【エリーとリフと妖精】

どぶんって水の中に沈んだ、という幻を振り払って前を見る。
エリーがお気に入りの笛で久々に〈大湖〉を奏でていた。
静かな湖のイメージが轟速急でぶつけられて、足元がふらふらする。
水鳥がキューキュー鳴いていて、水藻の香がゆらり、遠く小舟で手をふるだれか。
水に足をとられた気がして、転んじゃった。びしゃんっと水飛沫。
冷たいっ。部屋が水浸しだよ!うわぁ、水精が踊りまくってる!
って水がっ……ぶくぶくぶく…………
………………
………


「もうっ!死ぬかと思ったよ!」
「ご、ごめんなさい……リフ……」
「家具もみんな沈めちゃって!枯れちゃったらどうするの!」
「ほ、ほら、ほうっておけば、いずれ生えてきますし……」
「反省してるの!?わたし、怒ってるんだからね!」

はぁはぁと息をつけば、体にべっしょりとくっついた服が気になってきた。
エリーを見れば、一人だけまったく濡れてなくて、服はふわふわと霧を纏わせたようなままだ。
頬を膨らませて、自分の服をちぎって捨てる。
そして、エリーの服に手をかける。

「お、落ち着いてくださいよ、リフ。そうだ、恋の話でもしませんか?」
「まったなし!」
「きゃーっ!」

思いっきり手を引くと、エリーの服がはらはら千切れる。
わたごろもは、いろいろ簡単だけど丈夫さがさっぱりない。
女二人、相手もいないのに真っ裸。
むなしくなって、もう座り込む。


あ、妖精がふらふらと歩いている。
妹のくせに、なんだか大人びた顔をしていて変な感じ。
「妖精ちゃんです!」ってエリーが目を輝かせて、妖精に声をかけた。
とにかく空気を変えたいんだなー。まぁ、いつまでも気まずいとわたしも困るからいいけどね。

「妖精ちゃん!妖精ちゃん!恋って、恋ってなんですか!?」
必死なエリーとは反対に、妖精はゆっくりと首をかしげて。
にへらと頼りなく口元だけで笑って言った。
「……さぁ……何だったかなー……わかんなくなっちゃった……」
瞳を熟れすぎたぶどうみたいににごらせて、妖精は崩れ落ちちゃった。あれ?
あわててエリーが抱き留める。

「…………、死んでます」
「あちゃあ……」

目の前で起きたことに、軽く落ち込む。この妹達は、花火みたいに儚いのだ。
エリーがそっと横たわらせて、目を閉じさせる。
わたしは弔いにハープを奏でようか。
もぎたてのハープの弦に指を沿わせた瞬間、カーンと頭の中に閃くものが。
あ、掘り当てちゃった。
考えるより先に指が動く。
空が透き通って青く、青すぎて、高すぎて。どこまでも平原が広く広く広く。
ぽつんと横たわる人に、風がよりそい、風が。
そんなイメージは現実のものとなって、死んじゃった妹は風に渇いて削られて。
〈風葬〉を奏でおわったころには、妹のなごりは核を残して何にもなくなっていた。
まるで、夢みたい。

ぼんやりしているうちに、核は地面に潜り込んでいた。
深い黒色をしていた地面が、半径50センチメルトルくらいがさらさらと白い砂になる。
白舞台の中心に、ぐっと芽吹き、ふわりと花咲き、妖精が新生した。

死ぬ間際と違って、キラキラと希望に瞳を輝かせて、
桃色の唇は期待に瑞々しく、頬は夢に色付いている。

わたしは、エリーと同じように質問してみることにした。 

「ねえ、お姉ちゃんに教えてくれる?恋ってなあに?」

妖精は、くふふと笑って。
「お姉さんったらそんなことも知らないんですか!?恋は、甘くて甘くてきらめいて!
 つい何もかもを捧げてしまう、とっても素敵なものなのですよ!」

ひゃっふーっと妖精はどこかへ飛び去った。
あの新しい妹達は、生まれながらのさまよい人で、じっとしていることが出来ないのだ。
いつか伴侶を見つけるまで永遠に現世をさまよい歩く。
だけど、いくつも死と新生に、泥々とこびりついた・もしくは研ぎ澄まされた魂を、
いったいだれが正しく受けとめてくれるだろう?

「お母様って、何を考えてるんだと思う?」
「何も考えてないと思いますよ?」

どこか遠くでバキバキィと枝が折れる音が鳴った。


ふと気が付いて、わたしは手元のハープをえいやっと砕いた。
わたしは頭の切り替えが苦手なので、一度掘り当ててしまうと、その楽器では同じ曲しか弾けなくなってしまう。
真実の旋律は堅く堂々としていて、目に入るとわたしには曲げることも無視することもできない。
相性がいいと少し気に入っていたけど、相性が良すぎちゃった。
少しもったいないけど、仕方がないね。
遊びのない音楽は、あんまり好きじゃないのだ。

  • 二人のテンションとズッコケ行動が最高。妖精の死生観をすぐに多種族が理解するのは難しそう -- (とっしー) 2013-04-21 19:57:45
  • 切ないんだけど妖精が儚いんだけど…この二人の空気が~! -- (としあき) 2013-04-25 18:15:36
  • この命の重さを見失う死生観と地上の楽園のような優雅さはエリスタリアの色ですね。軽妙な会話のテンポと中身も独自色があって興味深いですね -- (名無しさん) 2016-07-03 17:51:38
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最終更新:2013年04月21日 13:08