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【甲冑崩し】

店内に響く落ち着いた弦楽器の音色に乗って、ケンタウロスの歌姫が歌う。
端正な顔に似合わず、太く響きのいい声で歌う。戦場では大地を揺らさんばかりの大音声で敵対者を圧倒する彼女らケンタウロスの声量は抜群であり、本職のハーピーと比しても遜色がないと評価する者もいるほどである。
やがて歌姫の蹄を打ち鳴らす音にあわせ、曲調がアップテンポに変わると客席から歓声が上がり、合いの手の手拍子を入れる者まで現れた。
随分人気があるものだ、と酒を飲みながら思う。
たしか彼女がここのステージに立つようになってまだ日は浅かったはずだし、実際俺などは期待の新人が入ったと噂こそ聞けど今回が初見だ。適度に“さくら”を混ぜて場を盛り上げるくらいは、まあこういった店のよくする手法ではあるが、それだけでこの雰囲気は作れない。
『ケンタウロスの歌手はお嫌いですか?』
まるで最初から座っていたかのように、つい先刻まで無人だった席から声をかけられる。俺をここに呼びつけた連絡役のウルだ。
「いいや、悪くないね。繊細さを持ちながら腹の底に響く迫力の歌声だ、新人なのに大人気なのも頷ける」
『評論家みたいなことを言いますね、似合いませんよ』
「放っとけ」
くすりと、胸の“お喋り蟲”ではなくわずかに地の声の笑い声が聞こえた。珍しいことだ。
『あなたご贔屓のフルルも後でステージに立ちますよ』
「そいつは残念だ、仕事の話をするなら聴けそうにない」
『そうですね、河岸を変えましょう』
大盛り上がりの酒場を、後ろ髪をひかれるような想いで後にする。
また今度、ゆっくり聴く機会を持ちたいもんだ。



基本的に、ウルの所属するディセト・カリマの“裏方”たちというのは、彼ら身内だけで街の裏の仕事を闇から闇へ葬っている。本来ならば俺のようなぽっと出が、木っ端仕事とはいえ関われるものではないのだ。
が、幸か不幸か俺はこうして口封じされることもなく、たまに使いっ走りとして呼び出され否応なく手伝わされている。
まあ、俺としてもあのおっとろしい“女帝”アクナに睨まれてなお肥料にされずに済んでいることに勝る幸運などあろうはずもないから、今の境遇に文句はない。ないのだが…。

『今回もあなたのすることは多くありません。彼の相手をしていただきたいだけです』

たまに呼び出されてされる頼みが、ことごとく非常に面倒くさい内容なのだけはボヤかずにはいられない。
依頼主の口にする「簡単なお仕事ですよ」という言葉を信用してはならない、というのはわりと常識ではあるが、それにしたって間接的な口封じ狙ってないかってこれ。
渡された資料の内容に頭の鱗をがりがり掻き毟る俺に、
『不服そうですね』
とウルが身を寄せてきたので俺はぶるぶると首を振り距離を取った。
この間の旅人さんの一件でやらかした大ポカもある以上、鉄砲玉だろうとなんだろうと俺に断る権利なぞないのだ。それに、面倒くさいのは間違いないが資料を見るかぎり実際こいつは俺向きの相手であった。
アクナが俺を呼ぶのは、深刻に手が足りない状況か、俺である必要がある時なのだ。そりゃあ面倒なのも当然であろう…ということで納得しておく。
『では、よろしくお願いしますね。カナヘビさん』
営業スマイルのつもりだろうウルのかすかな微笑に、俺は苦笑いで返した。



俺の仕事は、裏方の連中がとある業者にガサ入れする間、やつらの用心棒だというやつを足止めもしくは処分することだった。
張り込みしている俺の目の前、いかにも三下という感じの灰猫人が慌しく標的のねぐらに駆け込むと、暫くしてそいつがのっそりと陽の光の下に姿を現した。
2mは優に超えているか。真っ黒な甲冑をぎっちり着込んだ姿は、その威圧感もあってもう一回り大きく見える。
生者ではないらしいが、動甲冑でもない。もしそうならば、昼も間近の往来に出て無事ではすまない。甲冑は陽光避けの特注品であり、やつはそれを着込んで昼も夜もなく暴れられるため、自ら“昼歩く者(デイ・ウォーカー)”などと嘯いている(パクリだろそれ)。
中身がなんの死者であるか見た者はいない。やつがあれを脱ぐ時は獲物から生気を奪い取る時だけで、やつは必ず獲物が死ぬまで吸うのをやめない。街の娼婦が、それで既に数名犠牲になっている。
なので、俺がここでやれなくてもガサ入れを終えた裏方の連中が遠からず袋叩きにする予定らしいのだ。ここでは、やつが今すぐ業者の元に向かえなければどちらでもいい。同じことだ。

