【ディセトで児童預かり おまけ】

「そうそう、その調子だよハニー。 その感触を忘れずに次のステップだ」
「あっ、ダメ…溢しちゃうわリチャード」
「落ち着いて。そっと優しく、優しく指で撫でてごらん。 ハニーなら出来るはずさ」
「あっ、ぴくんって動いたわ。こうすれば良いのね。 リチャードは何でも知っているのね」
「ハニー、リチャードではなくてダーリンと呼んではくれないのかい?」
「もぅ、恥ずかしいわ。二人だけなら良いけど… 今は“この子”が見てるわ」
ベルマの豊満な胸に抱かれ、満面の笑みで哺乳瓶から鳥乳を吸い飲む狗人の赤子。
「まっぎらわしいねん!オラーー!」
ぷっくりとした唇と普段は青の顔を真っ赤にした鱗人。両手の鰭を上下から勢いよく交錯させる。
軽やかな破裂音の後に、陽光を虹に屈折させた薄い霧がリチャードとベルマを覆った。
「サクラコ、涼しいけれどもやりすぎるとこの子の髭に障るわ」

 ディセト・カリマの工事就労者の家族、子供を労働時間中に預かる“館の保育”
 その評判は児童預かりが始まって数日の間に、就労者の間から街の市場や酒場などから口伝いで広がった
 工事人以外でも労働時間中の子供の扱いに難儀している層は思ったよりも多く、
 時々子供連れが娼館にやって来ては保育できないかと打診してくるようになった

「ふぇふぇ、まさかここまで上手くいくとは想いもしなかったのぅ」
「どうします? 夕方までの預かりサービスとして本格的に始めてみます?」
相変わらず子供に纏わりつかれて息を荒くするアンダーバに、
子供を二人づつ腕にぶら下げ持上げる美織が提案する。
「昼間空いている館で商売が出来るのは願っても無い話なんじゃがのぅ…
ほれ!耳と鼻は掴むでないと言っとろうが!」
「当面の問題は子供の相手に体力と精神力がごっそり削られるってことかねぇ。
種族は違っても“女”なら、その内慣れると思うんだけども。さてはて」

「トゥーロすごいー!」
「すっげーな、トロ子!」
「たかいたかい」
子供達に囲まれる小さな蟷螂の子は、小さな鎌を器用に細かく振りながら大小様々な積み木を立てていく。
自分の背丈と同じ位に詰み上がると、達成感を表すかのように広い額を拭った。
周囲から贈られる歓声と拍手に少しばかりもじもじして応えるトゥーロ。
「凄いねィ君。私と一緒に向こうで遊ばないかい?」
子供の壁から、ぬっと伸びる蟲人の腕。
腕の元は見えないが、小さな子供の大きさの腕だが明らかに他の子供とは違う“異質”を放っていた。
只、その“異質”に気が付いたのが ──
「!!」
囲む子らに一切触れず、自身の喉元に迫る腕だけを縦に裂いた。
「躊躇いの無い一撃ィ! まだまだ成長過程にして“その心”の在り様!是非とも解剖(バラ)して覗きたいねィ!」
割れた腕から弾ける紫の体液に、怯えた子らが泣き出す。
慌てて駆け寄ってきた娼婦達が子供をあやす中、ブレアが割れた腕の主を掴み上げた。
「ネビオラ、ここはふざけるには相応しくない場所だ。 子らが泣いてしまったではないか」
「アッヒャッヒャ。全面的に私が悪いから、その蟷螂の子を責めないで欲しいねィ」
他の子供達と背丈の変わらぬ蜘蛛人の子供。 しかしその顔に湛える笑みは邪悪さを漂わせる。
「私はネビオラ。君さえ良ければ何時でも私の研究所、“阿片窟”に来ると良い。大歓迎するねィ」
着地し割れた腕を無造作に間接から外し落とすと、残った片方の腕で握手を求めたが、
トゥーロがそれに応じる訳も無く、一層邪悪な笑みを浮かべて一歩二歩退いた。
「ブレア、この蟲人の子はどこで手に入れたんだィ?」
「娼館を何だと思っているんだ。お前の価値観と重ねるな。 その子は預かっているだけだ。
それよりも、何だその姿は。子供の体になってもお前の強烈な“匂い”は消えないぞ」
片腕が無いでも呆気羅漢と何を今更と、がちがち歯を打ち鳴らし邪悪笑う。
「それにしても見たこともない心を持っているねィ。 あの子の親は蟲人なの ──
 ずどんっっ!!  ぶちっ
放物線を描いて飛んできた巨大な袋は見事にネビオラを押し潰した。
周囲にいた子供達は、素早くブレアやスフリ、ベルマ達が抱えて避難させた。
「ちょっと出てるうちに賑やかになっているんだナ! それはお土産の冬山の氷岩だナ!」
大人もすっぽり入ろうかという硬布袋。 はらりと解けると、中からひんやりと冷気を漂わせる青白い岩が出てきた。
直ぐに人だかりができた足元の布がもそもそと盛り上がり進み、端から何か小さい物が飛び出し扉から外へ消えた。
「クラァー!ロタルカ!物をほるなら人のいないとこにしろ! 非常識にも程があるねィ!」
代わって扉からぼろぼろの白衣を乱暴に着こなす蜘蛛人の成人体が入ってくる。
そのまま他の従業員と話しているロタルカを指差してズンズン進んでくる。
「非常識の塊が何を言うか」
「お?予備に乗り換えたナ?ネビーは用意が良いんだナ」
「ダークエルフの危機感には前から一言言いたかったんだねィ! そもそもお前ら ──
 ずどんっっ!!  ぶちっ
『挨拶は済んだか? 我はもう少ししたら町外れに向かうぞ』
入り口として見れば巨大の部類に入る娼館の正面扉から巨大な獣の手が入ってきた。
手が入るので精一杯なのか、顔は外から覗くようにして狼が低く唸る。
手元には紫の体液が飛び散っており、はみ出た蜘蛛人の四肢がびくんびくんと痙攣している。
直ぐにカサカサと何かが這い出して獣の脇下を潜り、外へ飛び出した。
「もうスペアが無いから帰る。 この夫婦は苦手だねィ」

