【さよならを言わないで 3】

「遠山秋葉さん……ですね?」
 私が浜の外で春ちゃん達を見ていると声をかけてくる人がいた。
 声の方を振り返って見ると中等部の制服の女子が一人。こないだ校舎の玄関で私の方をじっと見てきた……確か外村小雪、と言う娘だ。
 私の中に匿っているヴィンターを追って来た者かも知れない相手。ただまだ断定はできない。私は慎重に言葉を選んで会話する事にした。
「はじめまして。私は外村小雪と言います。貴女と少しお話ししたい事があってまいりました」
「何の用でしょう?」
「最近この辺りで何か妙な者を見た……と言う事がありませんでしたか?」
 外村小雪はその歳に似合わない言葉遣いで私に妙な事を聞いてきた。
 態度や言葉で分かる。この娘は私がヴィンターを匿っているかもしれないと疑っている。だから何か誘導尋問にかけようとしているのだ。
 私はそうして相手の思惑が見え透いていたから、敢えて優しい態度は取らず、どちらかと言えばつっけんどんな態度で接しようと思った。
「……いいえ、そんな事ないわ。それがどうかしたの?」
「いえ、知らなければ良いんです。いや、むしろ知らない方が良い」
「何なのいったい。あなた探偵さんか何か?」
「まぁそんな所です」
 そんな所です、か。白々しい態度。
 こちらの誘導にも引っかからないこの娘が、普通の中等部の女子じゃない事くらい私でも分かる。
 でもその事を態度に出してしまったら、それは私がヴィンターの存在を知っている事に繋がってしまう。
 余計な情報を与えない為、私は相手に興味ないと言った風な態度で視線を浜辺に要る春ちゃん達に戻した。
「所で秋葉さん。お友達と一緒にあちらに行かなくて良いのですか?」
「私はこの通り足が悪いから、砂浜には行けないのよ」
「これは失礼」
 私が杖を持っている事を見ればそのくらい分かる筈なのに、この子は私に敢えてそんな事を言って来るのだ。
 私を怒らせようとしているのだろうか。
 心に込み上げた少しばかりの怒りを飲み込んで、私は杖を置き直し少し体勢を整えた。
 岩場に座り込むのは大変だ。お尻はゴツゴツ痛いしなかなか安定した体勢を取れない。体を支える為に私は、腕を使って岩場にバランスを取っている。
 足が動けばこんな苦労しなくて済むのに……足が動けば春ちゃん達と一緒にあの浜に行って、みんなと一緒の思い出が作れるのに。
 そのチャンスをもう私は掴みかけているのに。
「どうもありがとうございました。ご協力感謝します」
「いいえ、どう致しまして」
 この追っ手さえいなければ、私は歩く練習をして奇跡が起こったと言って自分の足で自由に歩き回る事ができたかもしれないのに。
 春ちゃんにおいて行かれて、今にも駆け出して追いつきたい衝動を必死で堪えている私の気持ちなんて、誰も解ってくれないに決まっている。
 だから私は何としてもヴィンターを隠し切って奇跡を手に入れるのだ。
 例えどんな犠牲を払っても……。
「そうそう、最近この辺りで妙な事件が続いています。夜一人の時は注意した方が良いですよ」
「よく分からないけれど、ご忠告感謝するわ」
「ではまた、いずれ」
 最後に外村小雪はそう言い残して浜から離れていった。
 最近立て続けに起こっている事件を匂わせて私に「夜道に気をつけろ」と言って来たのだ。
 これは明確な脅しだ。犯人はスラヴィアンの追っ手であの外村小雪なんだ。でもその証拠は何も無いし私がそれに気付いてしまったら私とヴィンターの関係も知られてしまう。
 徐々に小さくなってゆく外村小雪の背中を見つめながら、私は小さく歯がみした。



