【探偵は聖夜に吼える】

師走。
一般的に師も走り回るほどの忙しさと言われるこの月だが、死果つ、年の最期という方が自分にはしっくり来る。
現に皆、くちでは忙しい忙しいと言いながらも、心は浮かれ上がって冬休みだのクリスマスだの忘年会だの年末年始だのに向けられ、
まったく忙しさなどとは無縁の生活を送っているようにしか見えないからだ。
とはいえ年の暮れにあわせ、やらなければならない事もある。
一つは冬休み直前学校新聞特大号の配布、もう一つは部室の大掃除である。
今時流行らぬ文化系、しかも時代遅れの新聞部である。部員などかき集めても10人にも満たない。
それに大掃除ともなれば皆面倒臭がって、やれ家の用事が、それ元からの約束がと理由をつけては欠席して、
副部長の南堂亜紗子など、露骨に「面倒だから行かない」と言ったものだ。
そもそも今夜はクリスマスイヴだ。十津那といえば爆発しろというカップル率。普通は恋人同士ですごすだろう。
結局は自分と、狗人の亜人女子マリモ・スタン、鳥人のビシタシオンの3人しか集まらなかった。
種族の特性なのかマメによく働くマリモと、身体特徴を活かしてススを羽根で払い続けるビシタのおかげで
掃除そのものは捗ってはいたが、どうも納得できる事ではなかった。
ふたりも心のどこかで引っかかっているのか、無言で黙々と掃除を続けている。空気が重い。
重いがしかし、それを崩されるのもまた面倒だ。特にあの人が来ればこの静寂はすぐに破られるだろう。

「しわーっす!みんな元気ー?」
いきなりこの騒々しさである。自分には平穏な時間など無いのだ。
言うまでも無く、我が新聞部の部長である守屋てゐさんがスカートを翻しながら部室に乱入してきた。
何に影響を受けたものなのか、「師走の挨拶はしわっすに決まっている」などと言い出してこのザマだ。
部長職については受験が終わったら引退すると公言しているが、あまり一般的とも思えない交代時期の遅さだ。
そもそもこの人が受験勉強をしている姿など見た事もない。
「ちょっとはとむら!どういう事なのはとむら!
 寒い外から戻ってきたのにお茶の一杯も無いってどういう事なのはとむら」
眼鏡を曇らせながら意味不明な事をのたまう。
傍若無人すぎる。だがまあ丁度いい頃合いでもあるかもしれない。
「それじゃあ、休憩してお茶の時間にしましょう」
自分がそう切り出すと、守屋先輩は嬉々としてバッグから菓子を取り出した。
「マリもんには特別にビーフジャーキーをあげよう。
 ビシたんにはひよこ豆をあげようじゃあないか。
 私とはとむらはエクレアだよ。ちょっと苦目に紅茶を煎れてくれたまえー」
ひよこ豆ってオヤツじゃないんじゃなかろうか。
自分の一瞬の疑問も、美味しそうにひよこ豆をついばむビシタの姿で否定された。
鳥人はああいうので満足なのか。
反面、マリモはどうにも不満そうな表情だ。
「私もエクレアが良かった・・・」
ポソっとマリモが小さい声で呟いたのが聞こえたので、無言でエクレアとビーフジャーキーを交換した。
そりゃあそうだろうよ。

4人分の紅茶の香りが部屋を満たす。至福の時だ。
「でさ、また事件が発生してるんだけどはとむら」
