一人の男がこちら側より異世界へと門をくぐる。
一度目は野心を燃やし、大勢の仲間と共に。
二度目は再起を誓い、ただ一人、木刀を携えて。
私がその奇妙な東洋人に出会ったのは一年前の夏、異世界でバーを開きたいという念願を叶えた頃だった。
店の前で行き倒れていた時の彼はとてもみすぼらしく、やつれていたのを覚えている。
渡航者であるにもかかわらず、大した荷物もなく、あるものといえば外套(と呼ぶに憚られるようなボロ布)と長さの異なる木の棒が二本。
「追いはぎか何かにやられたのか?」
と尋ねると彼は
「これが普通だ」と返した。
寒風吹きすさぶこのドニーの路上に放置するわけにもいかず、同郷のよしみとでも言うべきか、私は彼をしばらく店においてやる事にした。
彼はよく食べ、よく働いてくれた。
後で知ったことなのだがなんと彼は私よりもかなり年上だった。
だがそれ以外のことはわからない。
身の上話になると彼は口をつぐみ、あまり語ろうとしなかったからだ。
以前、彼の持っていた小さい方の木の棒に東洋の文字で名前のような物が彫ってあることに気づき
「それが貴方の名前ですか?」
と軽く聞いてみた。すると
「いいや。これはあちら側に置いてきた俺の倅の名前だ」
……不思議なものだ。自分の数少ない自分の持ち物なのに、刻む名前は別人の物だとは。
東洋にはそんな風習があるのだろうか?
「そもそも、これは倅の物なんだ」
私の疑問は顔に出ていたらしい。
「なるほど。それでどういう意味なのですか?」
「丈夫な子になるように、と」
この時ばかりは彼も『身元不明の東洋人の浮浪者』ではなく『一人の父』の顔をしていた。
それから三ヶ月。
私の店はある問題に直面していた。
端的に言えば縄張り争いに巻き込まれたのである。
島一帯を仕切る海賊団の頭領が亡くなり、跡目を二人の部下が争っているらしい。
そうなれば今まで一色だったシマはバラバラになり
「オゥ、お前は俺と懇意にしてたじゃねえか」
だとか
「正統な相続権のある俺たちにみかじめ料を納めてもらうぜ」
だとか、そういった諍いが巻き起こるようになってしまった。
実際に店内でも揉め事やクレームも増えてきて、静かな雰囲気で呑めるバーを作りたかった私は疲れていた。
そんな時だった。
いつものように(と書いてしまうほどに慣れてしまった自分が憎らしい)店内で喧嘩がおきた。
兼ねてから店に嫌がらせに来ていた連中同士だ。
仲違いでもしているのだろうか?いや、そんなことよりまず彼らが去った後の始末を、と憔悴しているところに……
「お前さんがた、狂言も大概にしなさいよ」
彼だ。
命知らずにもほどがある。相手は殺気だった
オーガ達だ。ひとたまりもあるまい。
「何だぁ、テメーは?」
「狂言ってのは随分じゃねえか?あぁ?」
「俺らに楯突いて明日の朝日拝めると思ってんのか?」
口々に彼に詰め寄り、啖呵を切るオー……ん?
「狂言ってどういうことですか?」
思わず疑問が口をついた。
「マスター、こいつら本気で戦っちゃいませんよ。パッと見てわかります。おおかた店の備品をぶっ壊して
俺らに逆らったら痛い目にあうぞ、って脅迫と、あとはあわよくばあの店は雰囲気が悪いって風評を流すためでしょう」
普段の彼からは考えられない饒舌さだ。しかも心なしかイキイキしているようにも見える。
だがそのような言葉はオーガ達には挑発にしかならなかった。
「いい度胸だ!野郎ども!このサルを袋叩きにしちまえ!」
途端に彼は取り囲まれ、ボコボコにされてしまった。
「さぁてマスターさんよぉ、テメーんとこの下っ端の落とし前どうつけてくれるんだぁ?」
当然次なる矛先は私だった。だが……
「待ちな、まだ終わってねぇ」
オーガ達の背後で彼が起き上がる。痣と流血に塗れてあまりにも痛々しかったが、その瞳は彼とは思えないほど爛々と輝いていた。
「まだボコられ足りねぇのか?だったら!」
集団の一番後ろにいたオーガのボディーブローが彼を襲う。
私は思わず目を閉じた。後に残るのは轟音と横たわる彼と砕けた壁……ではなかった。
なんと彼は腰から二本の木の棒を抜き、オーガの頑健なこぶしを受け止めていた。
店内に動揺が走る。もちろん私自身も信じられなかった。
「お、俺の自慢の拳がぁ……ッ!?」
一番驚いていたのは当のオーガだ。
「……悪いがだいたい覚えた。受けるのは得意なもんでよ」
「クッソがぁ!やっちまえ野郎ども!!」
私からきびすを返し彼に襲い掛かるオーガたちだったが、古今東西、そんな台詞をはいたあとの末路はだいたい決まっている。
今回もその例に漏れることはなかったようだ。
彼は一人残さずオーガ達を倒すとぽつりとつぶやいた。
「……芯で刀を振るうのはあんまり得意じゃないんだがなぁ。たまにはいいか」
それから数日、お礼参りにきたオーガ達を彼が返り討ちにする日が続いた。
そして数週間、ならずもの達は店に現れなくなり、そして数ヵ月後に跡目争いが終着し、以前のような日々が戻ってきた。
彼は事の顛末を見届けると、また旅に出ると言い出した。
私としてはこの不安定な異世界で頼りになる用心棒兼まじめな従業員には居てほしかったが、彼の決意は固かった。
出立の日。
私は彼にいくばくかの退職金と木の棒だけでは心もとないだろうと用意したナイフを差し出した。
だが彼は
「路銀はありがたいが、本身は受け取れません。これはマスターが持っていてください」
と返されてしまった。
残念ではあったが仕方ない、か。
「また近くに来たら顔を出してくださいね」
「ええ、是非」
彼は頭を下げると、港町の雑踏の中へ消えていった。
……その後、彼の行方はようとして知れない。
- 一昔前の仁侠映画と時代劇を混ぜたようなしぶ~い面々と重厚感が伝わる殺陣がいいな。そして彼はどこへいった -- (としあき) 2013-03-22 23:21:54
- すぐに剣を振るわないであくまで経過を鑑みた上で力を振るうというのが個人的によかった。相手はオーガなのに殴らせたのもこれから倒すから先に打たせておくみたいなもんかなと -- (名無しさん) 2014-05-26 00:46:46
- あくまで木刀をという信念がただ誰かを倒すという目的を目指しているのではないのかもと思わせます。昭和や北の港町の雰囲気漂うドニーもいいですね -- (名無しさん) 2016-04-24 18:33:27
最終更新:2013年03月17日 01:13