「決闘だ!デドア大兄とバルバ兄が決闘だ!」
大母海賊団の母船である巨大船パドス号の甲板に響いたその声に甲板で作業や思い思いに過ごしていた者達は騒然となる。
「デドアのあにぃとバルバのあにぃがなんで決闘なんてことになってんだ!?あの二人は大の親友だろうが!?」
「俺が知るかよ!マムの立ち会いで決闘することになったってさっき聞いたんだよ!」
大母海賊団の副船長を勤めるデドアと同じく大母海賊団の斬り込み隊長を勤めるバルバンクールがなぜ決闘などということになったかを知る者は少なく、また事情を知る者は一様に口が堅く事情がわからぬ者には突然に降って沸いたような決闘騒ぎに驚くばかりだった
第一報からほどなくしてパドス号の甲板の上には手の空いた乗員や本来なら持ち場でそれぞれ作業をしてなければならないであろう者達までが事の成行きを見守ろうと集まった。
その人だかりの中央には円形の空間が自然と形成され、その中心には二人の
オークが立っていた。
「気持ちは変わらんかバルバ?」
浅黒い肌と体中に刻まれた深い傷が目につく左目に眼帯を巻いた隻眼のオークの巨漢、大母海賊団のNo.2であるデドアは静かな怒りの籠もった声で目の前に立つ男に問いかける。
「変わらん。俺の心はもう決まっている」
そう返すのは洒落た羽根付き帽子に海賊礼服を身に纏い、顔や腕にはトライバル模様の刺青を入れた大母海賊団の斬り込み隊長であるバルバンクール。
「そうか……まぁ、今更心変わりしたって言っても俺がお前をぶん殴ってやるって気持ちは変わらないからな……」
そう言ってデドアはギリリと歯を噛みしめ下顎から突き上がった歯牙を剥きだす。
「俺ぁな、イーヴの婿になるのはお前しかいねぇと思ってた。いや、今でもそうだと思ってる……」
デドアは深く静かな声で語る。
「それがどうした……どこのガルブの骨かもわからん異種族の女にすっかり金玉掴まれやがって……その上、この海賊団を抜けるだと?マムが許しても俺が許さんぞッ!」
最初こそ内に秘めた感情を押し殺すように静かな口調だったものは次第に荒々しいものへと変わって行き、最後はもはや絶叫と化したデドアの声が対峙するバルバンクールへと浴びせられる。
「……すまんデドア。だが、これが俺なりのケジメの付け方だ」
並の者ならその絶叫を浴びせられただけで震えあがって気を失いかねない威圧を真っ向から受けてもバルバンクールは静かにその場に立ち、彼は対峙する無二の友に語りかける。
「俺はチハルを愛してしまった。そして彼女も俺を愛してくれている。だからもうお前の望むようにすることはできないんだ」
普段は自分を律しているが元来は血の熱すぎる質であるデドアが今の彼の言葉のどれだけを頭の中に受け入れているかはわからなかったが、彼にはそうすることしかできない。
「ふざけるな!イーブの気持ちはどうなる!あいつはお前のお嫁さんになるって言ってるんだぞ!」
デドアが絶叫する。バルバンクールの言葉は彼にとってはどうしても受け入れがたいことであり、それは彼の怒りの炎をさらに燃え上がらせる。
「……なぁ?イーヴちゃんってまだ9才だよな?」
「ほら、副船長はイーヴちゃんのためなら死ねる人だから……」
二人のやりとりを聞いていた群衆の中からそんなヒソヒソ声が聞こえる。
デドアは大母海賊団の長であるマムの実の息子であり、マムには実子が16人いる。その末の子であり唯一の娘が今年9才となるイーヴである。
大母海賊団はマムの実子と親を様々な理由で失ったり身売りされたオークの若者達などを中核として構成された海賊団であり、イーヴはそんな海賊団の団員の中ではマスコット的な人気があった。
とりわけマムの実子たちは皆妹をかわいがり、その中でもデドアはこの年の離れた妹を異常と思えるほど溺愛していることは大母海賊団の者なら皆が知っていることだった。
『イーヴを嫁に欲しければ俺を倒せるかどうかが最低条件だッ!それも出来ない糞野郎に妹はやらんッ!』
デドアは酒に酔うといつものごとく妹の話で勝手に盛り上がり、勝手に妹のまだ姿かたちもない将来の伴侶はこうであらねばならぬなどと口にし、普段はその武威と判断力の細やかさから信望を集める副船長も他の団員から呆れ果てられ距離を置かれる醜態を晒すことは有名だった。