「あ、二人が離れたよ」
「しっ、ジロジロ見るな。知らん振りしてろ」
「うん」
 人混みの中から秋姉の方を窺っていた俺達は、外村小雪が何もせず秋姉から離れて行った事を確認して安堵した。
 二人がどんな話をしていたのか、後で秋姉に聞くまで不安は残るが取り敢えずは一難去ったと言った所か。
「……もう居なくなったね」
 いつの間にか俺の袖を掴んで陰に隠れていた夏実がそう言った。
 外村小雪はこの浜に立ち入る事無く去って行った。用があったのは秋姉だけなのか?いまいち意図が読めない行動に疑問が残る。
 ただこれで俺の中にあった疑惑はより明確な形を以って根付いた事は言うまでもない。
「これで決まりだな。外村小雪、あの娘に追っ手のスラヴィアンが憑依してる」
「うん、そうだね」
「幽霊船からの追っ手はあいつだけじゃないかも知れない。まだまだ油断ならないぞ」
「何人追っ手が居るんだろう? あたし怖いよ春兄……」
「大丈夫だ。俺と秋姉がついてる」
「う、うん……」
 不安がる夏実の手を握って俺は秋姉の方を向いた。
 秋姉がこっちを見ている。手を振ってきた秋姉の顔は明るいものだ。その笑顔に俺は僅かばかりの安心を貰った。
「おい千春! 今あっちでカメラ回してるぞ。チャンスだ!」
「おう、今行く――ってすげぇ迷惑そう!?」
「構うもんか! 早くしないと逃げられちまうぞ」
「それ俺達のせいじゃね?」
 そこに旧友の鴨飼が声をかけてきた。俺達がこんなピンチなのに周りはのん気なものだ。
 村で事件が起こったが、まだ自分の身にも災いが降りかかると思っている奴など一人もいないようだった。
 それも当然か、俺達学生達にとっては、少しの危険など好奇心を煽るだけのスパイスにしかならないのだから。
「なっちー、私達も行こうよっ」
「うん。あれ? ちーちゃんは?」
「もう行ってるよー。あたし達乗り遅れちゃう~」
「じゃあ走ろうっ」
 俺が誘われたのとほぼ同時に夏実もクラスの友達に誘われたようだ。
 今は不安がるよりこうして同級生と騒いでいる方が良いだろう。下手に逃げ隠れすればそれだけ怪しくなるし悟られる事も多い。
 俺は夏実の肩をポンと叩き「じゃあな」と言い分かれた。テレビ局のカメラはあっちだ。



「何なんですかねここの子供達は。すげぇ邪魔なんすけど」
「こんな所だから娯楽が少ないんだろ」
 その頃、テレビスタッフは学生達の妨害にウンザリしていた。
 仕事でも無ければ一生来る事も無いような辺鄙な村で不気味な仕事をさせられているのに、暇人の子供達に邪魔をされて不機嫌だった。
「あっちでテープ入れないで適当にカメラ回してる振りして来い」
「えー、俺囮っすか? 勘弁して下さいよ~」
「いいから行って来い! 後でコーヒー奢ってやっから」
「へーい」
 そんな子供を騙くらかすために大人が一芝居打つようだ。
 面倒な仕事とやる気無く仕事している二人。終わったらさっさと帰るつもりのこの二人が恐ろしい目に遭おうとは、この時はまだ夢にも思っていなかったのだった。



