【羅延同船、河川を砕く】


 大延国は河川が多く、物資の移動手段には船舶が用いられることも少なくはない。 物資に限らず、ヒトの移動にも船舶は用いられる。
 そんな人客輸送船の一隻にて起こった、不思議な話を諳んじよう。


 時は遥かに昔のこと。
 船頭を除けば5人も乗れば満席という小さな客船が、とんぶらこと河川を揺蕩う。 今日もありがたいことに満席御礼、航路も今の所は順風満帆。
 しかし、船頭には気がかりがあった。 船頭仲間が言うには、最近この辺りには陸路も川路も問わず襲う野盗が出るようになったのだという。

「ふむ、風が騒いでるな」
「ある意味では、望んだ通り、か」
 客の二人、剣客風の狐人と導師風の虎人が、物騒な事を言い出す。 もしや、野盗の仲間では?と船頭は警戒する。

「おいオヤジ。 ちょっと物騒するが、堪忍してくれな」
 剣客風の狐人が、腰の剣に手をかけてスッと立ち上がる。 それに呼応して、導師風の虎人も立ち上がる。 だが、不思議と舟は必要以上に揺れることは無かった。
 二人が客と船頭を避けて船首と船尾それぞれに立つと、それを待っていたかのように、荒っぽいところを乗せた船が数隻寄ってくるではないか。

 やってきた船の一隻から、声が上がる。
「見つけやしたぜオヤビン! ほら、船首にいるあの狐野郎ですぜ!」
 その声を受けてやおら気勢が盛り上がる荒事希望の船達に対して、
「昨日酒場で騒いでた彼らの同輩を、問答無用で殴り倒したのが良くなかったんじゃないか、シキョウよ」
「知るか。 俺がやらなきゃお前がやってただろ。 同罪だ、セオフィ」
 船首と船尾からは軽口の応酬が起こるのみ。

「オヤビン、奴ら以外はショボそうな上にたった4人じゃ実入りもありゃしないですが・・・どうしやす?」
「決まってんだろ! あんなヒョロ僧風情にナメられたなんて噂が立っちゃ商売あがったりだ! 俺らに手を上げた愚を地獄の底まで後悔させてやれ!」
 周囲の船舶から怒声が上がるのに対し、
「さて、取り分はどうするか」
「こんな輩共相手に取り分も何もあるまい。 面倒だから手近なところから折半でいいだろうよ」
 そう言って舟から飛び降りた二人は、水面を蹴り手近な船舶に向かう。

 片や、素人には剣閃も見えぬ程に研ぎ澄まされた一撃が、河川の流れごと船舶を切り裂く。
 片や、太陽のように熱く眩しい拳が、河川を砕き船舶ごと高々と打ち上げる。
 野盗も精霊術や武術で有らん限りに抵抗を試みるが、二人の前には微風程の抵抗すら生むことなく、次々と野盗の船舶は木屑の塊に変貌してゆく。
「何なんだヤツらはぁ! 無茶苦茶だぁ!?」
 野盗は完全に士気を失い、一路転進、逃走を試みようとするが
「オイオイ、テメェらはさんざっぱらヒトから金品巻き上げといて、自分らは危なくなったらオサラバしようだなんて、随分と虫の良い話があったもんだな?」
「全員纏めて官吏に突き出す。 逃げ遂せると思うな」
 二人の宣言の通り、野盗の船舶は総て砕かれ、野盗は一人として逃げ遂せることなく、皆揃って捕縛された。
「まずは軽く悠久の河川の流れで罪を悔いつつ身を清めるが良かろう」
「お前も存外エグいこと考えるものだな、セオフィ」
 野盗は揃って船尾から伸びた紐に繋がれ、辛うじて首から上が水面から飛び出るように調整され牽引されることとなった。

 かくして船尾に野盗の成れの果てを率いて、客船は着くべき岸に辿り着く。
「お騒がせしてしまい、誠申し訳ない」
「ま、これで野盗に怯える必要も無くなったわけだし、トントンってところで勘弁してくれ」
 湖岸警備の官吏に野盗を引き渡したところで、奇妙な二人組は見返りを求めることも無く立ち去ったという。



「かつてこの辺りで、このような噺があったそうだ」
「剣聖烈伝と延帝録の双方に名を連ねるかの剣聖皇帝と、仙術を以て砂漠を治めた虎神王が並び立ったとあっては、たがだか野盗では抗しようもなかったであろうな」
 女性が持つには仰々しい剛弓を背負う狐の女性と、腰に異国刀を携えた狼人が、小さな客船の上で、そんな話をする。
「そんな話すっとほぼ確実に面倒が起きるから、その辺で打ち切ってくれよ、リャンフェイ」
 二人の話を遮るように、太陽を憎々しく見やりながら、必要以上に寒冷仕様な装備に身を包む猫人が起き上がる。
「本当にこの物臭猫助が、塞王以南から来て大黒白を単独で狩ったのか? 貴殿ならまだ信憑性もあるのだが・・・担いでいるのではあるまいな」
「我らより南蛮事情に詳しいが現場を見ていない貴殿らからすれば、我らの所業は嘯いているようにも思えるだろうが、紛れもない事実だ。 信じられない心情も大いに理解できるが」
「二人そろって好き勝手言ってくれやがって・・・ほらな、やっぱり面倒が来た」
 物臭猫助が船上に立ち上がれば、目前には水面に起ち、水の獣を引き従えた狸人の男が一人。
「山から下りてきた悪仙か。 故事に倣うわけではないが、ひっ捕らえて川に沈めてくれようか」
「すまんな船頭、迷惑かける」
 狐女は背の弓を手にし、狼人は異国刀を抜き放つ。
「さて、そいじゃ俺は下でも潰してきますかね」
 物臭猫助は船上の二人にそう言い伝え、川に飛び込む。 


 爆音と共に川が割れ、こんがり焼けた巨大な蟹と共に物臭猫助が飛び出してくるまで、そう時間はかからなかったという。

  • コッテコテな勧善懲悪。こういうことが実際にあると犯罪抑制になりそうだ。どこにでも現れる猫助便利キャラ -- (とっしー) 2013-11-08 01:10:50
  • 大延国の活劇や紙芝居でよくあるような爽快痛快な話だ。これはショートバージョンであちこち付け加えられて長くなったロングバージョンもありそう -- (としあき) 2013-11-12 22:35:49
  • 分かりやすく爽快な捕り物話にオチもコテコテで思わず笑い。作中では相手が相手なだけに一行の見せ場もなく倒された野盗ですがそれなりの戦闘力は持っていたというのが「精霊術や武術」という語句から想像できました。そして再び英傑に噺は誘われて -- (名無しさん) 2018-03-11 17:57:00
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最終更新:2013年11月07日 02:29