【朧月 船の上、雄二人】


 遥かに高き天空に、雲に隠れし朧月。
 遍く星々も輝きを潜め、風も、波も、総てが静に囚われる。

 そこに、ひっそり、ひっそり、どんぶらこ、どんぶらこ、流れる小舟。
 片や北から、片や南から、どんぶらこ、どんぶらこ。
 やがてはどちらともなくぴたりと止まれば、横っ腹をぴったりくっつける。



「久しいな」
「ああ、そうだな」
 この二人が、お互い唯の雄二人として面を突き合わせるのも、何年振りだろうか。
 雄二人は今、互いの在るべき立場の総てを置き去りにして、唯の雄として言葉を交わす。
「まずは呑もうか」
「ああ、そうだな」
 雄二人は、互いに蔵より拝借した酒瓶を渡し、杯を出すのももどかしく、そのまま飲み下す。
「ぷはぁ、やっぱりどこでも酒は酒、旨い物は旨いな」
「旨い物は嘘を吐かない。 至言だな」
「後はやはり、酒には肴が無くちゃな」
 南から来た雄は、傍らから鮮魚を二匹、一匹は真上、一匹は相手に放り投げる。
「肴だけに魚、か。 洒落のつもりか?」
 雄二人の手に辿り着く頃には、二匹の魚はきれいさっぱり三枚下ろしで肴に早変わり。


 風もなく、波も無く、ただ幽かな月明かりだけが雄二人をぼんやり照らす。


「妻がな」
「ああ」
「月瘴なんだ」
「そうか」
「見込は ない」
「代わってもいいぞ」
「いや、いい」
「辛いぞ?」
「いいんだ」


「俺はな」
「ああ」
「お前のことをな」
「ああ」
「終生の朋友だと思ってる」
「そうか、俺もだ」
「言葉を交わした」
「そうだな」
「杯も交わした」
「そうだったな」
「拳も交わした」
「最初は不慮の事故だったな」


「だからこそ、だからこそだ」
「いいんだ」
「俺の腕を知らぬお前ではないだろう?」
「いいんだ」
「だが!」
「・・・いいんだ」
「何故だ?」


「俺の、責務だからだ」
「己が身を裂くより辛いことだぞ」
「承知の上だ」
「・・・そうか」
「そうだ」
「なら、もう何も言うまい」
「有難う、朋友」


 ゆらり、ゆらり。
 唯の雄二人を乗せて、船は黒の水面を揺蕩うばかり。

 今宵は幽玄、朧月夜。

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最終更新:2013年05月29日 23:09