ガタンと体勢を崩して目をさまし、自分のマヌケさ加減に呆れて笑いが出た。
久々にネットにどっぷりとハマリこんで、寝オチしてしまったのだ。
画面右下の時計を見て時刻を確認する。
午前6時。日曜日にしては早起きをしてしまった。
ニュースサイトを確認する。某国の情勢がキナ臭いようだ。
湾岸戦争だの、9.11だの、イラク戦争だの、世界はよくよく飽きないものだ。
「あー・・・首いてぇ。ノドもいてぇ」
すっかり乾燥してガラガラになった喉を潤すため、階下の台所に行く。
冷蔵庫を開けると、一昨日買ったミネラルウォーターが2本だけ。
食材なんてものは、この冷蔵庫には無い。
両親はほとんどこの家に帰ってこない。
父親はどこぞのシンクタンクの職員で、どこぞの省に出向しているらしい。
母親はどこぞの大学の准教授で、どこぞの研究機関に出向しているらしい。
はは、優秀なことで。
その両親のどちらにも似ることなく、ボンクラ街道を爆進しているのが俺だ。
まったく嘆かわしい話じゃあないか。知るか。寝るわ。
「テンちゃーん!そろそろ起きろー!」
ベッドに潜り込んで数時間で俺は何者かによって起こされた。
まあ、実は何者かはわかっている。アスカだ。
断固として起床する気は無いと抵抗するも、かけ布団を全てはがされ諦めざるを得なかった。
「日曜日だからっていつまでも寝てたら不健康。もう10時だよ。
あ、オバさんはウチのママと一緒にマチに出たから、夜まで帰って来ないってさ。
部屋掃除もお願いされちゃったから、勝手にはじめてたよ。
あと『エサもあげておいて』だってさ」
実に理不尽な話だ。彼女づらされるのもいい加減に腹が立つ。
「アスカ・・・あのさ。
ここは俺の部屋であって、お前の部屋じゃねぇんだ。
何でこう好き勝手するんだ」
「テンちゃんが部屋掃除しないからじゃん。
エロ本捨てるからね。どんだけ買い込んでんのさ。
あと、空いたスペースにアスカちゃん文庫作ったから」
「どんだけ勝手なんだ・・・
ってちょっと待て!あのエロ本、先輩から借りたのだぞ!」
「へぇ、そうなの。
そんなドスケベな部活、さっさと退部したら?
テンちゃん、剣道めっちゃ弱いんだしさ」
「趣味でやってんだから、別にいいんだよ」
彼女、宇喜多明日香は俺の家の隣に住む同い年の女子だ。
中学時代から同じ学校に通い、隣だし顔は知っている程度の認識だった。
だが、高校まで同じ学部学科に合格してしまい、なんやかやで仲良くなり、今に至る。
お付き合いをしていると言えばしているし、してないとも言える中途半端さだ。
極度の近眼で牛乳瓶の底のようなメガネをしている以外は、いたって普通の女子だ。
あと特徴と言えるのは、ちょっとオッパイが大き目な事くらいだろうか。
「テンちゃん、お昼ご飯何食べたい?チャーハンとかでいい?
てゆっかアタシ、そんなレパートリー無いや。
そう言えば近所に新しく開店した中華の店のチラシ入ってたよ。
カエルの料理があるんだってさ。
一回くらい食べてみたいよね。今から食べに行く?」
あと、ゲテモノ料理が好きすぎるってのもあった。
「ラーメンとかでいいよ」
「あ、それじゃユートさんトコに行こうよ。
ほらほら、すぐに準備して」
勝手すぎる・・・
身支度をして家を出て、自転車で10分ほどの商店街の外れに『ゆう亭』はある。
中華料理を中心にした多国籍料理店だ。
店名の由来は自分の名前なのかと店主である犬塚優人氏に尋ねた事があったが、
「堀井雄二の事だよ」と言われた。
当時は意味がわからなかったけど、今になってわかるのは店主のいい加減さだけだ。
ウソか真か、世界中を放浪して料理人修行をしてきたって話だ。
「こんにゃー」
「ネコかお前は・・・ちわーっす」
開店前に到着したため、当然ながら店内にはまだ他の客はいなかった。
「お、久々だな。弱小剣道青少年。
相変わらず彼女の尻に敷かれてンのか?」
「嫁の尻に敷かれてるよりマシですよ」
「ははっ、違いねェや」
店主の犬塚氏は屈託なく笑って言った。
氏の隣では、やや浅黒い肌の女性がニコニコしながら開店準備を進めている。
嫁のファンナさんだ。料理修行で台湾に行った時に『拾った』んだそうだ。
中華系と東南アジア系とでコテコテになった血筋だそうで、もう何民族かもわかんないとの事だ。
「もうちょっとで準備おわるさかい、座ってまっとってや」
そしてエセ関西弁を使う。この嫁も何者なのか。
いつもの担担麺を食べながら、優人氏と雑談をする。
アスカはファンナさんと女子トークだそうだ。
「そう言えば、オレの弟の話ってした事あったっけ?
