ほんま何でこんなことになったんか、思えばあれは忘れもしない半年ぐらい前のいつだったか。
O木「忘れとるやないですか」
お決まりのツッコミありがとう、話を戻すと自分とO木はCJさぬきの編集者であり
半年前にミズハ支局を開くということでミズハミジマ南部のニライカという所に赴任になったのである、かいつまんで言うと。
さてその日、いつものように締切に追われている昼過ぎ。
取引先の蛸人、H島のおっさんが編集部にやってきた。
H「牛尾さん、飯まだな?」
あ、ちなみに牛尾とは自分のことである。
牛「どしたんな、またたかりにきたんかいな」
H「ちゃいますて。おもろい店見つけたんですわ」
牛「あー、行きたいんですけどね、締切前なんですわ」
こう見えても記者の端くれ、ケツに火がついとるのにのんびり外食などできまへん。
というわけでホワイトボードの行動表に『牛尾:昼飯中。13時帰投。』と書いて編集部をあとにしたのである。
O木「言うてることとやっとることがバラバラやないですか!」
こう言うのもなんだがニライカは田舎である。
情報とスピードが命のこの業界において何ゆえに我がCJさぬきはミズハ中央から遠く離れたここに支社を置いたか。
それはこれから行く店にあるといっても過言でもない。
H島のおっさんの牛車に揺られて、だいぶ町外れの方まで来た。
牛「こんなとこにほんまにありますの?」
H「そう考えるのは思う壺タコの壺、牛尾さんとこのうどんもそうやないですか」
確かに。案外針の穴場はこういうところにあったりする。
うーむ、長いこと帰ってないと勘が鈍るもんやな。
そうこうしていると牛車が止まったので幌から顔を出して見てみると目の前にはあるのはただの民家ではないか。
いや、待てよ。ひょっとしたら暖簾を出してないだけかもしれん。
讃岐時代に針の穴場取材でも似たような店に連れてかれて散々面食らったやないか。
この佇まいは恐らくセルフだろう、煙突が見えないのは引っかかるが玉は卸で、その分ダシや天ぷらがうまいタイプか…
と、まだ見ぬ店内に思いを馳せていると御者席のH島のおっさんがこう言ってきた。
H「ごめんな牛尾さん、迷ってもたわー」
返せ!ワシの期待を返さんかい!!
ほんまにもーこのおっさんだきゃ。
その日は仕方なく引き返し、スケジュールの都合で飯食えんまま仕事に戻ることになった。
それから数日後、締切を乗り切ったもののCJさぬき本誌の翻訳作業に追われていると
先日貴重な昼飯と休憩時間を奪いよった血も涙もない蛸人ことH島のおっさんが再び現れた。
H「言いすぎですがな!ほんで牛尾さん、ヒマな?」
牛「見てわかりますやろ、あんたみたいに腕よーさん欲しいですわ」
H「そら大変ですなー。こないだの店、ちゃんとナビできる子見つけたんでまた行こか思たんですが」
見ればおっさんの肩あたりに精霊が乗っとる。
こりゃかなりアテに出来るが、そこは一編集者、大事な本誌の異世界進出を担うものとしてやらねばならんのだ。
私は涙を飲んで行動表に『牛尾:昼飯中』と書き込んでH島のおっさんの牛車に乗り込んだ。
O木「ほんまにもーこのおっさんだきゃ!!」
O木の非難を右から左に聞き流し、牛車に乗り込んだ我々であった。
さてH島のおっさんの手綱さばきと精霊の道案内で道中は事もなく進むかと思われたが重大な事態が発生した。
H「何があったんな」
牛「ヒマや」
何もやることがないのである。出発してすぐぐらいはそれこそ話題があったのだが
今ややることと言えばH島のおっさんの空いてる手もとい、触手…いや手か?を蝶結びにすることぐらいであった。
H「あんた何しよんな!?あーあ、ほどくん手間やないかー、もー今日奢ろか思てたのに」
牛「すぐほどかさしてもらいますわー」
H「単純やなぁ牛尾さん」
さて、わーわー言うてるうちに先日おっさんが迷ったと白状したあたりに差し掛かった。
今日はそのまま通りを進んで…お、何やら道の右側に行列が見えてきた。
あれか。その行く先を目で追うとちょっと先で路地に入って…ちょっと待て!
