【新天地で朝食を】

新天地の朝はいつも騒がしい。
開拓時代真っ最中のここは朝に必ず街の中央に市が立ってたくさんの屋台が立ち並ぶ。
食べ物、雑貨、武器防具に専門の道具や資材など扱う商品は様々、たくさんの国の人間が寄り集まる新天地だから店の様相も様々だ。

私はたくさんの人でごった返すその朝の市場を慣れた調子で通りぬけ、目的の屋台に向かう。
目当ての屋台の看板が見えると待ってましたとばかりにぐぅぅぅぅ!!と大きな音が私の腹から鳴り出した。
徹夜の書き仕事で腹が減っていたのだ。

私は今、少しづつ増えている異世界ライターの一人だ。
ゲートが開いてから20年余り…こちらの世界の事についての情報は今、地球側からの需要が非常に高まっている。
だから私のような地球で食いっぱぐれた人間がこちらで仕事をして口に糊する事ができているのだ。

さて、空きっ腹を抱えた私は自分の腹に入れる糊を求めて行きつけの屋台に来たわけだが、この洪早飯店、名前も洪の朝飯屋でそっけないが店主はもっとそっけない。
私は半年以上ここにいるが、延国移民の熊人店主である洪さんが楽しげにおしゃべりしたり笑ったりしてるとこを見たことがない。
いつもぶすっとした顔で客が好き勝手に言い放つ注文を聞き、中国の油条に似た捻り揚げや豆乳みたいなスープ、穀物の粥などを粗末な器に入れて客の前にドンと置く。

もちろん看板娘など色気のあるものもおらず、屋台も清潔掃除されてはしているが飾りっけなど毛ほどもない、安くて早くて旨い、単にそれだけで成り立ってる店だ。

そして今日も私はいつも通りに洪さんに油条風の捻り揚げと甘い豆乳スープとを挨拶代わりに注文する。
「よう!オヤジさん、いつもn…」
ドンッ!と自分の前の屋台のカウンターにスープの器と縁に載せた二本の捻り揚げがぞんざいに置かれる。
置いた洪さんはいつものいかつい顔で何も言わず右手を出している。
その手に4枚の都市銅貨を置くとすぐ次の仕込みにかかり始めた。

私は洪さんのいつも通りの無愛想さを堪能した後、いつも通りその辺の荷箱に座って朝食を取り始める。
長細いカリカリの捻り揚げをパリッと適当に折って甘い味付けのされた豆乳スープに浸しながらシャグシャグと頂く。
程よい甘みとサクサク感で、徹夜明けの疲れた脳とひもじいひもじいと鳴き喚く腹を満たす。
木椀を傾けスープを口に運ぶと濃厚な豆の味とスッキリとした甘みで空腹に喘ぐ腹が満たされほっとため息が出る。
ああ、これで今日も何とかやっていけそうだ…

しばらくシャグシャグ、ズズズ…と私がやっていると、この界隈に激しく不釣り合いな妙に身なりの良い狐人の女が屋台の前に立ち、その艶やかな唇を開いて洪さんに話しかけた。
「お久しぶりね洪・魯人…ねえ?私にも朝食を作ってくれないかしら?」
「…注文は?」
話しぶりからこの店に不釣り合いなあの綺麗な女性と知り合いらしいが特に変わった反応はせず、いつも通りの無愛想さで洪さんが返事をする。

「そうね今日は軽く白華枸杞粥に星棗と月下実の包子、仙人蔘酸菜、あとは食後の飲み物に赤花茶をもらいましょうか?」
「帰ってくれ」
ツラツラとなんだか高級そうな延国料理の名前を並べた女性に洪さんはにべもなくそう言い放つ。
「あらあらつれないわねぇ…延じゃ毎日のように私やクウリ達に似たようなの作ってたじゃない」
女性が優雅な仕草で扇子を口元に当てながらそう言うと洪さんは
「…ここは新天地だ。それにここには宮廷料理に使うような材料はない」
いつものすっぱりとした言い方と違い歯切れの悪い答えを返す。
というか宮廷で働いてたのか洪さん…

