【踊り子と東から来た風】

夜の帳が降り、家路へと急ぐ人の往来を尻目に騒々しいとさえ言える活気の店内で私は予期せず美人姉妹と一緒に夕食をとることとなった。
「ちょっと姉さん!私の話聞いてるの!?」
「え?ごめーん聞いてなかった♪」
西イストモス王都の大通りから一本外れた通りの宿屋兼酒場兼食事処と言った店で相席となったのは銀髪褐色の東部からやってきたという姉妹だった。
「もぉ!そろそろ財布の中身が寂しくなってきたからお酒はほどほどにって話してるの!姉さん放っておくといくらでもお酒飲むんだから!」
やや垂れ目がちな紫色の奇麗な目の右側の目じりにホクロのあるのが妹のルミルさん、彼女が最初に相席を申し込んできた子で星占いを生業として星の導きではるばる西部まで旅をしてきたのだそうだ。
「だってぇ~、こっちのお酒って本当においしいんだものぉ~♪」
そう言ってジョッキになみなみと注がれたエールをゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲みほしてしまったのが姉のミルミさん、ややつり目な瞳の左側の目じりにホクロがある彼女は踊り子を生業とし、東部のほうではちょっとした有名人だと僕に自己紹介したが、その時のルミルさんの顔が引きつっていたのを僕は見逃さなかった。
「プハァ~!やっぱお酒って言えばコレよ!この爽やかなノド越し!ただ酔えればいいやで酒精ばっか高くて飲んだら喉に絡みつく乳酒なんてもう飲めるかーーーッ!あ!こっちにもう一杯追加おねがーい!」
「姉さんッ!」
なんとも賑やかな二人だと僕は思いながらテーブルに並んだ料理に手をつける。
僕と姉妹が座るテーブルの上には中央に地球のフランスパンっぽい固焼きのパンが木桶に縦に詰め込まれて置かれており、その周りにはマッシュポテトに葉物野菜中心の温野菜サラダにカボチャスープに腸詰肉と燻製肉の盛り合わせが並べられている。
問題なのはその量で、そのどれもが僕が両手で抱えるくらいの大きさの木のボウルに山盛りなのだ。
そもそも僕が彼女たち二人の相席を受け入れたのはそもそもがこのテーブルの上を埋め尽くすような大量の料理が原因だったりする。
居候中の知人の家に来客(ということに僕には話していたが彼の浮かれっぷりから察するに恐らく最近付き合い始めたという彼女だろう)ということで今日は外食&外泊ということになり、とりあえず目に止まった宿に泊まることにして夕食は宿に併設された場所でと決めたまでは良かったものの、いざ注文という段になってメニューに書かれた文字が読めないという根本的な問題に思い至り、宿の主人のオススメを言われるがままに注文した結果がこのテーブルの上を埋め尽くす大盛り料理、どうしたものかと途方に暮れているところに「相席よろしいでしょうか?」と声を掛けてきたのがルミルさんとその姉であるミルミさんだったというわけだ。
「すみません、本当に姉は昔から騒々しくて・・・」
いかにもしっかり者で昔から姉に振り回されて損な役回りしてそうだなぁと思える雰囲気をしたルミルさん。
「いえいえ、お綺麗なお二人と一緒に食事ができるなんてむしろ大歓迎ですよ、それに僕だけじゃこの量は食べきれませんしね」
「小食なんですね」
「いえ、そうでもないんですけどね」
何の他意もなくそう言ってくるルミルさんに愛想笑いでそう返しながら、僕は思わず内心で「この量が普通か小食な人向けの量と言うケンタウロスの常識がおかしい」と思ったりしないわけでもなかったが、根本的に種族が異なるのだから仕方がない。
「西は東と違って野菜の種類が多くて良いですね、旅をしている間西に近づくほど料理がおいしくなって驚きました」
そう言いつつ次々とテーブルの上の料理がルミルさんの口の中に消えていく、どうやらこの姉妹、姉は酒豪で妹のほうは相当な健啖家らしい。
あまりの量にどうしたものかと思っていたテーブルの上の料理は今やほとんどがルミルさんの胃袋の中に消え、その傍らでは何杯目かのエールを変わらぬペースで酒の飲めない私でもおいしそうだなと思うほど豪快に一気に飲み干すミルミさん。
「お二人は占いの結果に従ってこちらに来られたそうですが?」
「えぇ、私はそうなんですが、姉は私が放っておけなかったと言ってますが・・・」
そこで再びミルミさんが自己紹介した時と同じような表情をする彼女、どうやらミルミさんは相当な問題児のようだとはわかったが、あまりそれ以上は聞かないほうがいいだろう。

