【竈守】

朝、台所に下りた私はまず一番に竈の奥に火種が残っていることを確認する。
「起きるのが遅いぞ!早く薪をよこせ!」
すっかり小さくなった竈に居ついた火の精霊が燃え残りにしがみつきながら竈の中を覗く私に言ってくる。
「はいはい、わかりましたよ」
どうやら今日は火種が燃え尽きずに残っていたようで余計な面倒にならずに済んだ。火種が燃えつきてしまっているとまずは火起こしからせねばならぬというのも面倒であるが、竈の火精霊がぞんざいに扱われたとヘソを曲げてしまってなかなかうまく火が付いてくれないことはさらに面倒だ。
私は足早に一度外に出て竈用の薪を抱えて戻ってくると、手ごろな大きさの薪をさらに鉈で割って燃えやすいようにして竈の奥へと入れてやる。
「よしよし、いい薪だ」
竈の奥から満足そうな声がする、どうやら湿気てはいない乾燥したものだったようだ。
「昨日の薪はひどかったからな、危うく残り火が消えてしまうところだった」
竈の奥でチラチラと炎を上げて残り火から新しい薪へと火移りしながら精霊が私に言う。
「私も朝から煙で燻されてひどい目に遭いました。文句ばかり多い竈の精霊には困ったものです」
「なにを!?」
私の言葉に竈の奥がカッと赤く燃え上がる。よしよし、いい具合だ。
「ほらほら、さっさと水を沸かしてください」
竈の奥で何かを喚く火精霊を無視して私は竈の奥に小ぶりな薪を数本追加する。途端にそれまでの文句はどこへやら、薪を燃やすことに夢中になってすっかり私への文句も言わなくなる。火精霊は扱いを知らなければ難儀なものだが扱いさえちゃんと心得ていればこれほど扱いやすい精霊もいないだろう。
「昨日の夜の汁と飯が少し残っていますね・・・雑炊にでもしましょうか」
朝は昨日の夕飯の残りで簡単にというのが私の流儀だ。旦那様もそれには納得してくれている。
庭先の畑から菜っ葉を少々引っこ抜き、水桶でジャブジャブと土を洗い落としザグザグと切る。
「湯が沸くぞ!湯が沸くぞ!」
そうこうしていると竈の精霊が釜の水が沸いたことをやかましく私に伝えてくる。
釜から沸いた湯を鍋に少々移し、そこに昨日の晩の飯の残りに菜っ葉を少々、味付けは小魚の干物を砕いて粉末にした物を少々と味噌を一掬い、贅沢を言えば家禽の卵でもあればいいのだが今朝は庭の目ぼしい場所を野菜を採るついでに探したが見当たらなかったのでしょうがない、これだけでも十分美味い雑炊が出来上るのだから問題ない。
残りの釜の水はこのまま湯冷ましをすれば今日一日分の飲み水が出来上がる。旦那様はまだこちらに来て日が浅いために生水だと時々腹を下すのでこれが毎日の日課だ。
「さて、それではこちらを温めてくださいますか竈の精霊様?」
「よしよし、まかせておけ」
竈のもう一つの火噴き口に雑炊の材料を放り込んだ鍋を置いて私は火精霊にわざとらしくお願いをする。すでに薪を数本燃やし尽くしたことで上機嫌の竈の火精霊は燃え上る火の勢いをクイと曲げて器用に片方の鍋にだけ火勢が向くようにして見せる。
こうなればたちどころに鍋はグツグツと煮立ち、程なくしてなんとも食欲を掻き立てる匂いを立ち上らせる雑炊が出来上がる。
「さぁさぁ、それじゃ私を囲炉裏につれていけ」
朝の竈での仕事はこれで終わったことを理解している精霊が、私に生意気にも催促してくる。
小憎らしい火精霊に催促されてというのはいささか癪に障るが、たしかにその通りなので私は竈の奥から金箆で火精霊の乗っかったほとんど炭になった薪を取り出すと、板間の上に落とさぬように注意しつつ居間の囲炉裏に移して炭を置く。
「よしよし、ご苦労ご苦労」
まるでもう一仕事終えたかのように火精霊が言うのがなんとも腹立たしい、お前はまだもう一仕事あるだろうと腹の中で思いつつ火箸で炭の向きを弄る。
程なくして火精霊は炭を赤々と燃やしはじめたので、その上に五徳を置いて昨夜の汁の残りの入った鍋を置く。
「おはよう・・・・」
奥の間の戸が開いて朝の弱い旦那様が目をこすりながらやっと起きてきた。
「朝餉の用意がもう出来ますから顔を洗っておいでなさいませ」
「あぁ、わかったよ」
この前繕ったばかりだがそれでもまだ大きいのか、小柄な旦那様が着崩れた寝間着をズルズルと引き摺るように外に顔を洗いに行く姿を見つつ、もう少し繕う必要があるなと考える。
「汁が噴くぞ!煮えすぎた汁は不味いぞ!」
まったく五月蠅いやつだ。火精霊が薪の良し悪しはわかっても汁の美味い不味いなんてわかるはずもないだろうにと思いながらも、たしかに煮すぎた汁は不味くなるので火から下して汁椀へ注ぎいれる。
菜っ葉の雑炊と昨晩の汁の残りだが、食は細いが好き嫌いのない旦那様と私の朝はいつもこんなものだ。

「それじゃいただきます」
「いただきます」
外から帰ってきた旦那様と一緒に囲炉裏を囲んで腰を下ろし朝食。
手を合わせて毎食決まってまじないのように言葉を言うことに最初はなぜこんなことをするのかと不思議だったが「これはね、食べ物とそれを作ってくれたいろんな人への感謝なんだよ」と教えてもらってからは欠かさずするようになったこの食事の前の儀式も今ではすっかり板についた。
「炭をよこせ!これっぽっちじゃ昼までもたんぞ!」
こちらは食事中だというのに囲炉裏の中の思量の浅い火精霊が文句を言う、それだけあれば十分に昼まで燃え残るのは重々承知しているのにまったくあればあるだけ燃やしたがるのだから困ったものだ。
さて、昼は旦那様に何をお作りしたものか・・・・

  • 異世界ならではの生活風景ですね。道具ではなく家獣ともまた違う家電と家族の間にいるような精霊が微笑ましい -- (名無しさん) 2016-02-28 08:34:49
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最終更新:2013年02月17日 16:16