【南の果てのシロとクロ】

 誰が呼んだか、地上の地獄。 地獄の先の、そのまた先。
 外の世界からは「南蛮」などと呼ばれる、永遠に変わらぬ姿の原生林と不可思議な石ノ森、そして地上の悪意の総てを凝集した邪悪が跋扈する、そんな地域の南の端っこ。
 そこには、とても不思議なヒトたちが住んでいました。


 体内に毒や電気といったものを生み出す特殊な器官を持った毒蛇人や電鰻人といったヒト達や、熊人や狒狒人に大猿人といった力自慢のヒト達が、石岩樹林《ダンフォレクヤ》に住まう邪悪の数々と戦うために結束して、村落をつくりました。
 その村落が大きくなり、街になったころ、北から不思議なヒトがやってきました。

 不思議なヒトは、大別して二通り。
 一つ目は、白くて羽毛がフワフワな翼を担った、光精の加護を讃えたヒト。
 もう一つは、黒くてトゲのついた皮翼を担う、闇精の加護を讃えたヒト。
 街の住人たちは不思議なヒト達を「シロハネ」「クロハネ」と呼び、新しい仲間たちを大いに歓迎しました。

 シロハネとクロハネは、元々の住人達に比べれば力は弱く、石岩樹林の邪悪に立ち向かうなんて出来ませんでしたが、その代わりにとても頭がよかったのです。
 どうやったら邪悪達の被害をより減らせるか、どうやったら街をもっと豊かにできるか、そんな機転やアイデアは住人たちの大きな助けとなりました。
 シロハネやクロハネが考えたアイデアを、力自慢の住人が形にして、特殊能力に長けた住人が力を加えることで、さまざまなものが生み出され、とてもとても堅牢で、だけど閉鎖的な街が完成しました。


 とまぁ、そんなことがあったのが、今から何百年も前の事。
 ヒトの種族の垣根を越えて、今日もヒト知れぬ里、南の果てに忘れられた故郷サムクレットは、人々の活気に溢れています。

「まったく、何なのよあのウスゲザルは! 人を見るなり『ああっ天使様っ!』とか言っていきなり拝んでくるのよ? 気持ち悪いったらありゃしないわ」
 シロハネの女の子、フィフは何だか御機嫌ナナメ。 お気に入りの軽食屋でお友達と一緒にまったりタイムを満喫するのも忘れる程にお怒りの御様子。
 それもそのはず、大嫌いなウスゲザルが朝から奇声と共にやってきては眼前で五体投地で拝み倒してくるので、今日はピンヒールで後頭部から背中から、思いっきり踏んできたところなのでした。
 ちなみにウスゲザルというのは、数年前からたまに石岩樹林のほうからやってくるようになった、変わったヒトたちのこと。
 異質な服装や装身具を身に付けているのと、主に頭部にしか毛が生えてない猿人というのが共通した特徴で、シロハネやクロハネとも違う観察眼からアイデアを閃くことがあるヒトがたまにいることもあります。
 ウスゲザルとの初めての接触以後、極力共存共栄ずるように、と『太祖』と皆が呼ぶ街の長が指示したのを受け、街のヒト達はウスゲザルを歓迎し、彼らは街の片隅にあるウスゲザル区画で暮らしています。
 ウスゲザルたちが元々暮らしていたところでは、シロハネに良く似た特徴のヒトを『テンシ』、クロハネに良く似た特徴のヒトを『アクマ』と呼んでいたそうで、特にシロハネに対して必要以上に友好的に迫ってくることがあるのが、シロハネ達にはちょっとした困りどころとなっているのです。
「こんなんだったら、街に入れない方が良かったんじゃないかと思うわ! まぁ、太祖の思召しだから仕方ないにしても・・・ヒマだからタジに文句の一つも言いに行こうかしらね?」
「でも・・・フィフのヒマは、大事な事を放り出して手に入れたヒマ。 それは良くない」
「いいの、私がヒマだと思った時がヒマなんだから。 どうせレメはこれからタジの所でしょ? ついでよ、つ・い・で」
 そういってフィフは、クロハネの女の子レメを連れて、街の北にある銀鋼城塞へと歩いていくのでした。

 煉瓦造りの道を歩けば、そこかしこからお声がかかるのがシロハネとクロハネの日常です。
 フィフとレメも、銀鋼城塞までの道すがらでは、甘味屋や服屋といった女の子らしいお店から、行き交う小父様小母様から、いろいろな人から声を掛けられながら歩いていました。
 でもウスゲザルだけはフィフが容赦なく蹴り飛ばしてしまうので、レメはちょっとだけ困ってしまうのでした。