「ろおおおおおおっし!ミルミさんおろるよーッ!」
それは突然のことだった。テーブルの上の料理もほとんど無くなり(7割ルミルさんで2割ミルミさんで一割弱が僕)主に僕とルミルさんが話をしてその横でミルミさんが延々とエールを飲み干してはおかわりを注文するという流れが続いていたところで、いきなり顔を真っ赤にしてどことなく呂律の回っていないミルミさんが立ち上がって高々と店内に宣言する。
「なんだなんだ?ネェちゃん踊り子か?」
「そうなろよ、わひゃひは東のほうじゃちょっとした有名人らのよ!」
「あぁ、姉さんまた・・・」
赤ら顔で自信満々にそう言うミルミさんと、その横で突っ伏して何事かブツブツ言っているルミルさん。
「踊り子なら何か踊ってくれよ!アビアスの花とか知ってるか?」
「アビアスの花はわらひの十八番らのよ!」
「おぉ!そりゃあいい!じゃあ踊ってくれ!」
「俺も見てぇ!気に入ったら姉さんの酒代払ってやるよ!」
俺も俺もと次々に店内の客がリクエストしはじめ、踊れだの歌えだのと口ぐちに囃したててはじめる。
「そこの連中ちょっと場所あけろ!こう狭いと邪魔だ!」
話は決まったと踏んだのか一部の客はいそいそとテーブルとイスを寄せたりどかしたりなどして店の中央にそれなりのスペースを作る、ここで踊って見せろということだ。
「ね、姉さん!ダメよ!この前約束したじゃない!」
「らいじょーぶ!らいじょーぶ!」
完全に出来上がってるらしいミルミさんはヒラヒラと手を振ってなんとか思いとどまらせようとするルミルさんの横をスルリとすり抜けて間に合わせの舞台へと千鳥足で進み出る。
「おいおい足元があやしいぞ?本当に大丈夫なのか?」
「踊れないなら脱いでもいいぜ?それなら俺も酒代くらい出してやるよぉ!」
下卑た笑い声とともにそんな声も聞こえてくる中、ユラユラと左右に揺れながらミルミさんは店の中央に立ち。

ダン!

まるで口々に好き勝手騒ぐ者達を黙らせるように踵で床を踏み鳴らす。

ダン ダカダカダカダカ ダダン ダカダカダカダカ

最初に始まったのはまるでタップダンスのような軽快なリズム、四脚の蹄で床を踏み鳴らしリズムを生み出す。

パン パパパン パパパパ パパン

その次は緩急織り交ぜた手拍子、ここでタップダンスはフラメンコのような趣に変化する。

「アビアスの花 乾いた大地に雨が降り大地を色鮮やかに彩る 帰ってこいと ここに必ず帰ってこいと想う人のために」

千鳥足でおぼつかない足取りが嘘のような足踏みと手拍子の次は朗々と歌い上げるミルミさんの歌声、それまでの呂律の回ってなさが嘘のようだ。

「あの人は今どこにいるでしょうか アビアスの花よあの人に伝えておくれ 私は今もここにいますと」

店の中はすっかり騒がしさが鳴りをひそめ、皆一様にミルミさんの歌と踊りに見入っているのがわかる、東のほうでは有名人だったという彼女の言は正しかったのかと思うほどそれは見事なものだ。

「マズイ・・・止めないと・・・」
「え・・・?」
店内のほかの客同様に僕も彼女の歌と踊りに見入っていた中で耳に入ってきた隣のルミルさんの言葉に疑問を覚えてそちらに顔を向けた時だった。
不意に店内に強い風が吹き込んできた。
『見つけたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』
風が吹き込んだ来たと想った次の瞬間、何かが爆発したかと思うような大音響、それが声だと分かった瞬間、僕は椅子ごと吹き飛ばされていた。