「俺ぁな……妹がそう言うならそれでいいと思ってた。バルバ、お前は俺のダチだ。お前がどれだけの男かってのは俺がよく知ってる!だから!お前ならイーヴがそう望むなら許そうと思っていたんだ!それをお前はッ!」
完全な逆恨みに近い言い分である。
デドアの妹であるイーヴはたしかにバルバに懐いており、幼子の時には良く「あたち、大きくなったらバルバのお嫁さんになってあげゆ!」と舌っ足らずに言っていたものだが、それは幼子の可愛らしい戯言のようなものだ。
しかし、妹がかわいくて仕方のないこのデドアはそんな妹のかわいらしい戯言を戯言とは捉えなかった。無二の友が妹の伴侶となるなら、それが妹の幸せであるなら溢れる涙を飲みほして妹の幸せを祝おうと彼は勝手に納得していた。
だが、バルバンクールはドニーの娼館に売られた地球人の女に一目惚れし、彼女もまた彼の気持ちを受け入れ二人は伴侶となることを誓い、いろいろ考えることも出来たと大母海賊団を抜けたいという旨を突然申し出てきたのだ、これにデドアは友に裏切られたと理解しバルバンクールに決闘を申し渡す騒ぎとなったのが事の大体のいきさつである。
「まったく……イーヴは大きくなりゃ別の男を勝手に見つけるだろうに大げさだねぇ……」
その場の立会人として二人のやりとりを聞いていたマムが呆れた声を漏らす。
「マム!あんた母親だろうが!娘が取り返しのつかない心の傷を負ったどうすんだ!」
普段からどちらかといえばサバサバとした物言いのマムの言葉にカチンと来たのか、デドアが馬鹿兄丸出しの言葉でマムに食ってかかる。
「あたしの子供なんだからそんなヤワじゃないよ!デドア!あんたこそウジウジ言ってないでしゃんとおしッ!」
そんな妹に関しては馬鹿息子と評価するしかない長男の言葉に動じるどころか、さらに容赦のない怒声ががカウンターとしてパドス号の甲板上に響き渡る。
「まぁ、なんだね……デドアはこの調子だし、さすがに団を抜けるってのはそれなりのケジメを付けてもらうことになるからね、後腐れないようにこの場で決めちまったほうがいいだろ?」
マムはそう言って目の前の二人と、この二人の成行きを見届けるために集まった周囲の海賊団の団員に向かって問う。
「早くあのバカを殴らせろ!」
「俺も依存はない」
鼻息荒く拳を握りしめたデドアが吠え、バルバも静かに同意する。周囲の団員達もある者はただ頷き、ある者は声をあげて同意する。
こうしてドニー七大海賊の一角を占める大母海賊団の幹部同士の決闘は海賊団の長であるビッグ・マムの立会のもと行われることが団の総意によって了承された。
「それじゃ、オークの伝統に則って決闘をここに認めるよ!武器の使用は御法度!それ以外はなんでもありだがくれぐれも卑怯者と言われるような闘い方はするんじゃないよ!」
マムによって決闘のルールが言い渡される。卑怯な戦い方とは目潰しや局部への攻撃などのことだ。
オークの伝統的な決闘は素手による拳闘と相場が決まっている。オークの氏族によってはさらに細かく作法が決められている場合もあるが、大母海賊団では決闘する者を中心にして円で囲い、その中で両者のどちらかが倒れるまで殴りあうというアバウトな物となっている。
「戦の神
ウルサに誓ってあたしがこの決闘の見届け人を務める。お互い禍根無きよう死力を尽くしな」
ビッグ・マムがドニーにおける決闘に際しての決まり文句を口にすると、すでに握り拳を作っていたデドアは再び拳を握り直し、バルバンクールは足を前後に軽く開いて開始の言葉に備える。
「それじゃ、はじめ!」
マムの声を合図に大母海賊団の幹部同士の決闘は開始された。
決闘はその開始が言い渡されて一時間が経とうとしていたが決着はまだついていなかった。
序盤こそデドアの猛攻をバルバンクールが紙一重で交わし的確にカウンターをたたき込むというバルバンクール優勢の流れだったが、デドアは驚異的なタフさでそれに耐え、バルバンクールの一瞬の隙をついて渾身の一撃をたたき込んだことでバルバンクールの優勢は崩れた。
それからはデドアが殴ればバルバンクールが殴り返すという一進一退の攻防が繰り返された。
「ハァ……ハァ……」
何発もの打撃を受けたことでバルバンクールもデドアもすでに元の顔の輪郭がわからなくなるほどに顔は腫れ上がっている。切れた口の端や鼻からは血を滴らせながら二人の男たちは未だ甲板の上にヨロヨロとしつつも立っていた。