口の周りをエクレアでベタベタにしながら、満面の笑みを浮かべて守屋先輩が自分の方を見た。
「ノーサンキューです先輩。取材には行きませんよ。
 自分は部室の掃除を終わらせたのち、バスカビルを連れて実家に帰るんですから」
バスカビルとは自分が世話をしている校舎の番犬で、2歳メスの秋田犬だ。
名前の由来は、学内廃材置き場のカビた風呂桶で鳴いていたのを 当時1年生だった守屋先輩が拾ってきたからである。
よって、より正確な名前の表記はBATH(tub)黴るである。 酷い名前だ。
小さい頃は写真で見る限りでは可愛いかったのだが、最近は大きくなった事もありちょっと容姿が怖くなってきている。
それと、秋田犬の特性なのかバスカビルの個性なのか、自分以外の言うことを聞かなくなってきている。
おかげでエサやりが大変すぎる。自分のバイト代は半分くらいバスカビルのエサ代で消える有様だ。
「なによぅ。そんな頭ごなしに言わなくてもいいじゃない。
 とても『ドワーフの親指事件』だの『髪の毛のねじれた女事件』だの解決した名探偵とも思えないセリフ。
 あ、さては私にイジワルして気をひこうって作戦だねはとむら。でもそうはいかないのよはとむら。
 もう今夜のイブのすごし方は決まってるんだからね」
何を言ってんだこの人は。
「自分だってそれくらいは決まってますよ」
実家に帰ってノンビリして、明日は親戚の法事とはとても言えないけれど、予定は予定だ。
すると、守屋先輩もマリモも目を点にして驚いた表情を浮かべていた。
ビシタなどは文字通り『鳩が豆鉄砲を食った』ような顔だ。
「はとむらに彼女がいる事の方がスクープじゃんはとむら!
 いつから付き合ってんのさ名前は歳は容姿は趣味は馴れ初めは!?」
「あの、彼女さんいなかったんじゃ・・・」
「ぴよっ!?」
一足飛びで斜め上な結論だが、誤解を生じさせせる表現だったのもまた事実。
だが訂正はしない。
「んで、先輩たちのイブの予定は何なんですか?」
紅茶を飲みながら自分はそう尋ねた。我ながら苦々しく煎れたものだ。
「新聞部で女子会・・・」
3人が目配せしながらそう答えた。
やれやれ。十津那といえばリア充爆発だというのにだ。
「まあそれはそれとして事件の話なんだけどね」
口の周りのエクレアを拭き取りながら守屋先輩が話を続ける。
「いやだから、取材には行きませんよ」
「事件のあらましを聞いてもそう言えるのかねはとむら。
 今回は凄いぞ。何と『あわてんぼうのサンタクロースは実在した!』んだ」
守屋先輩はドヤ顔で発表したが、もう感想すら出てこない。
何を言ってんだこの人は。
「そ、そうなんですか!?」
狗人のマリモは過剰に反応をしめしているが、亜人ならばまだマシな話だ。
十一門世界には『神』が実在する。
地球で言うところの『神』とは異なる存在であるにせよ、きっとサンタクロースのような超越した存在もいるだろう。
だから彼ら彼女らがサンタが実在すると言われて信じても仕方ない文化的土壌はあってもおかしくはない。
しかしだ。自分らは地球人だし日本人なワケで、そうそうサンタの実在を信じられても困るのだ。
今日び5歳のガキですらサンタクロースを信じちゃいねぇだろう。
「先輩、それ本気で言ってるんですか?