 そして、やってきました銀鋼城塞。
 石岩樹林で採れた鉄のように固い葉っぱや狒狒人や大猿人が束になっても折れない金属で出来た樹木の幹などを加工した建材や、狩り倒した邪悪の骨皮などを使って、街の北端に沿って建てられた、どどんと大きい壁の様な建物です。
 城塞を出てすぐ南はもうとっても危険な邪悪の地なのですが、フィフもレメもそんなところにどんな御用があるのでしょうか?
「・・・いつも思うけど、よくもまぁ、こんな長っ、たらしい階段、歩いて昇る気に、なるわよね」
「いつもの事。 全然気にならない」
「はいはい、そーですかー」
「ついて来なくていいのに」
 階段の長さにぶーたれつつも昇るフィフに反して、レメはのんびりしっかり階段を昇っていきます。
「やっとついたー・・・足パンパンよ。 まったく、ウスゲザルの言ってた勝手に床が動く階段さっさと作りなさいよね。 動力はもちろんウスゲザルの人力で」
 昇りきるなり不満爆発のフィフと、やれやれといった面持ちでフィフを見やるレメのところに、戌人の青年がやってきました。
「誰ぞ喧しいヤツが来たかと思えば、なんだフィフか。 何しに来たんだ」
「来たわねタジ! アンタが拾ってきたウスゲザルのせいで、シロハネ一同いい迷惑なのよ!」
「タジ、おべんと作ってきた。 一緒に食べよ」
「そうだな。 今日は何だ?」
「うまにく焼き。 今日は上手に焼けた」
「そいつは重畳、早速頂こう」
「人の話聞きなさいよアンタ達はぁぁぁ!」

 何やらレメといい雰囲気のこちらの戌人さん、お名前はタジ。
 100年程前、太祖が召し上げたのがきっかけで街に住まい始めた戌人のお孫さんです。
 街に来た時からお爺様が後生大事に抱えていた家宝の双剣、エクセメルゴスと言うそうですが、元々はどこかの国のとっても貴重な宝物だったんだとか。
 お爺様から子々孫々職務を引き継ぐよう太祖より仰せつかった邪悪退治の任務を、手にした双剣でたったひとりで成し遂げてしまう人のひとりです。
 普段は今のように、銀鋼城塞の屋根の上で石岩樹林の様子を伺ったり、レメとお弁当を食べて過ごしています。

「今日のはいい焼き加減だ。 旨いな」
「良かった」
「・・・」
「ふう、馳走になった。 で、フィフは何しに来た」
「やっとか! どんだけ待たせんのよ! はぁ、もう心身まとめて疲れた・・・アンタが街に引き入れたウスゲザルどもがシロハネ一同にちょっかいかけてくるから、アンタに文句言いに来たんだけど」
「ウスゲザルの処遇については、最終的には太祖の決定だ。 俺は樹林の獣ではなく害もないと判断したから討たなかっただけだ」
「タジに責任はないよ」
 タジやレメの言い分は御尤もなのですが、フィフはやっぱり納得できません。
「邪悪のついでにその自慢の剣でバッサリ殺っちゃえばよかったのに」
「この剣は殺生を愉しむための物ではない」
「そういう話をしに来たんじゃないっつーの。 まぁいいわ、これ以上居てもオジャマなだけだし、いい暇つぶしになったから帰るわ」
「そうか。 ではまたな」
「フィフ、じゃね」
「二人でヨロシクやってなさいな。 じゃね」
 こうして一人また長い階段をぶーたれながら降りていくフィフですが、階段を降り切ったところで「タジにおんぶしてもらって降りてきた」というレメの姿を目撃した瞬間に、限界一杯だった疲労感メーターが振り切ったことは、言うまでもありません。


 フィフとレメが立ち去ってすこし後の、銀鋼城塞の屋上。
「これは太祖、斯様な場所に、如何な御用向きでしょう」
 タジが敬礼を以て応対するのは、パッと見はウスゲザルのようにも見える、でも見る人には神々しさを感じさせる女性。
 この地に集うヒトたちに街を建立を促し、シロハネやクロハネと共に銀鋼城塞を設計し、街の最重要案件に対して最終決定権を有するとされる、住人達が『太祖』と呼ぶ存在がこの方なのです。
「別に、大した用事は無いよ。 城塞の経年劣化の具合を観察しに来たのもあるが・・・タジ、君の様子を久々に見に来たのが本旨さ」
「私の、ですか」
「そうさ。 嵐神の気を宿した者の直系親族にして、星神の刃を自在に揮う術を持つ。 君は、君の自覚する以上に特異な存在なのだよ。 この世界ではね」
「私自身は、全くそうは思わないのですが。 祖父はヒト為らざる力で過度に延命していたと聞きますが、父も私も普通のヒトですので」
「まぁいい。 君がそういう認識なら、それでいいのだろうな。 では、私は行こう。 邪魔したね」 
「たまには街の者たちにも会ってあげて下さい。 ウスゲザル達も、太祖に改めて謝辞をお伝えしたいと申しておりましたので」
「気が向いたらそうしよう」
 それだけ言って、太祖は城塞の屋上から姿を消しました。
 一人になったタジは、抜けるような青空を仰ぎ、今日も明日も平穏たれと願うのでした。

  • よく考えたら世界の半分くらいは手つかずで触れる土台はあるってことだな。翻訳で意思疎通ができたら交流できそうな新種族だ -- (名無しさん) 2013-05-04 15:19:06
  • 南蛮の奥地にこんな和んだゆったり村があったなんて… -- (名無しさん) 2013-05-14 23:18:56
  • 未踏破に近づくほど想像を越えた世界があるんだなっていうのを期待させる一本 -- (名無しさん) 2014-02-21 22:38:56
  • 異世界のいわゆる文明圏から離れた場所は自由度が高いですがすでに別の文明が始まって終わってということも起こっているかも知れませんね。長命な種が己の欠点を補う力を持ち暇になったとしたらそれはまるで神のような振る舞いをしそうですね -- (名無しさん) 2016-08-07 17:32:35
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最終更新:2013年05月03日 23:20