「それにしても不気味な船っすね」
 その夜、テレビスタッフの海原と舟木は今日も気の乗らない残業に嫌々従事していた。
「夜にこんな船近寄りたくないんすけどねー」
「バーカ、夜で不気味だからネタになんだろーが。つべこべ言わずさっさと来い」
「へーい」
 理由は夜の収録だけでは画が足りないと言うディレクターの言葉だった。
 幽霊船が漂着して二十日経ったが、不気味な事件は起こるものの幽霊船自体は外見上何の変化も無いまま、ただそこにあり続けるだけ。
 調べても何も分からない。幽霊船は変化なし。この不気味な怪事件で視聴率を取るには、いかにもな「不気味な画」が必要だったのだ。
「タレントは良いっすよねー自分の番終わったらさっさと寝ちまうんだから。もー少し絵が欲しいって、さっき居る間に撮って欲しいっすよ」
「AD兼カメラマンから出世したら開放されっから、それまで我慢なー我慢我慢」
「ちぇー」
 不気味で恐い画を撮る為とは言え誰もそんな所に自分から行きたいと思う奴などいない。現に夜の幽霊船には地元の不良でさえ近づいていないのだ。
 そんな嫌な仕事をしていた二人が心の中で「何も起きないでくれ」と仕事の目的に反した事を祈りつつ夜道を進んでいると、道の先に微かに人影が見え始めた。
「ん? おいあれ。人影じゃねーか」
「え!? い、いやっすねー先輩。脅かさないでほしいっすよ」
「いやマジだよ。あっちに光当ててくれ。ほら早く」
「まーじっすかー? マジ人影? うわーナンマイダーナンマイダー」
 その場で逃げ出そうかとも考えたが、これだけの画を撮れば目的達成、残業は終了出来る筈だ。
 そんな思いが二人の歩みを進ませた。
「おん……な?」
 暗い夜道を雲から覗いた月明かりが照らし出す。
 するとそこには寝巻きと思しき格好の女性が二人に背中を向けてしゃがみ込んでいたのだ。
「どうしてこんな時間こんな場所に? それにその格好、一体どうしたんだ?」
「女子高生くらいっすかね……何か犯罪臭くないっすか? これ」
 女が一人でこんな時間にこんな場所に居るだけでもおかしいのに、格好が寝巻きのままとは尚怪しい。
 幽霊云々より何か犯罪の臭いを嗅ぎつけた先輩AD海原が、女に近寄ってその肩を叩いた。
「おい、あんたどうしたんだこんな所で? 何かあったのか?」
「怖いのは嫌っすよー俺」
「バカ。だからってほっとけねーだろこんなの」
 それを後ろで見つつ後輩AD舟木は、何かあったら一人で逃げるつもりと言うような軽薄な態度でそう言った。
 そんな後輩の態度に若干腹を立てつつ、海原は更に女に声をかけた。すると……。
「お、おい……え? な、何だお前? 一体何のつもりなんだ?」
 女は何も言わず立ち上がり、何と上着をめくり上げ柔肌を二人に見せ始めた。その手はやがて自分の胸と下腹部へと伸びて行き、淫靡に動かし始めるのだ。
「先輩。これもしかして誘われてるんじゃないっすかね? 俺達」
「まさか……あ、おいっ」
「へへへっ」
 舟木はそう言うと今度はさっさと女に近づいて行き、無作法に無遠慮にその豊かな乳房を鷲掴みにした。
 それを見た海原は止めようと声を出そうとしたが、女は胸を揉まれるまま無言で腰をくねらせている。海原は出かかった言葉を飲み込んだ。
「先輩もどーっすか? さいこーっすよ。へへっ」
「……」
 抵抗しない女に調子に乗った舟木は、その手を遂に女の腹部から下へと伸ばしていった。すると。
「ぎゃああああああああああ!」
 突然の悲鳴。
 舟木は弾かれる様に女から離れ尻餅をついた。
 そして激痛を感じた右手を見てみると、その手はまるでミイラのようにクシャクシャにしわ枯れて、己の意志では動かなくなってしまっていたのだ。
「うわっ! 何だお前!? 何だ何だっ!」
 あまりの痛みとショックに右手を押さえ地面をもんどりうって転げまわる舟木を前に、海原は世にも恐ろしいものを見ていた。
『ば、化け物! わああぁぁぁぁっぁぁああああああ!!』
 夜の海岸線に二人の悲鳴がこだまする。
 静かな森を悲鳴は遠く遠く響いて行ったが、村でその悲鳴を聞こえた者は誰一人居なかったと言う。