 まさか自分にサンタを探しに行けなんて言うんじゃないでしょうね」
「そのまさかなのよね。
 今週の水曜日に十津那学園女子大学、通称、淑女生産工場『クシナダライン』にソレは現れたの。
 全身真っ赤で白い袋を抱えて、女子ラクロス部の部室にプレゼントを置いて忽然と姿を消したそうよ。
 そして金曜日には大学教育学部、通称、知識の回廊『ネバーランド』にも姿を見せて、
 やっぱり女子ラクロス部の部室にプレゼントを置いて忽然と姿を消した・・・
 どう?気になるでしょはとむら」
自分としては、何で各校舎にクソダサくて厨2病感満載の2つ名が付いているのか、の方が気になる。
まさかこれ全部、守屋先輩が命名主なのではなかろうか。
「ラクロス部へのイヤガラセか何かなんじゃないですか」
「それも含めて取材なんじゃないのはとむら。
 あと十津那学園でラクロス部があるのは高等部だけなのよね。
 さあ、張り切って調査に行ってこいはとむら!」
そう言うと守屋先輩はバッグの中から3つめのエクレアを取り出した。
あるならマリモに最初っからあげなさいよ。まったく。

例によってアリスケ先輩に今回の件でメールを送ってから、女子ラクロス部へと足を運ぶ。
アリスケ先輩も興味本位で色々調べていたようで、ラクロス部の闇掲示板がどうとか返事がきた。
いや、自分が知りたいのはそういう事じゃないのだけれど。
自分がブツクサと文句を言いながら歩いていると、後ろからマリモ・スタンがついて来た。
「ウワサの名探偵ぶりを直に見学したいんですよ」
ペロリと舌を出してそう答えた。
自分が名探偵の訳ではないのだが、いつの間にか妙な噂が流れたものだ。
シャーロックのほとんど都市伝説のような噂も耳にはするが、極めて巧妙にコントロールされているのがわかる。
その事実に気がついた時、本当に恐ろしい気持ちになったものだ。
「迷惑・・・ですか?」
「いや全然」
マリモ・スタンはオットリしていてちょっと気弱で驚くとすぐ穴を掘って身を隠したがるような狗人だ。
どこかお嬢様気質な部分もあるのだが、地球に留学してくるのだから、そこそこの家柄だったりするのだろう。
狗人が生涯のパートナーとするケンタウロスだが、彼女は不幸にも数年前に死に別れているらしい。
地球へと渡ったのは、ひとりでも生きていける何かを求めてという事だ。
そして、彼女が煎れてくれるお茶は自分など足元にも及ばないほど香味豊かなのである。
あれは一体何が違うのだろうか。不思議で仕様がない。
「サンタさん、見つかるといいですね」
「サンタねぇ・・・チキン屋の店先の方が見つかるんじゃないかな」
「あ、わたし学食のチキンナゲット大好きなんですよ。
 イストモスには、あんなお料理ありませんでした。
 故郷に帰ったら皆に教えてあげないと」
故郷に帰る・・・か。
自分もこの学園に入学してから、ついぞ実家になんて帰ってなかったな。
「マリモの実家ってどんな所?」
「田舎ですよ。周りは全部牧草地なんです。
 領主様がお一人居て、とってもお髭の長い方なんですよ。
 それと、安息日には大星宮に皆でお祈りに行くんです。
 星神様に捧げる供物を持って行って、お祈りが終わったら皆で分けるんです。
 私は麦餅菓が大好きだったんです。甘くて、ちょっと苦くて、ペタペタしてて。
 普段は学校に行ったりご主人のお世話をしたりしてました。
 それとご主人と一緒に放牧地に行って、メーリの世話をするんです。
 追い立てるのは狗人とケンタウロスの連携でした。
 そreto、うぐるうなふ、がなかなかdeきなくて。
 地球のお風呂ってステキですよね。故郷にもあレばいいのに」
ニコニコしながらマリモが話し続ける。
彼女の話しが本当に面白くて、気がついたらあっと言う間にラクロス部室前に着いていた。

「こんにちは。新聞部なんですけど」
部室のドアを開けながら、中の様子をうかがう。
考えてみれば、女子部を訪問するのだから、マリモが同行しているのはありがたかった。
「来ると思った。例の泥棒についての取材でしょ?