するとその答えを聞いた女性が
「じゃあ!そろそろ延に帰りましょうよ洪。私、あなたの作る華で作られたような美しくて繊細な味の粥が食べたくてウズウズしてるの」
狐人の女は持っていた美しい細工のされた扇子をついと俯き加減の洪さんの顎の下へ優しく滑りこませて顔を上げさせる。

なんだか雰囲気が剣呑だな…と、そう思いはじめた時、
「おいおいアンタ、どこの何方様かは知らねえけどさ。いきなりやってきて俺が飯を食う前に貴重な安くてウマイ朝飯作ってくれるオヤジさんを連れてこうとするんじゃねえよ!」
朝方によく見る常連のオーガ人夫が険しい顔で狐人の女性を睨みながらそう言った。
彼はまだ朝飯にありつけてないようで大変ご立腹の様子だ。
「あら?貴方くらいおデブちゃんならちょっとは節制した方がいいんじゃないかしら?」
それに対してさらりと嫌味を返す狐人の女性…二人はにらみ合いを始める。

叫んだ彼と狐人の女性がにらみ合いを続けていると、周りの人達がどんどん集まってくる。
「え?どうしたどうした」「喧嘩か?」「洪さんのとこででかいオーガの兄ちゃんとえらく綺麗な狐人のねーちゃんがやり合ってるぞ!」「そいつは面白そうなメンツだな」
わらわらと人が集まってくる。
ここのみんなはこういうの好きだよなぁ…と独りごちながら私もコソコソと輪の中に入って事の成り行きを見物する。

二人は黙ってジリジリとにらみ合い、その緊張が最高潮に達した時…
ガン!!ガン!!ガン!!
と、いきなり凄い金属音が鳴り響いた。
びっくりしたみんなが音の方を見るとデカイ鍋をお玉でぶん殴る洪さんがそこにいた。
「店の前で喧嘩をするな!営業の邪魔だ!!」
そう言うとカウンターにドンッとでっかい器を置いてオーガの人夫に
「おい、いつものでいいんだな」「お、おう」
見ると器には雑穀を混ぜた塩味の茶粥と細かく切った捻り揚げ、延風のお漬物がたっぷりと盛り付けられている。

人夫がそれを恐る恐る受け取り銅貨8枚を払うと、洪さんは次に塩饅頭と粥に入れるきのこダシを器に入れてネギに似た薬味を浮かべたらしい物を狐人の方へ突き出す。
「今、俺がアンタに出せるのはこれだけだ。やるから帰ってくれ。俺は…延には戻らない」
じっと女の目を見つめながらそう言う洪さんと少しの間、目を合わせていた女はため息をついてそれらを受け取ると
「ふぅ…今日はこれで帰るわ。出してる料理を見る限り、相変わらずの丁寧な仕事で材料も値段に合わせてよく選んでるようだしね」
そう言うとつるりと丸呑みするが如くに饅頭とスープを食すと器を返し「好!」と一言残して見物人の輪を抜けて何処かへと歩み去っていった…

「…洪さんって延の宮廷で働いてたの?」
事が終わった後、私はシャグシャグと朝飯の続きを食べながら返事を期待せずそう話しかける。
「ああ、昔な…」
思ってもなく返事が返ってきたので私は続けて聞いてみる。
「どうして新天地に来たんだい?向こうじゃ料理人って凄い優遇されてんだろ?」
「俺は元々延の朝飯屋台の息子だ。腕を買われてとある方に取り上げられはしたがガラじゃないし延々と続く宴会料理というのが俺の思想に合わなかったのさ」
「?」
「……俺はただ単に料理が好きなんじゃなく、日々の糧を人に提供してお足をもらう生活が好きなだけだったって事だよ」
洪さんはそこで口を閉じて新しく来た客にまたドン!と豆乳スープの器を置いた後、忙しそうに新しい捻り揚げを揚げはじめた。
私は洪さんの話を聞いて幸福の形って言うものは色々あるもんだと思いながら器に残った豆乳スープをすすり上げ、
コトンとカウンターへ置くと「ごちそうさま!」と声をかけて日々の糧をまた得るために次の取材地へと歩を進めた。
これも一つの幸福の形なんだろうかと考えつつ…