「おっきなおおかみだー!はじめてみるー!」
「もっふもふー」
「あっ!ちいさいおおかみもいるー」
「「「わおーん わふっ」」」
一斉に外へ飛び出す子供達に囲まれ揉まれる子狼達と、腕に脚に背に昇られる大狼。
『む、何だこれは? むむ!息子達よ、撫でられたくらいで腑抜けた顔をするな!』
「館で預かっている子なんだナ」
全方位からのおさわり攻撃に獣の威厳も打破され、お手上げのポーズでなすがままに受け入れている子狼達。
『む、館に残した息子は何処へ行った?』
「スフリー、クロアシとシロッポはどこにいるんだナ?」
人混みの中で誰にも触れることなくネビオラが捨て去った躯と飛び散った体液を掃除しているスフリに尋ねる。
「あの二頭は預かり初日にもみくちゃにされて以来、館には来ていない。 夕方になると庭に戻ってくるぞ」
『何とも情けない…帰ってきて早々だが鍛え直さなければならんな。 えぇい!纏わり付くな!
後、リチャードはロタルカに近寄るな、もっと離れんと食い潰すぞ』
大狼が砂を巻き上げ立ち上がると、子供達がぼろぼろと振り落とされる。
「おおっと、急に立ち上がったら…」
「乱暴してはダメよ、ダナン。この子達は“お客様”なのだから」
風が流れる様に落下する子達を優しく受け止めたベルマ。
「じゃあロタルカ達は町外れに行くんだナ。 また明日なんだナ」
ロタルカは頭上で六人ほどまとめて受け止めた子供を降ろすと口笛を吹く。
それを聞いてもみくちゃにされている子狼達も駆け寄ってくる。
『走るぞ。遅れるな』
伸びる大通りを揺らしながら大狼が駆け去っていく後ろを、大斧を担いだロタルカがバック走で手を振りながら、
その後を子狼達が一生懸命離されない様に追走していく。
陽は傾きかけていた。

「すごい狼でしたね…」
「ん?あんた知らないのか? 砂漠の薔薇のダークエルフと大狼夫妻と言えば傭兵ギルド界隈じゃ結構有名だぞ」
娼館に向かう労働者の中で呆気にとられている背丈の大きな人間の腰を、荷蟲獣の指揮役に従事している蟲人が叩く。
「あの娼館自体が“知ってる”連中なら手を出そうとは思わない“問題有り”の巣窟だからな。
おまけに側には街の下に張り巡らせた穴ぐらで何をやっているのか分からん得体の知れない“藪医者”が阿片窟を構えている」
「オアシスの街を守る一級品の安全と規格外の危険ですか」
「そうさ。悪事さえしなければ住むも働くもよしってことさ」
そう言いながらカナヘビは、見えてきた娼館の扉を指差す。
大きな買い物で路銀が尽きたために工事現場で働いている。

「今日もありがとうございました。 同じ年頃の子と一緒にいられるのは大切ですよね」
「ふふ、言葉は無くても子供同士は通じ合うものなのよ。 ほら、お迎えよ」
走ってくるトゥーロはそのまましゃがむ男の肩によじ登ると、ちょこんと座る。
他の子供達も続々と迎えに来た者と家路につく。
「お疲れ様、ハニー。夕方からの仕事の前に休憩にするかい?」
「ダーリン、私…」
「ん?何だい?」
「ますます“予行演習”じゃなくて“本当”が欲しくなったわ」
「今晩は、覚悟を決めて準備しておくよ」


 この後、従業員の負担と分担を踏まえて曜日や時間帯を整理した児童預かりが
 仮ではあるが娼館“砂漠の薔薇”で始まることになる
 無邪気な子共達に振り回される面々は、館の新しい名物になった


児童預かりのおまけでした
ネビオラはスラヴィアンよりもしぶといです

  • 賑やかで和気藹藹とした雰囲気が大家族のようなディセトの面々。イレゲワールドにおいて限りなく「悪」の側面が強いネビオラもやや毒気がが -- (名無しさん) 2013-09-29 21:13:17
  • 抜かれてるみたいで面白い、って途中で送信しちゃった -- (名無しさん) 2013-09-29 21:14:24
  • 読んでみると平和そのものなんだけどネビオラが見せる危うさが引っかかる。潰されてたけど -- (とっしー) 2013-10-03 23:26:25
  • 和むー。色んな種族が同じ場所でってのがいい。喋れないトゥーロの仕草も思わず目に浮かんで可愛い -- (とっしー) 2013-10-07 21:02:52
  • ベルマ&リチャード夫妻ったら甘ーい! -- (名無しさん) 2013-10-08 23:15:54
  • 労働者とその子と保育を並べて異世界でサービス業は面白いね -- (名無しさん) 2013-10-27 13:59:26
  • 和むー。憎まれ役とギャグの受身までこなすネビオラが愉快 -- (名無しさん) 2014-04-17 23:34:02
  • とても賑やかで種族多様な娼館保育園は微笑ましいですね。母性や興味や色々な感情が混ざり合う中でも全くブレないネビオラの体を張った邪悪キャラっぷりに合掌です -- (名無しさん) 2017-07-09 20:29:10
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最終更新:2013年09月29日 22:22