オークの決闘はどちらかが倒れるまで闘いは続けられ、それを第三者が止めに入ることは最大の侮辱とされているため誰もがそれを見守ることしかできない。
「ハハ……いけすかねぇその顔をボコボコにしてやったぜ……」
激しい打撃の撃ち合いで眼帯が吹き飛び、その下の十字の傷を露わにしたデドアが口の端を歪める。
「軽口もいいが足下がおぼつかないみたいだなデドア……そよ風でも吹けば倒れそうだぞ……?」
デドアの強烈な拳を何発を顔面に受け、「オーク一の色男」と呼ばれた元の顔さえ思い出せないほどに変わり果てたバルバンクールも、またフラフラと体を揺らしながらもデドアを挑発する。
その場で決闘の成り行きを見守っていた者は皆理解していた。
この次に二人が拳を繰り出せば、それで決着がつくだろうということに……
距離を取っていた二人は、やおらふらつく体でお互いの距離をつめていく。
決着の刻が迫り、見守る者達はそれを固唾を飲んで見守る。
ゆっくりと、それまでの激しい打ち合いが嘘のように二人はそれぞれの鉄錆びた血の匂いの混ざった息が顔にかかるかという距離まで近づくと、お互いに渾身の拳を繰り出す姿勢を作る。
そして……
「バルバアアアアアアアアアアッ!」
「デドアアアアアアアアアアアッ!」
お互いにお互いの名を叫びながら突き出した拳は交差し、次の瞬間お互いの顔面を打ち抜いた。
思わず顔をしかめてしまいそうになるほどの激突音が辺りに響き、風の音さえ風精がその壮絶な決闘に気圧されたのか静まり返った甲板上で、両者はそのまま、まるでそういう彫刻でもあるかのように動かなくなり、しばらくしてデドアが力なくその場に崩れ落ちた。
「デドアには何か言っていかないのかい?」
決闘の決着のついたその日のうちにバルバンクールは最低限の身の回りの物をまとめ、持てぬ物は団の者に譲り渡して船を降りることとなった。
「アイツには何も言い残すことはありませんよマム。死に別れるわけじゃありませんからね」
オーク一の色男と言われたバルバンクールの顔は今は見る影もなく、足もややふらつき気味だが、その声はしっかりとした意志を示している。
「そうかい。まぁ、去る者は追わずがうちのモットーだからね、元気でおやりよ」
ビッグ・マムはそう言って、いつものようにサバサバとした口調で見送る。
「バルバの兄貴おたっしゃで!」
「俺!きっと兄貴みたいな洒落者になります!」
バルバンクールの下船は多くの部下にも見送られた。
パドス号からバルバンクールが一人乗った小舟が水面に下ろされるのを彼の部下である若いオークを中心としてたくさんの団員がその光景を見送り、また声を上げた。
彼らは皆、一様に涙を流して誰よりも洒落者であり頼りになった男の新たな船出をを見送った。
「あぁ、そうだ。これを渡すのを忘れるところだったよ」
突然マムの声が上がり、マムの手から風精によってバルバンクールのもとへと羊皮紙の束が一つ届けられる。
「落ち着いたらそこへ行ってみることだね!きっと悪いようにはしないはずだよ!」
マムから受け取った羊皮紙の束を手にしてバルバンクールは何か言うでもなく頭に被った帽子を脱ぐとマムと仲間たちに深く頭を下げ、そして小舟のオールを握ると島へと向かって漕ぎだした。
「おたっしゃで~!」
「また一緒に酒を飲みましょうッ!」
その後姿に向けて団員達はその姿が小さくなるまで声を上げて見送った。
マムはしばらくそうした団員達の後ろで小さくなっていくバルバンクールを見送ると、まだ見送りを続ける団員達に背を向けて船の中へと戻っていく。
「しっかり頑張るんだよ……」
船の中へと去っていくマムの頬には二筋の涙が光っていた。
その後、バルバは地球人の女性チハルと正式に夫婦となり、デドアとの決闘での傷の癒えた彼はマムに渡された紹介状を携えてラウダフルの下を訪ねることになる。
そして、それからの彼はラウダフルが長をつとめる海賊団《勝利の雄叫び》の一員として活躍することとなるのだが。
それはまた別のお話……
- 海賊の掟って種族観や国の法律とはまた違った場所にあるものだなーと。設定が活かしやすいのも海賊の特長か -- (とっしー) 2013-12-27 00:07:28
- なんともコッテコテでこれでもかってくらい海賊。種族らしさがちゃんとでているのが楽しい -- (名無しさん) 2014-01-23 22:43:16
最終更新:2013年12月27日 00:05