洪の店で朝飯を食い終わったオーガの人夫が歩いていると、突然路地で声をかけられた。
「…そろそろ彼を返してくれないかしら?」
「オレらに言われても知らねえなぁ」
オーガがその声の方向へ向き直ってそう言う。
そこには先ほどの狐人の女が壁にもたれかかってこちらを見据えていた。

「彼はこんな場末で終わる人材じゃないのよ」
「ハッ!奴が望んだことだ。オレらはそれを叶える手伝いをしただけで連れて帰りたいんならアイツを説得するなりその持ち余してる力で何とかするんだな
…ま、あんたの影響が薄いこっちじゃ無理だろうがね」
そう返すオーガの顔がぐにゃりと歪んで奇抜な格好の少女の顔になる。
丁度地球でいうゴスパンクのような格好の少女はニヤニヤと笑いながら狐人の女を見つめ、女は鬱陶しそうに扇子でその視線を遮る。

「やーね…何でもかんでも食い散らかすだけで食の重要性をわかってない野蛮な奴らは」
ハタハタと扇子をあおぎつつそう嫌味を言う狐人の女に、ゴスパンクの少女がクスクスクスと嘲ったように嗤う。
「オレらから言わせれば、生きる糧である食に執着して趣向を凝らすお前の方が無理にニンゲンぶってるようで嫌らしいよ…むしろ、お前の行動はずっとチグハグでオレらには滑稽にさえ見える」
一瞬で辺りの雰囲気が凍りつく。
金色の炎のように美しく煌めいていた狐人の女の瞳は今は青銀に輝く氷のように少女を射抜いている。

「おお、怖い怖い…すみませんねぇ奥様、オレらは弱小の寄集まりなもんでね。
楽しみと言っちゃ美味そうな奴を取って喰うか、美味そうな食い物を作ってもらって喰うかのどちらかしか無いんですよぉ…クスクスクス」
嗤いながら少女が後ろへと逃れていく。

「あら?そこまでこちらの事をとやかく言っておいて尻尾を巻いて逃げるのかしら?」
「お前の用事は終わりだろ?こっちは貧乏暇なしなんでね。それにこれ以上やりあったらうざったい小人神のジジイがしゃしゃり出てきそうだし、オレらはここらでお暇させてもらうよ…」
そう言うかと思うとまるで最初からそこに誰もいなかったかのように静かに姿を消す少女。
そしてタイミングよく残された女に声がかかる。

「レディ、同胞が失礼をしたようで…」
「貴方達…黙って見てたわね?」
「いえいえ、我らは今しがた彼らの狼藉に気づいたばかりですよレディ…ここは彼らの色が濃い場所ですからね」
「じゃあ、気づいた今からでも対処したらどうなの?」
「我らは他の方々ほど楽に力を行使できるものではないのですよレディ?それに人材の引き抜きに規制はありませんし、我らが国にも利益のあることですからね…中々どうしてこの判断が難しい」
「ふぅ……貴方達ほど嫌らしい奴らもそうはいないわね」
「お褒めに預かり光栄ですよレディ」

……幸福の形は様々である。
それはたとえ、神でさえも…



  • 安くて早くて旨いだけでも最高の店だ。色んな意味で店と看板娘の成長が楽しみ -- (とっしー) 2013-06-02 18:49:17
  • 神々の戯れと闘争は深く死ぬかにヒトの知らぬ場所でって感じがすごくいい -- (名無しさん) 2013-06-02 19:40:31
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

f
+ タグ編集
  • タグ:
  • f

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年06月02日 18:48