「うおあああああああああああああああああああッ!?」
「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?」
一瞬で阿鼻叫喚の惨状と化した店内、椅子やテーブルや料理の載った皿などが店内の客ごと強烈な風で吹き飛ばされる。
僕もなすすべもなく椅子ごと吹き飛ばされて壁に叩きつけられ、一瞬意識が飛びそうになるがなんとか意識を失うこともどこか骨が折れることもなくその場にうずくまる。
『見つけたぞおおおおおおおおおおおおおおお!ミルミイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』
大音響の声が騒然となった店内に響く。
「ああああああああ!やっぱり来ちゃった・・・・」
ルミルさんの悲鳴のような声にどうにか視線を横に向けると、そこには頭に何か料理が入っていたらしき木のボウルが被さった状態でルミルさんが頭を抱えて何事かブツブツとつぶやいている。
「ルミルさん・・・何がどうなってるんですか・・・?」
僕は彼女の様子から何か知っていると察し、思わず訪ねてしまう。
「姉は、姉が私と一緒に西に来ることになったのはコレが原因なんです・・・姉は厄介なモノに好かれてしまっていて・・・」
「厄介なもの?」
私は彼女の言った言葉を確かめるように言うと、もう一度店の中央、ミルミさんが踊っていた場所に視線を向ける。
『ミルミ!探したぞ!東中をなッ!』
「らによ!人が気持よく踊ってるのに邪魔しないれよッ!」
すさまじい風で店内メチャクチャな中でミルミさんが踊っていた場所だけは何事もなく無事で、その場所には今はぼやけた輪郭の髭モジャで筋肉ムキムキで半裸のケンタウロスと、それに食ってかかっているミルミさんの姿があった。
『だから言うておろうが!ワシの嫁になれと!そうすれば好きなだけワシのために歌えるぞ!』
「それが嫌らって言ってるれしょ!アンタもしつこいわれッ!」
『何故だ!まったくわからん!ワシはこんなにお前が好きだと言うておるではないかッ!アビアスの花の歌はワシへの恋文であろうがッ!』
「思いあがるらッ!歌ってくれって言われたから歌ったらけよッ!アンタもわらしの歌が聞きたならもっと静かに来ならいよッ!」
ミルミさんはずいぶんとご立腹らしくそばに転がっていたパンを拾い上げてそのまま目の前でまるで陽炎のように輪郭がユラユラしてる半裸の髭モジャムキムキケンタウロスの頭をパシパシ叩いている。
「あれは・・・あの方は私たちの部族の守り主様なのです」
「守り主?」
「はい、あの方は風の大精霊ロロカブラ様、私たちの部族を昔から守ってくれている偉大な風の精霊様です」
「風の大精霊・・・・それがミルミさんを・・・・嫁にほしい?」
ふと以前に聞いた精霊と結婚するこちらの世界の特殊な文化のことが頭を過る、精霊は時として自分の伴侶に精霊ではない種族を選ぶことがあり、それはとても名誉なことであるとかなんとか・・・・
「はい、姉さんは昔から歌と踊りが上手で、東のほうでは有名な踊り子と言われるまでになっていたんです。そして、ロロカブラ様がそんな姉を嫁にほしいとおっしゃられて・・・」
「それがイヤだとルミルさんの旅についていくことであの大精霊様の求婚から逃げた・・・?」
「はい・・・・」
ルミルさんはそう言ってガックリと頭を垂れる、この様子ではこのような惨状になったのは過去一度や二度ではないのかもしれない、ミルミさんの自己紹介の時などに顔が引きつっていたのもそういうこととか少なからず関係してるのか?
『ワシがその気になればお前を無理やり連れ帰ることもできるのだぞ?それをせんのは何故かわかるか?ワシは本当にお前のことが好きなんだ!』
「嘘つくらッ!アンタはわらひの歌と踊りが好きならけれしょッ!」
態度こそ偉そうだが、ユラユラと不鮮明ながらその表情と声は明らかに困り果てているとわかる風の精霊と、パシパシとその精霊の頭をパンで叩き続けるミルミさん。
「あの・・・とりあえずこれはどうにかしないとっていうかどうにかする方法ありますか・・・?」
原因があの二人にあり、ルミルさんのこれまでの様子からこの状況をなんとかする方法はあるだろうと僕は隣のルミルさんに尋ねる。
「あることはあるんです・・・だけど・・・」
ルミルさんはそこまで言って木製ボウルの端に手を掛けてそのままウンウンと唸る、あることはあるらしいがそれにも問題があるってことか?
『ミルミッ!ワシといっしょに来いッ!!』
店全体が震えるような大音響が響き、それに驚きもう一度店の中央を見ると痺れを切らしたロロカブラがその太い腕でミルミさんの細腕を握っているところだった。
『こうなったら仕方がない!無理やりにでも一緒に来てもらうぞッ!』
「やらやらやらやらッ!誰があんらとなんか一緒に行くもんれすかッ!」
腕を掴まれたミルミさんは体全体でヤダヤダと拒絶の意思を示しているが、ロロカブラはもうそんなことは知ったことではないと無理やりにでも彼女を連れていく心づもりのようだ。
「マズい!」
「待ってッ!」
このままでは彼女が連れていかれる、助けなければと立ち上がろうとした時、僕の手を掴んでそれを制止するルミルさん。
「これだけは使いたくなかったんですが仕方ありません・・・これから何があってもジッとしていてください・・・」
とても悲痛な、しかし心を決めた声で彼女はそう言うと首に掛けた紐をたぐり胸の谷間から何かを取り出す。
「それは・・・?」
それは笛のように見え、そして実際にそれは笛で正解だったらしく、彼女は深く息を吸い込むとそれの端を口に咥え、一気に吸い込んだ息を吐き出す。
「―――――――――――ッ!」
笛の音は僕には聞こえなかった。
「来ます!伏せてッ!」
笛を吹き終えたルミルさんはそう言って、僕に覆いかぶさるようにして体を低くする。
「え!?むぐぅ・・・・」
僕は何がなんだかわからないままルミルさんの胸の谷間に顔を押し付けるような形で床に倒れこむことになり
その直後
『何抜けがけしてんのよロロカブラッ!』
『ワレェ!もっぺんぶちのめしたろかッ!』
相次いで暴風が店内になだれ込み、柱や壁が軋み砕けて行く凄まじい音が聞こえてくる。
『ケレーネ!バラトン!貴様らどうして!?』
それと共に明らかに困惑したロロカブラの声が響く。
『そんなんどうでもええねん!とりあえず抜けがけしよった裏切りもんをぶっちめるんが先やッ!』
『覚悟しなさいよロロカブラッ!』
次に起こった空気は破裂する凄まじい衝撃で僕は気を失った。