 もー、カンベンしてよね。ただでさえ最近変な事が多いのにさ・・・っと」
顔をあわせるなり、ラクロス部員に愚痴られてしまった。
「あの・・・」
「あ、ゴメン。女子ラクロス部部長の宇井銀子です。
 ヒューマンね。見た目オーガっぽいけど言われたら泣くから」
「ギンコさん、ね。新聞部の鳩村です」
「ということは、アンタが噂の名探偵クンって事か。
 想像してたよりも頼りないな」
「よく言われます。
 ところで、自分らはラクロス部にサンタクロースが来たと聞いていたのですが?」
「格好だけだよ。プレゼントがあったなんて話もあったけどさ。
 どう考えてもアヤシイじゃん。絶対あれ泥棒よ。
 こないだだって下着ドロ出たの知ってる?絶対犯人一緒だよ。
 サイアクよねこの学園」
まあ、それ捕まえたの自分なんですけどね。
まさか今回も下着泥棒なんじゃないだろうな。
「サンタさんじゃないんdeすか?」
マリモが寂しそうな声を出す。
「サンタなんて居るわけないじゃん。
 異世界ならともかく、こっちはフツーの世界なんだからさ。
 ウチの部にもサンタ信じてたのいたね。
 クロスラインか誰かだっけ?」
普通。普通とは一体何なのだろう。
とは言え、彼女のような地球人がまだまだスタンダードなのは否めない。
クロスラインと呼ばれたのは、動甲冑の女子?だった。
妙に細身というか、そもそも動甲冑って中身どうなってんだ。
『いいえ、私ではありません。
 サンタクロースが赤い服を着ている事すら最近知ったのですから。
 あのような体型で煙突の中を通るだなんて、お伽話もいいところです。
 普通の人間ならば、あんな狭い所を通る事すら不可能です。
 信じていたのはアームルタットでしょう』
アームルタットと呼ばれたのは、女子ケンタウロスだった。狗人のお供と削蹄の最中のようだ。
「あーそれアタシっす。サンタマジ信じてたっすよ。
 マジガッカリっす。絶対niいるとしんじてたんですすすから。
 あああああそこさkuてええええええええ」
何だ?
「あの・・・さっきkaらなにかへんじゃなでいいいすぃいせ?」
マリモの言葉が聞き取れない。
「ああ、最近ウチの部室でこーゆーの頻発してんだ。
 さっき言ったじゃん。最近変な事が多いってさ。
 泥棒捕まえるついでに、こっちも解決してよ」
宇井銀子は悠長にそう言ったが、これは明らかに異常事態だ。
『今日はいつもより酷いみたいですね。
 辺りに異常が無いかどうか調べてきます』
「ぶちょおおおおおおの声も聞き取れれれ。
 ちきゅうjiiiiiiiiiiならてたらさされっれ」
クロスラインとアームルタット、そして何人かの部員が廊下の外に出る。
何が起こってるんだ?
ふと窓の方に視線を向ける。
遮光カーテンを開けると、そこには学園で最も高くそびえる施設が目に入った。
『門』から得られる加護を増幅するとかいう、最も胡散臭い施設。
『翻訳の加護安定拡散装置塔』・・・通称『バベルの塔』だ。
この部室棟は、『バベルの塔』の直下にあったのか。
自分は慌てて外に駆け出した。
翻訳の加護に異常が起こっているのは間違いない。
しかし、何故急にこんな事が起こったのだ。
『バベルの塔』の立ち入り禁止区域の金網に到達してから、後ろを振り向いた。
目の前には部室棟と学園高校。
斜め60°には淑女生産工場『クシナダライン』の校舎。
反対側には知識の回廊『ネバーランド』の校舎。
これはどういう意味だ。何が起こっているんだ。
「うぐるうなふ、ふふふふふふたぐん」
マリモが必死に何かを言っているが、自分にはまったく見当がつかない。
クソ!こんな事ならイストモス語くらい少しは齧っておけば良かった。
