三つ並ぶ大きな鍋が竃の上でシンフォニー。
青菜、根菜の緑の臭みを香草が包み込めば、はからずとも胃袋をくすぐる。
台所を司る
ケンタウロスの奥方と、無言の間ながら適時的確なサポートを行なう狗人のメイドの連携は見事としか言い様がない。
西方
イストモスより南に進んだ森林沿いの小さな町。
文部省の異世界教育実施のための実地調査のために訪れた先で
農作業体験も兼ねて畑仕事を手伝ったところ、
「文化をお調べになられているのですね、ご苦労様です。 お礼に夕飯にご招待したいのですが、どうでしょうか?」
ということから御呼ばれになったのである。
およそ地球、日本の住宅では床から天井までが2m半程度であるが
ケンタウロスの住まう家屋は3m余、やや高い印象を受けたがケンタウロスの身長(地上高?)を考えれば普通であるようだ。
壁は頑丈な石造りだが床は蹄に優しい硬すぎない木板敷きだ。
後、やはり印象的なのが“広さ”であろうか。
椅子もテーブルも箪笥も家具の何もかもがXLLサイズ。ケンタウロスの衣食住を受け止めるだけの大きさが正にこれなのだろう。
広く高い一階とは打って変わって人間サイズの二階には、ケンタウロスに仕えている狗人の一家が住んでいる。
一階と二階の家長のケンタウロスと狗人は、東方の大森林で出没し暴れ回る魔熊の討伐に参じて今は留守だという。
「ただいまー!腹減ったー!」
「ただ今帰りました、お母様、ティルさん。 …と、お客様?」
「主より先に家に入ってはいけないと、何度言わせれば言いのです?」
戸から真っ直ぐ進んだ突き当りの台所から一直線に狗人の子の額にフォークが突き立つ。 手首のスナップだけで投げた。
「何だよー!主より先を進んできけんをはいじょするのが従者のやくわりだろー!」
「今は平時でしょう」
すかさず第二射が額に突き立った。
ケンタウロスの生活には、主に狗人などが従者としてサポートを行なう。
それは単に体躯の大きなケンタウロスの不自由さを補う意味だけではなく、
主従の絆、信頼関係を構築し和と礼節を学ぶことにも繋がっている。
「そんなことより母ーちゃん!これもらった!食おう!」
狗人の子が得意気に荷物から引っ張り出したのはサッカーボール大の包み。
「今日、学舎にこられたブレソール卿が皆に配ってくれたんです」
大きなテーブルの上にドンと置かれ広がる油紙の中より肉塊が現れた。
縄で縛られた表面は軽く燻されており、塗されている塩と相俟って食欲を刺激する香りだ。
「君達は、将来のイストモスを護り背負う者として成長して欲しい…
というのは今の君達にはそう大切なことではない。
毎日をしっかりとすごしていれば自ずと目標も道も見えてくるだろう。
今はわんぱくでも良い、逞しく育ってくれればそれで良い。
ということでこれは我々騎士団からの贈り物だ!帰って家族と食べて欲しい」
屈強なケンタウロス、鎧騎士が演習の後に馬車の荷を槍先で示した。
部下が荷を覆っていた凍原蜥蜴のなめし革をめくり外すと、何とも芳醇な香り漂わせる包みの数々。
「ブレソール卿、女生徒もいるんですよ?!」
「何、丈夫な体を作るのは男女関係ないでしょう教師殿? はっはっは」
「ということがありまして」
「まぁまぁ、二人とも手を洗って着替えてきなさい。それから夕飯ですよ」
「はーい!」
「はい、お母様」
元気闊達な狗人の子は居間に担いでいた荷を降ろすと一目散に外にある水場へと、
その後にいそいそと大人しく利発そうなケンタウロスの子が続いて行った。
「先月から東方の森林地帯で暴れているという魔熊からの戦利品、でしょうか」
「しっかりと星光注ぐ山で清められた岩塩と、夜空からの光でしめられていますね。
塩加減も子供に優しい少なめで、これならすぐにでも使えそうだわ」
鮮やかな指使いで縄を解き塩を払うと、横から送られた塊を閃く包丁捌きで切り刻む。
肉のサイコロがどぷどぷと沈んでいく鍋からは更に湯気が立ち上る。
「奥様、そろそろ料理の仕上げで御座います」
「もう少し火勢が欲しいところね… ぱらぱら~」
御母がエプロンの懐から何やら小袋を取り出し、中の黒い粉を竃に付いた小窓に振り掛けると ──
「キュイィッ」
何の意味があるのかと思っていた、竃に備えられていた小窓から炎が、
いや、炎の毛並みを持つ兎の様な鼠の様な小動物が顔を出した。
黒い粉を勢い良く吸い込んで満悦な小動物は、
代々この家の竃に住み着いて火を司っているという火の精霊だという。
薪の燃焼を強くしたりなどする際に、精霊の好物であるという鉄粉や
温熱ルーン石のルーンを使い切った後を砕いて粉にしたものを与えると
喜んで火勢を巻き起こすというのだ。
やがて料理皿が運ばれ、その中心にメインディッシュの大鍋が鎮座した。
常識や作法と体、生きるための土台を作る教育。それを支える教育者。
強制せずに伸び伸びと育つ子供達は自身の思いで道を探し、進む。
優しさに溢れる土壌の中にある生活は、今の日本では実現は難しいだろうが、
その理念や在り方は大いに参考になるだろう。
しかし、それにしても、子供達が早く来て食事が始まるのがこんなにも待ち遠しく思うとは。
長くなりそうだったので一度まとめました
機会があれば続きなど
- 何気ない日常風景ってほっこりする。どの国にもそういうのってあるんだろうな -- (名無しさん) 2014-02-03 22:43:17
- 前にあった東イストの生活と違った文化の色があっていいな -- (名無しさん) 2014-02-04 00:05:30
- 二つの家族が同居する生活だけどケンタと狗人がしっかり色分けされているのが印象深い。かまどの精霊いいね -- (名無しさん) 2014-02-14 22:45:25
最終更新:2014年02月02日 22:21