【一人の役者の覚え書き】

外映俳優部、殺陣統括、伊達石鉄人が記す。
万城目氏の招集に応じ、淡路沖の光の柱を抜けた先にあったのは魚人の国だった。
しかもただの海の国ではない。かつての日本の雰囲気を残した和の国だ。
刀を差し市中を闊歩する鱗人の侍、古風な造りが軒を並べる港町と活気溢れる商人たち、海中の珊瑚礁を用いた艶やかな色街。
日本人の遺伝子を熱くさせる世界だ、と自分に説いた氏の言葉は誠であった。
宿に逗留している間、ともにこちらへと渡った外映の同志と昼夜を忘れ、今回の作品について議論を交わす。
皆、日本映画史に一刀を刻むことになるであろう偉業に燃えているのだ。
もちろん自分も例外ではない。
今まで築き上げてきた芝居論、価値観、仕事倫理、そして異世界風景の感想を熱くぶつけ合ううちに言葉だけではなく掴み合いの喧嘩になることもあった。



脚本の元原嬢の希望により万城目氏と俳優部の数名を連れ立って陸上を視察。役所より案内人が付き、古戦場へと赴く。
かつてこの国には戦乱があったらしい。
この国にいたとされる凶暴な鬼族が鱗人の領地と麗しの姫君を奪おうと起こしたものだと案内人が言う。
なるほど、どの世界にも争いの種は尽きまじ、と言ったところか。
現在、鬼族はどうなっているのか?という元原嬢の問いに案内人は北方の氷の地に追いやられたと説明した。
再び彼女が今は彼らから報復があることがないのか?と質問。
そんなことはない、彼奴らは我らによってほぼ討伐された。そも悪がこの世にのさばったためしはない。
たとえ鬼族が今襲ってこようとも義のなき行為に勝利は訪れない、と案内人は答える。



第一次調査団の随行していた万城目氏の言葉通り、「異世界では精密機械が使えない」という証言は
いざ目の当たりにすると信じがたいものがある。
だがそれにめげずに立ち向かったスタッフがいた。
撮影部の千葉と照明部の竹本だ。
初回のカメラテストでの失敗後、この世界の物理法則の大部分が精霊というものに依存しているのを知った彼らは光精霊を手なづけることに終始し
遂には自在に「彼ら」を使役出来るようになった。
これに対抗心を燃やしたのは録音部の谷内だ。
風精霊による空気振動で、その気になればその場で音響効果も自由自在と目論んでいるようだが
気まぐれな彼らを意図通りに動かすのにはしばらく時間がかかりそうだ。



元原嬢が宿の離れに篭もり、本格的な執筆に入る。
そうなると我々には出来ることがなくなってしまった。
万城目氏に相談の結果、俳優部の数名で鱗人の剣術を習うことにした。
先日の視察を見る限り今回の作品はチャンバラものになるのは間違いないだろう。
また役所から案内人が付き、逗留している町一番の道場に体験ということでおじゃますることになった。
何度も通ううちに自分と同じ俳優部の白波君は道場の鱗人と随分と打ち解けていった。
不器用だが元々筋のいい殺陣者で、芝居の魅せ方を心得ている子だ。
恐らく今回の撮影では重要な役割を担う役者になるだろう。
少し悔しい気もするが、まぁいいか。



制作部の高萩が雨市(?)とかいう大規模な市場で現地の刀剣類を大量に仕入れてくる。
日本刀とは拵えが異なりながりも、造りはよく似ている。
俳優部、特に殺陣絡みの者たちは興奮を抑えきれない。
もっとも一番興奮していたのは自分なのだが。
その中の一刀に他とは異なる刀が一本だけあった。
鞘より抜き、何度が振るううちにこの刀が一番手に馴染んでいるような気がした。
荻窪によるとこの刀はこの辺りでは珍しい「鬼族の刀」らしい。
戦乱以降、鬼族が元々用いた刀や武具は廃棄されるか、大きな力を持つものは鱗人によって封印、ないし没収されたという。
つまり私が手にしたこの刀は、悪役の刀ということか。
なんとなく自分の中で血が沸き立つのを感じたのは、今まで斬られ役として生きてきたからだろう。



元原嬢が執筆を終え、離れから出てくる。
万城目氏と主要スタッフを交えた会合の末、この台本を決定稿とし、ついに異世界初の日本映画がクランクインすることになった。
題名は「天地返し」。
願わくば、この作品が閉塞した邦画に風穴を開け、地球世界と異世界を繋ぐ第一歩とならんことを。



  • 異世界での映画撮影のあれこれが楽しそう。軽く含ませてミズハ争乱も何か思わせて、よい。 -- (名無しさん) 2013-05-12 18:35:15
  • 是非とも完成した映画をSS上映みたいなかんじでやってほしい -- (名無しさん) 2013-05-14 23:37:45
  • 初めて読んだけどこれでもうほとんどの展開が推測できるんじゃないか?案内人の説明や雨市で刀を手にしたいきさつを今のスレに合わせたりからませたりしてみたい -- (名無しさん) 2015-01-21 01:17:40
  • 今になって読むとミズハミシマ内での争乱への意識と年月経過による印象の変化が多岐にわたっているように思います。事件発生への過程の都合を帳尻合わせした力があるように感じますね -- (名無しさん) 2016-08-21 17:39:19
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最終更新:2013年05月12日 16:46