マリモは何か思いついたのか、言葉を話すのをやめてジェスチャーを取り出した。
この身振り手振り。そうか。手話か。
今年一緒に手話サークルに取材に行ったのだった。
自分はほんの少ししか覚えられなかったけど、マリモはその後も通っていたのだろうか。
「鼻」
「走る」
「上」
「人」
「あっち?」
マリモが上空を指差した瞬間、『バベルの塔』の上層階で爆発音がした。
まさか。自分の脳裏に数年前の世界規模のテロ事件がよぎった。
何にせよ、こんな所にいては危険だ。
マリモの手を握って校舎へと走る。
そしてその瞬間、自分は『バベルの塔』から校舎に入り走る人影を見た。
赤いコートに太めの体型。白い袋を担いで白ひげを蓄えた男の姿だ。
「サンタ・・・クロース?」
自分たちは大慌てでサンタのあとを追った。危険は承知の上だ。
もしかしたら、先ほどの爆発事故と何か関係があるかもしれない。
途中何度か見失いかけたが、マリモが臭いで追跡し続けていた。
先ほどの手話の「鼻」とは、何かを嗅ぎつけた、そういう意図だったのだろう。
ひたすら廊下を走り続ける。
サンタは女子ラクロス部の部室前を通り、女子更衣室へと逃げ込んだようだ。
男子更衣室と同じ構造ならば、そこは入口ドアしかない密室のはず。
これで逃げ道はふさいだ。
ガチャリとドアを開けて中に入り込む。
「ハァッ!ハァッ!ハァッッ・・・」
息が苦しい。日頃の運動不足がたたっているか。
マリモはまったく息を切らさずに、鼻をヒクヒクとさせている。
室内にサンタの姿は無い。
天井までおよそ2.5m。換気口もあるが、大きさこそ90cm四方ながらもダクトは狭い。
まさか壁抜けなどできないだろうから、ロッカーの中にでも隠れたか。
手近なところからロッカーを開けて回る。
が、全てのロッカーを開けてもサンタの姿は無かった。
「・・・消えたってのか」
密室トリックなんて小説の中にしか無いのだと思い込んでいた。
現実とはまったく酷いものだ。

行きたくはない。
が、ここに至りやはりあそこへ行かなければならないのだろう。
自分はマリモに記憶をたどりながら手話で部室に残るように指示し、
戻ってきた宇井銀子にも経緯を説明した上で、旧校舎B棟2階へと足を向けた。
空間と空間の隙間、わずか1室だけポツリと取り残された部屋。
科学準備室B室。
『221B』と書かれたプレートがはめ込まれたドアを開けると、静寂の中、一つ影が佇む。
ほぼ完璧にニンゲンに擬態したソレは、スカートをたなびかせていた。
ネットワークに接続しなくとも、無尽蔵の解析能力で事件を解決し続ける存在。
群れのリソースの大半を食いつぶすほどに特化した存在。
自称『地球観測・解析用強行偵察型蟲人36号』
だが、自分はその名では呼ばない。『探偵』シャーロックと呼んでいる。
『まあ、そろそろ来る頃だと思っていたよ』
自分のスマフォにメッセージが表示された。
シャーロックは擬態した少女の顔を随分と崩しながら、苦々しい表情を作っていた。
『キミには理解しがたいかもしれないが、今回の件は私への挑戦状だ。
 私はこの学園に潜伏する事によって、ありとあらゆるミクロな状況を観察して、
 好き放題に分析して楽しめる玉座にいるのだ。それをヤツは踏みにじったのだ。
 このような混乱は本来ならば私が仕掛けるべき<イタズラ>なのだ。
 それなのにヤツは、本格的な犯罪行為のために用いている。
 ハトソン。気づいているか。敵はキミの探すサンタクロースの他にいる』
その文面を読み終えた自分は、一体どんな表情をしていたのだろうか。
確か自分は守屋先輩に命じられるがまま、居もしないサンタを探しに出たのではなかったか。
それなのに、翻訳の加護の異常、バベルの塔、そして敵だって?