H「どしたんな大きな声出して」
牛「どこにこれ止めるんでっか?」
H「あの先ですわ。店の前にね、駐車スペースがある」
そう言うとH島のおっさんは触手で角の先をしゃくった。
あの細い路地に入るんかいな!しかも行列があってさらに反対側には魚人用とおぼしき、かなりでかい水路があるではないかモンゴイカ。
だが私の不安をよそにH島のおっさんは手綱裁きと余った手で牛車を支えながらなんなくその路地を攻略したのである。
恐るべし蛸人のテクニック。
さて、我々は店の前に牛車を止めると来た道戻って行列に並んだ。
時刻は昼飯時。絶好のタイミングである。
順調に行列を消化し、ついに我々は暖簾をくぐった。
店の作りはいたってシンプルで奥の製麺スペースに張り付くように作られた釜場、
急拵えであろう客席、その間に年季の入ったテーブルに山と盛られた天ぷらの数々!
うーむ、今時、香川でもこんなロケーションお目にかかれるだろうか。いや、ない。
H「ここ、珍しい天ぷらはないんやけど、とり天だけはよいよウマいんですわ。
ほら、おたくんとこ雑誌で絵つけてる蛇人のU田くん、こないだうどん食わんととり天だけで腹いっぱいになりよった」
なんとかー!?
セルフ式主流でオプション激戦区と言われるニライカ中心部でかなり食べ歩いてると噂のU田君のオススメとあればいかん訳にはいかんやろ。
いや待て待て。あくまでさぬきうどんとニライカのうどんが業態も見た目も似ているというわけで
こんな辺鄙な地に支社を置いた我々である。
確かにオプションも大事だが肝心のうどんがスカタンでは意味がない。
私は一度冷静になり、かけの並にとり天とかきあげを、おっさんはぶっかけ並と長天とちくわ天、おにぎりをチョイスし席についた。
ここでニライカのうどんについて少し解説をしておこう。
O木「今更ですか」
牛「ええの。たぶん読者もこれがグルメ紀行文て気づいてないもん」
ニライカのうどんは前述の通り、その店舗形態や味、さらには価格帯も驚くべきことにさぬきうどんと類似していたのである。
ま、強いて違いをあげるなら、さぬきうどんが小麦粉100パーセントであるのに対し
ニライカのうどんはつなぎにこの地方で取れる海藻を使っているという点だろうか。
そのせいもあって白~黄色がかった白のうどんに慣れた我々は最初、色の白い太めの蕎麦やないか!と大騒ぎしたものだ。
次に味。なまじ海藻などという混ざりもんがあるので…という先入観をもたれた読者諸兄、心配御無用である。
この地方でとれる小麦は非常に芳醇で、少量の海藻ぐらいならものともしない個性を持っているのだ
かつてさぬきうどんブームを巻き起こした麺通団の掟に
そば屋をばかにしてはいけない
という項目があったことを思い出し、大人しくいただくことにしたら、あら不思議。
味も食感も正にさぬきうどんそのものだったのである。
昨今の異世界交流で研究熱心な大将が小麦100パーセントのうどんを打ったり
中には海老やら貝のすり身をつなぎにしとる野心家なうどん屋もでてきてるのもまた事実である。
しかし、かかし、だいたいのニライカうどんは小麦+海藻つなぎを出してるのを見ると
ニライカうどんルネッサンスはまだ先かもしれん。
まーでもなー、二十一世紀の今日に、こんだけ出色のロケーションと味が残っとるのはすごい貴重なので
うどんに魅せられたコテコテ香川県民モドキミノタウロスとしては複雑な心境だなぁ。
H「話それてまっせ」
それもそうね。
我々はお代を払うと席に…ありゃ?全部埋まっとる。
牛「しゃーない、立ち食いか」
H「心配せんでええで」
おっさんはそう言うとズカズカと製麺スペースをつっきっていくではないか!
ひょっとして奥の生活スペースにでも上がり込むつもりか?
私の心配をよそにH島のおっさんが八本の足を器用に使って裏の戸を開けると…
牛「なんとかー!?」
目の前に広がるのはちょっと開けた空き地に、水路が走ってて
なんと人魚の人らが淵に腰かけてうどん食いよるでないか!
なるほど、さっきの路地の水路はここに繋がってて彼ら用の食事スペースになっとるのか。
見れば水路の一角に同じようなオプション置き場があってその手前で獺人の店員がうどんの注文聞いて店の中に伝えよるぞ。
これはこっちならではのシステムやな。
H「何見とれとんな。早いとこ食わんとうどん延びてまうで」
おお、そうだったそうだった。
空き地の空いてる石に腰掛けて早速うどんをいただくことにした。
ズズッとすすってみると、これがものすごいシンプルでいいうどんだ。
ほどよいコシとシャキッとしたエッジ、つなぎも過剰な自己主張をしないものの、ちゃんと海藻の風味を忘れない。
そして喉ごしすら素直なのだ。理想的シンプルイズベストだろう。
続いて出汁はというと、また奥ゆかしいんですわ。
魚介系の透き通った出汁でニライカうどんの特徴である薄めの流れの中でもものたりなさを感じたが
うどんと一緒にすするとこれがね、麺を邪魔しまいしながらもしっかり主張をしてくるのである。
いやー、さっき血も涙もないてH島のおっさんのことを罵ったがこりゃ前言撤回せないかんなー。
石に座るロケーションも悪くない。
往年のさぬきうどんブームにおいてラッシュ時の客を捌くために
外にテーブルと椅子だしてそこで食ってもらうというのがぼつぼつ散見された。
だがここはその更に上かもしれん。
何せ私らの他にも庭石でうどん食うてる客ようさんおったし
中には座りすぎてケツの形にすり減っとる石すらある始末。
歴史を感じる風景である。
U田君一押しのとり天もまたガジっとプリッとして絶品!
