【ゼプトの恋人 喧嘩の価値は愛の形】

「ほーっほっほっほっ。あのゼプトの才が無ければティータなどモノの数ではなくてよ」

 豊満な胸が弧を描いて回った。
 羽飾りが胸元を隠し、怪しい魅力を掻き立てる。

「ふふ~ん。砦とクッションは新品に限るわね」

 蠱惑の大きな臀部が、砦の中央に添えつけられた質素な椅子に下ろされた。
 柔らかいお尻が、艶かしく形を変える。

「お菓子戦略を逆手に取られて、一時はどうなるかと思ったけど、こうなればワタクシの勝ちは決まったものですわね」

 滑かな曲線を描く足を組み合わせ、内股の奥に潜む男が追い求め止まない黒い布地をちらりと見せつけた。
 踏む為に作られたのではなかろうかというハイヒールが、居並ぶ部下の屍人へと向けられる。


「さあ、この次に勝てばこの地域はワタクシたちのモノよ!」

 しなやかに動く指先が、顔を隠す扇を振り上げた。

 ついに彼女の顔が衆目に晒される。

「そう、この! ゴブリン・モンロー様のモノよ!」

 下牙が突き出し、ひしゃげて伸びた鼻、深いシワの刻まれた顔、そして爛々とした瞳。

 紛うこと無きゴブリンの屍人である。

 悩ましい……本当にいろいろな意味で悩ましい姿態のモンローは、「美しく、より美しく、死すときは愛か太陽の光で」という女性らしい華やかな理想を持つ。

 彼女は、ティータ・ローチャイルドの隣接した領地を治めていた。しかし彗星の如く現れ領地を広げたローチャイルドにより、陸の離れ小島の如く孤立してしまった。

 悔し紛れにお菓子の流通に打撃を与えようと、コピー商品を作って売り出してみたはよかったが、逆手に取られて売れ行きは芳しくない。
 ローチャイルド産甘菓子は値引きされ、コピー商品の方が高く売られているという不自然な形となっている。元々、ローチャイルド産お菓子は高めに売られていたらしく、しかもいつでも値下げできるように生産ラインも整えらていたため、コピー商品が出るとこれ幸いと値下げを行ってきた。

 このため、初期投資を回収できず、しかも在庫を抱える事になったモンローは大打撃を受けた。

 しかし、チャンスは誰の頭上にも訪れるものである。

 ティータとゼプトがケンカした。

 ゼプトは学生の本分だと、地球へ帰って学校に通うといいだし、今はミズハミシマへ向かって船上の人である。

 この気を逃さず、モンローは饗宴をティータへ申し込んだ。
 領地を囲まれた状況を打破する為に、海へ抜ける林道を戦場とし、そこを獲得して領地とするため。

 ティータは苦し紛れに三戦方式を申し出た。饗宴を申し込んだのはモンロー側であり、ティータの条件は飲みざる得ない。よってこれを快諾した。

 どうせゼプトがいなければ、ティータの戦術など取るに足らない。

 モンローは林道での戦いに勝利し、その先にあった砦を手に入れることだが出来た。

 林道を守るように建てられた木製の砦は、ゼプトの監修で作られたらしく独創的で堅牢だ。

 上から見ると囲いは二重の凹型で、へこみの部分に一際高い砦が立っている。南の平らな面は林道に面し、北川のへこみ部分は崖に面している。
 囲みの壁は全て木製だが、丸太を組み合わせ上部を尖らせた一般的なものだ。乗り越えるとなれば困難だろう。

 南の囲いには大きな城門。内側の囲いには小さな出入り口が四つ。
 おそらく、大きな門は内側に配した大量の騎兵を一気に吐き出すためだろう。
 そして内側の囲いに作った小さな出入り口は、より内側の本丸のある砦へ一気に攻め込めないために違いない。もしも大きな門から一気に内側の囲いに侵入されても、次の扉は小さく一斉になだれ込めないとするためだ。

 攻撃では一気呵成。防御では二段構えの遅延策。おそらくそういう発想で作られた砦だ。

 戦上手で知られるモンローもこれには感心した。
 形として砦や城が凹型ならば、へこみ部分を外側に向けて、その突き当たりに門をつけるのが守りとしては上策である。
 モンローは知らないが彼女が想定するこの守りを、地球では凹角堡(おうかくほ)とよび、内側へ三方から火力を一点集中する防御に特化した門造りで、大砲の開発まで破られたことない。