「まるで興味が向かないよ、シャーロック。
 敵なんてものとは君が戦えばいいだろう。
 自分はサンタクロースが見つかればそれでいいよ。
 どうせ君のことだ。おおよその状況は把握しているんだろう。
 かいつまんで話すから、トリックを教えてくれないか」
自分はシャーロックを利用するだけだ。アレに協力する気はさらさら無い。
『やれやれ。多少は協力いただけるかと計算していたのだがね。
 キミもたまには虫の居所が悪い時があるのかね』
シャーロックは憮然とした表情を作り上げていたが、すぐにニヤケた顔となった。器用なものだ。
蟲人が虫の居所が悪いなどという差別的な慣用句を用いるという笑いを狙っているんだろう。
本当にロクでもない生き物だ。コレは。
自分は全て虫を、おっと無視をして状況を説明した。
シャーロックはいつも通りに全てわかったような顔を作りあげて 自分にメールを送ってきた。
『相変わらず、随分と単純な事で悩んでいるのだね。
 キミは自分で何を追っていたのか知っているのだろう?』
「サンタクロースだよ。
 まさか実在するだなんて言うんじゃないだろうな。
 それに、いくらサンタでも密室から姿を消すなんて不可能だろう」
『本当に密室だったのならね。
 ハトソン君、サンタが<煙突>からやってくる事くらい、私でもしっているぞ』
「煙突だって?あの部屋にはそんなものありはしなかった・・・いや」
『思い当たったようだね。そう。通風孔さ。
 天井までおよそ2.5m、大きさこそ90cm角ながらもダクトはより狭く、人が通るなど考えもしない。
 だからこそ<サンタクロースは煙突から出入りした>のだよ。
 この学園のいくつかの校舎は古い造りで、天井を送風ダクトが縦横無尽に走っている。
 これを利用出来れば、どこにだって行く事が出来るだろうね』
「いや、それにしても狭すぎる。
 送風ダクトなんて、ドワーフやノームだって通れやしないよ」
『やぁれやれ。まず、完全にありえないことを取り除けばいい。
 残ったものは、いかにありそうにないことでも事実に違いない。
 密室など無い、壁や床に抜け道は無い、テレポートなど有り得ない、あるのは入口ドアと送風ダクト。
 その送風ダクトに入るには、普通の人間の大きさでは入る事ができない。
 もう事実は一つしか無いだろう。<その者は、普通の人間以下の大きさになれる>という事だ。
 ハトソン君、キミはサンタクロースという言葉にまやかしされているんだよ。
 何故サンタがふくよかな老人だと思うのかね。
 どうして<中身は見た目よりずっと細くて、しかも分解可能な者>だと想像しないのだね?』
「まさか・・・動甲冑(リヴィングメイル)!?」
ある確信めいた思いがあった。シャーロックを置き去りにして、自分は犯人の元へと向かった。

女子ラクロス部には、マリモと一緒に大半の女子部員が揃っていた。
「サンタの正体、わかりましたよ」
自分がそう言うと、宇井銀子は寂しそうに笑って「よし!今日の練習は終わり!みんな帰れ帰れ!」と急かした。
「あの・・・」とマリモが消え入りそうな声で呟いたので「先に新聞部に帰っていて」と告げた。
部室に残ったのは、自分と、宇井と、クロスラインの3人だけだった。
「で、サンタの正体って何なのさ」
「動甲冑は一般的に人型を形成していますが、やろうと思えば各部品ごとに形を変えられます。
 片平エイグス先輩にも確認しています。だからクロスラインさん、アナタにもそれが出来るはずです。
 それなら、あの狭い送風ダクトであっても行き来出来るはずです。
 それが出来ないと錯覚させたのは、あのサンタの衣装です。
 普通の人間は狭いダクトを行き来できない、そう印象づけていたのは、クロスラインさんです。
 それともう一つ。
 自分は守屋先輩から、今回の件は『サンタがプレゼントを配って歩いている』と聞いていました。
 でも蓋を開けてみれば泥棒の話題にすりかわっている。
 これは噂をコントロールしようという意思が働いている証拠です。
 自分の知り合いにもこういう手段を取るヤツがいるから、よくわかります。
 女子ラクロス部に、正体不明の、泥棒が入っている。これがシンプルな事実なのでしょう。
