【蜃気楼の戦】

 東に戦場在りと聞けば行って死体を漁り
 西に災害在りと聞けば行って死体を漁り
 北に葬儀在りと聞けば行って死体を漁り
 南に死体在りと聞けば行って死体を漁り
 それが死体売人《ヴァンキー》の仕事であり、収入源である。
 如何に人死にに敏感になれるか、戦場の匂いをかぎ取れるか、それが死体商人の信頼と安定的な収益に直結しているのは、今も昔も変わらぬ事。


 時は遥かに昔のこと。
 とある死体商人の一団が、ラ・ムールとクルスベルグの国境線の辺りでひと戦あったらしい、との情報を仕入れてくる。
 時は折しも神聖ドワーフ帝国が愚かにも内乱で倒れた頃であり、主戦場であるはずの旧帝国領内から南に離れたラ・ムール寄りというのが気になるが、同業者が匂いを嗅ぎつけてしまえば得られる身銭も少なくなってしまう。
 やれ善は急げとばかりに、一団は支度を整え噂の土地へ急ぎ向かう事にした。

 果たしてそれは、すぐに見つかった。 その光景は、言ってしまえば宝の山だ。
 神聖ドワーフ帝国の高度な精錬・鋳金・板金技術で作られた甲冑や武具がそこらじゅうに無造作に打ち捨てられている。 多少に痛みや凹みはあるが、補修しなくても買い手が付くレベルのものが大量に打ち捨てられている。
 甲冑の中に納まっていたドワーフ兵の鍛えられた肉体も、即席兵を御所望のスラヴィア貴族相手に売買すれば充分に小銭稼ぎに使える分量が回収できそうだ。

 同業者がやってくる前に金目の物は拾いつくしてしまえとばかりに、一団は帰りの荷台の重量も気にせず遺体や武具を放り込んでいく。
 中にはヒトのような形をした鉄塊の一部のようなものもあったが、金属類ならクルスベルグに限らず造船に必要とするドニーでも買い手は付くだろうと、これも積荷に加えていく。
 そうこうする中で、一団のひとりが「あれは何ぞ?」と皆を呼び集める。
 皆が集いソレを見やれば、砕けてはいるが立派な恰幅の鬼人よりもなお巨大な刃を讃えた斧・・・のようでもあり、指が砕けた左前腕のようにも見える。 だがそれは見たことも聞いたことも触ったこともないような金属で出来ていた。
 その妙な腕の様な物体から少し離れた目立たない所にも、怪しげな紋様が刻まれた猫系種族の右腕がまるまる一本落ちていた。

 ありゃなんだろうなと口々にしながらも死体漁りに精を出す一団の前で、「ソレ」は突然起こった。
 最初は風が薙いだだけだろうと思ったら、一人の頭が半ばで突如断ち割られた。 さらに、叩きつけるような吹き降ろしの風かと思いきや、頭を半分失った死体商人はそのままぐしゃりと潰れたではないか。
 まるで刃のような、鉄槌のような風・・・かと思いよくよく見てみれば、それは風ではない。 蜃気楼だ。
 トロルを遥かに超える巨大で鋼鉄の様な固さを感じさせる大巨人の蜃気楼と、悪鬼羅刹も泣いて逃げ出す形相で不釣り合いな程巨大な槍を振り回すマカイロドゥシアンの蜃気楼が、戦を続けているではないか。

 そして一行は気付いた。
 この場所の噂は流されるべくして流されたもの、迂闊者の死体商人をハメるための罠だったのだと。

 それは暴風と呼ぶには生温い、「破壊」以外の言葉では形容できない現象だった。
 死体商人の一団は一人、また一人と破壊に飲まれ、新たな死体として散らばってゆく。

 そして唯一人だけ生き残った。
 その死体商人は、先に見つけたマカイロドゥシアンの右腕のみを収穫に、自分の命と死体の腕、その腕を低温保存してくれる一行付きの水精以外の総てを失い、這う這うの体で砂漠を後にした。


 唯一人、腕一本を収穫に砂漠を後にした死体商人が向かったのはスラヴィア。 死体商人にとって、集めた資材を収益に転換する、第二の職場である。
 彼にはある種の確信があった。 この腕はその筋の被造死徒精製者には確実に高く売れる、と。
 あの時見たマカイロドゥシアンの蜃気楼、その右腕がまさにこれなのだという確信があった。
 そして、これの価値を確実に理解できる被造死徒精製者が居ることも、彼は会ったことは一度も無いにせよ知る機会はあった。

 聞き込みを続け、行脚を続け、そしてようやく彼の者が住まうという館に辿り着いた。
 当時既に完成の域に達していたとまで言われる被造死徒の出迎えを受け、館の主と死体商人が面会の場に揃う。
 苦労してまでたどり着いて、売り付けるのが僅かに腕一本と聞き、館の主は最初怪訝な表情を浮かべていた。
 だが、そんな館の主も現物を見るなり喜色満面、「言い値で買おう」と言い出した。


 死体商人は、その時の収入を元手に死体売りとはまるで別の事業を興し、そこそこの収益を得ていたという。

 とある被造死徒精製者の手に渡った蜃気楼の腕が、その後どうなったのかは、推して知るべし。

 それは、むかしむかしのお話。




 だがしかし、ふたつの蜃気楼が生み出す幻灯の戦は今もまだ続いている。
 その地は現在、第一種厳戒区域として立ち入り禁止区域となっている。

  • 最後は変質して死んでしまった死体商人の遺体も取引されましたというオチに行き着きそう -- (とっしー) 2013-07-11 22:21:35
  • うーん。死体の中には第二の生を与えた商人と思っているのもいそうに思えたかも -- (名無しさん) 2013-07-11 23:42:34
  • 商人のしぶとさに脱帽 -- (名無しさん) 2013-07-15 08:13:48
  • ハイリスクハイリターン。やってみたいな…と思わず思った仕事だ -- (名無しさん) 2013-07-18 23:10:55
  • 死体が金になるという概念が出来ている異世界では人の死に対しての感情は地球よりも多岐に渡るか -- (名無しさん) 2017-01-31 19:17:03
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最終更新:2013年07月11日 00:45