【都の紅月】

今は昔、丑三つ時に京の都のある屋敷を尋ねる影あり…

夜も更けてきた頃、いきなりドンドンと門を叩く音で門番が慎重に門の横の小さな木戸を開く。
「このような夜半にどなたか?当家に一体何の御用が……茨木殿ではありませんか!?どうなされたというのです?」
対応に出た男が門を叩く者を見て驚きの声を上げる。
「…火急の要件じゃ、早う北野様にお取次ぎ…を…」
門を必死に叩いていた怪我でボロボロの女が息も絶え絶えにそう門番に伝える。

「茨木殿…一体どうしたと言うのだ?」
すぐに広間に通された女は広間の奥にどかりと座ったこの屋敷の主である北野から質問を受ける。
「……大江山一族の城が落ちました」
茨木と呼ばれた女は精根尽きた声でそう答えを返す。
その答えを聞いて広間に集まっていた屋敷の者達が一斉にざわめき出すのを北野が幾つもの手で制して質問を続ける。

「では茨木殿……そこもとの御大将、大江殿はどうなされたのか?」
「大江様は…大江様は、我が目の前で…奸賊共に討ち取られましてございます!!」
目尻に涙をたたえながらそう訴える茨木の言葉を聞いて北野がぎゅっと目を閉じ、周りの家人が信じられないと声を上げる。
「馬鹿な!大江様のような武人がやすやすと討ち取られるなど…」
「茨木殿!そこもとは一体何をされていたのですか!?」

「静まれ!!!」
北野が騒ぎ出す家人達を一括すると彼らは一斉に口を閉じる。
「…茨木殿、まずはお悔やみ申し上げる。しかし、一体何があったのだ?大江殿ほどの文武に秀でた男がそう簡単に討たれるとはワシにも思えん」
「討った男は源の家中の者で名は頼光…元々彼奴らは我らと所領について小競り合いを起こしていました。そして彼奴らは我々と和議を結びたいと城を訪ねて来てあろうことか和議の場で出される振る舞いの酒に毒を入れたのです。
それで我らの身体の自由が効かぬ間に彼奴らは狼藉に走り、大江様は動けぬ我らを庇って…」
周りがざわめく

「あの藤原の腰巾着、清和の畜生共か!!騙し討ちの上に毒を使うなぞなんと卑劣な…」
「やんごとなき血を受けておきながら奴らはもうヒトではない!親兄弟とも平気で争う外道じゃ!」
北野の家人達は口々に最近都で盛大に暴れ回り同胞に危害を加えている野蛮な奸賊共を非難する。

「…事情はあい分かった。大江殿はワシの無二の友じゃった…他に生き残った大江山の一族はワシの預りに致すし、ワシからも帝に口添えをしておこう」
その言葉を聞いて茨木がグッっと嗚咽を漏らす。
「どうされた?茨木殿」
「…おりませぬ」
「何?」
「生き残った者は…我以外、ただの一人も…彼奴らは我々の城から一緒に脱出した輩や女子供を火矢や毒矢で射ただけではなく、懇意にしていた里の者達の集落までその手に…
我も火矢を受け谷底に落ち、這々の体で北野様のお屋敷まで来たのです」
茨木の話を聞き、その場にいた全員が総毛立つ。

「……ただの一人も?か弱き女子供やこちらのヒトの集落まで手に…」
「そんな…そ、それでは鏖ではないか!!!」
北野が上の両手で顔を覆う。
そして重い動きで顔を撫で付けた後にその大きな口を開いた。
「皆の者、槍と鎧の準備をせい。ワシはすぐに帝に奏状を送る。しかし、彼奴らがそこまでの事をなしたことを考えると何かの後ろ盾があると考えた方がいいだろう…
故に者共すべて大事に備えよ!」
低くよく通る声で家人達に指示を飛ばす北野。
指示を受けて周りが慌ただしく戦の支度をしだす。

「北野様、我も…」
悔し涙に顔を濡らす茨木が北野にそう訴える。しかし…
「いや、御身は休まれよ…よくぞ、よくぞ生きてこの大事を伝えてくれた。今はゆっくりと傷を癒し、次の大事に備えてくれ」
そう言うと家人の一人を呼び、茨木に肩を貸させ別の部屋に移させた。

(なんという事だ…あの大江殿が討たれるとは…やはりあの野蛮極まりない辰巳の一族が帝家に入り込んだのか)
北野は心の中で歯噛みした。
「しかしそう簡単に滅ぼせると思うなよ?小童共が…」
(我ら一族も賤しくも葛原様とそのご一族には懇意にして頂いていたのだ。
伊勢の方へも書状を送り、もしもの時のために備えることとしよう)

北野は立ち上がり、縁側まで巨体を揺らしながら進み、幾つかの右手を柱につけて月を仰ぐ。
見上げた月はまるでこれから起こる凄惨な大事を現すが如く、紅く紅く血に濡れていたのだった…



  • 鬼の一族はどこいっても不憫だなー -- (名無しさん) 2013-07-04 20:37:08
  • ミズハを追われた鬼族を彷彿とさせる。辰巳の一族はもしかして・・・ -- (名無しさん) 2013-07-05 00:36:14
  • 源頼光と言えば金太郎こと坂田金時含む四天王もそうだけど、天下の業物たる童子切安綱も忘れちゃいかん。その由来といえば・・・ってやつだねぇ。四天王筆頭の渡辺綱も鬼切の逸話があるし、鬼との縁が深い人ですな。 -- (名無しさん) 2013-07-05 00:52:06
  • ミズハミシマと漢字の親和性はやっぱり高いな -- (としあき) 2013-07-05 22:27:08
  • くっつけても自然なのがミズハと日本の歴史みたいな感じかな? -- (名無しさん) 2013-07-09 23:02:25
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

g
+ タグ編集
  • タグ:
  • g
最終更新:2013年07月04日 20:04