「な、何か凄い事になってきたね……」
「あぁ……」
 翌日、俺は学校で第三の事件が発生した事を知った。
 その噂はすぐ学校中に広がり、再び学生達の話題は怪事件の話で持ち切りとなったのだ。
 その日は何事も無く授業を終え、いつもの放課後が始まった、と思っていた。
『ピンポンパンポーン』
 突然村役場のスピーカーから知らせを伝える時のチャイムが聞こえた。
『えー三年坂村よりお知らせです 現在 当村で 事件が多発しております 大変危険ですので 夜間の出歩きは 自重して下さい』
 こう言う放送独特の言葉を途中途中で切りながら喋る話し方で発表された事は、ある意味予想出来ていた内容の話だった。
『三年坂村役場より お知らせでした ピンポンパンポーン』
 事ここに至れば当然の放送だろう。いや、これでも遅いくらいだ。
 ホームルームの終わり際に聞こえてきたその放送を聴き、先生がクラス全員に注意を呼びかける。
「えーみんなも知っての通り、今村で謎の怪事件が起きている。全員、夜間の出歩きは絶対しないように。いいな」
 先生方には既にこの放送がある事が伝わっていたのだろう。
 何にせよマジで危ない事がこの村で起きている事は事実だ。俺の二年生クラスには、今回ばかりは大人の忠告を破ろうと言う者は居なさそうだった。
 ただ好奇心は刺激され、クラスのあちこちで白熱した議論が始まる。
「いよいよきな臭い事になってきたな」
「犯人は幽霊なのかな? だから警察もすぐに犯人逮捕できないのかな」
「異世界の住人が犯人だった場合、国際問題とかに発展するのかね」
「それよりさっさと幽霊船なんか追い返しちまえば良いのによー。何で放っといてるんだ? あれ」
「もーやだー」
 下駄箱までの廊下でもそこかしこで生徒達が溜まり井戸端会議に花を咲かせている。
 そんな中、俺は秋姉と合流し一緒に校門をくぐっていた。
「かなり大事になってきたわね」
 門を出て暫くした所で秋姉がそう呟いた。
「あの外村って娘の事も気がかりだけど……どうしたの? 春ちゃん」
 秋姉が昨日浜辺で話しかけられた外村小雪と言う後輩の事を言っているが、俺はどこかぼうっとして秋姉の話をちゃんと聞けて居なかった。
 その事に気付いた秋姉が俺を呼ぶ。
 確かに外村小雪の動向は気になる。気になるが俺にはそれ以上に気になる事があったのだ。
「いや、ヴィンターの追っ手が村のみんなを襲ってて……無関係な人達を巻き込んじゃってるな、って」
「あっ……」
 俺は秋姉の呼びかけに応じ考え無しにそう呟いてしまう。
 俺の言葉を聞いて秋姉が言葉を詰まらせた時、俺はハッとして秋姉の方を振り向いたのだ。
「いやっ! 秋姉は悪くないんだ! むしろ俺が――」
「……」
 いつも笑顔の秋姉を曇らせてしまった。俺はそんな後悔とも罪悪感とも言える感情に胸を締め付けられる。
 そうじゃないだろ狭間千春。秋姉は自分のせいとか俺のせいとか、そんな言葉は求めちゃ居ない。それが解っていながら俺はまた秋姉を困らせてしまったのか。
「……ごめん。俺達三人の問題だ、三人で解決しよう」
「うん」
 秋姉の手を握って俺はそう伝えた。
 握り返してきた手の温もりに、俺はやっと少し安堵感を得る。
 そうだ、俺は秋姉を歩けなくしてしまった時、そしてヴィンターを匿った時、秋姉に償うと、守ると決めたのだ。それが俺の罪滅ぼしなのだから。
「そう言えば夏実は?」
「いつも向こうから来てくれるのに……春ちゃん呼びに行かなかったの?」
「う、うん……」
 その時、俺はふとこの場に居ない夏見の事が気になって話題に出してみた。
 いつもは俺と秋姉がゆっくり歩いて下駄箱に向かっている途中、猛然と廊下を走って追いかけてくるのに今日はそれが無かったからだ。
 深く考えず探しにも行かなかったが、もし外村小雪が何かして夏実に何か仕掛けようとしているとしたら?
「あ、狭間先輩に遠山先輩。どうかしましたか?」
 俺が夏実を捜そうと携帯をポケットから出した所、横を丁度良く1年の娘が通りかかった。
 丁度良い所に来たと俺はこの娘に質問しようとしたが、それより早く秋姉が夏実の事を1年生の娘に聞いた。
「夏ちゃんどこ行ったか知らないかしら」
「なっちならさっき中等部の娘と帰りましたけど。外村さんって言ったかな」
『え!?』
 最悪の想像が現実となってしまう。
 外村小雪は今度は夏実に手を伸ばしてきたのだ。秋姉を突いて何も出ないと分かるや今度は夏実に矛先を変える。
 何とも鮮やかで小憎たらしい追っ手だ。
「ありがとう。じゃ」
「あ、はい」
 俺はそう言うと再び携帯を取り出して夏実を呼び出してみる。場所を聞きたかったのだが惜しくも既に圏外だ。
「秋姉ごめん! 一人で帰ってて。俺ちょっと夏実探してくるから」
「あ、春ちゃん待って――!」
 俺は秋姉の言葉も待たずに飛び出した。この村で圏外になって人気も少ない所は砂浜の方だ。きっとそこに夏実は居る。
 駆け出した俺の背中を見つめ、秋姉は急ごうとして急げなかった足を引きずりながら、伸ばした手を力無く下に落としたのだった。


  • 場面場面の構成がとってもドラマ的。浜辺の村・異世界からの来訪者・それぞれの思いの重ね方が上手いと思う。しかしエロは身を滅ぼす! -- (名無しさん) 2014-01-27 23:09:11
  • エロは死亡フラグってテンプレではあるけど、状況からFa○eのあのルートを思い出す -- (名無しさん) 2014-01-29 20:43:08
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

h
+ タグ編集
  • タグ:
  • h
最終更新:2014年01月27日 02:32