たぶん昼のラッシュ用にようさん揚げた奴でもちょっと冷めたぐらいでそんなに味落ちんのではないかという出来栄えだ。
もろもろ纏めて堪能していると、空き地の角に小さい小屋があるのに気がついた。
牛「あれなんですの?」
H「あれな、鶏小屋や」
見れば、鶏が時々羽ばたいてるのが見える。
……待て、ひょっとして今ワシが食うたとり天てまさか…
私が驚愕の事実に赤鮫、もとい青ざめているとH島のおっさんは察したように続けた。
H「ちゃうちゃう。あれ卵取る用ですわ」
もー、びっくりしたやないかー!
なんてハプニングがあったりなかったりしたが(どっちやねん)
ここは周りを立てるうどんと言っていいかもしれない。
出汁は麺の邪魔をせず、麺は風情を邪魔にせず、ロケーションの邪魔をせず
かといってロケーションもうどんをないがしろにすることはない。
言わば思いやりうどんだ。
人魚さんの客に配慮したシステムもその一つといえるだろう。
H「何綺麗にまとめとんな」
牛「ええやないですか、ちゃんとした紀行文なんやもん」
H「その割にマクラ長いですがな」
H島のおっさんのつっこみを聞き流しながら表の暖簾をくぐると、緩やかなスロープになっているのに気がついた。
おお、こんなところにも思いやり!徹底しとるなぁ。
店舗情報
「がやか」
営業時間 10時~14時、16時~玉がなくなるまで
値段 並(2玉)200円
大(3玉)250円
以降、1玉ごとに30円加算
天ぷら 80~200円
(但し日本円、日本時間換算なので前後する時あり)
- 屋号の由来は先々代の「にぎやかな店にしたい」という思いから。「がやか」とはこの辺りの方言で「賑やか、明るい、騒がしい」という意味だそうだ。
- 支局長をビビらせた鶏小屋は息子さんが昔、縁日で買ってきた雛が増殖したものらしい。今では大将の健康に一役買っている。
- タイミングが良ければ玉子天なんてのもある。しかもサービスだ。
- 実は表で出してる麺と裏で出してる麺が微妙に違う。うどんを頼む時に「あっちの」と注文すると反対側のやつが食べられるぞ。
- まとめて読むと細かく作られた設定に驚く。店舗情報もありそうな内容で思わず店が目に浮かぶ -- (とっしー) 2013-01-18 13:43:09
- 料理レポ漫画のようで複数人の掛け合いにより話が進むのは閉じた雰囲気を出さずに単純に楽しい。思わず「大」を注文したくなった -- (名無しさん) 2013-01-18 17:30:42
- 芸人が行く!名店めぐりを見ているような気分になったんやな -- (名無しさん) 2013-01-18 21:51:05
- スレ中ではなんかよくわからなかったから読んでなかったけど、まとめて見ると面白いかった。うどん食べたい。謂わば夜食テロSS -- (名無しさん) 2013-01-19 21:05:21
- 主題がはっきりしている会話劇で無駄がないので読みやすい -- (名無しさん) 2013-02-08 00:34:01
- 地方ローカルのお店紹介番組を向かうところから見ているような気分になるのが面白い。 ありがちな値段設定も種族対応していそうなバリエーションで説得力が強い -- (名無しさん) 2013-07-03 00:59:09
- 何度読んでも流れの組み立て方がキャラと合ってて秀逸。お品書きいいよね -- (名無しさん) 2015-08-23 01:12:00
- とても牧歌的なしかし勤め人として仕事もするかーというゆるゆるな日常会話だがそこはしっかり異世界。人も風景も異世界なのにしっかりうどんの存在感という組み合わせがなんとも交流的です -- (名無しさん) 2015-12-06 17:54:50
- 異世界でうどん激戦区とか面白楽しい光景 -- (名無しさん) 2016-10-28 07:22:10
最終更新:2015年08月22日 23:41