 時期が時期だけにサンタクロースのネタがくっついただけですね。
 宇井部長。『最近変な事が多い』『泥棒が』と言ったのはアナタです。
 ある情報筋から、ラクロス部の良くないウワサを耳にしました。
 そもそも学園内で部が3つに分裂した切っ掛け・・・イジメですね?」
自分が一気にまくしたてると、宇井銀子とクロスラインは泣き崩れた。
つまり、この事件はこういう事だ。
かつて学園高校、十津那学園女子大、教育学部の女子ラクロス部は一つのサークルだった。
それが部内イジメ問題を切っ掛けにして、3つに分裂してしまったのだという。
その渦中にあったのが、宇井銀子だったという訳だ。イジメの恨みは消えるものではない。
部長になってなお消えなかった心の傷が、クロスラインという協力者を得て再発したのだろう。
実際に部室に侵入して何をしたかまでは知る由も無いが・・・
これがアリスケ先輩からの情報も含めて、自分が導き出した答えだ。
「最近、理由はわからないけれど翻訳の加護が妙に乱れる時間帯がある事に気づいたんだ。
 それが始まると学内が騒然としてさ。チャンスだと思ったんだ。
 クロスラインがダクトを通れるって笑い話でしてたのを思い出してさ。
 最初はただのイタズラ気分だったんだ。クロスラインが無人の部室に忍び込んでさ。
 『全部見ているんだぞ』って書置きしてくるだけみたいなさ。泥棒なんて言ったけど、何も盗んじゃいないよ」
「それは、変態四十七士のせいにしようとしたからでしょ?
 下着泥棒騒ぎがありましたからね」
「うん・・・まさかこんなにウワサが広まるなんて考えもしなくて」
「まあ、やってしまった事は仕方ないとして。
 もう止めてくださいね、こんな事。
 面白がって記事にしたがるどーしょーもない人もいるんですから」
嘆息一つ。
自分は女子ラクロス部から退室した。
もうすっかり日が暮れて、夜になってしまっていた。
渡り廊下から『バベルの塔』を望む。ああ、あの黒い人影、シャーロックだな。
まったく関わり合いたくないけど、何かを解決しに行ったんだろう。
やれやれ。結局サンタなんていやしなかったんだな。

新聞部に戻ると、マリモがお茶を煎れて待ってくれていた。
「お疲れ様でした。お茶、いれてありますよ」
ニコリと笑って自分に手渡してくれる。翻訳の加護が元に戻ったんだな。
「ビックリしました。本当にサンタさんって居るんですね」
お茶をすすりながら彼女が言う。
ロクでも無い正体ではあったが。
それでも、彼女にとってそれが真実ならばそれでいいような気もしてくる。
「メリークリスマス」
自分は自然とそう口にしていた。


随分と後日の話になるが、一つ気づいた事があった。
自分はマリモの手話を間違って解釈していたという事だ。
「鼻」「走る」「上」「人」
彼女は随分とあとになってからこう言った。
「赤鼻のトナカイが、人を乗せて上を走っていたんですよ」と。


  • 翻訳加護の使いどころ・加護切れの違和感が上手い! -- (名無しさん) 2013-01-15 14:04:05
  • 異種族も「学校」という枠の中に入ってしまえば世間一般でいうところの学生生活を送りそう。そう納得してしまうほど学校の魔力は強い -- (名無しさん) 2013-01-18 17:51:04
  • 新聞部の話になると色んな人物が出てきてにぎやか楽しい。取り上げられる事件が世界観の中でありそうと思っちゃうのが面白い。鳩村の災難はこの先どこまで続くんだろうか -- (名無しさん) 2014-10-18 03:54:15
  • 学生の日常ですがキャラの個性が毎回光っています。この時期にふと過ぎる別れの予感が少し切ないですね。短いながらも起承転結を外さない小事件には感心するばかりです。イレヴンズゲートの地球であればもうサンタの一人や二人いても不思議じゃないですね -- (名無しさん) 2015-11-29 20:35:51
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最終更新:2014年08月31日 01:58