 ゼプトの発想は、あえて発想を逆にすることで林道や街道などの機動向けにする発想だ。
 若干守りは弱く、モンローのように弓兵が多い部隊ではあまり役に立たないが、騎兵を導入すれば迎撃に向いた砦である。

「モンロー様。砦内には伏兵はおりませんでした!」
 ゴブリンの弓兵が報告に上がった。
 スラヴィアでは伏兵が怖い。なにしろ眠ったように動かず、身をひそめる事ができるからだ。砦を奪わせておいて、どこかに伏兵を配しておくなどスラヴィアでは常策である。

「よし。隠し部屋は多かったけど、伏兵を置く余裕はなかったようね」

 モンローはゼプトが居ない事に感謝した。彼ならば伏兵をなんらかの方法で上手く配置した可能性がある。しかし、ティータにその才覚は無く、伏兵に割く戦力と共に撤退したようだ。

 次はティータが攻撃する番だ。領地の一部を一時的に取られた彼女は、この砦を攻める形になる。

 しかし、モンローの守りは磐石である。

 凹型の内側の壁に取り付けられた高台には、自慢の弓兵が厚く配置されている。
 これが一の弓兵。
 近づく敵に雨のような矢を射掛けるだろう。

 仮に大きな門を突破されても、内側の囲いの扉は小さい。ここに手古摺る間に、はしごを上げて高台を維持した一の弓兵と、さらに砦側の角々に設置された張り出し櫓(やぐら)に配した二の弓兵が侵入者を針子のような姿にするだろう。

 三戦方式で次にモンローが勝てば勝負は決まる。

 モンローは中央砦の高台から、東西に伸びる林道を見遣った。

「さあ、いらっしゃい。ティータさん。愛に裏切られてしまいなさいな」

     *


 攻め手の軍勢を見て、モンローたちの部隊は首を捻った。

 ティータたちの部隊は二つの丸太を頭上に掲げて進んでくる。

 丸太を破壊鎚にして城門を叩くのであろか?
 たしかに丸太を頭上に掲げていれば、かなり弓の攻撃を防げるだろう。だが、あれでは力が入らず門を強く叩くことはできない。

 モンローも首を捻った。

 だが、彼女の背筋には何か走る冷たさがあった。

 なにかある。

「一の弓兵は丸太の兵の前に矢を放て!」
 少しでも進撃を止めて、様子を探りたい。足元に矢を放ち、進む先の道を不安定にさせようと、モンローは弓兵に指示を与えた。

 弓兵たちは尖り並ぶ丸太囲いの隙間から弓を射掛け、敵兵の足元に矢の道を造り出す。
 すると、ティータ兵は二手に分かれ、城門の左右へと展開していく。

「あら? 丸太をはしごにして囲いを昇る気なのかしら?」
 しかしそれでは弓矢の的である。とはいえ堅牢な囲いの丸太を丸太で叩こうとビクともしないだろう。いったいなんのつもりなのか。

 モンローがティータの策を探る前に、戦局は大きく変化する。

 破壊鎚と思われた丸太で、立ち並ぶ囲いの丸太の一つを叩くと、がくんと滑るように下部が内側に跳ね上がった。
 門を挟んで左右中間に一本ずつ、地面に丸太の元が埋まってない部分が仕掛けられていたのだ。
 そこの丸太だけ囲いの下部はしっかり固定されておらず、上部の一点を支点として囲い丸太の下部が上がって、窓のつっぱりひさしのようになってしまう。
 ティータ兵が持ってきた丸太は、つっぱり棒だ。よく見れば外縁部にその突っ張り棒を引っ掛けておくに最適な石が埋めてある。
 一瞬で侵入口が二つも出来上がってしまった。

 しかも、この仕掛けが作動すると、一の弓兵が配置された高台が一気に坂となって内側に落ちるよう罠があった。モンローのゴブリン弓兵たちは、あっというまに落下して、侵入してきたティータの兵たちに打ち取られていく。