だが、まあ。いつも多忙な裏方に、わざわざそんなしょうもない仕事を残してやることもなかろうと思うのだ。
俺は、腰に差した愛刀の柄に手をやり、ひとりごちた。
「よし、やるか」

甲冑男を先導して案内しようとしていた三下を不意討ちで蹴っ飛ばす。面白げな悲鳴をあげて壷に突っ込んだまま三下が動かなくなったのを確認して、俺はゆるりと標的に立ち塞がった。
『なんだウロコ野郎、どけ』
「いやだね」
そこらにあった物干し台が引っこ抜かれ、太い角材が俺めがけて叩きつけられた。が、俺の姿はすでにやつの懐にあり、抜刀していた。
『むおっ!』
驚き振り払おうとする甲冑男の動きより早く、俺はやつに“刀を当てながら飛び退く”。

 ぎゃりりりりぃっ

金属同士が甲高く擦れる音がして、激しく火花が散った。
『なっ なんだあそいつは!』
甲冑男は俺の手にした得物にうろたえる。そりゃあそうだろう、“刃がすべて鋸刃になった太刀”なんて異様なものを見れば普通の反応だ。
「斬爬刀術・引き潮の型。悪いね、あんた終わりだ」
『あ、あ?』
俺の言葉にぽかんと立ち尽くしていた男が、自分の甲冑の傷口から煙が昇っていることに気づき愕然とした。その部分だけ甲冑が削れ、太陽神の威光がやつの中身を焼き始めていた。
『な、お、俺ぇっ!? 焼けてる、なんでえ!?』
「斬爬刀術・渦潮の型」
混乱した隙を逃さず、やつの懐を駆け抜けながら弱い関節部をねらい“当てて、引く”。くるりと反転してもう一度。くるりくるりと反転するそのたびに金切り声が上がり、やつの甲冑が削れる。いつしか金切り声の中にやつの悲鳴が混じっていた。
甲冑男の周りを三周もしたところで、全身の傷から煙を吹きながら男は地面に倒れ、そのまま息絶えた。
中身はラーの威光できれいに焼け落ちてしまったので、結局中身は分からぬままだった。



『お疲れ様でした』
いつもの酒場で寛いでいる俺に、ウルが事務的な労いの言葉をかけた。
「刃こぼれした斬爬刀の修繕費は経費で落としてくれよ。弱い関節ねらったにしても、甲冑削るとか本当なら無理筋なんだからさ」
『無論です、請求書はいつも通りばあ様にまわしておいて下さい』
「あいよー」
ステージではハーピーの少女がしっとりとした曲を歌い上げている。
俺はボロボロになった愛刀のことは暫し忘れ、彼女の歌に聞きほれた。


  • ワイルド二枚目で性格も悪くない。 しかし肝心な場面での運がとても悪そうなカナヘビさん -- (名無しさん) 2013-10-01 22:06:50
  • 砂漠住まいが長そうだけど色んなとこで会えそうな用心棒。意外な苦手や弱点があったりしそうな雰囲気 -- (名無しさん) 2013-10-04 04:14:22
  • ケンタの歌手ってのが普通にありそうですぐ思い浮かばないくらいに意外だった。かっこよさよりも戦い方を知ってる雰囲気がいいなカナヘビ -- (とっしー) 2013-10-07 20:55:11
  • カナヘビつええ!?ケンタさんの歌い手さん素敵 -- (名無しさん) 2013-10-08 23:29:57
  • 武器防具の耐久性使い切り感が妙に説得力あった。ディセトでワルがのさばるためしなし? -- (名無しさん) 2017-02-01 13:44:52
  • 表と裏という華やかな欲満たす業界が短くまとめられて分かりやすいですね。相手に特化した技と道具として振う刀の扱いもいい味がありました -- (名無しさん) 2017-07-02 18:21:42
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最終更新:2013年09月29日 11:52