実家がけっこう古い武術道場でさ、その跡継ぎになるとか言って世界武者修行に出てやんの。
今時武者修行とか時代錯誤だよなァ」
「何回か聞きましたよ、その話。
てかアンタもやってたんじゃないんすか。武者修行」
「オレはアジア圏内しか放浪してねェし。
そんで、アイツとうとう北欧まで行ったらしくてさ。
『嫁を見つけたからここに定住する』とか言い出してんの。
さっきメール来て爆笑したわマジで。
ほらこれ、フローラ・オークリィさんだと」
「気ぃ早いなぁ。弟さんいくつなんすか?」
「普通に高校行ってたら2年生だから、17歳か。
弱小剣道青少年もあの娘と結婚しちまえばいいんじゃねェのか」
「ないわー」
若干食いすぎた気もしながら、自宅に戻る。
「ファンナさんおめでたなんだってさ。妊娠3か月って言ってたよ」
「へぇ」
女子はそういうの敏感なのな。
それにしても、日本人の父親に、混血しまくりの母親か。どんな子が生まれるんだか。
ザザッ・・・ヒトと亜人の間の子供ったって、普通の子だろ・・・ザザザ
ザザザッ・・・せいぜいウロコがあるくらいじゃねぇの・・・ザザザザ
「テンちゃん、大丈夫?顔色悪くない?」
「え?あ、ああ大丈夫だ。なんでもないよ、ヤマカ」
「ヤマカって誰・・・まさか浮気!?
ちょっとテンちゃん、どういう事さ!」
「い、いや。俺いま何て言ったんだ?
つーか浮気とか無ぇから!落ち着け、落ち着けアスカ」
何とかアスカをなだめすかして事なきを得たが、むしろ自分の心が晴れない。
ここ数日、さっきみたいな現象が起こるようになってしまった。
まるで本当は自分が全然別の世界の人間であるかのような・・・
そこでの自分も同じような生活をしているかのような・・・
いわゆる『異世界症候群』ってヤツだ。
この世界は何者かによって作られた仮初の世界であり、異世界にこそ真の自分が生きる世界がある、と。
SFでは使い古されたネタだし、専門家にはまったく相手にされない笑い話だ。
80年代にも前世がアトランティスの戦士で、転生した仲間を探して最終戦争を戦わなければならない人たちが
こぞって仲間を求めるというブームがあったそうだが、それの現代版ってところだろうか。
映画のマトリックスが拍車をかけたのだと分析する人もいたけど、時期が違いすぎる。
そして俺には心当たりがある。
昨日の夜、異世界症候群に罹った連中が集まるコミュニティサイトを片っ端から閲覧してた時、
まあハンドルネームなんだろうが『シャーロック』を名乗るヤツが興味深い書き込みをしていた。
『DLCCの道楽にお付き合いいただき、誠にありがとう』
DLCCとは知っている人は当然のように知っている、インターネット黎明期の伝説のハッカーだ。
FBIとかCIAのコードネームなんじゃないかって説すらある存在で、ネットワークの端から端まで
全部を自分の情報網にしているっていう都市伝説まである。
ソ連で冷戦期に開発された人工知能だとか、オーストラリアの企業を隠れ蓑にしているとか、まあ好き放題言われている。
でも、異世界症候群とDLCCでは何ら関係性は無いだろう。
そう思うのだが、異世界症候群を扱うサイトでは、必ずこのDLCCの名前が浮かび上がるのだ。
一体何故か。それを追うのに夢中になり、昨夜は寝オチしてしまったのだ。
「なあ、アスカ。
仮にこの世界がウソで本当の世界があったとしてさ。
お前そっちで暮らしてみたいって思うか?」
脳があまり鮮明ではない、薄ぼんやりとした状態で、何とは無しにつぶやいた。
「ぜーんぜん。アタシは今の世界で別に不自由してないしさ。
でも、本当の世界に行って全然違う人になっちゃっても、テンちゃんはすぐにアタシを見つけちゃうと思うな。
アタシが宇喜多明日香じゃなくても、テンちゃんが河津典太じゃなくても。
なんとなくそんな気がするよ」
そんなモンなのかねぇ・・・
それから数か月して、俺の中の異世界症候群はすっかりと影をひそめてしまった。
のちに人伝えで聞いた話だが、例の『シャーロック』と『ハトソン』が、DLCCの干渉を退けたのだとか。
そんなくだらない、都市伝説を聞いた。
- 都市伝説「DLCC」をこういう話に組みあげたか・・・ -- (名無しさん) 2013-04-20 23:47:08
- キャラの見せ方と小ネタが楽しいな。不思議展開を都市伝説まで持っていった流れはよくできてる -- (とっしー) 2013-04-21 20:05:11
- 曰くあったり普通では手に入らないゲームとか公式にはどこにも記されていないネット掲示板とか色んなものがありそうだ -- (としあき) 2013-04-25 18:05:23
最終更新:2014年08月31日 02:03