめくりながら当分宿泊予約のない部屋を見つけ、彼が老紳士をその部屋に案内したのはそう時間のかかる事ではなかった。
そして。結果的にこの老紳士は半年過ぎるとまた半年分の宿泊代が支払われる形で12年にも渡ってこのホテルに住み続けた。
12年もホテルの一室に住み続ければホテルの従業員で老紳士のことを知らない者はいなかった。
さらに言えば彼はしばしば奇行じみた行動を見せることでも知られ、早朝近くを散歩してくると出かけて行った数分後、鬼気迫る表情でホテルに戻ってくるとフロントスタッフに紙とペンを激しい勢いで要求し、その紙に数式のようなものや何かの設計図ともとれるものをロビーで何時間も書いているのをホテルスタッフが目にすることも度々だった。
しかし、この老紳士は平日ほとんどホテルには戻らず数日部屋を空け、週末になると黒塗りのリムジンに送られてホテルに戻ってくるという生活が長く続いた。
それが3年ほど前「とりあえずこれだけ前金を払っておくから、私のいない間の掃除は頼んだよ」と約3年分の宿泊代を払って早朝ホテルを後にしてからは一度としてホテルには帰ってこず、前払いの宿泊代が尽きた後もしばらくはマネージャーの判断で様子を見ていたが帰ってくる様子無しと判断して43年の新年早々老紳士の住んでいた部屋を整理することとなった。
12年も住んでいたにも関わらず、部屋に残された老紳士の私物は僅かなもので、部屋の片づけは1時間とかからないものだった。


同年2月3日 マンハッタン南部 後にソーホーと呼ばれるこの当時は荒廃した区域

「博士は戻ってくるでしょうか・・・?」
すでにほとんどの機材が撤去移送され、研究者や作業員も居なくなってガランとした部屋の中で、彼女のその声だけがどこか物悲しく響く。
「博士は帰ってこれなければこちら側にメッセージを送ると言っていた・・・我々は彼を信じてそのメッセージを待つしか無い」
今は彼と彼女二人だけしかいないこの場所に数か月前までは多くの人間と機材がひしめいていた
居住者が減り電力消費が少ないこの地域は彼らがある実験をするにはうってつけの場所と見なされ、空きビルの一つが丸ごと彼らの実験施設として作り変えられたのが今から5年ほど前
人員や機材が揃い本格的な実験が開始されたのがその2年後
この実験を指揮した、二人が博士と呼ぶ人物は誰一人疑うことのない天才であり、そして奇人変人の部類に属する人物だった。
彼は雷の莫大な電気エネルギーこそこの実験成功の鍵だと強く主張し、この施設の周辺には多数の避雷針が設置され避雷針に落ちた雷はケーブルを伝ってこの施設の特殊な機械に流れる仕組みが構築された。
1942年6月某日、その日は前日から降り続いた雨がますます勢いを強め、マンハッタン全土に雷雨警報が出ていた。
激しい閃光と共に施設周辺の避雷針に雷が落ち、その瞬間施設の全ての機材が電気的に機能を停止し施設だけにとどまらず周囲一区画丸ごとが夜の闇の中に沈んだ
そんな明かりの消えた闇の中、唯一不可思議な光を発する物があった
それは博士が一人設計から組み立てまでを行った装置だった。
避雷針からケーブルを通して落雷の莫大な電気エネルギー全てを吸収したその装置は絶えず放電を続けながら周囲の空間を歪める光の輪を装置上部に発生させ、その不可思議な光の環の向こう側には本来ありえるはずのない光景が映し出していた。


1943年10月28日 アメリカ ペンシルベニア州フィアデルフィア沖合

「例の装置の調子はどうだね?」
口髭を蓄えた壮年の男性が凪いだ海を眺めながら横に立つ技術主任に尋ねる。
「どうかと聞かれても・・・いつもと変わりないとしか言えないですね・・・」
彼は一瞬困惑したような表情を浮かべ、次に極力抑え気味の声で答える。
「まったく上も気味の悪いものを押し付けてきたもんだ。新兵器の実験か・・・この船丸ごとモルモットか何かになった気分だよ」
「心中お察しします艦長」
目の前に広がる凪いだ海の景色とは裏腹に、艦橋に並び立つ二人にはなんとも言えない不安感が波打っていた。
彼らがそんな不安感を抱くほど今この艦の中にあるそれは異質な存在感を放っていた。
半月ほど前にこの艦に軍上層部からの極秘命令と共に運び込まれたのは特殊な装置だった。
海軍上層部の説明では新型のレーダーシステムの一種で、これが正常に機能すれば敵のレーダーからは艦艇が完全に消え、また海中の機雷の危険も取り除けるかもしれないという話だった。
絶えず放電と発光現象を続ける三本の円筒状の装置は常にブゥンという羽虫の羽ばたきのような低い音を周囲に響かせながら、今はこの船の貨物スペースを急遽改造して設けられたスペースに収められ、その周囲には観測装置や計器類が置かれ一部のケーブルが艦内をまるで巨大な蛇のように這いめぐらされ機械室へと繋がっていた。
戦争はまだ続いており、自分たちの同僚は命の危険と隣り合わせで戦場である海で戦っている。
そんな彼らのために何かをしてやれないかという気持ちは常にあるが、得体のしれない物が自分たちの船に運び込まれ、これから自分たちが被験者となって実験が始まるというのはあまり良い気がしないのも偽ることのできない本心だった。

「時間だ。実験を開始すると機械室に連絡してくれ」
午前10時、腕時計でそれを確認した艦長が艦橋に詰める部下に指示し、それは間もなく機械室に待機する技師へと伝えられた。
機械室ではいくつかのボタンやダイアルが操作され、それは即座にケーブルを通して貨物室に据え置かれた装置へと作用する。
最初は低い羽虫の羽ばたきのようだった音は急激に耳障りな異音に変わり、異音は貨物室だけにとそまらず船体を共振させて艦全体にその音を伝播させ乗組員全員はたまらず両手で耳を塞ぎ苦悶の表情を浮かべた。
その状態が十数秒程度続いた後、プンッという何かが途切れるかのような音を最後に耳障りな音は唐突に消えうせる。
頭の中まで掻き毟るような異音にたまらず耳を塞ぎ目を閉じ蹲っていた艦長をはじめとした乗組員がなんとかその場に立ち上がると、あたりの光景に言葉を失った。
いや、誰かは思わず言葉を発したのかもしれなかったが、それは音とはならなかった。
艦内はおろか艦外のあらゆる音が消え、空も海もない天地上下の概念さえ曖昧に思える真っ白で広大な世界にその艦は漂っていた。


  • 時と場所を移しながら進む展開とは言っても段階的に見えて含みを持たせる部分をポンと持ってきたりと、先を先をと読ませるのが上手い。 実際の地球と絡ませるのは色々な想像を掻き立てられる -- (名無しさん) 2013-01-12 20:46:16
  • 異世界があるということで歴史上の事件などを関連付けれるのはイレヴンズゲートの面白いところですね。もし科学と自然が高次元で融合した時に世界の壁を突破できるのかという疑問の答えは一重に関わる者の思いの強さで変わるのでしょうか -- (名無しさん) 2015-10-18 19:31:04
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最終更新:2013年01月09日 17:22