「な! ええい! 歩兵部隊、援護にでろ!」
 モンローは慌てて後詰の兵を砦から出陣させようとしたが、内側の囲いの扉が全く開かない。
 見れば、つっかえ棒におされた外側の囲い丸太が、内側の扉の上部を抑えている。

 なんと、丸太の一撃で侵入口、そして兵を配した高台の破壊、さらには内側の扉を押さえて砦を封鎖してしまった。

「な、なんて事なの!」
 モンローは悔し紛れに扇をへし折り、兵をまとめるべく砦の櫓へと弓兵を移動させた。

 だが、凹の内角にある張り出し櫓は、三面から攻撃される絶好の的である。
 一度は坂となった高台だが、正面門を開けると元に戻る仕掛けとなっており、そこには既にティータの弓兵が配されていた。
 三方から攻撃されては、張り出し櫓はかえって脆い。

「……は! まさか!」
 砦の高台へと移動させた弓兵を見上げたとき、モンローは戦慄した。

 そう、今まさにモンローたちは凹角堡(おうかくほ)の内側にいる形になっているのだ。

 この砦は、まさに中央の砦へ集中砲火をする為に作られたのだ。

 モンローは三方から射掛けられて倒れていく部下を見上げ、ただ笑うしかなかった。

 笑うモンローの胸に一本の矢が突きたたる。
 だが、まだ倒れない。

「なんて……なんてこと! あのゼプトは空の城に誘い込み墓場にするとは……。堅牢な砦と思わせて中を攻撃する恐ろしい罠……」
 次々と矢が三方から襲いかかり、モンローの豊満な身体が左右後ろへとよろめく。

「絶対、個人戦へ持ち込ませぬという執念……。ゼプトめ……」
 思えばゼプトとティータがケンカしたなど嘘だったのかもしれない。そういえば領土を囲い込まれたモンローが、海に抜ける街道のこの砦を狙うのも当然だったのかもしれない。
 誘われたのだ。
 全ては個人戦にもつれ込ませず、ティータを安全な位置に置くための計画なのだ。

 絶対にティータを一人では戦わせない。
 ゼプトのそんな執念が感じられる。

 モンローは矢を突きたてられながら、高台から正面の指揮官を睨め付けた。

 幼い姿をした地球人の女の子が、憮然とした態度で弓兵に攻撃の指示を与えている。
 その醜い姿が眩しくて仕方無い。羨ましくて仕方無い。

「ああ、なんて素敵なの! なんて貴女は彼に愛されているの! 貴女はその愛に気が付いているの! その愛に素直でいられてるの?」

 両手を遠くに立つティータに差し出し、モンローは嬉しくて泣いた。
 止まない矢の中で、モンローは両手を広げた。

「素敵だわ! ワタクシ……ティータとゼプトの愛の前に旅立つわ!」

 一際鋭い矢が開いし、モンローの胸部を貫いた。

「貴女は幸せね! ゼプトの恋人さん!」 

 モンローは、ゼプトの愛に殺された。







  • 本格的な削り合いなのか笑いでお遊びなのかあやふやな領地模様が面白いかも。ここの領地ならではのムードというとこなんかも知れないけど最後まで賑やかで清々しい -- (とっしー) 2013-03-11 21:23:17
  • 領地というスラヴィアにおいて貴族の命とも言えるものの獲り合いだが、ただ相手を殲滅するのではなくルールに則った上での双方の激突というのが如何にも饗宴の本質を表現していた。 合戦SLGのリプレイを見ている様に浮かぶ砦の攻防もゴブリンや弓兵など軍の色が出ていて臨場感溢れる。 そう長くない文量の中でしっかりと締めて、当人同士が自覚しているのか分からない関係を歌劇の如く歌いきったモンローの散り様の潔さに感極まる。 -- (名無しさん) 2013-09-18 02:21:20
  • 決して戦闘力のぶつかり合いだけが饗宴ではないというのが面白いスラヴィア。戦国時代か欧州戦乱期を思わせるようなアナログかつ分かりやすい戦闘描写は毎回のことながら秀逸です。終生のライバルになるのかなと思われたモンローですが散り際の一幕の華々しさに有終の美を見ました -- (名無しさん) 2016-03-20 17:41:24
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最終更新:2013年03月09日 22:43