【無名人夜話】

来ることは無いだろうと思っていたが、自分は今、ミズハミシマに居る。

滞在し始めてから3日経つが、空は一度も晴れず雨ばかりだ。

宿の窓から外を眺め、ひいジジさまと馬晴のジイさまが死んだ日の事を思い出した。

ガキの頃から爺さんっ子だった自分は、ひいジジさまの帝國海軍時代の武勇伝をよく聞かされていた。

ひいジジさまは、帝國海軍戦艦「比羅沼」の砲術士として比島攻略戦に参戦したのだという。

それは激戦と言うに相応しい有様だったそうだ。

戦艦「比羅沼」は合衆国爆撃機B-17の爆撃を2発受けて炎上、深刻な損傷を受けて海戦後に破棄されたのだという。

命からがら救命ボートで脱出して近くの島に逃れ、そこで現地の土人(今でこそ差別語だが)に助けられ、

3か月してようやく帝國海軍駆逐艦「岩波」に救助されて郷里に帰れたのだそうだ。

その後は地元で漁師をして生計を立てていたそうだが、その時からの相棒が馬晴のジイさまだったという訳だ。

馬晴のジイさまはひいジジさまを助けた南方の島で暮らす土人だったそうだ。

詳しいことは誰も知らなかったし、あえて詮索もしなかった。

ただ、ひいジジさまは「馬晴の」と呼んでいたし、周囲も自然と馬晴さんと呼んでいた。

元々地元の港はそれほど特産のある土地柄ではなかった。

ところがどういう訳か、ひいジジさまと馬晴のジイさまが漁に出ると、決まって豊漁だった。

近隣の漁師は最初こそ不審がっていたが、共に漁に出ると自分たちも恩恵にあずかれるので、いつの間にかうやむやになっていた。

漁に出た日は、ひいジジさまの家で宴会となった。

ひいジジさまは陽気に笑って酒を浴びるように呑み、馬晴のジイさまもその隣で淡々と酒を呑んだ。

二人ともいつも海の傍にいるからか、特に馬晴のジイさまから潮の匂いがしていたのを覚えている。

自分は二人にいつも甘やかされていた。家人はそれに立腹したが、二人とも意に介さなかった。

そんな日が何十年と続いていたのだろう。

寄る年波には勝てず、ひいジジさまは漁師を引退し、そこからガタガタと体調を崩して床に伏せった。

そんなひいジジさまの話し相手は、いつも馬晴のジイさまだった。

ひいジジさまが天に召された日、馬晴のジイさまは家に来なかった。

通夜が始まったころに、顔を出さない馬晴のジイさまに声をかけにいった家人が、馬晴のジイさまもこと切れていたのを見つけた。

家人は酷くおびえて戻ってきた。

馬晴のジイさまの部屋には、巨大なタコの死体があったのだという。

より正確に言えば、蛸人の死体だった。

ゲートが開いて間もない時代、周囲の者はまさか異世界に蛸人などというものが実在するとも知らずにいたのだろう。

馬晴のジイさまが蛸人だったというのは厳に伏せられ、ひいジイさまと一緒に葬儀がなされた。

それとも、大人たちはみな知っていたのだろうか。

葬儀の日は、ずっと雨が降っていた。

大人になってからひいジジさまと馬晴のジイさまの事を調べていて、不思議に思う事が山ほどあった。

公式記録に帝國海軍戦艦「比羅沼」の記録が無い事、ひいジジさまが漂着したという南方の島がない事、

そもそも馬晴のジイさまがなぜ「ウマハレの」と呼ばれていたのか不明な事。

いつの日か解明したい。そんな想いがつのってミズハミシマに来た。

馬晴のジイさまが蛸人だったのならば、間違いなくミズハミシマから来たのだろう。

どんな些細な事でもいいから知りたい。そう思ったのだ。

小腹がすいてきたので、階下にある酒場兼食堂へと足を運ぶ。

そこは地球からの旅行者とミズハミシマの鱗人や魚人、ドニー・ドニーの鬼族でごったがえしていた。

奥に荒っぽい一団がいるなと思ってみていると、隣に座っていた鱗人から海賊だと教えられた。

もう結成から70年ほども経つ老舗の海賊団だそうだ。

その中の年かさの鬼がこちらに気づいて、自分の顔を見るとニコニコしながら寄ってきた。

海賊にからまれる事でもしただろうかと考えたが思い当たる節もない。

老鬼は「ニホンのニンゲンだろう。いつかお礼をしたいと思っていた」と、そう言った。

あっけにとられていると、老鬼はこうも言った。

「我が海賊団の旗艦『イラーヌヴァ』は、チキュウのニホン製なのだ」と。

大昔のとある日、海原のど真ん中で時化に見舞われた海賊団は、多くの仲間を波間に飲まれながらもどうする事も出来ずにいた。

その時、浪間に光り輝く柱が立ち上がり、巨大な軍艦が出現したのだそうだ。

海賊団は命からがらその軍艦に接舷、移乗し、どうにかその嵐を乗り切った。

それ以後、海賊団の旗艦は変わらず『イラーヌヴァ』のままなのだという。

「イラーヌヴァに乗っていたチキュウジンの仲間はもう、皆死んでしまったよ」

老鬼はそう寂しそうに言った。

戦時中に小ゲートが開き、軍艦と入れ替わりで馬晴のジイさまが地球に来たという事なのだろうか。

それにしても、それならばなおさら、何故ゲートが開いた時に故郷に帰らなかったのだろう。

「ソイツらはチキュウに帰りたがらなかったのかい?」

隣に座った鱗人が言った。

「たまにはチキュウに行ってたさ。でも帰ってきたよ。家族がいるものな」

老鬼が言った。

ああそうか。馬晴のジイさまは家族だもんな。

そう気づくと、あの磯くさいジイさまのあぐらにスッポリ埋まって座った感触を思い出した。

いつも優しかったジイさま2人を思い出した。

「あんた何で泣いてるんだ」

隣の鱗人が心配そうに尋ねた。

「雨あがりて空は青。そんな心境だよ」

そうひとことだけ答えた。


  • しっとりとした良い話でございました! -- (名無しさん) 2013-09-22 23:36:04
  • タコにはもうよりどころが爺さんしかなかったのかも知れない。もしくは安らげる場所を爺さんの隣と見出していたのかも -- (名無しさん) 2013-09-22 23:44:49
  • 余談ですが -- (トール・C・アーキー(SS作家)) 2013-09-23 00:06:32
  • 余談ですが「ヒラヌマ」と「イワナミ」は実在した非実在艦艇です -- (トール・C・アーキー(SS作家)) 2013-09-23 00:07:26
  • 分かり合えれば門のない -- (名無しさん) 2013-10-07 23:31:25
  • 時代でも異種族同士でも親友になれる…いいなぁ -- (名無しさん) 2013-10-07 23:32:00
  • 馬晴のじいさまにとって主人公のおじいちゃんは魂の片割れみたいな存在だったのかも -- (名無しさん) 2013-10-09 00:34:20
  • 人知れず世界の行き来があって小さな交流と絆が生まれるってイイネ -- (名無しさん) 2015-10-20 22:45:21
  • しっとりした昔話で芸術とか美談とかとは違う身の丈に収まる日常の中での心のつながりというものを感じた -- (名無しさん) 2016-04-03 13:44:48
  • ドキュメント番組の様に二つの世界の風景が交錯し星のめぐりあわせで繋がった人達の思いが現代へと目頭が熱くなりました -- (名無しさん) 2017-06-04 19:36:12
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最終更新:2014年08月31日 02:14