次に僕が意識を取り戻したは宿はおろかその周囲の建物も綺麗に吹き飛ばされて更地となった場所、後日あの場所で突如として3本もの竜巻が発生ししばらくの間周囲の建物をものの見事に破壊し、三本のうち一本が残り二本の竜巻に押しつぶされると、残りの二本の竜巻も綺麗サッパリ消えてなくなったと言う話を知人から教えてもらうこととなった。
そんな話を聞きながら僕はその2本の竜巻がケレーネとバラトンという恐らくロロカブラと同等かそれ以上の風の精霊で、ルミルさんのあの笛であの場所に呼ばれたんだろうと推測することができた。
街中で三本も竜巻が発生したにも関わらず怪我人や建物の倒壊は多数に上ったが死者はおらず、これも精霊の関わった出来事だからかだろうか。
ちなみに僕が意識を取り戻した時にはルミルさんもミルミさんもあの場所には居なかった、おそらく自分たちが原因となったあの騒動の責めを負わされることを恐れてそそくさとあの場から逃げたのだろう、彼女たちも身勝手な精霊に振りまわされる被害者だというのにかわいそうな話だ、それを改めて想うとなんともいたたまれない気持になる。


  • ねーさんの魅力に参った。ケンタ姉妹の旅の続きが見たいです -- (名無しさん) 2013-09-29 19:03:14
  • 正反対で丁度いいバランスのミルミとルミル。でも流石に飲みすぎでしょう家計は火の車。静かに激しく燃える愛の歌が印象に残った -- (名無しさん) 2013-10-01 22:55:06
  • テンション高いわ!これ姉じゃなくて兄でもイイキャラになるわー -- (とっしー) 2013-10-07 20:59:10
  • このケンタ姉妹の従者に志願したいわー -- (名無しさん) 2013-10-08 23:09:56
  • 精霊の童話みたいな雰囲気と合わせて楽しいだけでなくイストモスの空気を伝える食卓料理の様子がいいですね。騎士以外のケンタウロスの面を感じれる賑やかな話でした -- (名無しさん) 2017-07-09 20:21:24
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最終更新:2013年09月29日 15:11