【黄の店】

大図書館塔はゴツかった。
たくましく伸びて、ぐさりと晴天に突き刺さっていた。
窓のないゴツゴツとした外観は図書館というより、むしろ牙城と呼びたくなる。

そんな図書館塔の膝元には、商店街のようなものが並んでおり、一つの店がなぜだか目に止まった。
黄色い屋根と暖簾は、年月にくすんでいる。扉から吹き出したように、外に雑然と商品がつまれている。

必要なものなど何一つ置いてないのはわかっていたが、旅先で出会う店特有の匂いに惹かれた。
旅行というものが持つ無駄遣いへの魔力に背中を押されて、暖簾をくぐったのだった。

「いらっしゃい」 

暗がりそのものが声を出したようで、少し背筋を震わせた。
モノクルを付けた真っ黒な鴉人が店の奥から出てきたのだ。

「大図書館塔特別遺失物調査委員会の直売店へようこそ。ひさしぶりのお客さんだ。どうぞ、ゆっくりしていってくれ」

「図書館の直売所ですか?……それにしては、不思議なラインナップですね……」

よくわからない雑貨やらなんやらがテキトーに積まれた店内を見回す。
まぁ、土産物屋なんてこういうものだろうかな。
と、小鳥の置物が目に入る。石彫りの、荒々しい。
手に取ると意外と重く、またほのかに感じた圧力を一瞬感動と取り違えた。

「これ、いいですね」

「おや、それがお気に入りで?この置物は、『手のり自傷』と呼ばれてるんだよ」

「そりゃまた、物騒な名前じゃないですか。何か、由来でも?」

「ええ、ハピカトル神の呪で、置物への化傷が持ち主へと」

「ハピカトル……!??」

実在の神様の名前を出され驚いたその拍子。
小鳥が手から滑り落ちる。
浮遊感。
加速する意識の中、着実に放物線を描いて床へと向かう。
まさに落ちて砕けるその直前、鴉人の足があざやかにキャッチした。

「ふう、危ない危ない。自殺はよくないよ、お客さん」

「いやいやいやいやいや、なんでそんなもん無造作におかないでくださいよ!!」

「ダメかなあ」

「ダメでしょ!そもそも神さま由来のものなんで売ってるんですか!」

「いやうん僕もちょっと違うかなとは思ってたんだよ。だけどさ倉庫がいっぱいなんだ。
 だいたい解析が終わって記録しきったら、燃やして天に返すようにはしてはいただけど。破壊不能オブジェがたまりすぎた。
 対策会議では、いろんな意見が出たよ。かならず反対意見も。
 長い、長い、長い、会議が続いたんだ……。ぴーちくぱーちく、延々と。
 そんなときふと誰かが言ったんだ、"売るべさ"って。
 煮え切って寝ぼけきった僕らには、とてもとても素敵なアイディアに思えて、だから満場一致で承認されたんだ……。
 次の日、冷静になったら少し躊躇ったけど、安全なものしか売らないからいいかなってね。
 うんまあ、だいたい安全だから気にしないで」

「安全じゃなーーーい!!」

「そっか、安全じゃないかあ。取扱い方を間違えなければ安全だから大丈夫な気がするんだけどね。ダメかな」

「だから安全じゃないですって!」

「うーん、やっぱこれ安全じゃないのかな。ダメだね。長い間、あそこにいると感覚が麻痺するみたいだ」

鴉人は『手乗り自傷』を置いて、なにやらゴソゴソと探り出した。

「ああ、あったあった。見つけたよ。お客さん、これは絶対安全だよたぶん、『ぬるばり』って言うんだけどね」

そう言って取り出したのは、銀色の細い閃き。一本の縫い針だ。

その『ぬるばり』を手渡して、鴉人言った。

「ちょっと僕を刺してみてくれ。ちょっとだけね」

首をかしげながらも、鴉人の羽根をちょんとつついてみた。
どるんっ!
粘液! 粘液が!

「うひゃあ!」

粘液が鴉人の体を一瞬で包み込んだ。
ぬるぬるだ。

「うぇーい。お客さん、見ての通り『ぬるばり』は刺したものをぬるぬるにするんだ。機能はこれだけだよ。安全だよね。
 このぬるぬるは毒じゃないから口に入っても大丈夫だし、窒息するようなこともないんだ。
 しかも、ほら、もう消え始めてる。掃除の手間もいらないんだ」

そう言ってる間に鴉人を覆っていたぬるぬるは、大気に溶けるように消えていた。

「どうだろ? 耐火性が抜群だから火事の時に役立つ……かもしれない。美容効果は……たぶんないなあ。うーん」

なんとなく、買ってもいいかな、という気分になっていた。
くだらなくて気が抜けた。たとえば、これが何でも願いを叶える猿の手だったりしたら回れ右していただろう。
くだらなくて、どうでもいいから、話の種にでも買おうかとい気分になっていた。

「いくらですか?」

「へ? ど、銅一枚だけど……」

「じゃ、買いますよ」

鴉人はクチバシをパクパクと、目を見開いて。そして、

「ピュイア!ピュイア!!!」

その声に応えて、奥の方からハーピーの女の子が現れた。

「はいな。ピュイアですよう、ご主人様」

「ピュイア!聞いて聞いて!売れた、売れたんだ!!商品が売れた!!」

「えええ!? つ、ついに発狂しましたかご主人様ー!?」

「違う違う!正気正気!この人が買ったんだよ!!」

「あわわわ、まさかそんなキc、いえ、奇跡的なお方が!この世にいるなんて!! って異人さんじゃなですかあ! この世の方でない!! よかったあ!!」

「ピュイア!ピュイア!!包装!すっごく丁寧に!」

「わ、わっかりましたあ! そうだフルーツも付けましょうかご主人様!!」

「一番いいのを頼むよ、ピュイアー!!」

めちゃくちゃに騒ぎながら歓喜する二人を見ながら、
ここで"やっぱ買うの止めます"って言ったらどんな顔をするだろうかとぼんやり考えていた。


  • 買って持っただけで【E 呪】が着いてしまいそうなグッズを堂々と売る店!購入者第一号なのかよ!とツッコミつつも大雑把な決定会議に和む -- (としあき) 2013-08-18 21:06:34
  • 破壊不能なのでお土産として並べよう売ろうという朗らかな鳥人の発想と骨董価値というものがしっかり異世界にもあるというのに少し安心しました -- (名無しさん) 2017-01-22 19:27:46
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最終更新:2013年08月18日 21:04